|
世界歴736年5月15日
弟分を魔物に殺され途方に暮れてるところを、通りかかった戦士に助けられたコソ泥は、アルムと名乗る戦士と共に街へとやってきた。
街へ向かう途中で夜が来てしまい、野宿をしたのだが、そこでコソ泥はアルムの過去を聞いた。
幼くして戦争孤児になり、生きるために戦士になったのだと聞いた時、共感するものがあった。
コソ泥も、七歳で戦争孤児となり、生きるため盗みに手をつけたからだ。
話を聞くまでは、アルムが戦士であることに苛立ちを感じていた。
何せ、戦士というのは戦争をする者で、彼らは容赦なく人を殺し、子どもから親を奪うし、親から子どもを奪うのだ。
コソ泥を庇って目の前で死んだ母親のことを思うと、どうしても戦士に悪意しか沸かなかった。
だが、アルムは違った。
アルムは戦士でありながら、コソ泥を助けてくれた優しい男だ。信じられる大人はまだこの世にいたのだと思わせるような相手だった。
それもこれも、似たような生い立ちだったからだと知った後は、離れるのが辛くて、街の門で別れようという言葉に従えず、なんとなく後をついて行ってしまった。
それが悪かった。
通りかかった店が突然爆発し、その爆発からコソ泥を庇ってアルムが負傷した。
呼びかけても反応は無く、固く閉ざした瞳に、弟分の死に顔と母の死に顔が被り、恐ろしくて逃げ出してしまったのだ。
「何やってんだよ、俺!! 助けてくれた奴を見捨てるなよっ!!」
薄暗い路地に入ったコソ泥は、目の前の壁を殴りつけたが、その痛みに拳を抱えてしゃがみ込む。
自分が不甲斐無かった。
誰も護れず、護られるだけで、悔しかった。
だからと言って何ができるだろう。
戻ろうにも、爆発はまだ続いているらしく危険だ。痩せた若造が戻ったところでどうにかなるとも思えない。
困ってウロウロしていたが、コソ泥は意を決し、走ってきた道を戻る。
死んでいたとしても、アルムの墓ぐらい作ってやろうと思ったのだ。
爆発音が止み、悲鳴と絶叫と号泣に包まれた地獄のような道を進みながら、アルムの名を呼ぶ。
周囲の建物はすっかり形が変わってしまい、アルムが下敷きになった場所を判別するのは難しい。
だが、おおよそここではないかという場所を見つけ、ブトンは瓦礫をどかしはじめた。
瓦礫で手が切れ、不安定な足場のせいで膝を擦りむき、埃まみれになりながらもどかし続ける。
夕暮れが近づいてもその作業は終わらなかった。
翌日も、更に翌日も、瓦礫をどかしていく。
コソ泥は宿に泊まるほど金に余裕はなかったが、街での野宿は慣れていたので寝床には困らなかった。
有難いことに、街が被災者や瓦礫をどかす人々に食事を振舞ってくれたので飢える心配もなかった。
だが、アルムが埋まっていそうな場所をあらかた探し終え、一週間経ってもアルムの死体は見つからなかった。
瓦礫の上で休憩を取っていると、瓦礫をどかす作業中に顔見知りとなった男が声をかけてきた。
「やぁブトン君。君も休憩かい?」
「そうだよ」
ブトンと呼ばれたコソ泥は、ひょろりと背の高い、眼鏡を掛けた男に頷く。
男はブトンの隣に腰掛けて、周囲に散乱する瓦礫の山を見回す。
「ところでブトン君。今日は忠告に来たんだ」
「街を出ろ、だろ?」
ブトンの疲れきった声に男は頷く。
「何度も言うけど、これ以上下に埋まってる人は皆、性別もわからないほどだ。探すのは諦めた方が良い」
確かに、アルムは生きているにしろ死んでいるにしろ見つからない。
昨日は、それらしい血痕を見つけたが、そこに死体はなかった。もしかしたら生きているのかもしれないが、大量の血の痕はその可能性を否定しているし、引きずり出された痕跡もなく、事実はわからない。
「むしろブトン君、きみにはまだ命があるんだから、他人の心配なんてせずに仕事を見つけた方が良いよ。いくら配給食が出てると言っても、今も生活するのは大変だろう」
その言葉に、ブトンはそっぽを向く。
街の体制を否定する過激派武装集団の破壊行為で、街中が荒らされ、この街で仕事先は見つかりそうにない。となれば、街を出た方が無難だろう。
そろそろ諦めなければ、折角生き延びたというのに飢え死にするだけなのもわかっている。
だが、諦めきれるなら、何日も前にこの町から出ていたはずだった。
「馬鹿なことは考えちゃダメだよ。折角助けてもらったんだからね」
そうとだけ言って、男は去った。
その晩、路地の片隅に蹲ったブトンは夜空を見上げて考えた。
この世は弱者に理不尽で、武力でなんでも解決できると思ってる大人達が世界を滅茶苦茶にしている。
西方に住まうという魔族は、外見こそ人に似ていても、悪魔を使役する恐ろしい奴等だと聞く。そんな奴らでさえ、滅多なことでは同族殺しはしないらしい。
しかし、人間は同族も魔族も関係なく殺して行く。
そう思うと、人間はなんて酷い生き物なのだろう。
私利私欲のために戦争を起こし、目的と手段をすり替えて争いを広げ、沢山の命を奪い全てを破壊する。
もしもそんな勝手な奴等さえいなければ、家族は、弟分は、アルムは、他の沢山の人々は死ななかっただろう。
そして、ブトン自身も、コソ泥なんてものをやらずに済んだに違いない。
「どうして、こんなに不平等なんだよ」
街の被害状況が少しずつ耳に入ってくるようになると、高級住宅地はほとんど無傷だという話も知る羽目になる。聞いた直後は腹立たしさで、思わず歯軋りした。
病院で、腕を火傷した少女よりも捻挫をした金持ちの老人の方が、先に治療されている姿にも腹が立った。
街の外からの救援物資が目の前を通り過ぎ、街の中心へと持って行かれるのを、何度苦い思い出見つめただろう。
「でも、もっと腹が立ったのは別のことだ」
一番腹が立ったのは、この爆発事件の首謀者の声明だ。
股聞きしたから正確ではなかったが、確か、"貧富の差の拡大に苦しむ人々の現状を、街の偉い奴等に知らせ、改善させるための聖なる行為だ"と言っていたらしい。
目的と手段が見事逆転しているし、結果として求めている事とは間逆な状態にしたわけだ。
「しょせん、この世は薄汚いんだ。誰も助けちゃくれない」
ブトンはそう言って笑い出した。
やり場のない怒りを発散させるように笑い続けると、すっかり疲れて眠ってしまった。
翌朝、ブトンは早くに起きだして、霧のかかる街を歩き出す。ようやく、アルム探しを諦めて、街を出る決心がついたのだ。
暫く歩くと、アルム探しを諦めるよう言ったあの男の姿を見つけた。
自慢ではないが、ブトンが寝泊りしているのは裏町と呼ばれる代物の一角で、決して普通の人間は近寄らない場所だ。
金持ちとは言えないが、一般人にしか見えなかった男が、場違いな場所にいる。
どうしたのだろうと気になって、気配を消し忍び足で尾行すると、男は突き当たりの壁の前に立って喋り始めた。
「爆破計画は成功しましたが、物資が街の中心に流れています。今日か明日にでも、物資を載せた馬車を襲撃するつもりです」
明瞭な言葉に、ブトンは全身の毛が逆立つのを感じた。
男が話し終えて、元来た道を歩き出すと、人気のない場所でブトンは男の目の前に躍り出る。
「てめぇ、革命屋かよ」
怒りに顔を歪めるブトンの言葉に、男は眼鏡の位置を直して笑った。
「その呼び名は好きではありませんが、ね。私達は崇高な使命のために戦っているんです。君には理解できないかもしれませんが」
そう言って鼻を鳴らした男へと瞬く間に肉薄し、ナイフを引き抜いて男の胸を突く。
男が抵抗するよりも先に、ブトンの容赦ない突きが繰り返される。
やがてブトンは、動かなくなった男に唾を吐いて歩き始めた。
トレードマークである赤い帽子が一層赤くなってしまったが、別段気にした様子も無く、霧に包まれた街を人影に注意しながら早足に歩いていく。
人を殺した罪悪感はない。
別に人間なんて殺したって良いじゃないか。むしろ良いことじゃないか。
そんな風に思えるのだ。
それが異常なことであるのは判っていたが、ブトンは特に気にもとめず、まだ開いていない街の門を見上げた。
さすがに開くまでここにいるのは良くないと思ったので、脇にある小さな出入り口の鍵をコソ泥道具で開け、街の外へ出る。
「やっぱりこの世は腐ってるんだ」
その呟きを肯定するように、頭上でカラスが鳴いた。
(御題提供元:『第七の月』)
最終更新日 2005/10/08
感 想 漆黒の闇ということで、心が闇へと傾く流れを書きました。 これまたありきたりかとも思いつつ、迷走しはじめたなと。
|