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世界歴736年5月14日
サンセリテを追うことを止め、次の街に向かって街道を歩いていた戦士は、ブトンという名のコソ泥と出会った。
魔物に襲われ弟分を亡くし呆然としていたブトンの姿に、戦士はやるせなさを感じて次の街まで送ることに決めたのだった。
「寒いぃ」
規格外に大きい戦士の隣で、その肩口にも届かない背のブトンが呟く。
「日が暮れてきたんだ」
男二人で掘ったとはいえ、墓掘り用の道具も無い中での作業は思いの外時間が掛かってしまい、出発したのは昼よりも夕方に近くなった頃だった。
ブトンの弟分を埋め終えてから街まで同行することにしたのには、親しい者が死んで精神が危うい人間を夜の森に置き去りにするのは後味が悪すぎたためだった。
「できればどこかで宿を取りたいが、泊まる場所が無かったら野宿になりそうだな」
雨もきれ、夕陽が空を赤く焦がすのを見ながら戦士は溜息を吐く。
金に余裕があるとはいえず、ブトンの懐具合ではたとえ宿があったとしても野宿になるだろう。
野宿には慣れているので、風雨を凌げる場所さえ見つかれば、野宿の方が逆に楽と言えば楽だ。
そんな戦士の気持ちを察したのか、ブトンが口を開く。
「俺は野宿で良いよ。金ないし。それに、俺のなりを見ると大抵の奴等はきまって追い払うんだ」
固い口調で言ったブトンの姿は、あちこちつぎはぎだらけで、お世辞にも綺麗とは言えない。
トレードマークらしい赤い帽子も何もかも泥まみれで、宿屋は良い顔をしないだろうと容易に想像できる。
着古した感じの服というなら戦士の服もだが、こちらは職業柄許される範囲の身なりである。
日が暮れて薄暗くなっても、宿屋どころか民家も見当たらなかった。
さて、どうしたものかと思っていると、運よく古びた小屋を見つけて中へ入る。
風雨を凌げそうなので、今日はここに泊まることにすると、土間に乾いた枝を置いて小さな焚き火を作る。
焚き火を囲むようにして座り食事を始める。
と言っても、戦士の雑脳から出した干し肉を裂き、かろうじて腹を満たすという程度だったが。
腹の中に物が入って安心したのだろうか、今までだんまりしていたブトンが口を開く。
「なんで、アルムのおっさんは戦士なんてやってるんだよ」
独り言のような声に、アルムと呼ばれた戦士は、傷だらけの大きな手で困り顔を撫でた。
沈黙を焼くように、二人の間で焚き火が爆ぜる。
「ここよりずっと西の国で、二十年近く前に内乱があった」
アルムの言葉にブトンは顔を上げる。
焚き火をじっと見つめながら、アルムは更に言葉を続けた。
「国防軍も、革命軍も、慢性的な人手不足で戦争孤児はだいたいが人殺しになった……」
俺の家は革命軍の攻撃で町ごと焼き払われ、俺以外の家族は全滅した。
元々、兵役でじいさんも親父も借り出されてたからな、家にはお袋と妹達しかいなかった。助かるはずがなかった。
そんなわけで、生きるために国防軍に入隊することになった。確か、八歳の頃の話だ。
幼かろうが、武器が持てて人を殺せるなら入隊できたんだから、当時、どれほどの人間がそれまでに失われていたのか、想像することも恐ろしいぜ。
俺は同い年の人間より二周りはでかかったし、喧嘩は得意な方だったから、どんどん武勲を立てて出世したよ。
いつの間にか、人殺しに罪悪感なんぞなくなってた。どっかが壊れちまったんだろうさ。
十一歳だから、俺が入隊して三年後かな。俺の誕生日に内乱は終わった。
その時の国の人口は、内乱が始まる前の十分の一だったらしい。
そんな中、殺すこと以外の働き方を忘れちまった俺は、そのまま国防軍に居ようと思ったんだが、国防軍に留まるには若すぎた。
国防軍を放り出された後は、俺が殺した革命軍の残党やその家族やらに非難されて、始終命を狙われた。
仕方ないから、国外へ逃げ出した。
「不毛な争いが終わって気付いたら戦士になってたわけさ」
アルムは鼻で笑った後、焚き火からブトンに視線を移した。
「昼間、お前は俺が戦士だから、戦争を生み出す者だから、怒ったんだろう。俺はそれに反論しなかった。何故かわかるか?」
問われて、ブトンは悩むように首を傾げた後、首を横に振った。
「つまり、俺は戦士で誰かを殺すわけだ。そのおかげでどこかの誰かが路頭に迷うかもしれない。俺も生きるために必死とはいえ、罪悪感はある。だから反論しなかったのさ」
焚き火に枝を入れると、生乾きだったのか、火が小さくなった。
「じゃあ、どうして今それを言うんだ?」
アルムは目を瞑って、眉間に皺を寄せて考え込んだ後、淋しい笑みを浮かべてブトンを見た。
「言い訳したくなったのさ」
そうして、少しでもこの罪悪感が薄れれば良いなと思ったのだが、それは叶わなかった。
言葉に詰まった二人は、もう眠ることにして、焚き火を消した。
翌朝、すっかり晴れた街道を進むと、暫くして街へ入った。
街へ入ってから別れようと話していたのだが、お互いに分かれる機会を逸して、ぼんやりと街を歩いていた。
なだらかな丘の上に設けられた街は、上に向かうにつれて町並みが立派になっていく。
逆に、町を取り囲む壁に近ければ近いほど、堅牢かつ質素で、戦争の時には盾として使われることを窺わせる。
「金持ちには嬉しい街じゃないか。見た目からして安心できる」
そう言ってアルムが笑うと、傍らを歩いていたブトンが豚に似た笑い声をあげる。
瞬間、何かが爆発した。
盛大な音を上げ、砕けた石壁と木製の扉が二人に襲い掛かる。
どうしたのかと思うよりも早く、アルムはブトンを地面に押し倒してその上に覆いかぶさった。
少し前まで建物を形成していた物が、爆風に吹き飛ばされて、アルムの背中を叩いていく。
アルムは低く唸り、痛みに耐えながらもブトンを護るように抱きしめる。
爆風が収まり、爆発の起こった周辺には瓦礫が散乱していて見るも無残だ。
あちらこちらで悲鳴と怒声が響き、平穏な日常を裏切られた人々は混乱の渦中にあるらしい。
不意に、アルムの体が動く。
その下から埃まみれのブトンは這い出し、自身を護ってくれたアルムの姿を見て、絶望した。
目蓋を固く閉ざしたその背には、革鎧を突き破っていくつもの金属片が生えている。
「アルム……?」
恐る恐る声を掛けてみたが返事は無い。
揺さぶり起こそうとした瞬間、近くにあった別の店が爆発し、ブトンは吹き飛ばされた。
粉塵が引いた先には瓦礫の山があるばかりで、アルムの姿は見えない。
ブトンは恐怖に引きつった表情で、どこかへ逃げてしまった。
更に別の爆発が起き、瓦礫と死体がうず高く積まれた道の下にアルムは横たわっている。
重みを感じながら目を開けたアルムは、薄暗い周囲を見回しながら呟く。
「赤い、雨が降ってる」
視界が妙に赤かった。
どうしたのだろうと考え、突然の爆発でブトンを庇って地に伏したことを思い出す。
その時に額でも切ったのかもしれないと、視界の赤さに合点がいった。
痛む体を動かすと、瓦礫の下にいることがわかったが、体の下にブトンが居る気配はない。
逃げたのだろう。
そう思った瞬間、アルムは笑った。
「人を殺し続けてきた俺が、最後に人を救ったのか。それも、コソ泥を」
泣きたくなるほど皮肉な結末だと思いながら、人殺しにはこんな最期がお似合いなのだろうと皮肉ってみた。
同時に、遥か昔の母の顔を思い出す。そう言えば、母も末の妹を護って死んだのだった。
結局は、母を貫通した剣に刺し貫かれ末の妹も死んでしまったのだが。
母は死ぬ瞬間、神に短い祈りを捧げたようだったのを覚えている。死に行く者が唱える奴だ。
幼心に、家族が死んでも神は祈りを聞き届けてはくれなかったと思った。
一度も信じたことはなかったが、やはり神などいなかったに違いない。
いたとしても、誰も救わない神など不要だ。
「神……なんざ……くそくらえっ」
辛うじてそれだけ音にすると、アルムは意識を手放した。
(御題提供元:『第七の月』)
最終更新日 2005/10/08
感 想 紅ということで、血の描写を中心にしてみました。 ちょっとありきたりだったかと反省。
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