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「これ、梅の匂いだよ」
そう言ったのは、傍らを歩く彼女だった。
「……俺にはわかんねえけど」
「あなたって本当に鼻が悪いわね」
そう言われても、遺伝なのだから仕方が無い。
見回すが、梅はどこにも見えない。
「そうか、貴方にはこの梅が見えないんだね」
「ああ」
俺と彼女は手を繋ぐこともかなわない。
偶然、お互いの姿が見えるだけで、別の世界に住んでいるからだ。
「すごい良い匂いなのに伝わらないのが残念だわ」
そう言って寂しそうに笑った彼女は透明で、俺はつい目をそらす。
「俺も残念だよ」
毎年、梅の咲く時期に現れては、俺の傍らに寄り添う彼女。
だけど俺も彼女も知っている。
「もうすぐ桜が咲くんだな」
見上げると、桜の木は蕾を赤く染めている。
「そうだね」
彼女が悲しそうに俯く。
桜が咲けば、彼女はまた消えてしまうのだ。
梅が咲くこの肌寒い季節にしか出会えない。
「いつか、遠い未来か、遠い過去に出会えるなら良いのにな」
「それも叶わないのが、生きている次元が違うっていうことでしょ」
そう言って、なんとなしにお互い手を伸ばして、握るふりをすると、梅の匂いがしたような気がした。
「また明日、この時間にここから」
マンションの前で彼女に別れを告げると、彼女は笑って手を振る。
「ええ、また明日ね」
そう言って、俺がマンションに入ると、彼女の姿は見えなくなった。
お互いの見える場所は、俺の場合はこのマンションから学校までの道だけだ。彼女も、彼女の世界で同じマンションの同じ部屋に暮らし、同じ学校に行く。
デートコースにしては短すぎて、散歩には少し長い。そんな距離を、桜が咲くまで彼女と歩くのが毎年の行事で、桜が咲くのが毎年悔しくてならない。
ああ、白梅よ、せめてもう少し時を伸ばしておくれ。
最終更新日 2005/05/05
一 言 心が通っても触れ合えない恋もある。
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