梅羊羹

08.梅

 

「これ、梅の匂いだよ」
そう言ったのは、傍らを歩く彼女だった。
「……俺にはわかんねえけど」
「あなたって本当に鼻が悪いわね」
そう言われても、遺伝なのだから仕方が無い。
見回すが、梅はどこにも見えない。
「そうか、貴方にはこの梅が見えないんだね」
「ああ」
俺と彼女は手を繋ぐこともかなわない。
偶然、お互いの姿が見えるだけで、別の世界に住んでいるからだ。
「すごい良い匂いなのに伝わらないのが残念だわ」
そう言って寂しそうに笑った彼女は透明で、俺はつい目をそらす。
「俺も残念だよ」
毎年、梅の咲く時期に現れては、俺の傍らに寄り添う彼女。
だけど俺も彼女も知っている。
「もうすぐ桜が咲くんだな」
見上げると、桜の木は蕾を赤く染めている。
「そうだね」
彼女が悲しそうに俯く。
桜が咲けば、彼女はまた消えてしまうのだ。
梅が咲くこの肌寒い季節にしか出会えない。
「いつか、遠い未来か、遠い過去に出会えるなら良いのにな」
「それも叶わないのが、生きている次元が違うっていうことでしょ」
そう言って、なんとなしにお互い手を伸ばして、握るふりをすると、梅の匂いがしたような気がした。
「また明日、この時間にここから」
マンションの前で彼女に別れを告げると、彼女は笑って手を振る。
「ええ、また明日ね」
そう言って、俺がマンションに入ると、彼女の姿は見えなくなった。
お互いの見える場所は、俺の場合はこのマンションから学校までの道だけだ。彼女も、彼女の世界で同じマンションの同じ部屋に暮らし、同じ学校に行く。
デートコースにしては短すぎて、散歩には少し長い。そんな距離を、桜が咲くまで彼女と歩くのが毎年の行事で、桜が咲くのが毎年悔しくてならない。
ああ、白梅よ、せめてもう少し時を伸ばしておくれ。



最終更新日 2005/05/05
一    言 心が通っても触れ合えない恋もある。