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世界歴736年5月24日
青い髪を持つ美しい魔術師は、十日近く前にこの街へやってきた。
彼が求めるところの魔術の真理を紐解くため、魔術書を多く蔵書している人物の家に滞在している。
青年が書架へと向かう廊下を歩いていると、この家の主である壮年の男が向こうからやって来た。
「ヴェリテ様、これから書架へ?」
「あぁ。良書が揃っているからな。時間が惜しい」
「何か困ったことがありましたらどうぞお申し付けくださいませ」
「ありがとう。だが、貴殿も街のことでお忙しいことだろう。あまり気にしないでくれ」
そう言って、ヴェリテと呼ばれた青い髪の青年が窓の外に広がる町並みを窺う。
小高い丘の上に設けられた街は、この屋敷を中心に、なだらかな傾斜を下るように建物が隣接している。
その光景は白と赤を敷き詰めたようで、丹精とまでは言えないものの、よく区画整理がされているという印象を与える。
にもかかわらず、傾斜の中腹辺りの区画は、斑に陥没してこの街にそぐわない。
目の良い人間ならば、それが人為的な破壊活動により倒壊した建物群であることが、ここからでも判るだろう。
九日前、過激派による破壊活動があった。
犯行声明によると、"貧富の差の拡大に苦しむ人々の現状を、街の偉い奴等に知らせ、改善させるための聖なる行為だ"という。
だが、この破壊活動によって被害を受けたのは、ほとんど中流以下の人々が住まう区画であり、復旧活動の混乱から、他の街に依頼して取り寄せた救援物資の多くが上流階級の区画へ一度上ってくる。
おかげで、商人や貴族達が物資を買いだめし、物価が高騰。被災者の中には餓死者まで出る始末だ。
「ご心配無用。これでも、一領主として街を治めるのが私の役目ですから」
そう言って笑った男は、軽く会釈し、颯爽とした足取りでその場を立ち去った。
「役目、か」
ヴェリテは息を吐いて、左手の甲を手袋の上から押さえた。
「いや、もう、私には関係のないことだったな」
顔を上げ歩き出す。
居ても立ってもいられない状況であるはずなのに、それでも魔術を求めてこうして書架に向かう自分。
やるべきことを放り出して、自己中心的な人生を選び取った自分。
そんな自分が他人を励ましたり、他人に頼るのは、お門違いでしかないはずなのに、それをする。
まるで今でも、捨ててしまった自分を振舞っているかのように。
「20年も演じ続けると、板についてしまうらしいな。猫を被った猫と、猫の違いのようなものか?」
自分で言った皮肉が不愉快で、無骨な表情になる。
書架の鍵を開けて中に入ると、途端に世界が色を持ったような気がした。
本そのものは、多くが黒や茶の革張りの装丁で、色彩豊かとはいえなかったが、書の魅力を知っているヴェリテにとって、至福の空間であることは間違いない。
「さぁ、今日は何を読もうかな」
子どものような笑みを浮かべて、四方の壁を埋め尽くすように立つ書架の前を歩いていると、ふと、薄汚れた本に目が行った。
黒い装丁の本は少なくないが、背表紙に題名の無いその本は、他の本を圧倒するほどの古さを感じさせる。
しかし、この十日間この部屋の背表紙を何度も見てきたヴェリテは、その本を今日まで見たことはない。
記憶力は優れているほうだと自負しているヴェリテは首を傾げる。
「新しい蔵書だろうか?」
なんとなしに手にとってみると、銀で箔押しされた文字が目に入る。
古い文字で、今は使われていないものだったが、ヴェリテは口にして発音した。
「黒と白の書」
題名らしいその文字以外には、著者名さえも書かれてはいない。
しかし、妙に惹かれるところがあり、固い装丁の表紙を開く。
開いてみると黄ばんだ紙面とインクが滲んだ文字が踊り、読みにくいことこの上ない。
最初の頁に、大きく描かれた文字を口にしてみた。
「無知なる白、全てを知る黒、知性ある白と黒にこの書を捧げよう。全ては対極にあって同一という事実と共に」
二行に渡る言葉は、一読しただけでは意味不明だ。
知性ある白と黒というのは何なのか、そもそも無知なる者が知性あるとは思えない。
逆に全てを知る者が読み解くべきものなどこの世に存在しているとも思えない。
何よりも、対極にあって同一ということは、白も黒も同じもので、無知なる者も全てを知る者もさして変わらないということなのだろうか。
わけのわからない書物だと思いながら、ヴェリテは次々と頁を捲っていく。
いつの間にか書の内容に引き込まれたヴェリテは、昼食も忘れて最後まで読みきった。
固い背表紙を閉じて顔を上げると、部屋に一つだけある西向きの窓が赤く染まっていた。
「たそかれ、あるいは、かはたれ」
ヴェリテは呆然としたように呟いて、本をその場に取り落とし周囲を見回す。
「世界は箱庭、箱庭こそ世界、とめどなく広がり続ける壁の中、終わりはそこに、終わりは果てしなく、されどはじまりはただの一点」
震えだした肩を両腕で抱きしめて、その場に立ち上がる。
「黒は魔族。白は人間。全ては対極するものの連続体。対極にあるが故に憎しみ、そして殺しあう……」
ヴェリテは頭を抱え、更に呟く。
「魔族には肉体の堅牢さが、人間には魔術という力があり、求めるところは同一。ただ生き残ること……」
目を見開き、叫んだ。
「どうして同じものを分けた!? なぜ、あえて対極するものによって世界を造ったぁぁぁぁぁ!!!」
泣き崩れ、その場にしゃがむと、ヴェリテに絶望感を与えた書は姿を消していた。
「神が、いるというのか?」
ヴェリテは涙を拭って、部屋中の本を睨みつけ、忌々しい黒と白の書を探す。
だが、見つからない。
確かに、あったはずの本が忽然と姿を消した。それはありえないことだった。
だが、もしも本というものが「静物」だというなら、それは対極である「動物」となってもおかしくない。
少なくとも、黒と白の書ならばそう答えるに違いない。
動かざるものは、動くものであったか、さもなくばこれから動くものである、と。
食い入るように読み耽った黒と白の書には、二元論のような対極する物事が延々と書かれていた。
朝と夜から始まり、生と死について語り、人間と魔族について長々と説明した。
そして、黒と白について書いたことには、黒こそ全ての色を混在するものであり、何者にも見えぬものだという。
白こそ全ての光を混在するものであり、何者にも染まり易い脆いものだという。
誠実さもなければ、その論点には対極する矛盾をただ書き連ねた、虚言のような書。
だがしかし、今まで読んできた書物の中で、もっともヴェリテの心を揺さぶったことは間違いない。
つまり、一番最後の頁に書かれた言葉。
「在るが故に滅す」
このたった一語だけならば問題がなかった。だが、それまでの長い前置きを読めばわかる。
「世界を産んだのは殺すためだというのか?」
儀礼的に神を拝することはあったが、神の存在なぞ信じたことの無かったヴェリテは、この世界の創造主の望みを知ってしまった気がして腹が立った。
それを否定したくて、もう一度書を読もうと探しているが見当たらない。
ヴェリテが殺気だって部屋中をいったりきたりしていると、突然扉が開く。
振り返ると、黒と白を基調とした喪服姿の当主が居た。
「取り乱してすまない。ところで、何か不幸が?」
ヴェリテが謝って向き直ると、当主が青ざめた顔で頷く。
「数日前に甥が殺されまして、今夜葬式があるのです」
「それは気の毒に」
「いえ、自業自得でしょう。今日わかったことですが、甥は件の過激派の一人だったそうです」
「……っ!!」
「こういうのもなんですが、元々仲は悪かったので、殺されたと聞いた時には少し辛い程度でしたが、今は違います」
初老の男の瞳がギラリと光る。
「あの男を、はっきりと憎んでいるのです。もしかしたら、私はこれから多くの人間を処刑台に送るかもしれません」
そう言って、当主は部屋を去った。
ヴェリテの記憶では、国内でも人気の高い公明正大な人物だった当主の変貌についていけなかった。
「人は憎む。悪なる者を。生き残るために殺し続ける」
書の一説を口にしながら、ヴェリテは背筋が震えるのを感じた。
いつの間にか、暗い夜空に、白々とした月が浮かんでいた。
(御題提供元:『第七の月』)
最終更新日 2005/10/09
感 想 黒と白。そういえば、プリキュアも黒と白だったなと。 黒と白のイメージをふんだんに入れられて良かったと思います。
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