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この世から少し遠ざかった場所に、深い緑を称える杉林を突き進む道がある。
白い霧に包まれた道を進むと、霧は徐々に晴れていき、道の傾斜はきつくなっていく。
更に進むと、柊の垣根が現れ、これが道を二つに分けている。
驚くほど高く伸びた柊の垣根の向こう側、二つの道に挟まれ取り残された中州のような平坦な土地には、渋色の日本家屋と庭があるが、住人に手入れする意思がないらしく、どちらも寂れている。
家は道の分岐点を見つめるように南を向き、柊の高い生垣からは、分岐点を中から見れるような造りになっている。
家の右手、西側に伸びる道は、分岐点を過ぎてすぐに急な坂道となり、這い登らねばならないほどの岩道である。
反対に、左手に伸びる道はとても緩やかな坂で、よく整備された道端には花が咲いている。
どちらも上り坂であるのだが、ここがあの世とこの世の狭間だと知る人々は、その話しを聞くと大抵驚くものである。
何せ、地獄への道は下り坂だと思っている者が多いせいだ。
ここはそんな場所である。
南を向く縁側に、男が一人どかりと座った。
端正な顔立ちと、人にしては鋭い歯を持つ優男は、着物の袖に手を入れて胸を掻く。
この男が、家主である鬼だ。
彼の務めは、外の道からはほとんど覗くことの適わないこの庭で、死者があの世から現世へと逆走したり、はたまた道を間違え ぬよう見守ることだ。
「あぁ、今日も良い天気だ。務めを忘れたくなるような陽気だな。……眠気さえ覚える」
つまらなさそうに空を見上げ、頭上に空がないことを思い出して溜息を吐く。
視線の先には空の代わりに柔らかな光を発する薄絹のような雲が漂っている。
鬼は藍色の着物姿にザンバラ髪をしていて一見すると力のない美丈夫に見えるのだが、袖口から覗く腕には恐ろしい傷が無数にあり、決して、ただの若者ではないことがわかる。
「うーむ、今日も亡者達が坂を登っていくな」
家の右手に聳える坂道を、色とりどりの髑髏達が登っていく。
この道は、生前に悪徳を重ねた者が登る道だが、皆、文句も言わずに登っている。その姿をぼんやり眺めていると、黄ばんだ髑髏と目が合った。
突然、髑髏は坂道を外れ鬼目掛けて飛んできた。鬼は懐から取り出した眼鏡を掛けて、縁側から乗り出すように髑髏を見る。
「ふむ、毒薬を作って他人の命を奪ったのか」
眼鏡に映された亡者の悪行を見て笑うが、逃げようとも戦おうともしない。
髑髏が目の前まで迫った瞬間、左手の緩やかな坂道から小さな骨が駆けてきて、黄ばんだ髑髏に飛びついた。
髑髏は男の姿へと変じ、小さな骨は柴犬となって男を噛殺す。
鬼は心底愉快だと言わんばかりに声を上げて笑うと、男が引き裂かれ砕かれるのを見物する。
とうとう男が観念して黄ばんだ髑髏に戻ると、鬼は髑髏を鷲掴み、右手の坂の上へと投げ飛ばした。
「自分の殺した犬に殺されるとは、業の深い男だな」
髑髏は悔しそうに一度震えてから、静かに坂を登りはじめた。
鬼は穢れた手を払うと、髑髏から犬へと視線を移す。
「お前、なかなか機敏だな。ポチ子なんか番犬として啼きすらしなかったのに!」
そう言って鬼が指差した先には、玄関先に鎮座し昼寝を貪る薄汚い犬がいる。
今のように襲い掛かってきた亡者と戦うために置かれた番犬なのだが、最近くたびれてきたらしく、主が本当に危険でなければ動こうともしない。
「そんな事を言うものではございません。ポチ子も歳なのですし」
鬼の背後にある座敷から顔を覗かせたのは、鬼の嫁である美しい娘だ。
娘の手には盆が握られ、盆の上には湯のみと茶菓子が乗せられている。
「む、俺より若いのだぞ」
「犬と張り合ってどうなさいますか」
子供っぽい夫をたしなめると、縁側に盆を置き、優雅に座すると、鬼へと茶を手渡す。
鬼は縁側の縁に腰掛け、不服そうな顔のまま、受け取った茶をすする。
「…そうだ! ポチ子を放してこの犬を番犬にしても良いか?」
鬼は閃いたといわんばかりの顔で嫁を見ると、嫁はクスリと愛らしく笑って頷く。
「わたくしはようございます。貴方のお好きなようになさいませ」
その言葉に鬼は満面の笑みを浮かべる。
「おい、ポチ子! こっちへ来い!!」
ポチ子は玄関先からゆっくりと立ち上がると、よたよたと歩いてくると、鬼の前に座る。
「長い間番犬を勤めたこと、誠に感謝している。これからは魂の道へと戻り新たな生を歩め」
鬼はポチ子の首から首輪を外してやると、左手のなだらかな坂へと放り投げる。
ポチ子は嬉しそうに何回か吼えて尻尾を振ると、小さな骨となって坂を歩き出した。
「お前は今日からこの家の番犬になるが、良いか?」
庭に残った犬がコクリと頷くと、鬼は満足そうにその首へと首輪をつける。
「お前は雄だから、名前はポチ郎太で決まりだ。」
ポチ郎太が甲高く吼えて尻尾を振り、鬼の膝に前足を乗せると、嫁が傍らでくすくすと笑った。
最終更新日 2006/05/05
二 言 これもまた再録で、元ネタは高校時代に見た夢です。
夢を見た直後は、黄金バットと戦ってるなあと思いました。
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