改めてある世界の物語

01

 

「悪いねえ。こんな綺麗な人たちに手伝ってもらって」
荷車の隣を歩く老婆が済まなさそうに言った。
「お気にせず」
そう言ったのは、老婆に代わって荷車を引く黒髪の青年である。
肩まで伸びた黒髪とどこかぼんやりした黒い瞳の美青年で、歩く度に漆黒の鎧が響く。
上等な武具から、位の高い騎士なのだろうと老婆は解釈する。
「俺達もこの坂を上るところだったからついでだ。感謝されるほどのことじゃあねえよ」
長い黒髪を後ろで三つ網にした青年が、荷車を後ろから押しながら言う。
前髪で顔の左半分を隠しているせいで見えないが、右半分には緑がかった黄色の瞳がはめられている。この世界の月と同じ色だ。
急な斜面に疲れ座り込んでしまった老婆を見かね、荷車を引こうかと声をかけたのもこの三つ網の青年だった。
旅人のようだが、初夏も間近といった時分に茶色い皮のコートを着ている姿から、老婆の抱いた第一印象は“人攫い”だったりする。
勿論、疑いは当の昔に晴れているのだが。
「旅は道連れ世は情け。年配者は敬えとも言います」
にこりと笑ったのは、老婆の隣を歩く黒髪の少年だ。
貴族の子弟と思われる物腰と上品な身なり、そして旅の連れらしい二人の青年に向かって横柄な口を利くところから、老婆は一つの結論に達した。
「坊ちゃまは、旅の連れに大層頼りになる二人をお連れなんですねえ」
老婆の何の気ない言葉に少年は声を立てて笑い出す。
何か間違っただろうかと老婆が顔をしかめると、三つ網の青年が少年を睨みつけて口を開く。
「ニシトー、笑うな。耳障りだ」
「あはは、ごめんよナヂェージュダ。そう気を悪くしないでよ」
ニシトーと呼ばれた少年に、ナヂェージュダと呼ばれた三つ網の青年はますます眉間に皺を寄せる。
「だから笑うなっ」
「あのお……悪いことを言っちゃったかねえ?」
気まずそうに老婆が尋ねると、騎士鎧に身を包んだ青年が口を開く。
「俺達はある女性を捜すため一族から選ばれ旅を共にしているんです。
 誰が誰の従者とか、そういう関係ではないんです」
「ジェラーニヤの言う通り。
 それになあ婆ちゃん、ニシトーが態度でかいのはこいつの性格が破綻してるだけなんだぜ」
「酷いよナヂェ! 僕ほどできた子どもは世界が始まって以来ただの一度も生まれたことは無いよ!」
ナヂェージュダとニシトーのやり取りに、ジェラーニヤと呼ばれた青年ため息を吐く。
「君達煩い。静かにしてくれないか」
「う、すまない」
「僕は謝んないからねー」
青年達が睨みつけると、悪戯な笑みを浮かべたニシトーは老婆の影に隠れた。
「ところで、さっき人捜しをしてるってえ言ったじゃない。その女の人はどんな人なの?」
気まずい空気に耐え切れなくなった老婆が尋ねると、三人は一様に顔をしかめる。
「空色の明るい青をした瞳の美しい女性です」
ジェラーニヤがうっとりしながら言うと、ナヂェージュダが鼻を鳴らす。
「俺の一族の半分以上を喰った一族の最後の末裔です」
忌々しそうに言ったナヂェージュダの言葉に、ニシトーが呆れ顔で方を上下させる。
「牢破りをして追われる身になった身寄りの無い女性って言うのが一番正しいんじゃない?」
「なんだか恐ろしい女みたいだねえ……」
老婆の言葉に三人は生返事をした。
騎士風の青年ジェラーニヤが好意的な話をしているところを見ると、どうもただの悪者というわけではなさそうだ。
しかし、これ以上詳しく聞くこともできなさそうだと思い、老婆は話題を変えることにした。
「そういえば、今朝の雷を見たかい?」
「雷?」
いささか興奮した老婆の声に、ニシトーが首を傾げる。
「雲ひとつ無い明け方の空から、突然三本の黒い雷が地上へ落ちたんだ」
「……へえ。おばあさんは見たんですか?」
ニシトーの問いに老婆は何度も頷く。
「朝ごはんを作ろうと思って、小川で水を汲んでたら、音も無く太い雷が落ちてきたんだ!
 世界は終っちまうんじゃないかって震え上がったもんさ!」
「世界が終る……? どうしてそう思ったんですか?」
ニシトーの問いに老婆は目を白黒とさせる。
「なんでって、お坊ちゃん。一昨日、すごい声が聞こえたのを知らないのかい」
言われて、ニシトーは気まずい顔で頷く。
「知ってます。
 『腐敗したこの世界など滅んでしまえ』ですよね」
「そうそう。前の村でもみんな聞いたって言うし、きっと世界中の人が聞いたんじゃないかねえ。
 だから、世界が滅んでもおかしくないと思ったんだよ」
「そうなんですか。でも、"雷"は世界を滅ぼさなかったですよ」
ニシトーの言葉に老婆は声を立てて笑う。
「確かにそうだねえ。お坊ちゃんは偉い偉い」
そう言って老婆が頭を撫でようとすると、ニシトーはさっと逃げる。
「すみません、子ども扱いされる以上に、頭を撫でられるのって嫌いなんです」
言いながらニシトーは、ジェラーニヤを追い越して、一番先頭を歩き出したのだった。
山を越え、麓の町へ着くと、三人は老婆と別れる。
話し合った末、女のことを詳しく知っているジェラーニヤが情報を聞き回り、他の二人は買出しということになった。
ジェラーニヤは期待を込めて手当たり次第に話を聴くことにし歩き出す。
しかし……
「顔も知らない女を捜してるだって? 馬鹿も休み休み言いなって」
「綺麗な声の女? 酒場にでも行くんだね」
「青い目の女なんて、それこそゴロゴロ居るっての。せめて、あんたみたいな黒髪黒眼だったら噂にもなるだろうけどさ」
「キレイなお兄さん、あたし達と遊ばない?」
成果は芳しくなかった。
強いて言うならば、黒髪や黒眼は非常に珍しい人種らしくそれだけで目立つことと、美形というのも目を引きやすいということ、そのため隠密行動には不向きということくらいだった。
とぼとぼと歩いていくと、町の中央にある公園に出た。
その中央では、噴水の縁に立った男が何か喚いている。
ジェラーニヤはなんとなしに人垣に紛れて男の話を聞いてみた。
「黒いイカヅチが三振り落ちた!! 悪魔の声は実現されようとしている!! 世界はまさに終焉の時!! 今こそ神に……」
どうやら布教活動をしているらしい男を見てジェラーニヤは苦笑した。
「他力本願な祈りで、本当に世界は滅ばずに済むと思ってるんだろうか」
漆黒を閉じ込めたようなジェラーニヤの視線に気づいたのか、布教活動に勤しむ男が声をかけてくる。
「熱心に聴いてくれているようだが、興味があるのかね?」
大声を張り上げていたせいだろう、真っ赤になった男の顔にはうそ臭い笑みが浮かんでいる。
ジェラーニヤは困りながら男を見る。
世界には興味あるが、男の話や男の言う神に興味がなかったからだ。
「興味というか、疑問はあります。質問しても宜しいでしょうか?」
「ああ構わないよ」
嬉しそうな男に、ジェラーニヤは咳払いを一つして訊ねる。
「何故、黒い雷が落ちたら世界は滅びるのですか? その二つの因果関係を教えてください」
ジェラーニヤの言葉に男は顔をますます赤くする。
「君ね、どこの騎士様か知らないが、今朝の落雷を見なかったわけではあるまい?
 朝焼け空に穴を開けるように、雲ひとつ無い空から落ちた黒い稲光が、何の理由もなく起きたとでも思っているのかい?」
ジェラーニヤはフンッと鼻を鳴らして口を開く。
「別にそういうわけではありません。
 そもそも雷というものは自然現象の一つで、夏場に起こる高層雲、つまり高さと密度のある雲の中で起きます。
 また、その落雷の色は――言語にも寄りますが――おおよそ白、紫、黄という風です。けして黒ではありません。
 そこから考えても、雲の無い空に黒い雷が発生する可能性はありえません。
 何か今までと異なることが起きていると考えるのは正しいでしょう。
 ましてや一昨日の声のこともあります。不安になるのは当然です。
 だからと言って、声と雷の因果関係は今のところ証明されていません。
 ましてや、雷が落ちた場所が大火災になったとか言う話は聞いていません。雷は落ちましたが、被害はなかったんです。
 それらから考えても、黒い雷が世界の終焉を告げていると言う根拠はどこにもありません」
二人の会話を取り巻いていた野次馬が拍手し頷く。
「言われてみるとそうだな」
そんな声があちらこちらから上がり、布教活動をしていた男は面目丸つぶれという風で、名誉挽回しようと必死になる。
「しかし我が神のお告げでは世界は滅びると……」
「では、貴方の神は悪魔の声に従って世界を滅ぼそうとしているんですか?」
「い、いや、神に祈り、改心すれば神は滅びを阻止してくださるとおっしゃった。
 悪魔の声と我が神は全く無関係であり、むしろ敵対していると言って良い」
たじろぐ男に、青年は容赦なく言葉を重ねる。
「敵対……ですか」
ジェラーニヤは哀れなものを見るように呟く。
「とにかく、祈れば世界は助かるんだ」
「祈ることは家の中でもできますし、教会に行く必要もなければ、お布施をする必要もないのではありませんか?」
「教会へ行く、お布施をする、そういうものも含めて、神は人の心を推し量るのだ」
「つまり貴方の神は、形式に従うか否かでしか祈りを量れないし、祈る気持ちの有り無しで世界を滅ぼすほど気まぐれなのですね」
「き、貴様っ!!」
毛の薄い頭に血管を浮かばせた男がジェラーニヤに掴みかかろうとするのを、軽い身のこなしで難なく逃れる。
伊達に騎士鎧を着ているわけではないのだ。
「何を遊んでるの?」
よく通る少年の声にジェラーニヤは振り返る。
「向こうが話しかけてきたから少々ものを訊ねただけだ」
不機嫌な声でニシトーに説明する。
ニシトーは悪戯っぽい笑みを浮かべ、夜に浮かぶ月のような緑がかった黄色の瞳でジェラーニヤと男を交互に見る。
「ふーん。ま、いいや。買出しも終わったから出発だよ」
くるりと辺りを見回すニシトー。どうやらナヂェージュダを捜しているようだ。
人が入り乱れているのだが、ニシトーは嬉々とした顔で人込みの向こうに手を振る。
「話はまだだ!!」
歩き出したジェラーニヤの肩を赤ら顔の男が掴もうとした瞬間、その腕を誰かがひねり上げた。
「ぎゃあああ!!」
男が大げさに騒ぐのを尻目に、男の腕を放してナヂェージュダが歩み寄る。
「君、下らない相手に時間を取ってる場合じゃねえだろ。それに、俺達が探してるのは男じゃなくて女だろうが」
ナヂェージュダの言葉にジェラーニヤは苦笑する。
「わかってるよ。何せ、彼女を一番に見つけたいのは俺だからね」
いまだ何かわめいている男には気にも留めず、三人は人込みから出て行った。
町外れまで来ると、ジェラーニヤはふうっと息を吐きナヂェージュダを見る。
「それで、買い物の方はどうだったんだ? ナヂェージュダ」
古い羊皮紙を持ったナヂェージュダが苦笑する。
「ろくな地図はなかったが、まあ無いよりはマシだろう。
 どうも俺達の姿は目立つらしいから、ローブを人数分。
 それと簡易ランプを人数分と、テントに寝袋、旅道具一式。
 案外大荷物になったから、もう少し町から離れたところで荷物を分けよう」
「ああ、うん」
地図らしい羊皮紙以外は何も持っていないナヂェージュダ。ニシトーの方も勿論手ぶらだ。
服の中に隠し持つことも不可能である。
しかし、ジェラーニヤはあえて荷物のありかを尋ねなかった。
「君はどうだい、ジェラーニヤ」
ナヂェージュダの問いにジェラーニヤは首を横へ降る。
「強いて言うなら、黒い髪や黒い眼を持つ人間は極少数派らしく、あの町で俺たち以外に見かけたことのある人間はいなかったってところかな」
「同じだな……。それで、気配の方は?」
「彼女の気配は漠然と南西から感じられる程度で、朝と変わらない。
 まあ、彼女の声が響いてまだ三日しか経っていないんだ。
 いくら彼女でも、目に見えた行動を起こすには至ってないんだと思う」
ジェラーニヤは苦笑して肩を上下させる。
それから二人は、ナヂェージュダの地図を確認して現在地を把握すると、南西にある大きな街を調べた。
大きな街に限ったのは、より多くの情報を仕入れるためである。
「にしても、ここから南西にある国って言うと三大大国のプシニーツァなんだよな」
パーズドビシャと書かれた国の南西に隣接する国を叩く。
「しかし、パーズドビシャ国内かもしれないし、他の近隣諸国の可能性もある」
「とはいえ、事を起こすなら三大大国のどれかが良いと思わねえか?
 北のカローヴァ、東のパーズドビシャ、南西のプシニーツァ。
 一応、旅人の行き来が楽なパーズドビシャ国から始めることにしたが……」
「何はともあれ、まずは南西に向かってひたすら歩くしかないだろう」
ジェラーニヤの言葉にナヂェージュダは小さく息を吐き、地図を丸めると地面へ落とした。
瞬間、己の影に地図が解け消えた。
暫く無言で歩き続けると、少し離れて歩いていたニシトーが訊ねる。
「ねえねえ、僕には何も聞かないの?」
不満そうな顔から発せられたおちょくるような声音が街道に響く。
すると二人は足を止めて明らかに嫌そうな顔で振り返る。
「ニシトー。君のほうはどうだった?」
やる気の無い二人の声が重なる。
ニシトーは機嫌を直して一羽の鳩を見せる。
真っ青な鳩は少年の腕の中で霧散すると一枚の紙切れとなった。
「ターニツから連絡がきたよ。彼女らしき姿はまだ発見できないみたい。それから、昨晩の長老会では、彼女の処分は決まらなかったそうだよ」
「目ぼしい情報無しか」
期待はしてなかったという顔でナヂェージュダは深くため息を吐く。
「彼女を牢へ繋ぎなおすか、完全に封じるか、殺すか、か」
苦い顔でジェラーニヤが呟くと、ナヂェージュダとニシトーが顔をしかめる。
「君が彼女のことを気にするのはわかるが、彼女は罪人だ。
 それに、彼女が存在していることこそがこの世界の危機だ。
 さっきの町の人間の言葉を借りるなら、世界の終焉を表す存在こそ彼女だ。
 次は牢へ繋ぐなんて甘いことを言っている余裕はない。殺すべきだ」
ナヂェージュダの言葉にジェラーニヤが睨み付ける。
「君にはわからないさ。誰かを愛することの本当の意味を知らない君にはわからないんだ。
 彼女の苦しみも、辛さも……」
悔しそうにジェラーニヤが俯くと、ニシトーがその肩を叩く。
「僕にもわかるよ、ジェラーニヤの気持ち。
 だけど、彼女の危険性は無視できない。
 殺すのは忍びないし、水の巫女と同じように封じるべきだね」
ニシトーの手を払い、ジェラーニヤは歩みを早めた。
「とにかく、彼女に会うことが肝心なんだ」
ジェラーニヤの呟きを風が吹き消した。



最終更新日 2007/01/14
感    想 実はこっちが主人公一座という話。
        なんだか怪しい黒髪三人組です。
        というか、丹屋と呪駄の関係が上手く書けない。(轟沈