改めて或る世界の物語

プロローグ

 

夕日を望む二つの影があった。
根元から闇に染まっていく樹海を足下に、鮮やかに輝き燃える空を頭上にして、二つの影はそれぞれ別の樹に腰掛けている。
背の高い樹の上で足を揺らしていた大きな影は、足を揺らすのをぴたりと止めた。
「誰しもが才能を欲しているが、恩恵は限られた者にしか与えられない。
 それさえも、才能を発揮するための機会や環境に恵まれなければ宝の持ち腐れとなってしまう……」
涼やかで美しい青年の声が、夕方の湿った風に乗る。
「やがて死の訪れが、満たされない気持ちのまま才能を奪っていく……」
甲高い音を立てて、古い枝が地上へと落ちた。硬く閉じた蕾を成らしたまま。
「その苦悩を無能どもは理解しない。そして嫉み、傷つける、陥れようとするっ」
青年の暗い声が風を誘ったのか、震えるように枝葉が揺れた。
冷たい風に耐えかねて落ちていった細い枝に、青年は微かに口元を歪ませる。
「だから私はこの手で変えなければいけないんだ。私のために、私達のために。
 この手で、この愚かな世界を屠らなければならないんだ」
夕暮れの冷たい風をいっぱいに吸い込んだ青年は、ぐっと腕を伸ばして体を解す。
「ところで、貴方はどうして私の願いに手を貸してくださるのですか」
その問いに、小さな影は答えない。
青年が腰掛ける樹の隣に立つ樹の上とはいえ、青年のよく通る声は十分届くはずである。
小さな影の返事を待つようにふらつかせていた脚を止め、黒く塗りつぶされた肩を微かに上下させた。
「答えて下さるとは思っていませんよ。貴方はいつも、助言する時以外は何も答えて下さらないのだから」
――――カチッ
苦笑していた青年は顔色を変える。
「今、何かがはまるような音がしませんでしたか?」
耳に届く音とは違う。どちらかというと微細な振動にも近い。
実のところ、青年自身もさきほどの「カチッ」の正体はよくわからなかった。厄介なことに時間が流れるにつれて、音なのか振動なのかわからなくなってきた。
自身の勘違いだろうと、青年が考えることを止めようとした瞬間、隣の樹に座っていた小さな影が立ち上がる。
「どうされましたか?」
青年が小さな影の方に顔を向ける。
小さな影の座っていた枝から、僅かに残っていた白い花びらが舞い落ちていく。その一片一片が夕日を浴びて、まるで火の子のように煌いている。
「戦場に舞う火の粉のようだ……」
青年が呟くと、小さな影は口を開いた。
『箱庭が時を取り戻した。衝突と迎合を重ねたこの世界に新たなミライが……』
「どういうことですか≪白き導き手≫」
青年の問いに小さな影は何も答えず――霧散した。
立ち上がった青年は、いよいよ空にさえ侵食を始めた闇の中で瞳を輝かせる。
「もしかしたら、今度こそ私の願いは叶うのかもしれない」
青年が頭上を見上げると、薄紫色の空に黄色がかった緑の月が現れる。
「今度こそ私は、私達は――――――!!」
甲高い笑い声を聞きながら、地平の向こうに陽が消えた。



最終更新日 2007/04/27
感    想 「ある世界の物語」とはまた違うエグイ世界になりそう。
        プロローグは絶対あの二人だと思った人は、残念。