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「ヴァルクフォルトさんという竜人さんを探しているんですけどぉ、知りませんかぁ?」
間の抜けた声に、男は振り返る。
「ヴァルクフォルト?」
聞き返しながらも、尋ねてきた相手を見る。年齢はいまいちわからないが、たぶん10代前半だろう子どもで、性別はわからない。
あまり見かけないあおい被毛の猫獣人で、髪は白い。
「こちらではドラッヘンさんと呼ばれているかもしれません。青竜人の小さな人ですぅ」
「あぁ、そいつなら、こないだから荷降ろしの手伝いをしてたっけ」
言いながらも、男は相手をマジマジと観察する。
質の良い服だが使い古した感は否めず、その地位を推定するのは難しい。だが、一般の子どもではないことはまず間違いない。
そんな子どもが尋ねてきたということは、ドラッヘンと名乗った少年は何者だろうか。
内戦終了の混乱も収まらない時期だけに身元も確認できず、とりあえず日雇いで使っているが、ただものじゃないのかもしれない。
「じゃあ、こちらにいらっしゃるんですね?」
男の心配をよそに、子どもは目を輝かせる。
「いや、何日か前に旅立ったぞ。行き先は言わなかったな」
一拍置いてからそう答える。実のところ、この先の倉庫にいるのだが、どうも教えてはよくないことが起きそうな気がしたのである。
「そーですかぁ。残念ですぅ」
耳を横に倒し、実に残念そうな声を上げた猫獣人の姿に、ふと男は異質な部分を見つけた。
長毛種であったために気付かなかったが、尾が二本あるのだ。それを隠すように尾の先端を赤い輪ゴムで止めている。
間違いなく、普通の獣人ではないだろう。畸形種か、もしかしたら、話にだけは聞いたことのある生物兵器の類かもしれない。
「おまえさん、ドラッヘンとはどういう関係なんだ? あいつも小さかったが、お前さんも小さいし」
「えっとぉ、ヴァルクフォルトさんを呼んでくるよう言われてるんですぅ」
男の問いに猫獣人は曖昧な笑みを浮かべる。
関係についてははぐらかされてしまったが、誰かの使いということは、黒幕がいるということだ。
子供に使いをさせて子どもを連れてこさせるとは、なかなか趣味の悪い奴だが。
「誰に?」
「えへへぇ〜。それじゃあ、この辺で。ありがとうございましたぁ」
今度は完全に答える気がないらしく、一礼してその場を去ってしまった。
不意に、背後に気配を感じて男は振り向く。
「あぁ、ドラッヘン。仕事は終わったのか?」
「はい。……その、ありがとうございました」
一礼したのは、青い肌の竜人の少年で、見た目だけならば先ほどの猫獣人と変わらない10代前半といったところだ。
しかし、胡散臭さという意味では、こちらの少年の方がいくぶんかマシに見える。
「いやまぁ何か事情はあると思うんだが……。できれば、いまのガキが何者なのかだけでも教えてくれないか?」
「それなんですけど、僕も見たことがない子でわからないんです。どんなに思い出しても、あんな色の猫獣人に知り合いはいないんです」
真剣にそう答えたドラッヘンに、男はそれ以上たずねなかった。実際に知らなさそうな相手を問い詰めても意味がないからだ。
男はドラッヘンに、昼の休憩をとるよう言って別れた。
ドラッヘンは、財布の中を確認してから、すっかり顔を覚えられてしまった近くの安い食堂へと歩き始める。
すると、一つ目の路地から、先ほどの猫獣人が顔を出した。
「やっぱりここに居た。良かったぁ、あんまり手間取ると他の仕事もあるから困るんだよねぇ」
言いながらドラッヘンの進路を塞ぐように立ちはだかる。
「僕に何か用?」
ドラッヘンは無意識のうちに拳に力を入れて、応戦体勢を整える。
「うん用事だよ。でも、暴力的な方じゃないから警戒しないで。殴られる趣味はないんだからさぁ」
「用事?」
「そう、ちょっとだけ行ってもらいたい場所があるんだ。時間はそう取らないし、あちらでお昼ご飯ぐらいは出してくれるよぉ。それでも嫌なら、こんなものでどうかなぁ?」
強引にドラッヘンの手に封筒を握らせる。ドラッヘンは何かと思ってその中を見て驚く。
「それなりの金額だと思うんだよねぇ。ヴァルクフォルトさんも苦労してると思うし、どうかなぁ?」
これだけあれば、今働いてる場所を辞して、次の街へ行っても、懐に余裕ができるだろう。だが、まだ信用はできない。
「名前を教えて。そうしたら行くよ」
「相手の名前は、ちょっとバラすと怒られるからできないよぉ」
「じゃあ、君の名前は?」
問われて、猫獣人は一瞬思い悩んだ後に笑う。
「アリオト」
「アリオト……。わかった、行くよ」
やはり聞いた事の無い名前だが、どうせ偽名だろう。
しかし、ここで断るにはあまりにも金額が大きく、ドラッヘンは頷くより仕方なかった。
「ありがとう。それじゃあ早速おいでませ。全ては鈴の音が響くままに♪」
路地裏へと続く曲がり角へ入った猫獣人を追って、ドラッヘンもその角を曲がった。
凛とした鈴の音が響く。
驚いたことに、角を曲がると、そこは瀟洒な造りの建物の中だった。振り返ると壁で、先ほどまで歩いていた道の気配はちっともない。
玄関ホールらしいその場所を見て、ドラッヘンは軽く眩暈を覚える。
(なんの悪戯だろう、ここは……)
「お帰りなさいませ。お兄様方はもう昼食の席でお待ちございますよ」
声の主を見て、ドラッヘンは息を呑んだ。
背筋のピンとした老年の女性は、とてもよく見知った顔の家政婦だった。だが、問題なのは彼女が死んだとドラッヘンが知っているということだ。
「わたくしの顔に、何か?」
歳のわりにハッキリした喋り口の家政婦に問われて、ドラッヘンは顔を横に振り、食堂へと向かった。
(間違いなくここは僕の家だ。でも、どうして……)
不安に思いながらも、磨き上げられた廊下を歩き食堂へと入る。そこには、年の離れた二人の兄と男性使用人が数名居た。
ドラッヘンは困惑しながらも、使用人にすすめられて席に就く。
父が若くに病死し、莫大な遺産争いの末、この家は灰となった。その時、ドラッヘンは親から与えられた名前を棄てた。
何年も前の風景が、何故今更のように目の前に広がっているのか、ドラッヘンにはわからなかった。
「お前が食事に遅れてくるなんて珍しいな。何かあったかい?」
と、しっかり者で将来有望だった長男が尋ねる。
「そう野暮なことを聞いてはいけませんよ、兄さん。きっと彼にも事情があったんでしょう。例えば、近くの野原で春風の誘いを受けて仕方なく妖精達と遊んだとかね」
遠まわしに辛口なことを言う次男だったが、冗談であることは誰の目にも明らかだった。
「さぁ、食事を摂ろう」
長男の言葉に、ドラッヘンは静かに頷いた。
(きっと夢を見ているんだ。それなら、夢が幸福なうちは静かに従おう……)
食事を始めて、三人の胃袋にある程度物が入ると、長男が口を開いた。
「ところで、先日見た戯曲はどうにもよくなかったね。ほら、兵器である機械人形が心を持ってしまって、己の仕事である殺人や破壊に悩むという奴」
兵器という言葉に、ドラッヘンの肩が震える。
「あぁ、結末がいかにも三文文士の書く感じだったアレですね。確か、犯罪組織から国の警備隊だかに所在を移した機械人形が、実はそれが彼を作った博士の思惑だと知ってしまう」
「そうそう。しかもその博士が、彼を国の機関に入れた理由がまたつまらない。『この国を機械人形が支配したら楽しい』とかいうものだったね」
「結局、人を殺したくない、仲間を殺したくないと思っていた機械人形は、博士の命令で今までの何倍もの人間を殺す手伝いをするという、未来も何もあったものじゃない戯曲でした。空想の中でぐらい幸福になることはできないのでしょうか? それとも、不幸な者は永遠に不幸なのだと言いたかったのでしょうか? 稚拙過ぎてテーマさえ理解不能ですね」
「テーマさえなかったのかもしれない。お前はどう思う?」
尋ねられて、満腹感を覚え始めていたドラッヘンは、顔を上げる。
「えっと……」
「聞いてなかったのかい? 雑談も、時に重要なことを言う場合があるから、常日頃から気配りをするものだと教えたはずなんだけどね?」
次男の言葉に、ドラッヘンは首を横に振る。
「聞いてました。ただ、テーマや内容を語られるべきじゃないと思うんです。その、不幸とか幸福というものについて……」
「なぜ?」
二人の兄が声を揃えて尋ねてきたので、ドラッヘンはたまらずに答えてしまった。
「だって、お兄様達はもう亡くなられていらっしゃるんですよ」
言われた方の二人は一瞬呆然としたが、すぐに朗らかな笑みで弟を見た。
「そうだった、忘れていた。私達は、この家の相続権問題で殺されていたな」
言いながら目の前で皮膚の崩れ落ちて行く長男。
「大事なことを忘れていましたね。それにしても、父さんの従兄というのは、どうしてこうもありきたりな方法で僕達を葬ったんでしょうね。結局は、その程度の俗物だったのかもしれませんが、死んでしまってから言うことでもありませんか」
そう笑う次男は、全身を炎に焼かれて、皮膚の表面がプツプツと沸き立っている。
ドラッヘンは慌てて立ち上がったが、言葉は出なかった。何も思いつかなかったのだ。
「ところで、そこの竜は少し変わっていてね。この悪夢の中を案内してくれるものだ。辛くても着いていきなさい。ここではどんなに傷ついても死ぬことはできず、留まり続けても同じ悪夢を繰り返すだけなのだから」
頭皮が腐り落ち頭蓋骨が見える長男の言葉に従ってか、食堂の脇に置かれていた竜が翼を広げてドラッヘンの目の前まで飛んできた。
白い竜は、赤子と変わりない大きさで、天使の翼を背負っている。陶磁器で出来ていると思ったが、動く様子から見てどうも違ったらしい。
だが、この屋敷での白い竜は嫌な思い出しかない。
著名な青竜人の一族に生まれたアルビノということで、末弟である白い肌の赤子は、生まれてすぐに棄てられてしまった。
どこに棄てたのかは知らないが、間違いなく生きてはいないだろうと、ドラッヘンも兄妹も思った。
「親達があの子を捨てるのを止められなかったのは、とても悔しかったな。小さな妹アイネも泣いていたし、本当に悔しかったな」
そう言って笑った次男を振り返ると、焼け爛れた次男はがくりと椅子に体を預けた。
悪夢だ。間違いなく悪夢だ。正気の沙汰じゃない。
じっとりと脂汗をかいたドラッヘンの額を、白い竜がその尾で叩く。意外と攻撃的だ。
「進めってこと……?」
額を押さえるドラッヘンの問いに、白い竜は一度だけ頷くと、翼を広げて食堂を出る。
その後を追ってドラッヘンが食堂を出た直後、食堂それ自体が爆発した。
爆風に吹き飛ばされながらも、受身を取って勢い良く立ち上がったドラッヘンは、急かすように飛ぶ白い竜に促されて走る。背中に、炎が追いかけてきているのを感じながら。
妹の部屋へと向かう曲がり角を、勢いよく曲がった瞬間、そこはまた別の建物だった。振り返ると、黄ばんだ壁があるばかりだ。
見回すと、それほど広くも無い部屋で、何人かの労働者が雑魚寝をしている。
その様子を驚きながら見回していたドラッヘンは、急に誰かに服をひっぱられるのに気付く。見れば、青竜人の少女だった。
「お兄ちゃん、まだ夜だよ?」
不安気に見上げてきた少女を見て、ドラッヘンは僅かに硬直した後、涙を零しながら少女を抱きしめた。
「どうしたの? 怖い夢でも見たの?」
心配そうに抱きしめてくる腕はとても小さい。
「あぁ、ごめん。ごめんね、アイネ。ごめんね。助けられなくてごめんね」
長男と次男が親族の陰謀で命を落とした後、遺産争いが激化し、ドラッヘンとその妹は、執事達によって家を脱出した。
だが、持ち出した物ではすぐに食うに困るようになり、結局、最後まで共に居てくれたのは、古くから家に勤める執事だけだった。
執事に励まされ、幼い兄妹は慣れない食堂で住み込みをして働いたが、苦労は多くても大事な家族が傍にいるという事実で毎日を乗り切れていた。
「何言ってるの、お兄ちゃん?」
きょとんとした表情の妹に、ドラッヘンは首を横に振る。
「いいんだ。夢でも、夢でもいいんだ。お前をまた抱きしめられたから」
そう言って強く抱きしめると、アイネがドラッヘンの耳元で囁いた。
「じゃあ、もう私はいらないよね」
冷たい声が響いた瞬間、それまで抱きしめていた体が消え、掴むものを失ったドラッヘンは前のめりに倒れる。その脇でごとりと音がした。
「爆撃で死んじゃったんだもの、いくらお兄ちゃんが強くても私は助からなかったよ」
そう言って微笑む少女の首から下はなく、肘から先の体を無くした右腕だけがドラッヘンの背中を抱きしめている。
突如、轟音と共に部屋が吹き飛んだ。
ドラッヘンはその場を転がって、狭い部屋から飛び出し、家を失ってから兄妹二人住み込みで働いていた食堂の廊下を走る。
爆撃は酷く、後方の廊下が次々に破壊されていくのが分かった。
目の前を飛ぶ竜の先、廊下の終わりの曲がり角で、最後までドラッヘンとアイネの兄妹を見守ってくれた執事長が手を振って招いている。
そこへ飛び込むように曲がると、またも別の建物だった。振り返れば勿論、執事どころか食堂の廊下は無く、赤茶色のシミがある壁だけだ。
何の事は無い、革命軍の少年兵士達が寝泊りする寝所だ。
国内に不穏な空気有とした政府が、ドラッヘン兄妹の暮らす街を焼き払ったのである。その時、妹は目の前で爆撃により死んだ。
自分がどうなったのかも知らないで死んだだろう妹の無念や、妹の死を思い出すたびに、ドラッヘンは泣いた。
空襲の跡は凄まじく、執事を見つけることはできなかった。たぶん、死んだのだろう。
その後、政府の横暴に激怒した民衆は、当時まだ革命軍ではなかった義勇軍的な組織を後押しするようになり、革命軍が成り立つ。
そして身寄りも家族も無いドラッヘンは、時代の流れに身を任せるように革命軍に拾われた。
二段ベッドの上から飛び降りたドラッヘンに、下で寝ていた少年が何か文句を言ったが、ドラッヘンは小さな声で謝ると、そのまま竜に導かれて寝所を出る。
少年の顔を見れなかったというのが正しい。
彼が寝所で銃を弄っている最中、銃が暴発して少年の顔を赤く染めたのを、ドラッヘンは知っているからだ。
(この夢に出てくるのは、死んだ顔見知りと竜だけだ。そして死んだ相手は……)
ドラッヘンが泣きそうになるのを堪えて、唇を強く噛むと、突然声を掛けられた。
「おぉ、竜のチビ、早いな。まだ夜中だぞ?」
廊下の向こうから歩いてきた男に、ドラッヘンは繭をしかめる。誰だっただろうと思って、すぐに思い出した。
「夢見が悪くて」
ドラッヘンの言葉に、男は頷く。
「だろうな。俺だってこの夢には辟易してるんだ。できるだけ早く終らせてくれよ。そうでないと、俺たちは何度も死ななきゃいけないんだ。お前の目の前でな」
「はい、すみません」
言ってその場に倒れた男は、戦場慣れしていなかったドラッヘンが、政府軍の銃弾に追われているところを、助けて死んだ革命軍の一人だ。
更に進むと、竜が薄汚れた建物の角を曲がった。その先には確か武器庫があるはずである。
だが、そこには先刻通り、また違う場所が広がっていた。
明るいところから、突然暗闇に投げ出されたドラッヘンは、戦場特有の緊張感を感じ周囲に視線をやる。
すると、視力を得た瞳に、周囲を取り囲む敵が映される。
ドラッヘンはいつの間にか手にしていたナイフで、呆然と立ち尽くす敵の首をいともあっさりと切り裂いた。
肉を斬る時の粘つくような重みと、骨を砕く瞬間の硬い感触がしたかと思うと、僅かな月明かりの下で赤い飛沫が無数に上がる。
血を受けながら、ドラッヘンはその肉塊の群れを見る。
それなりの力で切ったはずなのに、首から血を噴出すだけで、倒れる気配どころか僅かに動く気配もない。
おかしい。
そう思った瞬間、肉塊の一つが血を吹いたまま喋り出す。
「小綺麗な顔したお坊ちゃん、三男は期待もそこそこで兄上の補佐とくりゃ、自由に優雅に暮らしてきたんだろうな。その暮らしを支えてたのは、沢山の使用人と、広大な農地を耕す農民だったんだが、お坊ちゃんには知ったことじゃなかっただろうな」
言った肉塊をナイフでその胸をズタズタに引き裂く。肋骨を折りながら。
わかっている、実際に家の外に出たドラッヘンは、生活することの大変さを知った。
知識として知っていたとはいえ、襤褸をまとって朝から晩までこき使われる労働者達の気持ちを、家の中で育ったドラッヘンは知らなかった。
わがままな方ではなかったにしろ、何も知らなかった自分の愚かさと、生活の苦しさに何度苦悩しただろう。
時には家での優雅な生活を思い出して、飢えを知らなかった過去の自分に嫉妬さえした。
冷たい水で皿を洗うたび、あかぎれが酷くなったが、妹のそれに比べればまだマシだった。
「突然のどん底生活はさぞ辛かっただろうね。でも、そこでは妹とのつつましやかな生活ができた。身分に縛られて苦労は無かったよね」
切り裂いた肉塊の右隣の塊が笑ったので、その塊の腹を真横に裂く。大腸がずるりと零れた。
そうだ、家の中では家族にさえも敬語や礼節を弁えなくてはいけず、父母に甘えることはできなかった。
歳の離れた兄達にも甘えることは出来ず、唯一人親しかったのは双子の妹。
その妹でも、家の中では家族や使用人の目をはばかって、敬語を使い、「お兄様」と呼んだ。
だが、家の外に出てからは、「お兄ちゃん」とドラッヘンを呼んで、今まで甘えられなかった分を取り戻すように懐いた。優しくて可愛い妹だった。
日がな一日仕事をしていても、夜の僅かな間、眠りにつくほんの少しの間は、妹と他愛ない話をして心和んだ。
それは、家の中では得られない心のゆとりだった。
「政府軍の爆撃で、妹と執事を失って可哀相に。でも、ホッとしたんだろうねぇ。背負う者がなくなって」
わざとらしくすすり泣いたのは、笑った塊の隣だった。まだ辛うじて繋がっていた頭を力任せに粉砕する。
執事が最後までついてきてくれたのは、最終的にお家再興を果たしてもらいたいという気持ちがあったことを、ドラッヘンは知っている。
アイネは大切な妹だったが、体力的に劣る妹をかくまって、彼女が病気になった時には、働きながらも妹を助けた。
二人の存在は、ドラッヘンを自殺という最悪の形へ追い込むものではなく、生きる希望ではあったのだが、
同時に重たい責任を無言のうちに背負う羽目になっていて、それが時に辛いこともあった。
「他人の命を犠牲にして生き残ったおチビさん。あなたには政府軍と戦う革命軍がお似合いね。そう、他人を犠牲にしてしか生きられないあなたには」
そう言ったのは泣いた固まりの隣だ。ドラッヘンを指差す腕を切り落とし、そのまま四肢を切り落とす。
二人亡き後、革命軍に拾われたドラッヘンは、革命軍側の慢性的な人手不足から少年兵に志願した。
もともと、将来は兄達を支えるために、家で武術も習っていたし、竜人であるので戦闘能力は元より高かった。
とはいえ、実践慣れしていなかった時期、ドラッヘンは革命軍の仲間に助けられた。場合によってはドラッヘンを庇って死ぬ者もあった。
「竜人だからドラッヘン。古い言葉で、竜。なかなか小洒落た名前じゃないか。殺戮を楽しむ者には十分すぎるほどに、強暴で素敵な名前だ」
四肢を失った塊の隣で、そう笑った他より大きめな塊を、ドラッヘンは股の下から胸に向かって切り裂く。
すると、大腸に隠されて見えない内臓がいくつも見えた。肝臓だ。
ナイフを捨てて、巨大な塊のあばらに爪を立てて、硬い扉を開くようにこじ開けると、中に吊る下がっていた胃が、弾けと飛ぶようにしてドラッヘンにぶつかる。
殺しをした者には二種類しかない。その後、殺しができなくなって狂うものと、その後も殺しができるもの。
ドラッヘンは幸か不幸、後者で、なおかつ後者の中でも戦時中は極当たり前な部類に入る。
つまり、殺すことに快感を覚え、血と肉の温かさに酔うことの出来る、そういう者。
内戦が終わった今、疲弊し、無政府状態とはいえ、国から争いの蔭は薄れつつある。
その中で、殺しをすることを最大の喜びと感じるようになった体を持って、ドラッヘンは生きている。
誰かを殺すということへの理性的な抗いで、辻斬りまがいのことをしていないとはいえ、決して革命軍解散後に殺しをしていないわけでもない。
「殺戮に酔って何が悪い!!」
ドラッヘンが笑いながら叫ぶと、周囲の闇は更に深くなり、ドラッヘン以外の全てが闇に塗りつぶされて消えた。
見回せば、どこまでも続くだろう闇だけがある。いや、違う。
少し離れたところに光があった。闇色の足元から細い光の杖に支えられた、光る球体の前に、誰かがいる。
輪郭を持たない誰かがドラッヘンに向かって笑った。その方には、先刻まで共にいた竜が止まっている。
「いらっしゃいませ。本日は私のお招きをお受けくださり真にありがとうございました」
「招待……?」
「猫のなりをした者が貴方をお連れしたはずですが」
言われてドラッヘンは、長い悪夢の始まりを告げた、あの奇妙な猫獣人を思い出す。
「何が目的ですか?」
仕事場からそのまま来たおかげで手元に武器はないが、自身の戦闘能力を知っているドラッヘンは、殺気を込めながら尋ねる。
返答次第では、素手で殺すつもりだ。
「お会いしたかったんですよ。貴方に。少し、興味がありましてね」
言いながら、輪郭を持たない相手が光を放つ球体に触れた。すると、球体から光が溢れ、どこまでも続くと思われる空間に様々な映像を映す。
場所によって様々な場面を映す映像は、誰かの視線だったり、絵画のように風景から切り取られたかのようなものだったりと、やや無節操だ。
だが、一つの共通点がある。
ドラッヘンの住む世界の出来事だということだ。
また映像の多くが、ドラッヘンの人生と、灰色の体毛をした竜人の少女の人生だということも共通点の一つかもしれない。
「これは一体……」
自分の見てきた視覚、自分の見たことない自分、過ぎ去って行く映像の中には、自分の将来らしい青年の姿もあった。
「貴方はまだ知らないでしょうが、私と貴方は一人の少女を基点に、間接的にとはいえ出会うことになります。70年も先の話ですがね。ただ、私は貴方とは異なる性質の現象故、もうその少女には出会っています。その少女から、私は貴方という不幸な存在を知った。不幸は私の糧です。それも貴方のようにこれだけ大きな不幸は極稀で、是非味見したかった。ですから、扉に無理を言って連れてきてもらったんです」
相手の言葉に、ドラッヘンは振り返る。70年とはまた途方も無い数字だ。
13歳になったばかりとはいえ、もはや生きることも保身を図ることも疲れてしまった部分のあるドラッヘンが、それまで生きているとでも言うのだろうか。
まぁ、自殺は試したができそうになかったし、敵意を向ける相手に殺されてやる気はさらさらないから、間違って生きてしまうかもしれない。
しかし、映像を見る限りでは、年老いた青竜人の男の姿はない。
「嘘と思われても良い。その方が好都合です。事実かどうか確認するには、生きれば済むことです。他人の命を奪って、過去と今の差違に苦しみながら、生き続ければわかること」
くすりと笑った相手に、ドラッヘンは瞬間的に肉薄し、素手でその胸を貫く。生々しい感触は無く、まるで霧でも突いたようだ。
「扉が戻りました。どうぞお帰り下さい。今日は本当に、とてもお腹が満たされましたよ。ありがとうございました」
相手が耳障りな忍び笑いを発したかと思うと、突然足元に穴が開き落下する。
ドラッヘンが翼を広げようとした瞬間、地面に両足が付くと、傍らで鈴の音が響いた。
驚いて顔を上げると、そこは最初に曲がった路地を抜けたところにある通りだった。見回しても猫獣人はいない。
自分の体を見ると、血痕も肉も付いてはいなかったが、腹は満たされ、その手にはあの猫獣人に渡された封筒があった。
全てが夢というわけではなかったのだ。
その事実が、逆にドラッヘンを絶望させた。
あんなにも淡々と他人の死を見過ごせる自分、残酷なほど徹底的に躊躇いも泣く誰かを殺せる自分、豊かな生活を送っていた自分、貧しい生活を送っていた自分、色々な自分があって今ここにいることを実感するには、あまりにも辛いことが多い過去だ。
思い出したくないことを強引に思い出させられた怒りが湧いた。
同時に、自分の行ってきたことの浅ましさが、ドラッヘンの業の深さを実感させ、絶望は深まる。
過去に戻って、助けられるものがいるなら助けたい。むしろ、自分自身を助けたい。そう思う自分のなんと醜いことだろう。
座り込み泣いていると、背後から見知らぬ男に蹴られた。
「邪魔なんだよ、どけ! って……結構な金持ってるじゃん。そいつを渡したら許してやるぜ」
大柄な熊獣人の言葉に、ドラッヘンは立ち上がる。
「そんなに欲しいなら、僕に勝って奪うんだね」
短気だったのだろう。熊獣人は顔を真っ赤にして痛恨の一発をドラッヘンに向かって振り下ろすが、遅い。
大きく振りかぶって開いた胸に、ドラッヘンは体重を込めた拳を捻りこむ。
見かけによらず簡単に昏倒した熊を見ずに、ドラッヘンは顔を拭いて歩き出した。
「この街を出よう」
そこには、精気も未来への希望もありはしなかった。
凛と透き通った鈴の音と共に、誰もいない広い食堂へと猫獣人が入ってきた。
「ふぅ、疲れたぁ。お茶とお茶菓子ぐらい出ないのぉ?」
言いながらテーブルについた獣人の後に、赤い髪の人間の男がカートを押して入ってくる。
「今回は我儘を言ってしまってすみませんでしたね、"扉"」
「本当だよ、全くもおぅ」
赤髪の男は、猫獣人の前にお茶とお菓子を並べて、自分も向かい合う席へと座り、肩に止まっていた竜に台座へと戻るよう指示する。
「う〜ん、やっぱり"歪み"君の入れるお茶が一番美味しいねぇ。あの方に造られた"モノ"の中で料理が一番得意だけあるよぉ」
満足そうな顔でお茶を啜る。
「ヴェルシーファです。ところで、いくら急に頼んでしまったことといえど、その姿になるとは思ってもいませんでした。普段はその名の通りの扉で呼ぶでしょうに」
「あぁ、うん。君にとっても彼にとっても、時間は過去から未来に流れるものでしかないけど、私や"宅配"君なんかはそうじゃないからねぇ。もうずっと先まで干渉の度合いが決められているからさぁ。どうしても姿が変わってしまう場合もある。例え君にとっては、それほど時間が掛かっていないように見えても、ね」
言いながらお茶を飲み干した猫獣人は、用意された菓子に手を出す。
「では、どうして今日はゆっくりされてるんですか?」
「うん、次の仕事で"宅配"君と少し遠くまで行かなけりゃいけないんだぁ。だから、ここで待ってる。どうせそのうち来るはずだからねぇ」
言ってると、食堂の出口で凛とした鈴の音が響く。
「宅配便っスー」
「やぁ、待ってたよぉ」
「先に来てたんっスね」
「うん。まぁ、とりあえず荷物をこっちによこしてよぉ」
姿の見えない相手に返事すると、猫獣人は立ち上がり、投げ込まれた荷物を受け取る。
「ヴェル君、開けて良いよねぇ? たまには、君のところに着く物ってのを見て見たいんだぁ」
「えぇ、かまいませんよ」
猫獣人は嬉しそうに荷物を解き、その中から黒い判子を取り出して呟く。
「……意味不明」
理解に苦しむという顔で、箱へと戻し、ヴェルに渡す。
「これはこう解釈するんですよ。結局、幸か不幸か生き続けた彼の存在を、様々な時間に刻むとね。実際、これは彼の角から出来ているようですし、彼の生きた時間をこれ自身が刻んでいると言っても良い。問題は、これが彼という存在の完全な死の後に届けられたものではないということです。彼はまだ別の形で生きている。本当の終わりはまだまだ先のようだ」
「あぁ、そのことなんすけどね、その先には関与するなと言われてるんっスよ。そういうことなんで、彼の肉体が死んだ直後の不幸を抜いてきたっス。なんというか、普通は、いついつにどんなモノを貰うってのが決まってるだけに、今回は面倒だったっスよ」
「そうそう、ヴェル君が無理やり予定を捻じ曲げるから、私も"宅配"君も良い迷惑だよぉ」
不平を言う"宅配"の声に、猫獣人が同調する。
「すみませんね。でも、会ってみたかったんですよ。Queの世界を管理する存在に近づく前の彼に」
「あんまり好奇心が強いと、あの方にいらぬ制約を増やされるよぉ」
「わかっています」
お茶を飲み終えたヴェルシーファが顔を上げる。少し不機嫌そうだ。
「っと、そろそろ時間っスよ?」
「あぁ、本当だぁ」
胸ポケットからさりげなく取り出した懐中時計を見ながら、猫獣人は頷く。
「じゃあまたねヴェル君」
「はい、また」
猫獣人が手を振りながら食堂を出ると、鈴の音と共に二つの気配が消えた。
そして、食堂もまた、どこまで広がるとも知れない闇に埋没した。
黒い角は、毛が固まって出来た代物で、それが本当に死んだ肉体から削られたとはわからない。何せ放っておけば伸びるものなのだから。
ただ、それが、悪夢に招かれた青竜人のものであるという事実は否定しようがないだろう。
円柱状に削られた角は、青いケースに入れられている。朱肉付の携帯ケースだ。朱肉という言葉が語るものを、説明するのはやめておこう。
最後に彫られた物について語るべきだが、悪夢に誘ったモノと、悪夢を見せたモノだけが知れば良い事実であるのでやめておこう。
名 前:Drachen
読み仮名:ドラッヘン
年 齢:13歳
外見年齢:13歳
性 別:男
種 族:青竜人 この世界では竜人の数はかなり少ない
世 界 観:『セントラルアーク』中央大陸に存在する国『フィレスティア』
激化し続けた内戦がようやく終了したばかりで、新政治体系がまだ安定していない混乱期。
職 業:放浪中。様々な所で雑用などをこなし食いつないでいる。
飲 食 店:名も無い飲食店であり、混乱期ではあるが比較的安定した経済状況で客も多い。
ただし、あまり高価なメニューや酒はさすがに少ない。
ドラッヘンもたまに利用していて、特徴的ゆえに店員とも顔なじみ(仲が良いというわけではないが)
性 格:実年齢より精神年齢は高い。生き延びようと言う気力や保身についてはあまり考えておらず、既に人生に飽きているよう。
……むしろ、精神的に老けている。
不幸要素:あまりに異なる二極端な生活を経験してしまい、精神的にもたなくなって来ている。
戦うことに快感を得る依存症の身体を否定したくてもできないことがトドメになっている。
過去の、家族達(特に妹)の全滅も要素の一つ。
備 考:ここで死なれると後の歴史が丸ごと変わってしまうので死なない方向でお願いします。作中、本名を出しても構いません。
店 主:…お任せします。
(竜の)第一印象:天使のような翼を背負った白い竜の像(WDみたいな) 質感は任せます。
まったく似ていないが、白色と言うことに「アレ」を思い出す。
過去:ある裕福な家の生まれだが、家の当主(父親)の病による急死を機に、血縁同士による遺産争いが勃発。
遺産相続最有力候補であった長男と次男は早々に殺され、当時六歳であった三男(ドラッヘン)とその双子の妹は、執事達の協力によって家を逃れる。
その後、本家は完全に崩壊し、屋敷もほぼ全焼してしまい遺産も大半が焼失。生き残った血縁は三男と妹のみ。
しかし同時期に、彼等の居た街が、理不尽な理由により政府から空襲され、妹は巻き込まれ死亡。
三男は辛うじて生き残り、その後に正式結成された反政府軍に拾われる。
かくして国中を巻き込んだ内戦勃発。慢性的な人員不足から少年兵として参戦。
あまり名前を知られたくなかったので名乗らず、周囲からドラッヘンと呼ばれるようになる。
最強の種族とまで呼ばれる竜人種であり、その戦果は他の少年兵を軽く凌駕する。
しかし二桁にも満たない年齢で無数の戦を繰り返し、もはや計りきれないほどの返り血を浴び続けたため、戦に快感を得る依存症になった。
その後内戦も反政府軍の勝利で終結し、まだ政治の整わない混乱期である今に至る。
使用装備:大型マチェット一振り、コンバットナイフ二振り、ウインチェスター社製ショートバレルショットガン(西部劇に出てくるようなタイプ)
魔法:炎系の初歩的な攻撃術。あまり慣れていないし威力も期待できないため、補助として使う(しかし年齢から考えればかなりのレベルではある)
必殺技:『爆塵破』爆発系術を斬撃に乗せて放つ、飛び道具技。後の『凰龍爆砕刃』の原型。
……余裕があればお願いします。
なお、時間はクーちゃんの話の約70年前です。
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キャラクター提供元 : レーネ 様
最終更新日 2005/05/13
感 想 なんかフェイリンさんの回以上にグロテスクな回です。 上質な不幸で飾られていると、書いていて楽しいです。 おかげでエグさ満点の回でした。 この話を書くにあたりドラッヘン君の資料として、 レーネ様より『紅の青竜』を頂きました。
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