鈴の音と共に連れ去って

ターニツ

 

「もっと、ずっと遠くまで――僕は飛べるのにっ!!」
叫ぶと同時に、世界の果てに広がる壁にぶつかって風の竜の少年は落下する。
落下の勢いを利用して宙で反転すると、少年はそのまま空の果てに背を向けて翼をはためかせる。
この世界の風の竜は、総じてその姿は曖昧で、風そのものでさえあったので、自由に吹きすさぶことを好くのは当然だった。
だが、どの風にも限界はある。
地上を吹く風達は空の天辺まで昇ることはできなかったし、凍える大地を吹く風は暖かな大地を吹くことができなかった。
だが、この少年は特別だ。少年は生まれながらに、世界の端から端、上から下までどこまでも飛ぶことができる翼を持っていた。
成長するにつれ、飛べる距離が伸びて行った少年は、しかし、自分の翼がどんなに大きくても限界があることを知っていた。
この世界の空は、飛ぶことに恋してしまった少年には、もはや手狭だったのだ。
陸地が近づき、他の風が少年を見つけて何か喚いたが、少年は気にせずそのまま吹きすぎた。
更に進むと、山岳地帯で気に食わない連中に出会ってしまう。少年の従兄達だ。
「よぉ、次期長老竜様。今日はどちらにおいでで? 額に怪我をされてますよ」
「炎の竜の島のその先まで行かれたんでしょうかね? 今日も? 術の勉強もしないで?」
「さすが次期長老竜様は俺達とは違うねぇ。なんていったって、次期長老竜様だ。遊び吹いてても、誰も文句は言えやしない」
三匹の青年竜が、交互に嫌味を言っていく。
さすがの少年でも、一対一ならともかく、三体一では勝ち目が無かったので、静かに礼をしてその横を過ぎ去った。
後ろから響く嘲笑が辛くて、耳を塞ぐ。
不意に、暖かな風が傍らを併走するのが分かって、少年は翼を緩めた。
「はぁはぁ、お、お兄様、はぁはぁ、その」
「深呼吸してからで良いよ」
息の上がった少女竜に苦笑する。
少女は、少年の妹で、少年は妹にめっぽう甘い。どのくらい甘いかというと、弟が嫉妬し、両親が将来を心配する程度には甘い。
とはいえ、竜達は親族同士での婚姻を問題にしないので、両親はやや人間よりな気もしなくも無い。
「風の長老竜がお呼びです。稽古の時間だそうです」
呼吸を整えて言った少女の言葉に、少年は溜息を吐いた。
現長老竜である曽祖父からの特別稽古は、周囲の風の竜達からの羨望の的だったが、空をただ飛びまわりたいだけの少年には、つまらないものでしかない。それに、少年は長老竜になりたいという気持ちが欠片も無かった。
だから最近では無視を決め込んでいたのだが、どうも、長老竜の言葉さえきかない少年の弱みである妹を使って呼ぶことにしたようである。
「姑息なジジイだな」
「大御祖父様にそんなことを言うと、またいらない説教喰らうぜ、兄さん!」
言って傍らに飛んできたのは、少年の弟である。
「いたんだ」
「いたんだってなんだよ! 姉さんが兄さんに甘いから、お目付け役に飛ばされたオレの身にもなってよ!」
確かに、妹も兄に対して従順な部分があったので、弟が二人の歯止め役というか、お目付け役を申し付けられることは度々あった。
「たかだか80年しか生きてない癖に、言うようになったね」
「かく言う兄さんだって俺より10年しか年上じゃないじゃんか!」
「その10年が大きいんだよ」
「二人とも喧嘩はやめて」
少女が睨み合う二人の間に入ると、兄弟は渋々と言った表情でお互いに背を向けた。
「ともかく、長老竜のところへ行きましょう、お兄様」
そう言って笑う少女を見て、弟は腹立たしそうにどこかへ吹いていってしまった。
その夜、少年はこっそり家を抜け出して、星々の下を真西へ向かって飛んでいった。
昼間に長老竜直々の稽古を受けて、世界の端から端までを一日一往復するという目標が達成できなかった。毎日の日課が今日一日欠けるだけでも嫌だったのだ。
それに、長老竜の補佐を務めている次期長老竜と噂されていた大人達から、今日も散々嫌味を言われて腹が立っていたので、一飛びしなければ頭に血が上ってしまって眠れそうに無かった。
あっという間に、西の最果てが見える位置まで来ると、少年は翼に力を入れる。
他の風の竜達はここまで来られないので、少年が世界の果てに来るたびに、その壁に全力でぶつかっていることを知らない。だから、怪我をしていても心配はするが、理由は誰も知らなかった。
今日もまた怪我を増やそうと、世界の果てにぶつかろうとした瞬間、目の前に小さな扉が現れた。


凛とした鈴の音が響くと、店内を吹きすさぶ風のおかげで備品が揺れる。
「そう暴れないで下さい、ターニツ」
言われて、ターニツと呼ばれた風は止まって、その名を呼んだ相手の前に立つ。
相手は、紫がかった深紅の髪をした人間の若者なのだが、放つ雰囲気は性別を持たない闇の竜や光の竜達に良く似ていた。
「どうして、僕の名前を知ってるの?」
警戒しながらも、風は人間の少年となる。
白い綿雲のようなやわらかな瞳と、新緑の頃を思わせる緑の瞳が愛らしい、4、5歳ぐらいの少年の問いに、闇の竜のような人間がゾッとするほど優艶な笑みを浮かべて答える。
「私はヴェルシーファ。この特殊な空間の主です。故に、私は貴方の名前を瞬時に、貴方という存在から理解することができたのです。答えとして不足でしょうか? ターニツ」
「そう名前を連呼しないで」
言いながら、ターニツは顔が赤くなるのを感じた。
家族でさえ、もう呼ばないその名前は、舞うように優雅にどこまで吹きたいという少年が、自分で自分につけた名前で、いつもその名前で呼ばれるのを待ち遠しく思っていた名前だった。
だから、不意にその名で呼ばれて、少年は恥ずかしくなってしまったのである。
同時にとても嬉しかった。たとえ相手が、怪しげな奴だったとしても。
「では、次期風の長老竜とお呼びした方が宜しいですか?」
言われて、ターニツは怒りで顔を歪めてヴェルシーファを見上げる。
「そう怒らないで下さい。事実なんですから」
「そんな事実いらない」
ターニツが眼を背けて耳を塞ぐと、ヴェルシーファはターニツの両手首を掴んで、耳を塞ぐ邪魔をする。
「わがままを言っても仕方ありませんよ。もう、指名されているのですから」
その言葉に、昼間の怒りと相まって、ターニツは吼えた。
「僕は風の長老竜にはなりたくないのに、どうして皆そんな風に呼ぶんだっ!! なんでそんなに不老長生を望むの!? 地位を望むの!? どうして!! 僕はただ飛び続けたいだけなのに!! どうして僕を太陽に縛ろうとするの!?」
長老竜は世界に六柱。闇の竜、光の竜、地の竜、水の竜、炎の竜、風の竜の六竜で、各竜族で最も強い竜がその任に就く。
長老竜になると、不老長生となって大役を任され、周囲の羨望の的となる。
例えば、炎の長老竜が太陽を空へと上げて、風の長老竜が太陽を運び、地の長老竜が落ちてきた太陽を抱きとめて溶岩トンネルへと転がすと言った按配だ。
風の長老竜は、太陽をその背に乗せて飛ぶという大役により、風の竜ばかりか、様々な生き物から羨望を集めるのだ。
また、一般的な風の竜の寿命が2000年であるのに対して、歴代風の長老竜の中でも最も長命なのは、ターニツの曽祖父に当たる現長老竜で、10000年を優に越えている。他の風の長老竜も平均して6000年近く生きている。
だが、生まれた瞬間に次期長老竜として指名されたターニツは、その大役に嫌悪こそすれ、誇りを持つことはできなかった。
ターニツは生まれたその瞬間から、並みの大人よりも強い風だったからこそ、世界の狭さに嘆いていた。
彼の心を占めていたのは、この命が終わるまでどこまでもどこまで吹き続け、様々な景色を見続けるという夢であった。それは家族からも呆れられるほどに強い欲求として彼の体を突き動かしている。
風の長老竜になれば、その日々の大役で夢が満たされないことは明らかだった。
夢に生きるターニツにとって最大の不幸である。
そしてもう一つの不幸は、体力がついた翼は、今の世界に満足できなくなってしまった現状であろう。
だからターニツは、世界の果ての壁にぶつかって試していた。自分が死ぬか、この壁が壊れるか、どちらの方が先だろうか、と。
どうせこのまま生きていれば、いずれは長老竜になって、太陽という枷を背負うことになる。そうすれば飛ぶこともできないのだから、いっそ、命を賭けてもよいように思えたのだ。
一度だけ、気を失うまで一箇所にぶつかり続けたことがあったが、死ぬかと思うほど怪我が大きくなった直後、夜空からやってきた闇の竜の大人達に捕まり、あえなく家へと戻された。
その翌日には、闇の長老竜からしっかり聞いたと言って、風の長老竜にみっちり叱られた。
しかも、わざと死のうとするようなことを今後もするのならば、空を自由に飛ぶことを規制するとまで脅され、今では一日に二度だけ軽く傷を作る程度に留めている始末だ。
ターニツは思う。つくづく自分は、風の長老竜という名の鳥かごに飼われているのだ、と。
「僕は、鳥かごに入れられて馬鹿みたいに歌う小鳥になりたくないのに!! 翼を封じられるぐらいなら、いっそ死んでしまいたいっ!! 死んでしまいたいよぉっ!! 僕は、僕はどこまでも飛び続けたいんだ!!」
泣き喚くターニツを、ヴェルシーファはそっと抱きしめる。
「世界を壊したいほどに?」
耳元で囁いたヴェルシーファの声に、ターニツはその背に腕を回して頷いた。
やっと自分のこの気持ちを理解してくれる大人がいたと思えた。
怪しい相手ではあったが、そんなことはどうでも良かった。
名前を呼んでくれて、自分を理解してくれるならば、どんな相手でもすがりたいほど、ターニツは思い悩んでいたのだ。
名前を呼ばれない寂しさは耐えられても、理解されないことは耐えられなかった。
しかも、唯一信用できる弟妹でさえ、ターニツの常軌を逸したほどの"飛びたい"という気持ちを理解してはくれなかったのだから。
そのまま泣き続けたターニツは、泣きつかれて眠ってしまった。


「まさか、あの馬鹿共が造った世界の竜が転がり込んでくるとは」
ソファーですやすやと眠るターニツを見ながら、ヴェルシーファは笑う。
「しかしこれは好機です。壊せなかったあの世界を、壊すことができるかもしれない」
ヴェルシーファが狂ったように高笑いすると、店内がビリビリと震えた。


ターニツが目を開くと、そこにはヴェルシーファがいた。
いつの間にか眠ってしまったのだと気付き、ターニツは眠る前の事を思い出して恥ずかしくなる。
まさか、見知らぬ相手にあんな醜態を晒すとは思ってもいなかっただけに、余計恥ずかしかった。
「おはようございます。御加減はどうですか? ターニツ」
「えっと、そこそこ」
口の中で言葉を転がすように呟いたターニツに、ヴェルシーファが微笑む。
「あの、その、僕が言ったことなんですけど……」
「分かっております。決して他言しませんよ」
言われて、ターニツはホッとした。人並みに自尊心があるだけに、この言葉を信じたかった。
というか、守らなかったら今この場で食い殺してやろうかとさえ、一瞬考えてしまった。
先ほどの「ホッ」には、そうならなくて良かったという気持ちもある。
「でも」
突然口を開いたヴェルシーファに、ターニツはギョッとする。
何を言う気だろう、この醜態を盾に脅そうとでもいうのだろうか。
確かに、ターニツは風の長老竜にはなりたくなかったが、このままならまず間違いなく風の長老竜になれる。すると、それなりの権限を持つようになるわけだから、今から手を結ぼうとするものもいないわけではなかった。
ヴェルシーファもその一人なのだろうか。
「貴方の考えに少し口を挟ませてくださいな」
「どういうこと」
警戒するようなターニツの声に、ヴェルシーファは話し始めた。
「世界の狭さに嘆く貴方の苦しみは痛いほどわかるんです。私も、この"場"から出られないよう縛られていますからね」
言われて、ターニツは目を丸くする。
こんな建物の中に閉じ込められていたら、世界でさえ狭いと思うターニツは、まず間違いなく発狂してしまうだろう。
改めて目の前のヴェルシーファを見て、同じ辛さを抱えているのかと思うと、警戒心が薄れた。
「ですから、貴方に贈り物をしたいのです。いえ、贈り物というよりも契約に近いでしょうか」
「なに?」
「この契約によって、私は貴方に名前と特別な力を差し上げます。ただし、貴方はターニツの名前と姿を封じられ、人間に化ける時には誰かの姿を借りなければいけなくなります」
言われて、ターニツは悩む。
この名前は気に入っていたし、人間に化けた時の自分の姿も、なかなか愛らしい少年なので気に入っていた。それを封じられ、他人の姿を借りると思うとゾッとする。
しかし、一方では他人から名前をもらえるというのはなかなか魅力的だったし、特別な力という言葉が気になった。
「どんな力なの?」
「自分の体を裂いて、分身を作ることができる力です。裂いた体は、本体である貴方と同じ力を持ち、貴方の意思で動かすことができます。つまり、優秀な貴方の兵士になるわけですね。勿論、用が終われば本体に戻すことができます。体を裂くことで追うリスクは、肉体疲労ぐらいでしょうか」
言われてターニツは胸が高鳴るのを感じた。
もしもその力を手に入れたならば、長老竜になっても自分自身は自由に吹くことができる。
それに、自分と同じぐらい強い風を沢山作り出せば、もしかしたら世界の壁を壊すことができるかもしれない。ただ一度の突撃で。
「それと、分身が受けた傷は、貴方の傷になりません」
その一言で、ターニツは決心した。
「契約する」
どうせ、本当の名前は別にあるのだし、表面的な呼び名が変わったところで問題はない。
「かしこまりました。では、私の瞳を見て下さい」
言われて、ヴェルシーファの瞳を見た。それは、底知れない闇夜へ落ちる直前の、黄昏空のような紫だ。
そう思った瞬間、体が硬直する。
ヴェルシーファの右手が、ターニツの額に触れた瞬間、ターニツは悲鳴を上げた。
自分という存在が内側から壊されるような痛みに叫び続けると、やがてその痛みはターニツの額へと集中し、消えた。
瞬き一つせずに硬直したままのターニツを見ながら、ヴェルシーファは口を開く。
「これより、貴方の名前はヴィントとなり、その死が訪れるまで契約は続くものとする」
言って額からヴェルシーファの手が離れた瞬間、ヴィントと名付けられた少年はソファにぐったりと横たわった。
「大丈夫ですか?」
にっこりと微笑むヴェルシーファに、ヴィントは虚ろな瞳で睨む。
こんな痛みを伴うなら先に教えてもらいたかったという怒りと、ヴィントなどというありきたりな名前をつけられたことへの怒りだ。
「元気そうで何よりです。それでは、最後に一つ良い事をお聞かせいたしましょう」
声も出ないほど疲れたヴィントの耳元で、ヴェルシーファが囁く。
「貴方のいる世界はとても脆い。争いによる穢れで世界は壊れてしまいます。だからこそ、闇の長老竜と光の長老竜が目を光らせているわけですが、その彼等がお互いに殺しあったらどうでしょう」
ヴィントはまだ呼吸の改まらない体を僅かに震わせ、ヴェルシーファを見た。
「きっかけは……そうですね。光の竜は、体が死んでも魂の滅ばない闇の竜を完全に殺すことができるわけですから、闇の竜の若者にその事実を囁けば良いのではありませんかね。それでも動かないようでしたら、光の竜さえいなければ、闇の竜こそが世界で一番の存在になれると囁くのも良いですね。闇の竜の若者は自尊心が高いですから、きっと何かしらの行動をとってくれますよ」
「ヴェルシーファ、あなたは……」
言いかけて、ヴィントは口をつぐんで笑った。
目の前には、狂気に歪む笑みを浮かべたヴェルシーファ。彼もまたこの世界に縛られているなら、世界の滅びを願うのかもしれない。外を求めて。
「風の長老竜になりなさい、ヴィント。そうすれば、下手に行動しても、ほとんどの者は貴方を咎められない」
その言葉に頷いて、ヴィントは体を起こす。
風の長老竜になりたくないという気持ちはいまだあったが、風の長老竜という地位に別の意味が生じた今、なっても良いと思えた。
勿論、それは自分の夢を実現させるためであって、大多数の生物のためではない。
不意に、冷たい風が吹いてきた。見ると、扉が僅かに開いていて、風はそこから入ってきたらしい。まだ、外は夜らしかった。
「私はここに縛られて動けません。どうか、ご武運を」
「勿論だよ、ヴェルシーファ」
笑ってヴィントは立ち上がると、そのまま扉へと向かい、扉を開け放った。
見上げた夜空には星が吊るされ、真下では海と溶岩が世界の底へと流れ落ちている。
「さようなら、ヴェルシーファ」
「ごきげんよう、ヴィント」
人の姿から竜の姿へと変わりながら、ヴィントは世界へと落ちていった。
不意に背後で鈴の音が響いた。振り返ると、そこにはもう扉はなかった。
どうも、あの空間は、この世の中でも特に秘密にされるべき場所に違いない。もしかしたらヴェルシーファはとても危険な存在で、あそこに縛られていたのかもしれない。
だが、そんなことはヴィントにはどうでも良かった。重要なのは、ヴィントという名前を与え、特別な力を与えてくれたという事実である。
疲労を感じたヴィントはそのまま家へ戻り、翌朝、食事を終えるとまた東の果てまで飛んだ。自分を裂いてぶつかろうとも思ったが、昨日の今日では芸が無いと思ってやめる。
その帰り、またも山岳地帯で従兄三人組に出会う。また陰惨な嫌味を言われたが、今日のヴィントはいつもと違った。
ヴィントは、壁にぶつけるつもりだった力を、この三人組で試すことにしたのである。
額に力を込め、一度咆哮を上げると、ヴィントの体が三つになる。
従兄達が驚き隙を見せた瞬間、三体の風が各々標的とした相手にぶつかった。
向かって右端の従兄のひょろ長い首を、分かれた一体がへし折って喰らう。
向かって左端の従兄の太った腹を翼で裂いて、別の一体が内側へ潜り込み、暴れながら食い散らす。
そして中央の従兄を、ヴィント自身の牙で徹底的に引きちぎり喰らった。
喰らい終えて、一体に戻ると、腹が満腹になって重たかったが、心地よかった。
その心地よさにヴィントは咆哮して、青い空の天辺に体を打ち付け、そのまま西の果てまで勢いよく飛んでいった。
もう、誰にも負ける気がしなかった。


凛と透き通った鈴の音が響き扉が開かれる。
「宅配便っスー。ここに置いとくっスねぇ」
拍子抜けするような声の後、荷物が扉の内側へ置かれ、扉はまた閉められた。
瞬間、荷物は弾けとび、中から飛び出た風が店内を吹き荒れる。
「静かにしろ」
そう言ってヴェルシーファが腕を掲げると、風は大人しくその腕の上に止まり、一匹の小さな竜となった。
「世界を壊すのはしくじったか。だが、これであの世界へ干渉する札が出来たからよしとするか」
クックと笑ったヴェルシーファに、竜が説明を求めるように鳴く。
「あぁ、お前には言ってなかったな。あの世界は、ここに飾ってあった調度品のうちの何匹かが逃げ出して作った世界だ。私は私の腹の内から逃げ出したあの馬鹿共を許す気はないから壊そうとしたんだが、世界が邪魔になって壊せなかった。では、いっそのこと世界を壊そうとも思ったが、色々と制約があってそれはできなかった」
竜はその言葉に衝撃を感じたようだった。
「おや、自分が利用されたことがそんなに辛いか?」
竜の止まっていない方の指先を、竜の鼻先に持って行くと、竜は腹立たしそうにその指に噛み付く。
しかし、逆に竜が悲鳴を上げた。見れば、自分の指から血が流れているではないか。
「言い忘れたが、私を傷つけようとするとその傷はお前に返る。ここに訪れる客に対してもそうだ。逆に私がお前を傷つけると、その傷は私に返るがね」
言いながら竜の耳を引きちぎると、ヴェルシーファの耳が根本から裂けて床へと落ちた。
竜の耳は、いつの間にか元の場所へと戻っている。
「そして、扉が開いてもお前はここから出られない。絶対に。しかし、ここにいる限り、お前はどんなに怪我をしても死ぬことは出来ない。つまり、あれほど嫌っていた鳥かごの鳥と同じものになったんだよ?」
優艶な笑みを浮かべたヴェルシーファの言葉に、竜は愕然とした表情で固まった。
「そして、ここではお前は置物のフリを続け、私の命令を忠実にこなす。やらなければ、命令違反の罰として死の苦しみを受ける羽目になる。死にはしないから苦しいぞ。つまり、選択肢は無い。くくくっ――残念だったね?」
自分が収まるべき台座を示された竜は、怒りと哀しみと絶望からその場で気絶してしまった。


キャラクター提供元 :alioth



最終更新日 2005/05/14
感    想 「ある世界の物語」のヴィント長老の過去話。
        ヴェルシーファとヴィントは私のキャラの中では、
        二大“嫌な奴”です。私としては好きなんですけどね。
        何故か色んな人に嫌われまくりなんです。