鈴の音と共に連れ去って

JADNumberless

 

「メンテナンス完了。気分はどうだい? ジャドゼロ」
眩しいほどの光を背に、白衣姿の男が尋ねてきたので、横たわっていたジャドゼロは頷く。
「悪くはありません」
言いながら、ゆっくり起き上がると、笑い声が聞こえた。
「お、いっちょ前な口をきくねぇ。ここへ来たばかりの、あの臆病な坊やが懐かしいよ」
白衣の男は、顔見知りの技術者で、精巧な機械人形であるジャドゼロが、一ヶ月前にこの組織へと転属してからずっと、ジャドゼロのメンテナンスの中心を担っている。
気の悪い人間ではないのだが、自分が手がけた機械人形を子ども扱いするところは、人間仲間からも機械人形達からも呆れられている。
「そう言われましても、困ります。心は変化するものですから」
言いながら、ジャドゼロは自分の胸を叩いた。
見た目は全身を青い鎧に覆われた人型であり、手首から先は特殊金属制の露骨なフォルムをしており、緑色に光るバイザーを持ったフルフェイスヘルメットで表情はわからない。
機械が過学的に成長し、永久起動機関を有した現在では、人工知能にも心が芽生えるようになった。
それに伴い、駆動音を消し、特殊樹脂などで作った擬似的な皮膚や被毛を被り、機械人形はより生物へと近づいた。
一方で、無骨な金属部分を露出したままの機械人形も今だ多い。
生物では困難な事柄や、危険な事柄をするには、無駄な特殊樹脂はかえって邪魔なのである。
同じ理由でか、それよりも更に少ない数の機械人形には、表情というものがなかった。
ジャドゼロもその一人で、フルフェイスヘルメットで辛うじて頭部なのだろうと判断できる程度だ。
まぁ、心を持っていると言っても、所詮、機械なのだから表情などいらないという人間もいるのだが、やはりジャドゼロとしては表情が欲しかった。
こうやって冗談を言う時など、感情の微妙な変化を表すには、やはり言葉や身振り手振りだけでは足りないことが多かったからだ。
「ははは、確かに! 特にジャドゼロは特別だからな」
言いながらジャドゼロの硬い背中を叩いた男は、痛そうに手を振って笑った。
メンテナンスの腕前も機械工学の知識も、機械人形心理学でも才能ある人物だが、こういうところが粗忽である。
「博士、無茶は程ほどにしないと老後に響きますよ」
冗談めかして言うと、博士と呼ばれた男は苦笑する。
「本当だな」
それから、動作確認をした後、ジャドゼロは施設を出た。
非番の時には、就寝時間まで施設から出ることを許されていたジャドゼロは、夕刻に差し掛かったのを見て、いつも通り、お気に入りの喫茶店「Ocean」へ向かう。
喫茶店Oceanは、夕方から閉店までの間、ジャズ演奏を行っている。
昔はオーナーもやっていたそうだが、今ではアマチュアのジャズバンドから、ジャズ歌手を目指す者まで、様々な者がここのステージに立って、自由に演奏をしている。
非番の夕刻はどこへ行ってるのかと聞かれて答えたジャドゼロに、ジャズ好きなのかと、同僚や科学者達はよく驚くが、好きなものは好きなのだから仕方ない。何故好きかと問われると、なんだか懐かしい響きだからと答えたが、懐かしむほど聞いた記憶はなかった。
僅かに洩れ聞こえるピアノの音を聞きながら、無骨な手で扉を開いた。


凛とした鈴の音を頭上に聞きながら、ジャドゼロは周囲を見回す。
店の奥まった場所では、名も知らないアマチュアバンドが演奏しており、それを取り囲むようにほとんどの席が埋まっていた。
どうも人の気配が少ないところを見ると、今日は機械人形が多いようである。
ここの店主はなかなか粋な人間で、機械人形にも差別無い人柄の為、機械人形用の食事も出しているので、こういう日もある。
食事と言っても、エネルギーになるというより、コーヒーの味など生物の味覚刺激と脳内での反応過程を、機械人形でも疑似体験できるプログラムというほうが正しいのだが。
ジャドゼロは、ステージから少し離れたテーブルに腰掛けた。
ふと、違和感がした。
いや、店に入った瞬間も何やら違和感があったのだが、機械人形ばかりだからだろうと思った。
しかし、急に空気というか、気配というのか、何かが変ったように感じたのである。
ふと顔を上げると、人間が立っていた。
赤い髪の人物で、端正な顔立ちと呼ばれる部類に入ると思われたが、その服装から店員なのかどうなのか判断はし難かった。
「こんばんは。相席よろしいですか?」
「あ? あぁ、どうぞ」
他にも席は空いているというのに、あえて同席しようというのだから、ジャドゼロに用事があるのかもしれない。
そう考えてジャドゼロは嫌な予感がした。
ジャドゼロのことを知っている人間というのは元より少ないのだが、その多くは今務めている機関の関係者だ。
そして残りの大部分を占めているのが、一月前までジャドゼロがいた犯罪組織である。
元々、ジャドゼロは犯罪組織によって開発された二足歩行型兵器「JAD」シリーズの一体だった。
しかし、兵器として作られたにも関わらず、内蔵されたプログラム異常で心を持ってしまったジャドゼロは廃棄処分されるはずだった。
ジャドゼロが落ち着かない気持ちで見ると、人間は呑気に曲を聴いていて、ジャドゼロのことなどお構いなしのようである。
曲が終わりを告げると、拍手が店内に広がった。
ジャドゼロも人間も、一礼して袖へと下がる歌手達に拍手を送る。すると、人間が不意に口を開いた。
「やぁ、素晴らしい。そう思いませんでしたか? JADNumberless」
現在のジャドゼロの正式名称を口にした相手を見ると、相手はステージからジャドゼロへと視線を移した。
JADNumberless。それは、製造番号さえ与えられなかったJADシリーズの不良品に付けられた名称で、少し長過ぎたので愛称のジャドゼロの方が浸透している。
約一ヶ月前、国家警備部隊の攻撃により、犯罪組織の研究所が破壊され、そこで発見されたジャドゼロは彼等に収容された。当初の収容理由は確か、新型兵器JADシリーズの解明のためだった。
ジャドゼロは解体されるよりは、国の研究に貢献して生かされる方が良いと判断した。
そして現在では、JADシリーズに組み込まれた抹殺プログラム「Jモード」を活用し、犯罪に利用される機械人形の破壊を任とする機関に所属している。
その機関の名は、警備機関犯罪ロボット単独殲滅部隊。
JADNumberlessの名前を知っているということは、この機関の関係者なのだろうか。しかし、見たことのない顔だ。
もしかしたら、壊滅したと思われた犯罪組織の関係者が生き残っており、ジャドゼロに接近してきたのかもしれない。
護身用程度に、普段でも装備している特殊警棒へと手を伸ばす。すると、男は優雅に足を組みながら笑う。
「ご心配なく。あなたの所属していた、あるいは所属している組織の者ではありませんよ。そうですね、簡単に言うと、私は人間ですらない。ヴェルシーファと申します」
「どう見ても機械人形には見えませんが?」
言葉だけは丁寧に答えたが、ジャドゼロの手はまだ特殊警棒の上に置かれている。
製造されてからこちら、会話した人間の数はそれほど多くない。とはいえ、信用が置けない人間だと、ジャドゼロの心が警告している。
「そうですね。今は人間のフリをしてますからね。でも、こうすればいかがでしょう?」
僅かに手を上げて指を鳴らすと、ジャドゼロの目の前で人間の姿が変化して行く。
「なっ!?」
「これなら貴方と同族ですよね?」
そこに座っているのは、極めて人間に近い機械人形だった。特殊樹脂製の皮膚や体毛に隠れているとはいえ、小さいとはいえ消し去れない駆動音や、どうしても残る機械的な動きは隠しようも無い。
「どういうことだ!?」
立ち上がりかけて、ジャドゼロはゆっくりと腰を下ろす。
「……いや、一つしかなかったな。これは科学者達の造る"夢"だろう?」
欠陥により心を持った機械兵器の精神を分析するという名目で、時折、ジャドゼロは"夢"を見させられる。
当人としてはメンテナンスは終了して歩き出したつもりでも、実際の体は横たわったまま、仮想現実ともいえる精神プログラムだけが動いているのだ。
大抵の場合、終了してから"夢"だとわかるようなものが多いのだが、時折こういう悪趣味かつ突飛過ぎるプログラムも見せられる。
そうやって、機械人形心理学をより発展させるということらしい。まぁ、心を持った兵器など少ないので、良い研究材料になっていることは間違いない。彼もそうだった。
考えてふと、ジャドゼロは悩む。彼とは誰だっただろう。
「いいえ。ここは異世界です。貴方の"夢"ではありません。と言っても、人間の空想小説を読まれない貴方には、少し理解が困難でしょうか?」
「理解不能です」
事実だった。ジャドゼロは音楽を楽しみ、喫茶店でコーヒープログラムを摂ったりもするが、空想小説どころか創作された物語を読む気にはなれなかった。
特に半世紀以前の小説ともなると、機械人形達は今以上に地位が低く、人間の道具として酷い扱いを受けているし、心を持った兵器という題材で描かれた機械人形は、大抵不幸な結末だ。
場合によっては、思い悩んだ末に「人間の仲間」になる者もあるが、大抵は人間に都合よくこき使われる結末になっている。相棒だの、友情だのと言っても、命令一つで敵に攻撃するなら、それは本当の意味での仲間ではないだろう。
そんなわけで、いかんせん気分が滅入ってくるので、ジャドゼロは空想小説を読む気にはなれないのである。
というのに、何故ジャドゼロはそれらの知識を持っているのか。ジャドゼロ当人にもわからなかった。
「そうでしょう。まぁ、ここが"夢"だろうと異世界だろうと関係はありませんでしたので、お気にせず」
「今日の"夢"プログラムは奇妙ですね」
大抵の場合は、プログラム上に現れる対話相手の導きに従うまで、何度も同じ言葉を繰り返されたりするのだから無理もない。
「ご想像のままに。それより、次のステージが始まりますよ。話はその後に」
口元に指を当てて微笑んだヴェルシーファに、今日は気の利いた"夢"だなとジャドゼロは思った。
「次は誰ですか」
「私の娘です。今日が終われば晴れて独り立ちするんですよ」
「うん? 私の"夢"を使って、精神プログラムの動作テストでも行っているのですか?」
"夢"プログラムでの会話役は、科学者の誰かか、それようのプログラムが行っているのだ。それの娘ということは、やはりプログラムだろう。
それも、心を持つ予定の機械人形に与えられる、心そのもの、あるいは精神そのもののプログラム。
既存の機械人形の精神プログラム内で動作確認をする例も無いわけではないが、まさか自分がその動作確認空間にされるとは思ってもみなかった。
「それもまたご想像のままに」
ヴェルシーファが静かに、だが少し寂しそうに言って、ステージへと顔を向けたので、ジャドゼロもそれに従う。
ステージに現れたのは、人間の少女で、茶色の巻き髪を短く刈っている。可愛らしい容姿からして、愛玩用機械人形の可能性もある。
少し高めのマイクスタンドを脇へ避けると、少女は肩幅に足を開いた。
「まさか、マイクも伴奏もなしですか?」
ジャドゼロは驚き呟いたが、傍らに座る相手は何も答えずステージを凝視している。
「  人は内側に満ちたものを沢山の感情で表すけど
   それをできないものがある
   内に渦巻くものを感情にできずに苦心するものは
   それをできるものに嫉妬する
   ある日、彼は気付いてしまったのだろう
   心を持たないわけではないのだから
   それを別の感情や行動で補えばよいのだと
   爆発しそうなほど熟成した思いを彼は形にした
   殺戮の風が吹き、血の雨が降る中を口を歪めて走って行く
   笑うことさえできず、泣くことさえできない彼は
殺戮という行動によって内なるものを形にしたのだ
それは他人にとっては悲しいこと?
それは彼にとっては幸福なこと?  」
憂いに満ちた瞳の娘が歌う。幼い姿からは想像もできない声量に、ジャドゼロはゾクリとした。
声は悪くないし、JAZZではないようだが技術はある。はっきりいって上手いし、妙に心を掴む。
だが、何かが違う。
「すごい声だ」
歌が終わった瞬間、ジャドゼロはそう呟いた。
「えぇ、セイレーンと言っても過言ではありませんでしょう。憂いに満ちた歌声で人を招く」
「娘に対してそう言いますか」
社交辞令程度で反論しつつも、内心ではその言葉に頷いてしまった。
セイレーンとは言いえて妙であると思えた。辛い気持ちの時に聞いたら、つい海に沈みたくなる声ではある。
ただし、外見は女の首を持った巨大な鳥とは似ても似つかないのだが。
「娘と言いましても、私としては望んだものではありませんしね。それに、もう独り立ちの時期です。独り立ちしたら、私と彼女は赤の他人です」
「悲しくないですか?」
「悲しい? とんでもない。せいせいしますよ。子どもを持って御覧なさい。わがままだし、手が掛かるときたら仕方ありません」
「そういうものでしょうか」
「そういうものです」
そう言った直後、例の娘がテーブルまでやってきた。
「こんばんは、はじめましてジャドゼロ。シグレって言います」
「はじめまして。素敵な声でしたよ」
スカートの両端を摘んでお辞儀した少女に、ジャドゼロは座ったまま頷く。
「ありがとう」
憂いを孕んだ微笑を返すシグレには、ヴェルシーファと違って悪い印象はない。
「君のお父さんは、セイレーンの歌声だなんて酷いことを言っていたけどね」
"夢"とわかってはいるが、ジャドゼロは出来る限りの冗談で、寂しそうな顔のシグレを笑わせようと思った。
するとシグレはヴェルシーファを見る。
「誉めてくれてありがとうパパ!」
「だからパパと呼ぶな」
気恥ずかしそうに注意するヴェルシーファと、そんなパパに抱きつくシグレの姿を見ながらジャドゼロは唖然とした。
どうやら、この親子にとってのセイレーンは、海の化け物ではなく、誉め言葉であるらしい。
本格的に人間の"夢"のような状況になってきたなと、ジャドゼロは思った。
不意に親子からテーブルに視線を降ろすと、テーブルの中央にある置物に目が行く。
ガラス製の黒い竜は、小さな木製のチェロを抱えるように弾いている。目を瞑り、自分の奏でる音色に酔っているような、あるいは一人に酔っているような姿は、彼を想起させた。
彼とは誰だっただろう。とてもよく知る人物で、独りよがりの最低野郎と、怒りを覚えたものだ。
思い出そうとすると、輪郭を持たない記憶の中の彼の背後で、JAZZのナンバーが流れた。その手には、何かの本。
それは誰だっただろうか。
「ジャドゼロ?」
不意にそう尋ねられて、ジャドゼロは僅かに体を震わせ声の発生源を見る。
見れば、コーヒープログラムを差し出したシグレが、心配そうな顔で首を傾げている。
「コーヒー嫌いじゃないよね? お返事ないから、シグレ、コーヒーもってきたんだけど、ダメだったかな?」
「娘の作ったコーヒープログラムです。回線が火花を散らしそうなほど不味い可能性がありますので、こちらをどうぞ。私の作ったコーヒープログラムです」
「パパ酷い! シグレだってたまには飲めるもの作るよ!」
「……大口は叩くな。それと、パパと呼ぶのはやめろ。」
どうやら、一瞬悩みこんだジャドゼロを心配して、二人がコーヒープログラムを出してくれたらしいのだが、どちらを飲むべきかは考えものである。
というか、"夢"の中でもコーヒープログラムが機能するのかわからなかった。それの実験なのだろうか。
「では、シグレちゃんのコーヒーを頂くよ」
ジャドゼロはシグレからチップを受け取ると、バイザーの少し下に付いた左側面のスロットへとチップを入れる。
「味はどお?」
期待満々で見てくるシグレに、ジャドゼロはチップを強引に引き抜きながら笑った。
「いや、もう、殺人級だね」
頭の中の回線がいくつか、情報過多でダメージを受けている。
兵器でありながら、何故か味覚情報を処理するプログラムが入っているジャドゼロでも、シグレのコーヒーはきつかった。
他のJADシリーズだったら、回線の一つや二つ簡単にショートしたに違いない。
(ん、他のJADシリーズは違ったとでも?)
瞬間的に、自分の思考に疑問を抱く。
JADシリーズは、純粋に破壊活動を目的として作られた機械人形だ。それならば、味覚情報処理プログラムが搭載されていないのは当然だろう。
実際、半永久的に活動し続けられるように、無尽蔵のエネルギーを貯えた永久起動機関と、それに支えられた体内の無数の武器、そしてその武器を解き放つ殺戮プログラム「Jモード」があるだけで、情報処理による不可は大きい。余分なプログラムを搭載すれば、それだけ起動に支障が出るので搭載しないだろう。
では、味覚情報処理プログラムのせいで、ジャドゼロは心を持ったのだろうか。
だが、先ほど無意識に浮かんだ考えが事実ならば、他のJADシリーズにはないものであるはずだ。
つまり、誰かが故意に、ジャドゼロに搭載したということになる。
そう思った瞬間、またも何かを思い出しかける。懐かしい声だ。その声が言う。
『そのうちまた会うけど、今はさようなら。まぁ、予定が狂えば君は壊されちゃうけど、そんなことは万が一にもないしね』
誰の声だっただろう。壊されるということは、廃棄処分が決まった後の記憶だろう。だが、助かることを過程に話している口ぶりは、誰だ。
「ジャドゼロ、ジャドゼロ、ねぇ、ジャドゼロってば!!」
そう言ってシグレが体をゆすったので、ジャドゼロはまた考え込んでいたことに気付く。
「パパが回線修復用のプログラム作ったから入れてっていってるよ!」
「娘のコーヒープログラムのせいで、頭が痛いのでしょう?」
「あ、あぁ、それは大丈夫です」
「では、何故そんな不安そうな顔をしているのです? そんなに、Jモードを搭載したご自身がお嫌いですか?」
真顔で尋ねられて、ジャドゼロの手がヴェルシーファの首を掴む。
「あ……すまない」
慌てて手を放したジャドゼロのバイザーを、シグレが優しく撫でる。
「ねぇ、辛いことがあるならお話して。お話しすると、少し気持ちが楽になるんだから。ね?」
その言葉でジャドゼロはやっと、この"夢"の目的がわかった。
ジャドゼロの精神プログラムが破綻しないようにするための、人間風に言えばカウンセリングなのだ。
気が利いているのか、今更なのか、内心皮肉を吐きながらも、ジャドゼロは言葉を吐く。
「Jモードは確かに辛いよ。何せ、自己防衛機能として、攻撃を受けた瞬間に発動し、一切の感情をシャットダウン。攻撃対象がいなくなるまで、無差別に破壊し続けるんだからね」
Jモード発動後に破壊した機械人形の数は、同じように殺した人間と、ほぼ同数である。
機械人形に心が必要ないという人間の言葉に同調したくなるのはそういう時だ。
目の前に広がる、血とオイルの海を見ながら、泣き叫びたくてもそういう機能がなく、ただ事実として自分がやってしまったのだと知る時の無力さを、同僚の機械人形の誰がわかってくれるだろう。
いや、それは愚問だ。同僚である機械人形達は、そもそも機械人形の破壊に対して精神プログラムにジレンマが起きないよう作られている。
同僚である人間達も、犯罪者には非道になれるよう、精神鍛錬を積んでいる者は多い。無論中には、ただ犯罪者が嫌いだとか、人殺しが楽しいという問題人物もいるが。
ともかく、同僚達には、壊すたび、殺すたびにジレンマを起こしてしまうジャドゼロの気持ちを理解する者はいなかった。
これが空想小説の中ならば、部隊を退いて平穏に暮らせば良いと言ってくれる人間もいるだろうが、現実はそうではない。
ジャドゼロに積まれた「Jモード」は、国家公務員である科学者達が束になっても解除できなかった。
そんな危険な機械人形を野放しにするほど、国は優しくない。
それに、一ヶ月も国の特務機関にいると、外部に洩れては困る情報も知ってしまう。やはり野放しにできるものではない。
となれば、この仕事を止めることができるのは、敵による破壊か、同僚による破壊のどちらかだ。
せめて、人間のように自傷行為にでも走れるならまだ気持ちは穏やかだったかもしれない。自分で死ねるという自由があれば。
しかし、その自由さえもジャドゼロにはなかった。
自傷行為に走ろうとすると、制御システムにプロテクトが掛かって動けなくなるのだ。同時に精神プログラム上で苦痛が起動するのである。
苦痛が治まると、もはや死にたいという感情どころか、全てのことがどうでもよくなってしまう。場合によってはあまりの負荷で強制終了、つまり気絶することもあった。
「だから、このバイザーが緑のままであって欲しいと思うんだ。決して、赤になってほしくない」
すると、シグレがジャドゼロを抱きしめた。
「変化が怖いの? そういうものなのに?」
残酷な問いに、ジャドゼロは小さく頷いた。言葉を発したら、必ずこの少女を罵るだろうと思ったからだ。
「シグレは全然そういうの平気なのにな。どうしてジャドゼロはダメなの?」
そう言って尋ねてきたシグレに、ジャドゼロは首を傾げる。
「シグレちゃんは、愛玩具機械人形か何かだろう? 人を殺したりしないだろう?」
問われてシグレは笑う。
「ジャドゼロにはどう見えるかわからないけど、シグレは二人食べたよ。一度目は竜の姿になって、二度目は大きな鳥さんになって、お姉ちゃん達を頭から食べちゃった。バクバクモグモグって♪」
気負うことなく笑ったシグレにジャドゼロは僅かに身を引く。
「やめてやめて、食べないで、酷い、悪魔、化け物、色々と叫んでたけど、シグレは食べちゃったの。だって、シグレ、とってもお腹が減ってたんだもの。人間だって、お腹が減ったら家畜を殺して食べるでしょ。どうして、殺しはダメなの?」
ジャドゼロはシグレからヴェルシーファへと視線を向ける。
「この子は、私と同じなんですか? プラフェーサル」
完全ではないが、ジャドゼロは思い出した。
この国を母国とせず、時折、この国ではあまり使われない言語を使う、中年科学者がいた。
彼は、"教授"という意味の母国語で、自分の事を呼ばせた。
傲慢で、思いやりの無い、機械人形も人間も全ては自分の欲望の為にある駒にすぎないと思っているような、残酷な人間。その癖、音楽や小説など芸術を享受するのが好きで、もっぱら古いJAZZを聞いていたし、時にはジャドゼロ相手に小説や詩などを朗読して楽しんでいた。
だが、彼は死んだはずだ。プラフェーサルは、研究所に押し入った警備部隊に射殺されたと聞いている。
「違いますよ。ジャドゼロ。私はプラフェーサルなる方ではありません。言ったでしょう? ここは異世界だと。現実と混同するものではありません」
その言葉に、ジャドゼロは驚きながらもホッとした。確かに、目の前の相手はプラフェーサルではない。
彼ならば、プラフェーサルと言えば必ず言う言葉がある。
それは、シグレがヴェルシーファを「パパ」と呼ぶと、ヴェルシーファが「パパと呼ぶな」と言うのと同じ按配のものだ。
「その言葉、信じましょう。いや、そうだと信じたい。私はもう、あの方には会いたくないんです」
プラフェーサルがジャドゼロを作った理由を、ある日ジャドゼロは尋ねてみた。
すると、彼は笑いながら答えた。
『心を持った兵器を造ってみたかったんだ。それに、殺人兵器となった人間の心が変化していくような過程を辿るのかどうか見てみたかった。それだけだよ。まぁ、君のことは今まで作った機械人形の中では一番気に入ってるからね。下手に死のうとか考えないで、僕の命令に従うことこそ、君にとっての最良だよ』
好奇心を満たすためならば何でもやって良いと思っている、反吐が出る相手だと、心底思ったものである。
だが、今だ思い出せない記憶の中に、とても重大なものがある。何故彼は『そのうちまた会うけど、今はさようなら』と言って、ジャドゼロの廃棄処分を決定したのだろう。
しかも、廃棄処分される可能性などこれっぽっちもないという顔で。
確か理由を話していたはずなのだが、どうしても思い出せない。他の記憶もそうだが、思い出せない記憶のほとんどが、人為的にプロテクトをかけられているようなのである。
とはいえ、廃棄処分決定後に、情報処理中枢を弄られた記憶は無い。
弄られたのはむしろ、国家に収容されて以降だ。だが、その時にはもう、プラフェーサルの記憶はなかったと思う。
一つ可能性があるとすれば、突入してきた部隊に収容された直後、一応暴れないようにと精神プログラムを強制終了させられてから、三日後に目覚めるまでの期間だろうか。
「私としては会ってみたいですね。彼のようなタイプは、意外と突くと脆いものですから。それに裏に上質の不幸を抱えている場合もありますし。何より、どうしてあんな体になろうと思ったのか、当人の口から聞きたいものです」
そう言って笑ったヴェルシーファの言葉の意味がわからなかったので、ジャドゼロは頭を左右に振って呆れるだけに留めた。
プラフェーサルと同等とまではいかないが、ヴェルシーファは気に食わないと、ジャドゼロは思う。
ふと、鈍い音が室内に響く。
音源に視線をやると、出入り口だった。誰かが出て行ったのだろうかとも思ったが、奇妙なことに気付く。扉のどこにも、鈴がついていないのだ。確かに、ジャドゼロはこの店へ入った時に鈴の音を聞いたというのに。
どうも、最後の最後で"夢"プログラムは手抜きをしたようであった。
「あぁ、扉が帰ってきましたね。あの扉を通ってお帰り下さいませ。そうしないと、扉がまた散歩に出てしまいます」
ヴェルシーファの言葉に、ジャドゼロは心の底から人間に近い表情が欲しいと思った。
言葉にするのも疲れる、この憤りと呆れを、表現したかった。
立ち上がったジャドゼロの腕を、シグレが扉まで引く。
「あのね、ジャドゼロ。シグレはこれからも沢山の人間を食べるの。そうしないと生きられないから。でもね、辛いとは思わないの。そういうものがシグレだから。だからね、ジャドゼロ。あんまり辛くなったら、諦めて死んじゃっても良いと思うよ」
その顔を見る限り、彼女なりに励ましてくれているのは分かったが、その言葉のどこにも、「頑張って生きろ」という誠意は全く感じられなかった。
「さようなら」
それだけ言って、ジャドゼロは扉の外へと出た。あるはずのない鈴の音が頭上に響いた。
これで"夢"が終わると思ったジャドゼロは、夜光塔の灯る街を見て愕然としてしまった。
いくら"夢"でもこれほど大掛かりな空間と、キャラクターを動員すれば、ジャドゼロの回路に負担が掛かって強制終了するはずなのに、しない。
つまり、これは現実だ。
ということは、さきほどの店での出来事は本当に異世界でのことだったのかもしれない。
考えた途端に頭が痛くなった。集中すると、酷いコーヒープログラムが残っているのが分かった。
現実だ。
二度目の確信で、ジャドゼロは笑った。
人間でさえ空想の中でしか体験できないことを、彼等に作られた人形である自分が体験したことが笑えた。
時刻を見ると、まだ入店した時間から十分も経っていなかったのだが、ジャドゼロはねぐらである研究所へと戻った。
なんとなしに、昼間メンテナンスを受けていた部屋を覗くと、メンテナンスをしてくれた博士が居た。
誰かとテレビ電話をしているようだったので、声は掛けずにそのまま奥にある私室へと向かおうとして、中の声が洩れ聞こえた。人間では分からない極小さな声だ。
「では、御計画通りに。プラフェサール」
その背後では、古いJAZZナンバーが流れている。
「君は発音が悪いね。профессорだと何度も言ってるだろ」
低姿勢の博士の言葉を修正したのは、少年の声だったが、その言葉はプラフェサールのものだった。
忘れるはずも無い、あの他人を見下した声音で繰り返し吐く言葉を、ジャドゼロは決して忘れるはずが無かったのだ。
プラフェサールが寵愛した、唯一の機械人形であるジャドゼロが、忘れるはずはないのだ。


凛と透き通った鈴の音が響き扉が開かれる。
「宅配便っスー」
「はーい、こんにちは」
「こんにちは。今日が独り立ちの日っスね。気分はどうっスか?」
「うん……寂しい、かな」
「そうっスよね。っと、仕事あるんでそろそろ行くっス。新生活、頑張ってっスよ! それとこれからもご贔屓に」
「ありがとう」
「んじゃ、またっス」
拍子抜けするような声の後、荷物が扉の内側へ置かれ、扉はまた閉められた。
それを拾い上げたシグレの背後に、ヴェルシーファが立っていた。
「ねぇ、開けていーい?」
「良いよ」
振り向かないで尋ねると、優しい声が返ってきたので、シグレはそのまま荷物を解いた。
古びたレコードだった。
「もらっていーい?」
「あぁ。独り立ち記念だ」
その言葉に、シグレは俯く。少女の頬には一筋の涙が零れた。
「お前は本当に腹の調整がなかなかできなくて、ちっとも巣立たないし、将来が不安なことも多かった。私と"狂気"の悪い場所しか継いでいないのかと、本気で心配にもなった。その癖、とてもおしゃまで、うるさいところのある、手の掛かる娘だった」
後ろから抱きしめたヴェルシーファの腕を、シグレは抱きしめる。
「ねぇ、お願いだから名前を呼んで。最後だから良いでしょ? ねぇ、パパ」
「そのパパと呼ぶのも、結局治らなかったな、"憂い"」
「そっちじゃないよ」
不機嫌そうな声でシグレが笑った瞬間、扉が外へ向かって開かれる。
生温い風が吹いたかと思うと、目の前には嵐の様相を呈した暗い海が広がっていた。
「良い場所を与えられたね、"シグレ"」
「うん」
嗚咽交じりにシグレが頷く。
「きっとお前なら、その歌声で嵐を呼び寄せ、多くの人間を海深く沈められるよ、"シグレ"」
「うんっ」
大粒の涙を憂いに満ちた両眼から零しながら、シグレは頷く。
「自信を持ちなさい"シグレ"。お前は私と彼女の子どもなんだから。それに、相棒である竜も一緒に行くんだから。泣いてたら笑われるぞ」
「うんっ……でも、またっ……ひくっ……またパパが……一人ぼっちになって……寂しくなっちゃうの……シグレ……パパが……"ヴェルシーファ"が泣くの…っ…ヤッ」
「ありがとう、"シグレ"。でも、私は大丈夫だ。もうずっと昔から、独りで縛られていたんだからね」
見上げたシグレの目に、涙を流すまいと必死になって笑うヴェルシーファの顔が映った。
「でも……シグレは……寂しいよっ!!」
「じゃあ手紙を書いておくれ。そうしたら私も手紙を書こう。そしたら少しは寂しくないから。ね?」
「……うん……絶対にお手紙するっ……絶対にっ……」
頷いたシグレの頭を撫でながら、ヴェルシーファは扉を指差す。
「さぁ、扉もこれで意外に忙しい身なんだ。そろそろ行きなさい」
「うん」
すると、シグレの体が膨れ上がり、人頭をした巨大な鳥へと変化した。
「見事なセイレーン姿だよ、"シグレ"」
「だって、いつかパパもママも何もかもを食べるんだよっ!! シグレは全部食べちゃう子になるんだから!!」
怒るように叫んだ娘に、ヴェルシーファは笑う。
「ははは、すごい意気込みだな」
「だって、パパとママを食べたら、みんなで一緒にいられるでしょ?」
純粋すぎるその言葉に、ヴェルシーファは言葉を詰まらせた。
それから、彼の本性としての彷徨を上げる。
「さぁ、お行き。私がお前を喰らわないうちに!」
言って腕を放すと、古いレコードの入った小包を足で持ったシグレが翼を広げる。
「大好きだよ、パパ!! いままでありがとうっ!!」
強まる風に吹き飛ばされないように飛び立ったシグレに向かって、ヴェルシーファは扉から乗り出すように叫んだ。
「私だって大好きだよ、"シグレ"!! でも、パパと呼ぶんじゃない!!」
最後までそれを言うのかと言いたげな顔で、シグレが一度だけ振り返ったが、すぐに雨間へと消えてしまった。
更に雨脚が強まる中、憂いに満ちた歌声が聞こえてくる。
今にも大粒の雨が降りそうな暗い雲は、海面に行く筋もの雷霆を放ち、いよいよセイレーンの嵐は、海行く全てのものを喰らおうと牙を向いたのだった。


レコードは傷ついた場所を繰り返し繰り返し、再生していく。その先へ自力では進めない。
悲しみも、喜びも、怒りも、何もかもを、歌に込めて叫んだとしても、終わりまで聞けないのなら、
全ての感情はただ繰り返し繰り返し紡がれるだけで、終わることも進むこともできない。
セイレーンの抱えた古いレコードは、わざと付けられた傷を抱えて、何度も何度も同じ言葉を繰り返す。「もう嫌だ!」



名   前:JADNumberless
読み仮名:ジェイエイディナンバーレス
通   称:ジャドゼロ
年   齢:製造されてから一ヶ月
外見年齢:20代
性   別:男?
種   族:機械人形
世 界 観:機械が過学的に成長し、永久起動機関つまり無くなら無いエネルギー、そしてロボットにも心が芽生え、間接部分を隠すしたり、駆動音を消すとほぼ人間に近づいてきた。その中でもまだ機械的な部分を露出する仕事向けなロボット達もいる。そして犯罪にもロボット達が使われるようになってきた. . . .
職   業:警備機関犯罪ロボット単独殲滅部隊
飲 食 店:落ち着いた雰囲気の喫茶店「Ocean」。何も飲み食いできないが此処のジャズ演奏を聞きに来る。
性   格:まだ生まれてから一ヶ月なので知識不足で口下手であるが、同僚と仲良くなりたいと思っている。殺しは好きではないが標準装備でどうにもなく「ジェノサイトモード(以降Jモード)」を発動したら最後、抑えきれず必ず必要ないほどまで殺してしまい、発動するたび葛藤に苦しむ。
生演奏の音楽が好きで仕事が終わったり非番の時は大抵行きつけの喫茶店にいる。
過   去:犯罪組織で開発された二足歩行型ロボット型兵器「JAD」の中でも誤作動が起き「Jモード」に欠陥ができ、心が出来てしまった。失敗作である彼。心が生まれたことから番号が付けられず廃棄処分が決定されていたが警備部隊の攻撃により研究所の破壊、そして発見され、生き残る事を選択した彼は警備部隊に入るも武装の危険性が示唆され、現在単独で、犯罪で使われるロボットの破壊を担当する。
不幸要素:彼の中には開発者の目的である消去できない抹殺プログラムである「Jモード」が組まれてあり、自己防衛のために発動し、感情をシャットダウン、攻撃対象がいなくなるまで人とロボットの区別無く暴れる。
「Jモード」が切れた後、彼の心の中には涙が流れているがこの仕事をやめると殲滅部隊が動く。彼には死ぬまで誰かを殺す道しか残っていないのだ。
備   考:外見は青い鎧、手首からは機械、顔はフルフェイスヘルメットのようなものを被っており起動しているとバイザーが緑色に光り、Jモードに移行すると赤く光る。
彼の身体は大量の兵器が装備がされていて「Jモード」発動と同時に起動する。隊の標準装備以外の装備のエネルギーは永久起動機関が詰まれており、尽きることは無い。自傷行為に走ろうとするとプロテクトが掛かり動けなくなるのと同時に苦痛に苛まれる。
店   主:店長
第一印象:本物のような配色のチェロを持った透明感のある黒い竜。目を瞑り俯き加減でいる竜は自分の奏でる音色に酔っているようでもあり、一人に酔っているようにも見える。


キャラクター提供元 : キャラメーカー「ノクターン」 様



最終更新日 2005/05/13
感    想 大好きなロシア語を使えた回でした。
        この博士の性格もわりと大好きです。
        漫画「ツイン・シグナル」の影響が大きいですね。