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成文律、つまり言葉としての法がない世界ウィシュク。
歴史を見れば、罪を律する中立的な機関もあったし、国ごとの法もしっかりとあった。
だが、急激に進歩した文明の中、人口が増加。もはや世界は全ての人間を生かすことができなかった。
故に、各国首脳陣は、最後の策として法を無くした。
良く言えば、自然淘汰の法則に従ったのだ。悪く言えば、人減らしのための、蠱毒の儀式ともいえるが。
詐欺、窃盗、略奪、暴行、強姦、人身売買、放火、殺人、ありとあらゆる行為が、力によって肯定される時代がやってきた。
その影で、力のない弱い者が泣いた。
「昔の私もそうでしたね」
そう言って笑ったのは、見たところ二十代前半ぐらいの青年で、なかなかの美男子である。
空中を走る自動空中走行車、通称「自空車」の最新モデルに乗り、肩まである黒髪をたなびかせている姿は、金持ちのボンボンを思わせる。
しかし、その蒼色の瞳が、混沌とした世の中を憎むようにギラついているので、道楽で自空車を駆るタイプには思えなかった。
自空車をあるホテルに止めると、男は車を駐車場へと入れ、フロントへと入る。
「予約していたオドネルです」
金を払い、部屋の鍵を受け取り、最上階に近い部屋へと入る。
「後、三つ」
時計を見ながら呟くと、部屋の鍵が閉まっていることをもう一度確認し、荷物を広げる。
一見すると、鉄くずの山にしか見えないが、男はそれらの部品を素早く組み立てて行く。
僅かな間に組み立てられたソレは、消音機能付の狙撃銃だった。
照準を覗く瞳の鋭さ、体から発せられる適度な緊張、その状態から周囲の音を敏感に察知する仕草、どれをとっても素人ではない。
入念に、今時珍しい開閉式の扉から目標地点を確認する。
「後、一つ」
時計を見て、男は小さく息を吐き、もう一度狙撃銃を確認する。滑りも良いし、不具合はなさそうだ。
「時間ですね」
時計を見て、窓辺へ移ると、男は狙撃銃が外からわかりにくいよう、カーテンを閉めた状態で外を窺った。
ほどなくして中空を、やかましいほど音楽をたれ流しながらパレードがやって来た。
その中央で呑気に手を振って笑っている男を照準に捕らえ、射撃。
男の頭が弾けたのを確認する間もなく、すぐに顔を引っ込めて、銃の解体をする。
解体が終わり、荷物を整え、悠々と窓の外を覗く。男は即死だったようだ。
荷物を隠し、一晩そこへ泊まる。
さすがに、すぐ部屋を出れば足もつくだろう。まぁ、偽名だからどこまで追いつけるかは甚だ疑問ではあるが。
翌朝、フロントに鍵を帰した男は、仕事の報酬を受け取りに約束の場所へと行った。
金払いの良い相手は、前金の時と同様に、あっさりと使用済み紙幣の束で支払ってくれる。
こういう上客はありがたいなと思いつつ、男は報酬を車へと積み、さっさとその場を後にした。
向かった先は、超高層ビル群の中では比較的に背の低いビルだ。
このビルの少し上の方、地上28階にある酒場は、仕事を終えた男にとって、毎回のお楽しみだった。
広くも無い駐車スペースに潜り込み、さっと車を降りて、玄関の前に立つ。
インフェルノと書かれた看板からして、まだ車が石油で地面を走っていた時代を思わせるレトロな感じだ。
そう思いながら、これまた古めかしい木製調の扉を開いた。
凛とした鈴の音が店内に響き渡る。
静かに酒をたしなむにはうってつけの薄暗い店内には、人の気配はなく、今日は珍しく男が一番乗りだったらしい。
そう思ったのだが、出入り口の死角に入るカウンター席の隅に誰かが居た。見れば小さな女の子だ。
店を間違っただろうか?
男は不安に思いながら、少女の様子を観察する。
5、6歳ぐらいの少女で、癖の強い茶色の髪をしていて、何やら、目の前に置かれた竜の置物に話しかけている。
置物というより、精巧な立体映像のようで、紅蓮の業火を漆黒の体に纏った竜が、全てを威嚇するように少女の前に立っている。
ふと竜の映像と目が合うと、その瞳から深い怒りを感じ、男は僅かに戦慄した。あの瞳は、自分と同じものだ、と。
そう思っていると、カウンターの向こう側に、店の奥から店員が出てきたので気がそがれる。
「いらっしゃいませ。どうぞこちらへ」
薄く笑った相手は、記憶にあるここのマスターと同じ服装をしていたが、どうにも歳が二十ばかり違った。
顔立ちもこちらの方が丹精で、華奢なのだが、赤い髪をしているせいか、それとも声音の妙か、男とも女とも判然としない。だが、たぶん女に違いない。
前のマスターが男だっただけに、見事なほど場違いな気がした。
「お客様?」
不信に思いながらもカウンターへ座った男を、少女が不思議そうに見る。
「そうだ」
赤い髪の女店員が、ゾクリとさせる声音で答えると、少女は何か言いたいのを我慢したようだった。
「あの愛らしい少女は一体どなたなんですか?」
社交辞令程度に尋ねる。
どうもこの新顔の店員は胡散臭い部分があるので、できるだけ性格を把握したかった。
信用のならない相手の出す酒など、飲めるはずがないからだ。
「私の娘です」
「シグレって言うの!」
「静かにしなさい」
やっと口を開く機会が得られたという顔で声を上げた少女に、女店員が怒ると、少女はまた残念そうな顔で口を噤んだ。
どう見てもこの女店員は二十代前半で、男と見た目は同い年のようにしか見えない。だいぶ早くに子どもをもうけたのだろうか。
しかし、男は若く見えても今年で27である。この女店員も同じように童顔なのかもしれない。
「失礼、まだまだ礼儀を知らない年頃なものですから、ご容赦を」
「いえ、それは構いません。しかし、娘さんを店に出していても宜しいのですか?」
素朴な疑問に、女店員は笑う。
「今日は貴方以外にお客様もいらっしゃらないことですし、貴方がお許し下さるならば問題はございませんでしょう。ジェルス・フェリアさん」
言われて、ジェルスと呼ばれた男は目を見開く。
「貴女はどこで私の名をお聞きになったんですか?」
仕事上、こういう場所で本名が割れては困るので、普段は偽名で通しているというのに、顔も知らない女に言い当てられるとは思えなかった。
いや、そもそも、ジェルス・フェリアの名前を知っている人間など、もはや行方不明になった兄ぐらいしかこの世にはいないはずだ。
それなのに、この店員は知っている。何故だ。
「お疑いのようですし種明かしをいたしましょう。ここは貴方の住まう世界とは異なる場所。ここを訪れたお客様の情報は、瞬時に私の中へと入ってくる。故に私は貴方のお名前を言い当てることができた。そういうことです」
スッと吊りあがった口の端が、薄気味悪かった。
「異世界、ですか」
僅かに驚きながらも、確かにそういう場所なのかもしれないとジェルスは思う。
人と同じように、場所にも気配がある。
経験を積めば、座っているだけでも、その場がどんな風に使われているのか、誰が使っていたのかが、匂いやパッと見でわかるものだ。
しかし、ここは、インフェルノの内装そっくりであるのに違う。
いや、カウンターの向こう側の酒瓶から、テーブル席の配置まで何もかも気味が悪いくらい同じなのだが、人の気配がないのだ。
どんなに綺麗に片付けても、酒の匂いや、テーブル席に添えつけられた蝋燭の匂いというのは、長年に渡って店に染み込んでいる。そういうものがここにはないのだ。
そして何よりも、入ってきたはずの扉がいつの間にか無くなっていた。
手の込んだ悪戯だとも考えられるが、このご時勢にこんな大掛かりな悪戯を仕掛ける馬鹿はいないだろう。
「おや、普通はもう少し疑うものですが、貴方は肝が据わっていらっしゃいますね。それに、とても良い観察眼をお持ちのようで」
「仕事柄、どうしてもそうなってしまうものですから」
言って苦笑すると、目の前にグラスを差し出された。
ジェルスがキープしているボトルだとすぐに分かり、顔を上げる。
「ここは異世界。御代はいりません。かわりに、貴方の事をお話いただければと思います。どうせ扉も、二時間近くは戻ってきませんしね」
微笑んだ店員に、ジェルスは内心呟く。貴女の方がよっぽど良い観察眼を持っていますよ、と。
そうなのだ、ジェルスはずっとこの瞬間を望んでいた。
懺悔にも似た気持ちで、今の彼を作り上げた過去を話す機会を、心の底では待ち望んでいたのだ。
「貴女に免じてお話ししましょう」
格好付けて、グラスを軽く店員に向けて掲げた後、軽く喉を潤してから話し始めた。
ジェルスが生まれたのは、ここよりもう少し西にある田舎町の中流家庭で、こんな時代でありながら、わりと幸福な少年期を過ごした。
家族は両親と、兄、それから二つ下に妹がいて、この妹とは特に仲が良く、二人でどこかへ遊びに行くことも多かった。
ジェルスの人生が今へと傾く決定的になったその日、ジェルス19歳の夏。とても熱い日だった。
妹にねだられて、近くの遊泳プールへと行った帰り、夕方近くだったこともあって夕食を外でとることにした。家族にもそう携帯で伝え、二人で街を歩いていた。
ふと、妹は何かに気付いて路地へと入って行った。ジェルスもすぐにその後を追うと、妹の悲鳴が上がった。
驚いたジェルスが走ると、そこには、切り刻まれた女の上に立った男が、血まみれのナイフを片手に妹に切りかかるところだった。
妹はジェルスに気付き、ジェルスに駆け寄ろうとしたが、振り下ろされた男のナイフは、背中を向けた妹の心臓を貫いた。
脱力し、動かない妹に必死で声をかけるジェルスを鼻で笑って、男は逃げ去ってしまった。
それ以来、ジェルスは変わった。
この一件以来、行方不明になった犯人を見つけ出し、絶対にこの手で殺してやろうという復讐心が、独力で銃の腕を上げさせた。
両親はジェルスの変容に何か言いたげだったが、末娘を亡くした悲しみ故か、何も言わなかった。その頃辺りに、兄も失踪してしまった。
三年後、ジェルスが21の歳に気苦労が祟ってか母は肺炎を患って病死、翌年には父も仕事中に事故死した。
暖かな家族が暮らしていた家に残されたのは、復讐心と孤独を抱えたジェルスだけだった。
ジェルスは家を売った金で、傭兵業を始めた。こういう時代だから需要は多い。
暗殺から護衛まで、様々な仕事に関わっていれば、いつか妹を殺した犯人の行方に行き着くかもしれない。
法もなければ治安を守る者もいないこの国では、ただの民間人が殺人犯を探し出す手立てはあまりに少なかった。
最初の頃は、犯罪者の殺害以外は受けなかったジェルスも、いつの間にか人殺しに慣れた。今ではもう、誰を殺そうと躊躇いはない。
昨日殺した男も、こんな世の中では珍しく国民に人気の高いプロ野球選手で、家族思いで誰からも愛される良い人だったと、朝っぱらから追悼番組が組まれていた。
金を手に入れ、犯人を捜すために、誰かの命を奪い続けるジェルスは、目の前で妹を殺した犯人よりもよほど残酷な人間になっていたのかもしれない。
だが、それでもジェルスは犯人を捜して復讐しなければならないのだ。何せ、いつの間にかそれが生きる理由になっていたのだから。
女相手にナイフを振るう殺人者と、復讐を果たす為に人殺しを続ける復讐者、どちらの方が業が深いのかと思うと、少し笑えた。
「私の手はもう、取り返しがつかないほど汚れています。今更、表の仕事を探すこともできません。そんなものが、私です」
話し終えると、幾分すっきりして、ジェルスはグラスの中身を一気に空けた。
初めて誰かに全てを語った。語ってしまうと、何の事はないようにも感じた。
実際、ジェルスのような不運に見舞われた者は多く、そして妹のように命を落とす者は更に多かった。
「お兄ちゃん、悲しいの?」
いつの間にか、傍らまでやってきたシグレが、ジェルスの顔を覗き込む。
「悲しいときはね、なにか食べると元気になるよ! シグレがお料理してあげる!」
言った瞬間、女店員が小さく悲鳴を上げたのが聞こえた。
「やめろ、お前は厨房に入るなっ!!」
しかし、そう叫んだ時にはもうシグレの姿は厨房へと消え去った。
「失礼、つい取り乱してしまって」
そう言って謝罪しながら、女店員がグラスに新しくアルコールを注いでくれた。
ジェルスは平然とした態度でグラスを受け取り、僅かに口を潤す。
「お子さんを持つと大変ですね」
「ははは、出来てしまったものは仕方ありませんよ」
僅かに口を噤んだ後、女店員が口を開く。
「そういえば、先日面白いお客様がいらっしゃいましたよ」
「どんな方ですか?」
「ジェルスさんのように裏に通じる情報屋をしていたのですが、懇意にしていた女性を快楽殺人者に殺されてしまいましてね、そんな不安定な治安を正さない政府に憤り行動に出たんです」
法を撤廃した直後の人々の話だろうかと思いながら、ジェルスは耳を傾ける。
「彼はその情報分析能力と、行動力によって、国の頂点を目指すことにしました。もっと治安の良い国作りをすることで、彼女の死の報復をしようとしたんですね。多少歪んだ考えですが、健全だし立派なものです。いつしか人は彼のことを聖人のように崇め、実際に彼は国の頂点につきます」
それは並の人間ができるものではなかったので、ジェルスは驚いた。そういう選択肢を思いついた相手に、僅かながら嫉妬さえ覚えた。
「それで、国はどうなったんですか?」
皮肉な声で尋ねると、女店員はジェルス以上に皮肉な笑みで答える。
「良くなりましたよ。しかし、その代償として彼はあるものを無くしてしまうんです」
「何ですか?」
「国庫にゆとりが出てきたところで、都市整備を始めたんですね。スラム街を取り壊して新しい街を作るのが計画の柱でした。その計画によって、愛した女性の墓を永久に葬り去ってしまうんです。彼がその事実に気付いた時にはもう、その一帯は整地されてしまっていました。彼女の骨の行方はとうとう知れなかったそうですよ」
「……悲しいですね」
家を売ったジェルスでさえ、今でも家族の墓には時折顔を出す。ジェルスが胸から下げているロケットには妹の写真と、妹の髪の毛が入っているほどだ。
しかし、話の中の男は、愛した者の墓を無くしてしまった。それはとても悲しいことのように思えた。
「えぇ」
女店員がくすりと優艶な笑みを浮かべた瞬間、盛大な爆発音が轟き渡った。
「今度は何だっ!!」
叫びながら、女店員が店の奥へと入って行く。
(今度、ということは前にも?)
基本的には何事にも物怖じしない性格のジェルスでも、さすがに不安が過ぎる。
その不安を煽るように、奥から女店員の怒声が響く。
「なんで解凍してない状態で油に放り込むんだ!!」
何を入れればあんな爆発音が響くのか、ジェルスにはわからなかった。
暫くして、焦げ臭い香りの隣から、美味しそうな匂いが漂ってきたので、たぶん、あの女店員が作り直しをしているのだろうと思った。
店の奥からは、相変わらず、怒声と泣き声とが響いているのは気になったが。
更に暫くすると、二つの皿を持って女店員が現れた。
目の前に置かれた一枚目の皿を見て、ジェルスは呻く。
「なんですか、これ」
「娘が貴方に食べて欲しくて作ったハンバーグだそうですよ」
「ハンバーグ……」
つい指差してしまったそれをマジマジと見る。
元々は挽肉だったのだろうということが分かるのだが、あちらこちらが弾け飛んでおり、こげと言うより炭化しきった部分も多く見受けられる。
添えられたニンジンは、どう見ても生で、ケチャップの海に浮かぶ姿は、その形状から惨殺された偶像を思わせた。
「どうも料理の腕は私に似なかったようです。貴方の体調に差しさわりが出そうですので、私が作り直したものをどうぞ」
そう言って差し出された二枚目の皿は、見た目からして一枚目と比較する気も失せるほどの完成度だ。
表面の焼き目が食欲をそそり、その上からかけられたソースはナスやマッシュルームを小さく刻んで煮込まれているらしく、トマトソースより落ちついた色合いで、散らされたバジルが映える。
添えられたニンジンは芯まで火が通っていて透明感があり、共に添えられている皮付きポテトと、茹でたそら豆と相まって見目にも鮮やかだ。
どう考えても、こちらの方を食べたい。
しかし、店の奥から戻ってきたシグレに、涙を零した顔で、かつ何やら言いたげな表情で見られると、それも気が引けた。
「ありがとうございます。でも、いちおうお嬢さんの気持ちもありますし、一口」
「勇気がありますね」
ナイフとフォークを持ったジェルスは、女店員が発した心の底からの一言に頷く。
「ははは」
苦笑しながら、シグレ特製ハンバーグを切り分けて口の中へ入れる。
表面は墨直前のガリガリ感、中はサラダ油で満たされた肉のスポンジ。うまみは全て外に流れ出てしまったらしく、何もなし。
どうも、肉と卵しか使っていない冷凍ハンバーグを、高熱の油で揚げたらしい。
「お、おいしいよ?」
もさもさする口内をアルコールで潤し、なんとかそう答えると、シグレの表情が明るくなる。
「お兄ちゃん本当?」
「あ、あぁ」
「お見事です」
女店員の言葉に、ジェルスは小さく頷くだけに留めた。
それから、見た目以上に美味しい女店員製のハンバーグを食べ終えると、背後で鈍い音がした。
見れば、いつの間にか扉が戻っていた。
「扉が帰ってきました。お帰りの時間です」
その言葉にジェルスは思う。普通、客の気分で行き来できるものではないのか、と。
だが、十分に過去を明かした安堵と、心地よい満腹感で、反論する気にはならなかった。
「今日はありがとうございました。おかげで、少し胸がすっきりしました」
そう笑って、ジェルスは席を立ち、寂しそうに見送るシグレの頭を撫でる。
妹も、これぐらいの時期には、ジェルスが学校へ行こうとすると寂しそうに見送ったものだった。
思い出すと、また胸が痛くなったが、ジェルスは静かに扉を開けて店を後にした。
背後で鈴の音が響く。
振り返れば、元通りの酒場インフェルノの看板があった。
夢でも見たかと思ったが、満腹感と口元に残ったケチャップは、あれが嘘ではなかったことを如実に語っている。
その日はねぐらへ戻ると、ジェルスは翌朝、自空車を走らせて家族の墓を訪れた。
立ち並ぶ墓標を数えながら、横に三つ並んだ家族の墓を見つける。
同時に愕然として、手にしていた花を取り落とした。
墓の前には、よく知る相手の面影を持った男が一人佇んでいる。
「兄さん」
呟いたジェルスに、男は笑って振り返った。
凛と透き通った鈴の音が響き扉が開かれる。
「宅配便っスー。ここに置いとくっスねぇ」
「はーい!」
拍子抜けする声に、これまた拍子抜けするほど愛らしいシグレの声が答えると、小包が扉の内側へ置かれ、扉はまた閉められた。
シグレはそれを拾い上げると、カウンターへ置く。
「ねぇ、開けてもいーい?」
「構わん」
添えつけられた液晶画面の電源を入れながら答えた女に微笑むと、シグレは小包を開けた。
中からは、何かの植物を押し花にしたものが挟まれた、黒い聖書が出てきた。
「せ、い、しょ?」
本を両手で支えながら、シグレは首を傾げる。
「人間が自分達の造った神の言葉や成しようを書いた書物だ。経典と呼ぶ物もある」
「嘘ってこと?」
「嘘じゃないさ。それを真剣に読む人間には、ありがたい格言なんだから」
皮肉な笑みを浮かべて画面を見ると、顔色の悪いジェルスが、今まさに仕事を終えて血まみれになったところだった。
その顔は、常軌を逸した笑みで歪んでいる。
「じゃあ、この葉っぱはなぁに?」
「大麻という植物だ。粉にして注入したり、焚いて吸うと幻覚を見ることができたはずだ。それと興奮作用もあったかな」
「夢を見ることができるの?」
「あぁ、言い換えればそうかもしれないな」
笑った女店主に、シグレは首を傾げる。
「ねぇ、食べてもいーい?」
「あぁ。だが、ちゃんと"腹"の調整をするんだぞ」
「はーい」
言ったシグレの顔は肥大化し、竜のそれとなると、上下に大きく裂けた口へと聖書を放り込む。
噛まずに飲み込んだシグレの顔は、すぐに竜から人の少女のソレに戻った。
「食べちゃった」
くすくす笑うシグレに、女店主はカウンターから身を乗り出してシグレの腹に触れる。
「また腹の調整ができていないな。お前はいつになったらこういう調整が上手くなるんだか」
腹を触られたシグレの方は、苦しそうに息を吐いてから、にこりと笑う。
「パパぐらい大きくなったら!」
「……一体どれだけ私の腹の中にいるつもりだ? それと、パパと呼ぶな、私はWerseevaだ」
シグレのおでこにデコピンをした店主は、付き合いきれないという顔で店の奥へと入って行った。
心の平安を求めて神にすがりついた者達の、怨念にも似た言葉の連なりが聖書と呼ばれて崇められるなら、
人は一体どれだけの業を、想像の神に許させ、更には神の子として愛させるのだろう。
生きながらに神の楽園を得るため、蠱惑の薬を手にすることに、躊躇いはないのだろうか。
しかし、神も楽園も所詮は人間の創造の産物で、夢見る者は死者を抱きしめることさえ叶わないのだ。
名 前:ジェルス・フェリア
読み仮名:省略
年 齢:27歳
外見年齢:20代前半
性 別:男
種 族:人間
世 界 観:名前は「ウィシュク」法と言う概念が無い世界。略奪は勿論、暴行、殺害は日常茶飯事。
それらを罰する機関も無く、皆が自らの欲望のまま生きている。
職 業:傭兵。依頼を受ければ対象の殺害、護衛、なんでもする。
飲 食 店:「インフェルノ」名前とは打って変わって、誰でも心が安らぐ酒場。
静かに酒をたしなむには最高の店。(強盗が入ってきた時用の防衛機能あり)
性 格:何事にも動じず、他人には礼儀正しい。どんな相手にもですます調。
不幸要素:19の時、2つ下の妹が目の前で殺されてしまう。犯人はそのまま行方不明。
それ以来独力で銃の腕を磨き、何とかして犯人を見つけ出して殺したいと言う復讐心に取り付かれる。
備 考:肩まで伸ばした黒髪と蒼色の瞳を持つ。美男の分類に入る。
店 主:貴女
第一印象:紅蓮の業火に身を包む、黒い竜。その目には冷たく、深い怒りが現れており、見る者に多少、戦慄を覚えさせる。
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キャラクター提供元 : スカイ 様
最終更新日 2005/05/13
感 想 大麻出てきました。聖書も出てきました。 相変わらず、小気味よいくらい不幸を走ってます。 いや、小気味良くはないんですが。
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