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『本日も日本は腐ってます。臭いものには蓋と言って、蓋する奴等が腐ってるんですよ』
流暢な英語で笑った学生風の男は、何の変哲もないディスクと引き換えに受け取った紙袋の中身を確認して頷く。
『一枚も欠けてませんね、どうも。次もご贔屓に』
そう言って紙袋を懐にしまうと、薄暗い店から早々に退散する。
薄汚い路地を何度も曲がり、わざと違う電車に乗ってみたり、色々と道を駆け回った後、男は小さく溜息を吐いた。
「用心に次ぐ用心が大事とはいえ、こう毎度毎度やってると馬鹿らしくなるな」
駅のホームでスーツから若者向けの服へ着替えた男は、有名な海外チームの野球帽を目深に被って歩き出す。
スーツ姿も学生のように見えていただけに、服を変えたらすっかり周囲の若者に紛れ込んでしまった。
見上げた空は大都会東京、あちらもこちらも新旧入り乱れたビルに、東京湾沿岸に立ち並ぶ工場や自動車の排気ガスでくすんだ空が、ジグソーパズルの一片みたいに浮いている。
そこから視線を下ろせば、午後5時を過ぎたばかりというのにネオンを点灯させる道が続く。
呼びかけの連中をうまいこと交わして更に歩けば、路地の先にスラム街が見えてくる。
男が生まれ育った場所に良く似ている。
なんのことはない、経済の破綻と偏った成長とで、貧富の格差が広がった日本は、徹底した二極化を向かえ、どこの都市も見事なスラム街を抱える羽目になった。その結果の一つがこれである。
しかし、成功者と云われる政治家や役人達、つまり日本を動かす連中は、この癌病みたいに飛び火し膨れ上がる街を地図から逐一消していた。
男の歩く道の一本先は、日本国の地図に載っていない、未知の空間なわけである。
これを皮肉らない活動家なんて、きっと見掛け倒しの暴力団か何かだろう。
「さて、小腹も減ったし、少し早いけど夕食にするか」
笑いながら見上げた看板には、「喫茶店 OBSOLETE WORLD」と書かれている。
意味は廃れた世界。
男にとってはもう、行きつけの喫茶店になったのだが、この店を見つけた当初はその名前の皮肉っぷりに惹かれて入った。
看板だけに留まらず、マスターも皮肉な言い回しや、それとない揶揄の好きな初老の男で、すぐに気に入った。料理の腕もなかなかだ。
調べると、表にも裏にもちょいと名の通った相手だったわけだが、情報屋としての下心はなく、純粋に良き話し相手として、男はマスターが気に入っている。
さて、今日はどんな名料理が出てくるのやら。
そう思いながら、ふざけた顔のライオンがついた扉を開けた。
凛とした鈴の音が響く。
店内は、どこかの国の古い紙幣や、誰ともわからない有名人のサイン、動かない時計がいくつか壁に飾られていて、趣味は悪くないがどこか古めかしい感じだ。
「いらっしゃいませぇ」
そう言って店の奥から走ってきたのは、短い茶色の栗毛をした少女だった。
「こら、"憂い"! お前は店に出てくるなと言っただろう!?」
そう言って少女を怒ったのは、ここのマスターである初老の男だった。
「マスターのお嬢さんですか?」
「そうです。煩いさかりですみません」
冗談のつもりで言ったのだが、真顔でそう言われて男は驚く。
どう良く見ても、マスターは50代だし、娘の方は10歳にも満たないようにしか見えない。
「シグレって言うの! 利麻おにいちゃん、こっちこっち」
そう言って男の手を引っ張った娘の手は、あまりに冷たくて、ゾクリとした。
何かが、今日はおかしい。
マスターの娘なら、自分の名前を知っていても不思議ではないが、それでも、初めて会った相手を言い当てられるだろうか?
このマスターと写真を撮った記憶もないというのに?
「お客様に失礼だろうっ!」
「やーん、パパが怒ったぁ」
「パパと呼ぶなと言ってるだろう」
カウンターまで引きずられた利麻の前で怒鳴るマスターと、怒鳴られて涙を零し利麻に縋るシグレ。
娘と認めておきながら、パパと云われるのを嫌うとは、恥ずかしいのだろうか。
それとも、この少女は娘ではなく、裏の仕事の関係なのだろうか。年齢的にその可能性も高い。
「このぐらいの娘と、正義のヒーローは、Dadを手伝いたいものですし、気にしてませんよ」
滑った。そう思いながら座った利麻の隣にシグレも腰掛ける。
「ほんと?」
腕を回してきた少女の眼差しに小さく頷くと、カウンターの向こうから鼻を鳴らす音が聞こえた。
「甘やかさないでください。それでなくても我儘が足りないんですから」
いかにも手に負えないという顔をしている。確かに、この娘相手では苦労しそうだ。
「それにしても、お子さんがいるなんて始めて聞きましたよ、マスター」
「それはそうでしょう。私と、貴方の知っているマスターとは別個の個体なのですから」
瞬間、マスターと思っていた男の姿が歪む。
初老ではあるのだが、オールバックにした豊かな髪は薄い赤で、赤毛が年齢を重ねて薄くなったという感じだ。
肌の色は白く抜け、背も伸び、日本人というよりは欧米人の体になったのだが、声音の妙と薄い笑みがどことなく男と言い切れない雰囲気を醸し出している。
「な!?」
「先に説明をせず失礼しました。ここは夢より夢うつつにある場所、あるいは異世界と呼ぶべき場所でして、私はこの"場"を治めさせていただいております」
一礼した相手に、マスターの面影は服装ぐらいしかなかった。
「どういうことだ? 何かの悪戯か?」
それにしては手が込んでいるし、目の前で姿が歪んだことから考えて、幻覚剤が散布されている可能性もある。
「いいえ、悪戯ではございませんよ、来栖 利麻さん。あなたは扉によってここまで連れてこられた。そして私は扉が戻るまであなたをもてなす。ただそれだけでございます」
くすりと笑った店主の言葉に振り返ると、先ほど入ってきたはずの扉はなく、木製の壁があるばかりだ。
「ご安心くださいませ。扉は必ず戻ってきます。最短では5分、最長では10日とかかりましたが、普段は小一時間も待てば戻ってくるものです。まぁ、信じるも信じないもあなた次第ですが」
言われて、利麻は暫く驚いていたが、突然笑い出した。
「く、くくくっ、これはまた気の利いた冗談だ。ここが夢だろうと現実だろうと異世界だろうと構いません。扉が戻ってくるまで付き合いますよ」
酷い冗談は、時として逆に楽しい。見え透いた嘘ほど滑稽で笑いを誘うのだ。
「何はともあれ、まずはお茶を一杯下さい。喉が渇いてしまった」
利麻の言葉にマスターが軽く頷くと、シグレが立ち上がった。
「シグレが入れてあげる!」
「え?」
二人が声を合わせて驚く間もあらばこそ、シグレはそのまま勢い良く席を下りて店の奥へと行ってしまった。
「……行っちゃいましたけど」
「……えぇ、まぁ。たぶん、大丈夫……じゃないか、と」
歯切れ悪く答える店主に、利麻はこの後"何が"出されるのだろうと不安になった。
「ともかく、何か不幸な身の上話でも聞かせていただければ幸いです。何せここは歪んだ心と不幸を集めた場所ですから」
「不幸? なんでそんなものを話さなければいけない?」
不幸を話して欲しいと言われれば気分も悪くなる。
「では、そうですね、私が一つ不幸を話しますから、それよりもご自身の方が不幸だと思われたならお話ください。その内容によっては、今日の代金は奢りましょう。あ、話云々を抜かして、娘の入れたお茶代は結構ですから」
「……それなら構いません」
食事の席で不幸な話を聞いたり言うのは趣味ではないが、奢ってもらえる可能性があるなら、この怪しい相手に付き合っても良いと思った。
「では早速。ある所に娘がおりました。彼女は物心付く前に両親を亡くし、身寄りのない娘は施設で育ち、施設から出た後はプロレスのようなものをやって生計を立てていたのですが、気の置けない友人ができ、その友人と同棲するようになりました。そこまでは幸福だったんですけどね、ある日、娘は行方不明になってしまいます」
よくある話だと利麻は思った。女の失踪と言えば、薬物か、男ができたか、外国へ売られたかだろう。
「娘が哀れなのはここからで、今まで両親のことを知りたくて訪ねても、罵倒され門前払いし続けた親戚が、娘の残した財産の分配のために集まるわけです。さて、親族会で最初に出た言葉はなんだと思います?」
「さぁ?」
家の面汚しがいなくなって清々したとか、そんなものだろうか。
「誰があの娘を殺したか、です。実は、娘の両親は、娘の父方の祖父母の遺産のほとんどを相続しまして、莫大な資産がありましてね。それを妬んだ親族の手で事故死。そうやって遺産は親族に分散したわけです。今度はその娘も格闘技で名声と金を得ていましたから、是非手に入れたかったわけですね」
面白くない話だと思った。せめて、もう少し捻りがあれば良いのに、生身の人間はどうも醜態ばかりを晒すらしい。
「血の幻想を抱いた娘は、とうとう死体も行き先もわからずに、死亡届が出されたそうです」
そう言って店主が笑うと、店の奥から爆発音が響き渡る。
「何をしでかしてくれたんだ!?」
店主は慌てて店の奥へと入って行った。
何かが倒れる音と、嫌がる子どもの声。
「どうしてお湯が爆発する!!」
お湯が爆発したのか。と、思いながら、利麻は自分の予想が当たっていたことに落胆する。
暫くして戻ってきた店主に声をかける。
「台所の方は大丈夫だったんですか?」
「えぇかろうじて」
奥からは泣きながら片付けをする音が響いている。
「……それと、これはなんですか?」
目の前に差し出されたカップには、広がってさえいない茶葉が浮いた熱湯。それがソーサーにまで零れ落ちている。
「娘が、どうしても貴方に飲んでいただきたくて入れたお茶ですよ」
「いや、まぁ、見ればわかりますが」
「お腹を壊されても困りますので、こちらをどうぞ」
そう言って差し出されたのは、見目にも美味しそうな、芳香漂う一杯の紅茶。
シグレには悪いが、飲めそうにないので、店主の出した方を啜りながら、ふとテーブルの隅に竜を見つける。
東洋の竜を模した銀色の置物は、どうも陶器のようだ。
その不可解な色合いもさることながら、時代を感じさせない雰囲気や、巧妙に作られている故に生き物ではないという違和感が、妙に眼を逸らし難くさせる一品である。
「……二十三年前、この近くにあるスラム街で生まれました。こんなご時勢ですから、そう珍しくもないでしょう」
竜の瞳を見ていると、自分のことを急に話したくなった。まるで、聞き上手な人間のような瞳だ。
「自分で言うのもなんですが、俺はわりと頭は良いほうで、価値のある男だと思ってます。頭脳に自信があるので、おかげで情報屋なんぞという仕事もしているわけですしね」
情報屋を始めたきっかけは、それをやれば食うに困らないから。そんな理由だったと思う。
地図から消された街の出身だと、どうしても全うな職は手に入り難く、自然と裏の仕事へと足が向くのだ。
「だけど、ある時からこう思うようになったんです。"人間には存在する価値こそあれ、存在意義などないのではないだろうか"と。思春期の悩みという奴です。地球そのものが生きているなら、その主観として、自身が生み出した生物には成長し続けて欲しいと願ったに違いありません。また、人間はその歴史が始まってから、普遍的な真や善や美を求めてきました。つまり、人間というのは、価値を自他から求められて進化し続ける集合体であり、また生まれてから死ぬまでの個人の短いサイクルの中で、葛藤と成長を繰り返す個体でもあるわけで、それはとても価値のあることだと思うんです。でも、存在意義となると事情は変わってくる。生きるには無駄とわかっていても自分の存在を求めて三日も考え込むような男を生み出したし、神を崇めた口で神を冒涜できるわけですし、何より、急激に地球を変えすぎて、今や"自然は失われ、我々が守らなければいけなくなった"らしいじゃないですか。そんな愚かなことをする生き物に存在意義などあるのかと、当時は考えました」
cogito, ergo sum ――我思う、故にわれ在り。傲慢な言葉だ。
「ある時、一人の女性に恋をしました。普段は笑っていても、時折ふと、今みたいなことを言ってしまう俺を、相手も愛してくれたんですよ。とても、愛し合ったのに……彼女は死んだ。快楽殺人者の手であっさりと。遺体安置所に行きましたが、とてもあの人とは思えなかった」
精神を司る魂は頭に、欲望を司る魂は腹に宿ると、昔の哲学者は言っていたらしいが、もしもそうなら、あの殺人鬼は頭の方の魂が抜けていたに違いない。
情報屋として、殺人鬼を探し回り、そして相手が国に捕まる前に、どこかの組織の手でバラされるよう、裏で情報を操った。
昼のニュースで男の死を聞いた時の清々しさと、埋められない空虚さは、今でも思い出す度に気分を悪くする。
その後に訪れた彼女の墓で、彼女の魂はどうなったのだろう、肉体を解き放たれた精神は一体どうなるのだろうと考えていた自分に呆れて、それからずっと涙を流していない。
「その一件以来、少し考えが変わりました。"自分には存在する価値こそあれ、存在意義などない"とね。価値はあるんですよ。この手で復讐できなかったものの、殺人鬼が自分の張った罠によって死ぬのは良い様だったし、これだけの能力があるということは、裏社会でもっと高い地位を持ち、このクソッたれな世の中を多少はよく出来るとさえ思えます。やり方なら、そこらの凡人が考え付かないものをいくつも頭の中に浮かべられます。夢想や妄想の類ではなく、緻密でより現実的な奴です。でも、存在意義はどうでしょう。少なくとも、生きることを肯定してくれる相手がもういないですし、大切な人さえ守れない男に何の存在意義があるのかわかりません」
酒に酔った勢いか、彼女を亡くしたせいか、悪い冗談ついでに情報を操って、気に食わない組織を内部分裂させて解体した。
あの時も、自分の手は汚さずに、しかし徹底的に行い、自分が裏で糸を引いていたことを残さないよう手を打った。
やろうと思えばできる。お世辞ではなく、この機動力と頭脳は、そこらに転がっている連中とは違うのだから。
しかし、やる気が起きない。
「漫然と生きてるだけなんですよ。死ぬ気はありません。死んで何が得られるかもわからないですし、他人の視線が嫌でわざわざ死ぬというなら、皆殺しにした方がよっぽどマシです。だからと言って、生きることにはやはり意義を見出せない。漫然と生きるこの人生はなんなんでしょうね。正直、肉体を棄てて精神だけで生きられるなら、この問いの答えを見つけて、幾分か安らかな気持ちになれるのかもしれませんが、死んでそれが得られるとは思えません。堂々巡りの果てに、とりあえず今日を生きている。不幸と言えば不幸でしょう?」
自嘲気味に訊ねると、店主は酔ったような瞳で頷く。
頷いた店主は、いつのまにやら若返り、初老の男から青年へと変わっていた。
若返り効果だろうか、より男女の別がわからず、その優艶な笑みは美しさと同時に恐ろしささえ感じる。
「えぇ、とても魅力的な不幸です。ご自身の存在意義を失くして生きている不幸なんて、とても"美味しい"」
スッと伸びた店主の手が、利麻の顎を撫でる。撫でられた所が冷たくなり、利麻はゾッとしてその手をはらった。
「失礼。とても良質の不幸の香りが滲んでいましたので、つい摘み食いをしたくなってしまいました。でも、これではあなたの勝ちですね。美味しいものを作ってきましょう」
くすくすと笑いながら奥へと入っていた店主の背をみながら、利麻は冷や汗をかいていることに気付く。
男に触られたことにゾッとしたのだろうと思ったが、どうもそうではなく、肉体的な震えが止まらない。
死神が魂に触れた瞬間とは、もしかしたらこんな気持ちになるのかもしれないなと、古い寓話の一節を思い出し苦笑した。
「話してみても、やっぱり意義のない奴だな」
言ってみると、妙に笑えた。
意義が無い。
そう客観的に見る自分の冷静さと、彼女の死さえもこうして泣かずに語れる自分は、本当に過去をズルズルと引きずって踊るドラァグクイーンだろうか。
いいや違う。
少なくともこの頭は、まだ考えることをやめていない。
クソッたれな殺人鬼を生むこの国の闇を支配し、そして変えていくことができるのではないだろうか。
途方も無い考えだし、傍から見れば住み良い国を作ろうとしている、マヌケな政治家の謳い文句通りの男に見えるかもしれない。
だが、そんな他人の主観など、利麻の価値を定めるだけで、意義を教えてはくれない。
利麻は自分で自分に意義を見出す。
例え他人が、利麻の成そうとすることを褒め称え、善とみなしても、決して利麻だけは自分の意義を忘れないだろう。
この国を変えることで、彼女の死の復讐をするという存在意義を。
ぼんやりと竜を見ていると、鈍い音がした。見れば、木製の壁に扉がはまっている。
「帰ろう」
利麻はそう言って立ち上がる。
お茶の味は悪くなかったし、奥から匂ってきた調理の香りから、美味しい料理が出てくるだろうと思ったが、ご馳走になるのは悪かったし、何より、少し夜気に当たりたかった。
喋りすぎて熱くなった頭と、復讐に猛この感情を冷まして冷静にならなければならない。
感情で動けばろくなことにならないのだから。
扉を開けると、鈴の音だけが耳に残った。
見回せば、あいもかわらず、穢れと廃れとで飾られた街が続くのみ。
「久々に彼女の墓へ行くか」
笑って見上げた空は、地上の光にあぶられて灰色に煤けている。
凛と透き通った鈴の音が響き扉が開かれる。
「宅配便っスー」
拍子抜けするような声の後、何かが扉の内側へ置かれると、その傍へとシグレが駆けていく。
「こんにちはー!」
「こんちはっス。確か、この前生まれたばっかりの……」
「シグレって言うの。よろしくね」
「こちらこそ、独り立ちした後はご贔屓に。んじゃ、仕事があるんでこれでっ」
そう言って、扉はまた閉められた。
シグレは両手に収まるほど小さな箱を持ってカウンターに向かう。
カウンターの向こうには店主が立っている。
「開けていーい?」
「あぁ」
箱の中には、赤黒い布が収められ、その上には白い小さな欠片が載っている。
「"食べて"いい?」
シグレが期待に満ちた瞳で問うと、店主は少し唸ってから、仕方ないという顔で頷く。
「"食べて"も良いが、"腹"の調節はするんだぞ」
「はーい!」
シグレは白い欠片を摘み上げて、口の中に放り込み、そのまま飲み下した。
「ねぇ、パパ。お兄ちゃんは目的と手段が入れ替わって幸福になれるかな?」
カウンターに置かれた小さなテレビを見ながら尋ねる。
「どうだろう。彼の選んだ道はとてもとても難しい道だからね。あと、腹の調整は手を抜いてはダメだ。ついでに、パパと呼ぶなと言ってるだろう」
言いながらシグレの腹を軽く撫でると、シグレは両手を上げて少し苦しそうな顔をした。
「お腹すっきりぃ」
「次は自分で出来るようにするんだぞ。全く、腹の調整と料理が下手なのは彼女似か」
お説教しながらも苦笑してしまう。
「そーいえば、どうしてパパは若くなっちゃったの? おじいさんだったのに!」
「元々の私の擬態は20代前後の性別不詳な若者風なんだよ。若くて性別の分からない相手というのは、お客様に不信感を無意識のうちに抱かせるから実に効果的だ。老人だったのは、"狂気"と喰らい合って、お前と竜を産んだ時に力を使ってしまったから、一時的に見かけが老いてしまったんだ。それと、パパと言うな」
「じゃあ、どーして元に戻ったの?」
「私は不幸を糧としているからね。良質の不幸を食べれば力が戻る。そういうものだ」
その言葉にシグレの瞳が輝く。
「シグレも、もっとたくさん"食べ"れば大きくなる?」
「あぁ、勿論だ」
「そうしたらパパを"食べ"ちゃえる?」
にこりと微笑んだシグレの首を、店主は暗い笑みを浮かべて掴む。
「下らないことを考えるなよ? お前は所詮、私の腹の中で飼われている小さなモノに過ぎないんだからな? 自分の立場は理解しろ。それと、パパじゃない。Werseevaだ」
そう言って細い首から手を離し背を向けて、店主は奥へと行ってしまう。
一人残されたシグレは、その場に座り込み、ガタガタと震える体を抱いて、大粒の涙を零して泣き喚いた。
赤黒く変色したハンカチは、元は女性用のハンカチらしく、白いレースで出来ていたことをそれとなく語る。
タブララサ、人生は白い紙にその歴史を書き込むようなもので、人は生まれた時は真っ白なものだったと言う。
人生を語るかのように、骨は様々な記録を無言のうちに示すというが、死の先についての答えは定かではない。
白かったハンカチに包まれた欠片の行方など、それらの問い以上に定かなものではなかったのだが。
名 前:来栖 利麻
読み仮名:くるす りお
年 齢:二十三歳
外見年齢:十六から十八くらい
性 別:男
種 族:人間
世 界:地球の日本。時代背景はほぼ現代に近い。だが、東京の新宿を代表とするスラム街が全国に沢山ある。そして、政府はスラム街に何があろうと完全に無視をしている。
職 業:情報屋
飲 食 店:喫茶店「OBSOLETE WORLD(英語で「廃れた世界」の意)」
性 格:普段は陽気な振る舞いをするが根は結構哲学的。
不幸要素:自身の存在意義(意義であって価値とかではない)を完全に見失い、死ぬ事もしっかり生きることもできなくなったこと。ある意味では心が半分朽ちている。
備 考:スラム街で生き、ある女性に惹かれるが彼女は無残な殺され方される。
マスター:マスター
第一印象:陶器なのだが普通に焼いた陶器ではありえない銀色の東洋の竜の姿をし、新しいとも古いともつかず、時代を感じさせない。かなり精巧に作られているが決定的な違和感がある。
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キャラクター提供元 : 兎剄 様
最終更新日 2005/05/13
感 想 政治批判と哲学をごちゃ混ぜにしたような回。 どっちも好きなんですが、結構気を使いました。 兎頸さんが詳しい方なので、ヘマできなくて。
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