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「僕は?。師匠が死にました。遺言で、全てを貴女に渡せと言われたからここに来ました」
暗い表情の少年を見定めると、練香師らしい白衣の娘は立ち上がって土間に立ち尽くす少年の傍らに立つ。
「香炉と絵をこの盆の上へ」
澄んだ娘の声に促され、?と名乗った少年は、娘の持つ黒い盆の上へと亡き師匠の使っていた香炉と三人の人物が緻密に描かれた絵を置く。
「鞄の方は、この紙の通りに処分してきなさい。それが終わったらもう一度この店へいらっしゃい。わかりましたね」
盆に乗せられていた紙を受け取ると、少年は店を飛び出した。
娘はその姿を確認すると、盆を持ったまま、店に飾られていた一枚の水墨画の前に立つ。
「劫。死んでしまったのね」
凛とした鈴の音が店内に響く。
盆を持った女は、油張りの床を歩きながら、部屋の中央で紫煙を燻らす者に小さく頭を下げる。
女のように華奢なのだが、男のような横柄な態度の人物は、どうにも性別を悟らせないような雰囲気だ。
「はじめまして。劫が死んだので、碧龍を預かってまいりました」
娘の言葉に店主らしき相手は煙管を置いて立ち上がる。
「貴女が、劫の友人のお一人だったのか。確か名は……」
「名など関係ございませんでしょう」
表情の薄い娘の顔に、店主は溜息を吐く。
「つまらないな。ここはおとなう者も少ない。たまの客人なんだから遊ばれてくれれば良いのに」
「貴方が劫の作り主でなければ、今まさに敵となっていたことでしょうね」
娘の言葉に当主は苦笑する。
「劫から聞いた通りの強情な方だ」
「それだけが取り柄ですもの」
初めてくすりと笑った娘に、当主は肩を上下させる。
「それで、劫が死んだのはわかりましたが、どうして肝心の劫が戻らないんです?」
問われて、娘が首を傾げる。
「貴方ならお解かりかと思っておりましたが」
「私にも分からないことは色々とあるんです。それに、貴女から聞きたい」
「さようですか」
娘は少し考えた後、店主の顔をマジマジと見た。
「私ども三人は、己が死んだ時には残りの二人に、自身の出生地や秘密と言ったものを明かすことにしております。貴方が劫の代わりにお答え下さるなら、私もお答えいたしましょう」
言われた店主は嫌々という顔で口を開く。
「本当に強情な方だ。わかりました」
店主曰く、劫と名乗る男は、店主そのものから作られた意思を持った人形のような代物だった。
故に、店主は劫に似ているのだと言う。娘はそれに頷いた。
長すぎる黒髪と、鏡のような黒い瞳から作られる皮肉な笑みが似合う美丈夫という意味ではそっくりだった。
劫を造った理由は二つ。
一つは、過去に店主の治める"場"から逃げ出した者達を見つけ出し破壊すること。
もう一つは、他の世界を巡り、その有様をまとめて店主に時折報告すること。
二つ目の理由は、店主がこの"場"に縛られて、自由に"外"へと行き来することができないためである。
劫を造った当初、彼はとても非力だった。
力はあっても使い方がわからず、呼吸する方法も理解してはいなかった。
それは、当主にとっても初めて作った人形だったせいだったらしい。
そこで店主は、もう一つ自分から造った。それは人の形ではなく、龍にした。
劫と龍に役目を与え、お互いを補完するようにして旅立たせた。
龍の名前が碧龍と言うのは、劫が途中でつけたもので、店主がつけたものではないらしい。
「これが劫の始まり。その先は、劫自身の生だから私には説明できない。さてそれでは、劫の生の途中に友人となった貴女の番です」
言われて娘も口を開く。
「かしこまりました。お話しいたしましょう」
劫に出会ったのは、彼女が今暮らしている世界で千年近く前の話だった。
彼女の世界では、香を使った魔法のような技術が発展し、これを極めた者は千年の時を過ごした後、永遠の命を授けられるらしかった。
それに挑戦したくなってやってきた劫は、術の為の特別な香を練る練香師たる彼女に香を売って欲しいとやって来た。
お互いに、自分達が人ならざる者であることを悟り、秘密を共有する友人のような気持ちになった。
それが出会いだった。
暫くして、劫が毛色の違う人間を連れてきた。その男の名は兼太と言った。
その男はまだ人だったが、彼女の世界においては人ならざるものだった。
三人とも、様々な世界を渡る力を持っていたし、そうやって別の世界から来ていることを悟った。
故にまるで共犯者同士の繋がりのように、時折会っては遊ぶ仲になっていた。
しかし、兼太は死んでしまった。戦で生計を立てる戦士のような職にあったので、当然のことだった。
そうして兼太は帰ってしまった。彼の本当の体がある世界へ。
彼は、元の世界で起きた事故によって、意識だけをあちらこちらの世界へ行き来することができていたらしかった。
それからまた何百年か経ち、とうとう劫も死んでしまった。
あと三十年ばかり暮らせば目標の千年だったが、香術師の戦いで傷を負い、それが病となって死んでしまった。
香術師とは、香を使って術を操る者達のことで、碧龍もその術によって現れる実体を持った幻として扱われた。
ここで劫にとって誤算だったのは、ある種の香術師が死んだ時に起こる約束事だった。
生や死と言った生命を操るような術を扱った香術師は、死ぬと魂は使っていた香炉に封じられる。
香術師は、死んだらその持ち物を市井に返すのが慣わしで、弟子や親しい者が死者の荷物を売り払う。
そうやって売り払われた荷物の仲に香炉があって、魂の入った香炉は世界の終わりまで半永久的に壊れることはない。
だから、劫はこちらの"場"へと戻ることができない。
「劫は何をした?」
静かに聴いていた当主の、冷めた笑いに娘は一瞬澱んでから答える。
「反魂の香を焚き、死者を操りました」
長い沈黙が店を覆う。
暫くして店主は溜息を吐いた。
「少しばかり、わがままに造りすぎたみたいだ。まぁ、はじめての人形だから仕方ない」
冷めた瞳が店主を見る。
「しかし、碧龍はあの世界のモノではありません。あのままあってはなりません。故にお持ちいたしました」
「ありがたい」
黒塗りの盆の上に転がった、豪奢な飾りの球体は、戦香炉と呼ばれる彼女の世界特有のものだった。
その中に碧龍がいることを、店主も気付いていた。
娘が僅かに盆を上げて、店主の方へと戦香炉を示すと、店主は戦香炉に手を触れる。
瞬間、ずるりと蒼い影が香炉から現れた。
娘にとっては見慣れた紺碧の鱗を持つ龍、碧龍だ。
「今までお役目ご苦労。劫の相方は大変だったろう?」
問われて、碧龍は首を横へ振り、香炉に絡み付いて涙した。
「悲しいか」
「二人とも仲がとても良かったですし」
店主の言葉に、娘の方が答えた。
「そうか」
今だ香炉から離れようとしない碧龍を見かねて、店主はその首を掴む。
「あまりわがままを言うと喰らうぞ」
その言葉に、蒼い龍は泣く泣く店主の肩に上り、その腕に尾を絡めた。
「では、この写真も頂いてよろしいので?」
「はい。それがあれば少しは碧龍も泣かなくなるでしょう」
言われて苦笑交じりに盆の上の写真を手にする。
見れば、左から肩に碧龍を乗せた劫、剣を持った兼太、白衣の娘が並んで立っていた。
「どこの写真館で撮られた? こんな格好だと不審がられたのでは?」
「コスプレイヤーで通しましたし、写真館に入ってからは碧龍も置物のように動きませんでしたから」
そう言って少し笑う娘に、店主も笑う。
「そうか。碧龍を届けてくれてありがとう。劫も良い友達を持てて良かったことだろう」
言われた娘は少し驚いたような顔をしたが、すぐに平坦な表情に戻る。
「まだ暫くあの世界にもいるつもりですので、碧龍に居られたら困ることもあります」
「それは失敬」
二人はお互いの腹のうちを探るようにジッとお互いを見た後、どちらからともなく息を吐いた。
「まぁ良い。確かに碧龍は預かりました。どうか、劫とその弟子の面倒を見てやってください。できれば、たまには遊びにいらして下さるともっと嬉しいのですが」
深く頭を下げた店主に、盆を両手で持ったまま頭を下げる。
「劫とその弟子のことはお任せを。あれらはもう、私どもの管轄になっております故。しかし、私もこれで忙しい身。最後の申し出は護れると思えませんのであしからず」
言って顔を上げた娘に、店主は苦笑する。
「振られてしまったか」
「あら、先ほどのお話しは愛の囁きでございましたか? 申し訳ございません。もっと徹底的に残酷な言い回しでお断りすべきでした。私は貴方にとっての"三人目"になるつもりはありませんので」
「ははは……。私の"一人目"と"二人目"の話はどこまで風潮されてるのかな?」
店主の顔がやや引きつる。
「えぇ、歪んだ世界においては完全に。全うな世界でも色恋に敏い遠目を持つ者ならば確実に。貴方が恋をして仕事を放り出した過去二度の醜態は知れております」
表情の薄い娘の言葉に、店主は更に顔を引きつらせる。
確かに、客相手に恋をして告白し、手痛く振られて仕事をおろそかにしてしまったのは事実だが、まさかそこまで広く知れ渡っているとは思っていなかったらしい。
「では私はこの辺でお暇させて頂きます。ごきげんよう」
「えぇ、今日はありがとうございました。ごきげんよう」
二人が軽く礼をして背を向けると、透き通った鈴の音と共に、碧龍の物悲し気な咆哮が響いた。
次の瞬間、水墨画の前で空になった香炉を載せた盆を持って溜息を吐いた娘に、後ろから誰かが声を掛けてきた。
見れば、店の入り口から、劫の弟子である?が入ってきたのだった。
「言われた通りに売ってきました。これはそのお金です」
金を盆に受け取ると、娘は?に座って待つように言って奥へと入った。
暫くして娘は、盆の上に極上の術香を持ってやってくる。そこにはもう香炉はない。
「これを受け取れば、貴方もまた香術師となるわけです。その覚悟はおありですか?」
表情の薄い娘の言葉に、?は頷く。
「その為にここまで来たんです。この左目に誓うっ!!」
眼帯のされた左目を押さえながら?は叫んだ。
店に残された碧龍に、店主は笑う。
「お前の半身はもうあちらのものだ。諦めろ」
クックと笑う店主に碧龍は威嚇する。
「そう怒るな。すぐにお前の半身は私となるのだから」
その言葉に碧龍は首を傾げる。意味がわからなかったからだ。
「お前はね、誰かと繋がっていないと生きていけないように造ってあるんだ。半身である劫は他の人間に比べて食事の量が多くはなかったか?」
言われて碧竜は目を瞬かせる。
「お前はね、自分で栄養を取れないようになっている。だから半身が必要なんだ」
その言葉に蒼い龍は絶望したようだった。
それからの長い長い時間、店主と二人きりで"場"にいた龍は、すっかり元の姿を無くしていた。
劫と旅していた頃の記憶も、曖昧になっていた。
そんなある日、とても愛らしい竜人の娘が"場"に訪れて、彼女に恋をした。それはどうも、店主の心の影響だったらしい。
ともかく、店主は彼女を救うために、竜を彼女の世界へと送ることにした。
竜は新たな相棒を、自分の中にある劫の記憶を使って作って欲しいと願い、それは叶えられた。
そこにいたのは、見ず知らずの男だったし、竜自身、すっかり変わってしまっていたけど、とても大切な存在であるという思いだけは変わらなかった。
店主は、竜人の娘が贈った首飾りを、スラ=ヴァン=ジ・エアリスと名付けた男に貸す。竜の頼みごとだった。
更に竜はもう一つだけ店主に頼み込んだ。
店主は渋々ながら、スラに写真を与えた。劫と兼太と娘とそして碧竜が映った写真だ。
「彼女を絶対に護りなさい」
重苦しい命令の言葉に答えて、スラと竜は"場"を後にした。
キャラクター提供者元:alioth
最終更新日 2005/05/13
感 想 主人公は碧龍なのか、彼女なのか、?なのか。 自分でもよくわかんない話だなと思います。 ただ、このお姉ちゃんは店主の対抗馬として凄い好き。
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