鈴の音と共に連れ去って

シルト・クロスフォオード

 

ミアファルテ。
球体を半分に割った中に水を張り、その半球状の器よりも小さな大地を浮かべた世界にある国の名前。
どこまで広がるとも知らない"ソラ"から星が降る時、「引きずられて命も落ちる」。一つの星が降れば一つの命が落ちる。
何故、病人や怪我人と言った弱い命は、星がその傍らを落ちる時、消え去ってしまうのかは誰も知らなかった。
そこで時の国王は、知識人と呼ばれる職業の、ある世界においては賢者と云われるその者に、これの原因究明を命じた。
その名を冠する不死鳥は、頭上を見上げて呟いた。
「どうして命は落ちる?」
匠が金を引き伸ばして作ったやわらかな羽を、何枚も何枚も重ねたかのような美しき翼は、先端に向かう程に緋色へと変わり、長い尾に燈る焔は青や緑や紫など、刻々と様相を変えていく。
小さな頭は若い娘のようで、その丹精な顔にはめ込まれた瞳は、極上の黒真珠かさもなくばオニキスのようだ。
美麗という言葉さえ、地に伏してしまいそうな不死鳥は、しかし、忌々しげな顔で頭上を睨む。
「どうして星は命を浚う?」
その問いを、深遠の"空"に浮かぶ星々は答えてくれない。
「ちっ、今日も何の収穫もなしだ! あーぁっ!」
真剣な顔つきが突然緩むと、端麗な娘の顔が崩れる。
「よっしゃ、今日は飲むぞー!! 続きは明日だ、明日!!」
そう言って酒を飲むのは、今日ばかりというわけではなかったりするのだが、よく言えば前向き、悪く言えば過去を振り返らない不死鳥は、気にもせずに翼を広げる。
その目的地は決まっている。
趣味の悪い店主が内装をころころ変えると噂の「カリプス・デュー」という酒場だ。
頭上に月は無く、忌々しい星ばかりが己の光を引き立てるための闇を深くしているようだった。


凛とした鈴の音が店内に響く。
何日か前には、ジリジリと嫌な音を立てる古びたベルだったはずなので、またも内装が変わったのかもしれないと思った不死鳥に誰かが声をかける。
「あら、いらっしゃい」
元より固定客がない酒場だが、今日の人気のなさは酷いものだ。不死鳥以外に客はいないらしい。
声の主を見れば、カウンター席に腰掛けた人間で、どう見ても酒場の店主ではなく、ましてや酒場にいるはずもない年頃の少女だ。
「ここはカリプス・デューじゃねぇのか?」
不死鳥の問いに、少女が唇に手を当てて笑う。
「勿論違うに決まってるじゃない。あなた、見かけばかり美しくて、頭の中身は空っぽなの?」
くすくす笑う少女は、黒く長い巻き髪で、くっきりした黒い眉と意思の強そうな黒い瞳が、意地悪に歪むふくよかな口と相まって、愛らしさより小悪魔的な印象を与える。
白と黒だけの衣装が、これまた小悪魔的なのだが、美少女の部類には違いない。
「馬鹿にすんじゃねぇ!」
不死鳥が怒鳴ると、少女は更に声を立てて笑うのに合わせて、元より気の短い不死鳥が、わなわなと肩を震わせる。
「じゃあこうお呼びした方が宜しいかしら? "流星と国の因果さえわからない知識人のシルト・クロスフォード"くんって」
「お前さん、なんで俺の事を知ってるんだ?」
シルトと呼ばれた不死鳥(どうやら男のようだ)は詰め寄るように滑空し、少女の隣の席へとまると。
別に隠しているというわけではないが、大抵の相手は、この不死鳥が何者であるのかを彼が名乗る前に言い当てることはできないのが常だ。
今年472歳になる知識人の不死鳥の男という言葉が、童顔かつ女顔のシルトとなかなか結びつかないのである。
それを利用して、名前を晒して公に聞きまわれないようなことも調べたりするのだが、それはまた別の話だ。
「お前さんじゃないわ。あたしはニア・オア・クレア。でも、これは今のお気に入りの名前で、別にどう呼んでくれてもかまわないのだけどね。流石に"お前さん"っていうのはちょっとオバさんっぽくて嫌なの。種族は、そうね……"無形の者"と言うのが一番近いかしら。あなたのことを知ってるのは、あたしがここのお店番をしてるから」
「……はぁ?」
一人でやたらと喋るニアに、シルトは呆れた顔をする。
その様子を見てくすりと笑ったニアは、見た目は少女だが、その言い分や仕草は、壮年の女性を思わせるし、時に酒場で管を巻く女のようにも見える、どうも年齢不詳だ。
「まぁ立ち話もなんだからお座りなさいな。お好きなお酒は何? ワインだったら01年ものから99年ものまで色々揃えてあげられるわ。あぁ、それとも何か食べ物にする? お勘定を気にしなくても大丈夫、ここはそういう場所だから」
納得しない顔のシルトに向かって、優艶な笑みを浮かべるニア。
言っていることは些かおかしいが、たぶん奢ってくれるということなのだろうと判断し、シルトは甘えることにした。
「では、ワインの……」
『<――私の注文通りに、そのままに、有形の男が思い浮かべるままに、そのままに、有形の男の願通りに、そのままに、私の言葉の通りに、そのままに――>』
シルトの知らない言葉を紡いだニアは、合わせた手の中から一枚の紙切れを取り出す。
「この通りにね」
ニアが紙を差し出した先には、悲しげな横顔が印象的な虚空を見上げる石膏造りの水竜があった。
有名な会社の作品だろうか、妙に生々しいのだが、ところどころに欠けた部分や大雑把な部分があって試作段階なようにも見える。出来はともかく、まるでこの竜は、虚空に浮かぶ星々が地上にある命を奪ってしまうことに憤っているようだ。
そんな印象を抱かせる竜に、紙を差し出すニアの姿は少し滑稽だった。
何の冗談だろうと思っていると、竜は突然首を曲げてニアの差し出した紙を咥え、中空を泳いで店の奥へと行ってしまう。
残されたのは、荒さの残る竜とは対照的に、洗礼された豪奢な彫りの施された大理石の台座だけだった。
(なんだ、今の)
「まぁ! そんな大きな口を開けたら、折角の綺麗な少女の顔が台無しよ!」
「好きで女顔になったわけでも、童顔やってるわけでもないわっ!!」
言って浄化の炎をニアに吹きかけると、服装からして真っ黒だった少女が黒ずみとなってしまった。
これにはさすがのシルトもしくじったと思って当たりを見回す。誰もいない。
女顔で童顔であることを気にしている上に、短気な性格も相まって、顔を指摘されるとつい浄化の炎を吹きかけてしまう。
不死鳥にとっては古びた身を焦がし新たな命を与える炎でも、人間にとっては地獄の業火だったのだろか。
手加減したつもりだったし、今まで死人を出したことは一度もなかったが、どうも少女は死んでしまったらしかった。 「まずい」
こんなわけのわからないところで殺人事件を起こしてしまったことへの恐怖と、今どうするべきかという考えで頭が埋め尽くされた瞬間、ニアが動いた。
「うわっ!?」
驚いて軽く羽ばたくと、黒焦げになったニアが顔を擦る。
墨の下からは、先ほど同様に透き通った白い肌が現れた。
「この外見は気に入ってるんだから汚さないで欲しいわ! お色直ししてこなきゃ!」
言って店の奥へと小走りに走っていったニアの背を見ながら、シルトは唖然としてしまった。
手加減したのが幸いしたのだろうが、もう少し被害を被っていてもおかしくない黒こげっぷりだったのに、あの平気そうな態度はどういうことだろう。
「たぶん、俺の火加減が良かったんだ。よし、そういうことにしとこう、ってか、絶対そうだ!」
一人うんうんと頷いたシルトは、はたと、客の一人もいない店を見回す。何かの視線を感じたからだ。
見ると、入ってきたはずの扉はなく、代わりにドスの効いた花をつけた植物の鉢が置かれている。
使い古された山小屋風の店内には、あの少女以上に溶け込んでいない。
「……そんなこともねぇか?」
よくよく見れば、他にも気合の入った代物があちらこちらに置かれ、場合によっては空いた椅子にまで置かれているという始末だ。
内装をコロコロ変えるカリプス・デューの店主もどうかと思ったが、これらの蒐集物はシルトが記憶する472年の人生のなかで最悪の部類に見えた。
「おんやまぁ、あんたお一人かい?」
突然声を掛けられて振り向くと、先ほどまで少女が座っていた席に、見知らぬ女が座っていた。
小太りの中年女性という言葉が似つかわしい女は、犬と猫を混ぜて大きくしたような風情であるのだが、首に巻きつけた針金のような蛇の首輪が毒々しい印象を与える。
「そうだが、何か悪いってのかよ?」
なんだか気味の悪い感じの女だと思いながら、シルトは喧嘩腰に答えると、女は豪快に笑った。
「そう警戒しなさんなって! あたしもあんたと同じでこの店の外からやって来たんだがね、悪い事は言わない、あんた早く帰った方が良い。でないと、あたしらみたいに出られなくなっちまう。見ればまだ若いだろうに、こんな場所にいちゃいけないよ!」
説教がましく言った女の訳知り顔にシルトは尋ねる。
「ここはどういう場所なんだ?」
カリプス・デューの内装ではあったが、どうも違うらしいことはシルトにもわかった。だが、どうして違うのかわからなかったのだ。
もしもこの女が嘘を吐いても、知的好奇心を満たしてくれる嘘ならば大歓迎である。
「不幸の集まる場所さ。不幸な奴を扉が連れてきて閉じ込める。今はここの店主みたいな恐ろしい奴が奥にひっこんでるがね、代わりにあの黒い娘の皮を被った奴がいるもんだから、あたしらは監視されてて逃げることもできないんだよ」
なんだか怪談話みたいな感じになってきたなと思ってシルトは顔をしかめる。
実は472歳にもなる彼だが、オバケだの心霊現象だのという話は苦手なのだ。
流星と死因の関係を調べれば、そういう話は付き物のように思われるが、そうではない。
実地調査として、流星群の過ぎ去った被災地にも訪れた経験もあるが、星によって落ちた命は幽霊のような残留思念を残さないので怖くなかった。
「それじゃあ、監視の目さえなければ逃げられるのか? 扉もないのに?」
言われて女は、膨れた前足を口の横へ置いて内緒話するように言う。
「あたしが来る前の話しらしいが、店主がこんな風に奥へ引っ込んじまった時に、沢山の奴等が逃げ出したって聞いてるよ。どうやって逃げ出したのかは知らないが、監視の目がなくなると案外簡単に逃げられるという話は伝わってるね」
曖昧な言葉にシルトはがっかりしつつも安心した。
ここまでよくできた嘘ならば、もっと捻りのある言葉が返ってくると思ったのだ。一方で、怪談話から遠ざかってホッとしたのも事実である。
「あたしはその時にいたのだけれどね、壁に穴を開けて逃げ出したんだよ」
隣の席から声がして振り返ると、翁の面を被った男が座っていた。
まただ。
別にシルトは戦士とか、歴戦の勇者ではないのだが、話しかけられるまですぐ傍に相手がいることに気付かないなんておかしい。
まるで幽霊のようだと思うと、ゾッとしたが、女も男も向こうが透けてる気配はなかったので、演技がうまいのだろうと思うことにする。
「壁なら、今から空ければ良いじゃないか」
シルトの言葉に、翁の面が横に揺れる。
「この壁は内側から開けられるほど柔じゃないさね。金剛石で傷つけようとした者もおったがダメだったのよ。だけど、店主が引きこもった時は別なのよ」
面であるはずの翁の顔がニヤリと笑う。これにはシルトもゾッとした。
どう見ても鋼鉄で出来た翁の面の表情が変わるはずないのである。それが変わった。
「この壁が脆くなって、あっさり穴が開いた。だけど、店主が出てきた瞬間、壁は元の固いものになって、穴はすっぽり塞がっちまった。あたしはあの時を思うとゾッとするね。逃げ出した連中の中には、追っ手をかけられて泣く泣く戻ってきた連中、追っ手の手で壊されちまった奴も多かったね。あたしは帰る場所も行く当てもなかったからここに残ったんだけどねぇ」
そう言ってクツクツ笑う翁の面に、シルトは冷や汗を流しながら尋ねる。
「もう出られないのか?」
「お前さんは出られるかもしれんのぉ。出られないかもしれんのぉ。あたしにはわからないね。ただ言えるのは、あたしらはもう出られないってことだよ」
そう翁が言った瞬間、突然喧騒が店を埋めた。
振り返ると、店中に生き物が溢れているのだが、そのどれもがどことなく普通と違っていた。
「か、か、仮装パーティーの真っ最中だったっけ? ってか、そうだよな。うん、間違いない」
じっとりとした汗が、金の羽の下を伝うのを感じながら、シルトは自分にそう言い聞かせる。
ふと視界に、扉の前でむっつり顔をした女が見えた。女はシルトの視線に気付いて手を振る。
その両足は赤黒い液体が跳ね返ったような斑な染みで汚れている。まるで血のようだ。
シルトは慌てて視線を逸らし、先ほどの猫と犬を混ぜたような女の方を見ると、女は隣に座った相手と談笑していた。
相手は白すぎる肌の人間だが、顔は無く、女のようにも男のようにも見えてひどくあちらこちらがびっこだった。
(これは、仮装パーティーだ。仮装パーティー。ほら、特殊メイクとか、そんな奴なんだ。あぁ、もしかしたら夢落ちって奴かもしれない)
ブツブツと「仮装パーティー」という言葉を繰り返しながら俯いたシルトの肩を誰かが小突く。
「あんた、あの女に声をかけるならやめて置けよ。あいつはたかだか二つの命を奪っただけの癖に、それがさも凄いと思ってる気位の高い女だからさ」
振り返ると、先ほど手を振った女を指しながら、見知らぬ男が喋っていた。
シルトは言葉を失って、抜き身の刀を手にした黒髪の男の顔を凝視する。
「ちなみに俺はあんな女なんて目じゃない程の人殺しだぜ。敵も仲間も、俺の邪魔になったら殺す。殺して殺して殺しまくるんだ! 男ならわかるだろ、血沸き肉踊るって奴がさ?」
そう言って笑った男の顔から赤と白の液体が零れ落ちている。
ボロボロと紅白の涙を零す場所は、深遠な闇を讃える空洞で、そこに埋まっているはずの眼球はどこにもなかった。
「ぅ、う、あ、あ、あ、お、おおおおお、おかぁさぁぁぁーん!!!」
器用に翼で頭を押さえて絶叫するシルト。
その姿を見て、男は笑いながら人混みに消えた。
次第に店内はむせ返るほどの血の香りで満ち、それに合わせて奇妙な客達も興奮していく。しかし、シルトだけは興奮に取り残されて泣き叫んだ。
突然、客達がざわつく。
今までと色の異なるざわめきに、シルトは抱えていた頭を上げる。
そこには先ほどと異なる黒服を着た少女ニアが立っていた。
その形相は、まるで鬼婆だ。
『<――私の望みはお前達が黙ること!! その通りにしなさい!! この馬鹿共!!――>』
心臓が凍えてしまいそうな低い怒声に、店中に居た客達は悲鳴をあげて慌てふためく。
店の奥から突風が吹いてシルトは堪えきれず目を瞑った。
風が治まったのを感じて開いた目の先には、腹を立てたニアが立っていた。他には誰もいなかった。
「ごめんなさい。あたしが着替えてる間に、まさかあの馬鹿共が起きだして来るとは思わなかったの」
心底謝りながら、ニアはシルトの隣に座り、沈黙を続けるシルトを見る。
「怖かった? 怖いわよね。血を流したり、殺し殺されただのなんだの言ってるような連中ばかりだもの。あたしも、ここの店主に頼まれたりしなければ、あんな連中がうようよいるような"場"にはいたくないわっ」
「いや、一番怖かったのはクレアだから」
なんとか気持ちの落ち着いたシルトの言葉に、ニアは笑う。
「あたしが怖かった? 酷いわね、こんな可愛い女の子に向かって言う言葉じゃないわ!」
ニアは笑いながら、キツイ巻き髪を手に絡めて弄ぶ。
「ところで、あの頭のおかしい連中は何だったんだ? 連中の話だと、クレアや店主が連中を監視してるなんて言ってたが」
「えぇ、監視してるわよ。だって、逃げ出すんだもの。あのお馬鹿さん達は、自分たちの出生もよく理解しないまま、自由を求めるの」
そう言ってニアが指差したのは、壁際に置かれた、先ほどの存在感ある花だ。
「あなたにはどんな女に見えたか知らないけど、あの花はね、元々は革命で英雄になった女の子の持ち物だったの。ほら、鉢が斑に薄汚れているでしょう? あれはその女の子が、自分の親だと名乗り出た敵側の夫婦を殴り殺した跡。女の子に翼が無いってだけで地上へ落とした親だから、ついつい殺しちゃったんでしょうけどね。その後の女の子は、自分の殺した相手が本当に自分の産みの親だったと知って苦難したみたいね。革命が終わって国の制度が改善されたのを機に、懺悔の旅に出るとかなんとか言って、どこかへいってしまったらしいわ。ちなみにあの土が赤黒いのは、革命で血に汚れた畑の土だから。そんなおぞましいものから咲いた花だもの、きっと薄汚い姿に見えたのでしょうね」
気楽に笑って話すニアの言葉を聞きながら、シルトは辟易とした表情で鉢から視線を逸らす。
「クレアにはどう見えたんだい?」
「さぁ?」
にっこり微笑んではぐらかしたニアに、シルトはもっとも重大な質問をする。
「それで、私はここから出られるのか?」
その声に導かれるように、酒や料理を持った店員らしい男が出てきて、カウンターにそれらを並べて行く。
空いた大理石の台座には、いつのまにか水竜が戻っていた。
「出られるわよ。あの連中と違って、あなたは"有形の者"だもの。自分の属する世界を持ってる。ただ、いつ帰れるかあたしにはわからない。さっきも言ったけど、あなたを帰すための扉は今、どこかへ散歩中なんですもの。あ、食べら?」
早速、出てきた料理を食べはじめるニア。そこには、シルトが頼もうとしたメニューが置かれていた。
「でも、戻らなくても良いんじゃない?」
料理を食べていたニアが突然そんなことを言ったので、シルトは料理から顔を上げる。
「だって、あなた、帰ったとしても流れ星と国の関係がわからないことを言及されるのよ。そして、そうこうしている間にまた沢山の命が流れ星のせいで死ぬ。だけどあなたは不死鳥だから死なないで、それをずっと見守るだけ。帰っても辛いだけじゃない?」
くいっとグラスを傾けたニアが横目で見てきたので、シルトは視線を逸らす。
確かに、彼は今まで流れ星と国の因果を解明できなかったのだから、これからもできないかもしれない。そして自分だけが残されるのだ。
どうせ親しい付き合いの友人がいるわけでもないし、国に対する忠誠心も大きくはないから、見捨てても良いかもしれない。
だからといって、目の前の物事から逃げ出して良いものだろうか? それは違う。
事は重大で、もしかしたらこの瞬間にも、どこかの街や村が壊滅的打撃を受けているかもしれない。
シルトが生まれた頃とはだいぶ変わってしまったが、彼の祖国であることは間違いない。
本当に自分は何もできないのだろうか。明日も明後日も、今までの通り、原因不明と報告書に書き連ねるだけなのだろうか。できないからと言って、ここで管をまくべきなのか。
「ここに居れば、ああいう連中もいるけど、普段は静かに眠っていられるわ。えぇ、まるで死んだように」
笑ったニアに対してシルトが何か言う前に、店の奥から嵐のような音が響く。
「いけない、あの馬鹿に水をあげる時間だったわ!」
「あの馬鹿?」
振り返った鉢は、十分すぎるほど湿っているように見えた。
「そっちじゃないわよ、店主の方。少し前に来た女の子に一目惚れしたんだけど、コテンパンに振られちゃってねぇ。泣きすぎてシオシオになっちゃったの。だから時々水をあげないといけないんだから」
子供向けの絵本のような話だが、なかなか気の効いた理由である。
きっと席を外して考える時間を与えてくれようとしているのだろう。
「その店主は惚れっぽいのか?」
なんとなく尋ねたシルトに、ニアは席を立ちながら首を横に振る。
「いいえ。本気で好きになったのは彼女で三人目だったはずよ。前の相手に振られた時もあたしが店番を任されたっけ」
「若いな、店主は幾つなんだ?」
惚れたはれたで仕事が手につかなくなる相手を見たことはあるが、どれもみんな若く、歳をとると落ち着いたものだったなと、懐かしく思う。
そんな彼等も、無限の生を持ったシルトには過去の者で、中には流星で命を落としたものもあった。
「……稼働時間? それとも、存在が認知されてからの時間? というか、どの時間軸で説明した方が良い?」
「稼働時間? 時間軸?」
「ごめんなさい。たとえ不死鳥のあなたでも、所詮は歪みに落ちた"有形の存在"だったわね」
立ったままパンの端をスープに浸して口に含みながら、さもつまらなさそうな顔をする。
だが、シルトにとっては、今日一番面白いと思える答えだった。
作り話だろうが、考えさせるところがあって楽しい。まるで、時間の流れが一つではない、異世界でもあるような言い回しが特に良いと思った。
「まぁ、どの時間で説明してもあなたより長い間存在しているわね。そして、これからも存在し続けるでしょうね。あなた達"有形の存在"が無くならない限り存在し続ける。だってあいつは、あなた達自身の"歪み"の集合体のようなものでもあるんだから」
「歪み? それは一体……」
尋ねようとした瞬間、盛大な音が店内に響く。
振り返ると、先ほどまで鉢が置かれていた場所に扉がはまっている。鉢はどこにも見当たらなかった。
「帰る? 帰らない? でも、帰るなら、一つ忠告してあげるわ。考えるだけで救われる命より、行動することで救える命の方がよほど多いかもね」
言いながら奥へと消えたニアと扉を交互に見た後、シルトはもう一度だけ考えて、翼を広げた。
背中に鈴の音を聞きながら扉を出ると、そこは相変わらずの夜空で、凶器となる星は五万と光っている。
でも、何かできるはずである。昨日までの失敗は、今日とは関係ないのだから。
猪突猛進馬鹿とまで言われた自分が、一瞬でも迷ってしまったことを思ってシルトは笑う。
「よっしゃ、明日も頑張るぞ! 絶対、このシルト様が全ての秘密を暴いてやる!」
それから、美しい翼を持った不死鳥は住処へと帰っていった。


凛と透き通った鈴の音が響き扉が開かれる。
「宅配便っスー。ここの調子はどうっスか?」
拍子抜けするほど底抜けに明るい声が、もう慣れてしまったと言わんばかりに尋ねてきたので、ニアは鼻を鳴らす。

「最悪よ! 殺した殺されただのと、呪詛みたいに言い続ける代物ばかりが置いてあるんだもの!」
「それが、ここの支配人の食事みたいなものなんだから仕方ないんじゃないっスかね」
呆れたような声に、少女はそっぽを向く。
「じゃ、荷物よろしくっス。くれぐれも盗んじゃダメっスよ」
「はいはい、お仕事ご苦労さまねっ!」
扉の隙間から荷物を受け取ったニアは、それをカウンターの上において荷を解く。
すると、今まで不機嫌だったニアの顔に笑顔が咲いた。
「見て見て、素敵!」
興奮したように中身を見せると、水竜は首を伸ばして中を覗き、同意するように鳴く。
「これは絶対にここの馬鹿向けじゃなくてあたし向けだわ! ねぇ、馬鹿! これはあたしがもらっても良い?」
店の奥へ問いかけると、嵐に似た唸り声が聞こえる。
「やったぁ! たまには気前良いじゃない!」
満面の笑みで荷物を抱きかかえたニアは、首飾りを握って何かを唱える。
すると、首飾りの中央部にはめ込まれた淡い色の宝石から、黒い革鞄が表れた
。 ニアは手紙だけ抜くと、荷物の外箱ごと鞄の中へと仕舞うと、また鞄を宝石の中へ仕舞い、カウンター席に腰を下ろして手紙を開く。
「えっへん、それじゃあ読むわね。

  ニア・オア・クレア様へ

   今だ、貴女との出会いや、あの店での出来事が信じられません。
相変わらず、流星と国の関係も解明途中で、前進する様子もありません。
ですが、その代わりに、流星で家族を失った子ども達の為の孤児院や、
流星の被災地へと手伝いに行ったりして、一人でも多くの命に関わっています。
今まで、こんなことはしていなかったので、慣れない事に苦労もしました。
しかし、私の行いに「ありがとう」と言ってくれる人もいます。
その人たちのためにも、これからも頑張っていこうと思います。
どうかあなたも、店主も、そして彼等にも、安らぎが訪れますように。

  シルト・クロスフォード」
読み終えると、ニアは幸福そうな笑みを浮かべた。
「こういう前向きな仔はとっても好き! お母さんって泣いてた坊やとは思えない! だんぜんこっちの方が素敵だわ!」
肯定するように鳴く竜の顔は、どうしようもない死を物悲しく見つめる気配は無く、生の喜びを感じるような笑顔だった。

木製の台座に据えられた拳大程の青い水晶は、半分から上がすっかり切り取られている。
断面には星型の大地が浮かび、よく見れば刻々と変わる景色をそのまま閉じ込めたように、影が伸びたり縮んだりしている。
水晶の上半分の虚空には淡い光を放つ球体が無数にあり、見えない軌道に沿ってくるくると回っている。
世界を模した小さな水晶の台座には、素朴な字体で、幸福を祈るおまじないが掘られていた。



名   前:シルト・クロスフォード
読み仮名:しると・くろすふぉーど
年   齢:472歳
外見年齢:10代後半〜20歳
性   別:男
種   族:不死鳥
世   界:降り落つ国「ミアファルテ」。流星が流れる度に大量の生き物の命が失われていく国。
職   業:知識人(賢者みたいなもの?)
飲 食 店:「カリプス・デュー」店主の気紛れで著しく内装が変化し、客が定着しづらい酒場。
性   格:唯我独尊と猪突猛進を足して割らない性格。他人と昨日は振り返らないぜ、な主義。
不幸要素:性格故にろくに友人も出来ず知識人でありながらこの国の流星との因果を止められもせずその生まれ故に死ぬ事も無い。
備   考:童顔。果てしなく童顔。+女顔なので指摘されると素面の時は浄化(と言う名の業火で黒コゲ)、ほろ酔い&泥酔時はしな垂れかかって悪乗りします。
店   主:マスターかお前さんで。
第一印象:横顔が悲しげで虚空を見上げている石膏造りの水竜。とても生々しいがまだ試作段階だと思われるような代物。対照的に台座はとても豪華で洗練された大理石造り。

キャラクター提供元 : 琥癒羅 刹那 様



最終更新日 2005/05/06
感    想 不幸にならなかった唯一の例がこの回だったはずです。
        お化け屋敷で泣き叫ぶ子どもがイメージ。
        ホラー映画や漫画みたいな効果を出したくてがんばりました。