鈴の音と共に連れ去って

アキュラ=オリウェン

 

水と太陽を存分に食べて伸びた野菜達が、見渡す限り続くと思われる畑にのさばっている。
畑を区切るように走る小川に糸を垂らして魚を釣っていた老人がにっこりと微笑んで手を振る。
竜人である娘は、老人に手を振り替えして、畑と畑の間を行く畦道をゆっくりと歩いて行く。
暫く歩くと畑が切れ、住宅地へと差し掛かった。住宅地と言っても貧相な家の集まりだ。
ふと、影が横切り彼女は空を見た。頭上を過ぎていった翼を持つ人が、太陽を背に浮かぶ街へと昇って行く。
空を飛べるか飛べないかでこんなに差があるなんてと思いながら、娘は一件の食事処へと足を踏み入れた。


凛とした鈴の音が店内に響く。いつの間に鈴をつけたのかしらと思っていると声をかけられた。
「あら、可愛らしいお客様ね。いらっしゃい」
店の中央に置かれたテーブルの向こうから手招きしたのは、数えで8つになるかならないかと言う外見の人間の少女だった。
天然なのだろうか、きついウェーブのかかった黒髪を腰まで伸ばし、キリリとした黒い眉と、強い光を宿した黒い瞳が、白い肌によく映えている。キツそうな美少女だ。
服装は更に徹底していて、黒い絹を織り上げたドレスには白いレースをおしげもなく使っているし、ガーターで止めた黒いソックスの上から、底の高い黒い革靴を履いているし、頭にも白いレースで縁取った黒いヘッドドレスをしているものだから、竜人の娘はただただ硬直してしまった。
(まるで、ツートンカラーのお姫様みたい。だいぶ黒が強いけど)
黒を着こなす少女は苦笑した。
「そんなところで突っ立てないでこっちにいらっしゃいな。お客様ならあたしがお相手するわ」
凛とした声と落ち着いた表情は、少女というより大人びた女性のそれに似ていて、どこか年齢を不詳にしている。
羽を持たない人間にもこんな少女がいるのかと思いながら、娘はやっと口を開いた。
「店主さんはどうしたの?」
「恋煩いで使い物にならないからあたしがお店番してるの」
子ども扱いするような娘の声に、少女は逆に楽しそうな顔をして答える。
これはしくじったと思い、娘は狼狽した。
店番ができたとしても、娘の胃を満たすだけのものを作れないなら意味がない。
「あぁそう……えっと、それじゃ、私はこの辺で……」
差し障り無く店を出ようとした娘を少女の声が引き止める。
「折角いらしたんですもの、ぜひ食べていきなさいよ。なんだったらお代はいらないわ。あなた一人におごったところで誰も文句は言わないし。ね、食べていきなさいよ」
なんてふてぶてしい少女なのだろう、同じ羽切のはずなのに。そう思った娘は、少し考える。
折角、昼食を食べに来れたのに食べられないと午後の畑仕事に響くだろうし、いつまた来れるともわからない。
毎日ここへ通うほど娘の暮らしは豊かではなく、普段は売り物にならない収穫物で飢えを凌いでいる。
それに相手がおごってくれるというのだから、これはお徳なのではないだろうか、とも。
「……それじゃあ、甘えさせてもらうね」
多少の後ろめたさはあったものの、少女の申し出を受け入れる。
何を食べようかと考えて一番最初に頭に浮かんだのは、店主ご自慢のバニラスフレだ。
普段は体力をつけてもらい、時折美味しい甘い物を食べてもらいたいという店主の方針からただ一つある甘味なのだが、これがかなり美味しい。
懐に余裕がない娘にとって、これを食べられるのは、この店へ来ること以上に極稀だ。
しかし、他にも食べたい料理はあるし、普段は手が出せない値の張るものも食べてみたい気がする。
そんなことを考えながら、少女の座るテーブルにつく娘。
テーブルの中央には、普段ならばメニュー表が置かれているのだが、今日に限っては竜の置物が置かれていた。
小鳥ほどの大きさの竜は、桃色の鱗に覆われて、噂に聞く南の海を想起させる明るい青の瞳をしている。
精巧な代物で今にも動き出しそうだが、あまりの愛らしさに店主の趣味とは到底思えなかった。
「うふ、待っててね。早速作らせるから!」
そう言って少女が手を叩く。
「あ、え、あの、私まだ注文決めてないんだけど……」
『<――私の注文通りに、そのままに、有形の娘が思い浮かべるままに、そのままに、有形の娘の願通りに、そのままに、私の言葉の通りに、そのままに――>』
娘にはわからない言葉を唱えると、少女の手から白い紙が現れる。
どうもこの少女は、幼い外見に見合わずマジシャンか何かなのかもしれない、それならこの派手な衣装も合点がいくと娘は判断した。
「じゃあ、この通りにね」
置物かと思っていた竜は、差し出された白い紙を口に咥えて、小鳥のように飛んでいってしまった。
あぁいう竜が存在するのを知らなかった娘は、大きく瞬きしながらその背を見送る。
「アレはあたしのパッセンジャー。ね、可愛いでしょう」
「そうね」
言われて娘は笑って頷いた。地上では見たことがないので、たぶん、空の上のペットなのだろう。
「ところで、あなた何を悩んでいるの?」
「え?」
唐突な質問に娘は顔をしかめた。
「だって、表面的には笑ってるけど、とても不幸そうな顔をしてるのですもの」
「それは、私だけじゃないと思うわ。羽切なら誰だって……」
「ハネキリ? なぁに、それ」
「え、あの、翼を持たずに生まれてきた者のことだけど」
頭は悪そうに無いがまだ幼い子どもだ。
きっと彼女自身もまた羽切であることを知らないのだろう。そう思って娘は口を結んだ。
この先を教えるのは、子どもには酷というものである。
「どうして翼を持っていない仔は不幸な顔をしているの?」
「それは、えっと……」
言い澱み、一度深呼吸してから、娘は決意して口を開いた。
「世界を治める宗教、"神儒教"では羽が無い者は神に背いた者ということで嫌っているの。だから、羽を持たない者はほとんどの建物にも近づけなくて、農業以外のお仕事にもつけないし、羽切と呼ばれて蔑まれるのよ」
神を妬み、嫉妬し、恨んだが故に羽を奪われた大罪人を表す言葉"羽切"は、羽を持たずに生まれる者たちも差している。
そして、羽を持たない故に、奴隷のような惨めな生活を一生強いられるのだ。
娘が沈痛な面持ちで話し終えると、少女は笑った。
「別に良いじゃない。土いじりはステキよ。新鮮なお野菜が食べられるのもステキだわ」
この少女は何もわかっていない、大人ぶってもやはり子どもだ。娘は僅かに苛立ちながら更に説明する。
「でも、生活できるかできないかぐらいの量しか手元には残らないのよ。後の野菜は上に税として収めなければいけないの。収めなければ罰を与えられるわ」
税は生産量の五割である。真面目に収める者もいるが、ほとんどは多少申告を誤魔化している。
娘自身もそうだが、そうやって手元に残しても裕福な暮らしができるわけではない。
「上?」
「羽を持った者達が空に作った街のことよ。空を見れば、雲と同じぐらい沢山あるでしょう?」
少女の質問に、心底呆れた顔をする娘。
「本当に? あなたのお家ってとても面白いのね! そう、空にお家があるのね。ステキだわ! うーん、でも、落っこちたら死んじゃいそうね!」
目を輝かせたかと思うと、本気で悩んでみせる少女に、娘は更に呆れた。本当に何もわかっていないようだ。
「私の家は地上にあるの。あなたと同じように。ねぇ、空を見たことがないの? あなただって羽切なのよ?」
「くすくす、あなたにはそう見えるのね」
「え?」
あまりに物を知らない少女を、むしろ哀れに思った娘は、少女の悪戯な微笑みに眉根を寄せる。
少女はそれから先を告げずに、長い黒髪を暫く弄っていたが、不意に顔を上げた。
「まぁいいわ。あなたの不幸の一つはわかったから。他に何が不幸なの? 例えば両親がつい最近死んだとか、懇意にしてた人があなたの畑から野菜を盗んだとか、隣の家のお婆ちゃんの息が臭いとか」
「いいえ! みんな優しいわ。そんなこと思ったこともない」
貧しいながらも、身を寄せ合って暮らす羽切達の結束力は固い。
家族を持っている者は少ないので、病気になれば近所の者が手を焼いてくれたりもする。そこに、人や竜人という種族の差はない。
「じゃあ良いじゃない」
「でも、羽切は飢饉の年には飢え死にしそうなほど貧しい暮らしをしているのよ? 死んでも本当の家族に看取られる人はほとんどいないわ!」
そもそも羽切は、羽を持たない両親から生まれるだけではない。
その多くは、羽を持った両親から生まれた突然変異で、両親からも厭われて地に落とされる。
落とされた子どもは国の管理している羽切の養護施設で育てられ、働ける歳になれば仕事と貧相な家を与えられ追い出される。
仕事と言っても、その殆どは農業で、場所によっては漁業とか、酪農とか、林業というのもあるらしいが、娘自身は四年前から農業に携わっている。
過酷な労働のおかげで、娘は実年齢よりも年老いて見えた。
この苦しみを、目の前の少女もするに違いない。これだけ見た目が良ければ、もっと酷い仕事をあてがわれるかもしれない。
いや、これだけ着飾っているところを見ると、もうその手の仕事をしているのかもしれない。
一生を呪うような娘の瞳に気付いた様子も無く、少女はあっけらかんと笑う。
「みんなそんなものよ。お腹が空いても食べるものがなければ、どんなにお金持ちだって死んじゃうし、金の亡者は家族に嫌われるものだからね。それに生きていれば良いこともあるわよ。たとえば、私事なんだけど、今日あなたと出会ってお話しできたこと。久々に女の子と話せて嬉しかったわ」
「それはそうかもしれないけど……」
やはり、この少女はもう、男相手の口にするのもおぞましい仕事をあてがわれているのだろうと確信して口ごもった。
こんな幼く愛らしい少女でさえ、翼がないというだけで不幸な職に就かされる。
「だったら良いじゃない。気にせずに生きれば」
自分よりも不幸な身上の少女が気楽な笑みを浮かべたので、娘はじれったさを感じた。
「だけど、不幸のままなんて……」
「しーっ! 待って、あの音は何かしら」
言われて耳を傾けると、確かに何かの音がする。重たいものが固いものに擦れるような、そんな音が。
上から響いているらしく、見上げると天窓が暗くなっていた。
(何かが引っ掛かってる、何かしら?)
「天窓に翼を持った人がひっかかってるわ。まるで死人みたい」
無邪気に笑った少女の言葉で、その物体が人の形に見え始めた。よく見れば、こちらを恨めしそうに睨んでいる。
そう思った瞬間、娘は絶叫した。
「あら、何を驚くの? 翼を持った者がどうなっても、あなたが困ることはないでしょう?」
「し、死んでるのよ!? どうしてそう平然としてるの!?」
平然と笑う少女に、娘は天窓から視線を逸らせないままで叫ぶ。すると、少女は残念そうな声を上げた。
「……なんだ。ここの客だから、ああいうものを見て復讐心から喜んでくれると思ったのに」
「何を言ってるの? だいたい、あなたおかしいわっ」
「でもまあ良いわ。あたし、あなたみたいに命を大切にしてくれる仔の方が好きよ」
「喋り方も全然子供っぽくないし、羽切を知らなかったし、あなたは何者なの!?」
噛み合わない会話にイラつきながら、やっと天窓から少女へと視線を移した娘は叫ぶ。
すると、少女は困った子どもに対して老婆がさじを投げる時のような、頑なな瞳で呆れている。
「そう言えば自己紹介してなかったわね。あたしの名前はニア・オア・クレア。どうせこの名前も親からもらったとかそういうご大層な代物ではなくて自分でつけたのだけど、リズミカルでステキでしょう。まぁ、本当はどう呼んでもらっても構わないわ」
そう言って小さく笑う仕草は、壮年の女性を思わせる。
娘は親からもらった名ではないという言葉に、少し腹を立てた。
空から落とされた羽切のほとんどの名は、施設で付けられた名前であって、両親がつけたものではない。
それをさも、自分は不幸だと暗に言っているように強調して言ったニアが許せなかった。娘の名も、施設の女が付けた名前だったのだから。
「ニア、あなたは普通の羽切じゃないの? それとも私をからかっているの?」
「どうかしら。あなたはどう思うの? アキュラ=オリウェン」
「どうして私の名を!?」
「あら、あなたが尋ねたのじゃない。あたしがどういうものか。あたしは一度も聞いた事の無いあなたの名前を瞬時に悟り、あなたの望む料理さえもわかってしまう、そういう存在」
その言葉に招かれるように、先ほど飛んでいった竜を肩に乗せたウエイターらしき男が料理を運んできた。
そこには、アキュラが食べたいと思った料理が並べられ、アキュラの前には特大のバニラスフレが置かれる。
「なんで、なんで……」
「まぁ食事にしましょう。あぁそうだ、屋根の上で死体ごっこをしてる奴、お前ももう良いわ。下がりなさい」
ニアの言葉が聞こえたらしく、天窓に覆いかぶさっていた者は起き上がると、服の裾で汚れを拭いて、屋根の上から立ち去っていった。
呆然としているアキュラに、ニアが微笑む。
「信用できない?」
その言葉にアキュラは言い澱んだ。
信用できない相手であることは確かだが、食事を振舞ってくれるという相手に対してそう言い切って良いものかどうか疑わしいところだ。
アキュラの心中を察してか、ニアが苦笑する。
「ごめんなさい、あんまりあなたが面白いからついからかってしまって」
「え?」
「あたしはここの店主の知り合いの羽を持つ者の養子なのだけど、見た目よりも少し長生きしていてね。お医者様の話では、成長がとてもゆっくりなだけで後は普通らしいのだけど、この体のせいでお友達が作れなくてとても寂しかった。だからつい、いろんな人に意地悪をしたり嘘を付いてしまうの。本当は、あなたのことを色々知っているのも、みんな店主から聞いてるからよ」
そう言って寂しそうな笑みを浮かべて俯いたニアに、アキュラは少し同情してしまった。
彼女の告白が本当ならつじつまも合うが、そんなことよりも、この少女の切ない表情が痛ましかった。
きっと、羽切で、なおかつ成長が遅い体を持って、苦労も多かったに違いない。
羽を持つ者達が彼女の言いなりになっていたのも、きっと同情心からだろう。
「そうだったの……。嘘だったっていうのは腹が立つけど、食事をおごってもらうのだし、帳消しってことにしてあげる」
(大変だったのね、私も疑ってごめんなさい)
アキュラは内心呟いてぎこちなく笑うとナイフとフォークをとる。
「ありがとう。だけど、本音と建前が逆になってるわよ」
言われてアキュラは顔を赤らめ、さっさと食事を始めた。
主食よりも先に、バニラスフレを食べた。今は見えないが、この味は店主の手作りに間違いない。
きっと、店主はこの可愛そうな少女が友達を作る機会を作ろうと、奥で料理をしているに違いない。
そう思いながら、それとなく雑談を交わしつつ食事を続けているうちに、ニアが笑った。
「でも、あなたが哀しむことないわ。だって、嘘に気付かないようなお馬鹿さんには、あたしを憐れむ資格すらないのだから」
この言葉にはムッとした。
確かに、その直前まで、ニアも幼いながらに不幸なのねと同情を口にしていたのは事実だが、こんな風に言われたら誰だって気分が良くない。
「だいたい、不幸だって顔してお店に入ってくる仔には、幸せなんて見えてないんでしょ。そんなだから、ちっとも幸福になれないのよ」
ニアは皮肉な笑みを浮かべて音も無くスープをすする。
カチンときたアキュラは、パンをほうばりつつ口を尖らせて言った。
「所詮、羽を持つ者に育てられてちやほやされたあんたには、生まれてから死ぬまで羽切として土をいじらなきゃいけない苦しみなんてわからないのよ!」
「あらどうしたの、急に怒って」
今更自分が少女であることを思い出したかのように、ニアが愛らしく小首を傾げる。
その態度が更にアキュラの神経を逆撫でした。
「うるさい! この食事だって、可哀想な羽切への施し程度にしか思ってないのでしょ!? 偽善者!!」
一瞬の間の後、ニアは貴婦人のような優しい微笑みで答える。
「偽善者、まさしくその通りよ。あたしは偽善者よ。そうでなければ、あたしはあなたみたいな"有形の事物"に対してこんなに優しく接したりしないわ」
微笑みとは裏腹に魔女のような凍える声で答えたニアに、アキュラの怒りは絶頂へと達し、怒声を笑いへと変わる。
「あはは、自分で認めるのね!! そしてまたわけのわからないことを言う!! 嘘つきの偽善者、本当は病気というのも嘘なのじゃない!?」
「どう思ってもあなたの勝手。言ったでしょ、あたしの嘘に気付かないお馬鹿さんには、って」
俯き、表情を失ったニアが、上目遣いでアキュラを見る。
その表情は、人というよりも人形か何かのようで、怒りで我を忘れかけたアキュラもゾッとして、次の言葉を発するために半拍を要した。
「い、いらない。偽善者を満足させるために施しを受けるほど、あたしは落ちぶれてないもの!!」
「あらそう。勝手になさいな、お嬢ちゃん」
席を立ち、ニアに背を向ける。
「ところでお嬢ちゃん、そんなに現状が嫌ならサポタージュでも起こしてちゃんと訴えたらどう? 今のあなたは、不幸というドレスを飾り立てているだけで、幸福になるための代償を支払おうともしてない」
「そんなことしたら殺されるわ」
実際、税として収穫物を収めなかった者は罰を受ける。
ほとんどは、増税や更に重い労働を強いられるかだったのだが、場合によっては見せしめの意味もこめて処刑される。
特に、税の申告を誤魔化していることがバレた者は、その死体を暫くの間、道に晒される。
殺されるという言葉も言いすぎではない。
「生きるか死ぬかというギリギリの生活なのでしょう。やらないより、やった方が楽しくない?」
「馬鹿馬鹿しい。だいたい、武器を手に入れる余裕だってないんだからっ!!」
楽しいか楽しくないかだけで命を捨てるほど、アキュラは勇気を持たない。
扉に手をかけてドアノブを下げ、外に向かって押す。
「野菜を空へ上げなければ良いのよ。自分達の食べる分だけ隠して、後は全て焼き払ってしまうの。空の住人はきっと、食べるものがなくて苦しむでしょうね」
早口に言ったニアの言葉に振り返ると、扉は鼻先で閉まった。鈴の音だけが耳に残った。
そういえば、ニアとの会話中に似たようなことを聞いた気がする。お金がなくても食べるものがなければ死んでしまうと。
ニアの言った計画を思い返して、アキュラはゾッとして笑っていた。
(成功したら、世界が変わるわ)
「アキュラ?」
ふと後ろから声をかけられてアキュラは驚く。見れば、店主の翼を持つ者だった。
「食事かい? 今日は用事があってね、今からお店を開けるところなんだよ」
「え? でも、さっき、ニアという子に食事を出してもらいましたよ」
「なんだって? ニア? それは誰のことだい?」
「え? ニア・オア・クレアという名の羽切の女の子です。ついさっきまでお店の中で喋っていたんですよ、私」
そう言うと店主は驚き、アキュラを退けて戸口に立つとドアノブを引いた。
しかし、扉は鍵がかけられて開かなかった。
これにはアキュラも驚いて、困った顔で振り返った店主に同じく困った顔を向ける。
「私、あんまり疲れてたものだから夢でも見たみたいです。ごめんなさいっ!」
アキュラは勢いよく頭を下げると、慌てて家へと戻った。
食べ過ぎたらしく、少し走っただけでお腹が痛くなった。夢ではなかった。


凛と透き通った鈴の音が響き扉が開かれる。
「宅配便っスー。って、まだ在るんっスか?」
拍子抜けするほど底抜けに明るい声が呆れたように尋ねてきたので、ニアは頬を膨らませる。
「うるさいわね。あたしだってあいつの調子がさっさと戻ってくれないと出て行けないのだから仕方ないでしょ。だいたい、女の子に振られたことを引きずって、似たような娘を呼び寄せるあたり女々しいのよね、あいつ。だからなかなか立ち直れないのよ」
手痛い少女の言葉に、扉の外の声は笑う。
「ははぁ、確かに。翼を持つべき竜人でありながら、生まれながらに翼を持たない女の子って意味じゃ似てるっスね。でも、前の子の方が優しい気配をしてて好きだなぁ」
「それは同感ね」
前の娘の名前はなんと言っただろう。クーだか、春龍だか、そんな感じの名前だった気がする。
彼女から贈られた品は、この場にある物の中では唯一、不幸や不安や不満で捻れてはいなかったので、そういうものが苦手なニアにとっては大好きな一品だった。
しかし、その品はここにない。今は別の空間にある。本当はここにいるべきな竜の置物と一緒に。
「じゃ、そろそろ行くっス。荷物よろしくっス」
「はいはい、お仕事ご苦労さま」
扉の隙間から現れた小包を受け取ったニアは、それをテーブルの上において荷を解く。
中には鉢植えの花が、動かないようきっちり梱包されて入っている。
「いやね。あたしはお日様の匂いがする土の方が好きなのに、これ血生臭いわ」
ニアは腹立たしそうに鼻をつまんで、鉢を荷物から取り出す。
その肩に、小鳥のような竜がとまる。竜は興味津々といった感じで花の匂いを嗅ぐと、ゲェッと吼えて逃げ出した。
「大丈夫?」
ニアの言葉に竜は盛大に首を横に振る。これにはニアも苦笑してしまった。
「あたしもこういうのは嫌い。本当は、甘い愛や優しい夢の方が好きよ。でも、ここは不幸な歌と血の悪夢が集まる場所ですもの、我慢してちょうだい」
竜が渋々と言った表情で頷くと、ニアは微笑んで、その鉢植えをテーブルの上に置いて、ふと箱の中に入っていた手紙に気付きそれをざっと読む。
「あのお嬢ちゃん、名前を変えたのね。命切、メイキリと読むのね。不平等を歌う頭上なる者達の命を刈る者、救世主、あるいは魔女、かしら。今は人々に愛されていても、歴史はなんと書くのかしらね」
咳払いしたニアは、店の奥に視線を移す。
「ねぇ、早く機嫌をなおしなさいな。あたし、嘘を吐くのは嫌いなんだから」
店の奥からは、店主の声の代わりに、轟々という嵐のような音が返ってきた。


炎に炙られて黒くなった赤い煉瓦製の鉢植えは、泥でもついたのか斑に汚れている。
鉢の中には、不自然なほど赤黒い土が満たされ、始終水を欲するかのように乾いている。
中央に植えられた華は、太い芯に支えられて、毒々しい色の大輪を広げている。
まるで、空にあるもの全てを飲み込んでしまおうとするかのように真っ直ぐ上を向いて。



名   前:アキュラ=オリウェン
読み仮名:同文
年   齢:16歳
外見年齢:17歳
性   別:女性
種   族:竜人
世 界 観:羽を持つ竜人や人が一般的で、羽を持たないもの(以下、羽切と呼ぶ=羽を切り去った意味と、神を裏切った意味という由来がある)は差別の対象。詳しく言うと、羽がないのは神に逆らった者と言う宗教(神儒教)の教えが根本にあるのだろうが(神物には羽切が行った神への裏切りや妬み嫉妬等の八虐に値する事が書かれている、宗教を信じないものでも羽があるものは羽切を差別する。ちなみに実際は、突然変異に過ぎない。(しかし、確率は他の突然変異に比べ多い
また、建物は羽を持つものに対応していて(空に建物が浮かんでいる、九割の建物には羽切は近寄ることすら許されない。
しかし、羽切や一部の羽切に対する理解のある人達は地上にも建物を建てるので生活はできている。

キャラクター提供元 : しほ 様



最終更新日 2005/05/06
感    想 宗教話が出てくると途端にわくわくする私としては、
        とても楽しめた世界観でした。
        後編作ると言ってましたが、アキュラを動かすのが大変で断念。