ある世界の物語

ドゥルゴーイ

 

僕は知ってるんだ。
もしもウートラと名付けられたあの仔と、僕が同じ世界に生きていたなら、
きっと良い友達になれたってことを。
僕は、"ニシトー"と称する闇の竜の器を持った僕は、思うんだ。
生き残った闇の竜は、滅びを告げる闇の竜の行く末を悟って嘆いてるけど、
闇の竜と光の竜が滅ぶことを、長老竜も望んでいたんじゃないかって。
でも、誰もそれを良い考えだとは思わないみたいなんだよね。
僕がこんな思いを口にしたからか、それとも"チェーニ"が新しい世界の闇の長老竜になったからか、
それとも、この世に月色の瞳を持つ特別な竜が僕と"チェーニ"だけになったからなのか、
僕の"親"は、僕がこの世界に存在するための器を与えてくれた"チェーニ"は、
僕が闇の竜として当然の考え方を持つようにと叱るようになった。
でも、そんなこと知ったこっちゃない。僕は僕のやりたいようにやるだけだ。
この緑がかった黄色い瞳で、世界を見渡せるこの瞳で、僕の望む未来を手に入れてやる。


竜の世界ドゥルゴーイに夜がやって来た。
昼の月が西の空で薄らいで消えて行くのを見送るのが、"天地分断大戦"からこっちの僕の日課だ。
夜風が吹き、空が暗くなったのを確認して、僕は仲間達と一緒に洞窟から外へ出る。
"天地分断"によって、一つの世界だったこの世は二つに分かれてしまった。
人によって汚された"チャース"と、竜や古き善き仲間達の為の"ドゥルゴーイ"という二つの世界だ。
頭上に広がる空を境に分かれた世界だが、荒っぽい分断によって二つの世界の要素はだいぶ違うものになった。
"チャース"では魔法に類する力の要素が薄まり、反対に"ドゥルゴーイ"では失われた魔法が復活しつつある。
現に、僕だって遠見の術と己の瞳を併用して、世界中の色や音を遠くに居ながらにして感じることができるのだ。
耳障りの良い話だけど、とんでもない副作用も出てきた。
一つ一つの要素が強まったことで、今まで均衡の取れていたものが崩れてきたからだ。
「あぁ、やっと西日が消えたな。これで空を飛べる。」
隣を飛び立った闇の竜が、独り言を漏らす。
強まった要素同士が均衡を崩したおかげで、
闇の竜は太陽の光の下では空を飛ぶどころか生活もできなくなった。
おかげで闇の竜は、長老竜の頭蓋骨から出来た巨大な洞窟で、昼間は静かに過ごしている。
その事実は僕としても惜しまれることだった。
僕の"親"である長老竜もそう思ったらしく、現在、長老竜方との初会合に挑んでいる。
どうなるのか、ちょっと覗いてみようかな。
僕はもう一度巣穴へ戻ると、意識を両の瞳に集中して、地の竜の祭殿で行われている会合を覗いた。


「…それでは、議長も決まりましたので改めて自己紹介しましょう。」
年若い人間の女に化けた水の長老竜が、波の押し寄せる不思議な椅子から立ち上がる。
「私は水の竜の長老竜、オーズィラ。前長老竜ヴァルナーの遠縁に当たります。
議長として公平を保てるよう勤めさせていただきます。」
他の長老竜達に礼をすると、静かに座る。
張り詰めた顔が気になるな。始まる前に何かあったのかな。
次いで立ち上がった青年は、水の長老竜の右隣の逆巻く風で出来た椅子に座っていた風の長老竜だ。
「自分は風の竜の長老竜、プレッツリヒ。前長老竜の鳩子に当たります。
若輩者ですが、宜しくお願いいたします。」
深々と礼をして、席に座る。
こちらは怒りを露にしているが、声を張り上げないよう必死に堪えてる。
雲行きが怪しくなってきたな。
次に立ち上がったのは、風の長老竜の右隣で、革ばりの椅子に悠々と腰掛けていた"チェーニ"だ。
「わたくしは闇の長老竜チェーニ。前長老竜の"仔"です。どうぞ宜しく。」
緑がかった黄色い瞳が小さく笑みを浮かべて、全員を見る。
傍らにいた風の長老竜が僅かに顔を歪めて視線を逸らした。その頬はほんのり赤く染まっている。
見かけは確かに優艶な美女と言った感じだけど、中身は最低だ。
若い風の長老竜が騙されないことを祈るばかりだね。
次いで立ち上がったのは、朝焼け色に燃え上がる椅子に座っていた炎の長老竜だ。
「炎の長老竜パジャール。前長老竜の息子だ。」
背の低い男は、よく日に焼けた顔を少し傾けて礼をしただけで座ってしまった。
もんのすごく機嫌が悪いみたいだ。
最後に、鉱物で飾られた立派な椅子に立ち上がったのは、とても小さな少年だ。
見た目は僕と変わらず、人間で言うなら五つか六つの男の子だ。
「ボクは地の長老竜ルドニーク。前の長老竜がマミィなの。
ダディは泣いてるからボクがなったの。よろしくお願いしますです。」
妙に張り切ってお辞儀をする少年に、水の長老竜と炎の長老竜が苦笑して宥めた。
「それでは、自己紹介も終わったので議題に移りましょう。」
水の長老竜の言葉に他の長老竜の顔が緊張する。
「先ほども出ましたとおり、世界が二つに分かれて三年と少しが経ち、
世界が安定したことで"異界から何者かがやってくる"可能性が出てきたわけです。
それに際して、どうすべきかという話から始めましょう。」
僕は自分の耳を疑った。
他にも議論し調整すべきことは多々あるはずなのに、何故そんな事を論じる必要があるのかわからなかったからだ。
だいたい、異界からやってきた"者"なんて、この世界の創生以来たった一人しかいなかったじゃないか。
三年前に訪れた、"トウヨウ オウカ"だけだったはずだ!
「異界からの侵入者なんて、今までにただ一人しかいなかった!! そんなごく稀な出来事を憂慮すべきなのか!?」
炎の長老竜が怒鳴り声を上げた。
「だが、現に三年前、異界から恐ろしい男がやって来た!! よもや忘れたわけではありませんよね!?」
風の長老竜も声を張り上げて怒る。
どうやら、この議題を出したのは心配性の風の長老竜のようだ。
他の三人は二人を見ながら、頷いたり否定的な視線を送ったりしている。
「もしも、あの男が仲間を引き連れてやってきたらどうしますか!?」
風の長老竜の言葉に、地の長老竜が震えて両手を握り締める。
「確かに、あの異界の旅人はとても危険だった、それは認めよう。だが、彼は世界を助けてくれた存在だ。
息子の最後の願いを叶えてくれた恩人でもある。そんな彼に否定的な態度を取るとは!!」
そういえば、炎の竜のヴィスヨールイをチャースへ送るのに、彼が力添えをしたんだっけ。
「だが、彼は危険だ。血の臭いと戦場の風を孕んだ化け物だ! 信用はできない!!
それに、もっと恐ろしい存在がこの世界を滅ぼしにやってくる可能性だってあるはずです!!」
風の長老竜の言葉に炎の長老竜が鼻で笑う。
「プレッツリヒ、君は彼と敵対していたし、癒えぬ傷を受けたから憎いのだろうが、それこそ誇大妄想というものだ。
それに、"もっと恐ろしい存在"だって? 聞き間違いじゃないよな? "もっと恐ろしい存在"!!
戯言を言うにも程があるよ、君。全く、どうかしているよ。
この世界を滅ぼそうなんて、昼の月以外に誰が考えるんだい?」
炎の長老竜の言葉に、僕はふと記憶の端で引っかかるものを感じた。
思い出そうと唸ると、不意に頭の隅で閃いた。
この世界を滅ぼそうとする存在は確かにいるかもしれない。可能性は"ある"。
それは闇の長老竜が、今は亡きあの方が、憂慮された相手…。
「おりますわ。炎の長老竜。」
言い返せずに当惑していた風の長老竜に変わって、"チェーニ"が口を開く。
「それは、前闇の長老竜と、光の長老竜が考慮なさった相手です。
お二方は異界のいずこかにある世界から追われ、"ここ"へ仲間と共に参られたのです。
何があったかはお教えいただけませんでしたが、その世界では、
この世界を造られたお二方とその仲間達よりもなお強い存在がひしめき合っていたと伝え聞いております。
この世界を不恰好に作られたのも、その恐ろしい世界からの刺客が、
この世界を壊してしまわないようにという考慮からだったのです。
ですから、決して"もっと恐ろしい存在"がないとは言えないのですよ。」
その世界の事を、今は亡き闇の長老竜は"神々の生まれる泉"と形容した。
あの方の直系に当たる緑がかった黄色の瞳を持った闇の竜にのみ伝えられた話だ。
まぁ、可愛い孫達には教えなかったようだけど、僕は盗み聞きをしたから知ってるんだよね。
「だから、若き風の長老竜が憂慮されるのも仕方の無い事なのです。」
今にも取っ組み合いが始まるのではないかというほど間近に迫っていた、
風の長老竜と炎の長老竜の間に割って入る。
しかも、あろうことか風の長老竜の拳にそっと手を置いてる!
ゲロゲロっ!!
「しかしだね、闇の長老竜、この世界が生まれてから長き時が経っているってのに、"刺客"は一向に現れないじゃないかい!」
炎の長老竜が厳しい口調で言うと、風の長老竜が"チェーニ"を庇う様に一歩出る。
あーもー、見てられないよ!!
僕は術を解き、ゆっくりと寝床に身を委ねた。


「ただいま、ニシトー。」
暁前に戻ってきた"チェーニ"が微笑む。
闇の竜には性別がない。光の竜もそうだ。
女や男の振る舞いをとり、それらしい外見に変えても、
生殖に"つがい"という形が不必要なのだから、男だの女だのをとやかく言うのはむしろ不自然だ。
だけど、"チェーニ"はとても"女らしい"。
「朝帰りって言うにはまだ早いのかな?」
僕の皮肉に"チェーニ"が謎めいた笑みを浮かべる。
仮にも肉体を提供してくれた相手とはいえ、やはり気に食わない。
「何を企んでるの? 会議はどうだったのさ?」
途中まで盗み聞きしていたとはいえ、全てを知っているわけではない。
むしろ、肝心なことは聞けなかったし、見る気もしなかったのだ。
「そうね、概ね上手くいったかしら。」
くすりと笑う"チェーニ"。もう少し物怖じしたって悪くは無いだろうに、大胆すぎる。
「結論を言うと、長老会で異界から来る存在への対処法が決められたの。」
僕はその言葉に耳を立てる。
「異界から来た者は、その良し悪しに関わらず礼節を持ってお引取り願うの。でも、相手が引き下がらなかったら…。」
「引き下がらなかったら?」
「即刻、殺す。」
"チェーニ"がもっとも禍々しい笑みを浮かべる。
僕はやっと気づいた。"チェーニ"が求めていた事がなんだったのかを。
"チェーニ"は復讐したいんだ。
滅び行くことを嘆いて、その怒りの矛先を求めているんだ。
「愚かだね。そんな事を承認させるために、風の長老竜を惑わしたの?」
「あら失礼ね。彼にはもっと他の利用法もあるわ。
それだけの為に近寄り、片目をあげるほど、わたくしはお馬鹿さんじゃないの。」
やっぱり、僕は"チェーニ"が嫌いだ。


暫くして、ドゥルゴーイ中に、いくつかの決まりごとが広められた。
異界人がやって来たときの対処法、お互いの領地を荒らしてはならないということ、
魔法の使用を制限するといったことなどだ。
それによって根本的な解決ができるほど、新しい世界というのは楽じゃない。
なんていったって、今までとは生活の仕方も僕たちを取り巻く要素も違う。
混乱やそれに乗じた奪い合いは、チャーチよりも酷い。
だからこそ、統治能力を持った竜ががん首揃えて決まりごとを作らなければならなかったのだ。
しかし、所詮は竜達の考えである。
世界を二つにしてしまった身勝手な竜達の決めた事を守りたいと思えるほど、
人の心は優しくないし、彼らは愚かでもない。
竜自身もまた、混乱の源となることがあったので、世界はいよいよ混乱していった。
小競り合いどころか、種族間闘争が始まるのではないかと言った按配だ。
竜族と人の争いではない、同じ竜族でも属性の違いによって争いあう始末だ。
そんな風になってしまった原因は特に無い。
ただ、誰もが不満を持ち、それが形を成してこうなったとしか言えないからだ。
しかし、この混乱を煽り拡大させているのは、間違いなく"チェーニ"だ。
今までは月に一度の長老会の後に朝帰りをするぐらいだったのに、
今では週に一度は風の長老竜と逢瀬を重ねている。
もはや風の長老竜は骨抜きにされて、"チェーニ"の言いなりだ。
それを良く思わないのが、炎の長老竜と地の長老竜で、傍観を決め込んでいるのが水の長老竜だ。
その為、竜族同士の戦いは、もっぱら風の竜と炎の竜同士の戦いになっている。
もしもヴィスヨールイが生きていたなら、彼らの仲裁役に立ってくれただろうに。


"世界分断大戦"から五年近くが過ぎた頃、僕の夢にジェラーニヤが現れるようになった。
彼はドゥルゴーイの張り詰めた現状をどうにかするように言ってきたけど、僕には何もできないと答えた。
僕が何を言っても"チェーニ"は変わらないし、僕が活動できるのは、せいぜい夕暮れから明け方までだ。
世界の大半はこの時間に眠っている。仲裁も何もできるものではない。
そんな諦めきっていた僕を、ジェラーニヤは怒鳴りつけた。
「それでも闇の竜か! 君の翳は飾りか!?」
僕は夢の中でジェラーニヤを殴り返した。
闇の竜の翳を愚弄する者は万死に値する。
この翳こそ、僕たち闇の竜が世界の本質を知り、物質に関わる全ての道理を蓄えた重要な代物だからだ。
それはまさしく誇りそのものと言っても良い。
それを、ジェラーニヤは馬鹿にしたんだ!!
そんな夢を繰り返し見るうちに、僕はジェラーニヤがそんな口を利けないようにする為、
目覚めている間に、世界を調和させる方法を必死で考えるようになっていった。
傍らでは、"チェーニ"が世界を混乱させる方法を考えている。
まるで僕たちは、光の竜と闇の竜のようだった。


差し迫る崩壊の時を告げるように、日増しにジェラーニヤの夢は鮮明になっていったので、
僕は考えがまとまらないうちに行動することとなった。
まずは水の竜を説得することが肝心だと思い、水の長老竜に手紙を送った。
水の竜だけは、その長老竜の考えに従って争いごとを避け、どちらにも協力していないからだ。
暫くして、水の竜から返事があった。下記の日取りに来るようにとの事だ。
僕は嬉しくなって手紙を飲み込むと、早くその日が来ることを願いながら、何を話すべきかを考えあぐねた。
約束の日、僕は"チェーニ"が風の長老竜のもとへ行くのを見送ってから、こっそりと住処を後にした。
空の低いとこを渡り、赤い月を映した海面までやってくると、水の竜の少女が出迎えてくれた。
ピンク色の珊瑚の髪飾りが、彼女の愛らしさをより一層引き立てている。
僕は彼女の案内するがままに海中へ飛び込み、水の長老竜の住処へと向かった。
「はじめまして、闇の竜の子供ニシトー。」
「はじめまして、水の長老竜。この度はお招きありがとうございました。」
案内されたのは珊瑚畑で、その中央の大岩に長い尾を絡み付けていた水の長老竜が、
案内役をしてくれた少女へ、どこかで遊んでいるようにと申し付けた。
「願っていた事とはいえ、水の長老竜にお目通りできるとは思いませんでした。本当に心から感謝します。」
僕はもう一度深く礼をした。
いくら僕が歴代闇の長老竜の直系だろうと、中立をうたう水の長老竜にお目通り願えるとは思っていなかったのだ。
普通ならば警戒され、何かよからぬことを企んでいるのではと思われるに違いない。
「私は貴方を信用はしていません。ですから、もっとも力の及ぶ水底へ呼んだのです。
しかし、貴方は現闇の長老竜とは違うようですね。」
紺碧の瞳が、僅かに微笑む。
「話は聞きましょう。ですが私は貴方に力添えをしないと思います。
何故なら私は、誰に生と死が訪れても成すがまま、抗いはしても、歪めることは決してしないつもりだからです。」
その言葉に、僕は首を横に振る。
水の長老竜がどうして中立の立場に居るのか、その理由はとっくに知っていたから驚きはしなかった。
今回の話し合いも、水の長老竜を介して他の竜を説得する為のものではない。
「僕が望むのは、貴女が現状を保ってくださることです。僕はまだ幼いし、力もそれほどありません。
 怒りと絶望で己を失念した"チェーニ"に唆されず、そのお考えを貫いてほしいのです。」
「己を失念した…。やはり、そうでしたか。」
水の長老竜の顔が暗く歪む。
「"チェーニ"は、以前の光の竜と同じ心境です。しかし、滅ぼそうと思って簡単に滅ぼせる相手でもありません。」
「確かに。」
「ですからお願い申し上げます。どうか、今のまま、どちらにも味方されませんように。」
「えぇ。」
水の長老竜の言葉に僕は安堵して、別れの挨拶を告げ帰ろうとした。
だが、すぐに水の長老竜に引き止められる。
「これをお持ちなさい。いつでも連絡が取れます。」
投げ渡されたのは、白い貝殻の小さなイヤリングだった。
「ありがとうございます。」
ちょっと版権にひっかからないか不安になりつつも、イヤリングを耳にはめて寝床へと戻った。


それから事は上手くいくようになった。
もともと数が少なく、争いを好まない地の竜を、水の長老竜が説得して、中立の立場へと持ち込んだのだ。
地の竜はモグラと仲が良く、彼らを通して、大地に属する多くの生き物の説得が始まった。
僕自身は、やはり夜しか活動できないので、なかなか参加はできなかったが、
数ヶ月もしないうちに、水と大地に属する多くの生き物は、説得に応じてくれた。
問題は、空を行く者と炎を使う者だ。
風や鳥達は、むしろ今まで以上に乱暴に地上を吹き荒れるようになったし、
炎を使う人々は、一度味わった略奪による富の増大に酔いしれている。
その上、彼らを統べるべき竜達は、戦うことをよしとしているのだ。
早く風の竜と炎の竜の関係をどうにかしなければ、せっかく中立に経ってくれた水の竜と地の竜がどちらかに転がり兼ねない。
僕は、仕方なく他の闇の竜に力を貸すよう頼むことにした。
"チェーニ"がいる間は、決して風の長老竜と炎の長老竜が仲直りできないと思ったからだ。
しかし、闇の竜達は力を貸そうとしなかった。
中立を保つことが大切だと言うわけではない。闇の竜の性質のせいだ。
僕が他人に力を借りることがプライドを無くした愚か者の行為に見えたわけである。
闇の竜とは、自分の事は自分でやらねば気が済まない種族なのだから仕方のないことかもしれないが、
それにしても、僕の目から見ればそれは"腑抜け"でしかなかった。
唯一の救いは、彼らが"チェーニ"にも力を貸さなかったことだ。
そうこうしているうちに、とうとう"世界分断大戦"から十年が過ぎてしまった。


その日もジェラーニヤが夢に現れた。
僕は憂鬱な気分で彼を向かえた。また、お小言を言われるに違いないと思ったからだ。
しかし、彼は怒りよりも深刻な面持ちで、いつもとは違って非常に落ち着きがなかった。
「夜、ウートラが空を渡ってくる。」
「へ?」
僕は目を丸くしてジェラーニヤを見た。
ウートラとは、炎の竜のヴィスヨールイとドワーフの血を引くリベルテの一人息子だ。
時々、酷く落胆した時、瞳の力を使って見つめると、彼は僕に気付いているかのように微笑んでくれた。
その笑顔に、何度励まされたかわからない。
そんなウートラが、決して破ることができないだろう"空"を渡ってくるとはどういうことだろう。
「誰よりも早くウートラを回収するんだ。風の長老竜や炎の長老竜が手にしたら危険だ。」
「何故?」
「ウートラは、竜を保たせる要素の薄いチャーチで暮らすうちにとても強くなった。
それはまさしく"力"そのものなんだ。それに、ウートラはヴィスの息子だ。
親友である風の長老竜も、父である炎の長老竜も、ヴィスの忘れ形見を奪い合うことは必死だ。」
不意にジェラーニヤが涙を流した。
「ど、どうしたの?」
僕には突然の涙が何を意味するのかさっぱりわからなかった。
「…俺は、世界を滅ぼしたくはないんだ。」
それだけ言い残すと、ジェラーニヤの姿が歪み、夢は終わり夜がやってきた。


僕は急いで翼を広げると、空の高いところまで飛び、ウートラを待ち受けた。
刻々と時間が過ぎて、深夜になり、ジェラーニヤに担がれたかなと嫌気がさしてきたころ、突然、空に歪みを感じた。
歪みの中心へと向かい、風よりもなお早く、炎よりも勇ましく飛ぶと、
夜空の底に昼の空がぽっかりと顔を出し、ウートラを吐き出した。
僕はちっぽけなウートラを捕まえると、死に物狂いで地の竜の島へと向かった。
背中に、風の竜と炎の竜の気配を感じながら、白い貝殻の小さなイヤリングに向かって怒鳴る。
「今から地の竜の島へ行きます!! どうかお守り下さい!!」
相手に伝わったかどうかなんて関係なかった。
僕は、気を失い眠りこけるウートラを抱えなおして、より一層翼に力を入れた。
誰よりも早くと願っているのに、背後から追いかけてくる竜達の速さときたらたまったものじゃない。
さすがは風の竜と言うべきなのかもしれない。
それでも、僕は彼らにウートラを渡すことはできなかった。
やっと地の竜の島が見えてくると、島を取り囲む海が盛り上がる。
僕は慌てて翼の方向を変え、水しぶきを避けて島へと墜落した。
「どけっ!! 水の長老竜!!」
風の長老竜の声だ。島に突風が吹き荒れる。
「孫を闇の竜に奪われた!! 何故邪魔立てするんだい!?」
炎の長老竜の声と共に、辺りが一層明るくなる。
「いいえ、通すわけにはいきません。どうか今は私の顔を立ててお戻り下さい。」
水の長老竜の言葉に沿うように、島の周りで鯨が跳ねた。
『だがしかしっ!!』
「それとも、私がお相手しましょうか? 風の長老竜、炎の長老竜。」
水の長老竜の凛とした声に、風の長老竜と炎の長老竜は渋々と言った感じで引き下がり、己の陣地に引き返していった。
彼らの姿が見えなくなると、鯨達も海の底へと戻っていく。
「水の長老竜、ありがとうございました。」
僕は慌てて立ち上がり礼をしようとして、足場が揺れるのを感じた。
地響きを立ててやってきた相手を見て、僕は息を呑む。
地の竜の男だ。とても大きい。
僕は踏み潰されるのではないかという不安に震えながら男を見つめた。
「やぁ、闇の竜さん。こんばんは。水の長老竜もこんばんは。
今、ルドニークがお茶を入れているので、人の姿になって祭壇までいらしてくださいな。」
小さく笑うと、男は祭壇と言った白い高台へと歩いていった。
「ニシトー、私達も行きましょう。その少年もまだ目覚めないようですしね。」
言われて腕の中のウートラを見る。すやすやと心地よい寝息を立てている。
能天気な奴!


「水の長老竜、闇の竜、いらっしゃい。」
祭壇に登ると、人間に化けた男と少年が立っていた。
中央に置かれたテーブルには椅子が五つ用意され、お茶会の仕度もできている。
「こんばんは、地の長老竜。ソイルもこんばんは。」
ウートラを抱きかかえた水の長老竜が微笑むと、二人も笑って席を勧める。
何故ウートラを水の長老竜が抱えているのかというと、
人間に化けた僕と同じぐらいの背丈であるウートラを持ち上げるには少々無理があると判断されたからだ。
「急に匿ってもらうようなことになってしまってすみません。」
僕は挨拶の機会を逃してしまったことを悔やみながら礼をする。
「気にしなくいいよ。ダディもボクも怒ってないもん。」
にこりと微笑む地の長老竜と男に、僕は何度も頭を下げて席についた。
「ところで、どうしてここにその子供がいるのか、彼が何者なのか説明してくれないかしら?」
水の長老竜の言葉に僕はハッとした。
というのも、ウートラが何者であるのかということぐらい、知っていると思っていたからだ。
しかし、すっかり分かれてしまった二つの世界の両方を見ることができるのは、
昼の月と、闇の竜の月色の瞳だけだったことを思い出す。
知らない事に驚いてはいけないのだ。水の長老竜や地の長老竜が知ら無い事の方が当然なのだから。
「彼は、炎の竜のヴィスヨールイと、ドワーフの女神リベルテの間に生まれた子供で、名前をウートラと良います。
チャーチで産まれチャーチで育ったのですが、どうしてこちらに来てしまったのかはわかりません。
ただ、彼を今の炎の長老竜や風の長老竜に渡してはよくないと思い保護しました。」
僕は背もたれにもたれ、今だ眠り続けるウートラを見る。
術越しで見た姿よりも、本物はずっと柔らかそうだ。
ためしに触れてみたかったけど、僕には感覚がないのを思い出してやめた。
どうして闇の竜の器には、他の生き物のような感覚がないのか悔しく思う。
「まるでウートラ君が落ちてくるのをしってたみたいに空にいたよね?」
地の長老竜が小首を傾げると、他の二人が驚いた顔で僕を見た。
「そ、それは…。ジェラーニヤに、今夜ウートラが落ちてくると教えられたからです。」
"ジェラーニヤ"という言葉に誰もが硬直する。
そりゃ、彼は昼の月になって以来、誰かと話すことは少なかったから驚かれるのも無理はない。
「まさか、闇の竜達は昼の月の思いに従って世界を混乱させようとしているのかい!?」
地の竜の男が叫ぶ。
「違います!! 昼の月は世界が滅ぶことを望んでいません!! 闇の竜もそうです!!
世界を混乱させようとしているのは"チェーニ"だけです!! 信じてください!!」
思わず立ち上がると、テーブルクロスの上に紅茶の染みが広がった。
「落ち着きなさい、ニシトー。」
水の長老竜の落ち着き払った声に僕はやりきれないものを感じながら座る。
それと同時に、隣に座っていたウートラが目を覚ました。
彼の赤い瞳が僕を見つめて笑い、小さな指が言葉を紡いだ。
『やっと会えたね。』


ウートラが僕のことを知っていた理由は、ウートラ自身もよくわからないらしい。
ただ、時々いくつかの異なる視線を空から感じていて、
その中でも僕の視線は友達になれそうな気がしていたと言ってくれた。
僕が嬉しさに声を上げて喜んでいると、水の長老竜がすかさずウートラに質問を始めた。
ウートラが言うには、彼の住むチャーチでも戦争が起きようとしており、
それを昼の月のラスヴェータの方が心配しているということである。
何故それを知っているのかというと、こっそりナムから教えてもらったらしい。
心配していた矢先、祭りの席で何者かに襲われ、ナムを助けるために竜の力を使ったのだが、
そのせいで追われる身となり、ただひたすら空へと逃げたらドゥルゴーイまで来てしまったというのだ。
とても単純なことだが、やるには恐ろしいほどの力が必要だ。
ジェラーニヤの言っていた、"力そのもの"という言葉を思い出し震えてしまった。
ウートラはこの争いで昼の月が世界を滅ぼしてしまうのではないかと心配し、
どうにか助力して世界を助けて欲しいのだと言う。
だが、誰にも何も言うことはできなかった。
チャーチ以上に、ドゥルゴーイは混乱と争いの只中にあるからだ。
ジェラーニヤとラスヴェータは、こんなにも早く世界の幕をひきたくはないからこそ、
夢に立ったのかもしれない。
なんて、哀しいんだろう。


暁がやってきて、僕は絶望した。
住処に帰るにはもはや時間がないし、住処に帰ったところで"チェーニ"が追い出すに違いないことは分かっていた。
ここで朝日と共に死ぬに違いないと思うと、涙が零れた。
「死に…たく…ひくっ…ないのにっ。」
僕が明るくなり始めた空を見上げて泣き始めると、ウートラと地の長老竜ルドニークも一緒に泣いてくれた。
僕たちはもうすっかり友達になれた気がして、一緒に泣き続けていた。
朝日に焼かれるのを感じながら、僕は死を確信した。
不意に地面から体が離れるのを感じて驚く。
ウートラとルドニークの手から離れ、僕は空へ空へと連れ去られた。
瞬くうちに彼らの姿は小さくなり、僕は空の高みへとやってきた。
一体何が起きたのか、よくわからないうちに、僕は闇へ飲み込まれた。


「ここはどこ?」
上下左右を感じさせない空間に、僕の声が反響する。
「昼の月の中だ。」
どこからかそんな声が反響してきた。
聞き覚えのある声に僕は振り返る。
「ジェラーニヤ!?」
「ラスヴェータに無理を言って、君を俺たちの中へ入れたんだ。」
「何故?」
一面の闇の中で僕以外の輪郭は無い。
また、どこからか声が響いてきた。
「あのまま死にたかったかい?」
僕は首を横に振る。
「まぁゆっくりしてなよ。焼け爛れた体が癒えるまで。」
それだけ言うと、ジェラーニヤの気配が消える。
後はただ、どこまで続くのかわからない空間が存在するだけ。
本当に死んでいないのか、不安に思いながら、思い出したように覆いかぶさってきた眠気に引きずられ夢へと堕ちた。


それからはあっという間に毎日が過ぎていった。
どこともつかない昼の月の内部で暮らしていると、この世界の外も見えるようになった。
遥か昔に長老竜が逃げてきた世界は見えなかったが、それでもこの世界のいびつさを思うと、
時折見える別の世界は美しく輝いて見えた。
また、僕はドゥルゴーイにも注意を向けた。
水の長老竜と地の長老竜に守られたウートラを、なんとしても自分達の戦力にしようと考えていた、
炎の長老竜と風の長老竜が、見る見るうちに殺意を忘れて行く姿は驚きに値した。
なんのことはない、彼らの殺意と怒りを煽っていたのは"チェーニ"だったのだ。
古い幻術をいち早く身に着けていたわけである。
ウートラは無意識のうちに様々な術を無効化する能力があるらしい。
今では、何故争いに発展したのかと多くの者が首を傾げ、穏やかな生活を始めようとしている。
おかげで、ここ数年、開かれることのなかった長老会まで開かれた。
でも、"チェーニ"は参加しなかった。否、参加できなかった。
ウートラを交えて開かれた長老会へ出席すれば、己が纏う様々な術が解かれてしまうことに気づいていたからだ。
こうして、ドゥルゴーイの争いは急速に衰退していった。
一方で、ウートラの願いに竜達は一致団結することを誓った。
つまり、竜の力を使ってチャーチの戦をおさめることである。
問題はどうやってドゥルゴーイとチャーチを隔てる空を越えるかだ。
意外にも、その話し合いに助力したのは"チェーニ"意外の闇の竜だった。
腑抜けだと思っていた彼らは、世界が滅ばない為の助力は惜しまないと言ってきたのである。
僕は、槍が降るのではないかと驚きながらも、やっと闇の竜が前向きに世界に関わろうとしたことを喜んだ。
闇の竜達が頭を寄せ合い算出した結果、空を渡ることは可能だが、
それには多くの竜の力が必要で、しかも空を超えられるのはウートラや長老竜と言った、
力のある竜だけだという。
僕は少し悔しかった。
もしも空を渡れるならば、ウートラの住むチャーチに行ってみたかったからだ。


そうこうしてウートラがドゥルゴーイへやってきて一月が経った。
とりあえずウートラと"チェーニ"を除く長老竜全員で空を渡ることになった。
この世に住まう竜達が空を見上げ、薄紫に染まる暁前の空に力をぶつける。
世界が揺れ、僕が入っている昼の月も激しく跳ねた。
薄紫の空に夕暮れ空が見えた。
ウートラを先頭に、長老竜達が夕暮れ空へ飛び込もうとしたが、力が足りなかった。
ウートラと風の長老竜だけが空を超え、後の長老竜はドゥルゴーイの大地へ落ちた。
命に別状はなかったが、今すぐに長老竜を送ることはできない。
というのも、三日後、仕事を終えた彼らを迎えるためにもう一度空に穴を開ける準備をしていたからだ。
何故三日かというと、それ以上は竜の身で生きていられないほど、チャーチが難しい場所だからである。
ウートラ意外にチャーチの現状を知るものはなく、対策も講じていなかったのに、
どうしてウートラとプレッツリヒだけでどうにかできるだろう。
ドゥルゴーイの竜達は悲観した。
きっと、世界は滅びてしまうのだろう、と。


ウートラに連れられ、プレッツリヒが現状を知ろうとチャーチを飛び回っているのを見ながら、
どうしてこんなことになってしまったのだろうと思っていると、声を掛けられた。
「チャーチへ連れて行ってやる。今から言うことをやって来い。」
輪郭を持たないジェラーニヤの言葉を、僕は頭の中に叩き込んだ。


それから後は話さないけど、とりあえず今のところの世界の危機はどうにかなった。
プレッツリヒと共に帰ってきた僕を待ち受けていたのは、"チェーニ"だった。
「プレッツリヒ、お帰りなさい。」
するりと腕を絡めとり身を寄せる"チェーニ"。
まずい、幻術を纏ってるぞ!?
僕は慌ててプレッツリヒと"チェーニ"を引き剥がす。
「"チェーニ"!! 復讐の為にプレッツリヒを惑わすな!! 彼は道具じゃない!!」
その言葉にプレッツリヒの顔が青ざめる。
「本当なのか? チェーニ。」
"チェーニ"が笑う。ただただ笑う。笑いながら涙を流して。笑う。
涙を流すなんて、おかしい。
「チェーニ、自分を愛してくれたのは嘘だったのか!?」
あぁー、青春してるよ、風の長老竜。
周囲を見回すと、いつの間にか僕たちは翼ある竜達に取り囲まれていた。
風の竜達も炎の竜達も闇の竜達も、皆、"チェーニ"が元凶であることを知っていた。
信じようとしなかったのは"チェーニ"を愛しているプレッツリヒだけだ。
姿を晦ましていた彼女が、こうして皆の前に姿を現すのを誰もが待っていた。
"チェーニ"を処刑する為に。
長い沈黙の後、"チェーニ"が顔を上げた。
切ないほど綺麗な笑顔で涙を零しながら口を開く。
「…愛していますよ。」


"チェーニ"の処刑は、己の起こした事に対する罪の意識を自覚した後に行われる。
今、彼女は孤島の牢獄に閉じ込められ、日々静かに暮らしている。
彼女の元を訪れるのはプレッツリヒだけだ。
夜毎、勤めを終えたプレッツリヒだけが、彼女の元を訪れる。
彼女の起こした罪を知ってもなお、術が解かれてもなお、プレッツリヒは彼女を愛し続けている。
その様子を遠くの水面から見ていた僕に、水の長老竜が声を掛けた。
「寂しいのですか? 闇の長老竜。」
僕は首を横に振る。
「違うよ、水の長老竜。哀しいんだよ。」
「母親を奪われて?」
「違う。」
水の長老竜が"わからない"という顔で僕と牢獄を交互に見つめる。
「竜ほど深い愛情を持って誰かに縛られる生き物はいないでしょう?」
夜空に緑がかった黄色い月が浮かんでいる。
青ざめた昼の月とはだいぶ違うけど、僕はこちらの月の方が好きだ。
御祖父様の瞳から出来た、夜の月の方が好きだ。
「その情の深さ故に誰かを傷つけ、世界さえ滅ぼそうとする。」
遠く見える大地では炎の竜が光を強め、朝が来るのを待っているのが見える。
彼らも孤独なのだ。闇という恐怖に耐えている。
闇の竜が、昼間の光に怯えて夜を待つように。
「そんな竜の一途さが哀しいなって思うんだよ。」
水の長老竜が小さな溜息を吐いて僕を見た。
深海色の綺麗な瞳に僕と夜の月が映る。
「でも、そういう風に生きていることも悪くはないと思うわ。
だって、一途な思いのおかげで世界は滅ばずに済んだのだもの。」
そう言って水の長老竜は海の中へ潜っていった。
なんとなく、彼女が中立な立場をとり続ける意味がわかった。
それは事なかれ主義でも、ひきこもりの理論でもない。
生きることの醜さも美しさも受け入れ、本当の意味での"生"を望む強い意思から来ているんだろうな。
「水の長老竜は強いな…。」
見上げた空は澄み渡り夜の月が輝いており、僕の瞳は昼の月もチャーチも見れる。
"チェーニ"が死んだら、月色の瞳の闇の竜は僕だけになる。
それは孤独なのか、それとも別の意味なのか。
ちっぽけで弱い僕には、まだ分からない事だらけだ。
「明日、母親に会いに行こうかな。」
どこか遠くの方から異界の風が吹き込んできたような気がした。



最終更新日 2007/01/13
感    想 長老竜ってほぼ世襲制なんですよね。