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愛することの意味は何? 愛することで何が得られる?
失った時の悲しみで胸が痛くて死にそうになる
愛することは本当に自由? 愛することで誰かが傷つかない?
それでも愛することが愛すことのできる者達の力だ
光が収束すると、そこには傷だらけの人間がいた。刀耀 凰火その人である。
「オ、オゥルスカさん!?」
「何故、貴様がここに!!」
ヴィスヨールイとプレッツリヒが目を丸くすると、凰火はおもむろに顔を上げる。
「首が痛いのだが。どうにかならんのか?」
冗談交じりの笑みに、二竜は顔を見合わせると、慌てて人間に化ける。
先程まで土の上を転がっていたおかげで、二人とも土まみれだ。
「酷い顔だな。嵐の中でも飛んできたか?」
凰火の言葉にヴィスは首を横に振る。
指摘されるまで、自分の顔がどれだけぐちゃぐちゃなのか考えもしなかった。
「ところでオゥルスカさん、どーしてここへ? というか、どうやって?」
「もしや、竜に腹を立てて総ての竜を滅する為に来たのか!?」
プレッツリヒが壊れかけた槍を生み出して構える。
彼の胸には、凰火の術でつけられた傷がありありと残っており、鎧も砕かれたままの状態だ。
凰火は苦い顔で首を横に振る。
「違う。俺はリベルテに頼られて、ヴィスを連れに来たのだ。」
これに驚いたのはヴィスヨールイだ。
「リベルテがボクのこと…心配してくれたんですか?」
目をしばたたかせ尋ねる。口にしてから、間違っていたらどうしようかと心配になる。
「あぁ。」
短い答えに、ヴィスは嬉しくなり両手を上げて、人ならぬ咆哮を上げた。
「何か起きたのか?」
若い闇の竜が、ラスヴェータと共にゆっくりと上空へと羽ばたいていると、
大地の方から甲高い咆哮があがり、気になりその場に静止する。
「炎の竜のおちびちゃんだわ。風の竜のプレッツリヒもいるわね。…異界の男もいる。」
ラスヴェータは読み取った心の声に驚きながら告げる。
「異界の旅人もだと?」
若い闇の竜の問いにラスヴェータが頷く。
「…地上にヴィスを連れていくためにこっちへ来たみたい。」
「そんなことができるのか!?」
突然、今までの決意が自壊しそうになるのを感じて、尻尾が垂れ下がる。
ラスヴェータは小さく頷いてから、少し思い悩んだ後口を開く。
「あたしはもう、"月"になる決意をしたわ。貴方はどうするの?」
ラスヴェータの問いに、若い闇の竜は低く唸った。
凰火もヴィスもだいぶ傷つき疲れた状態で、時空を渡る術を使うのは危険だとプレッツリヒは諭した。
凰火自身、今まさにその術を使って、プレッツリヒの言葉が正しいと痛感している。
暫く思い悩んだ後、プレッツリヒは奇妙な事を言い出した。
「自分を倒した時以上の術を持っていないか? 例えば、風や結界に衝撃を与えられる技だ。」
これに対し、己の技を思い浮かべると、いくつかそれに見合うものがあった。
どれも必殺技の類だが、ヴィスと共に時空を渡るよりかは現実的に見て可能だろう。
「確かにあるが、それがどうした?」
「異界人が空を切れば良い。他の世界と世界の壁より、地上とこちら側の壁は薄いはずだから。」
そう言ってプレッツリヒが足元に絵を描き始める。
「まず自分が前方を飛び風の盾となる。」
鳥のシルエットを描く。
「自分の後方を、異界人を乗せたヴィス君が飛ぶ。普通に飛ぶよりは風の抵抗は軽いはずだ。」
もう一つ鳥のシルエットを描き、その上に棒人間を描く。
「そして、境界線である"天上"についた瞬間、自分が合図し左へと避ける。
これと同時に自分も強い風を放って、できるかぎり壁を薄くする。」
先頭の鳥のシルエットの前にドーム状の壁が描かれる。
「その薄くなった部分に異界人は技を繰り出して切り、開いた穴に強引にでもヴィス君が飛び込む。
エネルギー量と、現在の不安定な上空の状態から可能と見た。」
ドーム部分に罰印を入れ、後方の鳥のシルエットからドームの向こうへと矢印を引く。
説明としてはわかりやすいが、お世辞にも上手い絵だとは言えない。
「わかったか?」
プレッツリヒの問いに凰火とヴィスが頷く。
口頭で説明しても良かったのだが、ヴィスが理解しない可能性が高かったので図をくわえた。
数百年も付き合っていると、ヴィスの理解力のなさと集中力のなさぐらい、容易に想像できるようになるのだ。
「では、すぐに…」
「おいっ!! ジェラーニヤ!!」
プレッツリヒの言葉を打ち消すように、漆黒の竜が舞い降りてきた。
「ちっ…ジェラーニヤじゃないのかっ!!」
ジェラーニヤより一回り小さい闇の竜が、悔しそうに舌打ちすると、また飛び立とうとした。
「ちょ、ちょっと、あなたは誰っ?」
ヴィスヨールイが興味本位で引き止めると、闇の竜は眉をひそめて振り返る。
「闇の竜ナヂェージュダ!! 俺は今、猛烈に怒ってるんだ!! 話しかけるなっ!!」
ナヂェージュダと自称する竜の声に、凰火はなんとなく思い当たる。
「もしや、以前ジェラーニヤの友と称した竜か?」
凰火の問いにナヂェージュダは振り返る。
「異界の旅人かっ!! おいっ、ジェラーニヤはどこにいる!? 俺はあの馬鹿を殴らなけりゃ気が済まん!!」
ナヂェージュダの怒声に空気が震える。
「落ち着け。一体何があったんだ。」
凰火の問いに、ナヂェージュダは自分のみっともなさを指摘されたように思い、小さく咳払いする。
どうにも腹の虫は収まらないが、それでもここで当り散らすのはプライドに関わるので、
居合わせた年若い二竜に倣って人の姿を取り、凰火と向き合った。
凰火は人間ではなかった。だが、そんなことは今のアターカにはどうでも良かった。
アターカは小高い丘の上で帰り支度を始めた一団に忍び寄る。
テントを畳み出発しようとしているのは、五人の選りすぐりの騎士と、王佐ことアターカの母だ。
アターカは彼女を殺すため、ここに居る。
副官も、他の三人の部下も失った彼女には、怒りの矛先を向ける相手が必要だったのだ。
それだけではない。
このまま彼女が国へ帰れば、結局はまた同じように国を操って民を苦しめると分かりきっていた。
だから、母親である王佐を殺すため、勢いを失った戦場からここまで駆けてきたのである。
疲れきった体に鞭打って、茂みに潜み機会をはかる。
馬の音が止まったことを不信がって、二人の騎士がやってきた。
別々に馬とその騎手を探し始める。
アターカは一人騎士を背後から抱きすくめ、相手の口を塞ぐと、左手に握り締めていたダガーで首を切った。
次に、少し細工をして木の上に隠れると、もう一人の騎士が仲間を探してやってきた。
仲間が死んでいる事に気付いた騎士が、驚いて顔を仲間の死因を調べようと膝をついた瞬間、
アターカは頑丈な蔦をおもいきりひっぱった。
すると、死体に隠すように設置していた縄が上へ上がり、騎士の首にひっかかった。
そのままアターカは木の上から降りる。
アターカの重みで、反対の端にひっかけていた騎士の首が絞まり、吊り下がる。
手に持っていた端を近くの木の幹に縛り付けると、騎士は宙吊りになって風に揺れた。
騎士を二人仕留めた。残り四人。しかし、これ以上潜伏しているわけにもいかなくなった。
騎士達が返事を返してこない仲間の様子を疑って、出発を早めようとしている。
少し先で待っている別の従者たちと合流されては、アターカでも一人では無理だ。
アターカは苦しい選択を迫られた。
ナヂェージュダが言うには、世界が分かれた事で、闇の長老竜の背に乗っていた闇の竜達のほとんどが死滅したらしい。
しかも、彼らが生まれてくるために必要な、魂の休息所である闇の泉も、
ごく小さなものがたった一つしか残らなかったそうだ。
そもそも、多くの闇の竜は明るいところに慣れておらず、こんな風に昼間が支配しては、
住処から出ることもままならないのだそうだ。
つまり、今回の出来事で、闇の竜達は絶滅の危機に瀕しているらしい。
それで、こんな結果を出したジェラーニヤに文句をつけたかったから、外に出てきたらしい。
「昼と夜が、地上とこちらの世界を交互に回るはずなのに、それができてないのも、きっとジェラーニヤが関係してるっ!!」
ナヂェージュダが顔を強張らせて空を見上げる。。
「あちらの空も見えるのか?」
「俺の目は特別製だからな。この世でこの瞳を持っているのは、もう片手で数えられるだけになったよ。」
悲しげなナヂェージュダの両目は、月と同じ緑がかった黄色だ。
「だが、そんな私怨でジェラーニヤを殴るというのか? 前もそうだったが、身勝手すぎるぞ。」
凰火の言葉にナヂェージュダは俯き膨れる。
「わかってるさ。わかっててもどうしようもないんだからしかたないじゃないか。」
「うわっ、闇の竜がダダこねてるっ!」
ナヂェージュダの蹴りがヴィスを吹き飛ばす。
「…君は本当に考えなしだなぁ。」
プレッツリヒの呆れた視線に、ヴィスは苦笑いを返した。
「ところで、何故ここに異界の旅人がいるんだ? それに、風の竜と一緒なのが気に喰わない。
そもそも風の竜の長老竜だけが生き残ったのも許せないんだ。
どうして、あんな立派な俺達の長老竜が死ななければならなかったんだと思ってしまってな。」
睨みつけられたプレッツリヒは、不愉快だという顔を返す。
「自分は風の竜の長老竜ではありませんので、怒りをぶつけられても困ります。
それに、ここに異界人がいるのは、炎の竜のヴィスヨールイを地上へと連れに着た為です。
現在、地上へ戻る為の行動をしようとしているところなので、邪魔しないで頂きたい。」
プレッツリヒの言葉にナヂェージュダが顔をひきつらせる。あと一言で喧嘩が勃発しそうだ。
「どっちもどっちだね! いいじゃん、気にしなくっても! ね、仲直り〜。」
突然二人の間に割って入ったヴィスは、二人の手を掴むと、強引に握手させる。
これに二人は呆れてしまい、握手こそしなかったが、お互いを許すことにした。
結局ジェラーニヤの居所を三人が知らなかったので、ナヂェージュダは肩を落としてしまった。
別れを告げて、さっさと探しに行こうとした瞬間、ふとあることを思い出す。
「おい、異界の旅人。何か願い事は無いか?」
突然の言葉に凰火は首を傾げる。
「何故に?」
ナヂェージュダは小さく咳払いをして話し始める。
「闇の竜はもしも、もしもだぞ? 誰かに助力してもらった場合、そいつの願い事を叶えるんだ。…できる範囲でだが。」
頬が赤く染まっている。
まぁ、何でも自分だけでどうにかしなければ気の済まないのが、本来の闇の竜なので、
こういう話はとても恥ずかしいことなのである。
「それで、一つだけ何か願い事を叶えてやる。また何時会えるかわからないからな。」
凰火は少し悩んだ後、プレッツリヒとヴィスヨールイを見た。
いま叶えて欲しい願いは特にない。
他人に叶えてもらおうなんて他力本願なことはあまりしないからだ。
しかし、これから実行しようと考えている事は、三人だけでは心もとない。
皆、それぞれ負傷しているし、何よりも、本当に凰火の技でどうにかなるかはわからないからだ。
そこで、ナヂェージュダに計画を説明し、協力するように求めた。
「そんなことで良いのか? 人間にしては欲のない奴だな。どうでもいいが。
で、計画を少し変えるぞ。俺が風の竜に代わって先頭を行く。風の竜は途中まで炎の竜と異界の旅人を運べ。
お前らの怪我だと、いくら時間があってもあの壁を越えられないからな。いいか?」
勝手に計画を変更した不遜さに、プレッツリヒは苦い顔で頷く。
「その方が合理的だな。」
「異界の旅人と、炎の竜もそれで良いな?」
凰火もヴィスも頷いたので、闇の竜は本来の姿に転じて翼を広げる。
「付いて来い。」
若い闇の竜は迷っていた。
ラスヴェータを通して、凰火達がどんな計画を立てたのかを知ったせいだ。
もしも計画が成功するならば、彼もその機に乗じて地上に戻れるだろう。
しかし、それではラスヴェータの"月"になるという決意を裏切る。
どうしようかと迷っていると、ラスヴェータは溜息交じりに腕を引っ張った。
「もーしょーがないわね! とりあえず彼らの所へ行こう!
一緒に行くにしろ行かないにしろ、異界の旅人に挨拶ぐらいすべきでしょ?」
ラスヴェータの言葉に頷き、彼らのいる空へと向かって翼を羽ばたかせた。
「見えてきた。あの辺りが一番この世界で薄いんだ。」
ナヂェージュダの言葉にプレッツリヒは頷く。
「確かに、自分でもわかるぞ。」
風となったプレッツリヒの背にはヴィスヨールイが乗っている。更にその背には凰火も乗っている。
ちょっと目にはかなり変わった姿だが、本人達はなりふり構っていられないほど疲労していた。
「それじゃ、俺が先に空間を歪めてもっと薄くするから、そこに集中攻撃を掛けてくれ。」
全員が頷くと、ナヂェージュダは勢いよく空の高いところへと飛び、
己の影から取り出しておいた闇色の鎌で切り裂こうと、鎌を振り上げた。
その瞬間、ナヂェージュダの体から闇が噴出した。
「ぐ、あっ…な、なんで…ぐぅっ。」
ナヂェージュダの目の前には切り裂かれた空間と、巨体を誇る風の長老竜がいた。
「長老竜!? 何故ここに!!」
「ちょっと異界に散歩しててね、この世界へ入ろうとしたら、
入り口で鎌を振り上げてる奴がいた。だから攻撃したまでだよ。」
相変わらずの鼻につく薄笑いを浮かべて答える。
「そ、そんな理由で、眷属である風の竜達が傷ついても世界を壊そうとしたんですか!?
なんで貴方のような身勝手な方が生きていて、他の長老竜が死んだんだ!!」
プレッツリヒは風の長老竜を睨みつける。
「私は世界で唯一、己を裂くことができる風だよ。死にそうな時の保険に体を裂いておいて正解だった。」
「それで、いまだ世界は安定していないんですね。」
風の長老竜を睨みつけながらも、ナヂェージュダの様子を伺う。
「ははは。それにしても、見知った顔ばかりだね。」
くすくすと笑う風の長老竜の前で、ナヂェージュダはぐったりとして痙攣している。
凰火達からは見えないが、風の長老竜の腕がナヂェージュダの腹に刺さっているようだ。
「異界散歩とは優雅だな。多くの命が失われた後だというのに。」
凰火の手痛い言葉に風の長老竜は喋りながら姿を変えていく。
「やぁ、刀耀 凰火君。それとも、耀 凰火君? あるいは、アスラかな?」
にやりと笑う人間の娘に、凰火は絶句した。
「み、岬…。」
ヴィスとプレッツリヒが凰火に視線を向ける。
「ミースァキ? 知り合いですか?」
風の長老竜の趣味の悪さを知るヴィスの問いに、凰火は小さな声で答える。
「娘だ。」
凰火の顔は怒りで歪み、感受性の乏しいプレッツリヒでさえ顔をひきつらせている。
「さっさと元の姿に戻れ。不愉快だ。」
押し殺した声ではあるが、そこに含められた殺意は計り知れない。
風の長老竜はにこりと微笑んでナヂェージュダを手放すと、首を横に振った。
「嫌だね。私はやっとこの世界という束縛から解放されたんだ。誰の言葉も聞くものか!」
ナヂェージュダが落ちていくのを身ながら、プレッツリヒは苦虫を噛んだ。
ここで彼を助けに行けば、ヴィスヨールイが落ちるからだ。
強気な事を言っているが、ヴィスの体では暫くまともに飛ぶことは不可能のはずだ。
闇の竜が空と大地の中間近くまで落ちた頃、別の黒い影が横切り、ナヂェージュダを捕まえた。
「あ、ジェラーニヤ!」
ヴィスが声を上げた瞬間、別の場所から声がした。
「あなたの望みは、自由に異界まで吹くことだったわけね。それで世界を壊したかったんだ。ふ〜ん。」
やや怒気に満ちた声は、光の竜ラスヴェータである。
風の長老竜の顔がひきつる。
「悪いかい? 愛の為に世界を壊す奴らよりかは利口だと思うけど。」
「おいっ! しっかりしろ!!」
若い闇の竜が、ぐったりとしたナヂェージュダを揺さぶる。
「はは、俺って…だ、だらし…ないな…。」
ナヂェージュダが笑い声を上げる。
「喋るな! まだ闇の泉につければ大丈夫だ!!」
「ばーか。たった一つ…残った…い、泉は……ずっと遠く、なんだぞっ…!」
この言葉に若い闇の竜の顔がひきつる。
「君がさ……闇の…世界を……壊したって…殴り…たかったんだ。」
軽口交じりに持ち上げようとした腕は、もう持ち上がらない。体中が動かない。
「ジェラーニヤ…俺たち…生まれた…時の…覚えて…か?」
若い闇の竜が小さく頷く。
「覚えてるとも。俺は君より少し早く生まれたんだ。卵から出た直後、俺は闇の長老竜にこう名乗った。
"俺の名前はジェラーニヤ! 願いという名の闇の竜!"
そのすぐ後に君が生まれてきて、闇の長老竜にこう名乗った。
"俺の名前はナヂェージュダ! 希望という名の闇の竜!"」
その言葉にナヂェージュダが笑う。
「それからずっと腐れ縁だった。同い年の闇の竜なんて滅多にいないからさ。
君はいつでも俺より慎重になりすぎてしくじるんだ。その癖、ものすごくタイミングが悪い。
大きなミスを見つけられて、見知らぬ闇の竜にまで怒られたりさ、
計算しつくしたタイミングでやったのに失敗したりとか。」
「今回も…そうだっ…。俺は…いつも……できが悪く、て…お前が…うらやましかった…。」
自分にはできないことができて、自分よりも才能に溢れるジェラーニヤが、いつも羨ましかった。
努力しても、それが実を結ぶことは少なかった。所詮、才能と努力では才能の方が強いのだと、悔しかった。
「そんなことは無い。俺にはできない、努力や我慢を君は難なくこなした。
俺だって君が羨ましかったんだよ。実際に闇の長老竜が気にしてたのは、俺ではなく直系である君だったのだし。」
その一言にナヂェージュダは救われたような笑みを浮かべて、目蓋を閉じた。
「ありがとう。…今日は、先に…眠るよ…。おやすみ。」
「あぁ、おやすみナヂェージュダ。君に天空の道理の微笑を。」
若い闇の竜は優しく死者の旅路を祈った。
二竜が睨み合う中、若い闇の竜がナヂェージュダを抱えて凰火達の隣へやってくる。
「その竜、大丈夫?」
ヴィスが首を伸ばしてナヂェージュダを見ると、その顔は実に安らかで、呼吸のわずらわしさから開放されたようだ。
「風の竜の長老竜、貴様がやったことは全ての道理にそぐわない。」
若い闇の竜の怒りは凄まじく、睨み付けた瞳だけで、心臓の弱い者ならば死にそうだ。
凰火も、プレッツリヒも、ヴィスも、ラスヴェータも、誰も彼を許そうとは思ってもいない。
次に誰かが動けば、その時こそ風の竜の長老竜を全員で殺しに掛かるだろう。
全員の視線を浴びて、風の長老竜は冷や汗を流す。
いくら自分が健康体とはいえ、怪我をしている彼らを全て相手にするのは部が悪い。
ここは戦略的撤退をしようかと、背後の空へ手を伸ばし、止まり血を吐く。
全員が緊張し、何が起こったのかを見定めようとした。
「な、なんで…? 生きて…たの…か?」
そう言い残して風の長老竜が息絶え、ただの風となって世界に散った。
「死んだ…。」
プレッツリヒが沈痛な面持ちで顔を上げる。
殺したいほど憎くても、相手は上司で大伯父だ。複雑な気持ちになるのも仕方がない。
「ペール!?」
ラスヴェータと若い闇の竜が驚きに目を見開く。
銀髪の老人は人好きのする笑みを浮かべ、手話で話しかけようとしてやめる。
「風のひよっこの企みは闇のと話をつけておったからのぉ。ワシが最後を看取ることにしておったのじゃ。」
「で、でも、あなた人間じゃ…。」
ラスヴェータの問いに老人が苦笑する。
「お前、自分の父の顔を忘れたな?」
言われてラスヴェータは老人をよく見る。そして顔を真っ赤にした。
「だってパパが人間に化けるところなんて、あんまり見たことなかったんだもん!!」
ラスヴェータの可愛らしい言い訳に、その場にいた他の者達が顔をひきつらせる。
「今、パパって言ったよね? あの年で?」
ヴィスの頭を、ラスヴェータの赤い触手が叩く。ものすごく痛そうだ。
「君の学習能力の無さはどうにかならないのか?」
プレッツリヒがヴィスを背負いなおして溜息を吐く。
老人が小さく咳払いをすると、ラスヴェータは顔を背ける。
「さて、お初にお目にかかる、凰火殿。ワシは光の竜の長老竜じゃ。ラスヴェータの父でもある。
故あって今まで人として暮らしてきたが、もうそれも終わりじゃ。」
誰もが驚く。まさか光の竜の長老竜が生きていたとは思わなかったのだ。
だが、それならば色々とつじつまが合ってくる。
何故、長老竜達が今まで死なずに生きてこれたのか、光の竜の長老竜がいないのに世界が動いてきた理由。
そして、ラスヴェータが、世界分断という大きな術を使っても死ななかった理由が。
「今や他の長老竜のいなくなったこの世界を牛耳る気か?」
凰火の鋭い言葉に、老人は優しく笑い返す。
「違う。ワシもこれから世界の柱として死ぬ定めじゃ。仕事が残っていて遅れたがのぉ。
ラスには悪いことをした。せめて娘であるお前にはもっと早くに自分の正体を明かしたかった。」
その言葉にラスヴェータが苦笑して、俯いた。
「一体、なんなんだ? お前たちは!!」
さすがの凰火も耐え切れなくなって叫んだ。不条理な世界に、そのままの問いをぶつける。
沢山の命が失われた。
それは、竜のせいでも、人間のせいでもあり、凰火の責任でもある。
思い返せば、何もかもが不条理だった。それでも、誰もが必死で生きてきた。
なのに、絶大な力を誇る竜は、己の勝手だけで世界を壊したり、助けようとしたり、分けたりした。
「お前さんが思っている通りの、身勝手で理不尽な生き物じゃよ。それでいいじゃないか。
他の長老竜達に代わって礼を言う。今まで、我々の世界に力を貸してくれてありがとう。そして、さようなら。」
凰火が反論する前に、老人は世界に溶け消えた。凰火も竜達も驚いて世界を見た。
突然空が暗くなり始め、夜がやってくるのがわかった。
「死の向こうに生があるように、夜の向こうに朝がある。昼の空の青さは光の竜の力だったんだね。」
ヴィスの呟きにラスヴェータが小さく泣いた。
「いけません、世界の厚みが増します!! いま壊さないと、もう地上へは行けなくなります!!」
プレッツリヒがパニック状態に陥っているのだと理解しているのはヴィスだけだ。
ともかく、全員が慌てて体制を立て直す。
「ラスヴェータ、力を貸してくれ。」
「地上に戻るの?」
「いいや。だが、彼らだけでは壊せない。ほんの一瞬通れる裂け目で良いんだ。」
若い闇の竜の言葉にラスヴェータは頷く。
「はい注目! よ〜く聞きなさい、ひよこちゃん達。あたしと闇の竜が壁を壊すから、
プレッツリヒくんはヴィスくんをオウカくんごと地上へ投げる。わかった?」
「は〜い!」
ちゃんと返事をしたのはヴィスヨールイのみである。
隣を羽ばたいていた若い闇の竜は凰火に手を伸ばした。
「俺とラスヴェータは、今から月になる。もう礼をしてる時間もない。
だから、これを受け取ってくれ。使い方は、そのうちわかる。」
凰火は差し出された闇色の玉を受け取りながらも、あまり良い顔はしない。
闇の玉に良い思い出もないのだから仕方がない。
「闇のおチビちゃん、急いで!!」
「安心しろ。それは大丈夫だ。…今までありがとう。」
気恥ずかしそうにそれだけ呟くと、若い闇の竜はラスヴェータの隣へ飛び上がる。
二竜は静かに目蓋を閉じて、空に両手を突き上げた。
闇と光がじわりじわりと空の壁をへこましていく。
どちらの顔も苦痛にもだえているところを見ると、見た目ほど簡単なことではないようだ。
「は、早くっ!!」
ラスヴェータの言葉に、プレッツリヒは頷いて、光と闇に侵食され青空が斑に覗き始めた空の一角まで全力で飛ぶ。
「異界の旅人!!」
「オゥルスカさん!!」
「異界人!!」
「オウカくん!!」
全員の声に凰火は息を吸い込む。
どんなに腹が立つ世界でも、どんなに最低な竜達でも、それでもこの世界で一生懸命に生きようとしている。
愛する為に。
「刀耀一刀流・究極奥義! 一閃ッ!! 星薙の太刀ッ!!!!」
アターカは馬に跨ったままで、立ち塞がった騎士の一人を刺し殺した。
こういう時、甲冑をしていない馬鹿は楽チンだなどと心の底で思う。
騎士の胸から剣を抜き、その隣にいた騎士の上に駒を進める。
馬に蹴られた騎士は、額を押さえながらその場にしゃがみ込み、馬に踏み潰された。
その瞬間、真上に向けていた騎士の剣が馬の腹に刺さる。
馬は悲鳴を上げてアターカを振り落とすと、その場でのた打ち回り絶命した。
転げ落ちたアターカに最後の騎士が剣を振り下ろす。
すかさず回転しこれを避けるが、剣を取り落とした状態では戦えない。
先に倒した騎士の手から剣を奪い、最後の騎士に切りかかる。
しかし、相手は精鋭であり男で無傷だ。傷だらけでくたびれた女の身で相手をするには不利である。
一瞬、轟音が鳴り響いた。あまりの音に騎士の注意が逸れた瞬間、アターカの突きが彼の腹を凪ぐ。
黒い外套がより深い黒へと変色していくのを見ながら、アターカは剣を抜いて王佐の前に出ようとした。
しかし、背後から右腹を裂かれてその場に膝を折る。
肩口から覗けば、最後に相手した騎士が、震える手で剣を握っていた。
アターカは運命の無常さを笑いながら走り出した。痛みさえも無視して。
そこに母親がいるのだ。自分を生んで、自分を殺そうとした、自分を道具扱いしかしない母親が。
腰を抜かした王佐の前に立ったが、もはや体はほとんど使い物にならない。
背後で、最後の騎士が倒れた音を聞いた。もう邪魔者はいない。
「わ、わたくしを殺すならば、お前は死よりも辛い思いをするのだぞっ!?」
「残念だな。私は死よりも辛いことなどいくらでも知ってるし、もう感じているんだ。今更後悔はしない。」
「や、やめてっ!!」
「親の愛を知らずに育った子供の悲しみを知れ。」
振りかざした剣が、王佐の心臓を串刺しにした。涙を流しながら息絶える女を見て、アターカは小さく笑って涙した。
「この世に神はいなかったんだ。」
意識が遠のくのを感じて、その場に仰向けに倒れる。
「こんなことなら、妻子持ち相手でも"好き"ぐらい言っとけば良かったな。」
軽口を叩きながら、空を見上げる。黒い鬣のヴィスヨールイが空の裂け目から落ちてくるのが見えた。
その背には凰火も見える。
(嫌なことの方が多かった人生だが、愛しいと思える誰かに会えて良かった。
リベルテとの約束は守れないけど、きっと彼女ならヴィスと上手くやってくはず…。)
澄み渡った秋空は高く、アターカの開ききった瞳にきらきらと映った。
空の真ん中から落ちてきたヴィスに、リベルテは驚く。
轟音と共に裂けた空から竜の姿のヴィスヨールイが凰火を乗せて落ちてきたのだから無理もない。
すぐさま地上に降り人に姿を変じたヴィスへ走り寄った。
「ヴィスっ!」
リベルテが抱きつくと、ヴィスは顔を歪めた。
リベルテに抱きつかれたことは嬉しかったが、体中の傷がズキズキうずいて痛かったのだ。
それでもヴィスは優しい笑顔を作ってリベルテを見下ろす。
「オレンジの髪の乙女を置いておくには、地上は少し危険だろ?
純潔の花を守るために騎士はいつだって駆け戻るんだ。そう、君を守り愛する為に。」
力強く抱きしめたリベルテは、小さくて柔らかくて、とても脆く感じた。
二人が抱き合う隣で、凰火が膝をつく。
さすがの凰火も疲れきってしまい、体中が休むことを求めたのだ。
「ちなみに、オゥルスカさんが助けてくれたんだよ。今更ですけど、オゥルスカさん、ありがとう。」
リベルテの背を撫でながら、凰火に礼を言う。
「オゥルカ、ありがとう。」
つられてリベルテも凰火に礼を言う。
座ってしまってから言われた凰火は、僅かに眉を潜めて気恥ずかしそうに頷いた。
不意に誰かが悲鳴を上げる。
「そ、そそ空にぃぃぃ!!」
奇妙な叫び声とざわめきが"約束の地"に広がり、リベルテも空を見上げる。
「月が!」
白く小さな月が、真昼の空に浮かぶのをリベルテは指差す。
その言葉に、ヴィスも凰火もゆっくりと空を見上げる。
青く澄んだ空に、悲しげな満月が浮かび、静かに地上を見下ろしている。
「あれはね、ジェラーニヤとラスヴェータだよ。」
そう言ってヴィスは月に礼をしてリベルテを抱きしめる。
今ここで彼女を抱きしめていられるのは、彼らのおかげだと知っていたから。
凰火は懐にしまった闇の玉を月に翳す。
中には白い星が三つ光っていて、禍々しさも邪悪さもない。
「馬鹿な弟子だった。」
凰火の呟きに玉の中の星が煌いた。
三国が国王を亡くし、パーズドビシャを中心とする民主国家として一国に集約することとなった。
竜の関与があっただけに、反論する者も多かったが、他国からの侵略を防ぐためにもその話は一時凍結した。
全軍が"約束の地"を経ったのは三日後のことである。
話し合いもあったし、兵士の死体を埋めなければいけなかったからだ。
そこで明かされたのは、セルフヴォラン国の王佐の死である。
主犯と見られるアターカも近くで死んでおり、リベルテ達はセルフヴォランとのつながりを失った。
擁護者のいない彼らに、様々な追求の手が伸びた。
何せ、ヴィスヨールイは竜である。凰火も人ならぬ力を持つものだ。怒りの捌け口になりかけた。
その姿に心を砕いたのは、以外にもナムだった。
ナムは彼らを自軍の陣地に呼び寄せ、特に何も聞かずに擁護した。
擁護先には、これまた様々な追求を受ける身であるミェースチことクーリツアもいた。
彼らは昼の月となった二竜が、どれほどの決意でヴィスの手助けをしてくれたのかを聴いた後は、
特に何も関与はしてこなかった。
たとえ自分の大切な竜が帰ってこなかったとしても、ヴィスとリベルテを責めることができないと、二人は笑っていた。
"約束の地"での出来事から一週間が経過した。
体調が安定してきた凰火は、旅立つことにしていた。
これ以上、この世界に留まる必要も義務もなかったからだ。
その旨をリベルテとヴィスに話すと、二人は凰火を引き止めなかった。
「ジェラーニヤみたいに、これといった贈り物もできないけどね。」
困った笑みを浮かべて、リベルテが言った。
傍らでは、顔色の悪いヴィスヨールイも笑っている。
彼の怪我は思ったよりも悪かったらしく、治りが悪い。
その上、世界を分けてしまったために、栄養価の高い食料が手に入りにくいのが、
治りの遅いもう一つの原因である。
「本当にお世話になりました。今までありがとうございました。」
リベルテと、ヴィスに見送られて、朝焼けを受けるキャンプ地を背に凰火はこの世界を後にした。
僅かに見上げた空では、昼の月が朝日と共に白く光っていた。
最終更新日 2007/01/13
感 想 凰火さんお疲れ様でした。
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