ある世界の物語

47

 

迷わずに進むことはできない 誰もが生きて心を痛めているから
未来は無限に開かれているのに 目の前に迫った争いを回避できない
迷わずに進めたところで苦しむだろう みな別の立場にいるのだから
過去は永遠の鎖となり人と人を結び 無情にも死の鎌は振り下ろされる


王家の血を引かない男、傭兵ノーミル率いる革命軍が制圧したパーズドビシャ国は、
此度の"約束の地"での戦いに参加する人間を、革命軍から選出した。
革命軍に参加していた兵士の多くはパーズドビシャ人であり、並みの武人以上だったからというのもあるが、
何よりもナムと多少でも付き合いがないと、ナム自身に切られる行動を取りかねない為だ。
ナムの場合、悪口を言われてもあまり気にしないが、自分の楽しみの邪魔をする奴には容赦がない。
それをいちいち説明する時間も体力も惜しかったので、革命軍から選抜したというのが強い。
ともかく、王城を出発したパーズドビシャ軍は"約束の地"までの道程を半分ほど消化した所だった。
先頭を進むのは、ナム隊こと、ナム、クロ、カールタ、カデット、ペール、チャコ、
ラスヴェータ、クーリツア、ケーリーだ。
この9人は、指揮、前衛、特攻、後衛、作戦実行までなんでもこなす、
これだけで一つの師団として動けそうな面子である。
ナムを隊長に、戦闘においては、特攻がクロ、前衛がカールタ、チャコ、ラスヴェータ、
後衛がペール、カデット、その後方に控える呪術師部隊を纏めるのがケーリーで、
クーリツアは全体の情報処理に回り、現状をいち早く判断し作戦の修正をしてくれる。
また、作戦を考える時は、ナムが"これをこうしたい"等と問題を提起し、考えることは他の8人に任せている。
というのも、人種も年齢も出身地も場合によっては種族さえ全く異なるメンバーであり、
なおかつ誰もが並以上の頭を持っているので、ナムは最後に提示された方法の中から一番好きなものを選べば終わりである。
この方法は一見、ケーリーやチャコやペールと言った普段は話し合いの中核にいない者には辛いように見える。
しかし、意外とケーリーがしっかり発言するものだから、つられてチャコも発言する。
ペールは見落としのある部分を多少指摘するだけだが、その指摘の多くが取り入れられている。
そんなナム隊の右前を陣取り進むラスヴェータが、クーリツアの馬に近づく。
「ねぇ、もしもこの争いが終ってしまったらどうする?」
最初は戦争をごたごたにするつもりだったが、この分では戦争が終結しかねない。
それも、人外の力で。そうなった場合の事を考えて、なんとなしに聞いてみたのだ。
もしもクーリツアが戦争を終らせて、静かに暮らしたいというならば、
自分の寿命を縮めてでも世界を二分する、それもまた良いと最近は思えてきていた。
ただ不安なのは、風の長老竜がこのところ姿を現さないことだ。
彼の企みがわからない以上、下手に動いてクーリツアに危害を加えられたら困る。
他の長老竜達は、まだ大丈夫だろう。否、闇の長老竜の言によれば、
世界を二分する為の協力をすれば、クーリツアの件も含め、長老竜達は一切咎めないと言っていた。
相手が相手なだけに信用できない面もあるが、風の長老竜の言葉よりかは真実味がある。
「そうだな…。」
この所は、混乱に次ぐ混乱を引き起こすよりも、純粋に作戦を立てて勝利を収めることが、
なかなかに面白くなってきていただけに、当初の目的である世界を壊すことは忘れていた。
いいや違う。
世界を壊したかったのは、自分がエルフの血を引くと認めず見捨てた母や一族への復讐や、
自分を奴隷として売り買いしてきた人間たちへの怒り、そして長い孤独のせいだった。
だが、今は共に生きて大切だと言ってくれるラスヴェータがいる。
自分を認めてくれる友人がいるうちは、死にたくないと思い始めていた。
それに、ナム隊の連中と、特にカデットやケーリーと女らしい話題で盛り上がるのも楽しくなってきていた。
戦時下でそんな暢気な事を考えてしまうのは悪いと思ったが、彼女の生きてきた場所はいつでも彼女に冷たかった。
特に、女ばかりの後宮は、廊下を歩くだけでも疲れがたまった。
だから、全ての辛い気持ちと別れて、自分でいられる生き方に固執しても良いと思えた。
「なに話してるの?」
カデットがひょっと口出ししてきたので、クーリツアは小さく驚く。
「も、もしも、この争いが終ったら何をしようかと話していたんだ。」
クーリツアが胸を撫でながら答えると、その言葉を聞いて周りが騒ぎ始めた。
「平和って奴か? そーなりゃカールタは絶対に大学行くんだろうな!」
ナムがゲラゲラと笑うと、カールタは顔を赤らめる。
「別にいいじゃないか! 私は家なし子だったんだから、金を貯めて大学に行きたいと思っても悪くないだろう!?」
カールタの頭の中に、パーズドビシャの大学へ通う己の姿が浮かぶ。
難しい講義を受けて家へ帰ると、戦闘服ではなく普段着にエプロンをしたカデットが、
"おかえり"と笑顔で向かえ、暖かな夕飯を二人で食べながら将来について談笑する。
そんな毎日が来てくれればなと思ってカデットを見たが、カデットは茶化すように笑っていて、あまり期待できない。
ただし、こういった考え方でいられるのは、勝てると思える状況だからだ。
もしもラスヴェータかクロのどちらか一方が抜けたら、こんな事は考えに上がるはずもない。
きっと今頃は神経性の胃潰瘍で倒れていただろう。
「将来は民主主義国家パーズドビシャで、国民の教育に力を入れます。」
ちょっと冗談っぽく文官の真似をすると、チャコが笑い転げ落ちそうになった。
「私も文官になりとぅおます。」
意外な仲間の出現にカールタはケーリーを見る。
ケーリーはナム隊の中では唯一の元パーズドビシャ兵だ。
色白で背丈の低い女性だが、お得意の呪術は遠見の術と幻術で、なかなか役に立つ。
彼女にとってのパーズドビシャは、母国ではない。むしろ、自分達の文明を潰した敵である。
今でも自分たちは全く違う人種であると思うことが彼女の誇りだ。だから思う。
いつかはパーズドビシャ人と同じように扱われ、無用に虐げられぬ地位を獲得したいと。
その為にも、ナムに負けられては困る。負ければ元の木阿弥だ。
最悪の場合、今以上にケーリー達呪術師を生む人種の地位はより低くなるだろう。
そして、反乱に加担したといわれて、命を失う羽目になるだろう。
「今まで私達呪術師は苦しい生活を強いられておりんした。せやから、それを改善しとぅおます。」
ケーリーの微笑みに、カデットが感心する。
「へぇ、カールタはわかるとしても、あんたすごいわね。他人のことまで考えて。」
脂肪よりも筋肉の方が魅力的な、姉貴タイプのカデットは小さく何度も頷く。
カデットにしてみれば、自分や死んだ弟プティのような孤児に邪険な態度を取る"社会"というものに興味は持てない。
はっきり言って、家族をないがしろにするような"政治"や"組織"が嫌いだ。
プティが死んだ事を思い出すと辛いし、今後、あんな不幸な死を迎える子供のいない国を作るのは良いと思う。
だが、それに積極的に参加できるほど、カデットは他人を信用していない。
ナムに拾われるまで、プティと二人だけで生きてきたせいもあるが、
自分の知らない人間や、自分の仲間ではない人間のことまでかまっていられないのだ。
だから反対に、仲間であり家族であるナムを失うわけにはいかない。
"約束の地"では、何がなんでもナムが死なないように戦うつもりだ。場合によっては、彼の盾になっても良い。
ナムは必要な人間なのだから。
「あたしは、家があって夫がいて仕事があって子供がいる、平凡な生活がしたいわ。」
乙女チックに指を絡ませ小首を傾げて見せると、チャコが手を上げる。
「俺もそれ賛成っス!」
これにカデットが好意的な笑みを見せたので、カールタは少し落ち込む。
チャコもまた人には言えない悲惨な過去を持った男で、
その時の恐怖からかまだ若い彼の髪には多くの白髪が混じっている。
それでも毎日を笑って生きているのは、信頼できる仲間と好きな女がいるからだ。
そして、相手もまんざらではないらしいとを薄々は気付いている。
戦争が終ったらと言わず、いまここで胸の思いを言ってしまおうかどうしようかと迷うところだ。
だがしかし、ここでそんな発言をしたら辛くなる。これから行く戦場は、今までで一番過酷だろう。
その中で、どちらかが命を落とせば、相手も自分も苦しむし、何より生き残った仲間も気を悪くする。
そもそも、カールタだって同じ相手を狙っているのだ。ここまで来て仲間割れはしたくない。
「今は金を貯めて、戦争が終ったら平々凡々な生活をして、家には女房と子供と犬の笑い声が響くんっス!
 もちろん夜には、女房と甘い時間を過ごすのが夢っスけどね。」
そう言って笑い飛ばそうとしながらも、ついつい顔を赤らめてカデットの方を見てしまう。カデットは笑ってそっぽを向いた。
「チャッピーもカデットも面白くないぞー!」
ナムは茶化しながらも自分の事を考えてみる。
平凡な生活をするにはあまりにも多くの人を殺してきた。今更一般人には戻れない。
仲間と別れるのは辛いが、クロがいれば傭兵家業だってまだまだ続けられるだろう。
できればパーズドビシャ王家の生き残りであるストラータジェームを養子にして、
王様家業なんてものはさっさと引退したいと思う。
民主主義な国作りの為に必要な法整備なんて、王宮にちょっとだけいたナムでも到底不可能だと思った。
引退した後は気ままにクロと二人旅をしながら、血と悲鳴と金の為に生き続ける。
なんだったら、悪人を殺す悪役系ヒーローとして世界を回るのも良い。
だが、それは今度の戦いが終ればの話である。
こちらには強い味方が何人も居るとはいえ、プシニーツァにはプレッツリヒとかいう槍使いの化け物が居る。
セルフヴォランには、アターカをはじめ、黒髪の化け物が二人も居る。
そのうちの一人は、どうやら以前出会ったあの異国の剣士のようだ。
異国の剣士や小さな少女に会って、もしもクロが裏切ったらどうしようかと不安に思う。
「とりあえず、平和になったら国王やめてクロと世界を旅したいねー。」
不安を隠すように言った言葉にクロが顔を背ける。どうやら恥ずかしがっているらしい。
ナムとこのままずっと一緒に旅を続けられれば楽しいと思えたが、それが、
現状では可能なのか不可能なのかもわからないことを知っていた。
もしも"完璧に"地上と別れる羽目になった時、自分が地上に残れるのかわからない。
そもそも、ラスヴェータが世界を壊すことを諦めていないとしたら、ナムの生死さえ危うくなる。
だが、それ以前に、若いと言っても力のある竜を二匹も相手にしてナムを守れるだろうか。
例えリベルテや凰火が、ジェラーニヤに戻れと言っても断る事はできるが、
プレッツリヒとヴィスヨールイの二人を相手にするのは分が悪い。
ふと振り返ると、ナムの粗野な笑顔とぶつかる。無精ひげが生えてオヤジ臭い。
でも、そんなナムがやっぱり好きだと思ってしまったクロは苦笑いをして答える。
「俺は、ナムが死ぬまで一緒にいたい。」
これを聞いて、クーリツアが静かに頷く。
「遅くなったけど、私も、死ぬまでラスと一緒にいたいな。」
世界を壊すことよりも、生きて、一緒に笑いたいという気持ちの方が大きくなったのだ。
クーリツアが微笑むと、ラスヴェータも優しく悲しい笑顔を返す。
「そうね。あたしもずっと一緒にいたいわ。クーリツア。」
世界は壊さない。世界が壊れないように、地上と二分する術に手を貸す。
クーリツアが生きることを望んだのなら、自分もその為に命を削ろう。
彼女の笑顔こそ、自分にとっての一番の宝物なのだから。
「はは、なんか照れるな。」
クーリツアは照れ隠しに周囲を見た。
後方で一人会話に参加していなかったペールと目が合ったが逸らされてしまった。
いや、故意ではないのかもしれない。微笑んでいるし。
そんな中、クロは急にある事を思い出して首を傾げる。
そう言えば、ずっと前に地上で感じた闇の気配はなんだったのだろう?
思えば、風呂場で封じられた時にあの気配を感じたからこそ、ラスヴェータにも強気でいられた節がある。
ふと見上げた空には、綿菓子のような雲が浮かんでいた。


各地から兵士を集めるなんて愚かなことをしてしまったと頭を抱えるセルフヴォラン国もまた、
"約束の地"へ向けて国王を始めとした部隊が進み始めていた。
相変わらず国王は剣術も護身術も下手で、見かねた王佐が教師が悪いのではないのかと試しに教わったところ、
国王よりも上達が早かったので、国王である弟が落ち込んでしまった。
それでも国王が逃げないのは、勤めだからではなく、
非戦闘員として付いてきている王佐とその警護の騎士5人に始終監視されているからだ。
もしも監視されていなければ、油でてっかり光る頭を隠しながら、小さな体をより縮めて逃げ出すことだろう。
しかし実際は、横に広い体が細まるような思いで、王佐である姉と向き合って、馬車に揺られている状況だ。
そんな叔父の姿を想像することなく、アターカは"約束の地"への道のりを歩いていた。
傍らには、プシニーツァ国から付き合ってくれている副官と3人の部下、そして、
異国の騎士凰火と、これまた異国の青年騎士ヴィスヨールイ、ポワッソン国のリベルテ・ネゴシアシオンだ。
他に同じ目的地を目指す兵士達と合流していたが、彼らがいなければ、
一行が本当にセルフヴォラン国の精鋭かどうなのか怪しくなったことだろう。
ここ数日は争いらしい争いもなく、同じような景色が続いていたので、
リベルテが詰まらなさそうな顔で話しかけてきた。
「ねぇ、アターカ。もしも、もしもだよ? 戦争が終ったら何する?」
リベルテには、戦争が終った後は、同士を集めて差別撤廃の為に一旗あげる都合がある。
その中にはヴィスは勿論の事、アターカも含まれているのだから大変だ。
凰火は戦争が終わり世界が一段落したら故郷に帰るという事を、なんとなしに聞いていたので、凰火は含まれない。
ともかく、ここでアターカのやる気が出れば良し、出なければ眠っている間に耳元で囁いて洗脳もありだ。たぶん。
そもそもリベルテにとって、戦場なんてものは嬉しくない現実だ。
今でも人が死ぬのは嫌だし、知り合いが人殺しをするのは耐えられない。
だが、それ以上に、この戦争を終らせれば、差別を受ける村々が焼かれる事は減る。
そして、大きな戦争の後だからこそ、国も疲弊し、戦争を起こした王侯貴族に対する怒りは絶大なはず。
そこを狙って、ちょっとした反乱軍を結成し王侯貴族を倒して、民主国家樹立への糸口を探るのだ。
誰も差別されない、誰もえばり散らさない、ドワーフの血を引く者にも優しい国づくり。
でもって、それも終った時は、どこかでまた商人をはじめたい。
そう思うと、未来は相変わらず骨が折れそうなほどしんどい。しんどいけれどやらなければならない。
こんな場所でじだんだを踏んではいられない。
それだけで頭いっぱいだったが、前を歩くヴィスの黒髪を見てジェラーニヤを思い出す。
ジェラーニヤが記憶を取り戻したら、一緒に戦ってくれるだろうか? 無理だ、ありえない。
プシニーツァにいるらしいプレッツリヒはどうだろう。やっぱり彼もダメだ。
自主的な行動が苦手なタイプに、革命なんて勧めても絶対に動かないだろう。
そんな彼らと戦場で戦う。
彼らはとても強い竜で、ヴィスよりも年上だ。凰火ならば勝てるかもしれないが、ヴィスはダメかもしれない。
いいや、ヴィスや凰火の身よりも、アターカや自分の方が死ぬ可能性が高い。
仲間だったじゃないかという説得も無理だろう。自分だって、仲間であるはずのスュー人や昔の従者を殺した。
突然、体の芯が凍え震えてきた。
「はーい! はいはい!! ボクはリベルテと結婚したいです!」
アターカが答えないのを良い事に、今がチャンスと手を上げるヴィスヨールイ。
これに笑ってくれたのは、後から合流した兵士たちだけで、
アターカ始め同じ部隊から来た全員が遠い目をして顔を背けると、ヴィスは本気で落ち込んだ。
彼にとって、リベルテへの愛情は本物である。
例え彼女に着いてきた理由が、それとは別のものであったとしても、今は本気で愛している。
そして、理性が打ち勝てないほどの欲求を感じてもいる。
勿論、リベルテを押し倒してないだけマシだが、
愛の言葉に魅力も美学もなくなってきていることは誰もが承知の事実である。
そんな彼にも悩みの種がある。
彼の祖母である炎の長老竜や、その長老仲間である風の長老竜、あとたぶん闇の長老竜にも、
彼が数え切れない失敗を犯した事がバレているということだ。
今のところ、お仕置らしいお仕置きといえば、リベルテとの仲を悪くするようなお願いと、
炎の長老竜に髪型をアフロにされたことぐらいで、まだマシである。
だがそれは世界中がごたごたしており、長老竜達も忙しいからだという事を薄々は気付いている。
それを思うと、リベルテの事とはまた違う意味で落ち込み、ちょっとだけ胃が痛くなる。
せめて今からでもジェラーニヤの記憶を戻せれば、少しは名誉挽回なのかもしれないが、そうもいかない。
記憶喪失中のジェラーニヤは、敵国であるパーズドビシャの兵士で、うかつに近づけば殺される。
体格的にも、体力的にも、どう考えたって彼に勝つのは不可能だ。
それに、プシニーツァには親友であるプレッツリヒもいる。
少し年上である彼は、腕力で劣ってもスピードは世界でも最高峰だ。構えている間にやられる可能性がある。
これでは、ジェラーニヤに気安く近寄って記憶を取り戻させるのは不可能だ。否、リベルテを守るのも困難になる。
プレッツリヒは、"仕事"ならばどんな事でも絶対に成し遂げる。例え、自分の気持ちに反しても。そういう奴だ。
だから、リベルテのことも躊躇いなく殺せるし、自分の事も殺せるだろう。
それ以前に、ジェラーニヤの記憶を戻す為のアイテムを凰火に預けてしまい、現在は手元にない。
返してもらえる状態でもない。どうしたものかと、問題の凰火に顔を向ける。
「オゥルスカさんはいーなー。奥さんと娘さんが居てー。だって、交…ごふっ!!」
凰火が腰に挿していた小刀の柄で、隣を歩くヴィスを叩く。
切りつけると喧しく泣きちらすので、最近は打撃攻撃が主体だ。
以前、ジェラーニヤの記憶を戻す為の玉だと言われ、ヴィスから預かった漆黒の玉は、彼の心を邪悪で満たした。
長い間封じてきた、邪悪な己が解き放たれ、正義を捨てて人を殺して回った。
だが今は、ゆっくりとだが、この邪悪を克服し始めた。
理由はわからないが、闇の玉そのものも力を失い始めている。
だからこそ思うのだ。
俺の罪は何なのだろう、と。
それは、生れた時に定められた邪悪な世界を裏切り、人として善であることを求めた己だろうか。
それとも、迷いから善人であることを止め、邪悪を纏って人を殺してしまった事だろうか。
はたまた、それ以外の事なのか。
重きを置くには、邪悪な自分も、善人である自分も、どちらも長く付き合い過ぎた。
選ぶのは苦しい。
何せ、どちらも今の自分を自分たらしめている過去なのだ。完全に否定することはできない。
もしも今、出会ったばかりの頃のジェラーニヤにあったら、何を言われるだろうか。
記憶を亡くしたジェラーニヤに、過去を取り戻すための玉を渡せるのは自分だけだ。確かめる方法はある。
まぁ、どちらでもいい。ジェラーニヤであろうが、そうでなかろうが、本気で戦える相手だ。
否、本気で戦わなければ苦しい相手だ。そして、目の前に立ち塞がった時点で敵だ。
"約束の地"では総ての迷いを封じて楽しむことにしよう。それ以外にもはやなす術は
「まったく、怒られることはわかるだろうに。いい加減、学習したらどうだ。」
アターカの言葉にヴィスは頭をさすりながらそっぽを向く。また同じ過ちを犯すだろう。
アターカは溜息を吐いて、リベルテの言葉の意味を考える。
どうせ、戦争が終ったら革命を起こすのに手伝えという奴だ。
王政を倒せるなら、それでも良いと思うし、民を思いやれる国は理想的だ。
だが、彼女は二つの王家の血を引いている。いくら王家を嫌い、彼らに嫌われていても、やはり王家の人間だ。
最後の最後では裏切ることができるかわからない。実際、今も国王の為に戦うべく"約束の地"へ駒を進めている。
もしも、母親から大切に思っているのだといわれたら、裏がどんなものでも胸が躍ってしまうのは事実だ。
どんなに嫌悪していても、振り向いてもらえなかった相手に認められるのは嬉しい。
こんな気持ちのまま戦争が終ったら、一体どうなるのだろう。
まぁ、ノーミルぐらいなら殺せるだろう。
彼に非がないとわかったとはいえ、自分よりも自由に近い場所にいる彼が羨ましい。
汚い思いだが、それでもノーミルは躊躇わずに切れるだろう。プシニーツァ王も同じだ。
だが、問題は狂人的な力を持つクロや、噂に聞くプレッツリヒである。
彼らと正面からぶつかった死ぬ。裏の裏のそのまた裏をかいた作戦を練って、慎重にやっても死ぬだろう。
彼らの前に立った場合、生きて帰るためにすることは一つ、逃げることだ。
何事も、命がなければ出来ない。逆に、復讐の為にも、革命の為にも、この戦争を生き延びなければならない。
どっちつかずの思いが、剣を曇らせることはわかっている。それでも決めかねている。
やはり、血の結びつきというのは、仲間とは別の意味で強い。
だが、こんな思いを打ち消さなければいけない。悩みの霧を頭から払わなければ生き延びられないからだ。
それにしても、プシニーツァと正々堂々と戦うなんて、一年前の私には考え付かなかっただろうな。
アターカは、父親の墓がある国であり、半年以上前に離脱したプシニーツァを思った。
そろそろ、畑一面に黄金の穂が実っているはずだが、今年は戦争のせいで刈り取られず、そのまま立ち枯れてしまうのだろうか。


ラスヴェータが身代わりにおいてきた人間たちは、相変わらず正体もばれずにプシニーツァ国で軍事に携わっている。
先日、王宮の中庭に落ちてきた風の竜プレッツリヒに警護され、
ラスヴェータとクーリツアの身代わりは、国王の乗った馬車の後ろの馬車に乗っている。
目的地は勿論"約束の地"だ。
三国協定に法り、三国同士での戦いは一時休戦状態であるとはいえ、
世界中で起きている戦争のおかげで、つい先程も隣国が国境侵犯をしてきたという報告を受けた。
さすがの国王も、今度の"約束の地"での戦いは間違いだったと思ったが、
今まで間違ったことを言わなかった占い師ディスールの言が、ここにきて突然的を外したのかと疑いたくはなかった。
占い師ディスールこと光の竜ラスヴェータは美しく、女癖の悪い国王としては、
地上に降り立った女神のような美しい彼女の言葉の全てを信じたかったのである。
だが戦況はどうだ? 最近では公にされている戦地でさえ負けが込み始めている。
国王が盛大に溜息を吐く馬車の隣に馬をつけて警護しているプレッツリヒは、思わず鼻を押さえる。
風の竜であるプレッツリヒは、とにかく空気に敏感だ。
人間の食事の臭いも嫌なのに、連日、肉と酒と女ばかり食べている国王の溜息なんぞ、馬車の外に居たって感じてしまう。
とにかく、今の職場環境は彼にとって最低最悪だ。
歩きながら糞をする馬に乗っているだけでも結構苦痛なのだが、この馬というのが曲者で、とにかく歩みが遅い。
否、人間は馬が早足で歩くだけでも置いていかれてしまうが、相手は風の竜のプレッツリヒだ。
風の竜と言えば、世界一早い翼を持つ竜である。その中でも二番目に強いのがプレッツリヒだ。
馬の歩みが遅く感じて腹が立ってくるのだが、一人先行することも許されていない。
元は、太陽を運ぶ風の護衛をまとめる任を追っていたプレッツリヒだが、風の長老竜と仲違いをしてしまい地上に落とされた。
そして任された新たな仕事は、プシニーツァ国の為に戦うこと。
意味不明な上に、はっきり言って面白くもなんともない仕事だ。自尊心だってたっぷり傷ついた。
だがしかし、彼にとっては"仕事"と"職場"があることが大切なのである。
だから、どんなに落ち込もうが、どんなに意識がぶっとぼうが、長老竜に命じられたことは守る。
プシニーツァ国軍として戦い人を殺すという、竜としてはイレギュラーな命令でもだ。
だが、今から向かう"約束の地"には、唯一の親友である炎の竜のヴィスヨールイが来るはずだ。
それも敵国セルフヴォランの兵士として。更に同国の兵士に異界の剣士凰火も来るだろう。
もう一つの敵国パーズドビシャには、クロと名乗る、闇の竜ジェラーニヤの化身もいる。
自分たちが暴れれば、人間の戦場はすっかり壊れてしまうだろう。それはどうでも良い。
だが、自分が死ぬのも、ヴィスヨールイが死ぬのも、お互いに殺しあうのも嫌だ。
ヴィスヨールイは自分よりも腕っ節は強いが、術は下手糞だし、訓練を真面目に受けないので武術もそこそこだ。
たかだか五十年程度では修練嫌いは治らないだろうし、真面目になったとしても、自分だってその間は真面目に修練している。
術も武術も、自慢ではないが自分の方が洗練されているはずだ。そしてスピードは、三人の中では一番速いと自身がある。
だから、消耗戦になる前に致命傷を負わせる自信もある。
そうなれば、自分が勝つ可能性が高い。否、勝たなければ自分の武人としての誇りを傷つける。
嫌だ嫌だと思いながら、唯一の親友を殺せる自分に嫌気がさしてきた。
結局、親友よりも自分の誇りを優先してしまうのだな、と、自虐的な気持ちになりながら、ふともう一人の脅威を思い出す。
占い師ディスールこと、ラスヴェータだ。
彼女はたった一人で世界の半分を壊せる光の竜である。
戦闘に参加しているのはパーズドビシャのようだが、戦争を促しているのはプシニーツァでの事だ。
"約束の地"ではどちらの為に戦うのだろうか。
もしもプシニーツァではなくパーズドビシャについたならば、本当にプシニーツァに勝ち目はない。
そればかりか、"約束の地"から彼女以外の生き物が帰ってこられるかも怪しい。
どこが勝つにしろ負けるにしろ、とてつもなく危険だ。最悪、自分とヴィスも逃げられないだろう。
その後は知らない。きっと、地上と"我々の地"は別れてしまうから、考える必要もない。
だが、それも光の竜の脅威から逃げ出せた時の事だ。光の竜が容赦ない事は、すっかり覚えてしまった。
己の想像に背筋を凍らせ、小さく震えると、後ろから名を呼ばれた。
ラスヴェータの身代わりが呼んでいる。近づいてみると、光の竜の術の気配がした。
「あなた、あたしがどちらに着くか怯えてるわね。」
どうやら、今は中にラスヴェータの意識が来ているらしい。
「…勿論です。」
隠す必要はないし、下手に隠せば術を掛けられていらぬことまで暴かれる。
プシニーツァの王宮に落ちて以来、何度ラスヴェータの術で心を暴かれたことか。
その度に苦しみもがき惨めな姿を晒したのは、他の誰でもない自分自身だ。
暴かれた後の、空虚な己を嘲笑う声が夢に出て、思い出す度に吐き気がする。
第一、心を暴かれることは、自分でも考えもしなかった事を、無意識のうちに思っていたのだと知ることでもある。
それでなくても最近落ち込みすぎて心が弱ってところへ、真実の露呈は苦しい。
だが、不幸中の幸いにも、拷問じみた術に掛けられる場所は、周りに誰もいない地下室や個室だった。
地下室ならば、風の長老竜でさえ滅多なことでは覗き見ることはできない。
だが、もしもここでそんな事をされたら、人に知られるばかりか、下手をすれば風の長老竜に知られてしまう。
そんなことになったら、もう生きていけない。絶対に気が狂ってしまうだろう。
だから、逆らうような真似はできなかった。
「答えは約束の地に辿り着いた時に言うわ。でも、そう怯えなくても大丈夫よ。」
意味深な発言に聞き返そうと思ったが、ラスヴェータの気配は消え去り、意識のない生きた人形だけが残された。
プレッツリヒは唇をかみ締めて、この仕事が早く終ることだけを祈った。


パーズドビシャの街道で、不意にナムがペールへと話を振る。
「そういやペール、お前はどう思うんだ?」
今まで会話に参加していなかったペールは、クロにナムがなんと言ったのかを手話で聞くと、
笑顔でクロに答え、それをみんなに伝えてほしいと頼む。
クロは驚きながらもペールの答えを音にする。
「この世の終わりを嘆かなければ、まだまだ生きていけるはずじゃよ。お前さん達はみな若いんじゃから。」
クロの意訳に誰もが驚いたが、ペールはただ軽快に笑うだけだった。



最終更新日 2007/01/13
感    想 “約束の地”での争いが終れば争いが終る。
        そんなことは幻想だ。