ある世界の物語

43

 

欲深き獣の悩みに耳を傾ける者はなく 故に獣は孤独に見舞われる
それが災いして 新たな問いが意味を持つ
悲しみの獣は己の考えに囚われて 故に多くの恐怖を忘れ振舞う
それが幸いして 新たな答えがより近づく


なんとかリベルテの随従許可も降り、晴れてアターカ一行は"約束の地"へ赴く事となった。
「これで一緒にいけるね!」
アターカが歩きながら書簡を読み終えると、ヴィスが心の底から嬉しそうに言う。
だが、アターカや副官は浮かない顔で溜め息を吐く。
「喜んでばかりもいられないぞ?」
「どうして?」
ヴィスが眉根をひそめる。
「これから行く場所は、選り抜きの戦士が集まるからさ。何せ、国が掛かっているんだからな。
 今までのように、力押しだけでどうにかなるとは到底思えない。いや、ヴィスや異国の剣士殿は別かもしれんが…。
 ともかく、それでなくてもカローヴァは指揮を執る王が戦争向きではないし、
 国中から集められただけあって団結力というものもない。仲間同士で殺しあう可能性もある。
 それだけならばまだ良いが、国中から強い者を集めたという事は、一時的にその者がいた場所の戦力が落ちる事になる。
 三国同士での、この期間内での戦闘は認められていないが、
それ以外の他国からの牽制や、領地内の武装蜂起は、認められていなかろうが関係なく起こる。
 もしも、指揮官がいなくなってしまったら、そう言った不測の事態に対処しきれない可能性もあるだろう?」
ヴィスが唸る。ちょっと理解できなかったらしい。
「でも、それが狙いなのかも。」
リベルテが口を挟む。
「は?」
アターカがリベルテの方に向き直る。
「だって、この戦争事態がプシニーツァには不利なものだったはずだもの。
 世界中の国相手に戦おうとしてると言っても言いすぎじゃないでしょ?
 それなのに戦争をした。そしてまた、わざわざ分の悪い戦いを挑もうとしてる。
 こんな戦いをすれば、その間に周辺諸国に叩かれて、三国がいっぺんに倒れかねないのに。
 ううん、三国がお互いに争って他国に領土を侵食されないように作った約束のはずだわ。
 ということは、別の目的があると思っても良いんじゃないかしら? 例えば、世界中が殺し合いを始めるための布石とか。」
リベルテの言葉にアターカやアターカの部下達は笑う。
だが、リベルテは本気だ。ヴィスも凰火さえも、その理由に気付き会話の行く先を見守る。
「そんな馬鹿な! いくら無謀なことしか考えないプシニーツァ国王だとて、自分の為にならんことはせんだろう!?」
「プシニーツァ国王が、別の誰かに操られていたら? あの方って女癖が悪いでしょ?
 もしも、あの巨大な後宮にすむ人が、言葉巧みに国王を操ったら?」
これにはアターカも少し思い当たる部分があるので悩む。
悩みながら、ふと、絶世の美人占い師が国王の補佐に就いた事を思い出した。
彼女が入る前に、アターカはかの国から逃亡しているのでわからないが、可能性があるとしたらその女だ。
「しかしだ、いくら無謀な男でも、無益な事だとわかるような戦はせんだろう?」
「じゃあ、今の状態は何?」
そう言われて、アターカは口ごもる。
「リベルテ、それ以上言うのは止めた方が良いよ…。何を言っても、もうどうにもならないんだから。」
ヴィスが割ってはいると、リベルテは不貞腐れた顔を向ける。
「ジェラーニヤが悪いのよっ! こんな事になったのは!!」
大きな声では言えないからこそ、彼の名前を出した。
ジェラーニヤと言えば、ヴィスにも凰火にも、怒りの対象が口にできないモノであることがわかるからだ。
本当に叫びたいのは別の事である。
(ジェラーニヤが光の竜を倒してくれていれば…。光の竜が世界を壊そうなんて思わなければ…。)
そう思っても、口にできるはずもない。
「でも、彼ばかりを責められないよ。責められるべきは、こんな事態になるって考えずに生きてきたボク達もだから。」
「絶望的な言葉だな。」
凰火が呟くと、ヴィスが笑う。
「今ここにいなければ、ボクもこんな風には思いませんよ。」
地上に足をつけ、人間の姿で暮らすようになって分かったことは、人間が世界の運行はごく当たり前に行っていると信じている事。
太陽が昇るのも、夜が来るのも、風や水が正しく流れていくのも、当然だと思っている。
でも実際には六つの竜族の長が柱となって世界を運行している。
そう考えると、世界を変えるのは無意図的な人間の破壊行為と、
漫然と勤めを果たすだけの竜自身の責任だということがわかる。
それはたぶん、竜の側にいても、人間の側にいてもわからない。
両方の立場に立って、やっとわかることなのだろうと思う。
だから、ヴィスはこの戦いが止まる事はないとも思う。
例え、ジェラーニヤが記憶を取り戻し、光の竜を殺したとしても。
(…あれ? 光の長老竜は死んだはずなのに、どうして今まで世界は運行し続けられたんだろ?)
「俺は、こうなってくれて感謝しているぐらいだ。」
凰火の言葉に全員の視線が集まる。
「斬り殺しても良い的が尽きることはないし、殺しの無い日は少ない。
 サシでの勝負こそ少ないが、実践こそ最大の技術洗練の場だ。
 そういう意味で、俺にとっては実に楽しい世界だ。」
これには全員の顔が引きつり、空気が凍える。
凰火の言葉は"狂気"と呼ばれ嫌われるが、それも一つの真理である。否定はできない。
だが、人として秩序の下に生きるならば、狂気を認めることはできない。
アターカは経験的に理解し、ヴィスは本能的に理解できたが、リベルテにはやはり理解できない。
「どうして、そんな事言うの? なんで、そんな風にしか戦えないの?」
今まで、凰火が何故突然、そんな危険な思想を翳して戦うようになったかは問うたりしなかった。
それは凰火が変わってしまったことを認めることであり、狂気に触れることでもある。
自分が変わってしまったり、傷ついてしまうのではないかという不安が先立って、聞けなかった。
「それが俺の生まれたっての本質だからだ。」
何度同じ言葉を繰り返せば良いのかと、凰火は呆れ果ててしまう。
「それは聞いたけど、少なくとも、何ヶ月か前までは優しかったじゃない! そのオゥルカは何だったの?
 どうして急に本質をさらけ出す必要があったの?」
言われて、凰火は悩む。
今まで本質を出さずにいたのは、人間として生きる事を決意し、人間として生きてきたからだ。
しかし、この世界で様々な迷いが彼の心を揺るがし、闇の玉をヴィスから受け取ったとき、
封印していた狂気が胸に戻り、昔のように血を愛でるようになった。
だが、そんな事を話してもこの少女は理解しないかもしれない。
理解したとしても、結局、確信はしないだろう。彼女の中には死を生み出す高潮感はないのだから。
知識として知っていても、己が体験しなければ実際に理解することはできない。
言葉でのやり取りは、時として無意味に終わる。そして、今もまた無意味だ。
「話す必要はない。どうせ理解できん。」
凰火の言葉にリベルテは唇を噛み締めた。
長い沈黙の後、リベルテが口を開く。
「じゃあ、今はどっちなの? 最近は時々優しくなるけど、今みたいに怖い事も言う。」
「どちらかでなければいけないものか?」
はっきりと言い返す凰火。
一文字一文字丁寧に発音することで、自分に言い聞かせる。
決して、自分自身が"己"の位置を見失いかけているからではない。と。
「そうじゃないけど…。優しいオゥルカの方があたしは好きなんだもん。」
リベルテの言葉へ真っ先に反応したのは凰火ではなく、ヴィスだった。
「オゥルカさんは妻子持ちだよっ!! ボクなんかまだ未婚で恋人募集中! ボクの方が良いよ!?」
『誰もそんな話はしてない。』
全員の声が揃うが、声質の違いか不協和音になり、余計に言葉の意味を強調し耳に痛い。
「だいたい、なんでそう短絡的にしか考えられないの!? さいっていっ!!」
リベルテが顔を真っ赤にして怒鳴る。
「このところのヴィスは、以前に比べて愛の言葉が粗野だ。」
首を傾げつまらないものを見るような冷たい視線を投げかけるアターカ。
「何か悪いものでも食べたのか?」
人の振り見て我が振りなおさずな台詞の凰火さん。まぁ、闇の玉を食べたわけではないが。
これらの多重攻撃に対して、ヴィスは首を横に振る。
「別に悪いものは食べてないし、気持ちがいっぱいいっぱいだし、仕方ないじゃん!!」
「何が仕方ないんだよ。」
アターカが意味不明だといわんばかりに顔を歪める。
「それは、ほら、秋だから…。秋って言えばアレじゃん? ほら、大人の秋っていうか…。」
ヴィスが何やら恥ずかしげに反論する。
「大人の秋…そういえば、今年はまだ納税してなかったな。税金もプシニーツァとはだいぶ違うんだろうな。」と、アターカ。
「スポーツの秋や、読書の秋という言葉は聞くな。」と、凰火。
「食欲の秋じゃない? 今年のワインは結構良質だと思うし、買っておいて損はないわね。」と、リベルテ。
意見が一致しないのは仕方ないが、大人の秋と食欲の秋はどういう風に結びついたのかがわからない。たぶん、商業的な利益の部分だろう。
「全員違うっ!!」
ヴィスが怒鳴ると、勝手に盛り上がりはじめた一堂がヴィスを見る。
「秋って言ったら繁殖期だろ!? ボクももう大人だし!!」
肌寒い秋風が熟し始めた果実を揺らし、まだ色づいていない葉がひらりと落ちる。
空は高く澄み渡り、雲はうっすらと流れて、忘れられた入道雲の一団を地平線に見かけるばかりだ。
鮮やかな夏が過ぎ去り、叙序的な秋の訪れを感じさせる。
「せめて恋愛の秋ぐらいにしておけば良いのに。」
アターカはやっと言葉を取り戻す。予想外だったというのもあるが、
"繁殖期"という生々しい言葉も、彼女や他の者の思考を停止させた要因だろう。
この後のヴィスが、思考活動の再開したリベルテに、アッパーを喰らったとだけ伝えておこう。


リベルテは商売や旅に関しては一人前の大人である。これは、彼女と旅をした人間ならば否定しようもない。
それでも彼女はまだ16歳だ。
勿論、16歳で大人と同じ仕事をしている者もいれば、配偶者や子供を持つ者もいる。
戦場にもリベルテより幼い子供がいることはしばしばある。
やはりそれでも彼女はまだ16歳で、子供なのだ。
死によってこの世と別れる者の悲鳴に歓喜することもなければ、
己の手で誰かを傷つけて強くなる事に意味を見出すことも無い。
また、子供を産む為の一連の流れというものを考えることもない。
それは、彼女が子供として抱く夢を壊すからだ。
子供のように無邪気で明るくて、世界は活気に満ちているのだと思えるならば、これほど心安らかなものはない。
だが、人はそれだけでは生きてはいけないし、生きていくには人生は過酷で不条理だ。
子供から大人へと変わるのは容易な事ではない。
守られる者から、守る者へ。狡猾で薄汚い部分も含めて、それでも生きていくことになる。
キレイなままでいるにはとても疲れるし、大抵は途中で汚れる。
染みが現実として残るのか、形容として残るかは問題ではないが。
リベルテが大人にならなければいけないということが問題なのだ。


「はぁ。またリベルテに嫌われちゃったよ。」
聞いている他人の方が陰鬱になりそうな溜め息を吐く。
「別に、落ち込むのは勝手だが、私の隣で落ち込むのは止めてくれないか?」
アターカが忌々しげにヴィスを見る。
「だって、リベルテには近づけないし、オゥルスカさんは聞いてくれないし、
 アターカ以外に知り合いいないし。ほら、他の人達って同じ顔に見えるじゃん?」
「お前は本当に自分勝手だな。」
部下を一括りで見られた事に腹が立った。
自分の考えに同調してプシニーツァからついて来てくれた兵を、カローヴァ兵と同じように見られるのは許せない。
「でも、ボクは人間の顔は皆同じように見えるからわからないんだよ。本当に。
 リベルテやオゥルスカさんは髪や肌の色が違うから良いんだけどね。後は、見分けるのが難しいな…。」
ヴィスが苦笑した。
どんなに地上や人間を愛しても、やはり自分は人間ではない。
人間の生き方には矛盾が多すぎるし、個人を束縛する決まりごとが多すぎる。
今更だが、自分は地上生活に向かないのではないかとさえ思う。
「はぁ…島に帰った方が良いのかな。」
「勝手にしてくれ。ただし、今抜けることだけはやめてくれよ? 例え人間でなくても、お前がいないと私達は困るんだから。」
アターカの言葉にヴィスが頷く。
「そうだね。今の状態だと、ボクが抜けたらカローヴァ国は"不利"になるものね。」
そうやって抜け出せないようにしたのは、たぶん風の長老竜の作戦でもあるだろう。
プレッツリヒの登場は不味かった。彼は長老竜の命令には忠実だから、容赦がない。
人間と歩調を合わせる気がないおかげで、この所、彼だけで随分多くの人間を殺してる。
世界を壊そうとしてたのは光の竜だったはずなのに、これじゃ風の長老竜が壊そうとしているようだ。
世界が病んで一番被害を受けているのは、地の竜と風の竜だったはず。
眷属がもっとも多い風の竜は、特に甚大な被害を受けていたはずだ。
それなのに、より悪化させるのはおかしい。風の竜達が望むはずない。
…風の竜達が望んでいなくても、風の長老竜が実現しようとするかもしれない。
風の長老竜というのはいつの時代でも六長老の中で一番きまぐれで自己中心的だ。
きままに吹くからこそ風なのだというけれど…。
「おい! 人の話を聞いているのか!?」
アターカの怒鳴り声にヴィスは驚いて顔を上げる。
「何? 大きな声を出して。」
「何? じゃない!! 人がせっかく励ましてやってたのに、何一つ聞いてなかったな!?」
ヴィスが一人思い悩んでいる間に、アターカは励ましの言葉を並べていたのだが、ヴィスは勿論聞いていなかった。
自分の考えに夢中だったからと言い訳できそうにないほどアターカは怒っている。
絶体絶命だ。
「ちょっと聞きそびれただけだよー、本当にごめん。」
ぎこちなく笑って頭を掻く。
「つまり、私の言葉は聞くに値しない、と? そういうことか?」
アターカが目くじらを立てる。
「そ、そんなこと言ってないじゃないか!」
「言ったも同然の態度だと言ってるんだ!」
「うっ…ねちっこいなぁ。だったらストレートに言えばいいじゃん。」
本日二発目のアッパーがヴィスの顎に決まった。


この所のアターカは苛立ちが日に日に高まっていた。
彼女がプシニーツァ国にいた頃からの付き合いである部下は、残りたったの4人である。
元より、プシニーツァへ残した兵士の数も多かったが、それ以上に、国外脱出後クロに殺された人間の方が多い。
そして、連日の戦闘による兵士の消耗だ。
アターカは率先して先方に立つ性格で、部下達にもそれを見習わせている節がある。
部隊の先頭を走れば、それだけ傷つく可能性が高まる。例え、死ぬほどの怪我でなくても、体力を削ぎ、戦闘に支障をきたす可能性がある。
痛覚があればこそ、小さな痛みに不覚を取り、痛恨の一撃を負う可能性もある。
そうやってアターカは、信用できる長い付き合いの部下達をなくしていった。
その兵士さえも、今度の戦いで失うかもしれない。そして、最後には自分一人が残って、当ても無くさ迷うのかもしれない。
そう思うと、どうにもできない現実に対する怒りばかりが増すのだ。
この世では再会することのない、かけがえの無い仲間との"死"という別れを思う時、彼女は剣を放り投げてしまいたくなる。
しかし剣以外に自分を自分たらしめる力が無いことを思い出して留まっている。
アターカも分かっているのだ。自分がどれほど、力に頼って、最終的な目標を見ようとしていないのかを。
とても弱い自分を律する方法を、彼女は鎧の装備以外に知らない。それが問題だ。


「うぅ…アターカにまで殴られたぁ。」
見ている方が情けなくなる顔で瞳に涙を浮かばせるヴィス。
「酷いと思いませんか? 性的欲求は万物に備わってるのに! ね? オゥルスカさん!」
隣を歩く凰火が反応を示さないので、同意を求める。凰火はヴィスを横目でちらりと見て一言。
「知るか。」
極寒の大地に立たされたような、毛皮のコートを4、5枚着たいような、精神的寒さを感じる。
凰火に会話する気がないことは明らかだ。それ以上に、同情する気がないことは言うまでもないだろう。
「むぅ…。」
ヴィスは頭をかじって、頬を膨らませる。
「オゥルスカさんは、そういう欲求とか無いんですか?」
この言葉に、凰火は平然と前を向いて反応を示さなかったが、よく見ると唇の端を噛み締めている。
「はぁ、経験の多そうなオゥルスカさんに聞けば、何か参考になると思ったのにぃ。」
盛大に溜め息を吐く。
いい加減邪魔臭くなってきたところで、凰火が口を開く。
「ところで、先程のリベルテの話だが…」
「え、相談に乗ってくれるんですか!?」 「違う。そうではなく、世界を巻き添えにするというアレだ。」
内容の危険性にヴィスは周囲を見回してから、できる限り声を小さくして答える。
「世界を壊す戦争のことですか? それとも、竜の側の事ですか?」
「二つともだ。風の長老竜は何を考えている?」
ヴィスが首を横に振る。
「ボクにもわかりません。色々なことがありましたが、あの方の考えはボクにもわかりません。ただ…」
「ただ?」
口篭ったヴィスに、その先を促す。
「ボクの考えでは、風の長老竜は世界を壊そうとしているんだと思います。
 竜はこの世界にある様々な要素によって生きています。ですが、戦によって世界の存在が汚されると、
 竜を生かす要素も穢れ、竜は病んだり死んだりします。特にその影響を如実に受けるのは風の竜と地の竜です。
 自分で自分の首を絞めるような行為を、あの方はやっている。そう思います。」
凰火が「狂気づいてるな。」と笑う。
「そうかもしれません。もしも竜を失えば、この世界そのものが壊れてしまいます。
 竜が、長老竜達が世界を支える6つの柱となってますから…。」
でも、光の竜の長老竜はいない。彼等がどういう要素を支えていたのかは知らないが、いないのに世界は保たれてきた。何故なのだろう。
「光の竜が一匹残されたのはそういう理由なのか?」
凰火の問いに、ヴィスは驚く。
「まさかっ! でも…そう考えれば説明はつきますね。
生きたまま封じたのだから、より一層…でも、封じられた状態でどうやって世界を支えたんだろう?
 本当はこの世界を支えているのは竜の存在であって、技術じゃないのかな?」
ヴィスが唸って首を傾げる。
しかし、それならば竜は長老をわざわざ選ぶ必要はないはずだ。
世界を支える為に、太陽を打ち上げたり、月を運行したりしなくても良いはずだ。
それなのに長老竜は選ばれ世界を支える仕事をしている。
「技術の継承は、個々に行われてるのかな? それとも…。」
ヴィスの言葉に、凰火は些細な疑問を抱く。
「話は変わるが、この世界の竜の寿命とはいかほどのものなのだ?」
今までの話を彼なりに考えると、光の竜が封じられたのは何万年前の話だ。
しかし、長老竜の多くが(と言っても、まだ3竜にしか会ってはいないのだが)その当時に生きていたような口を聞く。
つまり、単純計算で考えれば、彼らも何万年と生きているはずだ。
「えーっと、普通の竜は種族によっても違いますが大体3000歳から4000歳ですね。
 闇の竜や光の竜はもっと長いって聞きますけど。それが何か?」
「ならば、長老竜達はどうなんだ? 話を聞いている分には、何万年も生きているようだが。」
言われてヴィスは気付いた。確かに、彼らはとても長命だ。
「そう言えば、そうですね…。アレ?ボクが知る限り、炎の長老竜は光の竜との戦いの時に、
もう長老竜をしてたって聞きましたよ。アレってもう何万年も前の事ですよ??」
今までは、長老竜になる竜は、体が規格外の大きさで長命を誇るのだと思っていた。だが、それにしても生きすぎではなかろうか。
「もしかしたら、長老竜と世界の秘密はそこに集約されているのかもしれんぞ。」
凰火が擦る。平常心を保とうとしているが、どこかしら落ち着きがない。
何か心にひっかかるものがあるのだが、それが何なのかわからない。
とにかく、この事実が分かったとき、漠然とだがこの世界の矛盾が分かる気がする。
「そうかもしれませんね…。」
ヴィスも神妙な面持ちで頷いた。
「ところでオゥルスカさん。」
「なんだ?」
凰火が世界と竜について考えながら返事をする。
「交尾の経験ありますか?」
本日三発目のアッパーは、顎を砕くのではないかというほど強烈で、ヴィスは舌を噛んで死ぬ思いをした。


凰火をつくるのは何だろう? この世界に来た理由は?
それは当人しかわからないし、きっと誰にも明かしはしないだろう。
凰火は生まれた時から、今までに、何度も心や姿を変えてきた。
大抵の命が、成長することによって様々に心や姿を変えるのと同じに。
だが、彼の場合はあまりにも激しく、強烈だ。
それは種族の境さえも越えてしまうほどのもので、時には魂さえも超えてしまう。
劇的な変化をしてきた"彼"は今、己に戸惑っている。
この世界は今までのどの世界とも違う、矛盾に支配されており、彼にも彼自身の存在に対する困惑を与えた。
また一方で、他者の命を絶つ事の快楽を思い出させた。
狂気や邪悪やそれ以外の様々な妄執から開放され、正義を翳していた自分を嘲笑うようになった。
血によって己を見出し、戦う事で己の存在を確実にするこのやり方は簡単だ。
簡単だからこそ、とても根源的で、抑えなければいけない事だ。
それを抑えられない己は、本当に強いと言えるのだろうか。
例え戦いが強くとも、欲望のままに生きる事が必ずしも心強い者とは限らない。
反復する"強さ"への問いから、凰火はゆっくりとだが確実に答えを導き出している。
それは、悪意ある戦いの精神的な弱さと欠陥だ。
彼は確かに今だ血に飢えている。だが、同時に優しさを取り戻しつつある。
深い闇の心を超える日も遠くないだろう。
問いの果てにてそれを見極めるのは"彼"ではないかもしれないが。


夕暮れも近づき、部隊は足を止めて野営の仕度を始める。
アターカ隊は明日、近くにある拠点へ合流し、アターカ達約束の地へ赴くメンバーと別れる。
アターカ達と過ごす最後の夜という事もあってか、今日は貧しいながらも陽気な夜となった。
無礼講ということで、アターカに剣術を挑むものがいるかと思えば、リベルテと一緒になって歌を歌う者もいる。
仲の良くなった兵士と別れを惜しむアターカ隊のプシニーツァ人も居れば、これに乗じて騒いでいる者もいる。
ヴィスと凰火の殺陣を見たいというリクエストに、凰火は乗り気だったが、ヴィスは逃げた。
おかげで、凰火の相手をする破目になった哀れな兵士が、瞬く間に地面へ沈んだ。
そんな賑わいの中から抜け出したヴィスは、森の影で溜め息を吐く。
顎が痛くて笑うのも辛いし、考え事のせいで頭が痛い。
これほど何かを悩んだことはあまりなかっただけに、慣れない作業で頭が悲鳴をあげているのだ。
「お祖母様だったら全部の問いを答えてくれるのかな?」
ヴィスは夕日の欠片を右手にいくつか出して見た。
見ていると落ち着く、オレンジの炎色は、懐かしい故郷の島を思い出させてくれる。
様々な炎の竜の光で、いつも光り輝いていたあの島は、いまどんな風になっているのだろう。
心細さもあいまって、彼は小さく呟いた。
「会いたいよ、お祖母様…。」
すると突然、手のひらの石から炎が噴出した。石を取り落としそうになり慌てる。
『ヴィス。』
炎の中から声がした。懐かしく優しい女性の声を、ヴィスはよく知っている。
「お祖母様!! 一体どうして!?」
ヴィスは炎に顔を近づけて中を覗く。炎の中には、何の姿も見えない。
『どうしてって…そんな切ない声で呼ばれたら、いくらあたくしでも心配になるものよ?』
指摘されて、ヴィスは頬を染める。
「う…ごめんなさい。でも、お祖母様に…いいえ、炎の長老竜にお聞きしたいことが山ほどあったから。」
ヴィスが改まった声を放つ。
『あたくしに?』
「はい。その…ボク達の寿命と長老竜の寿命がどうして違うのか、
世界を支える六長老の一柱、光の長老竜がいないのに世界はどうして存在してるのか。
他にも聞きたいことは山ほどあります。」
『その前にヴィスヨールイ、貴方に確認したいことがあるの。』
静かな声に、ヴィスは息を呑む。何を聞かれるのか検討もつかない。
『ヴィス、貴方…闇の玉を異界からの旅人に渡したりなんて、していないでしょう?』
静かだが威圧的な声が響き渡ると、ヴィスは震え上がった。
彼はすっかり忘れていた。
自分が闇の玉を凰火に渡してしまったという失態を知られたくないが為に、
風の長老竜に媚びていた部分もあったことを。
「えっと、あの、そのぉ…」
『言い訳はいりません! なんと嘆かわしいことでしょう!?』
ヴィスが戸惑っていると、炎の長老竜は激怒した。
『お前はどうして考えなしに行動するのかしら!? アレは記憶喪失の闇の竜に渡すよう何度も言いましたよね?
全く、人間界で暮らすと決意した時も考えなしで、やっぱり問題ばかり起こす始末!!
 発情期に入ったからと言って理性が弱いなんて最低です。少しは反省しているのかしら!?』
ヴィスは震えながらも疑問を口にする。
「ごめんなさい…でも、どうして最近の状況を知ってるんですか?」
妙な沈黙が流れる。
『それは…。それは、貴方の鬣に盗聴用のアイテムを付けたからです。』
「え?」
『大事な大事な唯一の孫をそのまま送り出す程、あたくしは優しくありません。』
もはや開き直っている。
慌てて左手で頭を探ると、確かに滅多に触れることの無い頭頂部の髪の毛の奥に、小さなリングがあることがわかった。
『お前が今まで気付かなかった事は不思議だけど、これで理由はわかったでしょう?
 ちなみにこのリングは、あたしに聞く気がない時の音はわからないから、全部知っているわけでもないの。満足した?』
「う、うん…。」
納得しないような声で頷く。
『それは良かった。あたくし、これからお仕事があるの。これにて通信を終えるわね。』
「えぇっ!? ちょっと、ちょっとまってください!!」
しかし、炎が勢いを増して空へ上ると、霧散して消えた。
後には呆然とするアフロ頭のヴィスだけが残された。


炎の長老竜は、意識だけを飛ばして風の長老竜を探した。
だが、どこにも見当たらない。炎のある場所にはどこにもいない。
炎の無い場所は色々あるが、大地の広がる場所ならば大抵どうにか意識を伸ばす事ができる。
しかし、そのどこにも気配を感じられない。
ヴィスにつけたリングで、時折、ヴィスの回りに風の長老竜の気配は感じていた。
だが、会話は聞こえなかったので、接触は無いものと安心していた。
しかし、あの竜ならばリングがあることも考慮して、会話を漏らさないように術をかけることも可能だ。
以前にそれをやられて手痛い目に会わされたことがある。
もしも彼が何かを企んでいたとしたら…。遥か昔に遠ざかった光の竜との戦いを思い出す。
もしもあの時の、彼が企てていた"何か"を、彼がまだ諦めていなかったとしたら…。
"何か"が何かは今もって不明だが、危険すぎる。長老会を開いた方がよさそうだ。
炎の長老竜は深い溜め息を吐いた。



最終更新日 2007/01/13
感    想 久々に炎の長老竜登場。アッパーとかアフロとか。