ある世界の物語

41

 

秋の実りはどうなるだろう 今年もおいしい果汁を手に入れられるだろうか
豊かな恵みと現実は違うもので その差は期待が大きいほど辛い
冬に備えるための準備は間に合うだろうか 無理かもしれない
冬の寒波の前に秋の嵐がやってきそうだ 来年には持ち物をすべてなくすかもしれない

「面白い近況報告だけを頼む。」
疲れた声でナムが言うと、隣にいたカールタが書類に目を通しつつ答える。
「10日以上前に、プシニーツァ国王城の庭に落ちてきた人間が、人ならざる力を持ってパーズドビシャ軍に加勢しているらしい。
 周辺諸国では、パーズドビシャのクロ、アターカ隊の異国人と少年に並ぶ凄腕だそうだ。
 名前はプレッツリヒ。白髪緑眼の青年である以外には何も情報が手に入らない。本人がいっこうに口を割らないそうだ。」
ナムが頷いて、むっつり顔のクロを見た。
「お前とどっちが強いんだ?」
「…さぁな。」
今度は皮肉面のラスヴェータの方を見る。
「お前らの仲間じゃないんだな?」
「プシニーツァについているなら敵でしょ?」
二人の表情がだいぶひきつっているので、これ以上質問を繰り返しても意味がないことはわかった。
10日前ぐらいに、ラスとクロはこの謎の青年がやってきたことを少しだけ語った。
だが、それ以上は何も言わなかった。
気になってはいたが、聞いても答えないだろう事はよくわかっている。
「これは確かに面白いな。」
皮肉混じりの笑みを浮かべながら、玉座に深く座りなおすナム。
ここはパーズドビシャ国首都ドゥーブルの中央、この国を司る国王の根城だ。
パーズドビシャ王は、予想を裏切るナム隊の進軍速度に間に合わなかった。
というのも、戦力となる貧民層の断固とした反発に対して、強硬手段にでたのが悪かった。
中流階級に兵力や兵站を求めたところ、今まで戦争なんて関係のなかった市民は激怒。
税金を納めているのにこの体たらくはなんだ! という声まで出始めた。
後は、ナム隊が各地の活動家と手を組んでパーズドビシャ国王体制の愚かさを歌えば勝利は決まったものだ。
2日前、王城に開門を迫った当初、ナム隊は10万人という異例の大人数であった。
しかし、王城を守る王都の住民は約80万人。単純に考えれば間違いなく負ける。
だが、王都を守ろうとする市民はいなかった。
ナム隊は、王都に火を放つことも、家々を壊すことも、略奪も仲間には許さない。
その代わり、逆らった者は敵味方容赦なく殺し、徹底的にその存在を消し去る。
その方針からして、わざわざナム隊に歯向かう気は起きかったのである。
逆らうのは王城とその周辺の貴族階級のみ。使用人も合わせてたったの6000人だ。
ナム隊は宣言通り、逆らった王侯貴族とその私兵達全てを殺し、彼らの家系譜を消し去った。
「他には?」
王座につきたいわけでもないのに、王座に腰掛けるナムが問う。
投降した官民達に雑務を押し付けていると言っても、一応、時期国主としてサインをしなければいけない身分は辛い。
たった2日で飽きてしまい、服装も女官の選んだものを適当に着ているにすぎない。
「正午の鐘と共に、国王一家の処刑が始まるぐらいかな。」
ナムは「あぁ!」と声を漏らして笑う。窓から見える大きな時計塔の針は、もうすぐ正午を歌うだろう。
2日前に捕らえた国王一家の処刑は盛大に執り行うべきだと誰かが言ったが、
ナムはそんなモノに金をかけることを嫌ったので、結果として王城前広場での公開処刑には、
街の中の雑貨屋で買った荒縄で首吊りに処す事となった。台は備品として納められていた使い古された奴だ。
今までに例を見ない、ぞんざい振りに対し格式に煩い文官は腹を立てたが、ナムは小言を聞く代わりに切り殺した。
今日の処刑は国王と后、成人した王子二人と王女三人。
末の王子一人だけは、王家の墓の見届け人として生かすことにした。御歳8つである。
「見に行こう! 良いだろう!?」
ナムが興奮気味に席を立とうとしたので、カールタが注意する。
「こら! ナムは命を狙われる身分なんだから少しは自重しろ。
それに、今までの戦いで体もボロボロなんだぞ? 無理は禁物だ。」
しかし、ナムは聞かない。
「クロがいるから大丈夫さ。」
その言葉にカールタは肩を落として泣きまねをした。
後で苦労するのは私達なんだから! と、背中が言っている。


「やっほー、坊主。元気にしてるか?」
果物を入れていたのだろう、大きな木箱の上に腰掛けた身なりの良い少年に声をかけるナム。
少年はナムを睨んでから、プイッと顔を背けた。
「ナム、あいつキライだ。殺そう。」
クロの言葉にナムは首を横に振る。
「死んだプシニーツァ人は、一族の誰かが墓を守らないと化けて災いを成すらしい。
 特に、王族なんて血統がはっきりしてる連中は何代も前の連中も祟るそうだからな。
 俺ぁ信じられんが、それでも残してたっていいじゃないか。まだ子供なんだしさ。」
気に食わない態度をとっていても、子供だから許すというナムの態度は、もう一人の子供、クロの勘に触る。
この所、カニェーツは大人しく深遠にいるが、ジェラーニヤは一層激しくクロの意識に手を伸ばす。
ジェラーニヤの意識が触れる度、クロは怒りを覚え腹を立てる。
これがジェラーニヤの怒りだというのは分かるが、何故ここまで腹を立てるのかがわからない。
何度かジェラーニヤの意識の奥を探ろうと、話しかけてみたが駄目だった。
硬く厚い意識の表層は怒りで覆われていて、その奥に見え隠れするジェラーニヤの思いへと届きそうも無い。
だから、それほど気にも留めなくても良いことまで、最近は腹立たしく感じてならない。
「さ、俺達も見物しようぜ。もうすぐ正午だ。」
広場には、人が入らないようにロープと警備員が立っているが、
それもナム隊の兵士達の中から物好きな連中が買って出ただけだ。
ぞんざいな処刑台のかなり近くまで人がやってきている。
処刑台の隣に置かれた木箱に腰掛ける、新しい国主ナムと、元・王子を市民が複雑な表情で見つめる。
「さーて、何人が反乱を起こすのか楽しみだ。」
ナムがここに来たのは、一対一で誰かと戦える場面を作るためでもある。
はっきり言って、そうでなければ、呻きちらして悶絶する絞首刑を見たいと言いはしない。
「剣は忘れてないだろうな?」
クロの言葉にナムが笑う。
「あぁ、女官に黙って宝物庫のよく切れる奴をとってきた。宝石ついてるがお飾りの剣じゃないぞ?」
ナムには似合わない豪華な服にはよく似合っている。王の為に作られた剣だとよくわかる見栄えだ。
どこの国に、国王らしい服装で果物の空き箱に座る男がいるのだろう。
ナムを支持する観衆はそう思いながらも、この粗忽さに身近な親しみを感じている。
「もうすぐお別れの時間だな。そういえばスタータ、家族に別れを言ってきたか?」
ナムの言葉に、少年は振り向かない。
「ストラータジェーム殿下、聞こえてますよね?」
咳払いをして言い直したナムに、やっと少年が振り返る。
「ふん! 犯罪者に答える義務はない!」
「さいですか。…クロ、斬るなよ?」
「ちっ。」
クロの殺気にストラータジェームは体を震わせたが、凛とした態度で処刑台の方へ向き直った。
正午を告げる鐘が都中に響き渡った。


呻き声と悪臭に塗れた処刑が終わった後、クロはナムと共に城へ戻った。
ナムが昼食を摂っている間に、城内を歩き回る。
城内の地図は一応見たが、隠し扉や通路、果ては地下牢まで。
地図には書かれていない危険な場所を探るためである。
こういう探索は、以前にいた砦や城でも行ったので、難しくは無い。
建築様式は同国内だけに、とてもよく似ている。
クロは隠し扉の一つから、埃まみれの通路へと入る。
「何年も使われている様子はないな。」
末の王子が幼いので、こういう通路を探検するかと思ったが、そうでもないらしい。 口の端を上げて笑う。
探検はキライじゃない。ナムの役に立つというのもあるが、まだ誰も知らない場所を知るのは楽しい。
ちょっとした優越感を覚えるし、何よりもわくわくする。
これが闇の竜としては少しイレギュラーな考えであると気付いた時、カニェーツがジェラーニヤを黙らせて上ってきた。
『私も昔はよくドワーフの作った洞窟を探検したりしたよ。とてもわくわくするんだ。』
その言葉にクロは何ヶ月も前に通ったドワーフのトンネルを思い出す。
もしかしたら、自分の知識はカニェーツが実際に探検したものなのかもしれない。
『そうだよ、闇の竜の膨大な知識は魂の経験したものでさえある。
 闇の竜の魂は実に難しい関係にあって、必ずしも自分が…』
「そのうち自分で探す。」
無駄口を叩き始めたカニェーツを押しのける。
事ある度に浮き上がってきては自分の知っている事を言おうとするので小煩い。
『ところで、今日の処刑は酷かったね。』
突然の切り替えにクロは立ち止まる。
「酷い?」
『そう。ラスヴェータが命の光を奪ってしまった後の処刑だったからね。
 なんともぼんやりとしていて、王の威厳なぞまるでなかった。嘆かわしいよ。』
「ラスの全てを肯定しているわけではないのか?」
『そこが問題なんだよ、クロ。これ以上生き続けるのは辛い。
 いつかは彼女の行いを否定してしまいそうなんだ。これは君やジェラーニヤと共にあるからなのか、
 魂が半分だけだからなのかはわからないが…。
 お願いだ、クロ。早くラスと話をさせてくれ。そうしたら私は、意識だけの君に私という魂を渡そう。』
クロは頷いてまた歩き出す。
「今日にでもラスと話をしよう。」
カニェーツの魂は古くて強い。それを手に入れて、カニェーツが消滅するならば、願ったり敵ったりだ。
だが、そこまで単純に考えて良いのかとも思う。
カニェーツもジェラーニヤのように、表面部分の意識しかわからないから。


王城の暮らしは、傭兵であるナムや仲間達にはかなり不自由なものである。
それでも、正式に国主として名乗りを上げるまではここにいなければならない。
国主と認められて自由になったら、ナムは精鋭だけをつれ、他国との小競り合いを治めに出兵する予定だ。
それまでは馬鹿馬鹿しい城の規則につなぎとめられている。
野良犬を小屋に入れるのと同じようなものだ。ナムがいつ切れるかわからない。
そんな状況にありながら、クロは夜陰に乗じてナムの部屋を出た。
部屋の外にはチャコもカールタもいるし、両隣にはナムを支持する兵士がいる。抜けても警護に支障はない。
チャコもカールタも不信な顔をしたが、クロの行動を問い詰めるのは自分の命を賭ける事に等しいので追求はしなかった。
クロはそのまま、早足で隠し階段を下り王城の地下までやってきた。
地下には人の気配はなく、使われていない牢獄が続くだけだ。
「姿を見せろ。」
クロの言葉に、闇に包まれた地下の奥から白いぼんやりした光が近づいてきた。
よく見ると、それは銀髪碧眼女神のラスヴェータで、パーズドビシャ王女の持ち物だったらしいドレスを着ている。
「遅かったのね。」
「ナムが寝るのを待っていたら遅くなった。」
「あっそ。」
ラスは特に関心も見せずに、クロの目の前で立ち止まる。
「答えろ。何故、次期風の長老竜候補のプレッツリヒがプシニーツァに加担した?」
クロの瞳は鋭く、気だるげなラスとは対照的だ。
「風の竜の事はあたしも知らないわ。」
「嘘だ。風の長老竜と会っていることは薄々気付いているぞ。」
「だからここに呼び出したわけね。さすがは闇の竜。小賢しい事にばかり気が回るのね。」
ラスが鼻で笑う。
世界中を吹き荒れる風とも呼ばれる風の長老竜には、吹けない場所がある。
各長老竜の寝所と、風の吹かない場所だ。
水の中や地下は風が吹くことのできない場所に当たる。
勿論、その気になれば吹くことは可能だが、命を削る破目になるので、基本的には吹かない。
「でも、本当に知らないのよ。若い風の竜が何故プシニーツァに加担したのか。」
ラスが深い溜め息を吐く。
それを知るために、プレッツリヒや風の長老竜と何度も話したが、要領を得ない。
プレッツリヒは何も知らされること無く働いているに過ぎないことがわかったぐらいで、
結局風の長老竜が何を考えているのかは分からなかった。
唯一の救いは、まだ他の長老竜達が動いていないことだ。
「質問を変える。このままでは三大大国に竜がいることになり、ぶつかれば大変な事になる。
 それこそ、世界が崩壊しかねない。」
「だから?」
クロが暫く押し黙った後、珍しく哀れみを瞳に宿して言う。
「ラスヴェータ…君は、本当に世界が壊れても良いのか?」
瞬間、ラスの左手ビンタがクロの頬を叩く。
「俺は嫌なんだ。ナムが死ぬのは嫌なんだ。ラスヴェータだってそうだろう!?
 もう、君と俺はお互いを忘れてしまったけれど、君だってクーリツアが死んだら嫌だろう!?」
クロの瞳から涙がこぼれる。
もうクロには何がなんだかわからない。意識を緩めたとたん、カニェーツの意識が自分を喰らいに掛かったのだから。
「いまさら…? いまさらそれを言うの? ずっと待ってたのに。なんでいまさら言うの!? カニェーツ!」
ラスも涙を零しながらクロに詰め寄る。
「私が目覚めたのはついこないだだ。だけど、この体には私以外の意識が二つもある。
 だから、もう我慢できない。俺は…、私は…、二つの竜の名を背負って生きるのに耐えられない。
 だから、クロに頼んで君をここへ呼んだんだ。君に私が生きていることを告げたくて!!」
そう言った瞬間、クロの姿が闇色になり、カニェーツの姿となる。
漆黒の髪は長い三つ網で、漆黒の衣服を纏った青年。
だが、前髪に隠された左目だけは漆黒ではなく緑がかった黄色だ。
「風の長老竜は、やっぱり貴方の左目が月色だという事を知らなかったわ。それだけが彼の失敗ね。」
ラスは苦笑いしながらも、遥か昔、愛を誓った男を見つめた。


遥か昔、光の竜の最後の一竜となったラスヴェータが、地の竜の作り出した岩牢へ入る際、闇の竜も共に入った。
彼は、ラスと数十歳しか違わなかったので、若い二竜が惹かれたのは運命だと歌われたものである。
愛情に疎い闇の竜が愛の為に死ぬというのだから、その悲恋歌は有名になった。

太陽が夜を蹴散らす日に
ボク達は出会ってしまった
風を裂く大地の底に
ボク達は縛られているけれど
いつかボクが約束した通り
キミとボクは終わりの鐘を鳴らすのさ
刻の果てで

闇の竜の堅い誓いの言葉を、そのまま歌ったこの戯曲が守られるものだと誰もが思った。
しかし、その歌は守られなかった。
ラスヴェータを生かす為には、闇の竜の死が必要だったからだ。
だがラスヴェータもまた、闇の竜を喰らうことができなかった。
そこで闇の竜の魂は二つに裂かれることになった。
ラスヴェータが生きながらえる為の糧と、生まれ変わってラスヴェータを助ける為の分に。
絶対に、生まれ変わって助けると言った。
絶対に。


「貴方は約束を守らなかった。あたしを助けたのはクーリツアだった。」
ラスが咎めると、カニェーツは唇を噛み締める。
「今まで貴方は、あたしの事をていよく忘れてたわけよね? ジェラーニヤの意識に隠れて。
そして、思い出してからも、めんどくさがってクロの後ろにいたんでしょっ!?」
ラスの言葉にカニェーツは反論しない。
「あの時、全部食べておくんだった! おかげであたしは寿命を削る羽目になったんだから!!
あたしに残された時間はもう僅かなの! わかる!?」
ラスの言葉にカニェーツは顔をあげる。
「私の半分は、ジェラーニヤだ! そしてクロだ! 魂の半分はもう違う竜なんだ…。」
「だからなんだって言うの? あたしにはもう10年も生きることはできないのよ?
 いまさら世界を生き延びさせても、クーリツアが死ぬ前に死んでしまう!
 そしてあたしはまた、大切な人と別れなきゃいけないの…。」
ラスがさめざめと泣いた。
「ラスヴェータ…私は…!!…ジェラーニヤ!?」
突然、カニェーツの姿が歪み、ジェラーニヤのものとなる。
これにはラスも驚いて、一歩身を引く。
「だったら、自分の手で死ね。俺はこんなにも素晴らしい輝きに満ちた世界を壊されたくないんだ。」
すぐさまジェラーニヤの姿からカニェーツの姿に戻る。
二人とも、突然なジェラーニヤの出現に呆然としてしまい、言葉を失う。
カニェーツはもう一度ジェラーニヤの真意を知ろうと、意識に手を伸ばしたが、
怒りと憤りの分厚い壁に阻まれて触れることは出来なかった。
そして気付いた。喰らったはずのクロの意識が、ジェラーニヤの激しい意識の向こう側にいることを。
(ジェラーニヤめ! 私からクロを引き剥がすとは! 若造の癖になかなかやるな!)
「あたしだって、この世界は好きだった。だけど、もう昔のように綺麗なままでいられない。世界もあたしも。」
そう言って、ラスは地上へと続く階段を上っていってしまった。


ラスが部屋に戻るのを見送った後、カニェーツはその場に座り込んだ。
相変わらず、冷たいとか堅いといった感覚がわからない。
つくづく、自分が生き物とは程遠いと感じる。
裏切ってはいけない唯一の存在を裏切って、あまつさえ殺すつもりだったジェラーニヤの存在を思うと胸が痛い。
だが、同時にそれが正しいことだとも思う。今のラスヴェータは目的と手段を摩り替えてしまっている。
昔の彼女は、戦いを大きくさせた全ての竜を殺せば世界が戻ると信じて、自分達光の竜が生き続けられると信じていた。
だが、今は違う。
もはや長くは生きられないと悟って、全てを壊そうとしている。
あそこまで行くともう破滅の道以外の選択は選べないだろう。
世界を壊すというならば、今度こそ迷わずに殺さねばならない。そう考えると、またも自責の念で潰れそうになる。
悩むのに疲れて、別の事を思い出す。
クロはどうしただろうか。
1つの魂になりはしたが、半分はまだジェラーニヤのものであり、クロはむしろカニェーツよりの部分で発生した意識だ。
大きな壁のように立ちはだかりながら、その実、あまり強い存在でもない。
ラスと話す邪魔にもなってきたので食い殺すことに決めたが、上手くいかなかった。
せっかく飲み込んだと思ったのに、突然現れたジェラーニヤに連れて行かれてしまった。
さすがの私でも、あの怒りの壁を壊すのは難しい。
そうなれば、クロがもしもジェラーニヤと手を組んだ場合、私の不利になりかねない。
喰おうとした相手に手を貸すほど、アレも馬鹿ではないだろう。
全く、ジェラーニヤも余計なことばかりしてくれる。半人前の魂の癖に。
「っと、そろそろ部屋に戻った方が良いか。暫くはクロの振りも良いだろう。」
カニェーツはクロに姿を変えてナムの部屋へ戻る。
カールタとチャコに挨拶をしてしまい不信がられたが、部屋へ逃げ込んで事なきを得た。
ナムは眠っている。大丈夫だ。
それにしても、しょっぱなからしくじってしまうとは…。クロを演じるのも楽ではない。


翌朝、目を覚ますと、まだナムは眠っていた。
カニェーツは少し悩んだ後、クロらしくベッドの上に座りナムを見る。
何が楽しくて男の寝顔なんて見なければいけない?
おかげで、笑顔が引きつってしまう。
いけないと思い顔を上げて、奥の壁に掛かっていた鏡を見て笑顔を真似る。
「!!」
真似ながら、重大な失敗に気付いた。
左目が月色のままだ。姿は間違いなくクロだが、これでは怪しまれる。
何度か左目に術を施したが、色はどうしても黒くならない。
仕方が無いので黒い眼帯を取り出し、それをつけることにした。
怪我をすれば一日で直ってしまうことはバレているが、話していないことも沢山ある。
それの一種とすれば良いだろう。
問題は、ラスヴェータと、時折覗き見にやってくる長老竜にばれないかどうかだ。
悶々としながらも、ベッドの上でにこにこと笑っていると、ナムがゆっくりと目覚めた。
「おはよう。」
声もばっちりだ! と、自信を持つカニェーツ。
ナムが暫く沈黙した後、カニェーツを指差して言う。
「その眼帯は何なんだ?」
「左目を使って術の練習をしているんだ。きっとナムの役に立つ。」
カニェーツが笑うと、ナムは小さく溜め息を吐いた。
「そうか。まぁ、無茶は程ほどにな。」
「あぁ。」
そう言って服を着替え始めるナム。
カニェーツは心の底から上手くいったと思った。ナムの性格ならば、クロがおかしければ追求するはずである。
そう思いながらも、頭の隅で疑いもあった。
いつもとは様子が違う。何か感づいたのだろうか?


朝食を終え、書類に延々とサインを続ける時間がやってきた。
ナムはつまらなさそうな顔で、必死になってサインを書き続けている。
そこへ、大臣がやってきた。慌てて入ってきた彼は、だいぶ取り乱しており、頭の上の冠がずれている。
「なんだ?」
ナムが問うと、大臣がパーズドビシャ国から伝令が来ていると伝える。
ナムは重い腰を上げ、謁見の間へと足を運ぶ。
そこには、ラスヴェータをはじめとして、この遠征の主格だった全員が集まっている。
どうやらラスヴェータによって集められたらしい。
「どういうことだ?」
ラスに問うと、疲れたような顔で苦笑いされた。
「それだけ重要なことだから。今度の内容はね。」
普段はあまり呼ばれないチャコやペールまでいるので、大臣達も不信がっている。
書簡を携えた男が入ってくると、ざわめきが起きた。
白い髪に緑の瞳が鮮やかな青年で、黒い官服に身を包み長い槍を握り締めている。
この所噂に名高いプシニーツァの槍、プレッツリヒだ。
「わざわざのお越し恐れいる。堅苦しいのは苦手なんでね、用件を手短に教えてくれ。」
ナムはそう言って笑う。
剣を交えなくても、この男は自分よりも強い。そして、洗練された武術によって瞬殺されるだろう。
そんな男が、つまらない書状を持ってくるはずもない。
「ありがとうございます。自分も人間流の礼儀は持ち合わせていないので。」
そう断ってから、プレッツリヒは書簡を解き読み上げる。
「パーズドビシャ占領王ノーミルへ。
 我らプシニーツァ、カローヴァ、パーズドビシャは、その地を侵す者に戦を望む。
 建国の歴史にある通り、国は違えど我々の領土を侵したものと見るからだ。
 "古き伝承に法って、我ら三国の王はこの戦乱を収める為に自らの命を賭けよう"」
その言葉に大臣達が「まさか!」と声を上げる。
古い伝承を今更持ち出す者がいるとは思わなかったのだ。
「えーっと、つまりどういうことだ?」
建国の歴史に興味のないナムが首を傾げると、カールタが呆れつつも付け足す。
「つまり、我々の占領行為は歴史上の約束に反するから、三大大国の二国を敵に回したことになるわけだ。
 完結にいうと、これからは胸を張ってこちらの領土を侵すからそのつもりで、という内容だ。
 つまり、宣戦布告だよ。ただ、全面戦争とは少し違う。」
「これは国王同士が同じ人数の兵を連れ、三国の国境線が交わる場所で一騎打ちを果たすというものよ。
 下手をすれば二国に攻め落とされる。」
ラスがカールタの言葉を補うと、やっとナムも理解したらしく驚きに目を見開く。
「でも、受け取らなければ国王として認められないものでもあるわ。」
ラスが微笑む。
そこでやっとナムもわかった。つまり勝ち目の無い戦いになるかもしれないから、ラスは全員をここへ呼んだのだ。
急に楽しくなった。
生きることは漫然とすぎるし、国王業務は暇つぶしにもならない極悪な代物だ。
やっと生死の境界線で暴れることができる。それも、選りすぐりの戦士との戦いだ。
「面白いじゃねーか。クロ、俺は受けるべきか?」
急に話題を振られたカニェーツは驚く。そしてしまったと思った。
クロならば、この話の最中に、一度はナムを止めるべきだった。
(ナムは気付いている。それならば…)
「勝って三国統一をすれば、この戦争が終わると思う。受けるべきだ。」
この言葉に、カールタもカデットもチャコもペールも驚く。
クーリツアは、ラスに聞いていたらしくあまり驚かない。
隣に立っていたラスがカニェーツにしか聞こえない声で囁く。
「猿芝居。いつの間に風の長老竜みたいな悪趣味さんになったの?」
「私は、君に世界を壊す以外の幸せを見つけてもらいたいだけだよ。」
カニェーツが囁き返す。
「よし決まった。俺はその申し出を受けよう。」
大臣の一人が返礼の書簡を書くよう手配する為、慌てて部屋を出て行った。
プレッツリヒは、ラスとカニェーツを交互に見てから、小さく頷く。
「自分はプレッツリヒ。故あってプシニーツァを守護する者です。よく覚えておいてください。
 戦場で会わないよう祈るために。」
そう言ってプレッツリヒが退場したのを見て、大臣達がわめき始めたが、ナムは聞かない。
これこそ一番楽しいご褒美だ。国王の椅子より、血塗られた戦場の方が楽しい。
ナムの笑い声に謁見の間が凍えた。



最終更新日 2007/01/13
感    想 ジェラーニヤが主人公なんですよ。知らなかったでしょ。