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同じものから生まれてもこれほど違うのはどうしてだろう?
わかりあえないのは気持ちが通じ合わないから?
それともお互いに喰らい合う関係だから?
答えはわからず、気持ちもぼんやりとしてくのがオチなの?
パーズドビシャ国を縦断するナム隊は、もはや止められる者がいないのではないかと思うほど大規模になっていた。
ナムはとっくの昔に、部隊全員の顔を覚えるのも、統率をとるのもやめてしまった。
ナム隊に賛同する者も多かったが、それ以上にナム隊と一時的に手を組んで利益を上げようとする連中が現れたからだ。
活動家や、傭兵や、武器商人、果ては吟遊詩人まで。
ナム隊の中にいない職業は王族だけだと噂される規模である。
おかげで、全体の移動時間はかなりかかってしまうが、それに関しての対処をナムは何もしなかった。
ただ一言を覗いては。
"付いてきたければ付いて来い。だが、自分の面倒は自分で見ろ。"
人が増えることによって部隊内でのいざこざが増え、
パーズドビシャ国制圧を目的としていた進軍に支障をきたすようになったので、
ナムは仲間の顔を覚えるのをやめたのだ。
覚えていなければ、そいつの尻拭いをせずに済むと言うものである。
今、ナムが覚えているのは、戦闘において使える兵士のみである。
それも、統率力、知力、体力、技力、様々な面で優れている者のみだ。
それほど非情でありながら、ナム隊を応援する者は後を絶たない。
もう、パーズドビシャ国の終わりは目に見えていた。
「…ロ……クロ………おい、クロ!!」
「うわっ!? なんだ? ナム。」
クロは驚いてナムを見た。すると、不機嫌な面のナムが怒鳴る。
「呼んでるのに、無視したのはお前だぞ!?」
「あ…すまない。」
言われて自分がナムに気付かなかった事を恥じつつ謝るが、心はまだ別のほうにあるようで声に覇気はない。
「いったいどうしたんだ? ぼんやりして。」
騎乗している最中に居眠りをすれば、落馬する可能性もある。
ナムはそれを心配して声をかけたのである。
「…眠たかっただけだ。」
クロの言葉にチャコが笑う。
「隊長、もしかして連日クロを寝かせてないとかないっスよね?」
遠征当初から巻きついていた包帯も、下腹部に残るのみとなり、顔色も良好だ。
生死の境を漂う大怪我であったにも関わらず、一ヶ月もしないうちに動けるようになるとは、
さすがに体が資本の傭兵なだけある。
「そんな事ねーっつの! なんだよ、俺のことを節操なしとでも思ってんのか?」
ナムが鼻の頭を擦る。
「あら、だって前科があるんでしょ? 仕方ないわよノーミルくん。」
あっけらかんと笑ったのは、怪しげな老婆ラスヴェータ。
ミェースチが何か言いたげな顔をしているが、あえて博打はしないことにしたようだ。
「やっぱり犯罪に入るわけよね?」
カデットが顔を引きつらせる。
「だから遠征前に言っただろう。クロと添い寝するのはやめろって!」
少し厳しい口調で付け足すカールタ。
18禁ネタにされた当のクロといえば、くだらないと言いたげな顔で前方を見ている。
会話の一つにも混ざろうとしないところは、相変わらずだ。
否、普段は会話をすることに興味がわかないからしないだけである。
今は、頭の片隅にまとわりつく意識のせいで、体中がだるく、会話に入る気力もないだけだ。
気を抜けば、自分とは違う意識が前に出ようとしてくる。
それは人間も光の竜も憎むジェラーニヤであり、また別の誰かでもある。
ジェラーニヤがしきりに騒いでいるのが聞こえる。
"殺せ! 殺せ! 光の竜を殺せ! さもなければ俺達は死ぬ! あいつに喰われる!"
あいつとは、光の竜のことだろうか。それとも、別の意識の事だろう。だが、それが何者かわからない。
ジェラーニヤではないアレは、何者なのだろう?
ぼんやりとした影のように、あるいは曇り空に浮かぶ霧のように、周囲と区別し難い存在。
だが、ジェラーニヤと自分ほどには近くもなく、その意識はジェラーニヤほど激しくない。
時折伸びる意識の枝に触れるたび、ラスヴェータに対して悲しみと罪悪感を感じる。
とにかく、気をつけなければならない存在ではあるが、ジェラーニヤの言葉を鵜呑みにするのも得策ではない。
実際、ナムに有益な情報を与えるラスヴェータの存在は、部隊全体になくてはならないものになっている。
ここで殺してしまうのは、ナムの怒りを買うことであり、ひいてはナムに嫌われることだ。
そんなこと、ナムの傍にいる為にジェラーニヤを封じたクロに、できるはずもない。
だからクロは、この二つの意識を封じることに集中するようになった。
おかげで、廻りの声が遠のき、ぼんやりしているように見える状態になることもしばしばだ。
だが、二つの意識を完全に封じる方法を知るまでは、戦わなければならない。
変わらず、自分であるために。
昼を少し廻ったところで、昼食をとるために遠征の足が止まった。
後方部隊は足並みが遅い代わりに、朝から料理を作り、昼には前衛である主力部隊に昼弁を売るのが特徴だ。
時には暖かいものも食べられるので、この弁当売りは人気が高い。
しかし、売れるのは前衛が足を止める少しの間だけである。毎日が競争だ。
ちなみに、ナムは弁当を買うのが面倒と言って、自前の干し肉と固焼きパンで済ませている。
カールタに言わせると、ナムは嫌いなもの多すぎて、弁当を残す破目になるのが嫌だから買わないらしい。
どちらが正しいかはさておいて、弁当売りの群れから逃げ出したナムとクロ、ついでにクーリツアとラスは、安堵の溜め息を吐いた。
「毎日毎日アレだと疲れる。」
お手製弁当に頼るクーリツアも、弁当売りの猛攻が苦手な一人だ。
「あたし、食べられないからウザイのよね。」
命の光が主食の光の竜らしい言葉を吐くラスヴェータ。
「遠征中なんだし、昼は干し肉と固焼きパンだけで十分だ。」
そう言ったナムが、パンの塊をナイフで裂く。
「殺すか?」
小さな焚き火を作り、さっそく持ってきた数学書のページを焼こうとするクロ。
『やめろ。』
息の揃った二人の突っ込みに、クロはつまらなさそうな顔をするが、反論はしなかった。
ラスヴェータが「それも良いわね。」と小声で笑ったからである。
第三の意識と名付けた、得体の知れない意識は、ラスヴェータの事を気に入っているらしい。
ここ数日は、クロもどこまでが自分なのか、どこからがジェラーニヤなのか、
はたまた第三の意識なのかがわからないほど、お互いが近づいている。
だから、ラスの肯定は嬉しかったし、ナムの否定はつまらなかったし、それ以上に殺せないことがつまらなかった。
「そぅいえば、クロ、あたし最近…」
ラスが突然硬直したので、三人がラスに注目した。
今までも、ラスが突然硬直することはあったが、それも大抵はとても短い時間で元に戻る。
身代りとしてプシニーツァに置いてきた体に、何か言わせる時、
特に誰かと会話する時は硬直することがあると、クーリツアは教わった。
だから、あまり心配はしないで済んだが、それでも不安は付きまとう。
暫く立ったが、ラスヴェータは硬直したままで動かない。
「なぁ…いつもと違くねーか?」
ナムが眉根を寄せてクーリツアを見る。
「あぁ、こんなに長いなんて…どうしたんだろう。」
クーリツアも眉根を寄せ、ラスを見つめる。
突然、意識が無く瞳を見開いたラスの手が伸び、クロを掴んだ。
「クロっ!!」
ナムがラスの手を払おうとしたのを、クロが制止させる。
「少し待て!! 俺達に触れるな!!」
それだけ言うと、クロも動かなくなった。
取り残されたナムとクーリツアは気まずい雰囲気で二人の意識が戻るのを待った。
プシニーツァ国の中心に立ち上がる巨大な建造物の中で、
ラスとクーリツアの身代わりはヴェール越しに事態を見つめている。
ナム隊が占領していた砦での駐屯が無意味だと判断し、テタールを置いて王都へと戻ってきていたのだ。
「何が起きた?」
クーリツアことミェースチが問うと、ラスヴェータことディスールが唇の端を噛む。
「思わぬ珍客が庭に落ちたの。クーリツアだと人間の体を動かせないから貴方を呼んだの。
ここでは、クーリツアはミェースチ。後宮上がりの軍師として王にも信が厚い。
あたしはディスール。凄腕の占い師で、今はこの状況を占う為に呼ばれたわ。」
ディスールは、ミェースチの腕を引きながら王宮の庭へと早足で向かう。
「わかりました。ディスール。」
「ディスール様。一応、人前ではね。」
ディスールの指摘に、ミェースチ―中身はクロ―が小さく頷く。
自分の意識も曖昧になっている状態で、他人の体に入るのは無茶が過ぎるというものだが、
それでも今はディスールの指示に従う他ない。お互いに竜だとばれるのは得策ではないからだ。
それに、人間の体は闇の竜にはあまりにも窮屈で動かし難い。下手に事を構える余裕はない。
暫く歩くと、広い庭に出た。
庭というよりも、公園かと思えるほどの巨大さに多少圧倒されたが、
これよりも素晴らしい箱庭を知っているのを思い出し、改めて胸を張って歩く。
庭を少し進んだところで、プシニーツァ兵に出会った。
兵士は二人を問題の場所へと案内すると、またどこかへ行ってしまった。
「ディスール様、どうかご助言を。」
近くにいた大臣が縋るようにやってきて言った。
ディスールもミェースチ(クロ)も顔を引きつらせ、庭の中央でうずくまる人影を見つめた。
入道雲のようなやわらかな色の白髪と、時折見せる鮮やかな春色の緑眼が美しい青年は、
深い失意の念にとらわれているらしく、その場で膝をかかえて動こうともしない。
「アレは、次期風の長老竜と言われるプレッツリヒだ。人間に化けていてもわかる。」
「確かに、あれだけの強い風は次期長老竜にぴったりね。」
ミェースチの囁きにディスールは頷く。
プレッツリヒの方も、庭に異質な気配が入ってきたことに気付いたらしく、
おもむろに立ち上がると、衣服を整えて、ディスールを見た。
ディスールはミェースチを引き連れ、群衆を押し分けて青年の前に立つ。
「はじめまして、プレッツリヒ。この国に何の御用か?」
ディスールを一目見たプレッツリヒは、鼻息荒く睨んだが、それもすぐに失意の念に飲まれてしまう。
暗く重々しい表情の青年は、ゆっくりと重い口を開く。
「あるお方の命により、暫しの間プシニーツァに身を寄せ、プシニーツァの槍になるため参上しました。」
ディスールが目を丸くする。
あるお方とは、まず間違いなく現風の長老竜だろう。
その風の長老竜が、何も言わずにこんな大物を寄越すとは信じられない。
こんな事をすれば、他の長老竜達に気付かれ、芋づる式に今までの暗躍を知られる破目になる。
否、最悪の事態を考えるならば、風の長老竜以外の長老竜達も地上に姿を表し、
自分を殺す為に全力を尽くしかねない。
殺すべきか? 利用すべきか? この若者はどこまで知っている?
「つまりそれは、プシニーツァ王に仕えるという事か?」
大臣の一人が口を挟む。
ディスールとミェースチは大臣を睨んだ後、プレッツリヒの答えを待った。
大臣の一言は、竜にとっては最大の恥だ。特に、風の竜に対し決して口にしてはいけない禁忌の一つである。
「自分を束縛するのは王ではありません。戦の命令以外は聞きません。」
プレッツリヒの一睨みで大臣は逃げるように群衆に紛れた。
ディスールとミェースチはホッと胸を撫で下ろす。この青年が忍耐強くて助かった、と。
「そんな、文官みたいな格好で強いのかよ?」
プシニーツァ王の従弟の一人であり、テタールの弟にあたる人物だ。兄に比べればまともな人間だが、口が悪い。
これまたディスールとミェースチの肝を冷やす問題発言だ。
強い力を持つ竜ほど、プライドが高い。特に、戦闘を生業とする竜は、
己の力量に対するぞんざいな台詞には、人間の兵士以上に誇り高く気難しい態度をとる。
風の竜の場合、下手をすれば、突然決闘が始まることもある。勿論、相手を食い殺すまで続く奴だ。
「そう思うならばいつでも相手しましょう。貴方がプシニーツァの敵であるならば。」
プレッツリヒは忌々しげに鼻先を上げたが、男はプレッツリヒの殺気に押しつぶされてあえなく群集の仲間入りを果たす。
プレッツリヒの視線がディスールに向いた。
「どうかプシニーツァ王と話せるよう手配してはいただけませんか?
自分はこの通り若く、あまりものを知らないのです。お願いいたしますディスール殿。」
そう言って、プレッツリヒはディスールに深く礼をする。
これには周囲がざわついた。
いくら分からないと言っても、大臣や王の従弟の方が地位は高いことぐらい、服装でわかるはずである。
また、どんなに豪奢な服装でも、この国では女は男よりも卑しいとされ地位は低い。
それなのに、男達には無礼な態度をとり、女であるディスールに高等礼をしたのである。
間違いなくイレギュラーな行いだ。
ディスールが何を言うのか、数多の視線が彼女に注がれる。
「えぇ、宜しいですよプレッツリヒ。それと、貴方には人に対する礼もお教えするわ。」
「ありがとうございます。」
誰もが、この二人の笑顔に、事の終息を感じた。
だが、隣で見ていたミェースチ(クロ)は、今まさに意識下で激しい戦いが起きているのを察した。
プレッツリヒの体が僅かに震え。額に汗を浮かべている事に気付いていたからだ。
人間の目からみれば、高名な占い師と謎の青年の対話に見えるが、
その実、恐ろしく強大な光の竜の前に立たされた、若い風の竜が恐怖を隠そうと必死になっている。
そういう裏事情を理解しているクロは、否、むしろ第三意識は、小さく溜め息を吐いてプレッツリヒに同情した。
「いい加減、若者をいじめるのはいかがなものかと思いますが?」
クロの言葉にディスールがにこりと笑う。
「あたしは、彼に礼節を教えようとしているだけですわ。」
第三意識は、呆れ顔で肩をすくめた。
休憩時間が終わる頃になって、やっとラスヴェータとクロの意識が戻ってきた。
「おはよー。」
気の抜けるようなラスの言葉に、クーリツアもナムも呆れた。
今まで心配で心配で、長い沈黙の中二人で凝視し続けた存在の一言がこれでは呆れるのも仕方ない。
「ナム、ただいま。」
僅かに遅れてクロが口を開く。
「お帰り。」
ナムが愛おしそうに抱きしめてきたので、クロも抱きしめ返した。
ふらつきながらも、ラスはなんとか自分の力で立ち上がると、怒り顔のクーリツアに抱きつく。
「心配したんだぞ。」
クーリツアが腹立たしげに呟いたのを聞いて、ラスは満足げに喉を鳴らす。
「心配してくれてありがと。」
暫しお互いを確かめ合うように抱き合った後、ラスが顔を上げナムを見る。
「ノーミルくん、ちょっと不都合が来たから早く進軍しましょ!」
クロを抱っこした状態のナムが二人の方へ顔を向ける。
「どんな不都合が起きたんだ?」
ラスの肩が僅かに震える。怒りなのか恐れなのかはわからない。
「クロと同じ、人ならぬ力を持った男がプシニーツァ軍へついたの。」
昼の休憩が終わり、部隊がまた進軍を始めたとき、ナムの近くからラスとクーリツアの姿が消えていた。
「あら? あの二人はどこ?」
この頃、昼食はナムとクロ、ラス、クーリツアが四人で食べているのを知っているので、
カデットは二人が見当たらない事をナムに尋ねる。
「あぁ、調子が悪いとかで、どっか後ろの方の馬車にいる。暫くは声をかけないでほしいそうだ。」
あの後、ラスは、また硬直する可能性があるので、馬ではなく馬車に乗って移動したいと申し出た。
落馬しても死ぬ心配はないが、体が傷を負うのは見栄えが悪いので嫌なのだ。
まぁ、そこらへんの勝手な事情は心の中で呟くにとどめ、とりあえず硬直した場合、
大事になりかねないので馬車移動で誤魔化したいと言った。
これにはナムもクロも賛成し、二人のいない今に至る。
「ふーん。」
カデットはなんだか割り切れない気持ちになったが、追求するのはやめた。
これ以上の会話は気乗りしない。
こういう時に冗談を言ってくれるチャコは、主力部隊の各隊長達と話をしているし、
もう一人の陽気な馬鹿は死んでだいぶ経つ。
結局、会話は適当に霧散して終わってしまった。
カデットは弟が何故ナムを裏切ったのか、この所ずっと考えている。
裏切れば死が待っていることぐらい理解していただろうに。
今でも、弟が馬鹿な事をしたのであって、ナムが悪いとは思わない。
むしろ、ナムを憎むことができるならば、たった一人の弟の死をこれほど悩まずに済むだろうとさえ思う。
それもできないからこそ、頭の中では弟の死が繰り返し問われ続ける。
何故、プティはナムを裏切ったのか。何故、あえて死の道を行ったのか。
魔法が使えるようになっても全然嬉しくない。弟の有志は、所詮裏切りだ。
ナム曰く、プティは最後に、カデットを苦しめるナムを許せないと言ったらしい。
だが、今まさに自分を苦しめているのはプティだ。ナムではない。
理不尽な別れが、これほどの問いを自分に残すのかと思うと、また涙が出てきた。
声の無い涙。意味の無い涙。ただ胸いっぱいの思いがこぼれるだけの涙。
これほどコントロールのきかない涙を、カデットはプティが死んでから何度も流した。
そして今も、静かに流し続けている。
(これも乗り越えるべき道なの? …神に問うのはやめとこう。無意味だから。)
夜がやってきた。
秋が近づいたおかげで、この所の夜は涼しいというより肌寒ささえ感じる。
もう半月も経てば、秋風が季節風を吹き飛ばしにやってくるだろう。
クロはナムが寝たのを見計らって、そっとテントから抜け出した。
「クロ、ナムと寝てなくて良いのかい?」
見張りに立っていたカールタが声を掛けてきたので、クロは口元に人差し指を添える。
「ナムには黙っておいてくれ。」
そう言うと、クロは森の方へと駆けて行く。
カールタはその背中を目で追うのを止めて、また見張りに従事し始めた。
人がいないことを何度も確認してから、クロは月の光が届かない物影にうずくまる。
昼間、ラスによって他人の体に入ってから、三つの意識の狭間が更にぼやけた。
特に、クロと第三意識の間の境目は、寝ている時と起きている時の違いほども無くなり、
主導権を握っているクロにもその時折の感情がどちらのものか判断がつかなくなっている。
今もまた、クロは己の意志とは別に、このような場所へとやってきた。
『クロ。』と、優しげな青年の声。
「出てくるな。」と、クロの声。
【殺せ。】と、ジェラーニヤの声。
「煩いジェラーニヤ。」
自分の声ではない声が体の中から出てくる恐怖に、クロは身を縮める。
『聞いて、クロ。私は…』
「聞きたくない!! 俺は俺だ!! この体はもう俺のものだ!!」
『お願いだから、静かに。月と風は地獄耳なんだから。』
耳を閉じても内側から響く声は消せない。
クロは口ではなく思考で抗い始める。
「俺は嫌だっ!! お前等の言葉を聞いたら最後、俺は消されてしまうっ!!」
『でも、認めなくてはいけない。魂の半分は私のものだから。』
【聞くな、クロ!! こんな奴は存在してはいけないんだ! 聞いたら喰われる!!】
クロはようやく確信した。
ジェラーニヤが何度も叫んでいた言葉が、光の竜ではなく、この第三意識に対する恐怖からの言葉だと。
ジェラーニヤは知っている。コレが何者か。そして怯えている。
魂の半分とはなんだろう。コレはずっと前から存在していたのだろうか?
『ここは私の意識であり、君の意識だ。そしてジェラーニヤのものでもある。
考えはそのまま私達に知れる。気になるなら、聞けば良い。』
【駄目だ! 決してこいつの言葉を聞いてはいけない。】
『少し、黙っていてくれないかな? ジェラーニヤ。』
【貴様が消えろ。】
『ふぅ…、若造が。私に逆らうのは後2000年生きてからにしなさい。』
次の瞬間、強い衝撃と強烈な喪失感がクロを襲い、悲鳴を上げる。
ジェラーニヤの意識が深い所へ落ちたのだと分かるまで時間がかかった。
『さぁ、クロ、これで静かに話ができるね?』
第三意識が微笑んだように感じ、クロは恐怖で体を震わせる。
間違いなくこいつは危険だ。光の竜よりも危険かもしれない。自分の存在を消す事ができる者だ。
怯えているクロを見て、第三意識は決まり悪そうに苦笑する。
『脅かしてしまってすまない。だけど、こうでもしないと君は聞いてくれないだろう?』
クロはゆっくりと輪郭を持ち始めた相手を見つめる。
『私の名前はカニェーツ。ジェラーニヤの魂の半分だ。』
「魂の半分。」
『そう、魂の半分。実に妙な関係で、何から話すべきか迷うな…。』
「魂の半分とはどういうことなんだ?」
『それを説明するために、遥か昔の恋物語を語らなければいけないな。』
カニェーツは苦笑いしながらも、思い出に意識を伸ばした。
クロやジェラーニヤの非ではない、長い長い記憶が広がる。
私はカニェーツ。闇の長老竜の最後の子供だ。
次期長老竜としての素質も高く、英知は誉れも高き長老竜に匹敵すると自負していた。
唯一、闇の竜としては救いようの無い欠陥を除いては。
私には自尊心以外の感情があった。他の竜や生き物のように、何かを愛でたり慈しんだりする心だ。
それが仇になるとは、若さゆえの迷いか全く思わなかった。
時を同じくして、世界を巻き込む闇の竜と光の竜の戦いが行われていた。
私は、それの原因や何故そこまで拡大したのかについて語らない。あまりにも辛いから。
そして、適齢期である私もまた戦場を駆け回った。ただ黙々と光の竜を駆逐する為に。
だがある日、光の竜の罠にはまり深手を負ってしまった。
魂さえ傷つき、私は記憶を無くして人間の姿となってしまった。
唯一覚えているのは、光の竜が危険だという思いだけ。私は必死で生き延びようと戦った。
そんな中、美しい女性に出会った。エルフとも違う、内側から光り輝くような女性だ。
彼女はラスヴェータと名乗った。
私はたちまち彼女に恋してしまい、自分の正体なぞどうでもよくなってしまった。
だが、彼女は違った。彼女は己の意志で人間に姿を変えた光の竜だった。
私が記憶を無くしていることを逆手にとって、私に竜殺しを手伝わせた。
「えっと、まだ続く?」
クロがいい加減飽きたという感じで問うと、カニェーツは咳払いをした。
当人的には悲恋だろうが、クロにとってはこのさいどうでも良い話である。
ともかく、すったもんだの末、光の竜は彼女だけになってしまった。
私の記憶もその頃には元通りになり、仲間を手にかけた罪悪感と彼女への愛に揺らいでいた。
そこで、地の長老竜が他の長老竜に慈悲を求めた。彼女を生かしておくべきだと。
この戦いに辟易して、中盤からは傍観者に回った水の長老竜は賛成した。
光の竜の業を哀れんだ炎の長老竜も賛成した。だが、肝心の闇の長老竜と風の長老竜は頷かなかった。
闇の長老竜は光の竜を生かすべきではないと再三言ってきた手前、反対せざるを得なかった。
だけど、風の長老竜は違う。何か彼なりに目的があったらしい。
だが、力の面でどうあろうと、3対2では分が悪かった。
ラスヴェータは地の竜によって岩牢に封印されることになった。
その時、仲間殺しの処罰を待っていた私は、ラスヴェータと共に岩牢へ入りたいと申し出た。
喰われるか、餓死するか、どちらにしろ死ぬだろうという考えの下、私も岩牢へ入った。
長い時間をかけて、私は彼女に愛を近い、彼女の孤独な心に暖かさを教えた。
やがて私達は心から愛し合うようになったが、彼女にも私にも空腹が襲った。
最初の100年間ぐらいは、隠し持っていた食料を食いつないだが、やはり一生分には足りなかった。
私は彼女に自分の魂を差し出すことにした。
だけど、彼女は受け取らない。
二人で悩んだ末、魂を半分に分け、片方を彼女が食べもう片方を外へ解き放つことにした。
解き放った後は、また闇の竜になることはわかっていたから、後は力をつけて彼女を牢から救出すれば良い。
そう考えて、私は二つに分かれた。
「それで、魂の半分はジェラーニヤというのはどういうこと? そもそも、どうして前世の記憶が残ってるの?」
クロの問いに、感傷に浸っていたカニェーツはまたも咳払いする。
私は自分の魂に、次に生まれた時も同じ記憶、同じ心であるように術をかけた。
だが、魂が半分のままでは闇の竜として生まれることはできない。
そこで私は闇の竜の魂が生と死の傷跡を癒す場所まで飛んだ。
そこでは時折、新しい闇の竜の魂が生まれるからだ。
生まれたばかりの魂は小さくて、闇の竜になれるかわからないようなものだ。
それが歳月を重ねて、丁度良い大きさに育つと闇の竜になるのだが…
「そこで魂の半分の大きさに育ったジェラーニヤを取り込んだ?」
クロの言葉に、カニェーツはジロリと警告を込めた視線を向ける。
ジェラーニヤは小さな魂で、まだ意識らしい意識もなかった。ただ、そこにあるだけの塊だった。
だから私はその塊を自分の半分として喰らい、闇の竜として生まれた。
だが、やはり元を正せば別々の魂だ。喰らった時に、以前掛けた術が妙な作用を起こしてしまった。
おかげで私という意識は魂の深遠に追い込まれ、ジェラーニヤという無謀な仔竜が生まれてしまったわけだ。
それも最悪なことに、光の竜を殺すことが大切だと思っていた頃の私そっくり!
彼が記憶を無くした時、すぐさま私が入れ替わろうとしたが、これまた何か色々と作用して、
今度は君という意識ができてしまった。
クロとしてジェラーニヤの記憶を取り戻した時、やっと私も外へ出られそうになった。
だから、ゆっくりと根気よく君へと意識を伸ばした。
ジェラーニヤに伸ばしても、分かり合うことは不可能だと思ったからね。
「…結局、何をしたいんだ?」
クロの言葉にカニェーツは苦笑する。
『今更、彼女は許してくれないだろうけど、彼女と話したい。
そして、できることならば、世界の破壊なんて止めて、クーリツアと仲良く暮らしてほしい。』
そういいながらも、カニェーツの心がラスを愛している事をクロは感じていた。
何故、力がありながら自分を喰らわない理由は、なんとなくわかる。
彼はラスを愛していながらも、同じようにクロがナムを愛していることを理解しているからだ。
同時に、ラスもまたカニェーツからクーリツアへと愛の対象を変えたことも認めているのだろう。
だから、今更ラスヴェータへの愛を貫こうと思うほど、彼は非道になれないのだ。
「やさしいんだな。」
『優しくなんかないさ。死なずに、今だわがままを言ってるんだから。』
「体を渡すことはできないが、一度だけラスヴェータに合わせてやる。
風の長老竜も闇の長老竜も容易に入れない場所で。」
『ありがとう。』
カニェーツの意識がゆっくりと遠ざかっていく。
自分の輪郭を取り戻したような、奇妙な感覚と共に目を開けると、月の光はもうすぐそこまで照らしていた。
クロは立ち上がり、月影を縫うようにテントへと戻る。
中では、高いびきをかいてナムが寝ている。
クロは穏やかな気持ちで、ナムの隣に潜り込むと、穏やかな眠りへと移行した。
翌朝、眩しい日差しがテントの群れを浮き立たせる頃、クロは起きだして、ナムの隣にちょこんと座った。
この所、ジェラーニヤやカニェーツの意識が一緒くたになっていてできなかった行為だ。
ぐっすり眠るナムは、だらしない顔でよだれまで垂らしている。
だけど、こういう風にぐっすりと眠っているのは、クロを信用しているからだ。
他の人間の前では浅い眠りで、すぐに起きられるようにしている。
それを思うと、ふざけた寝顔も愛おしい。
ナムを見つめてくすりと笑うクロを見てしまった、最近前衛部隊に入った男は、一気に眠気が覚めた。
何はともあれ朝である。
パーズドビシャの首都ドゥーブルまでは残り10日もないだろう。
王都を落とした後、どう転ぶかはわからない。
そもそも、長老竜達が何か行動を起こすかもしれないし、カニェーツやジェラーニヤの事もある。
それでもクロは、ナムの隣で戦うだろう。
それこそ彼の一番大切な場所だから。
最終更新日 2007/01/13
感 想 プレッツリヒは腰抜け。 カニェーツは単なるナルシスト。
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