ある世界の物語≪39≫

ある世界の物語

39

 

落とされたのは舞台の幕か それとも死を呼ぶ観劇の笛か
誰もがその残虐なる計画に気付きはしない
鳥かごに縛られているのが どんな鳥なのか誰も理解しない
決してその囀りに惑わされ真実を見失う無かれ


世界には不思議な人間がいる。背が高かったり低かったりだけではなく、もっと根源的に不思議な人々だ。
それは、リベルテのようにドワーフの血が混じっているように、人ならぬヒトの血を受け継いでいる場合が多い。
ヴェルト人もまたその例に漏れることなく、太古の時代のヒトの血を受け継いでいる。
パーズドビシャの南方に広がる貧困階層地区に、呪術師の家系が集中しているのも、じつはそういうことなのだ。
それはヴェルト人やそれ以外の呪術師を生む人種を苦しめる現実である。
だが、彼らは今日まで逆らわなかった。
何故か。
彼らは心優しく、同時に家族の為ならば危険を顧みない、深い愛情を持つ種族だからである。
それにしても、だからといってプレッツリヒが何も無いところから槍を出した事に疑問の声が上がらなかったのはどうかと思う。


最初に立ち上がった少女―――フュンフという―――が立てた計画は、
他の村にも反乱を呼びかけて、一致団結し砦を壊そうというものだった。
しかし、他の村を説得するには軽く見積もっても、移動時間も含めて10日はかかる。
それから戦の準備をはじめるのでは、この村が攻め落とされてしまうとリベルテが言った。
砦は定期交代のパーズドビシャ人が占めており、最後の交代は約3ヶ月前という。
ならば、地理に詳しい村人との優劣はさほど変わらないだろう。砦を出るまでは。
リベルテが立てた計画はこうだ。
いっそのこと、この村を砦に見立てて敵を迎え撃ってはどうかと。
どちらにしろ兵士が帰ってこなければ不信に思った砦側が、何かしらの対処をしにやってくるに違いない。
最初は少人数で。反乱を知ってからは大人数で。
どう転んでもやってくるとわかっているならば、砦から出てもらった方が楽だ。
砦から遠ざかれば遠ざかるほど、パーズドビシャ兵は味方の援護を得られず、土地勘の優劣ははっきりしてくる。
また、じわじわと敵兵を殺している間に、別の村に呼びかける。
他の村々が同意し武装蜂起してくれれば最高だが、戦っていることを教えておけば危機管理ぐらいしてくれるだろう。
後々、「お前の村が戦ったから、何も準備していなかったオレの村が叩かれた。」と言われる心配は少なくなる。
そして、最終的には砦の開門をして終了。
その後は、増援部隊がやってくる前にナム隊に協力を表明するか、
さもなくば他の活動家に協力表明をして、戦力を高める。
この案に対し、フュンフは驚きながらも、良い案だと頷き、リベルテの両手を硬く握りしめた。
見た目は小さな少女達だが、何か通い合うものがあったらしい。
それを見ていたプレッツリヒが、「そこまで上手くいくものか。」と呟いたのをリベルテは聞き逃さなかった。


作戦実行の総指揮はフュンフが取る事になった。
村には若い者がいない。皆、年寄りが若すぎるかだ。
その中で、体が丈夫で頭も回り、他の村人に信頼が一番厚いのがフュンフだったのだ。
クノスペや何人かはリベルテやプレッツリヒを推したが、二人はこれを断った。
二人は手伝いをするが、決して大きな枠組みに関わらないと先に表明した。
というのも、ここで作戦の大きな部分に組み込まれた場合、いつか二人が村を後にする時に問題が生じるからだ。
そして、兵士殺害から半日後。深夜には突貫工事が始まった。
作戦会議に参加しながらも、リベルテはこのままではいけないと感じていた。
敵の状況がわからない上に、戦う道具があまりにも少ない。
まぁ、普通の村に大量のタールや油があるのはおかしいし、弓矢のストックがあるのもおかしい。
武器らしいものといえば、あってもせいぜい農耕具がやっとだ。
砦からの兵士が来るまで残り1日。明後日の朝には来るだろう。
間に合うだろうか? 否、間に合って勝ったとしても、その次はどうだろう?
作戦会議が終わり、睡眠時間を取るよう勧められてたが、リベルテは眠れそうに無かった。
そこで、外へ歩いていったプレッツリヒを追う事にした。
彼は人と接することに消極的で、口数が少ないが、話す時には何かしら重大な事を言ってくれる。
彼との会話は有意義だ。
そう思って、月明かりの下でプレッツリヒを探した。


村から離れた、森の傍の草原にプレッツリヒが佇んでいた。
月明かりを浴びて、白髪が銀色に輝き美しい。月を見上げる姿は神秘的でさえある。
つくづく、竜というのはずるいとリベルテは思う。
今のところ出会った竜は、皆、人間に化けると並以上の容姿なのである。身長も高いし、力もある。寿命だって長い。
自分には手に入れられないものばかりだと、嫌な気分になる。
「プレッツリヒ!」
リベルテが声をかけると、プレッツリヒは肩を大きく上げて振り返った。酷く驚いたらしく、目が丸くなっている。
「何か用ですか?」
不機嫌な声と、感情の見えない表情が、とても冷たい印象を与える。
だが、リベルテは負けない。もっと冷たい連中と付き合ってきたから。
「なかなか眠れなくって、貴方とおしゃべりしたいと思ったの。」
相変わらずリベルテの言葉はストレートだ。
プレッツリヒに、遠まわしの言葉は無用だと思っているからだが。
この手の堅物は、下手に遠まわしで言っても、気付かないか、気付いても意見を変えようとしない。
むしろ摩り替えようとしてくる。だから、ストレートで言うのが一番なのだ。
「他人の迷惑を考えてますか?」
「多少は。でも、普段人間と話す機会なんて少ないんだしさ、聞いてくれてもいいでしょ。」
「聞くだけならいいですよ。」
プレッツリヒが小さく溜め息を吐くが、リベルテは気にしない。
「あたしが思うに、このままだとこの村は壊滅すると思うの。」
リベルテは草の上に座って、緑がかった黄色い月を見上げる。
「奇跡が沢山起きなければいけないけど、奇跡がそう簡単に起きないことぐらいあたしも知ってる。」
プレッツリヒは相変わらず月を見上げたまま、リベルテを見ようともしない。
「でも、ここの人達が苦しい生活を強いられているのはどうかと思うの。
 もしもそれが世界の秩序とかだったら許せない。どうして人間の血を引いてるのに差別されるの?
 どうして不思議な力があるからって、戦うことを強制されるの?不公平だわ。」
「適所適材という言葉があります。」
プレッツリヒが、搾り出すように言ったの。
「私達は、持って生まれた力を世界の為に役立てることが当たり前で、
 その力の形によって、どんな役割をするかは変わってきます。
 炎の長老竜ならば太陽を空へ上げ、風の長老竜ならば太陽を空から落とさないよう運び、
 地の長老竜ならば太陽を拾って炎の川から送り届けます。
 水の長老竜は太陽が苦手ですから、代わりに雨や雪や雲を作ったりします。
 そうやって、自分達にあった仕事をすることが当たり前ですから、
不公平という言葉は仕事に励んでいないものに言うべきだと私は思っています。」
プレッツリヒが怒っていると悟ったリベルテは少し不安になった。
ジェラーニヤのように、人間は愚かだと腹を立て、根絶やしにすべきだと言い出したらどうしようかと。
しかし、プレッツリヒはこう付け足した。
「でも…、そうですね。己の命を守る為に、他人の命を犠牲にするような事はいけないのでしょうね。
 人間的に考えれば、それも一つの秩序でしょう。」
そう言って、プレッツリヒが深い溜め息を吐いた。
溜め息ばかり吐くし、煮詰まらない言葉ばかりだが、裏を返せばそれだけ物事を考えて迷っているのだろう。
勿論、言うべき事を言わないし、会話が楽しくないのかと疑えるので、
気の利いた相手でなければ、彼とのおしゃべりには耐えられないだろう。
「プレッツリヒは、どう思うの? 貴方の考えを聞きたいな。人間的とかじゃなくて。」
プレッツリヒが困った顔をして、腕を胸の前で組み、暫く考えてから答える。
「自分は、否定することができません。
生きるという事は、誰かを犠牲にしていると、人間もよく言うように。」
「でも、生きる事っていうのは、食べる事や命の危険に晒されてるからでしょ?
 世界中で今起きてる戦争は違う。誰かの利益の為のものだよ。
 それに、差別はもっと酷いよ。自分を守る為でもないのに、迫害するの。」
リベルテは言っていて、頑固なのは自分もかと思う。
それでも腹立たしいのだ。自分達、人以外の血を引く者を差別する世界が。
目頭が熱くなり、涙が零れそうになる。
「もしも、世界の秩序が、あたし達を許さないっていうなら、そんな秩序の方がおかしいと思う。
 だってそうでしょ? 許されない者を作る必要なんてないもの。」
不意にプレッツリヒの手がリベルテの頭を撫でる。
「うへ?」
リベルテがプレッツリヒを見つめると、プレッツリヒは深い哀れみの瞳で見つめていた。
「人間を治める為に権力者が必要なモノは、圧倒的大多数の市民が憂さを晴らすための相手なんですよ。」
次の瞬間、リベルテの右ストレートがプレッツリヒの腰を強打した。
プレッツリヒは腰を擦りながら、不貞腐れた表情でリベルテを見下ろす。
「本気で言ってるんじゃないでしょうね!?」
「真実ですから。」
「普通そんな事言う!? 落ち込んでる人に対して!! 気遣いって無いの!?」
「…。気に障りましたか? これでも…」
「すっごい気にした!! マジで腹が立った!!」
「でも、自分としては励まし…」
「励ましになってないから。第一、どこにそんな言葉で励まされる奴がいるのよ!!」
ほとんどの言葉を遮られたプレッツリヒは、眉根を寄せて悩む。
「おかしいな…。」
「あんたがおかしいのよ。」
プレッツリヒが落ち込んだ。
リベルテは冷静な部分でプレッツリヒを見て、本当に励まそうとしていたらしいことに気付いた。
気に食わない奴だと思ったが、どうも当人は本気らしい。
(これは…本当に友達できないよ。絶対誤解されるタイプね。)
ふいに、プレッツリヒが空を見上げ、ものすごい形相で月を睨んだ。
「どうしたの?」
「用事ができました。これで失礼します。」
「は? ちょ、ちょっと!!」
歩き出したプレッツリヒを引きとめようとしたが、いつの間にか追いつけなくなり、森の中で見失った。
「本当に、誤解されるタイプよね。」
リベルテは呆れたが、眠気を覚えてクノスペの家へ戻ることにした。


翌朝。プレッツリヒが帰ってこないことにリベルテは心配になった。
彼がいなければ、この村の勝機は激減する。
クノスペも不安そうにプレッツリヒの帰りを待ったが、村の柵作りに呼ばれて行ってしまった。
リベルテも、作戦の練り込みと、細かい計画の打ち合わせに呼ばれ、今すぐに行かなければいけなくなった。
プレッツリヒがどこにいるかはわからないが、会議に出ないわけにもいかないので、仕方なくフュンフの家へ行った。
プレッツリヒが居ないことを誰もが不信がったが、いないものはどうしようもない。
時間がないので、フュンフが会議を始めようとした瞬間、家の戸が開いた。
やや屈みながら入ってきたのは、プレッツリヒだった。
「終わりました。」
突然の一言に、誰もが沈黙した。意味が全くわからない。せめて主語が欲しい。
「何が?」
リベルテが問う。問いながらも、服の裾の汚れを見る。血だ。黒い服のおかげでわかりにくいが、間違いない。
「砦を壊してきました。生きている兵士は少ないでしょうね。
呪術師らしい人間達は生かしておきましたが、何人かは殺してしまいました。
救出に行ったらどうですか?」
プレッツリヒの顔は、無表情で、真実なのか嘘なのか図り知るのは難しい。
それどころか、人を殺してきたことさえ知るのは難しいだろう。
リベルテは立ち上がり、プレッツリヒの前に立った。
フュンフが、リベルテがプレッツリヒの嘘に怒って殴るに違いないと思い、やめるようにと叫んだ。
リベルテの両手がプレッツリヒに飛ぶ。
誰かが小さな悲鳴を上げた。
ポンッ!
上に掲げられた両手がプレッツリヒの両肩を叩く。
「ありがとう! 難しい事だったと思うけど、ありがとう!!」
リベルテが満面の笑みを浮かべて笑ったので、プレッツリヒは眉間に皺を寄せて呟いた。
「別の理由があっただけです。勘違いされては困ります。」
不機嫌な声は、気持ちを暗くさせるのに十分な効果がある。本当に嫌そうにしか見えない。
しかし、リベルテには、プレッツリヒが恥ずかしがっているだけに見えた。
「貴方の方こそ、あんまり仏頂面してると色々と間違われちゃうよ?」


フュンフ以下、村人達は自体を理解できなかった。
砦に一番近いこの村でさえ、往復するのに1日はかかる。
それなのに、たった一晩で砦を壊滅させることができるはずもない。
信じられなかったが、プレッツリヒは「事実だ」としか言わなかった。
村人は彼の言葉を信じられなかった。
リベルテも普通は信じられることではないだろうと思い、あえてしつこく言うのはやめた。
変わりに、柵作りや弓矢作りとは別に、砦の偵察役を立てることを提案した。
砦の様子を見てきて、戦力を知る人が必要だと。
プレッツリヒの態度が悪かっただけに、最初はフュンフも首を縦に振らなかったが、
リベルテに説得されて、仕方なく遠見の術を持つ人間を偵察に出した。
ヴェルト人の術は、人それぞれ何がどのくらい使えるか違う。
広範囲に霧を発する事ができるすごい人もいれば、火打石の代わりぐらいの火を出せる人まで、とにかく種類が幅広い。
また、その人の年齢や体調も関係し、呪術は使うたびにムラがある。
それでも、村の中で一番遠くを見れる人間を偵察に出した。
やってくる兵士を見つけたら、すぐさま戻って報告すれば良し。
兵士が見えなければ、砦を覗いて兵士の数を見るようにする。
そして、敵に見つかったら逃げることをよく教えて、見送った。


半日後。
帰ってきた偵察役は、歓喜と恐怖に震えながら声高に言った。
「砦の中の兵士が死んでる!! 捕まってた村人が戻ってくる!!
でも、怪我した奴等が動かせないから助けて欲しいらしい!!」
その言葉に村人は歓声をあげた。
フュンフは、すぐさま他の村に伝令を走らせ、怪我人の救出隊を作った。
一介の村人にしておくには惜しい人材である。
リベルテはプレッツリヒの正当性が認められて、ほっと胸をなでおろしたところに声をかけられて驚いた。
「リベルテ。元気にしていたかい?」
ヴィントだった。
「いつのまに!?」
「先ほどからいらっしゃいましたよ。」
プレッツリヒがヴィントのフォローをする。
「でも、なんでいるの? 用事は済んだの?」
そう言いながらも、リベルテはヴィントの笑いと過去に出会った人物を参照していた。
絶対にどこかで会っていると本能が言っている。このままでは気になって昼飯もろくに食べられない。
「用事は…まぁそこそこに。今回は二人を迎えにきたんだよ。」
「え?」
「リベルテの荷物も、クノスペの家から取ってきたから、今すぐに出かけられるよ。」
そう言ってリベルテに渡されたのは、リベルテの荷物だった。
早朝に、薬袋も一緒に荷物をまとめておいたので、荷物をまとめる手間はなかっただろう。
「ちょっとまって、出かけるってどういうこと?」
リベルテは荷物を背負いながら問う。
「出かける!?」
リベルテが振り返ると、クノスペが目を丸くして突っ立っていた。
「リベルテ、出かけちまうのかい!?」
「え、あ、えっとぉ…。」
「そうだよ。もう、この村は自分達で戦えるだろうから、リベルテとプリッツリヒを迎えに来たんだ。」
戸惑うリベルテの言葉を遮るように、ヴィントが笑う。
プリッツリヒとリベルテに非礼を詫びようとやって来たフュンフも、それを聞いて驚く。
「さぁ、行こう。長居は無用だ。」
ヴィントがリベルテとプリッツリヒの手をとると、クノスペとフュンフが二人の手を握った。
「行っちゃヤダよ、リジー!!」
「誤解してたんは誤ります。せやから、行かないでおくれやす!」
小さな手が二人を必死に引っ張り、涙を流す。リベルテもつられて涙を零す。
プリッツリヒの方は、困惑気味にヴィントの方を見た。
「クノスペ、フュンフ、二人とも駄目だよ。その手を放しんさい!」
はっきりと言い放ったのは、クノスペの祖母だった。
『ばっちゃん!?』
クノスペとフュンフが驚いて老婆を見る。
「わしらに、力を貸してくれてありがとうございます。これからはわしらで頑張ります。」
「ばっちゃん! 何言ってんのん!? 二人がいなくなるなんていやじゃ!!」
「黙らんかい! ヴィントはん…否、神はんの前で失礼やろ!?」
食い下がろうとしていたクノスペとフュンフが固まり、ヴィントを見る。
リベルテも驚いたが、心底嫌そうな顔をするプリッツリヒの方に目が行ってしまった。
そういえば、プリッツリヒはヴィントの事を知っているような雰囲気だった。
もしや、ヴィントも竜なのだろうか。
そう考えると、一晩で国境を越えられた理由がわかる。
でも、竜が自分を運ぶ理由がわからない。その必要はどこにある?
「バレては仕方ない。500年前、ヴェルト人の神として光臨した甥っ子が、
浮かない顔で枕元に立ったのでね、少し手助けをしたわけだよ。」
((何、そのご都合主義。))
「ちなみに、このプリッツリヒはその甥っ子の長男でしてね、まだまだ見習いなので手加減をしらなかったわけです。
 村人には親しみ難かったかもしれませんが、そこはひよっこと思って許してやってください。
 それと、こっちのリベルテは私の弟の末っ子で、まだ生まれたばかりなので、社会見学ついでにプリッツリヒに任せたわけです。
口先だけしかとりえがありませんから、いつ怪我をするのかと心配だったというのもありますね。」
((勝手なことをっ!))
リベルテとプリッツリヒの心が、しばし同調した。
そして、リベルテはふと思い当たった。この男はもしや…。
「というわけで、私達はまた旅立ちます。いつまでも甥っ子の土地にいるわけにはいきませんから。」
そう言って、ヴィントの回りに物凄い風が生まれ、プシニーツァの季節風とあいまって激しく吹き荒れる。
「さようなら。お元気で。」
ヴィントが笑う。老婆が深く礼をし、クノスペとフュンフが悲しそうに頭を下げた瞬間、風がヴィント等三人の姿を消した。
竜巻となって風は天へと昇り、消えた。


息も詰まるような素早さで、景色が前から後ろへ流れていく。
それなのに息は苦しくないし、顔に当たる風はそよ風のようだ。
視線を前方から逸らすことができないが、両脇には人ならぬ何かの気配をリベルテは感じる。
暫く空を走ると、急に高度が落ち、森の中へと入った。
森の中を少し走ると、急に強い風が真後ろから吹き、止まった。
「空の旅終了。私の翼に乗れるのは太陽だけなんだけど、今日は特別だよ。」
ヴィントがウインクしたので、リベルテは静かに顔を上げて言い放つ。
「何が特別よ。今回の事、全部お兄ちゃんの計画だったんでしょ!? どうなの!? 風の長老竜!!」
リベルテが切れたのを見て、プレッツリヒが僅かに身を引く。怖かったのだろうか。
「あれ? ばれちゃった?」
「当たり前でしょうが! こんな怪しい笑いの風の竜は、風の長老竜ただ一人って相場が決まってるのよ! 勿論、あたしの中で!」
これには風の長老竜が大爆笑した。
プレッツリヒがリベルテの言葉に頷いたので、その足をヴィントが思いっきり踏んだのは見逃せない。
「あははっ! 楽しいことを言う。確かに、今回、あの村を助けたのは計画のうちだったけど、怒られる理由はないね。」
「いいえ、怒る理由はいっぱいよ! まず、あたしを誘拐したでしょ。次にプレッツリヒを首にした。
 そうやって、あたし達があの村で反乱を起こすように仕組んだのよ。
 んでもって最後は勝手にこんな場所まで連れてきた。おまけを言うと、最後の臭い台詞も嫌!!」
むしろ、おまけの最後の一言が一番強調されているようにも感じる。
「いやいや、あれは結構真実ばかりだよ? 実際、プレッツリヒは私の甥っ子の息子だし、
 甥っ子はヴェルト人の神として崇められてるし。」
「…もしかして、あの本人かどうか判別不可能な版画の神様のこと?」
「彼らの版画技術は独特だからね。だいぶ甥っ子に似ていないと思うよ。」
ヴィントが遠い目で笑う。
「でもでも、なんで甥っ子さんの姿なの? それに、どうしてあたし? だいたい、プレッツリヒを巻き込んだのは? あとあと…」
「結局、貴方は予想通りの結果になったわけですか? 私は確かに命令通り、あの砦を落としましたが。」
リベルテの言葉を遮るプレッツリヒ。顔が怖い。とてつもなく暗いのに、目が異様にギラギラ光っている。
「あぁ、計画通りだよ。今のところは。今回の目的は二つあった。
 一つは、リベルテに反乱に伴うリスクを考えさせること。
 もう一つは、死んだ甥っ子が今の君を見たら悲しむだろうなと思ったから、ちょっと頭を柔らかくさせようと思って。」
にっこり笑うヴィントの胸倉を掴むプレッツリヒ。
「貴方はいい気なものですね!!」
気まずい沈黙が流れ、張り詰めた空気がピリピリと音を立てている。
そこへ、予期せぬ人物が現れた。
「リベルテ!! やっと帰ってきたんだね!! 怪我しなかった!? 大丈夫!?」
「ヴィス!! どうしてここに!?」
「今、お昼ご飯だから抜けてきたんだ!! 竜の風が見えたから!! それで…」
リベルテに抱きつこうと走ってきたヴィスは、リベルテに抱きつく前に止まる。
「あぁ!! プレッツ君!! お久しぶりぃ!!」
リベルテではなく、進路を変えてプレッツリヒに抱きついた。
「うっ…! は、放せっ!」
プレッツリヒがじたばた暴れている。
(そう言えば、怪談嫌いの友人気取りがいるって言ってたけど…もしかして…ヴィス?)
「最後に会ったのは50年ぐらい前だっけぇ? 元気だった? もう泣いてない? もしかして、悲しくて地上に落ちちゃったの?」
「泣いてないし、仕事放棄したお前と一緒にするな! ボクはその…と、ともかく、違う!」
歯切れの悪いプレッツリヒが、ヴィスに抱きつかれ、余計に歯切れが悪くなるのを見ていると、かなり不思議だ。
リベルテはさっきの怒りも忘れて、隣に立つヴィントを見上げる。
「あの二人、友達なの?」
ヴィントが心の底から楽しそうに二人を見ながら頷く。
「おおざっぱに数えると、400年代の付き合いだよ。」
「長っ!」
「400とちょっと前に、プレッツリヒの父親である私の甥っ子が死んでね、あの仔が酷く落ち込んでしまったんだ。
 その頃はまだ小さかったから、日がな一日泣いて暮らす日々。もう煩いのなんの。
 そこで、歳が近いヴィスヨールイを遊び相手にしてはどうかと、炎の長老竜が勧めてくれてね。
 それから二人は大親友なんだ。」
リベルテはその言葉に頷き、大親友なのだろうと納得した。しかし、誤解は受けるだろうとも思った。
間違いなく、嫌がるプレッツリヒに抱きついてじゃれているようにしか見えないから。
どちらも青年であるだけに、事情を知らない人から見たら完全なる嫌がらせだ。
「長老竜! 勝手にばらさないでください! それに、自分とヴィス君は友人でもなんでもありません!」
「リベルテ、プレッツ君はボクの大親友なんだよ。ボクが自称してるだけだけど、本当に良い奴なんだ!」
「はー、そーですか。」
リベルテは気のない返事をして、苦笑いをした。なんだか疲れるコンビである。


「ところでお兄ちゃん、プレッツリヒはこれからどうなるの?」
ひと段落したところで、リベルテはヴィスからアターカ達が心配していることを聞かされて、安堵していた。
戻るところがあるのは嬉しいことだ。
「あぁ、別の用事をお願いしようと思ってるんだ。だから、ここで私達とはお別れだ。」
ヴィントがにこりと笑う。プレッツリヒの方は不満そうだ。
「どこへ行くの?」
「教えられません。自分もまだ聞いていないので。」
プレッツリヒの言葉に、ヴィスが悲しげな声を上げる。
「またお別れだね。一緒に旅ができれば楽しいのに。」
プレッツリヒが首を横に振る。
「ヴィス君みたいな、怪談苦手な癖に怪談の名所に行こうとか言う、突発的な竜とは一緒に旅したくない。」
「そんな300年前の些細な事を今もしつこく覚えてなくたっていいじゃん!」
「それだけじゃない。ヴィス君、君はボクの食事の邪魔を何度したと思う? 約1500回だ。1500回。」
「よく数えてたねー、プレッツ君。でも、ボク達良いコンビだと思うんだけどなぁ…。
 ほら、君って昔から病弱で術に頼りっぱなしで腕力ないしさ。相変わらず華奢だし。
 ボクは術が苦手だけど、体力とか腕力なら君には断然負けないよ?
 それに、皆には、お互いに生まれてくる家を間違ったんじゃないかとか言われるしさ。」
ヴィスの言葉にリベルテは思う。これだけ強いのに、病弱とか腕力がないというのは不公平だと。
他にも色々と突っ込みたいところもあるが、あえてリベルテは全てを飲み込んだ。
言ったところでしょうがない。答えてくれるようなものでもないだろう。ならば、忘れてしまうぐらいの方が良い。
「そろそろ、時間だ。行くよ、プレッツリヒ。」
ヴィントの言葉に頷くプレッツリヒ。ヴィントは全てをうやむやにして去ることにしたようだ。
「プレッツリヒ、短い間だったけど、ありがとう。」
リベルテが握手を求めると、プレッツリヒは仕方ないという顔で握手をしてくれた。
少し嬉しかった。
リベルテが一歩下がると、ヴィスが進み出てプレッツリヒに抱きついた。
「もう会えないかもしれないけど、元気でね。自称親友はやめたりしないから。」
プレッツリヒが複雑な笑顔でヴィスをぎこちなく抱きしめた。
「あぁ、ボクも君の自称親友で居てやるよ。元気でな。」
その言葉にヴィスが笑う。涙目で、幸せそうに。
プレッツリヒも小さく笑って、ヴィントの手をとった。
二人の姿は解け、目に見えぬ風となって消えた。
「さようなら。」
リベルテは、風の吹き去った方に手を振ったが、相手に届いたかは少し自信がない。
風は時間のように素早く過ぎ去ってしまうから。


「もうすぐ、地上から竜が去るんですよね。その時、ヴィス君はどうなるのでしょうか。」
プレッツリヒが後ろを気にするような顔をしたので、風の長老竜は笑った。
「その件だが、徹底的にやることにしたよ。」
「は?」
「もうすぐ条件は整う。その為に、君の力が必要なんだよ。」
プレッツリヒが風の長老竜を見る。
「そういえば、次の仕事とは一体…?」
風の長老竜がにやりと笑う。
体が青い空の高い所を飛んでいたかと思うと、突然急降下して大きな街へと飛んでいく。
プレッツリヒは驚きに目を開いて風の長老竜を見た。


「プシニーツァ国軍で、ちょっと人間殺しに加担してくれ。」
プレッツリヒに選択権はない。逆らえば、風の長老竜の胃に納められるだけだ。
風の長老竜が高らかに笑って、プレッツリヒを王城の庭に叩き落した。



最終更新日 2007/01/13
感    想 クノスペの村終了。
        ヴィントとプレッツリヒが親族と思えない。