ある世界の物語≪38≫

ある世界の物語

38

 

腕を無くしたら どうやって食事をすればいいの
足を無くしたら どうやって遠くまでいけばいいの
抗議する口がある 強い意志の瞳がある そして魂が体の中にある
見上げれば青い空 見下ろせば赤い大地 引き返せぬ道は暗い森色


食卓に邪魔することとなったリベルテは、心から喜んだ。
この所、固焼きパンだの雑穀粥だのといった、
胃に入ればそれで良いと投げやりになりたくなる食事ばかりだったので、
温かいスープと柔らかなパン、それからサラダとハムの小皿に心が躍った。
「うぅ、パンが柔らかい!」
行商の旅とアターカ隊との旅、条件は似たり寄ったりだが、精神的に負うものが違うと、
全うな食事にありついた時の幸福感は全く違うらしい。
「どんなパンを喰ってきたん?」
クノスペが小さく驚く。
パーズドビシャ人が食べるよりも固めのパンを焼いていることを知っているだけに、より一層驚く。
「まぁ、うん。二度焼きしたヤツとか、保存食用ばっかだったから。」
言いながらも、隣に座るプレッツリヒを見る。
全く食事に手をつけていない。それどころか、長い袖で口と鼻を押さえている。
闇の竜ジェラーニヤや炎の竜ヴィスヨールイもそうであったように、
もしも彼が竜ならば、人間の食事が摂れないのも仕方ないとは思う。
しかし、摂れないならば摂れないで、何かしら角の立たない態度をとるべきである。
「プリャーは食べねぇんけ?」
クノスペが空になったスープ皿を、丁寧にパンでふき取りながら問う。
指摘されたプレッツリヒは、目を見開き、眉間に皺を寄せて怒鳴ろうとしたのを止め、
何か深く思案した後に、小さく唸ってから席を立つ。
「暫くは宗教上の理由から断食…つまり、食事を取ってはいけないことになっています。」
リベルテが口元を押さえて噴出すのを堪える。
今まで聞いてきたヴィスやジェラーニヤの断り方よりは、よっぽど怪しまれない。
しかし、この世界のどこに宗教上の理由から断食しなければいけない奴が空から落ちてくるのだろうか!
リベルテがクノスペと老婆もそう思ったに違いないと二人を見て、固まった。
「そうかぁ、世の中には変わった宗教もあるんねぇ?」
と、クノスペが本気で関心し、口に運ぼうとしたパンをスープ皿に取り落とす。
「そりゃ仕方おまへんな。食事に誘ったこと許しておくんなまし。」
老婆も心から悪かったという表情で頷く。
「すみません。」
小さく礼をするプレッツリヒに、詫びの意識が無いことをリベルテは本能で感じ取っていた。
間違いなく、クノスペとその祖母は、感覚が鈍いというか、だいぶずれている。
純朴な人間という奴に出会って、無駄に計算高い自分に恥じることもあるが、
ここまで純朴というか人を疑わない人々を見ると、彼らに対して呆れてしまう。
ヴェルト人がパーズドビシャに吸収されたのも、この人の良さが裏目に出たのだろうと、リベルテはスプーンの端に口をつけた。


食事が終わり、片付けを手伝った後、クノスペと老婆が家の裏にある納屋へ行ってしまったのを見計らってプレッツリヒに声をかけた。
「ねぇ、プレッツリヒ、もしかして貴方…竜?」
言いながらも、この問いが間違っていた場合、どれほどの恥じをかくのかと計算し、頭が痛くなる。
「自分は…。」
答えようとしたプレッツリヒは、またも押し黙り、何やら憤慨したような顔で天井を見つめ、それから急に落ち込んで足元を見下ろす。
「あたしの考えでは、まず普通の人間なら空から落ちて地面にめり込んだ奴は血を流して死ぬと思うけど、貴方はそうじゃなかった。
 だから、人間じゃない、別の何かだと思ったの。
 次に、面白い言い訳だったけど、貴方は食事を摂るのを嫌がった。
 竜って、人間の食事が摂れないって聞くし、人間に化けることもできるって聞くから、
 もしや貴方は竜じゃないかと思ったの。」
顔を上げたプレッツリヒは、無表情で言葉を紡ぎ始める。
「確かに、人間らしからぬ行動や態度であったことは認めます。
 しかし、人間には時として、並の人間には得られぬ能力を得るものが居るのも事実では?
 先天的か後天的かは別としても、自分がその例に含まれている可能性は高い。
 また、そうでなかったとしても少ない証拠で竜と結び付けるのは愚かではないか?
 竜など、神話の時代に住まう者達に懸想するなんて、子供じみてる。」
リベルテは、確かにこじつけも良い所だなと、自分の言葉を反芻する。
しかし、それでも、彼が人間ではないと思う。
「じゃあ、どうして、神話の時代の生き物であるドワーフだって見抜いたの?
 あたしの事、"ドワーフ君"って呼んだよね?」
竜達の鼻がどうなっているのか知らないし、知識で判断しているのかもしれないが、
リベルテにドワーフの血が混じっていると見分けたのは、同じドワーフの血を持つ者か、さもなくば竜だけである。
これにはプレッツリヒも、気まずそうに斜め下を向いてしまう。
「そ、それは、つ、つまりアレだ。し、神話時代のドワーフは皆、せ、 背が低くオレンジの髪に浅黒い肌をしていたから、そ、それと引っ掛けただけです。」
リベルテはこの男の特徴に気付いた。
この男、自分では気付いていないが、困惑すると"どもり癖"がある。
しかも、まずい状況になると語尾が"ですます口調"になるのだ。
(あと一押しってところかな?)
「それこそ、子供じみた考えでしょ? 貴方だって、さっきそう言ったわ。
 だいたいねぇ、どこの国に、何も無い空から落ちてくる人間がいるのよ。
 間違いなくあなたは人じゃない。ってかもう、白状しちゃっていいよ。
 闇の竜にも、炎の竜にも、水の竜にも、風の竜にも会ったことあるもの!」
会いたくて会ったわけではないが、会ったことにはかわりない。
「う、うう、嘘をを、吐かないでもらいたい!
 こ、ここ100年、そそそれほど多くの竜に会った人間などど、一人しかいない!!」
そう言って、プレッツリヒは硬直する。
「しまった…、ひっかかった…。やってしまった…。あぁ…。」
床板にめり込みそうなほど落ち込んでしまう。
自分の言葉が、当事者である"竜"でなければ知る由も無いことを口走ってしまったこと、
そして何よりも、その"唯一の人間"に出会ってしまったことに絶望したのである。
「リジー、リジーと呼ばれて気付かなかったが…もしや…、リベルテ・ネゴシアシオン?」
ゆっくりと顔を上げるプレッツリヒは、嘘だと言ってくれと瞳で訴えている。
しかし、運命だか人生だか竜生だか、さもなくば世界という奴は、そう易々と思い通りにはいかない。
「うん、リベルテ・ネゴシアシオンはあたしの名前よ。
今は、なんか仲間に追い出されちゃったっぽいからいないけど、
昨日までは炎の竜のヴィスヨールイと一緒だったわ。もっと前には闇の竜ジェラーニヤとも。」
プレッツリヒが両手で頭を押さえ、声にならない悲鳴を上げる。
途端に、部屋の中に突風が生まれ、つむじ風が窓から出て行った。
「狙ったのか!? 狙ったのか? 長老竜は狙ったのか!?」
一人でパニック症状を起こし、そこらへんを行ったり来たりしている。
リベルテも、相手が竜でなければ係わり合いになりたくない人物だと認識した。
突然、プレッツリヒが立ち止まり、両手を上に伸ばす。
(何かが光臨した!?)
リベルテが無意識に、壁に背中をつける。
「逃げよう。」
そう呟いたプレッツリヒは、そのまま窓辺まで歩き、窓枠に足をかける。
ここは二階だ。間違いなく、ここから飛び降りたら村中の噂になる。
リベルテはプレッツリヒの服を掴み、なんとか思いとどまらせようと必死で引っ張る。
「ちょっと、どこへ逃げるの!? そもそもなんで逃げるの!?」
「は、離せ!! 自分は自由な風となって故郷へ戻るんだ!! 叔父さんの所に行く!!
それが駄目ならば命を絶つ!! こんな恥を晒して生きていけようか!? 否、生きる価値も無い!!」
錯乱状態の人間を何度か目にしてきたリベルテだが、ここまで錯乱している男は見たことがない。
勝手に考えて勝手に自分を追い詰めて、勝手に無理だと決め付ける態度は、
良く見れば何かの神が光臨しているようにもみえなくもない。むしろ、悪霊に憑かれている気もするが。
「だぁほっ!!」
全く別の場所から怒鳴り声が響いた。
リベルテもプレッツリヒも驚いて、窓枠から真下を見下ろす。鋤を担いだクノスペだ。
「死ぬんなら戦って死んじめぇー!! 何もせんで死ぬんなら本当に価値なしだい!!」
そういえば、クノスペの家族のほとんどが戦争に駆り立てられたと聞いた。
言っているクノスペ自身が苦しいのではないかと、胸が痛くなるリベルテ。
プレッツリヒの方はというと、何か考え込んで沈黙している。
リベルテはチャンスと見て、思い切り後ろに引っ張った。
プレッツリヒは背丈の割りにとても軽く、空気の入った袋を引っ張るようにさえ感じた。
おかげで、引っ張ったリベルテの方が床に腰を打ち付けてしまう。
「いたたっ。」
お尻をさすりながら立ち上がろうとして、目の前にプレッツリヒが立っているのを見た。
落ち込んでいる。冬の風よりも冷たい空気を発しながら落ち込んでいる。
普段、ちょっと眺めの前髪のおかげで、落ち込んだ顔が見えないだけに、真下から見た顔は物凄く怖い。
何かを呟きつつも半開きになった口と、細めたり見開いたりし続ける目、そして深く刻まれた眉間の皺。
「怖い。」
リベルテの呟きにプレッツリヒは何も反応しなかった。


「なんか、以外に様になってるところが凄いよね。」
リベルテは額の汗を拭きながら、プレッツリヒを見る。
あの後乱入してきたクノスペが、プレッツリヒとリベルテをひっつかみ畑へとやってきた。
「人手が足りんかってん、ほんに助かるよー。」
早刈りの麦を刈りながらクノスペが笑う。
畑へやってきた4人は、麦を黙々と刈ることになったのだが、プレッツリヒは嫌がった。
というのも、最初は服が汚れるからという理由だったが、どうもこういう地味な作業が嫌なだけらしいことが判明。
ほがらかな単純作業なんてやりたくないと、最後には駄々をこねたが、クノスペの強引さで鎌を持つ破目に。
現在、長年この作業に従事しているはずのクノスペや老婆よりも素早く丁寧に刈り取っている。
「あんな綺麗なベベ着とるけど、前はどこかの小作人だったのやろか?」
老婆が、自分よりも素早く刈っていくプレッツリヒに関心を見せる。
が、関心を見せただけで、何も言わずに腰を曲げてまた刈り始めた。
「それに比べて、リジーは遅いし下手だ。」
クノスペの言葉にリベルテが口を結ぶ。
彼女は生まれついての商人で、一流の行商人である。炎天下の旅から極寒の旅まで経験済みだ。
また、頑丈なドワーフの血を引いているおかげで、普通の女の子よりも力には自身があるし、足腰も丈夫だ。
だからと言って、全ての肉体労働に向いているかというとそうでもない。
特に、経験によって洗練されていく、麦刈りなどの単純作業はやったことがないのだから下手で当たり前だ。
最近はちょっとうまくなってきた弓だって、練習初回の日は間違って後ろへ矢を飛ばしてしまい、見物していた凰火に怒られた。
刀で叩き落さなければ、間違いなく凰火は怪我をしていただろう。
「あたし、農民じゃないから…。」
「だらしねーなー!!」
クノスペの言葉に少し腹が立つが、確かにだらしないことこの上ない。
プレッツリヒだって、たぶん始めてだろうにあんなに早く刈っているのだから。
(…ちょいまち、鎌を腰に刺しっぱなしで、どーやって刈ってるの?)
良く見れば、プレッツリヒの腰には鎌が結わえられている。
手元を覗いてみると、理由がわかった。小さなカマイタチを発してザクザク切っている。
(バレたらどうする気だろ…。ってか、もう吹っ切れたの? それとも、負けず嫌い?)
黙々と作業を続けるプレッツリヒの背は、どこか誇らしげである。


昼を少し過ぎて、一番暑い時間に昼食を摂ることにした。
畑の端に四人で座り、作ってきた弁当を開いて食べ始める。
外にいるせいか、プレッツリヒは鼻を押さえたりはしていないが、やはり弁当を断った。
「プリャーのおかげで、今年はなんとか刈り終われるかもしんね!」
クノスペが明るく笑う。
「他にも畑があったりしないよね?」
腰を痛めたリベルテが、不安げに問う。
「ある。もう少し向こうに、ここの倍ぐらいのが。」
見渡す畑は、朝から刈ってやっと半分近く刈った程度だ。これの倍となると、かかる時間も倍以上だろう。
リベルテはがっくりしながらも、やることがあるにこした事はないとも思えた。
ここに来てから、血の臭いも死の気配も感じない。不安な旅よりかは安定している。
使命だとか、やったほうが良い事から開放されるのは気が楽だ。
しかし、何もしていないと思い出してしまう。火傷を負った兵士の顔や、女神を待つスュー人の子供の顔を。
「去年は家族みんなでやったんけんね…。トトはんもカカはんも、兄はんも姉はんも戦争いっちまっておらんし。
ほんに助かるんで?」
リベルテが落ち込んでいるのを気遣って、クノスペが一層明るく笑う。
「別に、畑仕事の事で悩んでたわけじゃないんだけど、ありがとう。」
素朴な気遣いが嬉しい。核心はだいぶ違うが。
隣でぼんやりと畑を見つめていたプレッツリヒが口を開く。
「人は生きるために畑を耕す。己の為だけに。でも、それも秩序だ。そうしなければ生きていけないから。」
リベルテが驚いてプレッツリヒの顔を見る。
考えが口に出てしまっただけで、本人にその気はないようだ。ちなみに、クノスペと老婆は畑の話で盛り上がり聞いちゃいない。
「自己満足と、世界秩序、どちらが大切なのだろう? 同じように働いているつもりだったのに…。
 皆の為と、己の為、こんなに歴然としているのに、どうして長老竜はわかってくださらないんだろう。」
「貴方が何の竜かは知らないけど、他人の為であっても自分の為って感じで楽しめたら、
 それは自己満足でもあるんじゃない? そういう生き方も楽しいと思うけど。」
プレッツリヒがリベルテをちらりと見たが、何も言わずに空を見上げた。
リベルテは思う。
強迫観念にも似た、仲間からの願いを受けて戦うことを決めたのは自分の意思。
仲間の為と言いながら、仲間の重たい願いから逃げるために自分で立ち上がったようにも思う。
だけど、実際に戦って誰かが死んだり怪我をする度に思う。
誰かの為にこんな事をやりたくはない。皆と笑いたいから、平和に暮らしたいからやるんだと。
そう自分に言い聞かせて、いつしかそれが答えになっていた。
本当は難しく考えたくない。考えれば考えるだけ、どこかに落とし穴がある気がする。
だけど自分は歩き始めてしまった。もう、立ち止まれないし、考えずにはいられない。
それが余計に怖い。死ぬまで戦い続けなければいけないかもしれない。
だから、プレッツリヒに言った言葉も、自分への慰めかもしれない。
「あたし、ナム隊かスュー人の村に行かなきゃいけない。だけど、どうやってそこに行こう。」
やらなければという思いだけしかないリベルテの言葉に、プレッツリヒが溜め息を吐く。
「それなら、ここでやると良い。」
「え?」
「嫌な臭いがやってきた。鉄と血の臭いだ。」
プレッツリヒが立ち上がり、少し離れた村の方を見ると、村の方から集合を知らせる板を打つ音が聞こえた。
「何かあったみてぇ! ちょっくら戻ろう!!」
クノスペは、老婆にそう呼びかける。


村に戻ると、村の中央に人だかりが出来ていた。
「じいちゃん、何があったんだい!?」
クノスペが、後頭部の眩しい老人に声をかける。
「また、兵士狩りだ。今度はもっと若い奴を連れてくっつーてる。クー坊は隠れとった方がええ。」
クノスペの表情が変わる。
慌てて家の中に隠れた、少年少女達が引きずりだされ、場所の中に詰められていく。
「酷い! クノスペ、逃げたほうが良いよ!」
リベルテの言葉にクノスペは首を横に振る。
「逃げるとばっちゃんが叩かれる。
リジー、プリャー、できれば麦を刈り終えるまではばっちゃんを手伝ってくれよ。」
クノスペは悲しそうな顔で老婆と抱き合う。
「こんなの酷いわ!! 絶対にあっちゃいけないわ!! 戦おうよ!!」
リベルテがクノスペに言うと、クノスペは激しく首を振る。
「駄目だ、駄目だ! 他の村のもんに迷惑がかかる! オレらが行くだけで、他のもんは助かる!」
そう言って、クノスペは馬車へと歩き出した。


「人間って、無力だわ。王様なんていなきゃいいのに!」
リベルテが泣きながらクノスペの家へと入り、荷物の中から弓と矢を取り出す。
「あたしは村人じゃないし、たった8人の兵士ぐらい…。どうにかしてみせる。」
勝算はない。策もない。分も悪い。
二人殺せれば良いほうだろう。それでも、どうせ方法の見えない今を生きるなら、死ぬ気で前に出よう。
力が無くても、皆で暴れれば8人ぐらいは殺せるだろう。
たぶん、プレッツリヒは手助けしてくれない。
誘ってはみなかったが、竜が人の争いに手を貸すことが稀なのはよく知っている。
だから、これは自分の運試し。自分を、革命に手を貸そうとする人間を求めてくれる人がいるならば、それで良し。
そうでないならば、死ぬだけだ。
賭けは苦手だが、もう楽しいことが見えない人生なら、せめて毎日に賭けたい。
「それじゃ、まずは馬を射るかな。暴れ出した隙に兵士を狙おう。」
勿論、特攻なんてしたくない。賭けだって、負けを前提にしてやれるだけの度胸はない。


家々の影伝いに馬車へと近づいたリベルテは、小さな合成弓を引き馬の頭目掛けて矢を放とうとした。
瞬間、馬車の後方、広場の方で悲鳴が上がった。
何かと思い、矢をつがえた状態でそっと覗き見る。
「臭い手で触れないでもらえますか?」
プレッツリヒが腹立たしげに、長い袖を払う。その前に倒れている兵士が怒鳴る。
「男も女も適齢期の者は兵士になるのだ!!」
「自分はこの村の人間ではありません。だから、従う義務もありません。」
文官風のプレッツリヒが、どうやって兵士を転ばしたのかはわからない。
だが、他の兵士が抜刀し、危険な状態であることは間違いない。
リベルテはとっさに馬車馬を射る。
馬は腹に刺さった弓矢によって、悲鳴をあげて暴れ出した。
「ちょっとタイミング外しちゃったけど、プレッツリヒを巻き込むのは得策じゃないもの。」
もしもプレッツリヒが激怒すれば、間違いなく村が壊れる。
どんな竜かは不明だが、その力はヴィス以上に違いない。
以前、ヴィスは竜の力は生まれよりも、その年齢と大きさで決まると言った。
確かに、才能のある竜は、生まれながらに強いが、それでも歳の差は圧倒的な力差となるらしい。
人間に転じる時は、竜の年齢を人間換算したものになるというから、
ヴィスよりも年上のプレッツリヒは単純に考えてヴィスよりも強いだろう。
「後は、兵士を叩くだけ!」
暴れ出した馬車のおかげで、広場は混乱し、馬車に乗せられた子供達が逃げ出して兵士達も対応に追われている。
今しかないとばかりにリベルテは駆け出し、手近の兵を一人仕留める。
村人もいるので、遠くの兵士は的にできない。
弓を持ったリベルテの存在に気付いた兵士が、抜刀して向かってくる。
リベルテは立ち止まり、力の限り弓を引いて放つが、兵士はそれを避ける。
運動神経が良いからでなく、距離を見計らっているからだ。
走りながら打てるものでもないし、このまま距離を保たれれば当たらない。危険だ。
まさか、弓で前衛を務める破目になるとは思わなかったので、こんなときの対処方を聞いていなかった。
リベルテが当惑した瞬間、兵士が大声を上げた。
「一体どこにいる!!」
(はぁ?)
「ちきしょうっ、小娘め!! どこへ行きやがった!!」
(ちょいまち、目の前にいるでしょ!?)
リベルテは驚いて矢をつがえたまま硬直した。
「くそっ、なんで消えるんだ!?」
(…消えた?)
リベルテがゆっくりと歩き始めるが、兵士はその場で立ち止まったまま、しきりに喚いている。
本当に見えないらしい。
勿論、こうなったら容赦しない。
リベルテは兵士をきっちり狙い、むき出しの額を撃った。
あっさりと倒れる兵士。
「そ、そんな場所に…。」
「どーなってんの?」
倒せてよかったとは思うが、意味がわからない。周囲を見ると、建物の影に隠れていたクノスペと目があった。
「へへ、オレの術も、たまには役に立つんだな!」
突然、リベルテは思い出した。
パーズドビシャには、呪術師が存在しており、兵士として戦場に出るということを。
しかし、本当にそんなものが存在しているとは露ほども思っていなかった。
竜がいたことには驚いたが、目の前にあったから信じられた。
だけど、魔法だの呪術だのと言った部類は、本当に得体が知れない。とても目の前で起こっても信じられない。
「何があったの?」
「幻の術ってヤツ! オレは陽炎みたいに空気を歪ませて幻を見せることができんの! ちょっとだけ。」
気恥ずかしそうに最後の言葉を付け足すクノスペ。
「それより、リジー! オレんち皆、やっぱりパーズドビシャの兵士になりたくないから、やめた。」
真面目に話すクノスペに、リベルテは驚く。さきほどまでアレほどしおらしかったというのに!
「んでもって、プリャーが他の兵士を倒してくれたから安心していいんよ。」
言われて、リベルテは広場に出る。
見回せば残りの兵士達が地面に転がり、その中央にプレッツリヒが立っている。
どこから取り出したか知れない長い槍を片手に、勝利のポーズを決めて一言。
「自分はプレッツリヒ! 太陽の護衛を束ねる者です! よく覚えておきなさい!」
リベルテは、その姿に凰火を思い出して少し呆れた。
誇らしげに名乗りを上げるところなど、不意打ちも辞さないリベルテにはむしろ恥ずかしい。
近くにやってきたクノスペが「かっこえぇー!」と叫んでいるのを、本気で小突きたかった。


戦いも終わり、子供を抱きしめる老人達の中から、非難の声があがった。
「あんた達のおかげで、これから村は焼き払われるかもしれない!!」
リベルテは、その危険性を考えていなかった。
今まで一度も、反逆し勝利した後のことを考えたりしなかった。
確かに、危険因子は、より強い力で潰した方が良いと考えるのが普通だ。
「でも、子供が帰ってきたんだ!」
怒鳴り返す老人も現れた。
いよいよ村人達が騒ぎ出す。反乱の狼煙をあげるかあげないかではない。
この結果が誰のせいなのか、この結果から何が得られるかだ。
村に取り残された老人達は、孫と自分の心配しかしない。
孫がいなければ、自分の心配だけをすれば良い。息子や娘はもう帰ってこないだろうから。
老人達の言葉にリベルテが落ち込んでいると、プレッツリヒが声をかける。
「この期に乗じて、自分はこの村を出ます。力を頼られては困りますし。」
「貴方には、この状況をどうにかしようっていう気持ちはないの?」
「自分のせいでこうなった部分がないとは言いません。ですが、この争いはこの村の事です。」
「無責任。」
「君が弓で馬や人を射たのも、同罪ですよ?」
リベルテは押し黙った。
「もう、いい加減にして!! 白髪の兄はんが助けてくんなきゃ、死んどったんはあたしらよ!?
 じっちゃんばっちゃん達は偉いかもしれないけど、無駄死にするのはトトはんやカカはんやあたしらや!!」
村の中心で存在を叫…もとい、広場の真ん中で少女が声を張り上げる。
歳はたぶん、リベルテと同じか、少し下だろう。
他の子供達も少女の周りに集まって声高に叫ぶ。その中にはクノスペの姿もあった。
「連れてかれて、パーズドビシャのために死ぬんはイヤおす!!」
「オレらはオレらん為に戦いてぇっさ!! それは無駄死にじゃない!!」
「うちらがおらんなったら、苦労するのはじっちゃんばっちゃんだわ。」
リベルテはその様子を見て感動した。これこそリベルテが願った団結力だ。
「素敵! 不思議な術も使えるみたいだし、もしかしたら…。」
「もしかしたら、はありません。安易に考え過ぎです。戦力の違いを考慮していない。」
リベルテの気持ちをへし折るようなことを言うプレッツリヒ。
「…どーせ行くところないなら、ここに居て手伝ったら?」
プレッツリヒが落ち込んだ。また地面にめり込みそうである。
どうやら職場に復帰できないことをかなり気にしているらしいプレッツリヒ。
リベルテはニヤリと笑う。これは使える。
「長老竜には解雇されたんだし、暇だよね? 仕事もなく、ぼんやり人間やってるわけよね?」
プレッツリヒが俯いて、肩を震わせる。だいぶ効いている。
「だいたい、その突然怒ったりする態度が嫌われてんじゃない?
 嬉しいんだかつまんないんだかわからない上に怒りっぽくてへこみやすい。
 もう、職場で不人気ナンバーワン上司とかになっちゃってるわよ。」
適当に言った言葉に、プレッツリヒがピクピク反応する。
(も、もしや、全部図星? うわぁ…。でも、そうなると闇の竜じゃないよね。
 ジェラーニヤも怒りっぽいし、石頭っぷりも激しかったけど、嫌われてる様子なかったし。
むしろ、自分が普通といわんばかりの態度だったけど。)
思い悩んでいると、プレッツリヒが顔を上げた。相変わらず怪談タイプの怖さがある。
「わかりました。一度か二度ぐらいは付き合いましょう? でも、君も一緒ですよ。
 言いだしっぺが逃げるなんて許しませんから。」
「えぇ、いいわよ。」
プレッツリヒが何か呟きながら笑った。
相変わらず、何を考えているのかわからない。
「ところで、プレッツリヒ。」
「なんでしょうか?」
「貴方、友達いる?」
一瞬、プレッツリヒが固まる。それから、何かを探すように辺りを見回して、怒ったり溜め息を吐いたりを繰り返してから答えた。
「…勝手に友人気取りしている怪談嫌いがいます。」
「怪談嫌いなのに、その竜ってよくプレッツリヒと付き合えるね。ってか、それ以外は?」
プレッツリヒがまたも思い悩み、またも空を見上げたり、足元を睨んだり、怒ったり溜め息を吐いたりを繰り返し始めた。
「もういいよ。聞いたあたしが悪かったから。」
リベルテは慌てて制止する。
広場を見ると、子供達の説得に老人達が折れ、近くにある砦を叩く計画まで持ち上がっている。
他の村とも連携をとって、独立しようとまで言い始めている。
リベルテは自分のことのように嬉しくなって、プレッツリヒを見上げた。
「規則だの、なんだのって、押し付けられるのはもううんざり!
 虐げられる側も、時には戦って自由を得てもいいでしょ?」
リベルテは笑いながらプレッツリヒに握手を求める。
「短い間だけど、よろしくね!」
握手を拒絶するような態度を示すプレッツリヒ。また何か呟いている。
「人間関係ってのは信頼からはじまるのよ!!」
リベルテは強引にプレッツリヒの手を掴み、そのまま広場の中心、説得の大将をつとめた少女のもとへ走った。
「その反乱、あたし達も混ぜて!」
プレッツリヒが不満そうに鼻を鳴らした。



最終更新日 2007/01/13
感    想 プレッツリヒの得意技は、被害妄想と自暴自棄。