ある世界の物語≪37≫

ある世界の物語

37

 

思惑が交錯したとき犠牲になるのは哀れな小鳥
愚かにも喋りすぎたのは鴉なのか鷲なのか
食い違う心象と現象に迷わされるのは誰だろう
おぞましい箱庭に垂れ込めるのは破滅か未来か


小鳥のさえずる朝がやってきた。日の光は眩しく、今日も暑くなりそうだと予感させる。
暖かな日差しを頬に受けて目覚めたリベルテは、目の前に浮かぶ見慣れない少年の顔に困惑する。
気だる体が目覚めはじめると、頭が警笛を鳴らした。
「誰っ!?」
跳ね起きたせいで、見慣れない顔に頭突きをするような形になってしまった。
両者が共に痛がっていると、奥の出入り口から老婆が顔を覗かせる。
「おや、起きたんえ?」
この老婆の顔にも見覚えはない。
リベルテは何がなんだかわからないという顔をしながらも頷く。
「おはようございます。えっと…、ここはどこでしょうか?」
ゆっくりと眠る前の記憶を辿るが思い出せない。
昨晩はアターカの為に薬を作り、不貞寝してしまったヴィスを置き去りにして道具を洗いに川辺へ行き、
洗い終わり道具を鞄に収めた後、テントに戻ろうとした。
そこまでしか覚えていない。
あの周辺に民家はなかったし、あったとしても、まさか他人の家のベッドにまで潜り込むことはないだろう。
「パーズドビシャとカローヴァの国境にある村おす。」
老婆がにこにこと笑いながら答える。
アターカ隊の位置もおおざっぱに言えばその辺りだ。
しかし、パーズドビシャとカローヴァの国境という曖昧な言葉ではどちらよりのどの辺かはさっぱりわからない。
この妙にキツイ方言がヒントなのは確かだが、頭をフル回転しても思い出せない。
「あの、あたしはリベルテって言います。とりあえず記憶喪失ではないと思うのですが…、
 どうしてあたしは皆さんのお宅のベッドで眠っているのでしょうか?」
場所の事は後からどうとでもできる。問題は現状だ。
その問いには痛がっていた少年の方が答える。
「神はんそっくりのヴィントっちゅー兄ちゃんが昨日きよって、
あんたをすこぉーし預かってけれって置いてったんや。」
「神? ヴィント?」
どちらにもあまり馴染みはない。
前者の方が、まだかろうじて自分の身に関係している気はする。
リベルテが顔をしかめていると、少年が「ちょいまちぃ!」と言って隣の部屋へ行った。
老婆は台所にでも行ったらしく、耳を澄ませば包丁の音が聞こえる。
他には人の気配がしない小さな家だ。
もしかしたら二階もあるのかもしれないが、起き上がって窓から覗く限りそういうわけではないらしい。
「にしても、この村の家って小さいわね…。」
リベルテ自身、背が低めなのであまり気にならなかったが、
天井も間取りも家具や雑貨に至るまで、何もかもが一回り小さめである。
これでは、凰火が手を伸ばせば楽々と天井についてしまう。
「まぁ、背の低い人種がドワーフ族以外にいても驚かないけど。だって大昔にはエルフとかいたんだもんね。」
勝手に自己完結する。
老婆は白髪で、しわしわな顔のお陰で瞳の色もわからない。
だが、少年の髪は薄い栗色で、瞳は青く肌は白い。
まだ二人ほどしか見ていないが、この村の住人はドワーフ族の血を引いてはいないだろう。
「リベルテ! こん方が神はん!」
窓辺に立っていたリベルテが振り返ると、少年が古い版画絵を持って入ってきた。
「あんね、神はんっても、オレんちの神はんやから、外の人間は知らんのんよ。」
絵を受け取り、リベルテは小さく驚いた。 薄い樹皮に版画された絵は、独特の線の強弱を持つかなり抽象的なもので、
実際の人間と似ているかどうかを見分けるには、かなりの想像力が必要そうである。
しかし、そんな事よりも、このタイプの版画をリベルテは知っている。
(300年前のヴァルト人の絵と同じだ。
パーズドビシャ人に吸収されて、文化が廃れてこの手の絵も現存するだけになったはず。
 版画の雰囲気からして、だいぶ古いものみたいだし…。これは値打ちものだわ!)
そう思うと、手が震えてきてしまう。
一度だけ、父が扱ったヴァルト人の絵は、本物と証明されたとたん物凄い高値で売れたことを思い出す。
もしもこれが本物ならば、間違いなく出すところに出せば家が建つ。
それも、庭付き一戸建てで大抵の国の首都に門を構えられる。
「感動するっしょ!? 神はん!!」
少年は己が神似のヴィントと出会った時の感動に似たものを、リベルテが感じているに違いないと確信していた。
もちろん、事実は違うのだが。
「えっと…そうね! 神様って素敵よね! にしても、ヴァルト人の絵があるなんて驚いたわ!」
なんとか少年に会話を合わせようとするが、どうしても絵のことが気になってしまう。
「ヴァルト人の家にヴァルト人の絵があるんはおかしいんけ? オレも、ヴァルト人なんよ?」
一瞬、リベルテの頭に歴史の年号が走る。幼い頃の家庭教師のクソ眠くなる喋り声が頭の中で反響している。
"ヴァルト人はパーズドビシャ人に吸収され、現在はヴァルト人としての存在を認められておらず、その文化は…"
「えっとぉ…ちょい待ち。もしもしお伺いしますが、貴方の国の王様の名前は?」
「わかんねー。オレ、パーズドビシャ人のことキライだからわかりゃんね。」
「キライ?」
「だってぇさ、トトはんもカカはんも、上の兄はんも姉はんも、ナム隊倒す為に連れてかれたんよ。だからキライ。」
リベルテの頭から、家庭教師の声が消えさる。
つまり、ナム隊を倒す為に連れてかれたって事は、ここは"現代"のパーズドビシャ国領土になるわけだ。
たぶん、ヴァルト人と認められてなくとも、当人達はヴァルト人として名乗っているのだろう。
場所がわかったところで更に疑問が沸く。
いくら国境よりにいたからと言え、その"ヴァルト"という男はどうやって夜のうちにリベルテを連れてこれたのだろうか。
「うぅ、頭がこんがらがる!! っと、そういえば貴方の名前聞いてなかったわ。あたしリベルテ。歳は16。貴方は?」
「オレはクノスペ。リベルテと同い年さ!」
「ウソ!」
「ウソなもんかい! バッちゃん!!オレは16才なんやろー!?」
少し遅れて「そうじゃー!!」と、少し離れた場所から聞こえた。
12,3歳ぐらいだろうと思っていただけに、これは衝撃的である。
同い年なのに、リベルテよりも背が低いのである。今から成長するにしても小さすぎだ。
「小さいね。」
ちょっと嬉しくなる。何せ、リベルテは同族の中でもチビの部類なのだ。
世界的な平均身長からみれば、極小チビである。
そのリベルテに負ける同い年の男子がいるのだ。リベルテにしてみれば、もう仲間だ。チビの。
「リベルテがでかいんよ。16でそんなん大きかったら、大人になったら婿はんのが小さくなっちまう!」
あえてリベルテは何も言わなかったが、それはそれで夢のようである。
しかし、残念ながら彼女の身長はここ2年ほどちっとも変わっていない。もう、伸びないだろう。
「クノスペはまだまだ伸びるんだからいいじゃん。」
「まあな。これでも同い年の奴でオレより背ぇの高ぇヤツは、この村におらんし。
 トトはんも兄はんも背ぇが高ぇから、俺もぜったい高くなる!!」
ヴェルト人万歳!! ありがとうヴェルト人!! 是非、嫁にして。
そんな気分にさえさせられる。背が平均より低い分、嬉しい限りだ。
考えてみれば、この世界の男の平均身長は凰火ぐらいである。
ヴィスはやや小さいが、まだまだ伸び盛りのようだし、実態は竜なので論外な大きさだ。
ジェラーニヤは凰火よりも更に背が高く、これもこれで稀少な高さだが探せばいないわけではない。
ともすれば、女性の平均身長からしても極小チビなリベルテには、全員背高のっぽである。
いい加減首の痛い関係なのだ。
だが、ヴェルト人は違う。まだ見ぬ成人男性の背は、天井の高さからいっても、まず間違いなくヴィスより低いだろう。
「あたしもヴェルト人だったら、身長の事で悩んだりしなかっただろうなー。」
ついつい漏れた呟きも実に切ない。
「だったら、俺の嫁になればいい。」
「え?」
真顔でクノスペが言ったので、リベルテも真顔で驚く。
「オレんちには、神はんが嫁を連れてくるっていう昔話があるんね。
 ヴィントは神はんだと思う。だから、リベルテ、いやリジーはうちの嫁として連れてこられたんじゃねーかと思う。」
リベルテの顔が引きつる。
確かに、さっきは"嫁にして"とか思った。でも、それは冗談である。
以前に本人が言ったとおり、リベルテの好みは自分より背の高い男である。
それも、凰火(平均)ではなく、ジェラーニヤやナムと言った稀少なのっぽ達だ。
自分に好意的なヴィスをいまいち恋愛対象に見れないのも、背が凰火(平均)より低いからだ。
なのに、平均以下な男と付き合いたくはない。結婚なんぞ論外だ。
だいたい、人に勝手な愛称をつける男は趣味じゃない。
「ほら、それは単なる昔話だし、あたしは自分がここに連れてこられた意味もわからないし、
 ってかむしろ、まだお嫁さんになる気もないし!! そもそもリジーって何!!」
クノスペも真顔だが、リベルテも真顔だ。
気まずいような、白熱したような、なんとも噛み合わない空気が流れる。
「おはよう、クノスペ。リベルテに言い寄るのはやめてくれないかな?」
突然、沈黙を破って部屋の中に男が入ってきた。
「誰?」
リベルテの問いに微笑む男。どこかで見た、この顔じゃないけど、この笑いは見たぞと、頭が叫んでいる。
「ヴィントはん!!」
クノスペが男の傍へ寄る。実に嬉しそうだ。
しかし、リベルテの頭はむしろ警戒警報さえ発している。
確かに、言われれば版画の神様とよく似ているが、それ以上にこのヴィントという男、身近な誰かに似ている。
「リジー、昨日の夜、リジーを置いてった人だよ!」
クノスペが紹介すると、ヴィントがにっこり微笑んで会釈したので、リベルテも会釈を返す。
返しながらも、勝手に"リジー"を定着させようとしているクノスペを睨む。
「失礼ですが、どうしてあたしをここへ?」
リベルテがヴィントの薄笑いを見つめる。
「君が、パーズドビシャとセルフヴォランの国境沿いに倒れていたから、一番近いこの村へ連れてきたんだ。
 ところで、これは君の荷物かな? 朝戻ってみたら落ちていたんだが。」
ヴィントが背負っていた荷物を降ろす。
「あ! あたしのです!」
リベルテは慌てて荷物を受け取る。
「薬臭い鞄は、クノスペに渡しておいたから、後で受け取ると良いよ。
 私は用があるのでもう経つけれど、君の家族か仲間に会ったら、ここにいることをちゃんと伝えておくよ。」
リベルテが間髪入れる間も無く、ヴィントが部屋を出て行った。
クノスペが残念そうにその後を追っていったが、リベルテはその場に取り残されてしまった。
荷物は、アターカのテントに置きっぱなしにしていた。寝袋は、すぐ眠れるように外に出しておいた。
なのに、寝袋が入れられ、荷物が落ちていたとなればこれは…
「あたし…捨てられちゃったのかな?」
そう思うと、急に涙が溢れてきた。
どう行為的に考えても、荷物と自分が放置されていたということは、そう捉えるしかない。
アターカにも事情はあっただろうが、ヴィスも凰火もいないところを見ると、全一致なのだろう。
リベルテは荷物を抱きしめて、その場にしゃがみこんだ。


一方、セルフヴォランのアターカ隊キャンプ地周辺の森の中では、
朝の鍛錬真っ最中で何があったのか知らない凰火に、半泣きのヴィスが説明をしている。
「鬼畜の名前はヴィント! 最低最悪のクソジジイ!! リベルテを連れ去った凶悪犯です!!」
普段、皮肉なところもあるが、わりと言葉遣いが穏やかなヴィスに、
こうも悪く言われる人物に、凰火はなんとなく行き当たった。
「もしや、風の長老竜か?」
その言葉にヴィスが首を縦に振る。
「どうしてわかったんですか?」
ヴィスが怒りながら驚くと、凰火はヴィスを指差す。もとい、ヴィスの後ろを指差す。
同時に、ヴィスの肩を誰かが叩いたので振り返り、長い指が頬に突き刺さる。
ヴィスの顔色が一気に悪くなった。このパターンは朝と同じだ。
「またひっかかったね。」
「い、いらっしゃったんですか? また。」
今度のコーディネートは、凰火もよく知るリベルテの長兄バージョンである。
「鬼畜で最低最悪のクソジジイとは、私のことかな? ヴィスヨールイ。」
「うぐげへっ!!」
綺麗な手でヴィスの首を思い切り絞める風の長老竜。
「何故ここにいる? 風の長老竜。」
和やかな雰囲気に、凰火の涼しい声がメスを入れる。
風の長老竜は、今まさに気付いたといわんばかりに凰火の方を向いて、満面の笑みを浮かべる。
「やぁ! オゥカ君、お久しぶり! 元気だった?」
その言葉と同時に凰火は抜刀し、瞬間的に殺気を高め風の長老竜の頭目掛けて刀を突き出す。
しかし、風の長老竜はヴィスの首を絞めた状態であっさりとかわす。
どちらも、普通の武人では到底真似できないスピードだ。
「危ないな。そんな事をされると、ついつい反撃したくなってしまうじゃないか。」
「白々しいやつめ。以前、地上に干渉できないと言ったのは俺の聞き間違いか?」
凰火の言葉に、風の長老竜の笑みが固まる。
「嘘ではないけど、私は風だからね。身内の事には多少口を出したくなるんだよ。」
「今更リベルテの兄弟面か?」
刀を戻し、鞘に収める。
「手痛いなぁ、異界の旅人は。わかったわかった、ちゃんと答えるよ。何を聞きたい?」
参りましたといわんばかりに、頭を左右に振る。
「まず、ヴィスを離せ。さすがに目の前で絞殺されたのでは忍びない。」
当のヴィスは顔を真っ青にして、ちょっと口の端から泡を吹いている。
風の長老竜が手を離すと、手の痕がくっきりと残った首を押さえつつ、ヴィスがよろよろと凰火の隣にやってきた。
「あ、ありがとです…でも…もそっと…早く言って欲しかったです。」
「助かったから良いと思え。」
なかなかシビアな意見である。しかし、こめかみに浮かんだ汗は見逃せない。
「それで、何か聞きたいことはあるかい?」
「地上への干渉に関しては弁明せんのだな。」
風の長老竜の笑顔がいよいよ破綻した。もう笑窪どころか口の端の歪みも見えない。
「そこまで言ってくれるなら、弁明した方がよさそうだな。
 地上に関わる気がないと言う意味で、干渉をしないのが竜の基本姿勢だ。
 それは、光の竜と闇の竜の戦いがあまりにも凄惨で、世界を痛めつけたからというのもあるがね。」
やや馬鹿にしたような喋りだと感じつつも、凰火は頷き先を促す。
「だから、各竜族同士がお互いを見張り、地上に争いの種を蒔かないようにしてきた。
 しかし、光の竜が目覚め、地上は今や地獄のようだ。
 地上が穢れれば、竜族の糧である世界の根源が穢れ、竜族に死や病をもたらす。
 だからこそ、今、戦いをなくそうと必死で説得を続けるリベルテに、修行を薦めたんだよ。
 そろそろ本格的に竜族の糧に影響し始めたからね。」
長い沈黙の中、ヴィスが「もう、そこまで…」と切なげに呟く。
しかし、凰火は違った。風の長老竜の言葉を鵜呑みにはしない。
「今まで何もしてこなかったのに、今更か? 否、それ以前に、さっさと地上から分離すれば済むことだろう?
 貴様の話は一見もっともらしいが、その実、矛盾している。
 リベルテが貴様の薦めを受けたとしても、何故一言も言わずにリベルテは姿を消した?
 地上に竜は姿を現すことを許されないと決まったと聞く、それなのに、何故貴様はここにいる?」
風の長老竜が皮肉な笑みを浮かべて口を開く。
「あぁーあ、嫌だな。いくら私が信用できないからと言って、命がけで眷属の為に働くこの私に文句をつけるなんて。
 下手に頭が回るだけに、思い込みが激しいんじゃないかい?」
深い溜め息を吐き悲しそうなそぶりをするが、微笑は絶やさない。
「それとも、自由に世界を渡れる凰火殿は、なんでも疑ってかかることで英雄になったのかな?」
風の長老竜が鼻で笑うと、凰火の攻撃を避けて風に溶け込んだ。
「ともかく、リベルテは暫く帰らないからそのつもりで!」
後には風に振り落とされた青葉が散るばかりだ。


「腹立たしい! 1000年も生きていないひよっこの癖に!!」
風の長老竜が忌々しげに上空を飛ぶ。
あまりに腹を立てて翼に力を入れすぎたせいで、太陽を運ぶ風が乱れる。
慌てて翼の力を揺るめ、太陽を風の真ん中へ戻す。
「いけないいけない。太陽を落とすところだった。」
周りを飛ぶ風達が不安そうに吹きながら長老竜を見る。
太陽を運ぶ風の護衛を務める風の竜が前方からやってきた。
「長老竜、一体何をお怒りになられているのですか? 風達が怯えて自分の所に報告してきました。」
若々しい翼は、風の竜には珍しい生真面目な性格であり、風の長老竜とはあまり相性がよくない。
「なんでもない。ただ、面白くないだけだ。」
子供っぽい台詞に、周りの風達がくすくす笑いをする。
だが、護衛を務める風の竜は顔をしかめ、むしろ咎めるような語気で話し始めた。
「そんな態度だから、他の長老竜方に信用ならないと言われるんですよ!!
 おかげで自分達全体が、トラブルメーカー扱いされて困ってるんです!!
 どうせ地上には季節風に紛れて遊びに行くしかできなくなったのだし、
 この際だからいっそ"風の始まりの島"に行って風を作っては如何です!?
 たまには、彼らにも休みを与えられると良い!! 貴方は長老竜としての務めがなっていない!!」
ここまでくるとただの頑固者である。
実際に"自分達"と言っても、彼が3割方占めていることを長老竜は知っている。
トラブルメーカー扱いさているのは確かだが、それだって可愛いいたずら程度の認識だというのも知っている。
そもそも、風を作る仕事は、西の僻地で生まれた風の竜の勤めなのだから、手伝う必要は全く無い。
第一、長老竜の務めなんて、太陽を運ぶ風を生み出せば終わりだ。
眷属の為に何かすることもなければ、統治することもない。
自由奔放な性分の風が統治されるはずもない。
「炎の竜に感化されすぎ。確かに、彼らは協調性高いし、なんだかんだ言っても真面目だからね。でも、私達は風の竜だよ?」
その言葉に、護衛を務める風の竜は反論する。
「だからと言って、太陽を運ぶ風を作りっぱなしで、ほぼ一日中地上を吹くのはどうかと思いますけど!?
 自分達には仕事を押し付けておいて!!」
別に、押し付けているつもりはない。これは世界の為の仕事だし、適役なのだからやって当たり前だ。
実際、風の長老竜に選ばれた身であるヴィントも、ただ他の竜よりも力が強かったから選ばれたのである。
そうでなければ、彼がこんな生ぬるい仕事を請けるはずもない。
「だったら、君も地上に落ちれば良い。もっと自由になれるんじゃないのかな?
 それとも、炎の竜の長老竜に頼んで、特別に炎の竜の仲間になるのでも良い。」
鼻で笑う風の長老竜に、護衛を務める風の竜は激怒し、全力で風の長老竜にぶつかる。
だが、超大型台風に突風がぶつかるようなもので、太刀打ちできるはずもなく落ちた。
「あっはっは! 私を誰だと思っている!? 世界一激しい風だぞ!!
お前ごときが若造が私に敵うと本気で思ったのか? 大地に砕かれてしまえ!!」
仲間が持ち場を離れ風の長老竜と言い争っていると聞いた他の風の竜がやってきた。
「長老竜、さすがに酷くありませんか!?」
今まさに仲間が地上へとまっさかさまに落ちていくのを見て叫ぶ。
「ふん、若造共が小煩いから悪いんだ。」
ヴィスには悪態をつかれ、凰火には勘繰られ、あまつさえ同族の若者に説教されれば腹も立つ。
勿論、その原因を作っているのが自分だとわかっていてもだ。
「それに、プレッツリヒには、多少世界を知っておいてもらわないといけない。今後の為に。」
「え?」
長老竜の呟きに、若い風の竜が聞き返すが、長老竜は誰にも追いつけぬ風となって西へ吹いていってしまった。
取り残された若い風の竜が見下ろす大地は広く、同僚の落ちた先には深い緑の森が続いている。
「まぁ、長老竜とプレッツリヒの喧嘩は今に始まったことじゃないし、死んでないっぽいからいっか!
 そのうち戻ってくるよね。戻ってくるまでは別の風の竜を呼ぼうっと。
 プレッツリヒと仕事してると、結構しんどいしねー。おしゃべりできる竜がいーなー♪」
あっけらかんと笑う風の竜。やはり、プレッツリヒの方が特別なのである。


物凄い音を立てて、リベルテの前に人間が落ちてきた。
リベルテとクノスペは大地にめり込むその人物をマジマジと見つめた。
「死んだんけぇ?」
「でも、血とか出てないし。」
二人が不信そうに見つめていると、大地にめり込んでいた人物はゆっくりと立ち上がる。
「くっ、さすが腐っても長老に選ばれた方だ。」
突然、意味のわからない言葉を口走る人物に、二人は思い切り引く。
千切れ雲のように柔らかそうな白い髪と、若葉色の緑の瞳を持った青年は、
やたら袖の長いひらひらした服を叩いて土を払う。
「あまつさえ、自分を人間に変えるとはっ! 一体何が目的なんだ!!
それに、自分が抜けた場合に自分の仕事を務める者が………いるか。」
突然怒鳴り出したかと思ったら、突然落ち込んだ。
リベルテもクノスペもこの怪しい青年を遠巻きに見つめつつ、感想を述べる。
「とりあえず、まともじゃないわ。」
「ヴィントはんとはえらい違ぅ兄はんやな。」
突然、青年が首だけを物凄い勢いでリベルテ達に向ける。二人は心の底から怖いと思った。
若葉色の瞳が怒りと不快感と陰湿な空気を放っている。このままお化け屋敷に出て欲しいものだ。
「そこの人間、今、ヴィントとか言ったな?」
「い、言ったけん、兄はんには関係あらへんやろ?」
おどおどと答えたクノスペの言葉に、またも青年の周りの空気が重くなる。
もう、当人の気分の重さだけで大地にめり込むのではないかという落ち込みようだ。
「そうだ、自分はもう関係ないんだ。どうせ捨てられた身だ。ふん、もう早起きして励む職場もないのさっ!!」
完璧な職業人間である。
「あ、あの、貴方は一体何者ですか?」
リベルテが淡い同情を浮かべて語りかける。
"捨てられた身"という言葉が、自分の境遇に似ているような気がしたからだ。
「自分はプレッツリヒと言う。たった今、上司と喧嘩して仕事を失ったばっかりなんだ…。
 用がなければどこかに言ってくれないか?」
覇気無く答える姿は、職場を知らないクノスペの子供心にも切なく映るものがある。
「大きな兄はん、そんな落ち込んでないで、行くとこないんならオレんちこんかい。
リジーも仲間に捨てられて、今、オレんちで預かってるんから、遠慮せんでもいいけぇ。」
リベルテは、クノスペが"リジー"と勝手に愛称をつけた事に文句を言わない。
散々文句をつけても直らなかったのだから、諦めたのである。
「何弁ですか?」
やっと顔を上げたプレッツリヒの言葉は、作者の無知ぶりを糾弾しているようにしか思えない。
「ヴェルト人弁だけぇ。」
その言葉にプレッツリヒは深く頷く。
「若い人間にも、ヴェルト君のように立派な者がいるんだね。感動したよ。」
「オレはクノスペだんね。」
一人涙ぐみ、長いヒラヒラした袖口で目頭を押さえる。
「ヴェルト君の言葉も嬉しかったが、やはり迷惑をかけるのは良くない。どうか見なかったことにしてくれ。」
「だから、オレはクノスペじゃい。」
「それじゃヴェルト君、ドワーフ君、さようなら。」
リベルテの顔が引きつる。
ドワーフと何故わかったのか。そんな血筋の事なんてわかるのは竜以外に知らない。
リベルテが問い詰めようと口を開いた瞬間、クノスペが怒鳴る。
「だからオレはクノスペだっつーてんの!! いいからプリャーもこい!」
リベルテは、またも勝手に愛称をつけたクノスペに文句の一つも言いたかった。
だが、「プリャー? 何、その愛称? 自分の愛称? え? は?」とかなんとか呟いて、
またも落ち込んでいるプレッツリヒの方が、哀れに見えて何もいえなかった。
彼女の中で、プレッツリヒは謎の青年から、哀れな同士に格上げされた。
「おーい、クスクー!! 朝餉を食わんきぃーけぇ!?」
クノスペの祖母が叫ぶ。
リベルテは、謎の愛称付けが血筋であると確信した。
プレッツリヒの方は、もう何も聞こえていないらしい。
クノスペに引っ張られながらも独り言をブツブツ吐くだけで、目が宙を泳いでいる。
老婆は、なんとも奇妙な三人組を暖かく家へ迎え入れる。
プレッツリヒが玄関の天井に吊るされたドライフラワーに顔面をぶつけたが、
当人は相変わらず何かブツブツ言っている。
その様子を見た老婆は、背の高い人間は苦労するねと笑い、クノスペは変な兄はんだと笑い、
リベルテはこの三人の考え方に一抹の不安を覚えた。



最終更新日 2007/01/13
感    想 プレッツリヒって最初はこんな喋り方だったんだ。
        へ〜え〜。