ある世界の物語

35

 

威厳によって君臨した虎が風雨に晒されゆっくりと弱る
疲弊した体を動かすのは過去の遺物か新たなる怒りか
鳥かごに縋る小鳥は綺麗に鳴くだけで煩わしい
首を掴まれ歌の果てに見る死を見た時鳥はどこへ行くのか

ここ数百年、栄華を極めた三大大国の一つパーズドビシャの、有名な城塞都市カローヴァが陥落した事は耳に新しい。
パーズドビシャの王立記念日に起こった事件だったせいもあり、ナム隊に続けとばかりに勢いづく新興勢力が更に活気付いた。
おかげで、隣国セルフヴォランの前線部隊アターカ隊は日夜戦う羽目になった。
「まったく、昨日はこの前の村の武装蜂起、一昨日はその前の町に立てこもった武装集団との一戦、
今日は反乱の起きそうな村の視察…。さすがの私も身が持たんぞ。」
アターカが愚痴を零したくなるのも頷ける。
多少補充されたと言っても、兵士の数は出発した時よりも減っているし、武器も防具もボロボロだ。
食料だってなんとか食いつないでいるという状況で、調達する術が断たれはじめたというのが事実だ。
このままでは、間違いなく泥棒部隊に転落だと思いながら、今日もまた行軍を続けつつ上層部へと手紙を書いている。
「アターカ、次の村で何か徴収できないかな。」
金銭勘定がお得意のリベルテでさえこの調子だ。
一度アターカは、リベルテの実家であるネゴシアシオンに援助を求められないかと聞いたが、
リベルテが家出の最中の為に無理だと知って落胆したものである。
隣国のナム隊とは、覇気どころか兵士も物資も足りなさ過ぎる。悲しいことにこういう事もあるのだ。
「なんか、ここで離反しちゃいたい気分だよね。」
リベルテの言葉にアターカは睨み付ける。
「兵の前では言うな。」
リベルテは不服そうに頬を膨らめて俯いた。
例え自分がどう思っていても、今は国に使える一兵士でしかない。
それならば、下手に謀反を起こさせるような態度を、注目される立場の人間がしてはいけない。
リベルテも、今では部隊の財布役として立派に注目を集める位置にあるのだから注意を受けるのは当然だ。
「ところでお二人さん。ボクとオゥルスカさんは、もしかして村に入れないのかな?」
アターカとリベルテの間にヴィスが割ってはいる。
最近は"黒髪"もまた流行語大賞を取れそうなぐらい世間一般に広まっている。
"黒髪は危険だ!"とか"黒髪は化け物だ!"とか"黒髪を見たら逃げ出せ!"とかだ。
もう、完璧猛獣扱いである。
勿論そんな標語をでっちあげた原因は、黒髪大将の凰火さん、黒髪馬鹿のヴィス、黒髪少年のクロのせいである。
(一部地域では黒髪青年ジェラーニヤも含まれる。)
その為、黒髪を見ただけで相手は全うに付き合おうとしてくれない。
それどころか、荷物を置いて逃げ出す始末だ。
「当たり前だろう。凶暴な熊を連れ歩くようなマネはできん! 視察なんだからな!」
アターカの言葉に、少し離れた場所を歩いていた凰火が、ちらりとアターカを見た。
「あぁ、こうしてボクとリベルテの間は引き裂かれるんだ。」
ヴィスが泣きまねをすると、リベルテはプイッと顔を背けた。


ボロボロの視察を終えて、夕飯の麦飯を食いながら一言。
「あぁ、人生が腹立たしい。」
さすがのアターカも堪忍袋の緒が切れた。
ここのところ、自分を潰そうとする圧力を、上層部との手紙でも感じていたが、今日ほどそれを確信した日はない。
視察は、村へ入った直後の弩弓攻撃から最悪だった。この時点でもはや視察ではないが。
一週間前に着いたはずの視察をするという手紙は、それを運んだ男ごと村の入り口で燃やされていた。
悪い予感がしていたとはいえ、戦うつもりで入ったわけではなかったので、前方にいた兵の大多数が負傷した。
後方にやっていたおかげで、凰火とヴィスの攻撃が遅れ、この間にも用意周到な村人の罠で兵が命を落とした。
なんとか鎮圧した後に残ったのは、自害した女子供の死体ばかり。
生きたまま捕まえた男の話では、プシニーツァ人と名乗る男に唆されたという話だが、
唆した男の特徴を聞く分にはどうもセルフヴォラン人としか思えない。
更に詳しく聞こうとしたところで、男もまた自害してしまったからどうしようもない。
そんなわけで、人っ子一人残っていない村で、夕方には皆で墓堀をするはめになった。
今も、墓堀を終えて、血生臭い村の食料庫から失敬した食物を夕飯にしている。
全くもってどちらが非道なのかわかったものではない。
「こんなことを続けて、なんの意味があるんだ!?」
「ないよね。」
リベルテが呟く。
「正義なんぞ掲げるから苦しむのだ。血と肉と悲鳴に酔えば、それだけで生きられる。」
凰火が珍しく会話に参加した。
「しかし、そんなことをしては争いは終わらんぞ!?」
「今もって、争いが終わっているようには見えんが。」
「うぐっ。」
アターカは口をつぐみ、湯気の立つとうもろこしのスープに口をつける。
不満ではあるが、言い返せない状態である。
「でも、関係ない人たちを殺すのはいけないと思う。」
「だが、今日は俺が殺さんでも勝手に死んだぞ?」
「む…。」
リベルテが悲しそうな顔で俯く。また泣きそうだ。
「所詮、理想だの信念だのは、人を殺めるのに理由がいる弱者の言葉だ。」
凰火が焚き火を見つめながら微笑む。
なんとも愛おしそうに、あるいは全てが可愛い茶番であるかのように。
「それでも、理想の国を作りたい。一人でも多くの仲間が平和に暮らせるように努力したいと思うのは悪いこと?」
リベルテが涙を浮かべて凰火を睨み付ける。
「例え穢れた身だとしても、信念を持って生きる事が、私にできる死んだ部下達への弔いだ。」
リベルテの言葉に当てられたように、アターカも口を開く。
二人の顔を交互に見た後、凰火は立ち上がって二人に背を向ける。
「どうとでもほざいてろ。いつか心の闇がお前達を支配するまでな。」
魂が凍えるような笑みを浮かべて、闇に消え去った。


それから更に5日程進んだ先の村で、アターカもリベルテも人の業の深さをよく知る羽目になった。


「ちっ、予想外の戦力だ!」
アターカは木の陰に隠れながら叫ぶ。その脇を大人の頭ほどの石が飛んでいく。
武装蜂起した村を鎮圧する事を命じられたアターカは、早速その村へ向かったわけだが、情報も無く飛び込むものではない。
村が見えたと思った瞬間、カタパルトによる大小様々な石の雨を受ける羽目になった。
小さい石は拳大、大きな石ともなれば両手で輪を作ったほどの大きさだ。
こんな攻撃を受けては進む術もない。
また、予想外のカタパルト攻撃だったため、逃げ遅れた兵士が命を落とした。
この攻撃の為なのか、木の枝はよく落とされていて、逃げ場所はほとんど無いに等しい。
アターカは自分の隠れている木が折れないことを心の底から祈り、早く石の雨が止む事を願った。
暫くして、カタパルト攻撃が止んだのを見測り、隊列を横に長く組みなおし多方面から攻める事にした。
瞬時に隊列を変え、号令を掛ける。
村が一気に近づいた瞬間、村の傾斜を活かして、煮えたぎったタールが流された。
先頭を行く者達が慌てて逃げようとした時には、タールを被りあまりの熱さに悲鳴を上げる。
アターカも左腕にタールを被り重度の火傷を負う。
タールに火が放たれ、それが勢いよく傾斜を駆け下り、逃げそびれた兵士が炎を纏って踊り死ぬ。
アターカは左腕の装備をその下の袖ごと引きちぎり、なんとか火に巻かれるのを避けた。
タールはなおも燃えていたが、アターカ隊はその合間を縫って村へ侵入しようと攻め寄る。
村の柵に手を掛けた瞬間、一瞬の隙が出来たのを見計らって一斉に矢が放たれる。
両手の塞がった兵士の頭や胸に矢が突き刺さる。
動かなくなった兵士諸共柵を真横に薙ぎ倒しながら、ヴィスが突破する。
自身も矢傷を負ったが、針を刺されたようなもので、致命傷になるはずもない。
村に侵入すると、今度は民家の屋根から石がばら撒かれた。
小石に足を取られたところを、路地から出てきた村人に切り殺される。
凰火は身軽に屋根へと飛び上がり、屋根の上から石をばら撒く少年達を切り殺す。
屋根から屋根へ飛び移り、面白い敵がいないかと目を細める。
やがて後衛も村へ入ると、村中に戦略の無い殺し合いが始まった。
リベルテもなんとか追いつきできるだけ人のいない方へ向かって走る。
今ならまだ南へ逃げられると村人に伝える為だ。オレンジの髪を持つ者にこれ以上死んでもらいたくはない。
「止まれ!!」
野太い男の声が響く。
「まって、あたしは貴方達に逃げて欲しいの!!」
リベルテは振り返りながら、弓を握り締める。
「まだ子供と言えど、容赦はせんぞ。」
「お願い、あたしの言葉を信じて南へ逃げて!!」
「黙れ!!」
説得は無理だと思った瞬間、手にしていた矢を放した。
まだ死ねないと思ったからだ。後悔しながらも、腕は震えなかった。
矢が男の胸に突き立つ。
リベルテは悔しい思いでいっぱいになりながら、男に近づく。
「本当に、逃げて欲しかったの。」
そう言って覗き込んだ男の顔にリベルテは絶叫した。
まだ息のあった男の方も驚いている。
半年近く前に、行商の途中でリベルテのキャラバンから抜けた男だった。
「リ、リベルテ様?…な、なぜ…こんな場所に…?」
リベルテはその場に座り込んで男の胸から強引に矢を抜く。
「どうして!? どうしてセルフヴォランなんかにいるの!? どうして!?」
昔の従者をこの手に掛けた。
男がキャラバンを去る時、男と彼の嫁の前途を願って小さな指輪を贈ったのを思い出す。
あの時の幸せそうな顔が、なぜいま苦痛と驚きで歪んでいるのかわからなかった。
「村の為です…プシニーツァが……セルフヴォランの村で…武装蜂起を起こす手伝い…すれば…俺達の村を……助けてくれるって…言って…」
男が悲しい笑いを浮かべて涙する。
「ごめんなさい! お願いだから死なないで! ねぇ!!」
リベルテは必死で薬草を貼り、止血しようとするが止まらない。
心のどこかで、もう助からないと思った。
「これは…俺の…力が無かったせい…です…結局…誰も…守れ…なくって……」
男が急に無口になったのに気づき、リベルテは男の顔を覗く。
「死なないでって言ったのに…。」
何もかもが嫌になった。
リベルテは今だ血の噴出す男の胸に伏せて、大声で泣き叫んだ。


一方、アターカの方は焼け爛れた左腕を庇いながらも立派に指揮を取り、村全体を鎮圧した。
今回の武装蜂起がプシニーツァの引き金であると知ったアターカは、またも苦い思いで胸を痛めた。
どうすれば、こうも相手の足元を崩すような姑息な真似が出来るのか。
プシニーツァの根性の悪さに辟易しながらも、同時にそのプシニーツァのやり方を真似るセルフヴォランにも腹を立てた。
しかし、セルフヴォランの方は巧妙にプシニーツァに見せかけているおかげで、確信が掴めない。
そのもどかしさが、アターカを更に苦しめた。
一体何を信じるべきなのか。
夕方を間近に控えた村の傍らを、一人の男が横切ろうとしているのを見つける。
アターカは脱走兵か、さもなくば村人だろうと思って見逃すつもりだったが、
何か妙に惹かれるところがあって男の後を追った。
男は小走りで道なき道を延々と歩き続けているらしく、ズボンの裾が土と草で斑に染まっている。
奇妙だと思った。
兵士にしては服装が粗雑で民間人のように見えるが、一般人とは思えないほど無駄の無い静かな歩行だ。
アターカは疲れた体に活を入れて、この怪しげな人物を追いかけることにした。
最初は音を立てないように注意していたが、そのうち男がアターカに気づいて走り出したので、アターカも走り出した。
「貴様、止まれ!!」
すごい脚力だと思いながらも必死で走るアターカ。
叫んでも止まらないことはわかっているが、どうにかして捕らえて、何者かを知りたかった。
ふと、方脇に気配を感じてそちらを見る。
いつの間にやら凰火が息一つ乱さずアターカと並走していた。
「あの男は敵なのか?」
凰火の静かな問いにアターカは首を横に振る。
「まだわからん。とりあえず、捕まえて何者か調べようと思っていたところだ。」
アターカの言葉に凰火が笑う。
「手伝ってやろう。なんだったら、よく鳴くように拷問をしてやっても良い。」
「ごっ、拷問!?」
アターカが驚いて草に足を取られた隙に、凰火は走り出し、あっという間に男に追いつく。
男は怯えて悲鳴を上げたが、凰火の右ストレートを受け、あっさり昏倒した。
やっと追いついたアターカは、気絶した男を叩き起こす。
「おい、お前の所属と名前は何だ!?」
近づいて観察したところ、どうみても軍人だったのでそう聞いてみたのだ。
「けっ。何様のつもりだよ。」
男は手足が自由なことに気づいて、すっと立ち上がりアターカに打ち身をしようとする。
だが、アターカの膝が先に男の頭を横から叩いた。
男は地面で顔面を擦り、小さく呻く。
「さて、私の質問に答えてもらおうか? それとも、彼に拷問を受けた方が嬉しい?」
アターカが凰火を顎で示す。
凰火が「実に楽しみだ」と良いながら、腰にさしていた小刀を抜いて、刃先を愛しげに見つめる。
それはマジで怖いからやめてください。アターカが心の底から呟く。
「腹を切ると大量失血でショック死しかねないが、例えば腕の静脈を切っただけではなかなか死なない。
それまでに様々な痛みを感じられるぞ? そうだ、わざと手足の筋を切って止血するのもいいな。
痛みと共に、血が失われ手の先から腐るのを感じられるぞ?」
凰火は、古い過去を遡り、自称嗜虐研究家だった仲間の魔族の言葉を丁寧に再現する。
(苦痛に満ちた言葉だけで、人間は勝手に想像して身悶えるとか言っていたな。
 催眠状態では更に顕著に痛みを感じるとかなんとか。)
男は凰火の笑いに本気だと感じ取り、小さく悲鳴を漏らす。
「お、俺は、セルフヴォラン国王軍第19部隊のレナルドだ!!」
アターカは一寸だけ男に同情していたのも忘れ、男の胸倉を掴む。
「セルフヴォラン国王軍第19部隊だと!? でたらめを言うな!! そんな部隊は存在しない!!」
そう、セルフヴォラン国王軍は18部隊までしか存在しない。
何故18なのかはわからないが、とにかく18までしかないことは確かである。
「汚い仕事をさせるには、記録のない部隊が必要なんだぜ?」
男が陰気な笑いを漏らす。
「この際だから喋っちまうけど、王佐殿はこの戦乱を機に国境沿いに住み着いたスュー人なんかを一掃するつもりなのさ。
 だから、わざと武器を流して武装蜂起させて、王手を振って潰すのさ。
 俺は今からもう少し向こうの町まで行って、ちょっとした演説をするつもりだ。
 こんな貧しい暮らしをさせる国王に反旗をひるがえせ! ってね。
 あんたは知らされてなかったみたいだけど、計画にはしっかり組み込まれてるのはわかるよな?」
次の瞬間、男は沈黙した。永遠に。
アターカが抜き放った剣が男の頭蓋骨を砕き、胸を何度も突き刺し、首を払い落とし、腕を引きちぎり、足の骨を砕き。
可能な限りグチャグチャに潰した。
自分でも、こんなに力が残っているとは思わなかった。
「綺麗ごとの裏ではこんなに醜く人を殺めるのだな。」
凰火が小さく笑って村へ戻った。
アターカは肩で息をしながら、血にまみれた手を見下ろし、呆然とその場にしゃがみこんだ。
男だった塊に突き刺さったままの剣が、ゆっくりと地面に倒れる。
アターカは鬱蒼とした森の中で赤い空を見上げる。
「神がいるのならば、私を救ってくれ!!」


村へ戻った凰火は、リベルテの泣き声を聞いて溜め息を吐く。
「まだ泣いていたのか?」
辺りが薄暗くなってきたというのに、リベルテの泣き声は今だ続いている。
「もはや根性だな。」
さすがの凰火も頬を掻いて呆れる。
泣き声の源泉たるリベルテの元へ歩き出すと、程なくリベルテの姿が見つかった。
傍らには男の骸と、リベルテを抱きしめるヴィス。
しゃっくりの混じった泣き声は、その男に捧げられていることを凰火は知っている。
アターカを追いかける前に、リベルテがどうして泣いているのか聞いたからだ。
「あぁ、オゥルスカさん、お帰り。」
ヴィスが疲れた顔で凰火を見上げる。
「子守も大変だな。」
ヴィスが首を横に振る。リベルテには聞こえていないのは二人ともわかっていた。
「だって、ボクはリベルテが大切だから。例え血にまみれることを願っても、やっぱり壊れて欲しくない。」
言いながら、抱きしめる腕に力が入る。
「ふん、利己主義者め。」
「なんとでも言ってください。僕はそれでもリベルテを愛してるんです。」
ヴィスが睨み付けると凰火が鼻で笑う。
「だったら、さっさと現実を受け止めさせてやるべきだ。」
そう言いながら近づいてくる凰火の真意がわからず、ヴィスは眉根をひそめた。
次の瞬間、凰火の腕が乱暴にリベルテの胸倉を掴む。
「いいかげんにしろ!! 死人は泣いて帰ってくるのか!?」
リベルテの目が空を見つめたまま涙をこぼし続ける。
「泣いて心を閉ざせばどうにかなると思うか!? お前が耳を閉ざしている間に、俺は沢山の人間を殺したぞ!?」
リベルテの涙が止まり、顔が青くなる。意識がゆっくりと涙の岸から戻ってきた。
「ははっ! たった一人の死で崩れているようでは誰も救えんぞ? お笑い種だ!!
所詮お前は理想に縋っているだけの何もできん小娘なのだ!!」
凰火はぞんざいにリベルテを地面へと放り出し、背中を向ける。
ヴィスがリベルテを抱きとめ、凰火を睨み付ける。
「オゥルスカさん!! 何もそこまで言う必要なんてないじゃないか!!」
ヴィスが更に文句を言おうとした瞬間、胸が真下に引っ張られた。
何事かと思って下を見ると、リベルテが立ち上がろうとしていた。
ヴィスはリベルテから手を離し、立つのを手伝う。
「あたしだってそう思う。何もできないし、たった一人知り合いが死んだだけで悲しくて前が見えなくなる。
 だけど、それでも理想と言われる願いを実現したい。」
凰火がゆっくりと振り返り、何者も許さない冷たい瞳で怒鳴りつける。
「それが笑い種と言うのだ!! 淡い希望ばかり言って何一つ実ってはおらんだろうが!!」
大気が震えるほどの怒鳴り声に、リベルテはヴィスから離れて真っ向から対峙する。
「じゃあ、今からやってやる。」
リベルテの怒りを感じて、ヴィスが一歩引き下がる。
「これから怒るだろう争いを避けるために、全力で説得してやろうじゃない!?
 アターカを捻じ伏せてでも、先に説得の時間をもらうわ!!
 あたしには力がなくても、軍人と違って頭が回るの!! 金勘定ならなおの事ね!!」
リベルテの怒鳴り声に他の兵士達も驚いてやって来た。
ヴィスが気まずそうに兵士達を見回すが、リベルテは凰火だけを睨み付ける。
「最後に戦いになったとしても悔いがないように、説得を続けるわ!!
 武装蜂起をするから村ごと潰さなきゃいけないなら、そんな事しないように諭すの!!
 こっちの方が血も流れなければ、家も壊れないし、畑も焼かれたりしないわ!!」
ふと、凰火は先ほどアターカが殺した男のことを思い出す。
どうしても故郷沿いの村を潰したくて、そのために部下の命さえ使う人間がいる。
「しかし、差別は絶えず続くだろう!! 決して安息の地など存在せんのだ!!」
凰火の言葉に、生き残った村人が涙を流す。
「だからこそ、今は自重しなきゃいけないのよ!! そして、国が弱った時に皆で一致団結するの!!
それは強い力になって国王を打つ矢となるわ!! 今回の戦乱で国王軍もだいぶ疲弊してるしね!!」
リベルテの言葉に周囲の兵士が騒然とする。
下級層から兵役として連れてこられた兵士達は頷き、リベルテの意見に賛同するような顔振りをする。
また、古株であるアターカ騎士団の兵達も、セルフヴォラン軍部の態度に腹を立てていたらしく強く頷く。
何だかんだアターカが心配しても、セルフヴォランに酷い扱いを受けている兵士達は、
セルフヴォラン国王に対する忠義心どころか反逆心の方が強くなっていたのだ。
「例えあたし一人の力じゃ駄目でも、皆で集まって叩けば勝てる。
 それまで耐えなきゃいけないけれど、この戦乱が収束に向かうまでには説得に応じてくれた村々の連帯感を高める事もできるわ。
 そういうものじゃ駄目かしら?」
最後は落ち着いた声で話たが、瞳は決して凰火から逸らされず、輝きは鋭いままだ。
その場に居合わせた者達は、凰火が何を言うのかと様々な色の視線を向ける。
ヴィスも凰火を見つめたが、心の目はリベルテを愛しく見つめ続けた。
とうとう、女神が目覚めた。もう、きっと彼女は俯いたりしない。
仲間の死に泣いても、未来に迷っても、決して立ち止まりはしないだろう。
凰火は小さく笑って背中を向けた。
「あ、え、ちょっと…。」
何も言わずに歩き去ろうとする凰火の背中を呆然と見つめるリベルテ。
凰火は何も言えなかった。
邪悪なる自分が楯突く小娘に腹を立てていたが、それ以上に心の底から叫ぶ信念の光が、
彼の優しさや人間らしい部分に力を与えた。
まだまだ血の臭いに酔うこともあるだろうが、今は心が優しい暖かさで満ちている。
リベルテはこの旅で大きくなった。背丈もそうだが、やっと一人で信念を貫けるぐらい強くなった。
そう思うと、なんだか口元が緩んでしまった。
長い闇色の呪縛が解き放たれるのを感じながら、凰火は月を見上げる。


「いやぁー、異界の旅人は良い事を言う。」
大樹の枝から、小さな村を見下ろして拍手する人影は、楽しそうに笑う。勿論、風の長老竜だ。
今日はリベルテが始めて殺した男の姿をしている。
つい半日前まで生きていた時と寸分たがわぬその姿は、悪趣味としか言いようがない。
「炎の竜の若造の役目だった、理想に対する指摘も素晴らしかった。」
長老竜は力が抜けてしゃがみこむリベルテを見つめる。
「そして、リベルテはまた成長したわけだ。」
その瞳はどこか冷たい。
「人間は神に縋ろうとする。違うな、力のある者に縋ろうとする。実態のある力に。
 縋る側を克服したら、今度は縋られる側としてどんな態度をとるかが問題だ。」
スクッと枝の上に立ち上がる。
「地上もだいぶ汚れてきたし、そろそろ本当に地上とお別れしないと苦しいな。
 光の竜の助力を得て、完全に分離させる案を出してみようか。」
見上げると月が黄色く光っている。
しかし、どこかその光が風の長老竜を射るようで、当人はしまりのない笑顔を月に返す。
「まだ殆どの長老竜は気づいていないようだし、もうちょっと地上が壊れるのを見ていようかな。」
風の長老竜は枝から飛び降りて、夜風となって森へ逃げ込む。
月の光がその後を追うように揺らめいたが、雲がその前を覆うように流れる。



最終更新日 2007/01/13
感    想 誤字脱字多すぎ。