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真偽を図る瞳は濁り 涙は誠実ささえも押し流す悪意となる
敵よりも恐ろしいのは味方の謀なのかもしれない
公正なる尺度は壊れ 愚かさは失態として追求され地に堕ちる
死よりも重いのは許されざる嘘によって隠された真実
ナム隊が砦を経った頃、セルフヴォラン国アターカ軍も一路東南の地に向けて進軍を開始した。
国境を沿うようにして進み、各地で起きた武装蜂起やプシニーツァ軍の攻勢を叩く任を受けたのである。
理不尽な命令ではあったが、上層部から直々に下った任を断る術はない。
"死の巡礼"と気の利いた言葉を吐く者もいたが、一番の貧乏くじを引いたはずのアターカは平然としていた。
あまりにも色々な事がありすぎて、頭がおかしくなったのだろうと陰口するものもいたが、そうではない。
確かに、色々な事が起こりすぎたのは事実だ。
10日近く前にあったスュー人の村の武装蜂起鎮圧以降、リベルテの体調不良に始まり、
ヴィスヨールイの情緒不安定や、凰火の勝手な態度、果ては突然の遠征命令まで。
多くはアターカの個人的なレベルの問題だが、事はそれ以上に大きい。
リベルテの体調不良は、スュー人の村の武装蜂起の時に凰火が躊躇い無く非戦闘員を切ったことに端を発し、
凰火とヴィスの顔を見ると激しい頭痛や動悸に襲われるという身体的異常を訴えるまでになった。
彼女の体調が悪ければ、ヴィスが情緒不安定になって戦闘に使えなくなる。
この悪循環を断つために、仕方なくアターカの部屋でリベルテを寝かせている状況だ。
おかげで、リベルテもヴィスもだいぶ落ち着いてきたが、今でも突然泣き出す事が二人ともあるので気を使う羽目になるのだ。
だが、それ以上に気を使う相手といえば凰火だ。
"敵"と判断した相手には容赦なさすぎるのだ。老若男女問わず。
いくらなんでもセルフヴォランの軍規にひっかかるような戦い方をされれば擁護しきれない。
アターカは頭の痛い事項にため息を吐いた。
もうすぐ日が落ちて夜が来るのかと思うと、行軍の足も遅くなる。
キャンプ予定地まではもう少し掛かると言う伝令の言葉と、当てにならない地図の両方を見ながら苦笑した。
日が赤みを帯びて西へと落ちようとする頃、キャンプ地についたアターカ軍は、それぞれに野営の準備に取り掛かった。
アターカは斜め下を見ると、懸命にテントの杭を打つリベルテの姿があった。
(まぁ、いいんだがね。)
どうにも腕力が並以下に見えてしまうが、それはアターカが軍人で、一般的な少女と関わることが少ないからである。
体は小さいがリベルテの腕力は並以上である。
アターカもひざを折り、テントの杭を打つのに取り掛かろうとして、視界の端に小さな人影を捕らえた。
視線だけを向けると、ヴィスが泣きそうな顔で見ている。
「(リベルテの調子は悪くない。)」
口の動きでそう伝えると、ヴィスが一度だけ頷いて森の中へ消えていった。
ヴィスはいたたまれない気持ちを引きずったまま、夜食である夕日の欠片を拾い集めることにした。
どうせテントはたて終えて、周囲の兵の分まで手伝ったのだから、多少自由にしても良いだろうと判断した為だ。
緑の葉に揺らめく夕日の輝きを指でそっと撫でて、反対の掌でとると、手の上に水銀のような不思議な物質が生まれる。
それを何度か繰り返すと、小指の爪ほどの大きさにまで増え、両手で擦りあわすと小さな石になった。
その様子は、キラキラと光る石が人間の手では作り出せないことを物語った。
「ボクはまだリベルテの傍にいけない。それなのに戦うなんて…。」
夕日の欠片を必要とするのは、夜の戦いが彼の体力を著しく削るせいだ。
炎の竜の力の源は、内なる炎である。夜だというだけでその炎は弱まってしまうのに、力を使う戦いは体に悪い。
寿命を縮めたり、病気にかかったりしやすいのだ。
「どうしてこんなことになっちゃったのかな? ボクはこんなに沢山の人間を殺したくなかったのに。」
リベルテのためなら、リベルテの願いなら、それでも良いと思えた。
だけど今は、人を殺す度にリベルテの悲鳴が聞こえるようで嫌だった。
それでも人を殺し、リベルテに人を殺す術を教えるようアターカに進言するのは、約束を守るためだ。
「ドワーフの女神に仕立てるためには必要だから。でも、ボクはリベルテが笑ってくれるほうが嬉しいのに。」
急にまた悲しくなって涙がボロボロとこぼれた。
「お祖母様だったこんな失敗しないんだろうな。」
自分の行き当たりばったりな行動が、どれだけの間違いを起こしたのかと思って振り返ると、強風に吹き飛ばされた。
「うどわっ!?」
森の中の局所で吹くには、どう考えてもありえない突風に驚くヴィス。
こんな事ができるのは、自然現象を操る竜ぐらいだ。それも、風の竜。
「どこだ!?」
ヴィスは若い炎の竜で、同年輩の奴等に比べて神経を使う術が下手だ。才能がない。
だから、必死で神経を集中して竜の気配を感じようとしてもまったく成果が出ず、今度は真後ろから吹き飛ばされた。
「なんなんだよ!? ボクに文句でもあるの!? ってか、ここは地上だぞ!」
ヴィスが吼えると、今度は斜め左上から飛んできた木の枝がぶつかりそうになるが、これはなんとか避けることができた。
竜が竜たる力や姿を地上で見せることは、先日長老竜達によって禁じられ、全ての眷属に知らされてもいるはずだ。
にもかかわらず、こうも自由に力を使うのは何者なのだろうか。
ヴィスは周囲に気を配り、次の攻撃がどこから来るのか探ろうとしたが、相手の方が先に声をかけてきた。
「噂通り術が下手だな。私はここだよ。」
軽い笑いと軽薄なしゃべり口をする風の竜にヴィスは思い当たる相手がいた。
「風の竜の長老竜!?」
見上げれば、真上の枝に人間が腰掛けている。
その姿を見た瞬間、ヴィスは驚きで硬直した。
腰掛けていたのは、リベルテの兄そっくりの人間ではなく、リベルテの昔の従者であったフォッセという男だ。
「いかにも、風の長老竜だよ。炎の竜の愚か者くん。」
重みを感じさせない身のこなしで地面に降り立った風の長老竜は、やはり死んだはずのフォッセその人の姿である。
ヴィスがパニックに陥りそうなのを見て、長老竜は楽しそうにつけたす。
「色々な人間に化けるのも楽しいのでね。なんだったら、オゥカに化けようか?」
ヴィスは首がもげそうなほどの勢いで横に振った。
そんな冗談は見たくない。当人に知られれば、斬られるのは自分だということも理解している。
「どうして竜の姿で地上に? いえ、それ以前に、どうしてここに?」
ヴィスが当惑するのも無理はない。
掟を作った長老竜のひとりが、今まさにその決まりごとをやぶっているのだ。
その上、大変な失敗を色々とやらかしてしまったヴィスの前へとやってきた。
ともなれば、これはヴィスにとって宜しくない事の前触れでしかない。
「ちょっと、話があるんだよ。勿論、君にね。まずい失敗が多すぎるし、ね?」
風の長老竜がウインクする。
軽薄な笑みが死を予感させる思わせぶりな光を放つ。
「い、いやだっ!! ボクはまだ死にたくない!!」
不吉な気配を感じたヴィスは、錯乱状態に陥り、森の中を走り出す。
「ふぅ…。逃げるとはね。やれやれ、若者相手だと手間がかかる。」
風の長老竜が体を前のめりに倒すと、そのままの体勢で宙を飛びヴィスを追う。
「捕まるもんかっ!!」
風の長老竜は自分の様々な失敗を知って殺しに来たにちがいないと思った。
そして、相手は自分を殺すだけの力を持っているだろう。勝ち目はない。
「無理だよ。私が風の竜だということを忘れたのかい?」
「ひっ!?」
真横にやってきた風の長老竜の顔にヴィスは悲鳴を上げる。
もう、助からないと思った瞬間、理性がはじけた。
「助けてっ!! 助けて!!」
誰でもいい、助けて!!
「こらこら、叫ぶな。これでもお忍びなんだから。」
風の長老竜が困ったような笑みを浮かべて小首を傾げる。
「助けてっお祖母様ぁっむぐうぐぐぅ!!」
「彼女は呼ばないでもらおうか? 彼女はあぁ見えて実に真面目な竜だからね。」
一瞬にして口を塞がれたヴィスは、風の長老竜の静かな瞳の中に怒りと焦りを見た。
「むぐぅっむっ!!」
手足を乱暴に振り回し逃げ出そうとするヴィスを捕まえる。
「静かにっ! 彼が来る。」
風の長老竜が残念そうな声を残して消えた。
次の瞬間、茂みが揺れ、凰火が顔を覗かせる。
「何か叫ばなかったか?」
「げほっごほっ! オ、オゥルスカさんっ!! 助かりました!!」
今ほど凰火に感謝したことはないと思いながら、凰火の隣に駆け寄る。
「敵か?」
凰火の方は涼しい顔だが、面白い相手が現れたのかと興味心身で、声は明るい。
「実は風の…!!」
言おうとした瞬間、凰火の肩越しに風の長老竜と視線が合う。
言ったらどうなるかわかるね? とでも言いたげな笑いを浮かべている。
「風の?」
凰火が続きを促すと、ヴィスは首をもたげた。
「えっと、その…風のいたずらに…ちょっと驚いちゃっただけです。」
「いちいち騒ぎ立てるな。鍛錬の邪魔だ。」
つまらなさそうに吐き捨てると、凰火はさっさと茂みの向こうへ帰っていった。
ヴィスもその後を追いたかったが、両足をつむじ風に掴まれて歩くこともできなかった。
凰火が見えなくなると、耳元で冷酷な笑いが聞こえた。
夏が秋へと向かいはじめたおかげで、すっかり夜が早くなったと思いながら、アターカはテントに潜り込んだ。
夕食を終え、身支度も済んだので、今日はさっさと休むことにしたのだ。
テントには先客のリベルテがおり、凰火に切られた髪の毛を整えてショートヘアにした姿が、少し痛ましく映る。
「今日は落ち着いてるんだね。」
「いつまでもへこんでられないもの。」
淡々と言ったリベルテの顔は無表情で、死んだ魚のようだ。
「その割りに、今日は訓練に身が入ってなかったじゃないか。」
アターカの言葉にリベルテの肩が震える。
ヴィスの願いでリベルテに護身術以外にも何かしら戦う方法を教えることになったのだが、
当人にやる気がないだけに実入りが少ないのだ。
「まぁ、いいさ。死にたければそうすれば良い。真面目にやらんでもいいぞ。」
アターカにとってはその程度のことである。
生き残るには生きたいという気持ちがなければ意味が無い。それは戦場でも、日常でも同じだと思う。
甘ったれている奴を救うほど、アターカはできた人間ではないのだ。
長い沈黙が横たわる中に、呼び声が響いた。
アターカが外を覗くと、見慣れない顔の男が文を持って立っていた。
黒い外套の肩から提げた布を見て、長居のできない相手だと悟ったアターカは、儀礼的な礼をとり文を受け取った。
アターカが文を受け取ると、黒い外套を着た男は、焚き火を避けるように闇を縫ってどこかへ消えた。
「誰からの手紙?」
リベルテが僅かに関心を見せる。
「…母からだ。」
アターカの顔が引きつった笑いを浮かべたので、リベルテは首を傾げる。
少なくとも、母親からの手紙を受け取って、当惑する子供はいないと思っていたのだ。
「身分の高い方なんだ?」
上等な羊皮紙の巻物を指差す。
「はは、そうだな。プライドも高いぞ? あれでなかなか計算高いしね。
弟である叔父よりも頭が回るんじゃないか。今日も、ゴマすりの為に先日の武勲を誉める内容だし。」
ぞんざいに羊皮紙を紐解き目を通しながら言う。顔は軽蔑さえ浮かべている。
「その封ろうの印…セルフヴォラン王家のものじゃない?」
急にリベルテの瞳が光だした。計算高い部分が動き始めたことを訴えている。
しかし、心がついてこないのか、無表情だ。
「セルフヴォランは格式高いから、その刻印を使えるのは王家の人間のみ。
王家の血筋は始祖の純粋さを求めるがために混血が続いて人が少ない。
特に男の出生率はごくわずか。」
アターカは驚きに目を見開く。
同じ国の人間でも一般人はそんな事を知りはしないし、興味も抱かない。
知っているとしたら、よほど王家に関心がある人間か、一部の文民か軍民のみだ。
しかしリベルテは王家に強い関心を抱いてはおらず、軍民ではない。間違いなく。
文民ならば、こんな逼迫した情勢の中で人探しをするとは思えない。
ならば、この少女は一体何者なのか? アターカが目を細める。
「今の王家でアターカより年上の男は3人。うち1人は5ヶ月前に死亡した先王。妹しかいなかったから却下。
先王の従兄で宰相を務める男には姉がいるけど、もう彼女達は死んでるから関係ない。
となれば、現王ただ1人。その姉で、現王より頭が回るのは長女だけだったかな。」
普通の小娘が知るには、あまりにも知りすぎだ。
「でも、彼女は結婚せず王家に残り、王佐をしてるはず。
セルフヴォラン国は女王は立てないから、無能な現王がついているだけ。
実質権限を持ってるのは彼女で、それは諸国も認めていること。
それができるのは夫も子供もいないから。いれば、嫁ぐなり離宮に移らなきゃいけない。」
アターカが腰の剣を抜いて、リベルテの首筋に刃をそえる。
「知られちゃまずい関係だよね。」
リベルテはにこりと笑いもせずに言った。
まるで過去の歴史を紐解く学生のように、淡々とした口調で、何も感慨を示さない。
「答えろ。お前は何者だ? 答えなければその首を刎ねる。」
アターカの言葉にリベルテは無表情で顔を上げる。
挑戦的でもなければ、命乞いをする気もない。全てがどうでも良いといわんばかりの濁った瞳だ。
「リベルテ・ネゴシアシオン。」
アターカは眉根を寄せて、嘘だろうと疑いの眼差しを向ける。
ネゴシアシオンといえば、世界最大の商業国家ポワッソン国の商家の一つであり、世界中に名の知れた商人の家だ。
利益の為ならば冷酷な判断も下す、超合理主義者として知られた初代ネゴシアシオンを筆頭に、
この家から出た者は皆、商人や銀行家としての才能に秀でていると聞く。
考えればリベルテも歳若いながらも怖いほどの商才を持っているし、
商家の娘ならば他国の政治事情に詳しくても不思議ではない。
商売相手の考えを理解せねば、利益をあげるのはとても難しい為だ。
「もし本当だとしても、ネゴシアシオンの娘が共も連れずに人探しとはどういうことだ?」
リベルテは俯いて押し黙る。
こうなると、どんな風に聞いてもリベルテが顔を上げるまで一言も喋らないのはわかっていた。
普段なら、言いたくなければそれで良いと思って放っておくだのが、今回は違う。
自分の出生を暴かれて腹が立っているのに、自分が知りたい事にはだんまりの相手に容赦する気はない。
アターカは剣を持っていない方の手でリベルテの襟首を掴んだ。
「自分に不利な事は黙るか泣けば見逃されるとでも思ってるのか? あぁ!?」
普段の怒りも上乗せされ、リベルテが咳き込むのも忘れ、きつく襟首を引き上げる。
「私の出生を知って楽しかったか? 自分のことは何一つ言わない癖に私を不実な子だと蔑むのか?」
幼い頃から間接的に聞いてきた、"不実の子"という言葉は、アターカのコンプレックスだった。
先代のプシニーツァ国王の弟と、セルフヴォラン国王女との間にできてしまった、許されざる子供。
どちらの法律でも王族の処刑が許されないだけに、殺すこともできない子供。
「生かされるだけの存在だと笑うのか!?」
幼い頃は何度も体調を崩し、その度に食事に毒が盛られていたのだと知った。
どんな功績も、傍から見れば親の七光り。高い地位にあるのも、確実に死んだという情報を手に入れるために、
あるいは確実に誰かから命を狙われるようにするためだ。
両親の愛も、家族愛も知らずに育ったのだ。
唯一自分の身の上を気遣ってくれた祖父であるプシニーツァの先々代国王に対する忠誠心から、
祖国プシニーツァを信じてきたに過ぎない。祖父に報いたくて国政を正すよう、政治に口出ししていた。
正義と口にすれば人殺しだって苦痛ではないと笑って頷きながら。
だが、もう祖父に対して抱いた忠誠も尊敬も持てない。叔父も死んだ父も権力の豚だった。
「私を、祖国を裏切ってでも生きようとする愚か者と笑うのか!?」
愚かだと笑っているのは自分だ。そこまで生にすがってどうなるというのか。
自分という人生を産んだ、愚かなる権力の愚者達を見限ったならば、死ねばよかった。
突然、リベルテが顔を上げた。
「あたしも、家を裏切って逃げてきたから、アターカの事を笑えない。」
アターカの目が点になる。予想外の言葉だった。
「…あたしのママはドワーフの血を引く人で、あたしだけ上の兄さん達とは違うの。
でも、父様はあたしを次の当主に指名したから、あたしは嫌で嫌で逃げてきた。
通りがかったジェラーニヤとオゥルカに頼んでね。それからはもう自由。
そう思ったのに、ドワーフの血を引く皆の差別問題をどうにかするために選ばれちゃった。」
ドワーフなんて先時代の遺物みたいな名前を聞くとは思わず、アターカは突拍子も無い話だと思った。
どう聞いても、おかしな話である。ドワーフの血を引く人間なんて。
「ドワーフの血を引くって言っても、もう人間に帰化しちゃってるから力なんてないのに。
あたしみたいなチビにどうしろっていうの!? あたしはあたしのせいで誰かが不幸になるなんて責任とれないよ!!」
リベルテが大声で泣き出した。
アターカはこの少女がどうしてここにいるのかわかった。責任に耐え切るだけの心が育っていないのだ。
能力があったとしても、これだけはどうにもならない。
必要とされずに生きてきた自分と、必要とされて生きてきたリベルテ。
見向きもされなかったから愛情なんて知らず、思いやりを忘れた。
重たいほどの期待に答えなければならず必死で努力して、心が押しつぶされた。
(あぁ、人間ってどうしてこうも馬鹿なんだろうな。)
そう思うと、急に自分もリベルテも可愛そうなただの女の子のように思えて泣けた。
胸が痛くて悲しいのに心を暖かく潤す慈雨のような涙を流した。
人生の呪縛を泣くアターカとリベルテの気持ちを察するような事のない深い森の中。
リベルテを罠にはめたもうひとりこと、風の長老竜は実に楽しそうにヴィスと話していた。
ヴィスは長老竜の術によってその場から動くこともできず、ただ言葉を聞かされ続けている。
「…というわけだから、リベルテにはこれから自主的に戦場に出てもらいたい。
君も、リベルテを守るばかりじゃなくて、もっと自軍の兵士を大切にね。」
微笑むその顔はフォッセのものだ。
「でも、リベルテが嫌がるから無理。」
どうせ助からないならどうでもいいやという態度がにじみ出ているヴィス。
「そこをどうにかするのが君の役目だよ。それとも、君が闇の玉をオゥカに渡した事を他の長老竜達に話そうか?」
「う…。」
「勝手に人間との約束を果たそうと、地上でいらぬおせっかいをしていることも。」
「うぐっ…。」
「あとは、相変わらず術が下手だということもかな。」
「それはマジでやめてよ!!」
術が下手だと心配され続けてきたってのに、ここで風の長老竜に告げ口されようものなら間違いなくお祖母様が怒る。
怒るだけならまだしも、特訓とか言って深遠に立つ太陽の支柱に落とされる!!
それだけは回避したい。闇の竜の本性と同じで、死ぬより怖い。
「おっと、もう時間だ。これ以上ひとところに留まってはいられない。闇の竜にバレてしまうからね。」
空を見上げる目が、嘲りに歪んでいる。
「じゃ、後は宜しく。」
笑って手を振り、風の長老竜は一陣の突風となって森を揺すり、どこかへ行ってしまった。
「た、大変なことになっちゃった…。」
ヴィスは本気で頭を抱えた。
深夜、誰もが明日の行軍の為に疲れた体を少しでも休ませようと身を寄せ合う時間。
野営地で起きているのはわずかな見張りだけで、小さな焚き火が一つ二つある程度。
そんな野営地を見て笑う影があった。
武装しているといっても百を超えるか超えないかといった小集団では、
約五百からなるアターカ軍の野営地を襲うには数の上で不利だろう。
しかし、自国の領地内という余裕が出ているのか、ほとんどの者が寝ている状況だ。
彼らは仕事がこんなに簡単に済んでいいのかと思ってにやついた。
「虎と異名を持つアターカを殺せば、俺たちにも箔がつく。
それに、今回は殺した奴から荷物を奪ってもなんら怒られない。
もう、俺たちは軍人じゃねーからな。」
先頭の男の言葉に周囲も笑う。
いるのだ、こういう軍人崩れの盗賊が。特に、今回のような世界的規模の戦争で、大国に叩かれた小国の軍人が、
命がけで働いたのに国からの援助を絶たれて逆切れし、盗賊に落ちるというのが。
まぁ、こんな大人数で盗賊になるというのは珍しいが。
「にしてもリーダー。ここの軍にゃ黒髪の化け物がいるって噂ですよー。」
心配そうな声を上げると、先ほどの男が笑う。
「化け物でも寝てれば怖くねーよ。」
それもそうだと、周囲も忍び笑いをする。
「ほぉ、では起きていたらどうなんだ?」
「そりゃ、まぁ、ちーっと考えもんだな。」
答えながらも、こんな口の利き方をする奴が仲間にいただろうかと考える。
「考えるのは面倒だろう?」
「あぁ、面倒だ。」
そういえば、どうしてさっきから声が上から聞こえるのだろう。
リーダーが顔を上げると、集団の頭上に伸びる木の枝に男が立っていた。
黒い髪に奇妙な剣を持った男…。
「ならば、死ね。」
「はっ!?」
男が笑ったと思った瞬間、リーダーは死んだ。頭頂部から左肩口までを斜めに切られたせいだ。
集団は突然の襲撃に悲鳴をあげて、臨戦態勢をとったが、なにぶん狭い森の中で密集しているだけに身動きが取れない。
その癖、誰もが怯えて武器を振り回し、暗闇で仲間同士の乱闘が始まってしまった。
襲撃者はたった一人だというのにだ。
黒髪の男は、木の枝を身軽に移動しながら、混乱した集団を見下ろして笑う。
時には地上に降りて何人か斬り、また混乱を増やす。
腕の立つ者がいないのは、一目でわかっただけに、切り殺すだけでは面白みがないとおもったのだ。
普段は自分で作り出す血の海だが、他人が作るのも悪くは無い。
鼻の奥を刺激する臓腑と血の匂いは、遥か昔の食卓を思い出させる。
血の酒を飲み、肉を貪った頃を。
冷静な奴が声をかけて混乱が収まりそうになったのを見て、ひょいっと枝から降り、声をかけている男を殺した。
急に口元が寂しくなったので、殺した男の肝を取り出して口の中に入れてみる。
コリコリとした触感と、表面のぬるっとした感覚が、歯を楽しませる。
「味はそれほどでもないが、触感は良いな。」
手に付いた血を嘗めながら、笑う。
悲鳴を聞きながら、血肉を食らうことがこんなに楽しいなんて、何十年も忘れていた。
夜更かしはするものだな。
最後に残った腰抜け達を殺しつつ、声を立てて笑った。
最終更新日 2005/08/02
感 想 この回から、一気にグロさとエグさが増してきます。 エゴイスト達の固まり、黒々黒々ってな按配です。
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