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凍てつく魂が私を支配し続けるならばそれで良かった
哀れむ気持ちが生まれた瞬間 守るという意志が生まれた瞬間
私という存在は深い怒りから開放され歯牙を奪われた
もはや私を造るのは別の形 そして永遠に感情の鎖に縛られた
プシニーツァから続くパーズドビシャへと伸びる街道を進む、
ディスールとミェースチの部隊は、日の出と共に今日の進軍を始めた。
「今日も雨が降りそうな嫌な空!」
ディスールがふてくされた顔で叫ぶと、同席するミェースチは首を振る。
「自然現象に腹を立ててもどうにもならんだろう。」
馬車の外には、ぬかるんだ道が続き、水溜りには灰色の空が映っている。
「もう飽きちゃった。ねぇ、飛んでいかない?」
ディスールの言葉に、ミェースチは首を傾げる。
「今だって飛んでるじゃないか。」
その言葉にディスールが"まさか!"という顔で硬直する。
「"走る"とか"駆ける"って意味の"飛んでく"だろう?」
あくびを噛み殺しながら付け加えるミェースチ。
なんのことはない。寝ぼけているおかげで、方言が出てしまっただけだ。
「そんな、超ド田舎な方言の"飛ぶ"じゃない!」
「それじゃー、どの"飛ぶ"だよ。」
不貞腐れ気味のミェースチ。
馬車での旅行が慣れないわけではなく、指揮を一任している隊長が雨降る夜中だというのに、
無駄な色目を使ってきてなかなか寝付けなかったのが悪い。
今回のディスール企画実行の特別遠征部隊は、国王のご意向の下、その指揮権をテタールという男が持つこととなった。
国王の3つ下の従弟であるテタールは、国王を抜く"色情魔"だ。
女性問題で失敗して将軍職さえ追われた人物だが、
戦場での指揮能力の高さはアターカも認めるモノである。
だからこそ、今までの事を挽回する為のチャンスも含め遠征隊長になったわけだが、
さっそく絶世の美女ディスールとミェースチに手を出そうとしたわけである。
王の持ち物である二人に手を出そうという男意気は素晴らしいが、
時と場所と立場と何よりも相手を考えるべきだった。
それでなくても、下手な指揮に切れそうだったミェースチをくどこうとしたものだから、
最後には右頬に強烈なパンチをもらったのだ。
テタールよ、お前はアホだ。
「つまり、あたしが空を飛ぶの。」
昨晩のテタールの態度を思い出し、またもブチきれかけていたミェースチが驚いて顔を上げる。
「それは、人間にバレる事になるのでは!? 否、それ以前に、今この部隊を離れるわけには…。」
「安心して。その辺はちゃんと計画してあるから。」
「え?」
「馬鹿テタールにも国王様にも言ってないけどね!」
軽快な笑い声を響かせて、ディスールが馬車の窓を開ける。
「テタール様! ちょっと馬車を止めてもよろしいかしら? ミェースチの具合が悪いの!」
「私がお供しましょうか?」
テタールが嬉々とした表情で振り返る。
「結構ですわ。国王の持ち物に触れて良いのは欲無き御霊と決まっておりますもの。
決して覗き見もいけませんよ? 部下達にもそうお伝え下さい。」
テタールが不機嫌そうな顔で食い下がったが、ディスールは凍える女神の微笑みを浮かべて一喝すると、
面を隠した彼女達の侍女をお供させるのだと付け加えた。
「お気をつけて。」
馬車を止め、二人が馬車を降りるのに手を貸しながら、諦めのつかない顔で二人と侍女達を見つめる。
「ありがとうございます。しばらくお待ちになってくださいね。」
妙に軽快なディスールの声が、テタールには悔しくてたまらなかった。
「遅いな…。」
痺れを切らしたテタールが、手綱を握ったり緩めたりして落ち着き無くしていると、
森の奥から二人の女が現れた。
「遅れて申し訳ございません。」
長い銀髪からディスールと判断したが、顔も髪もすっかりヴェールで覆われていてよくわからない。
背後についてきたミェースチも、金髪の女性だから判断しただけで、こちらも顔を隠している。
「侍女たちは?」
二人がヴェールを深く被りなおしたのを不振がりながら問う。
確かに、一緒についていった二人の侍女がいない。
「後で合流いたしますわ。」
ディスールがそう言うと、さっさとミェースチの手を引いて馬車の中へ入ってしまう。
腑に落ちないという顔をしながらテタールが首をかしげていると、森の中から耳を劈くような音がして、
巨大な鳥が舞い上がるような羽ばたきが聞こえた。
「テタール様!! 頭上を!!」
兵の誰かが空を指差し、テタールも自軍を覆う影を作り出したモノを見上げる。
「どうした!! 鳥の群れか何か…」
見上げながら声を無くし唖然としてしまう。
「あれは何だ?」
やっと喉から声が出たときには、ソレは視界の片隅へと飛んでいった。
「化け物が空を飛んでるぞ!!」
「早い…。」
「一体なんだったんだ!?」
兵達が恐怖に顔を染め、化け物としか形容のできない姿を見上げ続ける。
銀の鬣と空色の瞳が美しいとさえ思える、翼を持った獣が雲の向こうへ消えると、
地上の女神とさえ歌われる銀髪のディスールが顔を覗かせる。
「あれは瑞兆です。テタール様、進みましょう。」
淡々とした声音は、神秘的というよりも無機質な声で、先ほどまでかしましく話していた人物とは思えなかった。
だが、これも占い師という胡散臭い生き物特有の事に違いないと判断したテタールは軍を進めるために号令をかけた。
「すすめ!」
空に紛れた獣が、高らかな咆哮を上げ、翼をぐんと広げる。
「うまくいったでしょ?」
ディスールの可愛らしい声が響く。だが、空には彼女の愛らしい姿はない。
いや、ディスールと名乗るのは人間ではなく、光の竜の化身である。
元の竜の姿に戻ったとしても、さして問題はないはずだ。
「乗り心地は悪いがな!」
ディスールの背に跨り、吹き飛ばされないようにしがみ付くミェースチ。
何故二人が空の上にいるのかというと、こういうことだ。
素性のわからない背丈の似た侍女を二人用意し、途中で入れ替わる。
しかし、当人達が替え玉をするほどの度胸もないので、ディスールが暗示をかけて服を着せ替えたのだ。
後は、侍女だけをテタールの元に戻し、そのままディスールとミェースチの振りをさせる。
重要な決定事項に関しては、ディスールが二人を介在して答えれば良いだけだ。
光の竜だからこそできる、特殊な術の応用によってできた、陳腐ではあるが大胆な作戦なのだ。
「これからどうする気だ!? 竜の姿を人間に見せて!!」
ミェースチが怒鳴る。
彼女がディスールを岩牢から出した時には、こんな事は計画外だった。
こんな作戦の序盤で竜の姿を人に見せれば、弊害が出ることは明らかだったからだ。
しかし、光の竜ディスールは甲高い笑い声を上げて首を振る。
「竜が味方についてるってわかれば、他国への牽制要素になるわ。
なによりも、竜の姿で空を飛んだだけで人間達は混乱するでしょ? それが重要。」
「そうかもしれんが…。」
ディスールはミェースチの心配事を逆手に取ったのだ。
ミェースチは言い返せずに押し黙る。
「それにね、ミェースチ。そろそろプシニーツァの名前をはっきりと認識させなきゃいけないのよ。」
「は?」
突然の言葉にミェースチは何を言っているのかわからなかった。
「嬉しくないことに、プシニーツァがやったように見せかけて反乱を起こしてる場所がいくつかあるのよ。」
「何?」
ミェースチの顔がこわばる。
この二人が国王をそそのかし、プシニーツァの戦争とは別のところで、
まったく関係ない民族争いや宗教争いに手を貸している。
しかし、プシニーツァが力を貸したとばれないようにだ。
だが、今回は、プシニーツァがやったかのように見せかける反乱が起きたという。
そんな報告は受けていなかったが、ディスールの言葉を疑う気はない。
「あたし達がやったとばれなければ、内乱になって勝手に殺しあってくれると思ったのにね!
各地で起こした内乱を真似て、いかにもプシニーツァが力を貸したんだって偽装する国が出てきたの。」
ディスールの声に僅かな苛立ちが滲む。
その苛立ちの元凶に、ミェースチも気付いた。
「…全ての元凶がプシニーツァならば…国全体の結束力は高まり、内政への不満がプシニーツァに来る…。」
そして、内乱を収束し、プシニーツァへの敵対心を国民全体が抱くこととなれば、
間違いなくプシニーツァの劣勢をひき及ぼす危険さえ孕んでくるだろう。
「とっても問題でしょ? だから、反乱を起こしてくれた奴等は見捨てて、
全てを圧倒的な武力で潰しにかからなければいけないのよ。
その為には、腰の重いパーズドビシャ国を刺激しなきゃ。」
何故、あえて正面から堂々と武力を行使するのかというと、
内乱を抑えられないような統治力のない政権ないし王国貴族への不満が国内に高まり、
場合によってはプシニーツァ側に協力する者も出てくるという寸法だ。
なにぶん、こと閉鎖的な考えの王政を続ける三大大国とその周辺諸国では、
国民感情を逆なでするような政治が続けられてきたからである。
「そうして、プシニーツァ、パーズドビシャ、セルフヴォランという三大大国の三つ巴にするわけか。」
「そう。どこか一国が倒れても、争いは続く。それに乗じて世界を壊せば良いのよ。
チャンスが残るように動くことって、大切だと思うから。計画通りにはなかなかいかないし。」
ディスールが上ずった笑い声を上げる。
自虐的な笑みの裏に、何が含まれているのか想像がつかず、ミェースチは眉間にしわを寄せる。
「そうだな。」
一言呟くと、その言葉ごと風が会話をさらっていってしまった。
長い沈黙の後、おもむろにミェースチが口を開く。
「ところで、パーズドビシャをどうやってけしかけるつもりだ?」
その言葉に、ディスールの翼が大きく空を叩いた。
まるで大きく手を叩くかのように。
「勿論、あたしとミューと闇の竜を使ってパーズドビシャを乗っ取るの。」
笑い声は、禍々しさを感じさせない、不遜だが堂々としたものだ。
「はぁっ!? 一寸待て!! それじゃプシニーツァの国王をないがしろにすることになるぞ!!」
もしも、パーズドビシャ国を手に入れられたとしても、二人がこのままの地位にいればプシニーツァに吸収される。
さもなくば二人はプシニーツァを裏切ったということで、プシニーツァ国王の怒りを一身に買うだろう。
「だから、身代わりに侍女達を置いてきたんでしょーが。暫くはバレないわ。
バレても、適当にはぐらかせばいいわけだし。あたし達が逃げようとしたから殺したとかね!」
「幼稚な計画だな。」
ミェースチは溜息を吐きながら、なんとなくそれも上手くいってしまうのだろうなと思い、小さく笑ってしまう。
「いいのよ。どうせ、人間達の世界をひっかきまわせば良いだけなんだから。」
「…?」
妙に投げやりな竜の言葉に、ミェ―スチは首を傾げたが、正論だったので何も言わなかった。
「まさか、こんな早く着くとは思わなかった。」
夕闇に浮かび上がるパーズドビシャの砦には、香のような臭いが漂い、夜を嫌うように必要以上に松明が燈っている。
その姿を見上げながら、ミェースチが呟くと、老婆に扮したディスールが暗く呟く。
「いいのよ。時間がないんだし。」
「何か言ったか?」
「別に。」
どうしてディスールが老婆の姿をし、声音を使っているのかは実に難しい現状のせいだ。
プシニーツァ国王との関係を考慮しながらも、パーズドビシャ国へと潜り込む為に必要な措置だった。
ちなみに、どうやって老婆に化けたのかをミェースチが聞いたところ、
姿形を実年齢通りにしか変えられないのは、力が弱いか若い竜ぐらいだという答えが返ってきた。
確かに、古文書に残るような光の竜ディスールが、そのどちらにもあてはまらないことは理解しているが、
今まで同年代の女の姿で付き合ってきただけに、どうも違和感があってならなかった。
「それにしても、どうやって砦に入れてもらう?」
不用意に砦に近づけない状況だったので、木陰から砦壁の上を歩く哨兵を見つめるミェースチ。
その顔が、なんとも不安そうなので、何かとてつもなく恐ろしい事でも起きたのだろうかと不安になった。
「闇の竜にさっき頼んでおいたから大丈夫。もうすぐ来るわ。」
「誰が?」
振り返ると、ヴェールで顔を隠した老婆がニヤリと笑う。
「砦の現責任者。」
答えた直後、哨兵の隣に女が現れ、大きな松明を左右に数回振る。
「お招きの合図よ。」
老婆が歩き出したのでミェースチも慌ててその後をついていく。
老婆が正門の前で手を振ると、扉が開かれ、街娘のような簡素な服に身を包んだ女が現れた。
ミェースチはこれが"現責任者"なのかと驚き、この砦がどんな状況なのかと本気で心配になった。
「あんた達が、稀代の呪術師とその助手?」
女がうたぐるような顔で二人を交互に見つめる。
「お初にお目にかかりますカデットさん。クロの痛烈な意識があたしの夢に現れたので、
見かねて訪ねた次第です。」
その言葉に、カデットが驚いた顔をして老婆を凝視する。
まだ名乗ってはいないはずなのに、やはり本物なのか?
そんな疑いの声が聞こえてきそうな姿に、ミェースチも共感してしまう。
どういう術をこの老婆が使っているのか知らなかった頃の自分と通じるものを女に見ながら、声を掛ける。
「カデット様、どうかなさいましたか?」
ヴェールの間から覗く若々しい瞳が微笑んできたので、カデットは頬を染めて首を振る。
「い、いいえ。ただ、あんた達ってすごく人間離れしてるから。」
「よくそう言われますわ。」
ミェースチがにこりと微笑むと、カデットはいよいよ首を傾げて、ひらひらと手を振る。
「気を悪くしたらごめんなさい。」
「いいえ。」
「とにかく、中へ入って。待遇はあまりよくないけどね。」
そう言いながら砦の中を指し示す。
「結構です。」
ディスールが笑って杖で体を支えるようにゆっくりと歩き出した。
旅の疲れもあるだろうし今日はもう夜も更けたから休むようにと言われ、
ミェースチとディスールは部屋へと案内された。
「こんな簡単に通してもらえるとは思わなかった。」
カデットの気配が遠のいたことを確かめてから、ミェースチはローブとヴェールを取った。
「それだけ、クロの影響力があるということよ。彼は若い癖に、力のある竜だもの。」
不貞腐れたような物言いに関心を寄せるミェースチ。
少なくとも、彼女がここまで闇の竜の事を口にすることは今まで無かったのだ。
老婆から童顔な美女へと変じたディスールを見つめながら質問してみる。
「人の魂を食ったり、心を操ったり?」
「闇の竜にそんな力はないわ。魂を侵食する力は…確かに方法によってはあるけど。」
思い悩むような顔で、ベッドを睨むディスール。
「では、どんな力が?」
荷物らしい荷物もなかったので、着の身着のままの姿でベッドに横たわるミェースチ。
「そうね。万物の秩序をぶち壊す力がある。それが一番適切ね。」
「それはどういうことだ?」
上体を起こしてディスールを見る。
「光の竜が魂の破壊や崩壊に向いているのと同じように、闇の竜は物質の破壊に向いているのよ。
本質の変化とも言えるわね。」
ディスールはそう言いながらも、しきりにベッドの硬さを疑うようにシーツの上からベッドを突付く。
「他の竜もそんな力を持っているのか?」
「火、水、風、地の竜がいるけど…、本質的には違う。」
「?」
「地を治める自然の流れと、あたしたちは違う。」
そう言いながら、深い深い溜息を吐き、ディスールはベッドの上に寝転がった。
少し悩んだ後ミェースチが口を開く。
「体と魂の関係みたいな感じか?」
「まさしくその通りよ。さすがミューだわ。」
感心したという気持ちよりも、ベッドの硬さが不満だという気持ちの方が強い声だ。
「じゃあ、人間はそのどちらでもあるのか?」
「生き物はみんな"どちらでもあるモノ"よ。竜だけが違うの。竜は…。」
「竜は?」
長い沈黙が部屋に横たわると、窓枠に風がぶつかり、ガラスがカタカタと鳴った。
「…なんでもない。ちょっと喋りすぎちゃったみたい。」
そう言ってディスールは小さな寝息を立て始めた。
後宮を出て早3日が経った。
クロの夢を見てから、ディスールはミェースチのさまざまな問いの多くに答え、己の考えをさらけ出している。
まるで、ミェースチの言葉には抗えないかのように。
恐ろしい考えに行き着いたミェースチは、頭を振って考えを片隅へと追いやると、
自身を深い眠りにつくために施錠を確認してからベッドへと入った。
窓の外で夏の風がうなっている。
最終更新日 2005/07/30
感 想 老婆ver.のディスール登場。 色々説明してるわりに、後々に生かされない竜の設定。
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