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真っ暗ではないが、闇の濃い倉庫の中で浅黒い肌の子供達が震えている。
先ほどから、剣戟が一層倉庫へと近づき、命の終わりを告げる悲鳴が、
はっきりと聞こえるようになってきたからだ。
門番らしい女性達が、時たま赤子達に母乳を与える以外は倉庫に出入りする者はないが、
扉が開くたび、僅かな隙間から見える空が炎で染められ赤みを増していく。
勘の良い子だけでなく、今やどの子も自分の死が近づいていることに気付いていた。
そして、おやすみなさいと言って分かれた家族と、地上で再会するのが困難なことも薄々勘付いていた。
「死ぬときは、この世じゃないところから死神がくるんでしょ?」
誰かが問うと、年長の少年―――名前はイッソというらしい―――が答える。
「そうだよ。ドクロの女が大鎌もってやってくるんだ。」
リベルテは死神のイメージを聞いて驚いた。
彼女の知っている民間信仰とはだいぶ異なっていたからだ。
「女なの? ドクロなのにどうしてわかるの?」
「死神はそーきまってるんだ。」
リベルテの純粋な問いに別の子供が答えると、それをかわきりに「驚いて!」と言わんばかりに、
倉庫中の子供達が自分の知ってることを喋りだした。
「ホネは黄ばんできたないらしいよ。」
「歯はノコギリみたいにギザギザなんだって。」
「カミナリで黒くなった木の上だけしかあるけないんだって。」
「ホネだけだからシューシューすきま風みたいな声だって。」
子供達が一斉に喋ったので、あまりに倉庫が煩くなりリベルテが抑えようと声を出そうとした瞬間、
「お前たち隠れてるんだから静かにおし!!」
扉がバーンと開いて、見張りの一人が怒鳴り散らすと、全員静かになった。
リベルテは、子供達の大騒ぎを一言で沈黙させた女性は、リベルテを倉庫の中に突っ込んだ人物だった。
イッソがリベルテの服を突付いたので、リベルテは驚いたままの顔でイッソに顔を向ける。
「ツーイおばさんって言うんだけど、村中の子供はみんなおばさんに怒られたことがあるんだ。
おせっかいのツーイってよばれてるんだよ。」
その言葉と、全員の気まずそうな顔を比べて、彼女がどれほど子供達に嫌煙されているのかを悟り、
ちょっとだけツーイおばさんに同情したが、あの勢いでピシャリと怒られたら誰だって嫌だとも思った。
それにしても、国や地域によって文化の違いがあることは知っていたが、ここまで違うものなのかと思い、
リベルテはこんな場所でありながら不謹慎にも感心し楽しい気分になった。
「おねえちゃんの知ってる死神は違うの?」
イッソが気分を盛り立てようと問うと、リベルテはこくりと頷き笑う。
「あたしの知ってる死神は、銀の船に乗って湖を渡ってやってくるの。」
リベルテの言葉に、嘘だ、変なの、姿は? と、またも倉庫が煩くなったので、
ツーイおばさんが顔を出す前にイッソが「しーっ!」と指を立てて皆を静かにさせた。
年のわりにしっかり者なイッソを見て感心した後、せがまれるような視線を向けられたので言葉を続ける。
「彼は朝焼け色の衣を羽織っいてね、背中には白い翼を持っているわ。
死人の胸の中にある魂をつかみ出して、魂を大切に抱きしめ銀の船で帰っていくのよ。」
どこに帰るのだろう。
言い終わってからリベルテは小さな疑問を感じたが、
驚きに口を開く子供達に笑顔を返すことに注意を払った。
「じゃぁじゃぁ、その死神は女神様のおつかい?」
小さな女の子が問う。瞳が興奮と期待にキラキラと輝いた。
「女神様?」
リベルテが首を傾げて見せると、少女は自信に満ちた声で答える。
「そう、女神様! ドワーフを守ってくれる"リベルテ"様!!」
リベルテの顔が強張る。
「どうしてそう思うの?」
「だって、ドワーフの神様だけがギンのおふねを作ることができるの。」
「そしてドワーフの神様だけが銀のふねを漕ぐことができる。」
「だって、銀を掘り出せるのはドワーフだけだもの!」
リベルテの言葉に、何人かが一斉に答えたので、またも扉が開いてツーイおばさんが「静かに!」と怒鳴った。
一番年上のイッソがかわいい咳払いをして、リベルテの方を見る。
「おねえちゃんは知らなかったの?」
「え、あ、うん。その、ドワーフの話しを教えてくれるヒトが全然いなかったから。」
リベルテが恥ずかしさと、名前の由来に対する不信感で、口をモゴモゴさせながら答えると、イッソも他の子も目を丸くした。
「じゃぁ、リベルテ様がどんなにすごい方々だったのか知らないの?」
「そうよ。」
リベルテは穴があったら入りたい気持ちになったが、それでも見栄をきる気は無かった。
同じ名前を持つ女神達の事を知りたい…って女神達!?
「女神達!? 達って言った!?」
リベルテが突然顔を上げて声を上げたので、近くの女の子が驚いて泣いた。
「あ、あ、ごめんなさい。あなたを脅かすつもりはなかったんだよ。ごめんね。」
女の子の手を握り締めなだめると、女の子はゆっくりと呼吸を落ち着けた。
「だいじょうぶ?」
心配そうにリベルテが問うと、女の子がぎこちなく笑って頷いた。
「それで、女神は複数いるの?」
イッソに目を移すと、イッソは小さく頷く。
「ドワーフ族に怖いことがおきると、ドワーフの姫達のだれかから生まれて、
名前はぜったいにリベルテってつけられるんだ。」
リベルテ。
誰かが耳元で囁いたような気がして振り返ったが、そこには堅く閉ざされた扉へ続く小さな階段しかない。
隙間風が階段の上で埃を撒き散らした。
「自由って意味だよ。ドワーフ族は昔からちょっとキレイじゃなかったから…。嫌われてたんだって。
それで、リベルテ様達は、ドワーフ族がたいへんな時に助けてくれるんだよ。」
イッソが切なそうな顔をした。
リベルテがなんと言っていいかわからずにいると、別のところから声が上がった。
「あんた何者だい!?」
扉の外で見張りをしているツーイおばさんの声だ。かなり緊張して上ずっている。
倉庫の中が一気に静まりかえり、おばさん達の心音まで聞こうとするかのように神経を集中した。
見張り役の女達のおぞましい悪態が早口に聞こえた直後、静かな男の声が答えた。
「俺は刀耀 凰火。命の終わりを告げる剣なり。」
瞬間だった。風を切る音と何かが倒れる音が響いたのは。
一瞬遅れて女達の悲鳴が、死を前にした絶叫が、子供の命だけは助けるようにとすがる声が聞こえてきた。
その金切り声を聞いて、一斉に赤子が泣き出し、他の子供達もパニックとなる。
しかし、次の鈍い音が響いた直後、女達の声は夜に抱きすくめられ、もう音として誰の耳にも届かなくなった。
リベルテが零れんばかりに目を見開き硬直していると、扉がドンッ! と大きな音を立てた。
子供達の悲鳴が高まる。
続けざまに扉が叩かれた。外から体当たりしているらしく、音が鳴るたびに扉が揺れた。
一際大きな音が響くと同時に、古びた蝶番が落ちて乾いた音を立てる。
短い沈黙の後、扉がゆっくりと開かれ、赤い空を背景に男が覗き込んだ。
鴉の様な黒い髪と、闇よりもなお深い漆黒の瞳が、これほど邪悪な孤高さを放ったことがあっただろうか?
リベルテは鞘のない剣のように殺気を放つ凰火の姿に身をすくめたが、凰火の次の動きを感じて叫ぶ。
「オゥルカやめて!!」
リベルテの声と凰火の一撃はほぼ同時だった。
凰火は驚いて剣戟をやめたが、リベルテの右耳の上は髪の毛と共に床に落ちた。
リベルテが苦痛に顔を歪めながら、凰火の前に立ちふさがるようにして両手を広げる。
「な…何ゆえ此処に?」
凰火が酷く狼狽した瞳でリベルテを見た。
殺意も敵意も抜け落ちはしなかったが、彼にはリベルテを切りつけることができなかった。
その隙に、近くの子供達が扉へと突進し凰火を突き飛ばすと勢い良く扉を閉めた。
「早く!つっかえ棒か何かもってきて!!」
イッソの言葉に奥の子供が答え、倉庫の奥から木の棒や樽といったものを引っ張り出し、
皆で扉の前に必死で積み上げる。
荷物の積み上げを手伝いながら、リベルテは外に向かって大声で叫ぶ。
「この倉庫に手を出したら許さないから!! 絶対に!!」
凰火の中には狂気があった。
魔族としての狂気が、生あるものを殺し、善を砕くことに喜びを感じさせているのだ。
それは魂に刻まれた深い闇の底から湧き出しているものだが、
彼が悪行をしてきたことを認め、それを悔い、罪を償う為に人間としての生を選んだ時、
強い意志によって封じたものだった。
だが、この無責任な世界へとやってきて悩み苦しんでいるところへ、
闇の玉をヴィスヨールイから受け取ったのが悪かった。
おかげで封印は破れ、彼はまた邪悪な心を取り戻したわけである。
しかし、記憶がなくなったわけではない。
その顕著な例が、今まさにリベルテを切れない理由である。
彼はこの旅の間中、リベルテに、故郷で暮らしているであろう娘の姿を何度も重ねていた。
だからこそ、手を広げ立ち向かってきた少女が、気丈なる己の娘の姿と被って攻撃できなかったのだ。
そしてまた、罪の意識が邪悪な魂を蝕もうと手を伸ばして、己の真なる存在としての悪意を払いのけようとしているのだ。
凰火の心は、己の手で引き裂かれそうになり、悲鳴をあげていた。
女達の死体を足元に散らばせ、薄汚れた倉庫の前で呆然と立ち尽くしている凰火は、
すぐ傍らにやってくるまで、ヴィスが駆け寄ってくることにさえ気付かなかった。
「オゥルスカさん、どうしたんですか?」
「………。」
声を掛けられた凰火の方は何も答えず黙すだけで、気付いてすらいないようだった。
ヴィスは少し疲れたような顔をして、短く呼吸を整えた。
というのも、アターカ達を村の中央まで案内したヴィスは、すぐさま彼らと別れリベルテを探すはめになったからだ。
何せ、火矢部隊に任せていた彼女の姿が火矢部隊の傍らになかったので、
彼女が村の中へ走り去った事を聞きだし、リベルテを探して村中を駆けずり回ったのである。
竜の化身と言えど息が上がっても仕方ない。
凰火が沈黙しじっと扉を見ていることに気付き、不振そうに倉庫を見る。
倉庫の中からは子供達の悲鳴と泣き声がひっきりなしに聞こえてきて、少々煩かった。
「オゥルスカさん…リベルテに内緒で子供達を殺そうとしたんですか?」
その問いにも凰火は答えない。
かわりに、刀の先から大地へと血が流れ落ちる音がして、血だまりに転がる女の瞳が凰火を映している。
「リベルテにバレたら大変ですよ。まぁ、僕は止めませんけど。」
凰火は顔をパッとあげ、ヴィスの顔をマジマジと見た。
いつもの笑い顔ではなく、凰火にだけ見せる皮肉たっぷりの笑みと、何かをたくらんでいるときの瞳とぶつかる。
「彼女には彼女の役目があるから仕方ないし、望まれれば、僕は彼女の願いを聞きます。」
ヴィスの瞳がスーッと細まる。
「だけど、僕は彼女の従者じゃない。望まれもしないのに、彼女の理想に追従しようとは思わない。」
「貴様は…一体。」
凰火はこの手の部類の胡散臭さを理解していたし、
こういう無頼が腹のうちを明かすときは用心したほうがいい事も知っていた。
「僕は地上が好きだし、人間も好きです。だからこそ、彼らの起こす戦争だとか争いは悲しい。」
芝居がかった身ぶりをする。
「でも、必要なんですよ。争いごとは。生き物の本質として組み込まれているんだから。
戦って、種として個として存在する権利を獲得するんです。あるいは存在そのものを。
そんなものを否定して止めるだけムダだし、生きているモノに対して不遜じゃないですか。」
ほんの少しだけ、芝居臭い奇妙な笑顔に陰りが見えた。
「だから僕はいつだって傍観してきたんだ。」
ヴィスがその場にしゃがみこみ、横たわる女の冷たい手を取り撫でる。
「貴方の殺したこの女も、ドワーフの血を引いている。
皮肉なことに、それを知っても彼女は僕に戦うことを願った。彼女は正しい。
それが一番被害が少なくてすむ。」
女の手を放し立ち上がり、また凰火の方に顔を向ける。
「でも、心とか道徳の問題になったらどうなのかな?」
ヴィスの口元が冷たく笑う。
「そこまでわかっていて、どうして火矢の事を促したんだ?」
凰火の問いに、立ち上がったヴィスはとびきり冷めた瞳で笑う。
「だって、彼女は自分の選択でどれほどの血が流れるのかを知らなくちゃいけなかったんだ。」
沈黙の後、倉庫から怒声が響いた。
「ヴィス!! やっぱりあたしをハメたの!?」
リベルテの泣き声だ。
「え!? なんでソコにいるの!?」
ヴィスは驚いて倉庫の扉と凰火を交互に見る。凰火は素知らぬ顔のままだ。
ヴィスは"しまった!"という顔をして、すがるように扉を叩く。
「違うんだリベルテ!! 僕は君を探しにきたんだ!! 君の命が大切だって事はかわらないよ!!」
「ウソ、ウソ、ウソ! 理由とかよくわかんないけど、ヴィスが大事なのはあたしじゃなくて、何かの使命なんでしょ!?」
「リベルテ聞いてよ!! 確かに約束を守るために君の傍にいるけど、今はそれだけじゃない!!
別に、フォッセとの約束を完成させるためだけじゃないよ!!」
短い間があく。
「フォッセ?」
「しまった!!」
リベルテに隠してきたことを、つい口にしてしまい慌てるヴィス。
「どうして、あたしのお目付け役のフォッセの事を知ってるの!?」
フォッセとは、ネゴシアシオンの家にいたリベルテの養育係の名前である。
幼少の頃から彼女に仕え、最後は旅先に起きた不運な出来事のせいで、彼女を守って死んだ。
もう半年近く前の話である。
「いや、えっと、彼が死ぬ前に約束を…その、君を守ってくれって約束を。
ほら、君のキャラバンが全滅しかかった山道で…。」
余計なことだと思いながら、隠してきたことを口にしてしまう。それだけ混乱していた。
今度は倉庫の中から、モノを蹴り飛ばす大きな音がした。
「あの時!! 見てたなら助けてくれればよかったのに!! そしたらフォッセは死ななかった!!」
しかし、ヴィスは間に合わなかったのだ。
助ける気もなかったが、見つけた時にはもうリベルテは他の隊員に抱きかかえられ逃げた後だった。
「僕にだって事情はあるし、さっき聞いてたならわかるでしょ!?
戦争も争いごとも、生きるために必要な本能なんだから仕方ないって思ってること!!」
ヴィスは怒鳴りつけた後、またも"しまった!"と心の中で叫ぶはめになった。
彼女を怒鳴るつもりなんてなかったし、間に合わなくても見捨てるつもりだったのだから、
何を言われたとしても怒鳴り返すのはお門違いだ。
それなのに怒鳴り返してしまったことに驚き、自己嫌悪に陥りそうになった。
だからといって彼女が次に何を言うのか恐ろしくなくなったかというと、むしろ恐怖は色濃くなった。
しゃくりあげる声が、ゆっくりと、だが強い語調で言葉を紡ぐ。
「も、もういい!! お、オゥルカもヴィスもどどどっかいっちゃえ!! ももういやっ!!」
嫌われた。
そう実感した瞬間、ヴィスの顔色が真っ青になり、瞳から涙が溢れ、扉を叩く拳が硬くなる。
「リベルテ!! お願いだから聞いて!! ねぇ、リベルテ!! 僕はそれでも君のこと大切なんだよ!! リベルテ!!」
「よせ。本人にその気が無いなら無駄さ。」
意外な人物が、ヴィスの肩を掴んだ。
「アターカ…。」
振り返りながら、冑を取ったアターカを見る。
皮膚の出た部分には血が滲み、かすり傷ができていたが、命に関する傷はない。
怒りを抑えている者特有の、強く燃えるような瞳がヴィスを見据える。
「来たばかりで事情はわからんが、お前はリベルテの事を大切だと言いながら戦場へ誘う。それだけはわかった。」
アターカは剣をしまい、部下達に今後の指示を手早く出していく。
火を消すように言ったところを見ると、どうやら村の鎮圧は終わったらしい。
「それは…彼女のためなんだ。フォッセとの約束のためなんだ。いや、もっと多くの者の望みなんだ。」
ヴィスが俯きながらブツブツと小声で言う。
自分がどんな卑怯な方法で事を成し遂げようとしているのかは解っていたが、
いちいち面倒な事を気にしていたら時間は足りない。
特に、寿命の身近な種族は、本当に急がなければいけないのだ。だから、自分は悪くない。
そんな自分でも否定したくなる正論を吐き続けていると、アターカがまたヴィスの方に顔を向ける。
「そんな事をここで問答していても彼女は出てこんさ。貴殿等は一度、特設拠点に戻って休んではどうだ?」
アターカの視線が、ヴィスと凰火を交互に見る。
怒りも呆れも同意も何も浮かべない瞳は、むしろ己の中にある醜い心を映すようで、
二人は視線を合わせないようにそっぽを向いた。
「リベルテがまだこの中にいるから行けない…」
「休んでこい。」
ヴィスの言葉を遮る。
「アターカに命令される筋合いはないもん。」
ヴィスが頬を膨らませ、子供じみた声で文句を吐いた瞬間だった。
「頭を冷やせ!! この馬鹿者!!」
言葉と同時にアターカの手甲をはめた拳がヴィスの頭に命中した。
「あいたっ!!」
心底痛そうに頭を抱えその場にしゃがみこむヴィス。目には涙さえ浮かべている。
これにはちょっと意外だったアターカは、嘘ではないかと痛がるヴィスの顔を覗きこむ。
すると、恨みがましいヴィスの視線とぶつかって嘘ではないと悟った。
まだ鋼鉄製の手甲を外していないことに気付き、アターカは申し訳ない気分になったが、すぐに気持ちは変わった。
「叩いたねっ!? 僕のお祖母様なみに凶暴だ!! この暴力年増!!」
誰かが、弔いの言葉を吐いたのと、アターカの猛攻が始まったのは同時だった。
座り込んだヴィスの服装は、騎士としてはあまりにも軽装で、金属の防具をつけている場所の方が少なかった。
反対に攻撃をしているアターカは全身が金属に包まれていると言ってもいい。
それに、身長だってヴィスよりもアターカの方が少しだけ高かった。
「…見事に散ったな。」
昏倒したヴィスを背負い歩き出した凰火は、それだけ呟いた。
長い夜が明ける頃、アターカの説得と空腹に負けて、リベルテと子供達は倉庫から出てきた。
リベルテの要求は二つ。
とにかく、子供達に危害を加えず、できるだけ家族と早く再会できるように手はずを整えること。
もう一つは、子供達に暖かい食事を無料で配布することだった。
要求を聞き入れたアターカは、村の北側に設けた特設拠点に食事を用意し、子供達の家族をできるだけ倉庫の前に呼び集めた。
リベルテが状況を確認し倉庫から出てきた頃には、村から死体は消え、共同墓地に墓標が増えていた。
村は負けたのだ。
「目が真っ赤だぞ。」
「うるしゃい。」
アターカの指摘に目をこするリベルテ。徹夜の説得の間あいだに泣いていた事で、深刻な赤さだ。
「ほら、お前が捨てた盾だぞ。」
アターカが木製の盾をリベルテに渡す。
「もう、終わったんでしょ?」
リベルテが怪訝な顔で受け取ると、アターカは辺りに目をやり声を潜めて答える。
「終わったからと言って気を抜いた奴に降りかかった災いを聞きたいか?」
彼女の瞳が、底冷えするほど冷たかったので、リベルテは小さく首を振る。
「いいえ。」
リベルテの手や腰に抱きついてゾロゾロと子供達が出てくると、彼らの家族が歓声を上げる。
「なんだか、やたら好かれてるな?」
さすがのアターカも、あまりに団子状態なので苦笑いしてしまう。
夜に戦闘状態にあった場所とは思えないのほほんとした光景だ。
「リベルテ様はやっぱり僕たちを守ってくれたんだもん。大好きに決まってるジャン!!」
イッソがリベルテの隣で笑う。
「は?」
"リベルテ様"の言葉に顔をしかめるアターカ。
「リベルテ様は女神なんだ。伝説の…モゴモゴ!」
リベルテが慌てて口を塞ぐ。
自分がそんなご大層なものじゃないことは良く理解していたし、力もない。
子供達の期待にこたえられるはずもない。
だから、そんな風に崇められたり好かれたくもなかった。
「それより、食事をさせてあげて。赤ちゃんのミルクも必要だしね。」
リベルテの言葉に頷き、捕虜となった村人達に子供達を引き渡すアターカ。
だが、引き取り手のない子供達もいた。
気を利かせた近所の人が連れていった子供もいたが、
親兄弟、一家全員が死んだ子供も少なくないことを暗に語っていた。
「みんなの分の朝ごはんをもらえない?」
リベルテが不安そうな顔で聞くと、アターカは「用意してある」とだけ言って歩き出す。
外に出て子供達の多くが引き取られ、やっと気持ちに余裕のできたリベルテは、
アターカの顔色が悪いことに気付いた。これ以上の要求は控えたほうが賢明だと判断する。
「明るいところで見て解ったが、髪と右耳が切り落とされているぞ。」
「えっ、髪と右耳?」
アターカの問いに、リベルテは痛みを思い出す。
そっと触れてみると、右耳の上が無く、耳の中に血がへばりついてザラザラしている。
そのまま手を上に伸ばすと、二つ縛りにした髪の毛の右側の房が短くなっていた。
「誰にやられたかは聞かないの?」
リベルテが冷めた瞳で問うと、アターカは首を振る。
「後で衛生兵に見てもらえ。…元通りにはならんがな。」
アターカが眉間にしわを寄せた。
リベルテ当人は酷い格好だとふてくされながら、凰火とヴィスの様子が見えないことに気付いた。
「二人はどこ? まわりには見えないんだけど。」
会わなければ会わないほうが良いと思いながら聞く。
見れば、怒鳴りつけて泣いてしまうと思ったし、彼らの言い分を問い詰めてしまうだろう。
そんな事をすれば、彼らの正体を知られてしまう可能性もある。
ちがう。
建前を考えてからリベルテは頭を振る。
純粋に会いたくない。会ったら一発殴りたい。それで十分だった。
「あぁ、異国の剣士はまたも散歩中だ。どこで何をしているのかわからん。
ヴィスのほうは、リベルテに嫌われたと一晩中泣き続けて、先ほど疲れて寝てしまったよ。」
アターカは肩をすくめた。どうやら本当らしい。
「一発殴りたかったのに。」
ホッと胸を撫で下ろし軽口を叩く。
アターカも笑ってくれたし、傍らについてくる子供達も、二人の間の緊張が解けた事に安堵の笑みを浮かべた。
「さ、朝ごはん食べよう!」
リベルテが隣を歩くイッソに微笑んだ瞬間、彼は笑顔のうちに倒れた。
何が起きたのか、本人もわからなかっただろう。
後頭部に突き刺さった矢の辺りから、オレンジの髪が赤く染まっていく。
「どうしてっ!?」
リベルテが少年を抱き起こそうとしたが、絶命していた。
アターカが剣を抜き放ち、矢の飛んできたほうを睨みつけ、他の兵士も戦闘体勢を取る。
そこにいたのは、村人ではなく、拠点地の司令官を勤める男だった。
「何故、こんなことを?」
アターカの問いに、気の触れた笑いを返す男。
「貴様のような小娘がこなければ、全ては計画通りに進んだのだ!!
貴様のせいで、失敗したんだ!! 私の昇進もおしまいだ!! 命だってもう無いんだ!!」
男は矢を放ちながら叫ぶ。
「狂ったか!」
吐き捨てるように言って、アターカは矢を切り落とすが、彼の手下達の矢も相まって進むことができない。
「ははは、死ね死ね死ねぇ!!」
男とその部下達の放つ矢が、他の兵士や子供達を傷つけていく。
誰もが動けず、錯乱しきった中、小さな少女リベルテが盾を片手に立ち上がる。
目が据わっており、一晩中泣いたり怒鳴ったりしていた少女とは思えないほどの殺気を立てている。
残った彼女の左の髪がふさりと風に揺れた。
「お兄ちゃん、そこにいるんでしょ? あたしはもう逃げない。女神にだってなってあげる。
だから、あいつらを殺して。責任はあたしが負う。この矢をあいつの心臓に突き刺して!!」
絶命した少年の頭から抜いた矢を、男に向かって投げる。
誰もがムリだと思った瞬間、強い風が吹き司令官の心臓に深々と突き刺さった。
その風に吹かれ、宙を行く矢が進路を真逆に変え、放った者達に突き刺さっていく。
「な…なぜ…?」
矢の生えた自分の胸とリベルテを見比べながら、男は真後ろに倒れた。
「約束だよ、リベルテ。」
そんな声が聞こえた気がして、リベルテは空を見上げた。
だがそこには、朝日に焼けるパステル色の空が広がり、視線を東へ下ろしてみても、
煙たい雲の下から太陽が禍々しく赤い姿を覗かせているだけだった。
最終更新日 2005/07/30
感 想 三部作終了。なんか女神様がどーのと雲行き怪しい。 まあ、救世主はファンタジー要素ということで多めに見て下さい。 ヴィス君は凰火さんにのみ敬語かつ黒い。
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