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絡み合った糸を解く術がないならば切り刻んでしまえ
感情の向こう側に何があるのか知る必要などないのだ
それは刃を濁し太刀筋を迷わせ命を危機に晒すから
戦場で乗り越えるべきは悪意ある敵ではなく意志持たぬ骸なのだから
「行かないだと!?」
アターカが怒りさえ滲ませ声を張り上げたので、リベルテは僅かに体を振るわせる。
シャール砦中に出されたスュー人の村の暴動鎮圧命令によって精鋭部隊が編成された。
というのも、問題の村まではおおよそ二日の距離を有し、
鎮圧に必要な戦力も砦全体で動く必要はないと判断したからである。
大規模な遠征には兵站の確保から道路の確保まで様々な問題が生じる故、
すぐさま動かせる軍勢が少ないというのも理由の一つではあるが。
ともかく、約200からなる精鋭部隊を編成するに当たって、凰火とヴィスの編入は確実だった。
機動力も戦力も十分すぎる二人が戦場へ出ることを条件に、二人をこの砦に受け入れたのだから当たり前だ。
だからこそアターカは、凰火が言葉少なくも受けてくれたのは当然だと思っていたし、
幼さの残る青年騎士ヴィスも必ず首を縦に振るだろうと信じていた。
だが、予想は裏切られ、今まさにアターカは叫んだわけだ。
「どうして!?」
アターカの叫びにヴィスは人好きのするいつもの笑みを浮かべる。
「だって、僕はリベルテを守る為にココへ来たんだ。リベルテを置いて戦場へなんていかないよ。」
そう言いながらリベルテの肩に両手を乗せる。
リベルテはヴィスの手の暖かさを両肩に感じながら迷っていた。
スュー人は肌の浅黒い人種で、ドワーフの血を引いているとヴィスに聞かされてしまった。
できれば武装蜂起なぞやめて命を大切にしてほしかったし、一方では、
ここで自分達ドワーフの血を引く者を虐げてきた国に、反旗を翻した彼らを称えたいという気持ちもあった。
この国で戦いたいという思いは欠片もないだけに、行けば辛い思いをすることはわかっていた。
リベルテは、わざわざ心を痛めるために危険な場所へ行きたいと思うほど立派ではない。
だが、アターカの"無理やりにでも連れて行く"と訴える鋭い視線とぶつかってしまった以上、
腹をくくらなければならなかった。
「あたし、行くわ。オゥルカや貴方達が無力な子供や老人を殺さないように見張るの。」
凰火がしのび笑うのを目の端で捕らえながら、リベルテは真っ直ぐアターカを見る。
「前に言われたとおり、あたしは無力だわ。だけど、見届けるぐらいできる。」
それしかできないだろうさ、という言葉がアターカの口の中で転がった。
リベルテが睨むとアターカもすかさず睨み返す。
壁に背中を預けていた凰火がつまらなさそうに背を伸ばす。
「荷を纏めてくる。」
それだけ言って、凰火は部屋へと戻ってしまった。
空気が澱みきり、動くのさえ禁じられているかのような気まずい沈黙が横たわる。
不意に、暗雲立ち込める空気の中、ヴィスがニッコリと陽気な声を上げた。
「じゃぁ決まりだね! 僕も一緒に行くよリベルテ。絶対に君を殺させやしないよ!」
笑顔の裏で、ホッと小さく息を吐いたのをリベルテは肩に感じた。
2時間も経たないうちに準備は整い、200弱の編隊は多くが馬上の人となって砦を後にした。
目下沈黙を続ける凰火もその一人である。
リベルテは斜め前方を進む凰火の背中を見ながら溜息を吐いた。
「本当にオゥルカはどうしちゃったのか? あんなに差別とか嫌ってたのに。」
今の彼には戦を喜び、血を求める邪悪さがある事は、もはや歴然としており疑う余地さえない。
しかし、一昼夜にして人とは簡単に変わるものだろうか。
「原因はどうしてだと思う?」
食料用の馬車の一角に座るリベルテは、隣でガタゴト揺れるのを楽しむヴィスに問いかけた。
ヴィスはピタリと止まり、リベルテの方をちらりと見る。
彼は心の底から"しまったぁ!"と叫びたかった。
凰火の急変は間違いなく昨夕渡した闇の玉のせいだったし、元凶はまだ凰火の手元にあることも理解していた。
だが、リベルテにはそれらの事実も含め、凰火に闇の玉を渡したことは教えていないのだ。
もしもこの事実を知られたら、リベルテからどんなに軽蔑されるかわかったものではない。
その上、リベルテからの信用を失っては、本来の目的を果たすこともできなくなってしまう。
だからこそ、リベルテに気付かれないよう凰火から闇の玉を取り戻す必要がある。
これからは更に難しい選択をしていかなければならないと思うと、ヴィスは重い気分になる。
「さぁね。僕にもわからないよ。」
気のない返事をしながら、ヴィスは凰火の背中に視線を注ぐ。
どうしたものかと悩んでみたが、炎の長老竜に教わった"後悔先に立たず"という諺以外に浮かぶものはない。
むせ返る夏の風に、ヴィスは体中が汗ばむのを感じた。
目を眩ますような酷い午後が過ぎ、やがて森を赤く照らして夕陽が落ちていくと、
馬を進めることができない夜の闇が来た。
特に混乱もなく一日目が終わろうとしている中で、浮かない顔をしているのはリベルテだけだろう。
霧でも掛かったような陰鬱な顔は人を寄せ付けない。
遠めに見るアターカは、彼女の傍らに凰火とヴィスがいないことを見て、
三人の中で何かがあったのだろうという事を確信したが、声はかけなかった。
二人の姿を一応探してみようと辺りを見回すが、凰火もヴィスもいない。
そう遠くへ行ったわけでもないだろうが、何かよくないことが起こるような気がした。
何せ、朝からの凰火ときたら、出会った当時の無意味な争いに対する嫌悪感を見せるどころか、
むしろ戦いを好むような笑みさえ浮かべていたのだ。
間違いなく、何かが彼の身に起こり、とてつもなく邪悪な悪霊に心を蝕まれているのだろう。
だが、アターカにとっては躊躇いなく剣を振るう方が好都合だ。一人の失敗は仲間の命を危険に晒す。
だから彼女は、彼ら三人の問題に口を出さないことを改めて決意して、リベルテに背を向ける。
ほんの少しだけ、罪悪感に髪を引かれた。
アターカ達の今夜のキャンプ地のすぐ脇に広がる森は鬱蒼と茂り、
そう簡単には人間達の侵入を許さない雰囲気を醸し出している。
その中で、二つの影が向き合っていた。
まだ空に月は無く、太陽はすっかり暮れていたので、二人が何者かを遠くから見極めるのは困難だった。
「オゥルスカさん、僕が不用意でした。闇の玉を返してください。」
年若い男の甲高い声が響くと同時に、小さいほうの影が一歩前へ出る。
「何か不安でもあるのか?」
返答した声は若い男のものだったが、妙に暗く重いところがあり明朗とは言い難い。
声の主である背の高い影が、肩を震わせる。笑っているのだ。
「不安はもう現実に起こったんだ。僕の勝手な態度も悪かったけど、貴方はソレの力を解放した。これは許されない事だ。」
小さな影が、背の高い影を指差す。
「僕にもソレがどんな力を持ってるのかはわからない。
だけど、貴方が貴方本来の心を忘れてしまうようなものであることはわかる。」
背の高い影が一際大きく、禍々しく笑うと小さな陰は一歩引く。
「俺が本来の心を忘れただと?」
自問自答のような曖昧な問いに、小さな影は一歩踏み出す。
「そ、そうさ! オゥルスカさんは厳しい所もあるけど、根は優しくて力持ち〜♪…じゃなくてっ!
悪いことが許せない勇敢なサムリャイで、正義を貫く人だったはずっ!」
言いながらも冗談を織り交ぜる小さな影。相手は笑ってないぞ。
「なのに、今の貴方はどうだ! 邪悪な気を発し、影は闇色となって悪しき笑みを浮かべている!!」
「馬鹿げているな。」
小さな影の言葉を鼻先で笑い飛ばすと、大きな影が一歩踏み出す。
「以前、お前は俺が人ではないと言った。まったくもってその通りだ。
今は人間に身をやつしているが、俺の持って生まれた性分は魔族のソレなのだ。
だから、本当の心とやらを忘れたわけではない。むしろ取り戻したと言って良い。」
「マゾク? ソレは何?」
小さな影が首を傾げる。
「悪魔は解るか?」
「うん。」
「悪魔ともまた別だが、悪意によって魂を奪い、正義を貶めるという意味では近い。そういうモノだ。」
小さな影が硬直する。
まさか、そんな、ありえない、でも、いいや、だけど、もしかしたら…。
否定したいがしきれない、確信せざるを得ないと言いたげな呟きを繰り返す小さな影に、大きな影がゆっくりと近づく。
「ジェラーニヤには約束がある。あやつには俺から玉を渡してやる。だが、戦においてお前達の指図は受けない。」
小さな影の前に立ち止まった大きな影は、己の胸元をはだけてみせると、すぐさま襟元を直しどこかへ消え去った。
取り残された小さな影が、ガタガタと震えてその場に座りつくす。
「あぁ、どうしよう。どうしようよ長老竜。彼は闇と共にあるんだ。闇はもう彼のものになってしまったんだ。どうしよう…。」
ブツブツ呟きながら、小さな影は闇夜に吼えた。
「ヴィス、どこへ行ってたの?」
テントに戻ってきたヴィスを見つけ近寄るリベルテ。
「うん。陽の欠片を探しにさ。」
「陽の欠片?」
にっこり顔のヴィスが両手に何かを隠しているのを見て、リベルテは好奇心に満ちた顔を近づける。
ヴィスは笑いながらそっと右手を上げると、左手の上から光が零れ出る。
「キレイ。」
思わずリベルテが呟くと、ヴィスは左手の上で転がる小指の爪ほどの小石を三つほどリベルテに渡す。
「熱くない?」
リベルテは受け取ろうか受け取るまいか思い悩むように、もじもじする。
「大丈夫、炎は封じたから。」
リベルテが喜んで受け取ると、残りの小石を飲み込むヴィス。
一瞬、ヴィスの赤い瞳が小石と同じ夕陽色に光ったのを見て、リベルテは小さな悲鳴を上げる。
「あは、驚かせてごめん。」
ヴィスが平然とした顔でウインクすると、リベルテは呆然としながら、握り締めた光り輝く小石を見つめる。
夕陽のように光り輝く小さな石は、夕暮れの哀しみさえも封じこめているようで、胸が締め付けられる思いになる。
「この石はね、空と大地の狭間に太陽が消える瞬間の光が集まってできてるんだ。
僕にとっては夕飯だけど、リベルテが食べると火傷しちゃうよ。」
「見るだけしかできないね。」
残念そうな声をあげるリベルテ。
商人としての彼女は付加価値があればもっと高く売れるだろうと思い、
ドワーフとしての彼女は炎を吐くならば戦力になるだろうと思い、
少女としての彼女はもっと面白い仕掛けがあれば楽しいのにと思ったからだ。
「じゃぁ、この石のとっておきを教えるよ。」
ヴィスが困ったような顔で笑うと、リベルテは満面の笑みで顔を上げる。
「この石を炎に入れると、その炎を自由に使うことができるんだ。
他にも、油壺に入れれば、その中の油は多少の雨では消えない特別な炎を作ることもできる。」
ヴィスの言葉にリベルテの頭の中で計算が始まった。
売れば間違いなく高く売れる。ご婦人に宝石として売るのと、戦争屋に売るのとどちらが高いだろうか。
戦いに使えば素晴らしい戦果を出すだろう。敵を焼き殺したり、家を焼いたり、兵糧庫を焼いてしまったりだ。
また、純粋にお遊びとして楽しめるだろう。
炎で鳥を作ったら可愛いかもしれないし、雨の日に炎の動物園なんてのも良い。
リベルテの頭が恐ろしい計算をしているのを知ってか知らずか、ヴィスは一つ忠告する。
「でもリベルテ、これは僕にしか見つけられないし、僕の大事な夜食だから、もう分けてはあげられないよ?」
「えぇ?」
不満げな声を上げるリベルテに、ヴィスは変わらぬ笑みを返す。
「だから、大切に使ってね。」
その言葉に、リベルテはハッとする。
これは、リベルテを喜ばせるために渡されたのではないことを。
この石は、これから何かあった時の為に、護身用具として渡されたのだ。
小さな石が、急に重たくなった気がした。
夜半に強い風雨に晒された一団だったが、朝には澄み渡った夏空が頭上に広がっていた。
「昨日に比べたら湿度も低くて助かるよ。」
本質が炎の竜なだけに、ヴィスは水や湿度が苦手なのだ。
その癖、生まれ故郷である炎の竜の島は海の上にあるのだから、ちょっと矛盾している。
しかし、矛盾していようとも、それが彼らの食事と仕事に関わる重大な場所なのだから仕方がなかった。
「夜に雨が降ったから、そのおかげね。」
すっかり乾いた大地を踏みしめながら、リベルテは気持ちよさそうに背伸びする。
気持ちの良い朝だが、気分は重い。
相変わらず凰火は沈黙を続け、リベルテと顔を合わそうともしないからだ。
馬車に乗り込もうと縁に手をかけると、ヴィスが後ろから体を支えてくれた。
ヴィスは隣に居て、見守ってくれる。
きっと最後まで残ってくれる。
希望的観測にすがりつかなければ、あまりにも孤独な旅だ。
昼前に問題の村の近くまでやってきた。
斥候が、交戦中のセルフヴォラン軍の拠点へ案内すると、そこは地獄だった。
部屋に収まりきらなかった負傷者が廊下を占拠し、死体が拠点の片隅に集められている。
彼らの墓を掘る者もいないらしく、死体の山は酷い臭いを発している。
アターカでさえ、何が起きているのかわからず、手近に転がっていた負傷兵を問い詰めてしまったほどだ。
「これはどういうことだ!?」
アターカに怒鳴られた負傷兵は、朦朧とする意識の向こうからゆっくりと事態を離す。
おおまかに説明するとこうだ。
この拠点を中心に、スュー人やそれ以外の土着民を見張るのが役目だったのだが、
シャール砦へと報告したとおり、突然スュー人が武装蜂起をした。
これは全く予想外の事態だったが、たかだか村一つ相手に苦戦するとは思わなかったらしい。
そもそも、村の一つや二つが集まっても負けないよう、十分な兵力があったのだから、
予想外の力を出したとしても殲滅できるはずだった。
しかし、スュー人はどこからか強力な武器を手に入れており、
その為にセルフヴォラン軍の劣勢を強いられているのだという。
アターカは驚きながらも、ここがプシニーツァの国境沿いである事から、武器の入手経路がどこかは予想がついた。
すぐさま衛兵を拠点の救護室へと向かわせると、他の兵には戦いの準備をさせ、アターカは司令室へと向かった。
司令室は拠点の中でも一番守られるべき場所にあるが、おかしな事に窓や壁の一部が破損していた。
アターカはそれがカタパルトを利用した投石の跡だと判断し、スュー人側に戦争慣れした者が居ることを理解した。
「シャール砦のアターカだ。状況を確認したい。」
部屋の中では司令官らしき男が怯えた顔で立ち上がる。
「ようこそ。」
「挨拶は不要だ。それよりも、これは一体どういう事だ?」
男はアターカに好意を抱いている様子はなかったが、それ以上に彼女の援軍を頼りにしていることは明白だ。
だからこそ、彼女の態度に対して心の中で悪態をつきながらも、すぐさま状況を伝える。
スュー人の村と拠点の位置を地図上で確認したアターカは、こんな配置にした人物を呪いたくなった。
スュー人の村は拠点の目と鼻の先である。
これでは戦線を下げて集中攻撃をする距離もなければ、周囲を取り囲もうと森に兵を放つのも無理だ。
アターカは眉間にしわを寄せて、地図の隅に追いやられた報告書に目を通す。
おおまかな現状は、先ほど負傷兵に聞いたのと変わらないが、敵の利用している武器や敵の数の報告が書かれていた。
敵の数は村丸々一つ。戦力外の非戦闘民も合わせて約300人。
武器の大半は遠距離ないし中距離攻撃型のもので、カタパルトと弓を中心に投槍まであるようだ。
また、森の中にもいくつか罠が仕掛けられていたために、最初の出陣で多くの兵が負傷したこともわかった。
現在の戦線はやや拠点よりの森の中で、土地勘のある村人達が木陰から攻撃してくる為、
下手に隊列を組めず各個攻撃を受けているそうだ。
更に悪いことに、状況が劣勢であるにも関わらず、正々堂々と太陽が空にある時間しか戦っていない。
(最悪だな。)
アターカは、報告書の山と地図を交互に見てから、小さな疑問を抱く。
「何故、どちらも火を使わない?」
アターカの言葉に、自信を取り戻したかのような態度で司令官が答える。
「我々の拠点も奴等の家も木製の部分が多い。この森の木々は良く燃える故、どうしても火を戦場に持ち込めないのだ。」
彼にだって尊厳とか、誇りというのはある。
長いことセルフヴォランに仕えてきて、やっと司令官の地位を手に入れたのである。
それにも関わらず、目の前の女は他国から移ってきてすぐさま砦の主となったのだ。
些細なことだろうがなんだろうが、自分だって力があるのだと示せるならば活用しないわけはない。
そうしてアターカの鼻を開かす事が、彼の誇りを取り戻す事になるというわけだ。
「ふむ。では、あちらも用心してはいないという事か。」
アターカの顔が小さく笑う。
司令官は、小娘の鼻を開かす事ができないばかりか、相手がどれほど愚かなことを考えているのかを察して腹を立てる。
「アターカ殿の考えを実行すれば甚大な被害が出ます。奴等も報復として炎を射掛けてくるでしょう!!」
しかし、アターカはそんな事ぐらい承知である。
「射掛けてくる前に潰す。明晩、夜陰に紛れて集中攻撃を行う。火矢を用意しろ。」
とうとう男は顔を真っ赤にして怒鳴りつけた。
「貴殿にそんな権限はない!! この拠点は私の管轄だ!!」
ふと、アターカが皮肉な笑みを浮かべ、書状を取り出すと司令官に投げ渡す。
「遅くなったが、セルフヴォラン王からの正式な書状だ。今からこの拠点は私の指揮下となる。」
書状を読み終えた司令官が驚愕の顔で座り込むと、アターカは部屋の外にいる伝令兵を呼びつけた。
「リベルテ〜、あんまりウロウロしちゃダメだよぉ。」
心配顔のヴィスに、リベルテは顔を向ける。
「オゥルカを探さなきゃいけないでしょ。どこで何をしてるのか、ちゃんと見てなきゃ。」
「でも、足手まといとか言われちゃうよ? 今はほっとこうよー。」
「ダメ!」
リベルテは顔を足元に向け、そのまま廊下の先へとゆっくり視線を動かす。
アターカの連れてきた兵が、リベルテと同じように廊下をうろついているが、
その足元ではベッドが足りずに追い出された負傷者が座り込んでいる。
血の臭いで、鼻がもげそうだ。
「オゥルカに、こんな怖いことをして欲しくないの。」
「それじゃあアターカ達が迷惑するよ? 沢山の兵が死んだり傷つくから。」
リベルテが立ち止まる。
確かに、凰火を止めたところで、この戦いはどちらかが全滅するまで続くのだから意味がない。
むしろ、凰火やヴィスが出て、さっさと戦いを終わらせた方が敵味方共に被害は減るだろう。
しかし、そう割り切るには、リベルテは無情になりきれない。
悩むリベルテを見つめて、ヴィスは心を探る様な目つきをして、満足そうな笑みを浮かべる。
集合を伝える鐘が響いた。
夜襲を掛ける事がどれほど無謀なのか、拠点在住の兵達は悪態をついた。
だが、アターカの率いてきた兵達は、不可能ではないと思った。
村に火矢を射掛け、燃え上がる家々に驚いている所を叩くのだから、難しい話ではない。
問題は、相手との戦力差とタイミングである。
アターカは伊達でプシニーツァの女将軍を務めてきたわけでも、シャール砦の主になったわけでもない。
騎士としての力に加え、戦略家としての能力も高いからだ。
作戦決行は真夜中。
村の半分が寝静まる時間までに、アターカの連れてきた兵士が村を三方向から取り囲む。
その間に火矢部隊を待機させ、アターカの合図と共に火矢を放つ。
村が火に包まれた後は、火矢部隊は後方援助に回り、アターカ達が三方向から村へと攻め込み鎮圧する。
問題は、森の中にどれほどの罠と見張りがいるかだった。
森の中に張られた罠ほど暗闇でやっかいなものはない。
足元の鉄線やロープに気をつけるべきだし、草でアーチを作っておけばそれに引っかかる恐れもある。落とし穴だって危険だ。
また、頭上の木の枝から何が落ちてくるかわからないし、
下ばかり気にしていて上からつるされたロープで首を吊る場合さえある。
一つ一つは小さくても、集団をかく乱する事はできる。
統率力を欠き、混乱してしまえば、仲間同士で殺し合いをしかねない闇夜だ。
言うのは簡単だが、実に難しい作戦である。
それはアターカも解っていた。だが、二人の化け物を使えば困難ではないと思っていたのだ。
多少の犠牲を払ってでも、戦局を変えられるならば、手段は選べないのである。
夕刻まで見張り以外は眠り、その他については追って指示を出すと述べて、アターカは下がった。
夕暮れの闇と共に、空には暗雲が立ち込め、今にも雨が降りそうなほど夜空は煙たい。
窓から覗き見るアターカの顔は苦々しげで、作戦中止の合図は間もなく出るだろうと、その場に居合わせた者は思った。
ここは拠点にある部屋の一つで、アターカの寝室として用意された場所である。
現在アターカは、頼りになる部下を3名と凰火、リベルテ、ヴィスの6人に作戦のないようを説明している最中だ。
何故彼らが集められたかと言えば、彼女の率いてきた200弱の軍を3分割する上で、
指揮官と副官を3名ずつ立てねばならなかった為である。
指揮官と言っても、今回の場合は、一つ一つの部隊に難しい動きを任せているわけではなく、
突撃の合図と共に真っ先に敵を切りつけ、遅れている兵を後ろから急きたてる役である。
その為、力のある者を選ぶ必要があったのだ。
ちなみに、リベルテはヴィスを動かす為の絶対条件だったので同席しているに過ぎない。
「ねぇ、リベルテ、君が望むなら僕はなんだってするよ?」
気まずい沈黙を打ち破り、ヴィスの手がリベルテの肩を包む。
「ヴィス?」
リベルテが驚いて顔を上げると、赤い瞳がにこりと笑う。
「こんな雨の時でも、太陽のまじない石は強いんだ。」
そんな事を言われてもなんの事だかわからない。
リベルテが文句を言おうとして、言い留まる。
ヴィスのくれた赤い石、太陽の欠片の事を思い出す。
「ただし、それを渡すのは君の意思だから、責任は君にある。リベルテは悲鳴に耐えられる?」
ヴィスが意地悪な声で囁くと、リベルテは短く考えて、ベルトに下がった小袋から石を一つ出す。
人が死ぬのは嫌だし、同じドワーフの血をひくならばなおさら嫌だったが、
これ以上争いが続けば両者ともに甚大な被害を受けることは必須だ。
ここで妥協することが果たして良い事かは別として、この武装蜂起を早く鎮圧する事の方が良い事だとは思えた。
心の矛盾を胸の奥に押し込み、深呼吸をしてからゆっくりと言葉を吐く。
「この石を油壺に入れると、雨に負けない炎を焚くことができるわ。これしかあげられないけど、効力は折り紙つきよ。」
リベルテが小石を渡すと、アターカは顔をしかめてリベルテとヴィスを交互に見る。
「だが、炎がどうにかなったとしても、伏兵や罠は問題だ。」
アターカは自分の策の無謀さを理解して、重大な欠点を述べる。
「ならば、俺が駆除しておいてやろう。なに、時間はさほどかからん。」
そう言ったのは凰火だった。
部屋の隅で話を聞くだけだった男が突然口を開いたので、一同はどきりとしてしまい、返す言葉が見つからない。
中央にある机に近づき、その上に広がる地図に目をやり黒い瞳が笑う。
「30分だ。それだけあれば駆除できる。」
この男の自信がどこから来るのかはわからない。だが、可能だろうと信じさせる実力があることも事実だ。
しかし、アターカもここで引き下がれない。
「だが、罠は?」
「アターカ様…大変申し上げ難いのですが、問題視されている罠は…。」
アターカの腰巾着、副隊長の男が声を上げる。
「罠がどうした?」
「その…ほとんどはこけおどしで、注意して進めば問題のないものだと判明しました。」
アターカが顔を真っ赤にして咳払いし、全員の視線から逃れる術を探したのはゆうまでもないだろう。
「争いが始まるわ。」
馬車の外はどしゃぶりの雨で、決して愉快な景色ではない。
プシニーツァ後宮ミェースチ、もとい、プシニーツァ国王軍特別顧問にして戦略指導者ミェースチが、
多少わがままな親友ディスールに付き合って、プシニーツァ王城から出立したのはつい先ほどだった。
軍が動き始めた直後から降り始めた雨は、安全の不確かな遠征に不安を募らせた兵士の声のように辛らつだ。
「世界中で始まっている。今さら何を言ってるんだ?」
プシニーツァが、世界三台大国の一つとして他の二国に戦争を吹っかけてからこちら、世界中で争いが起きている。
これに彼女達がどれほど関わっているのか知る者は意外と少ない。
彼女達の擁護者である国王でさえ、完全には把握しきれていないだろう。
まさか、他国のレジスタンスや武装蜂起が同時期に動き出した理由に、彼女達が関わっているとは思いもよらないだろう。
「違うの。これはもっと難しい話。」
「はぁ?」
他国にさえ及ぶ、秘密裏に運んできた戦争の火種を指すのでなければ何なのだ?
と言わんばかりの顔をするミェースチ。
「正義なんて翳すものじゃないし、道理もない。悪意と欲望だけで紡がれる一夜。」
ディスールは、孔雀さえ跪く女神のような美貌を持つ占い師として有名だが、実際は光の竜である。
ヒトの心を読み、あるいはその心の声を聞くことができる能力を持つ。
戦争という炎に炙られた今、人々の心は国境を越え、絶え間なく彼女の心の耳とよぶべき場所にやってくるのだ。
彼女はその中から重要な言葉だけを拾い集め、戦況を誰よりも早く正確に捉える。
だからこそ会戦からこちらプシニーツァ国軍は早い行動ができたわけでもあった。
「だから、なんの話だ。」
相変わらず謎掛けのように核心を隠す物言いのディスールに腹を立てるミェースチ。
この世界の竜という生き物の多くが、謎掛けのような言葉遣いを好む事を知らないミェースチは、
年を重ねるとこう偏屈になるのだろうかと思ったが、見た目だけならば20代前半…否、
10代後半のディスールを見ていると、疑うことが間違っているのではないかと思われた。
「大切なモノを失って、それでも前に進める心を求められた少女は、どうなっちゃうのかなって。」
哀れむような、嘲るような、なんとも言えない表情で呟くディスール。
「お前は一体何を考えてるんだ?」
ミェースチがきつい表情でディスールの顔を覗く。
自分の事を言われている気がしたのだ。
当たらずしも遠からずであったから。過去の己が。
「…。」
ディスールは横たわる夜のように沈黙し、馬車の窓から凍える外を見た。
最終更新日 2005/07/30
感 想 スュー人の村攻略戦は三部作になりましたとさ。 いらんところは削る力が必要だなと思う。
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