ある世界の物語

24

 

静かな朝がやってきた 冷たいくせに妙に明るい朝だ
しめやかな葬列はなく 死者は沈黙のうちに土へと帰る
誰にも弔われぬ魂はどこへいくのだろうと子供が問へば
生まれる為に還っていくのだと誰かが笑って答えた




砦の北の一角にある墓地は、まだ朝早いというのに黒い布を肩に掛けた者達に占拠されていた。
「怒りも哀しみも死者には通じないって、まさしくその通りね。」
カデットは土を投げ入れながら、不謹慎にも笑ってしまった。
穴の底には、昨夜死んだナム隊の仲間の一人が横たわっている。
「ねぇちゃん…。」
プティが心配そうな顔でカデットの顔を覗く。
「もう、埋めてやろう。」
ナム隊の一人が言うと、カデットは頷いて一歩下がる。
プティ達、ナム隊の男達がスコップで穴に土を入れていく。
死者の顔は消え去り、すっかり穴は埋められて小高く土が盛られた。
「さ、カデット。最後はお前がやりな。」
そう言って、仲間が小さな植木を手渡すと、カデットは墓土を少し掘り植木を植える。
「来年にはきっと良い実をつけるだろうさ。」
植木を手渡した男がカデットの背中を軽く叩いた。
ナム隊で死んだ者は、生前残した遺言通りに埋葬される。出身地がバラバラであり、信じる神も違う為だ。
昨日死んだ男は、死んだら食べられる実のなる木を墓標として植えて欲しいと言っていた。
なんでも、墓に生えた木は死者の願いが表れたかのように、栄養豊富でおいしい実がなるのだという。
男は、死んだらカデットに木を植えて欲しいと言った。
女運が無いから、最後だけでも女の涙を欲しいとかなんとかふざけて言っていた。
それを思い出して、カデットは大粒の涙を零す。涙は葉に落ちて枝を伝い幹から根へと注がれた。
「ねぇちゃん、そろそろ行こ。」
涙を流す姉の肩に手を置いて立つように促す。
立ち上がったカデットを抱きしめて歩き出し、いつからこんなに身長差が無くなったのだろうと思った。




シャール砦の上でセルフヴォランの旗が翻り、その下で膝を抱える少年騎士に朝を教える。
「なんだか、嫌な朝。」
昨晩の生暖かい風とはうって変わって、嵐でも来そうな寂しく冷たい朝にヴィスは体を震わせる。
朝早く、多くの人間はまだ寝ている時間だが、ヴィスにとっての朝は太陽が昇る少し前から始まるので眠気はさほど関係ない。
「まぁ、いいや。朝陽をたっぷり食べたし、さっさとリベルテにおはようを言いに行こっと。」
そう言って階段を折り始めたヴィスは、階段の終わりでアターカと鉢合わせになった。
「お、おはようアターカ!!」
あまりに驚いたので声が裏返ってしまう。相手のほうも驚いたらしく、一歩下がって「おはよう」と返す。
アターカの格好はいかにも寝起きという感じで、服装はともかく髪の毛には酷い寝癖がついたままだ。
「今からリベルテにおはようの挨拶に行くところなんだけど、アターカは? 食堂ってこっちじゃないよね?」
そう言われて、驚いていたアターカはすぐに真剣な面持ちとなり歩き出す。
「伝令が来たので今から会いに行くんだ。」
その足取りが速いことが気になって、アターカの後を追うヴィス。
「面白そうだから着いてって良い?」
ヴィスの言葉にアターカは振り向きもせずに頷く。
「どうせ後で伝えることだ。貴殿が"挨拶"を後回しにしてもよいと思うなら、好きにして良い。」
ヴィスは一瞬立ち止まり、本気で悩んだ後、回れ右をする。
「やっぱりいいや。後で教えてねー。」
手を振り去っていくヴィスを肩口に見ながら、アターカは目頭を揉んだ。




「おはよーリベルテ! 僕だよヴィスだよ〜!」
妙に間延びした声と共にノックすると、リベルテが顔を出す。
「おはよ、ヴィス。なんだか今日は一段と楽しそうね?」
リベルテは目をこすりながら不機嫌そうに言う。当たり前だ、彼女はまだ着替えてないのである。
髪も下ろしてあり、長い髪の毛はあちらこちらで絡まって、酷い有様だ。
「うん、アターカが面白そうだったから。」
微妙に噛みあわない会話に呆れながらも、リベルテはヴィスを部屋の中に入れる。
「面白そうって何かあったの?」
リベルテは布団の上に着替えや櫛を広げながら問う。
「うん、なんか伝令が来たって言って早足で歩いてったよ。」
「他には?」
「内容を聞く前にこっちにきたからわかんなーい。」
ヴィスがケラケラ笑うと、不機嫌な咳払いが聞こえたのでそちらに顔を向けて手を振る。
「おはよー、オゥルスカさん。」
「あぁ、おはよう。」
凰火は寝巻き代わりの作業衣のままだ。こちらも起きたばかりらしい。
二人が着替えるのを待つ事になったヴィスは、リベルテが着替えのために浴場へと行ったのを確認すると、
着替え始めた凰火に視線をやる。
へぇ、あの服ってあんな風に着るんだー。
なんて思いで着付けを見ながら、本来の用件を思い出し口を開く。
「ところでオゥルスカさん、体調はどう?」
その言葉に、袴の帯を締め終えた凰火が顔を上げる。
「何故に?」
「闇の玉を持ってるから少し体調を崩すかなーって心配になって、聞いてみただけだよ。」
にこりと笑うヴィス。でも、内心では冷や汗をかいていた。
もしもここで体調が悪いと言われれば、間違いなく長老竜達のお叱りを受けなければいけなくなる。
それだけは避けたいし、何よりも体調が悪くなるような玉をもう一度持ちたくはない。
凰火は暫し沈黙して足袋を履くのに集中していたが、左右履き終わると呟くように答える。
「特に何も無い。」
ヴィスはにこりと笑う。
「それは良かった!」
凰火に背を向けて、ヴィスは扉に手をかける。
「リベルテを呼びに行くねー。」
意気揚々と取ってを握ったヴィスは、突然えもいわれぬ気配を感じ真顔で振り返った。
「どうした?」
凰火が目を細め、冷たく笑っている。他には何も無い。
「あ、え、あぁーうん。たぶん気のせい。まだ寝ぼけてるのかな?」
気の乱れは無く、凰火も寝ぼけたような行動を笑っただけだろうと判断したヴィスは、
決まり悪そうに頭を掻きながら部屋を出て行った。
扉が閉まる瞬間、凰火の漆黒の瞳が何者をも映さない邪悪な笑みを浮かべた。




脱衣所から出てきたリベルテの荷物を奪うようにして持つと、ヴィスはリベルテの顔を覗きこむ。
「ねぇーねー、リベルテ。目の下にクマーがあるよ。」
「クマー!?」
ヴィスの微妙な発音に驚くリベルテ。
「うん、クマー。」
「隈じゃないんだ。」
リベルテは小さく呟きつつも、気になる目下を揉むようにして指先でなぞる。
「何か考え事してたの?」
荷物を抱えたヴィスを見上げ、リベルテは迷いを見せ、口を濁しながら答える。
「ちょっとね。昨日は色々あったから、興奮してなかなか寝付けなかっただけ。ラバを3000匹も数えちゃったわ。」
肩を上下させるリベルテ。数える動物が羊ではないらしい。
「ふーん。蹴られなかった?」
ヴィスの言葉にリベルテは首を横に振る。
リベルテがなかなか寝付けずラバを3000程数えたのは事実だが、寝付けなかった大きな理由は別にある。
というのも、昨日見せてもらった闇色の玉から聞こえた声が、
寝付こうとすると耳元へと寄ってきて大音響で眠りを妨げたのである。
リベルテ! と呼ぶ声は、耳の裏から聞こえるようで、
彼女がやっと肉体の疲労によって強制的に眠りにつくまで叫んでいた。
だから、彼女はなかなか寝付けなかったのである。
「ところで、オゥルカは?」
リベルテが首を傾げると、二つ縛りの髪がシャラシャラと音をたてる。
「部屋。さっきねー、オゥルスカさんの着替えを見てたんだけど、すごいよね。大きくて。」
「何が!?」
リベルテが顔を真っ赤に染めて問い返す。耳まで真っ赤だ。
「え? あの、ハカーマーとか言うズボンの事だよ。腰帯を解くと案外大きいんだ。」
ヴィスがにっこり笑うと、リベルテは胸を撫で下ろす。
乙女の心臓には、主語が抜けただけでもかなりの負担だ。
「あ、そぉ。」
わざとじゃないとわかっているだけに、怒るに怒れないセクハラ発言である。
不満顔のリベルテは頬を掻いて、天然オツムのヴィスを見上げた。




リベルテの荷物を部屋に置くと、三人は食堂へは向かわず、中庭へと向かった。
というのも、リベルテとヴィスが部屋を離れている間に、中庭へと集合するように号令がかけられていたからだ。
中庭につくと、砦中の兵士が集まっているようで、右も左も人ばかりだ。
中庭を見渡せる高さに設けられたバルコニーの前で兵士達が整列している姿は壮観である。
三人を見つけた優男が声を掛けてきて、三人を一般兵の列とは別のアターカ精鋭部隊の列に並ばせる。
暫くしてバルコニーにアターカが現れると、どよめきが起こった。
普段アターカは略式の軍服に身を包み、甲冑のフル装備は避けている。
実際、少し前に凰火を砦に誘った時でさえ、完全武装とは言いがたいものだった。
しかし、今のアターカは頭の先から爪先まで完全に甲冑を纏い、カローヴァ国の紋章を刺繍したマントをはためかせている。
完全なる戦装束だ。このまま戦場に立ってもなんら不思議はない。
ざわつく中庭を切るようにアターカが右手を大きく振りかざすと、誰もが口を閉ざす。
「先刻、プシニーツァとの国境沿いにあるスュー人の集落が武装蜂起したとの伝令を受けた。
 国境警備隊だけでは抑えられないと判断された為、一番近いこの砦から戦力を抽出する事となった。
 現時刻を持って、武装蜂起したスュー人の殲滅に当たる事になる。
 全員、気を引き締めて剣を取れ。勝利は我等が旗の下に!」
良く通る声で演説し終えたアターカは、腰から剣を抜き放ち空に掲げる。
兵士達も熱い瞳で、剣や己の拳を突き上げて怒声にも似た声を上げる。
リベルテが戦の熱気に気後れして周囲を見回すと、ヴィスの視線が一点を注視しているのに気付いて、その先を見る。
リベルテは両手で口を塞ぎ、言葉を詰まらせる。
視線の先で―――凰火が笑っていた。




砦の食堂で、カデットとプティが早すぎる朝食を取っていた。
「ねぇちゃん、そろそろ寝たほうが良いよ。」
食事の最中に船を漕ぐカデットの肩を揺すって、プティが心配そうな声を上げる。
「でも、クロを見に行かなきゃいけないわ。ナムやカールタの様子も見たいし・・・」
言いながらカデットは立ちあがろうとして椅子をひっくり返し、当人も酷い尻餅をつく。
「言わんこっちゃない!! ねぇちゃん、休まなきゃダメだよ!!
たいちょーとか副隊長とかチャコ兄とかクロとか、皆の事はオレが見てくるから!!」
カデットが立ち上がるのを手伝う。
「でも、あんただって寝てないじゃない。あたしが寝てたらだめでしょ。」
力なく笑うカデットの顔色は青い。寝不足よりも急激な体力の消耗が出ているように見える。
「オレは夜番が多いから慣れてるし大丈夫。だけど、ねぇちゃんは魔法まで使ったんだよ? 寝なきゃダメ!」
プティはそう言って、食事を終えたカデットに肩を貸して歩き始める。
食器は、気の良い料理人見習いが片付けてくれた。
「魔法かぁ…。」
仕方なくプティの肩を借りて歩いているカデットは、昨晩の事を思い出して首を傾げる。
魔法と呼ぶしかない不思議な力で、襲撃者の胸を内側から破壊したことは確かだが、
ソレがどんなモノだったのか思い出せない。
何か呪文を叫んだ気もするが、どんな言葉だったのか思い出そうとすると眩暈がする。
一体アレは何だったのか。本当に魔法と呼ばれるものだったのか。
頭の隅に居座り渦巻く、人ならぬ知識も答えてはくれず、結局何もかもが解らない。
「ねぇ、オレにも魔法ってできるかな?」
唐突なプティの言葉にカデットは顔をしかめる。
「どうして?」
カデットからすれば、体に酷い疲労を残す得体の知れない術なんて、ピンチでなければ使いたくない代物である。
それを真剣な顔つきで使いたいという弟に不安を覚える。
「だってさ、魔法ができたら、強敵だってあっという間に倒せるじゃん。」
カデットが嫌そうな顔をしたので、プティは慌てて理由を告げる。
「もしも敵が倒せたら、皆を守れるじゃん。オレ、弱いから…。」
言い終える前に俯いてしまったプティの顔を覗きこむ気にはなれなかった。
震える声で呟く弟の左腕が目に入ったせいだ。
応急処置が間に合ったとはいえ、暫く指先に痺れが残るだろうと言われた。その上、傷は一生残るらしい。
チャコはまだ眠り続けているが、夜よりも顔色は良くニ、三日中には目覚めるだろうとのことだった。
だが、それ以上に何人もの仲間が命を落とした。
死の恐怖に晒され、大切な仲間を守れなかったという想いで押しつぶされそうになっているのはわかっている。
だからこそ、強い力を手に入れたいのだと悟ったが、だからといって弟に魔法を使って欲しいとは思えない。
得体の知れない力が、どんな災いを招くかわからなかったからだ。
「あんたは今のままでも十分強いわ。だからお願い、魔法になんか手を出さないでね。」
カデットは弟の頭を抱きしめて、彼の癖毛を優しく撫で付けた。




プシニーツァ国の後宮の際奥にある部屋には美女と女神が住んでいる。
「おはよう、ディスール。」
カーテンの隙間から朝陽が入り、ディスールの顔を撫でる。
「おはよ、ミュー。」
窓辺に立つミェースチを、重い瞼越しに見るディスール。
朝特有の涼しげな風が部屋の中を吹き抜けると、気持ちの良い日差しを浴びて観賞用の鳥が鳴きだす。
ミェースチはカーテンを開けると、長椅子に腰掛けて豊かな金髪を梳かし始めた。
天蓋つきベッドの上でうつらうつらするディスールを、昨晩とは打って変わって優しい瞳で見つめるミェースチ。
「なぁディスール、昨日は変な夢を見たよ。」
清清しい笑顔でミェースチが口を開くと、ディスールは目を丸くしてベッドから跳ね起きる。
「真っ暗闇の中に光の筋がふわふわと漂っていて、それを辿って歩いていくと誰かが口論してるんだ。誰だと思う?」
ディスールは顔を引きつらせて、沈黙する。
女神にとって、クロの精神に意識を伸ばして会話する事は、難しい術であった。
おかげで、隣に寝ていたミェースチまで巻き込んでしまうという誤算が生じたのである。
それでも普通の人間ならば精神が参って覚えてはいないはずだが、どうやらミェースチはしっかり憶えているようだ。
これも、エルフの血を引いているからなのかと、苦い気分になる。
「ディスールと見知らぬ少年が、変な言い合いをしていたんだ。
驚いて二人を止めようとしたら、ディスールが私の事を"大切"だと言ったんだ。変な夢だろう?」
そう言ってミェースチは偲び笑いをしたが、心の底からやさしい気持ちになっていた。
最近、何を考えているのかわからなかったディスールが、自分の事を大切に思ってくれていると実感したせいだ。
しかし、夢ごときでこれほど実感してしまうのは少々おかしい。
もしかしたらアレは現実だったかもしれないと思い、釜かけのつもりで話題にしたのだ。
「…ミューも、私の事を"大切な親友"と言ったわ。意外だった。」
ディスールのためらいがちな言葉に、ミェースチは目を丸くする。
やはり、現実だった。
否、現実というか夢を共有していたと言う方が正しいのだろうが、ディスールはやはり自分の事を"大切"だと言ったのだ。
実感は確信に変わり、胸の中の温かさが喜びとして溢れ出す。
櫛を置いて立ち上がったミェースチは、ベッドへ近づくと複雑な顔をするディスールを抱きしめた。
「ミュー?」
ディスールが不思議そうな顔をする。
「明日、長い戦に出る。その先でも、頼りにしてるよ。仲間として、親友として。」
ミェースチは恥ずかしそうに笑ってディスールを離す。
ミェースチの中では決心がついた。
だが、ディスールの中では迷いが生まれていた。
上機嫌で朝風呂を浴びに部屋を出て行くミェースチを見送りながら、ディスールは溜息を吐く。
「あぁ、どうしよう。」
失うものはもう殆どないディスールにとって、壊れやすい"ミェースチ"はクロに知られてはならない弱点だった。
だが、昨晩の術の誤りによってクロにミェースチの存在が知れてしまった。
もしも、彼を目覚めさせた時、ミェースチを人質に取られたらどうなるだろう。
考えるだけでも恐ろしい。
世界を壊す計画は狂ってしまうだろうし、折角手に入れた武力としてのクロは脅威となるだろう。
もしかしたら、ミェースチが命を落とすかもしれない。
何もかもが彼女の描いた終末から離れてしまうに違いない。
そして、もっとも幸福な最期を迎えて欲しいミェースチが志半ばで死んでしまうことがあれば、
計画の失敗よりも遥かにディスールの心を掻き乱すだろう。
自分が竜としての本性を出しても、大切な親友と言ってくれる、最後の友人。
「気がつかなければ楽だったのに。」
ミェースチがいとおしいと気付かなければ、こんなに悩み苦しまず済んだだろう。
だが、それでも両想いでいられる幸福は今さら捨てられない。
岩牢での長い孤独がどれほどの苦痛だったかを思い出さなくて済むから。
「絶対に、殺させない。」
ディスールは肩を抱いて小さく振るえた。




木々の陰、路地裏に残った闇の中、あるいは下水道の底。
朝日に照らされず夜の残るあらゆる影の中を、二つの足音が駆けて行く。
その足取りは嬉々として、残酷にネズミを蹴散らし、頓着なく蜘蛛を踏み潰す。
「眠り姫を叩き起こせ!」
緑を基調としたピエロ服のローシが声を張り上げる。
「裏切り者はどこにいった!」
ローシと良く似た赤が基調のピエロ服を纏ったスルーヒも相槌を打つように声を張り上げる。
「見つけ出したらどうする?」
走りながら小首を傾げ、隣を走るスルーヒに目をやる。
「どうする?」
スルーヒも同じように小首を傾げ、ローシを見やる。
「鍋の上に寝かせて竃に押し込もう!」
ローシが視線を前に戻して両手を一度だけ大きく前に突き出す。
暗闇にそびえ立つ扉が、ギィギィと不気味な声を上げて開かれる。
「ぐつぐつ煮込んで骨までしゃぶろう!」
スルーヒが扉の隙間から中へと入り、ローシが入れるよう扉を掴む。
「戦場が煩くなるぞ。」
扉を潜り終えた二人は、また影とも闇ともつかぬ朝日の届かぬ場所を走り始める。
「海が騒ぎ出すぞ。」
スルーヒが大きく跳ねると、足元に大きな穴が開き後方へ遠ざかる。
「見ろよ南の光を。」
ローシが左手で洩れ伝う光を眩しそうに遮る。
「後宮から恐ろしい女達が出てくるぞ。」
スルーヒが忌々しそうに前方の分かれ道を睨みつけ、ローシの顔をそっと見る。
「見ろよ東の闇を。」
ローシが右手で分かれ道の右側を指し示す。
「光が闇を起こしに行く気だ。」
スルーヒはホッとした顔で右側の道へと入る。
「見ろよ北に広がる国を。」
腰に結んだ袋から二度焼きパンを取り出し、半分をスルーヒに投げる。
「もはや闇と光に喰われて消える運命だ。」
スルーヒはパンを受け取って、そのまま口の中に放り込む。
「見ろよ西の虎を。」
ローシもパンを口に入れて、次の分かれ道を左へ進むよう指し示す。
「命を壊しに行く気だぞ。」
スルーヒが鉄線を取り出して前方の闇へと放つと、闇の中で悲鳴が聞こえる。
「世界を見ろ。」
ローシは更に足を速め痙攣する肉塊を跨ぐ。跨ぎながら何かの液体を掛ける。
「地獄は地上に顔を出した。」
スルーヒは、鉄線の赤黒い汚れをふき取りながらしまう。
「焼け野原が広がっていく。」
ローシは遠のく肉塊にマッチを投げる。突然、後方で火が燃え盛った。
「死者の川が流れていく。」
分かれ道を左へ進む前に、右側の穴へと鉄線を放つと、またも悲鳴があがる。
ローシが分岐点に先ほどの液体と小箱を投げ捨てる。
「誰も止められない!」
ローシが左手を壁に滑らせ、背後から追ってくる足音を確信した瞬間、両手をパンッと叩く。
瞬間、火花が起きて左手の壁を一直線に炎が走っていく。
「もう辞められない!」
後方で大きな爆発音がして、二人は背中に爆風を受ける。
「全ての命が終わるまで!」
ローシは転びそうになりながらも、スルーヒの手を借りてなんとか体勢を立て直して走る。
「全ての野望が消えるまで!」
スルーヒは道が細まるのを感じて、ローシの後ろに回る。
『戦の陽は昇る!!』
ローシが闇を蹴り飛ばすと、扉の先で森が朝日に照らし出された。



最終更新日 2005/07/30
感    想 ローシとスルーヒの歌は結構好き。
        うっさんくさいピエロとか、ブロードバンドっぽいのとか。
        すごくいいよね。