ある世界の物語

23

 

老婆が嘲り笑う夜は密やかに闇を深めかがり火へ手を伸ばす
裏切り者は誰だ? 真意を知るのは誰だ? 命が消える夜を越えられるのは誰だ?
気をつけろ、森の彼方から来た老婆はまだ最後の言葉を言っていない
忌々しくしゃがれた声で吐き出す言葉を 「お迎だ! 避けられはしない!」




深い闇が横たわる寝室に声が入ってきた。
リベルテが先頭で、続いて彼女との無駄話に興じるヴィスと我関せずな凰火という順だ。
「それでね、僕の背が小さいから、木を持って歩き出したら皆すっかり困っちゃったんだー。」
夕方の荷降ろしを延々と喋り続けるヴィスに、さすがのリベルテもうんざりしてしまった。
ベッドに座ったリベルテは、にこにこ顔のヴィスを見上げて溜息を吐く。
「ヴィス、さっきからずっと同じ話ばかりね。何か隠し事でもあるの?」
その言葉にヴィスの顔がわざとらしく引きつる。
凰火が鼻で笑う素振りを見せたので、リベルテは夕飯に遅れた理由と関係しているのだろうと読む。
「話せないこと?」
上目遣いで、くるりと大きな瞳をパチパチと瞬かせる。
「あ、えっと、そーゆーわけじゃないけどさぁ…。」
口ごもるヴィスにリベルテの顔が曇る。
「オゥルカには教えたのに、あたしには教えてくれないの?」
見上げる彼女の瞳は悲しみに歪んでいる。遊んでと訴える子犬のような瞳だ。
しかし、騙されてはいけない。ヴィスには見えないように背中へと廻された手は指をクロスしている。
ウソツキの印だ。
ヴィスは観念したといわんばかりに、大げさな態度で肩を上下させる。
「実は、僕っていくら化けてても人間の食べ物は食べれないし、この部屋で寝ることもできないからね。
 砦の上で寝たいと思ったんだけど、リベルテの手前、言うに言えなかったからさー。
 ほら、僕こういう時はシャイだから。」
ケラケラ笑うヴィスに、リベルテは呆れた顔をしてベッドから飛び降りる。
「早く言ってよ! またアターカに会って来なきゃいけないでしょ?」
リベルテはヴィスの腕を掴んで、部屋の扉を開ける。
それから思い止まって敷居の前で足踏みし、後ろを向く。
「そういうわけだから、ちょっと行ってくるね。」
「わかった。」
凰火の返事ににっこり笑って歩き出すリベルテ。
リベルテの後ろで、ヒラヒラと手を振るヴィスを凰火はきつく睨みつけた。




「ねぇ、ヴィス。」
振り返って、部屋から十分に離れたことを確認したリベルテは、ヴィスの腕を放す。
「なぁに?」
ヴィスがにこりと見下ろしてきたので、リベルテもついついにこりと笑ってしまい、慌てて厳しい顔をする。
「オゥルカと何かあったの?」
「何かって?」
「夕飯の前も怖かったけど、今はもっと不機嫌なんだもの。あたしがいない間に喧嘩が起きたのかなって思ったの。」
リベルテが心底不安そうな顔で見上げてきたので、ヴィスは頭を掻く。
「うーん、まぁ、考え方が違うからね。ちょっとうまくいかないってだけさ。」
「だから一緒の部屋で寝たくないの?」
リベルテの瞳が真っ直ぐヴィスを捉える。
不安な顔も現金な笑顔も通じない真摯な瞳に、ヴィスは小さく動揺する。
「そうじゃないよ。僕と一緒に寝たら、朝には二人が丸焼きになってる可能性があるからだよ。」
ヴィスはにこりと笑ったが、笑顔はひきつってしまった。
「そう。」
リベルテは腑に落ちないという顔をしてヴィスを見上げ、これ以上何も聞き出せないことを悟る。
ふっと、ヴィスの腕が伸びてリベルテの肩を抱き寄せる。
「僕はお調子者で馬鹿だから、答えられないことばっかりだけど、絶対に見守っていてあげる。
…それだけは約束するよ。乙女の無垢な瞳に誓って。」
リベルテは顔を赤らめて、自分より少し背の高いヴィスを見上げる。
恋人だったら、ちょっとお似合いの身長差じゃないかしらん?
なんてお年頃な思いが頭を過ぎり、恥ずかしくなったリベルテは話題を変えた。
「そ、そそ、そーいえばさ、夕方見せてくれた真っ黒な玉、もう一度見たいなー。」
突然、ヴィスの顔が引きつる。
「あ、えっと、アレさ、夜はあんまり外に出しちゃダメって謂われてるんだよ、たぶん。
それに、あんまり人に見せちゃダメとも言われてるんだ! だから、ごめんね?」
言い訳するヴィス。即興でついた嘘は、動揺とあいまってかなり不振だ。
だが、リベルテは引き下がった。
追求するために出した話題ではなかったし、もう一度あの玉を見たいかと問われれば首を横に振る自信があったからだ。
というのも、凰火にもヴィスにも言わなかったが、手にした時、あの玉の中から声が聞こえたのだ。
地の底から響く、仲間達の「リベルテ!」と呼ぶ声が。
幻聴だろうと思ったが、今考えても、幻聴だったと言い切れないリアルさがあった。
だから、リベルテは追求せずに先を急いだ。




凰火は二つの足音が遠ざかったのを確認して、小さな溜息を吐いてベッドに腰掛けた。
何もかもが理不尽な決まりごとの下で進むこの世界にうんざりしていたが、
今日はそれ以上におかしな理屈が飛び交って機嫌の悪さは最高潮だ。
望郷に置いてきた娘の面影を見て、守らなければという気持ちさえあったリベルテは、
実際には口先三寸で相手を丸める生粋の商人だったし、
本人も"陽気なやつ"と自負する恥ずかしい台詞が得意なヴィスは、公言できないような問題を隠している風だし、
世話になっている女騎士アターカでさえ、言葉の裏では凰火の事を信用せず、己の利益を探ろうと必死である。
昔を思い出せば苦い気持ちにさせられるほど、他者に対する心のゆとりを保てない状況だ。
妻子の住まう世界も含め、今まで旅してきた世界では、どんな苦しい状況にあろうとも信じられる仲間がいた。
心から慕ってくれる弟子がいた。一癖も二癖もある連中ばかりだったが、それでも最後には力を合わせて敵を倒した。
だが、今はどうだ?
凰火の周りに、彼を心の底から慕って付き従う者はいるだろうか?
"仲間"とされる者達は彼を裏切らない保障はあるだろうか?
守るべきものや、倒すべき明確な目標はあるだろうか?
ない。
正義のためと言って闇の竜ジェラーニヤは光の竜を倒すと言った。
だが、そもそも光の竜が世界を破壊しようとしたのは、闇の竜や心無い人間達の行いにもとるという。
リベルテは家という束縛から逃れるために戦い、差別に涙をする。
しかし、本当の意味で差別や理不尽な行いと戦っているかといえば、嘘になるだろう。
正義を翳す女騎士アターカは、復讐の為に行動している部分があるように見える。
倒すべき相手、今まさに戦争を始めたプシニーツァ国も問題だが、
凰火が所属しているセルフヴォラン国も似たり寄ったりな悪事をしているようだ。
「正義はどこだ? 敵はどこだ?」
そう口にして、凰火は小さく笑ってしまう。
彼の長い人生の中で、無力さに死に絶えた弱者達が残した言葉でもある。
正義はなく、誰が敵かもわからない。圧倒的な敵の前で不条理を嘆く声。
恐怖と焦りと絶望と怒りと。
まさか、自分がそんな気持ちに襲われるとは思わなかった凰火は、瞼を覆うように右手で顔を覆う。
体の芯が冷え冷えし、肩がブルルと震えた。
不意に、懐で奇妙な気配を感じ手を入れて探ってみると、指先に痺れる様な感覚がして玉に当たる。
取り出してみると、夕方ヴィスから受け取った玉だった。
「妙だな。」
凰火は眉を顰める。
玉から出る気配は邪悪というには、どこか神秘的な気配を放っている。だが、聖なるもの、善なるものとは決して言えない。
欲望に満ち満ちた邪悪さを超越した、深い深遠の果てにある闇色の岸辺。
そんな形容が似合いそうなほど異質な気配を放っている。
凰火は玉を近づけ、闇色の底を見ようとした。
最初は、リベルテが言ったように表面には直前の凰火さえ映らなかった。
だが、じっと見つめていると、深い闇の底から何かが現れるようなザワザワとした気配と共に、玉の表面に何かが映った。
雷撃に打たれたような痺れを指先に感じながら、何が映っているのかをじっくりと見る。
焦点が合った瞬間、凰火の体が硬直し腰掛けていたベッドの上へ倒れる。
暫くして起き上がった凰火は、玉を握り締めてから懐にしまう。
体中から脂汗が流れ、頬には髪の毛が張り付いていたが、顔は笑っていた。
無意識のうちに、邪悪で許されざる過去の己が浮かべたのと同じ笑みを浮かべる。
最後に玉が映したのは、凰火の内面に潜む醜い狂気だった。




クロを言いくるめ、浴場で報告を受けては指示を出し続けるカデットがいた。
砦全体にかけた集合命令に現れなかったものはごく僅かで、そのほとんどは手の離せない見張り役の者と死傷者だった。
それらに該当しない者を見つけ出し、拷問部屋へと押し込んだと聞いて、張り詰めていたカデットはホッと胸をなでおろす。
朝と夜に分かれているとはいえ、二度も襲撃があったことを問題視する反面、
少なくとも三度目はないだろうという希望的な観測があった。
というのも、昼間に森へと偵察に行った部隊から、死体以外で敵兵を見たという報告を受けていなかったからだ。
そうなれば、夜襲をかけた二人は最初から砦の中にいたと思って良いだろう。
夜襲がたったの二人だったことを見れば、他に戦力がないと考えても間違いないはず。
よって三度目の襲撃はないと踏んだわけである。
「たぶん、三度目の襲撃は無いと思うけど、できるだけ集団で行動するように。
 それから、見張り役はどこも人数を増やして交代時間を短くして。」
カデットの指示に頷き、ナム隊の男が浴場から出て行く。
それと入れ替わるようにペールがやってきた。
「どうしたの? ペールさん。」
カデットは習いたての手話でペールに問いかける。
ペールは彼女の手に一枚の紙を握らせる。
カデットは不振に思い、すぐさま紙を開いて読み始めた。
中にはペール直筆の流暢な文字で、カールタとナムの意識が戻らず自分には打つ手がないという事、
先ほどの夜襲で仲間が死んだこと、重症を負ったチャコの手当てが済んだことなどと、詳細も含めて書かれていた。
最後に、カデットの弟であるプティが怪我をした事が書かれていた。
カデットは青ざめた顔を上げ、ペールを見る。
「ダイジョウブ。」
聞き取りにくい言葉だが、嘘偽りがないことは目を見ればわかる。
それでも、カデットは心配だった。
血を分けた弟が怪我をしたのである、居ても立ってもいられない。
しかし、今の彼女には此処を離れられない理由もある。
団結力も戦闘能力も高いナム隊だが、統率力のある人間が少ないという欠点がある。
おかげで彼女は、クロの見張りも含め、倒れたナム隊長やカールタ副隊長に代わって指示を出さなければならない。
カデットは泣きそうな自分を必死で堪えて、浴槽の縁に腰掛ける。
不意に視界の片隅でもがくクロと視線が合った。
「えっ!?」
様子がおかしい。
そう思ったカデットは、クロの沈む浴槽を覗き込む。
嬉々とした表情で動かぬ水面を叩くクロがいた。何を喜んでいるのかわからない。
「何か嬉しいことがあったの?」
カデットの問いに、大きく見開かれたクロの瞳がニヤリと笑う。
『俺の仲間の気配だ。闇の気配だ。遠くだが、空より近い場所に感じた!!』
今回は、声が聞こえた。
ただし、浴槽ではなくカデットの頭の中に。
「あんたを助けるとでも?」
『知らん!! だが、俺の仲間がいる。地上で闇の匂いがした!!』
カデットの体が震え、言い知れない恐怖が彼女の魂を侵食する。
悲鳴を上げると、近くにいたケーリーが驚いてカデットの肩を抑える。
すると、闇の職種は彼女の魂から遠ざかり、ケーリーの体温がカデットの心を落ち着ける。
カデットは体中からたっぷりと汗を流し、ケーリーにしがみ付いたままクロを睨みつけた。




アターカの部屋から出てきたリベルテとヴィスは、小さく胸を撫で下ろした。
不振がるアターカを言いくるめるのに苦労したのだ。
何かあればヴィスや凰火の正体を探ろうとしてくるアターカに、
砦の上で寝ることを許可してもらうのは骨が折れる作業だった。
だが、結果として許可をもらえたのだから、万事良好と言うべきだろう。
「じゃ、リベルテ、僕もう眠るからまたあした。」
分かれ道に着き、人好きのする笑顔で手を振るヴィス。
「うん、おやすみなさいヴィス。」
リベルテもにっこり笑ったが、疲労の色は隠せない。
ヴィスは彼女に背を向けて、上へと向かう階段を上りだす。
ヴィスの背中が見えなくなるまで見送って、リベルテはゆっくりと歩き出した。
「はぁ! 頭がおかしくなりそう!」
頬を両手で押さえ頭を大きく振る。
彼女は決して馬鹿じゃないし、秘密を追求することが時としていかに恐ろしい危険を孕んでいるのも知っている。
だが、それでも考えずにはいられない。
旅の始まりから頼れる父親のような存在だった凰火は、ヴィスと酷く不仲だ。
性格がかみ合わないのだと言っていたが、どうもそれだけではないようで、
それを二人とも言いたがらないのも気に喰わない。
ヴィスもヴィスで凰火との事意外に何かを隠しているような、意味深な発言をする。
出会った時からそうだったが、今は輪をかけて突拍子な事を言う。
ジェラーニヤは相変わらず記憶を取り戻していないようだし、アターカは凰火達の正体を探ろうと口煩い。
自分が戦争においても有名な商家の娘だという身分を偽るのも面倒だし、
ジェラーニヤやヴィスが竜だということを隠すのも困難だ。
凰火に至っては"異世界の旅人"というぐらいしか知らないが、聞けば間違いなく質問攻めだろう。
嘘とは思えない強さを見せ付けた後なのだから、よけいに信憑性は高いだろう。
ついでに、こんな凸凹チームの目的が、たぶんプシニーツァ国にいるであろう光の竜から世界を救う、
だなんてことも隠しておかなければいけないだろう。
考えなきゃいけないことも、不安に思うことも、隠さなければいけないことも、両手の指じゃ足りないほどになってしまった。
「…そーいえば、考えた事もなかったかも。終わった後の事。」
ふと、リベルテは小首を傾げジェラーニヤの顔を頭に浮かべる。
ジェラーニヤの記憶を取り戻し、光の竜を倒したとする。
ジェラーニヤの事だから、その後はまたバラバラな生活に戻るだろう。
だが、もしも光の竜が死んでも、今や世界中に飛び火した戦火が収まらなかったならば?
どうなってしまうのだろう。
世界は壊れてしまわないだろうか。人間は滅びてしまわないだろうか。
それよりも、ドワーフの血を引く仲間達が、戦争の影で虐殺され続けるに違いない。
突然、足元の感覚がなくなるような絶望が彼女を抱きしめる。
リベルテは恐ろしくなって、首を左右に振り、駆け足で部屋へと戻った。




真暗な空間で、少年は手を伸ばして何かを探していた。
「ナム? ナム? どこ?」
少年の手が、横たわる男を掴む。
すると、少年は輪郭を持ち鮮やかな色によって暗闇から浮き立つ。
漆黒の髪と瞳を持った少年は、眠り続ける男に抱きつき安堵の笑みを浮かべる。
少年が男を抱きしめていると、笑い声が響いた。
少年が振り返ると、暗闇の中に銀色の髪をなびかせた青い瞳の女神が立っていた。
「誰だ?」
殺気に満ちた少年が睨みつけると、女神は口元に手を当ててくすくすと笑う。
「其れが 貴方の 大切な モノ ?」
口の動きと噛みあわない間延びした声が響く。
「ナムを傷つける奴は許さない。いね!」
女神を追い払うかのように、少年が片腕を振る。
「ナム? あぁ! ノーミルって いう 傭兵ね。」
女神は音もなく少年に近寄ってくる。足が動いていないが、少年はそんな事を気に留めはしない。
「出て行け!! 俺の闇から出て行け!!」
少年は此処が己の精神の根底に近い場所であることを理解していた。
人間で言うところの夢とも言える場所だと。
だからこそ、突然入ってきた部外者である女神に、執拗なまでの攻撃を仕掛ける。
周囲の暗闇が歪み、女神へ向かって伸びる。其れは途中で捻じ曲がり槍となって女神を突き殺すはずだった。
しかし、闇は途中で止まり、槍は姿を崩して、暗闇へと戻る。
「あたしに 通じ ないわ そんなモノ。 あたしは ディスール。 貴方と 取引に 来た。」
ディスールと名乗る女神は、すぅっと右手を伸ばしてナムと呼ばれた男を指差す。
「その男と 貴方を 目覚めさせて あげる。 かわりに 言う事を 聞きなさい。」
少年は驚いて目を見開き、女神をじっと見つめる。
「嫌とは 言わせない あたしには このまま その男を 殺す 力がある。」
その言葉に少年は唇を噛む。
ディスールが何者であるかは解らないが、その言葉に偽りがないことは先ほどの攻撃でよく理解できていた。
少年はディスールを睨みながら、何か良い案はないかと考えていたが、急な来訪者を感じて眉をひそめる。
女神も、少年と同じように来訪者の気配を感じて振り向いた。
「ディスール 何 してる ?」
波打つ金髪と陶器のような白い肌、凛とした瞳は紛れもなく並みの美女では太刀打ちできない。
美女という言葉は彼女の為にあるとしか言いようのない女性が、ディスールの後方に立つ。
「どうして 来ちゃったの !? ミュー !!」
ディスールが慌てているところを見て、ミューは来てはいけなかったのだと知るが、
どうせここは夢なのだろうとたかをくくり、大きな態度に出た。
「夢 なんだから 勝手に 来ても いいだろう ?」
ディスールが反論するよりも早く、少年が声を上げる。
「貴様の大事なモノはソレか? ここでならば、俺でもソイツぐらい殺せる!!」
不埒な言葉を聴いて、ミューは驚き、ディスールの肩越しに少年を見る。
「殺したら あたしは 貴方の 大事なモノ を 殺す !」
二人の間に、人間には到底出せない底知れない力の渦を感じたミューは、二人の間に入って両手を大きく開く。
「二人 とも やめろ 勝手に 他人の命を 賭けるな !」
慌ててディスールがミューに飛びつき後方にやり、少年はナムの体を己の背中へと隠すようにして立ち上がる。
「ミュー ! あぶない事は やめて !!」
ディスールの顔は険しく、美麗な顔であるだけに死神さえも逃げ出しそうな迫力がある。
「出ていけっ!!」
少年は男を抱きしめて、怒りで肩を荒く上下させ、二人を睨みつける。
「こんなに 大切ならば お互いに 敵意を 沈めて 話合え。」
ミューは嬉しそうにディスールを抱きしめて、少年に向かって言い放つ。
「どうしてかばう?」
少年がミューとナムを交互に見る。少し羨ましそうに頬を膨らめて。
「ディスールは 私の 大切な 親友 だから。」
ミューはそう言って腕の力を強め、ディスールの額にキスをした。
その姿を見た少年は、ナムを抱きしめて沈黙する。
それからゆっくりと瞼を上げて、疑いの色を残しながらも真っ直ぐな瞳で言葉を投げかける。
「本当にナムは起きるのか?」




シャール砦の上に腰掛けて、夜空と大地の狭間を見つめていたヴィスは、
夜にまぎれる己の髪を掻き揚げて、深紅の瞳を閉ざす。
「はぁ、長老竜に怒られちゃうや。」
加減を忘れて人間の砦を壊してしまい、人間ではないと思われてしまった。
人間らしく振舞うように注意されていただけに、絶対に怒られる。
不用意に漆黒の玉を見せてしまったことは、大目に見てくれるかもしれない。
人間は疑い深い生き物だと知っているから。そこを強調して言い訳しよう。
でも、その玉を凰火に渡してしまったことは怒られるかもしれない。
玉の気配が強く放たれたのを感じたから、もしかしたら凰火が玉の影響を受けてしまったかもしれないからだ。
それに、どうやら玉の気は遠く敵地にいるジェラーニヤにも影響したらしい。
今夜は大気に混ざる闇が深く、その中を二つの力がせめぎあっている。
まだ若い炎の竜であるヴィスには、それがどんな力かはわからないが、
どちらも地上では異質な竜の力であることはなんとなくわかった。
だから、遅かれ早かれ長老竜にお小言を言われるだろうと思い、少し暗い気分になる。
リベルテ達には会わなかったと言ったが、実は、風の砦を旅立つ際に4つの長老竜と会っている。
実体でなかったとはいえ、力も感情もしっかりと具現された長老竜達に。
水の長老竜には事故とはいえ水を浴びせられ、炎の長老竜には無謀な事はしないようにと釘をさされたし、
風の長老竜には思慮が足りないとからかわれた。
何より嫌だったのは闇の長老竜の言葉だ。ジェラーニヤ以上に回りくどいうえに、小難しい。
その癖、使命について変な強迫観念さえ押し付けてきたのだ。
遅かれ早かれバレるとはいえ、今日の出来事だけでこれだけ怒られる要素があるのに、
この先どれだけ失敗するのだろうかと思うと、やはり気持ちが沈んでしまう。
「早く、夜が明けないかな。」
そんな事を思いながらウトウトと眠りに落ちる。
意識の端で、老婆が笑っているのを聞いた気がした。
たぶん、良くないことが起こるに違いないと思いながらも、意識は眠りの淵を転がり落ちる。
夜風が生暖かく彼を抱きしめた。



最終更新日 2005/07/30
感    想 “老婆”はロシアの民間信仰で“死”を現します。
        なんつーか、ロシアが好きだから盛り込むってどうかなと。
        まだまだあまり知らないロシアですが、べらぼうに好きです。