ある世界の物語

21

 

悲しい言葉を紡いで何が出来るだろうか
命乞いをしてもいいけれど砕けた心はどこへ行く
愚かな言葉を歌って心は満たされるだろうか
戯言と使命を一緒にして引きづられて居るのは誰?





誰?

笑い声が聞こえた。
体が動かない。

放せ!

体中に何かが這い回っている。
気持ち悪い。影に犯される。

ヤメロ!!ヤメロ!!ヤメロ!!

"俺はノーミルだよ、女隊長さん?"



眩しい。

カーテンが開けっ放しだ。

体が重い。

酒を飲みすぎたせいだ。

シーツが赤い。

ワインの空瓶が転がってる。



起きたくない。






「クロクロ〜。どこだ〜?」
早朝の砦をナムがクロを探してうろついている。各自部屋では夜晩の兵が迷惑そうに毛布を被る。
「クーロー?」
ナムは屋内を探し終わると扉を開けて外に出る。
ナムとクロはいつも同じ部屋で寝ており、いつもならばナムが起きると隣のベッドにちょこんと座りナムを眺めているクロの姿があるのだが、
(その様子を見かけたナム隊ではない方々が"怖っ!!"と思ったのは言うまでもない。)
今日に限っては、部屋中どこにもクロの姿は見えなかった。一応クローゼットの中も探したが隠れている様子もない。
ナムは不安になった。クロがどこか遠くへと行ってしまったのではないかと。
それは、隊長として戦力の低下を恐れるものではなく、
お気に入りのおもちゃがなくなってしまったのではないかと不安に思って泣き出す起きたての子供のような気持ちだった。
「たいちょー煩いよ!!」
プティが窓から顔を出して怒る。彼も昨日は深夜の見張りについていたので眠いのだ。
「すまんすまん。」
ナムは頭を掻きながら平謝りすると、中庭を横切って砦壁の上に昇る。
広がる空は朝焼けのおかげでぼんやりと歪み、森に蟠る闇をより一層深くしている。
ナムはなんとなしに森の中を注視した。
―――何かいる?―――
そう思った瞬間、木々の合間に沈殿する闇から悲鳴が上がる。
「な、なんだっ!?」
ナムは慌てて悲鳴の上がり続ける場所に視線を向けて、眼を凝らす。
重なり合う濃緑の葉を過ぎ、自在に伸びる枝の下、朝日のまだ届かぬ闇の中で人間が逃げ回っている。
一般人かと思えるほどの軽装から見るに、砦の様子を探りに来た斥候だろう。つまり敵だ。
だが、隠密行動をすべき彼等が悲鳴をあげ、茂みを掻き分けて逃げ惑うのはおかしい。
更に闇の中を探すと、赤く大剣を染める少年がいる。クロだ。
「あいつ、何であんな場所にいるんだ!?」
ナムにはクロがそこで人を切る…否、壊す理由はわかっていた。ナムの為だ。
しかし、どうやって外敵に気付き、こっそりと部屋を抜け出して砦の外へと出たかは解らない。
悲鳴に驚いて、砦の中から人が出てくる。
その間にも砦の外では殺戮が続き、残る敵は最後の一人となった。
クロが笑っている。
振りかざした剣をどこにさそうか迷いながら、笑っている。
「クロ!!そいつは殺さずに連れて来い!!」
ナムは叫んだ後に、後ろを振り返る。
砦の中庭に出てきた者達が騒ぎ出す。
"クロ!?""外に敵がいるのか!?""何が起きてるんだ!?"
ナムは腰に手を当てて砦壁の上に立つ自分へと注がれた多くの視線に怒鳴りつける。
「夜勤の奴等は寝とけ!!他の者は朝番以外は平常通りに振舞え!!」
それから砦の外、今や日差しを浴びて鮮やかな紅に染まった森を見下ろして声を張り上げる。
「他に敵がいないようなら砦の中へ戻ってこい!!」
クロは一度だけ頷いて、悲鳴を上げる男を引きずりながら、上機嫌で門の方へと歩いていく。
ナムに誉められる事は間違いないと思っていた。
砦に戻ったクロは、真っ先にナムの所に男を連れて行き、どんな風に誉められるだろうかと楽しみに顔を上げた。
直後、頬を叩かれた。あまりに意外な事だったので、その場に尻餅をついて顔を上げる。
「どうして?」
クロが首を傾げる。最初は不思議そうな顔をして、すぐに涙を浮かべて。
「お前は確かに強い。人間なんて脆く感じるだろうなっ!!だからって、自分勝手に動くのはやめろっ!!」
「ナム、落ち着け!!」
クロの襟首を掴み上げたナムを抑えようとカールタが肩に手を置く。
「お前は俺の言葉に従うと言ったのにっ!!」
ナムはカールタの手を払い、クロを硬い壁へと放り投げる。
鈍い音がしてクロの首があらぬ方向に折れた。
その姿に、中庭に集まった者総てが"死んだ"と思った。
しかし、クロはだらりとした首のまま立ち上がりナムを見つめる。
「俺は敵を殺したのに、なんで誉めてくれないんだ?なんで怒るんだ?」
クロは泣きながら一歩踏み出す。
すると、周囲の野次馬が一歩引く。人どころか生き物でさえない存在に怯えている。
しかし、ナムはその場に立ったままだ。
得体の知れないものを眼にした時の恐怖ではなく、大切なおもちゃを怒って壊してしまった子供が呆然として震えている時の表情に似ている。
クロが歪んだ体を引き摺ってナムの隣に立つ。
「どうすれば良いんだ?俺は君の言葉を待つ以外には何もできないのか?」
ぎょろりとした黒い瞳だけがナムを見つめている。


「無茶はするな。どっか行くときはちゃんと言え。…心配したんだ。」


ナムはクロを抱き上げると、そのまま自室へと帰ってしまった。
残された者達は、朝日の中で一様に震えた。取り残された敵が苦痛に悲鳴を上げている。




「アターカさん起きて!!起きて!!」
扉を容赦なく叩く音と、リベルテの甲高い声が響く。
「うぅ…ん?」
アターカはぼんやりとした頭を掻きながらゆっくりと起き上がる。
「昨日約束したじゃない!!今日、買出しに行くって!!」
リベルテが扉の前で跳ねているのが、ベッドの上のアターカにもよくわかった。
「そう言えば…。」
実は昨日、リベルテと請求書を見ていて、要望書があったことを思い出したのだ。
そこに書かれていた、買い揃えるべき備品をいくつかリストアップし、ついでに食料の買出しもしようという事になっていた。
それを思い出したアターカはベッドの上を転がり、床に足をつける。
冷たい床は、酒の抜けきらない体に心地よい。
「もうみんな叩き起こしたから、安心してね。」
「…はぃ?」
アターカは間抜けな声を上げて聞き返す。
「じゃ、待ってるから!!」
リベルテは返事も待たずに走り去った。
「………。」
アターカは床に足をつけて、自分の置かれた状況について考えた。
やっと眼が覚めてくると、疑問が浮かんだ。
「一寸待て、皆って誰だ?」




ここはナム隊の駐屯する砦の一角にあるカールタの部屋である。
「アレってどういう感情だと思う?」
カデットが裁縫をしながらカールタに問う。
カールタの服がほつれていたので、カデットが縫い直している最中なのだ。
わりと器用なカールタではあるが、裁縫はお世辞にも上手いとはいえなかったので、カデットの言葉に甘えた。
「アレ?」
抽象的としか言えないが、それ以上のモノが手に入らない為に仕方なく使っている地図を見下ろしながら作戦を考えているカールタ。
「ナムとクロよ。」
カデットは貧相に見えないように、補強用の布を丁寧に縫いつけていく。
「さぁ?あんまり考えたくないよ。」
カールタは溜息を吐いて、あやふやな地図に文字を書き足す。
クロの"お絵かき"の方がまだマシといった感じだが、何分、地図とは戦略的な情報である為、どうにも詳しい地図というものは手に入れにくかった。
例え自分の領土であってもだ。
「でも、考えといたほうが良いと思うわ。…危険だもの。」
カデットが強い口調で言う。その言葉にカールタは溜息を吐く。
言葉にはできなかったが、二人とも同じ事を危惧していた。
つまり、"これ以上感情が顕著に現れるようならば、クロはナムの邪魔だと言って仲間を殺しかねない。しかも、ナムはそれをある程度許してしまうかもしれない。"というものだ。
「確かに危険だと思うよ。あの感情は、友情でも、家族愛でも、仲間を思う気持ちでもない。むしろ主従愛に近いかもしれない。」
「そこが問題なのよ。痛っ。」
眼を逸らした瞬間、親指を刺してしまったカデットは、親指をくわえて血を吸い出す。
「だが、それをどうやって解決できる?クロがいう事を聞くのはナムだけだ。反対にナムに働きかける、なんてこともやるだけ無駄だ。ナムもクロを気に入っているから。下手に口出ししたら怒り出すだろう。"アレは自分のだ!!"ってね。」
深い溜息が広がった。




朝食をしっかりと摂ったシャール砦の兵士達は、その大半がリベルテの買出しに借り出される羽目になった。
というのも、普段はあまりにも量があるので買った店に届けてもらっていたのだが、時間も金も無駄だとリベルテが判断した。
おかげで、荷物を運ぶために多くの兵士達が借り出される羽目になったのだ。
今は昼前で、量産衣料品の卸売りを行っている倉庫の事務所へとやってきていた
。 「突然だけど、正義に忠誠を誓っている人は手を挙げて!」
リベルテの言葉に、事務所の中をうろついていたアターカと兵士達が手を上げる。
眼を凝らせば、隅っこの方で凰火も仕方なさそうに手を上げている。
「よし、アターカさん以外は全員外に出てね。」
スパッと言い放つリベルテ。
「をぃ。良いのか!?」
アターカが声を上げたので、リベルテが"静かに!"と手で合図する。
「リベルテ?」
凰火が眉間にしわを寄せている。他の者も皆一様に不満そうな顔だ。
「…一応言っとくけど、商人の会話ってえげつないわよ?血生臭いって意味じゃないけどね。」
リベルテの後ろで、担当者が肩を上下させて隣に座る同僚に目配せする。
"おぃおぃ、こんなお嬢ちゃんが商人なんて言葉を言って良いのかい?"
そんな感じの視線が交わされているとは知らずに、リベルテは腰に手を当てて全員を見上げる。
「なんでアターカ様は残らねばならないので?」
アターカの腰巾着、副隊長核の男が声を上げる。
「財布だから。」
『………。』
リベルテの即答に全員、否、フロア中が沈黙し、小さなリベルテに視線を向ける。
「そーいうわけだから、外で待っててね。あ、通行人の邪魔にならないようにね。オゥルカも喧嘩しないでね。」
リベルテがにこやかに手を振る。
これ以上反論は無理だと悟ったアターカ以外の仲間達は、諦めて事務所の外に出て行く。
全員を見送ったリベルテはくるりと180度回ると、担当者を見る。
そこには、先ほどまでの陽気で口の悪い少女の顔は無い。商人のソレになっている。
「はじめましょうか?トゥニィさん。」
ちなみに、トゥニィはこの会社の名前だ。




「なんで店主とアターカが泣いているんだ?」
凰火が小声で問うと、小さなリベルテが首を傾げる。
「良い買い物したってだけよ?」
トゥニィでの交渉が終わった後、事務所から出てきたリベルテとアターカと担当者によって、部隊は倉庫から衣服を運び出した。
その時、担当者がしきりに算盤を弾いて泣いていたし、アターカがブツブツ暗い顔で文句を言いながら半泣きしていた。
つまり、リベルテ以外にとっては最悪の交渉だったという事だ。
「確かに良い買い物をしたよ?だけど、アレはないだろう!!アレは!!」
「しらにゃいもん。」
怒鳴るアターカにぷいっと横をむくリベルテ。その顔には"してやったり"と書いてある。
「何があった。」
凰火がこめかみを擦りながらアターカに問う。
「…口が裂けても言えん。戦場での駆け引きの方がよっぽど心が痛まないぞ。」
―――何があったんですか?―――
俯くアターカを見て、リベルテ以外の全員が、心の中で合唱した。
「さ、次の所もしっかり良い買い物しなきゃね。」
「またやる気かっ!?」
リベルテが腕を上げると、アターカが嘆く。
「当たり前でしょうが。」
リベルテは心外と言いたげな顔でアターカの方を見る。
「あのね、お金は無尽蔵に渡されるわけじゃないし、貴方達の使ってるお金は国民の血と汗の結晶なんだからね。
正義の名の下にとか言って湯水のように使って良いもんじゃないでしょーが!!
戦争なんて起きるだけで迷惑なのに、戦争税まで搾り取られたら苦しいに決まってるでしょうが。
そこんところよーく考えて有効活用しなきゃ!!戦うだけで正義は守れないんじゃないの?」
その言葉に、偶然その言葉を聞いていた街の人々が拍手を送った。
まぁ、確かに税金だけでどうにかなっているわけでもないが、国家予算の大半が税金であることは確かだ。
リベルテの言葉に街の人々がついつい頷いてしまうのも無理は無い。
「うぐっ…。」
アターカが口ごもる。
「んじゃ、次は材木屋さん。ここら辺なら、安いのはパピエ系列のお店ね。」
砦の周りの木々を使えば良いと思うなかれ。
生木は乾燥すると縮んだり割れたりするので、どうしても材木店から仕入れないといけない。
特に、砦の門はその典型的な例だと思う。




シャール砦の中庭に、大量の荷物と疲れきった人々が運び込まれ、扉が閉まる。
「馬車馬のように働かされてくたくただよ。」
傾きかけた淡い色の日差しを浴びながらアターカが弱音を吐く。
買い物が終わった後、ついでだからと、提携している農家や牧場まで回ってきてしまったのだから、疲れるのも無理は無い。
「あたしも、久々だったから新しい業界用語についてけ無くてショック!本当に疲れたわ!!」
リベルテが興奮しながら言う。疲れているという割には瞳に強い光が灯っている。
「それは…我々の疲れと違うのでは?」
「そう?」
リベルテが首を傾げたので、アターカは小さく溜息を吐く。
「失礼します、アターカ様。」
「なんだ?」
突然、しっかりと鎧兜を身に着けた門番の男が敬礼したので、アターカはすぐさまピシリと背を伸ばす。
「門前に不振な若者がおります。」
「なに?」
若者が一人だけというならば、途中の道で追い越したはずである。
だが、砦に繋がる一本道のどこでも、誰かを抜かしたという事はなかったのだ。
これは危険だ。
つまり、その若者は買い物部隊の後を気付かれないように付いてきたか、さもなくば森から来た事になる。
兵士は言葉を続ける。
「"リベルテに会いに来たから入れろ"と言って門前に立っているのですが、
 漆黒の髪の若者で白銀の鎧をつけているのですが、どこの軍の者か知れません。」
「漆黒の髪!?」
アターカは驚いた。兵士にはその理由がわからなかった。
漆黒の髪の若者と言えば、彼女の精鋭部隊を撤退に追い込んだ化け物、クロを連想させるに相応しい。
「アターカ様!!」
別の兵士が走ってきた。その顔には恐怖が張り付いている。
「どうした!?」
アターカはすぐさま門の方へと走り出す。
リベルテと凰火も"漆黒の髪"という言葉に悪い予感を感じて走り出した。
「少年が門を破壊しようとしております!!」
分厚く硬い木製の門が低い音を立てて何度も叩かれている。
その度に金具が振るえ、古くなった木が崩れ落ちる。
「このままでは危険だ!!武器のあるものは構えろ!!」
アターカの言葉が砦中に響いた瞬間、重い門の栓が壊れ、ゆっくりと開かれる。
誰もが緊張し、門に向かって構えた。
少年は、漆黒の髪をたなびかせ、手に付いた埃を払い周囲を見回す。
それから小さなリベルテを見つけると、満面の笑みを浮かべて走り出した。
「リベルテ、僕だよ!!ヴィスヨールイだよ!!あ、オゥルークワさんもお久しぶり!!」
『ヴィス!?』
凰火とリベルテは眼を丸くし、体中の緊張が抜けるのを感じた。
ヴィスが駆け寄ろうとした瞬間、アターカを先頭に兵士達が取り囲む。
「何で切っ先がこっちを見てるのさ。もしかして僕、嫌われてる?」
ヴィスがその場に立ち止まり首を傾げる。
「ヴィス、門を壊せば誰だって怒るし怖がるわよ。」
リベルテが眉間の皺を撫でながら突っ込む。
「そうかぁ。ノックしてただけなのに扉が壊れるなんて思わなかったんだ。ごめんなさい。」
ヴィスは困ったような顔をして謝る。本当に壊れると思っていなかったらしい。
「…謝ったのに剣を向けられてるって事は…敵?敵なら倒したほうが良いかな?」
ヴィスの問いに周囲が緊張する。
「アターカさん、お願いだから剣を下ろすように言って。彼はあたし達の仲間だから。扉を壊したのも悪気がなかったわけだし。」
リベルテが慌ててアターカの傍に駆け寄る。
「そのようだな。全員下がれ!!」
アターカも、兵に被害が出てはかなわない。
兵士達が剣を納め下がると、ヴィスはリベルテの目の前に走ってきた。
少し背が伸びたようだ。
「リベルテ、久しぶりだね。」
ヴィスがにっこりと笑う。
「ヴィス、どうしてこんな所に来ちゃったの?」
リベルテの問いに、ヴィスは方膝をついてリベルテの手をとり見上げる。
「だって、騎士は乙女の高潔を護るものだって相場が決まってるじゃないか。」
そう言ってリベルテの手に口付けした。




一方、パーズドビシャの外れカローヴァ砦にも扉を叩く音が響いていた。
「おいっ!!ナム!!」
「どうしたの?カールタ。」
ナムの部屋の扉を激しく叩くカールタを見つけたカデットが声をかける。
「昼食を食べに来なかったから心配になって来たんだが、中から返事が無いんだ!」
その言葉にカデットが首を傾げる。
「もしかして、朝から一度も外に出てないんじゃないの?」
呆れ顔でそう言ったのだが、カールタの方は困惑し更に激しく扉を叩く。
「そうかもしれない。ナム!!」
「副隊長。どーしたんすか?」
「姉ちゃん、どーしたの?」
チャコとプティが廊下の奥にある部屋から顔を出す。
二人とも暇が出来たのでペール相手にボードゲームを楽しんでいたのだ。
「実は隊長がヒッキーやっちゃってるのよ。」
カデットが肩を上下させて小さく笑う。
「ヒッキーって…。」
プティが必死に笑いを堪えようとしている。
「ってか、クロと何かよからぬ事でもしてたりして。ま、そんな事ないだろうっすけど。」
チャコがケラケラと笑う。一応彼も成人男性である。くだらない冗談は嫌いではない。
『…ありうる!!』
カールタとカデットが顔を見合わせて叫ぶ。
「えぇっ!?」
プティがしきりに首を横に振る。
「ナム出て来い!!まだ間に合う!!幼児虐待なんかやめとけ!!」
カールタが扉を叩く。
「そうよ隊長!!ほら、クロって男の子だしさ!!」
カデットも扉を叩く。
「二人とも落ち着いて。さすがに隊長だってあんな化け物相手に欲情しないって。」
チャコが突っ込むと、二人は扉を叩くのをやめてチャコの方に眼を向ける。
『しそうじゃん。』
スパッと言い切った二人の言葉に、プティとチャコが嫌そうな顔をする。
「うわぁ…たいちょー信頼薄っ。」
プティが篭城主に同情する。
「こうなったら強行突破よ!!あんた達も手伝って。扉を壊すわよ!!」
『えぇっ!?』
プティとチャコは心底係わり合いたくないという顔をした。




アターカはリベルテの脇からそそくさと退散し、少し離れたところに立つ凰火の隣にやってきた。
「結局、アレは何なんだ?あの恥ずかしい事を言う奴は。」
凰火は心の中で、この世界基準でも恥ずかしい奴なのかと小さく納得してから答える。
「ヴィスヨールイだ。ジェラーニヤが記憶を失う前に一緒に旅をしていた仲間だ。」
「…化け物ばかり連れているな。」
「………。」
凰火は返す言葉もなかった。
確かに、ジェラーニヤは闇の竜でにんげんではないし、クロとしてアターカの精鋭部隊に大打撃を与えてくれた。
リベルテは力が無いとはいえ、商人としての才能だけみれば化け物級だ。
そして今まさに砦の正門を壊すという偉業を成し遂げてくれたヴィスヨールイとなれば、化け物連れと言われても言い返せない。
何より、凰火自身も全うな人間と言うには少々含むところがあった。
「おーい、兵も疲れきっているし荷解きをしないか?」
アターカがため息混じりに声を上げる。
「そうね。せっかくの野菜が駄目になっちゃうわ。」
リベルテはアターカを振り返り頷く。その頬は恥ずかしそうに赤く染まっている。
「ヴィスも手伝ってね。」
「うん。」
ヴィスはにこやかに笑い立ち上がる。
「じゃぁ、アターカさんの指示に従って重いものを持ってね。」
「アターカ?」
小首を傾げてみせる。
「オゥルカの隣に立ってる女の人。」
「あぁ、わかった。じゃ、また後でね。」
ヴィスはリベルテに手を振ると、アターカの前にやってきた。
「オゥルークワさんお久しぶり。」
「凰火だ。」
小さく突っ込むと、傍らのアターカが"ぷっ"と噴出す。
「いいじゃん。これでも結構発音が良くなったんだよ。」
「発音は良くなったかもしれんが、態度は悪くなったな。」
「酷いなぁ。ま、いいや。アターカ、僕はヴィスヨールイ。みんなヴィスって呼ぶんだ。よろしく。」
凰火が額に手を当ててイラついている隣で、突然声を掛けられたアターカがどもる。
「あ、あぁ、よろしく。私の名前はアターカ・ティーグル・プリダトヴラシャーチだ。」
ヴィスが眼を細めてアターカを凝視する。
―――この人、親につけられた最初の名前を言ってしまって良いのかな?―――
そう思ってから、人間にとって名前がそれほど重要でなかった事を思い出す。
アターカの方は凝視される理由が解らずに困惑する。
「それでアターカ、何を運べば良い?」
ヴィスは敵意がないと示すようににっこりと笑った。




『なむ!!』『隊長!!』
四人が手近に会った物で扉を叩き壊すと、扉は悲鳴を上げて崩れ落ちた。
「こ、これは…。」
先頭に立ったカールタが一歩ひく。後ろの三人がカールタの脇から部屋の中を覗き込む。
そして皆一様に驚き一歩下がった。
部屋の壁一面にどす黒い何かによって文字や図形が書き込まれており、床一面には黒い霧が蟠っている。
部屋の奥ではベッドの一つが横倒しになり、その奥に隠れるようにしてナムが座り込んでいる。
部屋中を黒く染めた張本人たるクロは、上機嫌でまだ何も書かれていない窓をなぞっている。
どうやら指先に何か黒いものがついているらしい。
「…くすくす…エルフから紅いあかーい血がこぼれて…命の器は壊れちゃいました…」
歌うように、呟くように、クロが笑っている。
「やめてくれ、やめてくれ、ヤメテクレやめてくれヤメテクレ」
部屋の片隅で縮こまったナムが頭を抱えて悲鳴に似た言葉を垂れ流している。
異様だった。
カールタが息を呑み、己に活を入れて部屋の中に一歩踏み込む。
「ナムっ!?どうした…う、ぐぅ…あ、あ、あ…。」
突然カールタが苦しみだし、頭を抑える。
「どうしたの?カールタ?」
背中を丸めて震えだしたカールタにカデットが声をかける。
「うわぁぁぁぁぁっ!!!?」
突然カールタは叫びだし、カデットを押しのけて走り出した。
「ちょ、ちょっと!?」
カデットの呼び声にカールタは振り向かない。
「チャコ!!カールタを捕まえて鎮静剤打っといて!!それでもどーにかなんなかったら、睡眠薬でもいいわ!!」
「わ、わかった!!」
チャコは慌ててカールタを追いかける。
その背中を見送ったカデットは部屋に入る。
重苦しく、気持ちが悪い空気が滞留している。
「クロ、あんた。」
カデットが盛大な足音を立ててクロに近づく。
近づくにつれ、彼女の頭の中に言葉が入ってくる。
それは、人間の言葉ではなく、ましてや彼女が知るはずのない世界の知識だった。
―――これで、カールタの気が狂ったんだ―――
頭の中では、御伽噺に聞く、エルフやドワーフ、その他色々な種族の死体が積みあがっていく。
同時に、"魔法"という存在の不確かな力さえ見えてくる。
漠然と彼女の中で古い神話の時代が積みあがり崩れ、そしてまた積みあがる。
焦点が合わなくなりそうで、足がふらつく。だが、クロは目の前だ。
「…祈りが朝を真似て…お星しゃまが壊れて…神は頭から落ちてしまって…」
「こんな文字、書いてんじゃないわよ!!」
カデットは軋む頭を抑えながら、右手で窓を壊した。運良く引き戻した時にガラス片で怪我はしなかった。
「よし、黒い煙はこれで逃げるわね。」
窓から潜り込んだ風が、黒い霧を消し払っていく。
「…何するの?…せっかく、ナムに…子守唄を歌ってあげてたのに…」
クロが虚ろな瞳でカデットを見上げる。
カデットはクロからプティへと視線を移す。
「プティ、中に入れそう?」
「大丈夫だよ。」
プティが恐る恐る部屋の中に入ってみせる。
「あたしがクロを連れ出すから、あんたは隊長を連れ出して。その後は、ペールさんに聞いてちょうだい。」
カデットはそう言ってクロの細い二の腕を掴む。
ペールは、音を知らない変わりに霊感のようなものが発達しており、呪術や不思議な力を感じる事ができる。
その為、それらの特殊な力の干渉を防ぐ為の方法を良く心得ていた。
「わ、わかった。」
プティもカデットのように頭を痛めながら、ナムの元へと歩いていく。
「…放せ…まだ歌は終わっていない……」
クロが身をよじり逃げようとするが、カデットは一層強くクロの腕を掴み部屋を出る。
「あんたはあたしと来るの!!」
カデットは空いている方の手で額を押さえながら廊下をズンズン進んでいく。
すると、前方から見知らぬ男がやってきた。
捕虜となった者かもしれないし、プシニーツァの騎士の一人かもしれないが、カデットにはどうでも良かった。
「呪術師が居たわよね?すぐに浴場まで連れてきて!!全員!!」
そう怒鳴ると、カデットは階段を下りて浴場に向かった。
浴場に着き、脱衣所に入る。
「ったく!!何がどうなってるわけよ!?」
カデットは忌々しげに頭を掻き毟り、クロの服を脱がそうとする。
何せ、クロの顔も手もすっかり真っ黒に染まっていたからだ。
理由は、なんとなくわかった。
カデットはクロの正体と壁一面に書かれた文字が何によって書かれたのかを漠然と理解した。
―――クロは闇。あの文字は闇の欠片。そして人間を狂わせる!!―――
クロから服を脱がす度に頭の中に見知らぬ文字が浮かび、悲鳴が聞こえる。
「煩い、煩い!!頭がどうにかしそうだわ!!」
カデットは酷い形相でクロの服を脱がす。
「…放せ…」
「黙りなさい!!」
クロの呟きさえも、今や彼女を侵食する恐ろしい呪術のようであったが、こんなものに屈する事はできない。
彼女をかろうじて保たせているのは、彼女自身の意思ではなく、むしろ彼女を作る物質が関係しているようだった。
脱衣所の扉が開かれた。
「呼ばれてきた者ですが。」
たぶん、先ほど用を頼んだ男は事態の深刻さに気付いてくれたのだろう。
この砦の中にいる呪術師や祈祷師、専門家から趣味人までの約30人が立っている。
「クロの傍に来れそう?」
『………。』
カデットの言葉に全員が沈黙した。
ここに来ただけに、誰もがそれなりに力のある人々だ。
クロの発する異様な気配がどれほど恐ろしいものかをよく理解している。
カデットは小さく舌打ちをし声を張り上げる。
「大丈夫な人だけ浴場に入ってきて!!それ以外の人は魔封じだかの術を焚いておいて!!
ここにいるのも辛い人は隊長の方をお願いするわ!!」




「それにしても、なんで門から来たの?空から砦に入ってくればいいのに。」
リベルテがヴィスに問う。
荷解きも終わり、夕飯まで部屋で待機する事になったので、三人は部屋に戻っていた。
「うーん、それなんだけど、暫くは竜の姿になっちゃいけないって言われたんだ。」
困ったように首を傾げるヴィス。
「ジェラーニヤのせい?」
リベルテが戸惑いがちに問う。
「違うよ。そーじゃなくて、竜は全員、暫く地上で竜の姿を見せちゃいけない事になったんだ。」
ヴィスが肩を上下させる。
「どうして?」
リベルテは眼を丸くして問い返す。
実は、頭の中では竜に化けたヴィスを使って荷物を運べば、物資の補給が簡単で安全だと思ったからだ。
ふと、長男とだんだん考え方が似てきた自分に気付いて頬を掻く。
「長老竜達が決めた事だから僕にはよくわからないよ。」
「そっか。」
ヴィスが心底困った顔をしたので、これ以上は無理だろうと判断するリベルテ。
「あ、でもね、良い事もあるんだよ?」
「何?」
突然ヴィスが陽気な声を上げたので、リベルテが顔を上げる。
「長老竜からコレを預かってきたんだ!!」
「何コレ?」
懐から取り出した小さな玉をリベルテに渡す。
「闇の竜の欠片さ。これをジェラーニヤが触れれば、記憶が戻るんだって。
闇の長老竜直々に送ってきたらしいから絶対だと思うよ。」
会話に参加する気もなく刀の手入れをしていた凰火が、ヴィスを横目に見る。
「らしいって…。」
リベルテが窓から差し込む光に玉を照らす。
不透明の玉は、光を反射することなく内側に吸い込んでいくようで、リベルテの顔は映らない。
「だって、その時はまだ寝てたんだよ。僕は昨日の夜起きたばかりなんだもん。」
「そうなんだ。」
リベルテはがっかりした顔で玉を返す。
「本当にその玉でジェラーニヤの記憶が戻るのか?」
凰火が刀を柄に納め、ヴィスの方へ向き直る。その眼は鋭く、馴れ合いを許さないようにも見えた。
「疑われてもなぁ。」
ヴィスは肩を上下させて玉を閉まった。




後宮の奥にあるミェースチの部屋は相変わらず雑然としている。
だが、今日はその雑然ぶりを高める破壊魔が一人、今まさに贈り物の山を蹴り倒している。
「どうしたんだ、ディスール。そんなに暴れて。」
ミェースチが肩をもみながら問う。
日に日に増える贈り物がどうなろうと気にはならないが、ディスールが暴れるのは問題だったのだ。
「ミュー、大変だわ!!」
特大ぬいぐるみにひねりの聞いたアッパーを食らわせながらディスールが叫ぶ。
「何が?」
ミェースチは日の暮れはじめたのを見て窓とカーテンを閉め始める。
「太陽の雫が落ちてきたの!!」
「はぁ?」
予想外の言葉に振り向く。
視線の先には天蓋つきベッドにフライングボディアタックをかます女神がいた。
「しかも、カローヴァで彼が闇を垂れ流しているの!!」
ベッドの上で身悶えるディスール。
ミェースチは理解のできない文章に耐えながら、窓とカーテンを閉め続ける。
「どうしよう!!あいつが来たら戦場が変わっちゃうわ!!彼がこのままでも戦場が変わっちゃう!!」
シーツの破ける派手な音がしたところで、ミェースチは諦めてディスールの傍にやってきた。
これ以上備品を壊されたらたまらないからだ。
「何がどうしたんだ?」
暴れまわっていたディスールがピタッと止まり顔を上げる。
「セルフヴォランは虎と炎を手に入れたわ!!」
ディスールがベッドを叩く。
「虎はアターカだろうが…炎とは?」
ミェースチが髪を掻き揚げながら問う。
「漆黒の髪と赤い瞳の騎士よ。中身は幼い炎の竜だけどね!!」
夕闇が開かれた窓から忍び込み部屋を冷やした。



最終更新日 2005/07/30
感    想 なんか、キャラクター投票やってたらしいですよ。
        むしろ、なんかへんてこな隠語ばっかりの物語。
        私も隠語の意味を忘れちゃったんですよねえ……。