ある世界の物語

20

 

"正義"の二文字に敬礼し"悪"を討とう
戦場は混乱し世界は意味の無い戯言に踊る
"正義"に二文字を翳し"悪"を消し去ろう
己の信念が告げる意味に従って


「だぁぁぁぁっ!!むっかつくぅ!!」
石造りの壁を蹴り飛ばすリベルテ。がしかし、壁には足跡さえつかずリベルテの方が痛がっている。
「うぅ、イタイ。」
その場にしゃがみ込み、ピクピク震えるリベルテ。
だが、いくら待っても誰も声は掛けてくれない。
ここは、セルフヴォラン国シャール砦の一室。凰火とリベルテがこれからお世話になる部屋だ。
いや、本当は別々の方が道徳的にも良いのだが、何分、部屋の数が足りないので相部屋となった。
ともかく、ベッドが二つと武器を置くための家具があるだけのシンプルな部屋には、現在リベルテ以外誰もいない。
「ジェラーニヤは記憶喪失で行方不明になり、たぶんプシニーツァ軍に下ったでしょ。
ヴィスもたぶん風の長老竜の所で眠ってるでしょ。オゥルカは"怒りを静めるため"とか言って散歩にいっちゃったでしょ…。」
なんとなく頼りになる人々の名前を挙げてみて、余計に空しくなってしまう。
「そう言えば皆、強いんだよね。あ、ヴィスの戦ってるところって見たこと無いか…。でも、アレだからねぇ…。」
そう言ってリベルテは立ち上がりベッドの上に飛び込む。
「はぁ…。やっぱりあたしって足手まといだよね…。」
リベルテはベッドの上で眼を閉じ、今までの旅を思い出す。
故郷から逃げ出すように飛び出して、ジェラーニヤと凰火の二人と共に世界を救う旅に出て、途中でその旅にヴィスも加わった。
しかし、風の長老竜との会話中にジェラーニヤが記憶を失って地上に落ち、ジェラーニヤの本性に怯えたヴィスは心を癒す眠りについた。
記憶を失くしたジェラーニヤを探す為、凰火と共に地上を旅する事になり、今や戦場に向かうためにセルフヴォラン国の砦にいる。
だが、それも周囲の流れで来ただけであって、自分はそれにやっとついてきただけだ。
彼女の力を誰も期待しなかったし、彼女が自分の力を振るうまでもなく誰もが力を持っていた。何もすることがなかった。
だが、シャール砦にやって来て、アターカに"口だけ"と言われた。
その言葉は彼女を傷つけた。周りが強く甘えていただけに、真実はなおさら心の底に突き刺さった。
「イタイなぁ…。」
今、リベルテは自分の弱さを嘆いている。
自分の事では泣かないと事あるごとに言ってきたが、それももう我慢できそうにない。
「どうにかしてよ…。」
無意識に枕を抱きかかえて呟く。
「あたしに何ができるのよ…。」
思い返すが何もない。
ジェラーニヤのような幅広い知識も、ヴィスのような翼も、凰火のような武術も無い。
彼女の誇りは完全に費えた。
とうとうリベルテは枕に顔を埋めて泣き出す。
無力な娘の泣き声が、昼前の活気溢れる砦に響く。


「我名は刀耀 凰火。我は悪を断つ剣…。」
砦の一角にある見張り台の上で凰火は遠く広がる森を見下ろして呟いた。
砦から出ることを許されていないので、一人になれそうな場所を探しているうちに、誰もいない見張り台の上にやってきていた。
戦時中ではあるが、プシニーツァ軍の進撃を見受けられない為、昼間はほとんどの見張り台の上に人はいない。
「俺は正義を護る剣だ…。」
見下ろした手は、硬くなった皮と古い傷ばかりで長い間戦ってきた事を無言で語っている。
彼は見た目とは裏腹に長い時間を旅してきた。
深くは触れられないが、彼は人を殺し正義を断つ者として生を受けた。
しかし、心優しい人間との出会いから、己がしごく当然と思って行ってきた行為―悪行―と決別し悪を断ち正義を護る者となり、様々な世界を渡り歩き様々な伝説を作った。
今では、総てを受け入れて愛してくれる妻と、辛い出生ながらも愛しく思える娘を持ち、男としても父親としても満たされている。
だが、そんな彼にも寿命はある。
漠然とではあったが、その命がいつ尽きるのかはよくわかっていた。
そこで小さな迷いが生まれた。
今まで振るってきた正義の剣、今まで振るってきた様々な力。
それが本当に正義の為であったのかと。
「歳を取るとわからなくなることがあるものだな。」
正義の為に振るってきた力は、もしかしたら、昔の彼の延長線上にあるのではないか。
正義の為と言いながら、命を断つ事に酔いしれてはいなかっただろうか。昔のように。
見渡す空も、見下ろす森も、何もかもが違う世界に立って、そんな不安を打ち消したかったのかもしれない。
だからこそ、この世界で闇の竜と旅をしたのかもしれない。
だが、この世界では"正義"と"悪"の境界線は個々人の中にしかなく、何もかもがあやふやで、自分の気持ちを探る暇も無い。
「間違いだったのかもしれない。」
この世界に来た事は間違っていたかもしれない。
拳を握り締めたが、爪の先が皮膚に食い込む痛み以外には何の役にも立たない。
凰火は小さく息を吐いて、望郷に心を向けた。


「クロぉ、何してるんだ?」
机に深々と座り何やら熱心に紙へと書き込んでいるクロに声を掛けるナム。
「お絵かき。」
その言葉にひょいっと紙を覗き込み硬直する。
「…いや、ちょっと待て。
俺の中でのお絵かきってのは、空を描いたり動物を描いたり人間を描いたりするモノで、
んな戦略を事細かに書き込んだ簡略化した地図じゃねーぞ。」
小さな沈黙が流れる。皆、何かしら用事があって広間には二人しかいない。
おかげでこんな小さな沈黙でさえ広間を凍らせるには十分だった。
「…個人の自由だ。」
「個人で戦略を立てるのは軍師か幕僚ぐらいだ。」
ナムの鋭い突っ込みにクロは眉を潜めてナムを見上げる。
「…じゃぁ、その間で。」
「間って何だよ!?」
「ナム。何を騒いでるんだい?」
奥の扉から出てきたカールタは、やや呆れた顔で聞く。
「カーク、見てくれよ。コレは絶対に"お絵かき"なんて可愛らしい代物じゃねーだろ?」
そう言って、クロの書いていた紙を取り上げてカールタに翳してみせるナム。
「お絵かきだ。」
「まだ言うかっ。」
ナムがクロの方を睨む。
「ちょっと見せてくれ。」
カールタはこめかみを擦りながらその紙を受け取る。
「ちょっとと言うからには…10秒で返せ。」
「それは無理だから。」
カールタは紙を見つめながらクロの戯言に小さく突っ込む。
「これは、今度のカローヴァ遠征の道のり…。」
カールタの表情が傭兵としてのソレに変わる。
「後は相手の軍勢についてもう少し詳しい情報を貰えれば完璧だ。」
クロの"お絵かき"には、パーズドビシャ国でも有数の都市カローヴァまでの大まかな地図と、
その遠征において予想されうる敵との遭遇地点と、敵を倒す有効的な方法がいくつか書かれていた。
これだけでも実践に耐えうる十分なモノだった。
しかし、軍勢のおおまかな数に関しては、捕虜の話した実情といくつか食い違っている。
どうやら、捕虜同士の会話を盗み聞きしていたようだ。さすがはクロ。抜かりない。
「…クロ、これを見る限りだと、君はかなりの無茶をする事になるよ?」
共通語で書かれた作戦の殆どで、クロは前衛となり、敵の主要部隊を潰すことになっていた。
「構わない。怪我をしても夜には回復できる。」
「しかし…。」
カールタがためらったのにはわけがある。
クロが小さいから可愛そうだとか、クロに任せておいて全体の士気が落ちるからとか、そんな理由ではない。
問題なのは、クロという強敵を知ったパーズドビシャが、僅かな軍勢しか持たないナム隊を潰す為に兵力をどんどん投入する恐れがあるという事だ。
「それが一番の方法だろう。ナムの命令ならば俺はどんな事だってする覚悟はある。」
「クロ、そんな事を言って良いのか?」
カールタがいさめるように言いながら、ナムを見る。
「ナム以外の言葉は聞かない。」
クロはカールタから視線を逸らす。
―――ナムが喜ぶような事を言うと、本当に危ないんだぞ…。―――
カールタは心の中でそう思ったが、これ以上反論する気はない。
「もしも敵の捕虜になってこいと言ったら?捕虜になっても合図があるまでは、例え敵に汚されても抵抗するなと言ったら?」
ナムが笑いながら問うと、クロは僅かに顔をこわばらせたが、すぐにいつもの冷めた表情で頷く。
「…従う。」
「その言葉、しかと聞いたぞ。」
ナムが興奮して歌いだし、クロの頭をガシャガシャと撫でる。
「その代わり、絶対に死ぬな。人間は脆いのだからな。」
クロがナムを見上げると、ナムは歌うのを止め、困ったように眉を歪めて笑った。
「あぁ、頑張るよ。」


木製の扉を叩く音が、リベルテと凰火の部屋に響いた。
「昼食だぞ。」
アターカが扉を開けた少女を見下ろして言う。それから、部屋の奥を覗き込んで首を傾げた。
「おや?黒髪の剣士はどうした?」
「散歩。」
リベルテは俯いたまま部屋を出る。
「散歩って、どこを散歩してるんだか。仕方ない、誰かに探させるか。」
アターカは近くを歩いていた下っ端らしき人物に、凰火を探すようにと命令をして歩き出す。
「そうだ、リベルテは何か特技は無いのか?この砦にすねかじりはいらん。」
「…。」
リベルテは唇を噛み締める。気にしている事をストレートに言われて胸が痛んだ。
「その様子じゃ、駄目そうだな。はい、これ。」
「何コレ?」
アターカから一枚の紙を受け取りつつリベルテは問う。
「一回の食事代。食費も馬鹿にならんからね。」
そう言われたリベルテは眼を見開き、アターカを見上げて強い調子で言う。
「これじゃ、外で食べてもあんまり変わらないわ。」
「仕方ないだろう。どう計算しても、それが一回分の食費だよ。」
アターカは肩を上下させて、どうしようもないという顔をした。
「ふーん。じゃぁ、それなりの食事なわけね。楽しみ。」
リベルテは浮かない顔で言ったが、アターカの方も浮かない顔だった。
「まぁ、それなりだな。」
アターカの視線が泳いでいる事にリベルテは気付かなかった。


「…ねぇ、つっこんで良いかな?」
囁くように、しかし地の底からと思われるような声で問うリベルテ。
「…何を?」
アターカは何を聞かれるのか分かっているだけに、視線を少女に向ける気は無い。
「あの値段でコレ?」
リベルテの刺々しい言葉が、貧相な料理に突き刺さる。
「…食料調達係りに言ってくれよ。」
"やっぱりな"という顔のアターカ。
「後で明細見せて。アホみたいにお金掛かりすぎよ。」
「帳簿が読めるのか?」
驚いてリベルテを見る。
「当たり前よ。なんたってあたしは………えっと、行商人のキャラバンで過ごしたこともあるからね。」
"ネゴシアシオンの娘"だと言いかけて慌ててしまうリベルテ。
こんな場所でそんな名前出そうものならどうなるかわからない。
ネゴシアシオンと言えば、飴玉から戦車までなんでも取り扱う世界一の商人の家だ。
敵国プシニーツァに軍需品を売りつけている事は風の噂で聞いていたので、それこそ文句を言われかねない。
そうでなくとも、ネゴシアシオンの家から逃げてきた身で、その名前を語る事はできない。
家督相続の一件で、またも兄達が刺客を向けてきたらそれこそ命の危機である。
「ほぉ。」
アターカは眼を細め、小さな少女を凝視する。
リベルテは冷や汗を書きながらも、落ち着いた声で念を押す。
「ともかく、食事が終わったら明細と帳簿、それから請求書も見せてよ。」
「何故?」
アターカは帳簿だけで十分だと思っていた。
帳簿には総ての事が書いてあると信じていたからだ。
しかし、そんなド素人の考えなぞ、リベルテにはわからない。
首を傾げてリベルテは問い返す。
「何故って…全部が一致してなかったら困るじゃない?」


「…アホォーですか?」
砦の最上階にある執務室で、リベルテが今日何度目かの暴言を吐く。
「今度は何だ?また野菜か?それとも今度は剣か?」
アターカはやけくそになりながら問い返す。
実は、昼食を終えた二人は執務室にて帳簿、明細、請求書、その他様々な簿記を確認していた。
だが、確認する端からどんどん記入漏れだの無駄遣いだのが発覚していく。
例えば、砦の中で育てている野菜で自給自足が出来ていない事や、命を守るためとはいえ盾を兵の数よりだいぶ多く買い込んでいた事だ。
「なんで練習着にこんなにお金掛けるかな?だいたいコレだけのお金払うんだったら既製品で倍の数買った方がマシ!!」
リベルテが執務机をバシッと叩く。
「さいですか。」
アターカが目頭を押さえ、この砦の会計係が泣きそうな顔をする。
「あぁ、もう!!なんでこーも無駄遣いが多いわけ!!たまには戦う事意外に頭使いなさいよ、頭!!」
そう言ってから、リベルテは顔をしかめる。
―――そーいえば、兄さん達も父様も言ってたなぁ…。軍隊なんて口先三寸で丸め込めば、いい鴨になるって…。―――
生粋の商人である家族の言葉を思い出し、確かにと心の底から頷いてしまうリベルテ。
そして、決心した。どうせ力がないんだったら!と、やけくそな気持ちも混じっているが。
「もう良い。次の買出しはあたしを連れてって。」
「はい?」
聞き返したアターカの声が裏返っている。
「こんな無駄遣いしてるからお金が足りなくなるのよ!!
それに、空いた兵士に買出しに行かせるなんて、これじゃ全員がお金を扱うから考えなしに買っちゃうでしょうが!!
もう、いい。あたしが直接交渉してあげる。いつもよりも7分の1…いいえ、6分の1は安く買ってあげよーじゃないの!!」
『えぇっ!?』
これにはアターカの隣で顔を青白くしている会計係も驚いた。
もし真実ならば、金策だって今よりは楽になる。
「ふふふ、買出しの日が楽しみだわ。あ、その前に砦そのものの無駄も探さなきゃね。
消耗品の使い方から、掃除用具まできっちり点検しなきゃーね。
例えばこの部屋の蝋燭も隅っこの方を何本か減らせるわね。」
リベルテはニヤリと笑って蝋燭を見つめる。
「おい、ちょっと…」
「それからこのメモ帳も次からはこんな上級紙じゃなくて、10束1組の安売り品でよし。」
アターカの言葉を遮り、更に節約術を語るリベルテ。眼がギラギラ光っている。
「をぃ…」
「他には何を削ろうかな♪」
アターカと会計係の同意は、もはや必要ないらしかった。


見張り台の上で今だに立ち尽くす凰火。
広がる空は快晴なのに、心は晴れない。
「何が正義なのか…。」
思い返せば思い返すほど、正義と悪の境界線があやふやになっていく。
それが腹立たしかった。
自分の手で自分を殺すような、自己否定的な考えだからだ。
ふと、見上げる空に渡り鳥が群を成している。
「鳥か。」
そこへ一羽の猛禽類が突き進む。中央を飛ぶ子供を狙っているようだ。
渡り鳥は一斉に声を上げ、数匹が猛禽類に襲い掛かる。
予想外の攻撃に、襲撃者は森へと帰っていった。
「鳥にも護るべきものがあり、家族があるのだな。」
今や、元通りの隊列に戻った渡り鳥の群れは、上昇気流を受けて空の高みへと舞い上がる。
凰火は太陽の光に手をかざして、黒い点となった鳥を見つめる。
小さな点でしかない彼等だが、少なくとも空高く飛ぶその翼に迷いは無いのだろう。
どこか悠然とした態度は、どんな旅人よりも立派に見えた。
「別に迷う事ではないのかもしれない。」
呟くと、その言葉は心に染みて、凰火の胸を熱くする。
凰火は見張り台の手すりに両手を置き、背伸びをした。まるで、空に飛び立とうとするかのように。
「愛しい者を護るため、仲間達を護るため、そして、理不尽な行為を断つために剣を振るう。それが俺の正義で良いじゃないか。」
凰火は手すりから手を離し、その場で愛剣を抜き放つと、切っ先で空を指し示す。
その表情は晴れ晴れとして、信念に燃える力強い男のものだった。
「苦悩を越えた我名は刀耀 凰火!!我は正義を護り悪を断つ剣なり!!!」


「二人とも突然機嫌が良くなったな。」
夕方になり一度部屋へ戻ったリベルテと凰火を呼びに来たアターカは、小さく驚いた。
この砦に来た当初は、怒りとやるせなさで曇っていた二人の顔が、明るく力強いものになったのだから、それも当然であろう。
「あったり前でしょ。やる事はいっぱいあるもの!!」
彼女はそう言いながら、腰から下げた算盤を叩く。
行商人時代の遺品とも言うべき算盤は、叔父のお下がりでとても古臭い色になっているが、珠の動きは新品よりも使いやすい。
商人としての本性が目覚めたリベルテを止められるのは、閉店セールと目新しい商品だけだろう。
「俺は俺自身が納得できる生き方をするだけだ。」
この世界には異質な姿の男は、独特の余裕を持って頷く。
正義にそぐわない場所ならば、それを変えるぐらいの心持で望めば良い。
凰火は迷いを越えた心でアターカを見つめ返した。
「そうか。」
アターカは二人の気持ちの変化が、どんな風にこれからを変えていくのかを考えた。
未知数。
閉塞的な騎士としての環境に縛られていた彼女には、考え付かなかった。
「ところで、今夜は二人を迎える為に小さなパーティーを開くんだが、是非参加してくれるよな?」
アターカが苦笑気味に問いかける。
「無駄遣い…。」
「…。」
二人の鋭い視線にアターカは一歩引く。
「睨むな。これも、新入りの務めと思ってくれ。というか、違うな。ただ騒ぎたいんだ。」
アターカは引いた足を戻して、騎士らしいしまった顔で言う。
「皆、いつ死ぬともしれない身だからね。」
「あ…。」
リベルテが両手で口を覆う。
「今の所プシニーツァはセルフヴォランを攻めていない。だが、いつ攻めてくるかは時間の問題だろう。」
アターカの表情から、それが近い未来であると確信している事が伺える。
「心強い二人を仲間に迎えたことだし、明日から気持ちを入れ替える為にも良い機会だと思ったんだ。」
僅かに目元を緩めて笑う。信頼する部下達への優しさだ。
「士気を高めるためというならば、しかたないな。」
凰火がリベルテの肩に手を置いて答える。
「まぁ、今日ぐらいは許してあげるわ。」
リベルテも慌てて、頷く。
アターカは深く頷き答える。
「ありがとう。」


一階の広間と中庭を使って立食形式にしたところ、パーティーは大いに盛り上がった。
どうしてそうなったのか、言いだしっぺが誰だったかもわからないが、
広間にあるステージではいつの間にか喉自慢大会が始まっており、リベルテがノリノリで歌っている。酒が入っているらしくやたらハイテンションだ。
そんな喧騒から逃げ出すように、アターカは広間の表にある広場にやって来た。
「貴殿も外に出ていたのか。」
「いささか疲れた。」
ワインの瓶を片手にアターカが声を掛けると、ベンチに座っている凰火が気だるそうに答える。
「はは、そうか。」
アターカはベンチに近寄ると、凰火の隣に座り星空を見上げた。
「一つ聞きたい。」
「うん?」
凰火が声を上げたので、アターカはそちらに視線を向ける。
「何故、傭兵部隊を攻撃したんだ?クロが居ようが居まいが戦力が欠ける可能性はあっただろうに。」
冷静さを取り戻した凰火は、戦力について色々と考えていた。
考えている最中に浮かんだのが、アターカの話していた傭兵部隊襲撃の話である。
それがどうにも理不尽かつ無意味なように思えて、今まさに問うたのだ。
「あぁ…それか。」
ほろ酔い気分だったアターカの顔が僅かに曇り、視線が足元に落ちる。
「ナム部隊とは浅からぬ縁というものがあってな。何度か同じ戦場で仲間として戦った。」
凰火はちらりとアターカを見た。
つまり、二人は戦友でさえあっただろうに、何故だ?という疑問が浮かんだからだ。
「アレは同じ戦場で戦った最後の年だから…3年前かな。」
アターカが地面を見つめながら首を傾げる。
「戦も終わり、私の軍団とナム部隊は共にプシニーツァ国の王都へと進んでいた。」
その手に握られたワインの瓶が震えている。
「ある晩、私が一人テントの中で眠っていると、突然誰かがテントの中に入ってきた。
私は驚いて声を上げようとしたが、痺れ薬をかがされて、後から入ってきたそいつの仲間に体を押さえつけられてね。」
長い沈黙が横たわり、広間の騒ぎが聞こえてくる。リベルテの陽気な歌声がはっきりと聞こえ始めた頃、アターカは呟くように言った。
「…犯されたのさ。」
凰火は眼を瞑り、額を押さえる。
「はじめての男の名前を忘れる女はいないだろう?暗闇の中で男はこう名乗った。"ノーミル部隊隊長ナムだ"とね。」
アターカはワインで口をぬらす。
「男にはわかるまい。組み敷かれた女の心なぞ。」
どんどんとワインを飲むと、彼女の服が赤く染まり、緑の瓶は空となった。
「はは、酒を飲みすぎたみたいだ。くだらない話をしてしまったよ…。私は先に部屋へ戻るよ。」
立ち上がったアターカは、ふらつく足取りで建物の中へと消えた。


プシニーツァの後宮のその奥、毎度おなじみミェースチの部屋の天蓋つきベッドから声が上がる。
「ミュー。」
「何だ?」
二人はベッドの上で仰向けになっていた。
美女二人が並んで寝ているのは見ごたえのあるものだったが、どちらも疲れた顔つきである。
それもそのはず、今日も二人は国王に謁見し、戦争について様々な助言をしてきたのだ。
頭も心もこき使って大きな作戦を練り上げただけに、今日はいつも以上に疲れてしまった。
ディスールがミェースチの方に首を向けて問う。
「"はじめての男"ってどーいう意味?」
「ぶふっ!!ガホッゴホゴホッ!!」
驚きすぎて、変な場所に唾が入ったらしく激しくむせるミェースチ。
「と、突然何を言い出すんだ!!」
起き上がったミェースチは顔を赤くした。
「ねぇーねぇー、どーいう意味?」
子供のように無邪気な顔で問うディスール。ミェースチは諦め、慎重に言葉を選びながら答える。
「つまり、アレだ。えっと、その、家族以外でベッドを共にした男だ。」
「あぁ、わかったわ。最初の交尾相手。」
「交尾言うな!!」
ミェースチが声を上げてのたうちまわる。
「えぇ、だってそうなんでしょ?人間って交尾して子供生むんでしょ?」
「いや、そうだが、そうなんだがっ!!」
もっと言い様があるだろうと言いたくて言いたくてたまらないミェースチ。しかし、それを言ったら18禁では済まない。
「だいたい、ディスール達は違うとでも?」
ミェースチは気を落ち着けて話題を逸らす。
「うん。」
「え。」
あっさりと頷かれて、ミェースチは普通に驚く。
「魂の欠片をつなぎ合わせてお腹にある魂の器に入れてから、卵にして生むだけ。わざわざ雄型と雌型を合わせなくても良いのよ。」
そう言って、かわいらしいヘソのあるお腹をポンポンと叩くディスール。
「単体生殖?」
「うん。」
眼を丸くして問うミェースチに、さらりと答えるディスール。
「もしかして、今から増える事も?」
「それは無理。」
「何故?」
ミェースチが眉をひそめる。
今から子供を増やせば世界を容易く潰せるだろうと思ったからだ。
「だって、子供を産めるのは500〜1000歳の若い子だけだもの。」
「…そ、そうか。」
―――それって若いのか?―――
女の年は聞いちゃいけないとかなんとか言い聞かせて、心の中でつっこむにとどめた。



最終更新日 2005/07/30
感    想 _| ̄|○|||
        あとがきでこれを連発していた回。