ある世界の物語

17

 

多くの者が空に城を建てたがどれも滅びてしまった
というのもそれらは空に住まうべき生き物の所業ではなかったからだ
しかし今目の前を通り過ぎる一陣の風にして空の城は
空に住まうべき風が建てた城故に遥か昔より眼には見えぬ姿で飛んでいる


長い長い間寝ていたような気がして、凰火はゆっくりと瞼をあげる。
腹に手をやるが空腹は感じず、喉に手をやっても乾きを感じなかった。
―――俺はどれほど寝ていたのか?―――
見上げれば、遥か遠くの天井に太陽とは別の光が輝いていて、体は程よく暖かい。
周囲を見渡せば、蛍のような光がいくつも行きかっている。
眼を凝らしてみるが、そのどれもが輪郭のない光で、形容しがたいこの不思議な空間によく合っている。
凰火はぼんやりとする頭を振って、何がどうなっているのか記憶をたどる。
頭の中にかかっていた靄が晴れるか晴れないかという具合になると、重大な事を思い出して周囲を見ました。
「リベルテ!ヴィス!」
声を上げて呼んでみるが誰もいない。風の長老竜さえいない。
「俺が寝ている間に何をしたんだ?」
まだ眠気の冷め切らない頭に手を置いて考えるが、答えは見つからない。
意識を失う直前の記憶といえば、長老竜がこの世界に残るのか残らないのかと聞いてきた事だったが、凰火はそれに答える暇もなく深い眠りへと堕ちたのだった。
「何かの術を掛けられたか…。どうにも頭がはっきりとせん。」
壁を使ってゆっくりと立ち上がると、景色が変わった。凰火は一瞬どきりとして、突如視界の隅に入ってきた物を見下ろす。
リベルテだった。
床の上で胎児のように体を丸めて眠っている。少し離れた所では、竜の姿のままのヴィスもやはりぐっすりと眠っている。
「気分はどうだい?良い夢は見られたかな?」
ヴィスから声の主へと視線を移す。
「なんのつもりで俺に術を掛けた?それに…」
「陽炎の術だよ。炎の子供の火を少し借りて、後は私が空気を調節するだけ。」
凰火の言葉を遮って答える。風の長老竜はもうすっかり顔色も良くなっていたのだが、まだ僅かに物憂げな表情を残していた。
「少々"私"という概念が崩壊しようとしていたから、強引に陽炎の術と眠りの術を部屋全体に掛けたのさ。オゥカには心を癒す眠りは必要なかったかもしれないが。」
相変わらず皮肉交じりの風の長老竜は、欠伸をかみ殺す凰火の方を見やる。
「落ち着いたのでもう一度問う。お前はこの世界に残るか?それとも立ち去るか?」
人間に化けてはいても、竜の威厳は失わず、その鋭い眼力は凰火の頭の中を探るようですらある。
凰火はその視線によってすっかり眠気が覚め、そして、答え損ねた言葉を発する。
「弟子を見捨てる訳にはいかん、俺は大切な人と仲間を失った痛みをもう感じたくないのでな。」
自分の信念に忠実で、どんな誘惑にも屈しない男の言葉は、屈強な剣よりも強い輝きを持っていた。
長老竜はじっと凰火を見つめ、それから小さく笑った。
「弟の言った通り、異界の客人は実に勇ましい。何故そんな人間の体でそこまで気高くあれるのかは知らないが、お前にならば任せても良いだろう。彼もそう言っている。」
「彼?」
「オゥカの足元にもう来ている。」
凰火は足元を見る。
すると、薄暗いだけの影が深い闇色へと転じ、それが光にそぐわぬ方向へとぐんと伸びてぼんやりと立ち上がる。
「何者だ。」
鋭く問うた凰火の腕は、愛剣へと伸びる。
しかし、不自然な人間のような形をした影は両手を突き出して待てと示す。
「殺気立つな。俺は敵ではない。闇の竜ジェラーニヤの友だ。事情があってお前の影を借りている。」
「ジェラーニヤの友?何故今頃になって出てきた。」
凰火が睨み付ける。
今更、友を装って出てきたところで事態はとんでもない事になっていたのだから、睨まれても仕方は無い。
「これでもジェラーニヤが己を解き放つのを見て、急いで下りてきたんだ。勘弁してくれ。
俺だって地上に知性を映すのは嫌なんだ。闇の竜の掟にだって地上と関わるなかれとある。
だが、ジェラーニヤを助けられる奴がいるならば、多少の助言ぐらいはしたい。」
もう追求されるのは懲り懲りだといわんばかりの態度だ。
「お前がジェラーニヤの友だと言うならば、何故共に世界を助けようとしなかったんだ?」
影の気持ちなぞ凰火の知ったことではない。
「俺は世界なんてどうでも良い。闇の竜の名誉の為に言っとくが、ジェラーニヤの方がおかしいんだぞ。
 そもそも、俺達が地上を離れてからどれほどの時が経ったかは問題ではない。
 問題なのは、それからの長い間に何度と無く起きた戦争で地上が滅びなかった事。
 光の竜一匹では決して地上を滅ぼせない事だ。もはや地上を破壊できるのは、人間の貪欲さだけだ。
 だから闇の竜は地上に関与しない。
関与せずとも壊れることは無いだろうし、万が一壊れたとしてもそれは地上の話で、俺達の生死には関わりないからな。」
影はそう言って肩を上下させる。
「それはあまりにも身勝手なもの言いではないのか?救えるだけの力と知性があるというのに高みの見物というのか?」
「ならば聞くが、人間は自分達よりも優れたモノを見るとどうする?大抵の奴はそれを手に入れようと躍起になるだろう?
 そんな奴等に姿を見せてみろ。なんでもかんでも力を貸せと言ってくるだろうし、下手をすれば竜は狩られる事になる。
 そんな他力本願甚だしい奴等に力を貸すほど、竜は優しくは無い。」
その言葉に風の長老竜も頷く。
地上に住まうものならば、地上を見下ろす巨大な力を(時には神とさえ形容して)敬うが、それは己に力を与えて欲しいという欲望の現われでしかない。
勿論、力を求めるのは、心高く、己の魂を高めるためにという者もいるだろうが、果たしてどれほどの者がそんな優れた精神を持っているかは、考えるだけ愚問であろう。
元より他人の力にすがる事を嫌う闇の竜に、力を貸すのが当然だと言うのは冗談にさえならない。
例えそれが人間の倫理的に合っていたとしてもだ。
「ならば、どうして俺の影を使って現れた?人となった同輩の事なぞ気にはならんだろう?」
「俺はあいつに貸しがあるから。このまま使命を果たさずにどこぞで死なれたらかなわない。
100の星を動かすのだって悩ましい作業なのに、あいつは使命に燃えて俺に100の星を預けていった。
替わりもまだ育っていないから、結局俺が200の星を毎夜動かさなければいけない羽目になったんだ!
これで使命の一つや二つ果たさないとなったら、俺は本気であいつに失望しなきゃいけない。それも困る。」
「類は友を呼ぶ。君も闇の竜の中では感情的なほうなんだね。しかも友思いだ。」
風の長老竜が楽しそうに頷いている。
「で、結局助言とはなんだ?」
凰火はスパッと切り捨てるように言う。
「うわ、何だよお前。俺の気持ちとか突っ込めよ。」
「身勝手なガキの理論だな。」
凰火の即答に影はじたばた暴れてから、諦めたように喋りだす。その姿はどことなく哀愁さえ誘うみじめさだ。
「星見の術を使ったら、ジェラーニヤがプシニーツァの戦場を渡り歩くと出た。」
「戦場?最近はどこの国も実におとなしいのに?」
風の長老竜が声を上げる。
「風の長老竜殿、貴方が三日三晩地上に雨を降らしている間に、あるいは長い眠りについている間に、
プシニーツァは開戦の準備を着々と進めていたよ。もうすぐ戦場がそこかしこに生まれる。」
「三日三晩?長い眠り…?」
凰火が不思議そうに問う。
「そうだ。ジェラーニヤが己を解き放った日からもう12日が過ぎた。」
「何!?」
あまりに長い時間が過ぎていた事に凰火は声を上げた。
「この風の城は時間の流れさえも歪めて空を行き来してるからな。わかるはずもないさ。」
「その間お前は何をしていたのだ!」
「だーかーらっ、時間が掛かるんだよ。
ジェラーニヤは存在の総てを地上に移したけど、俺はそんな事できないから、闇の長老竜の力を借りてほんの少しの間具現するしかできないの。
しかも、それだって色々制約があるし、闇の長老竜が"承知"の一言を出すまでどれだけ時間が掛かったか…。
その間に年上の竜からは感情的すぎるってジェラーニヤの分まで説教され続けて…。はぁ…。」
影は溜息をついてうな垂れる。
凰火はふと、ジェラーニヤやその他の長老竜達のようにくどくどと遠回りに説教され続けたらどうだろうと思って、すぐに考えるのをやめた。
とりあえず、ろくな事ではないからだ。
「っと、ヤバッ。時間だ。」
影の色が薄まり始める。
「ともかく、ジェラーニヤは戦場に行く運命にある。そこで総てが決する。だから早くあいつを見つけてくれ!!でなければ、あいつは本当にっ…」
最後の言葉は聞き取れなかった。今や影は凰火の足元へと戻り、やわらかい天井の光と蛍のような光によってゆらゆらと揺れるだけになっている。
「竜とは本当に身勝手だな。異界から来た俺にそれを言うか?」
もはや何も言わない己の影を踏みしめながら言う。
「でも、君は受けてくれるんだろう?少なくとも、私たちは地上に干渉できないし、するのも嫌だからね。助けが必要なんだよ。」
風の長老竜が、闇の竜の変わりに答える。
「身勝手な話だと自分で思わんか?」
「思うけど、それがこの世界の竜の実情さ。これ以上、地上に居ても死んでいくだけだから。」
凰火が眉をひそめる。
「私たち竜は、風やマグマや湧き水やら、ともかく豊かな世界が作り出すモノを食べている。それによって本質を整えていると言っても良い。
だけど、人間は無用な煙で風を汚し、大地を荒らし、それがいつの間にか巡り巡って世界を汚してしまった。
これ以上地上に居れば、確実に食べ物がなくなって竜は死ぬ。実際、弱い竜は穢れた食物によって死に至る病に掛かっている。」
「…それで地上から離れることに?」
「そうだ。正確には人間の汚した大地と、まだ穢れていない本質としての大地を分けるというべきか。
まぁ、その辺は感覚的な魂の問題だから説明するには少々難しいな。」
そう言って風の竜は寂しそうに笑った。
凰火は額に手を当てて溜息を吐く。
凰火が今まで生きてきた様々な世界の中でも、この世界はなんと脆い事だろう。自分の力で穢れを浄化することも、穢れを克服することもできない。
それらを救うべき神さえもいないのだ。
ふと視界の片隅で何かが起き上がった。リベルテだ。
凰火が声を掛けようとすると、リベルテは自分の顔を両手で挟む。
「あたし!…えっとぉ………ジェラーニヤが怒って、怖い闇が上ってきて、ヴィスが竜になっちゃって………そうだ!!!!」
凰火としては傍らで大声を出され、耳が痛い。
「ジェラーニヤどうなっちゃったの!?」
リベルテが凰火と風の長老竜両方を見る。
「記憶を無くし、人間の姿になってしまっているらしい。早く見つけなければ大変な事になるそうだ。」
凰火が答える。言いながら、"大変な事"が何かを考えたが、最悪の事態以外思い浮かばなかった。
「今はどこにいるのかわからない。ただ、おおまかな場所だけならわかる。プシニーツァの東の関所の当たりだ。先ほどの闇の竜がイメージを送ってくれた。」
風の長老竜が答える。
「じゃぁ、すぐにその場所に下ろして!!」
リベルテが声を上げる。
「どうして?また怖いモノを見たいのかい?」
風の長老竜は茶化すように言う。
「だって、このままじゃジェラーニヤが可哀相じゃん。一人ぼっちで地上を歩くなんて…。
あたしが家から逃げ出せたのはジェラーニヤの翼があったから。力強い見方が二人もいたから。なのに、命の恩人をほっとけないもん!!」
「でも、リベルテがジェラーニヤを見つけられるかどうかはわからないだろう?」
「何事もやる前から諦めたりしちゃ駄目って教わらなかったの?あのね、大切なのは今やれるだけやるって事だよ。
それに、あたしは夢の中で見たんだもん。ジェラーニヤが泣いてるのを。今度はあたしが助けなきゃ。
あたしは自分の知り合いが泣くのは絶対に嫌なんだもん!!」
リベルテが頬を膨らませる。愛らしい姿の中に、強い意志が汲み取れる。
「…あれだけ酷い言葉を言われても、手を差しのべてくれる者がいるなんて、ジェラーニヤは驚くだろうね。」
風の長老竜は肩をすくめて笑い、そして、落ち着き払った声で答える。
「二人を地上に下ろす。でも、ヴィスは駄目だ。彼はまだ暫く眠らなければいけない。
そうでなければ死に至る。彼ではないものになってしまう。」
「いいわ。プシニーツァならあたし一人でも行けるから。」
「俺もいるぞ。」
腰に手を当てて仁王立ちするリベルテの肩に凰火は手をおく。
「…でも、別の世界の人でしょ?」
リベルテは顔を上げる。
「それでも、リベルテよりは旅に慣れている。まず経験が違う。それに…。」
「それに?」
「ジェラーニヤとの付き合いはリベルテよりも少しだけ長いからな。放っておけんだろう。」
その言葉にリベルテは満面の笑顔で叫ぶ。
「さすが騎士道!!…じゃないか。騎士の格好じゃないもんね。」
リベルテが首を傾げると凰火は力強い笑みを浮かべた。
「俺は刀龍 凰火。悪を絶つ剣にして正義を守る侍だ。侍の信念を俺の国では武士道と呼ぶ。」
「ブシ道。なんかカッコイイ。」
そう言ったリベルテの発音がちょこっとおかしいのは、ご愛嬌という事で聞き流す事にした。
「では、二人とも闇の竜の事を頼むよ。」
『へ?』
近づいてきた風の長老竜に背中を押された二人は、変な声を上げる。というのも、落下するのを感じた為だ。
「ええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?…って、えぇ!?」
地上へと体が落ちていく。が、落下のスピードは緩い。水の中を沈むよりもなお遅い。
「風達に支えさせているから安心していいよ。じゃ、空の上から応援してるね。」
風の長老竜が手を振ると、小さな穴は消え、青い空が広がった。
二人は呆気に取られながらゆっくりと堕ちていく。




「さて、皆さん。会議をはじめましょうか?」
リベルテと凰火を突き飛ばし、かなりぞんざいに地上へと下ろした風の長老竜が振り向く。
「もうちょっと丁寧に扱えないのん?貴方って本当に無粋だわ!」
怒ったのは蛍の光の一つ水色の光だ。声が実に野太い…。
「ヴェルナー、そんな事は200年も前から知っていただろう?」
風の長老竜が野太い声の蛍に言う。
「そうね!!貴方ってばあたしをいともあっさりと、超絶傷ついちゃう言葉で振ったんだもん!!あ〜ん、思い出しただけでイヤになっちゃう☆」
ヴェルナーがヨヨヨと漂うと、隣に浮いていた赤い光が避ける。
「ヴェルナー、つまらない男に引っかからなかっただけマシだと思えばどうかしら?あたくし、さっさと会議をはじめたいのよ。」
炎の長老竜の声だ。その光はヴィスの方を気にするようにクルクル回っている。
「待ってくれ。まだ来ていない方々がいる。」
風の長老竜は慌てて炎の長老竜をいさめる。
「でも、地の長老竜はもう…難しいでしょう?彼女は…。」
炎の長老竜は悲しそうな声をあげ、ヴェルナーがその赤い光の周りを飛ぶ。
「そうですが、もうお一方いるでしょうが。」
「え?いらっしゃいますの?恥じもせずに。今更?」
赤い光が突然強く光だし、水色の光を弾き飛ばす。
「えぇ、先ほど若い闇の竜が伝言した通りならば。この会議に来られるはずだ。」
「まぁまぁ、それはいけませんわ。
あたくし、あの方にお会いしたなら絶対に魂だって焼けるような炎を吹きかけて差し上げるつもりだったのに!!
この姿じゃそれもできなくってよ。」
「あらぁん、怖いわね☆せめてひっぱたく程度にしなきゃ☆☆また闇の竜とは同じ位階で暮らすのだし。」
水色の光は吹き飛ばされた事に少しだけ腹を立てているようで、声のトーンは普段より更に低い。
「そうね。その時に殴りこんでやるわ!!」
〔物騒な話をしておるな。〕
「あら、ごきげんよう。闇の長老竜。」
突然現れた闇色の光に、赤い光が声を掛ける。
「あれからだから…もう何千年…いえ、何万年たったのかしらん?あたし、年は数えないようにしてるから覚えてないわん☆」
水色の光も闇色の光の方に向き直る。
〔ご婦人に年を思い出させるような事は言えんの。〕
「冗談が通じるんですね。以前の貴方とは大違いだ。」
風の長老竜が驚きの声を上げる。皮肉たっぷりな笑みを浮かべて。
〔もうワシも滅びるからの。今更威厳を気にしても仕方が無い。〕
『!?』
三長老が声ならぬ声を上げて驚く。
〔闇の竜として長い間生きた。もうすっかり体が大きくなってしまった。
動かそうにも、ほんの少し動くだけで空を乱してしまうからのぉ。そろそろ滅びることにした。〕
「貴方はそんなに長い間生きていたのん?本当は一体いくつだったのかしらん?」
〔さぁのぉ…。〕
ヴェルナーが問うと、闇はぼんやりと光を弱めた。
「とりあえず、本題に入って宜しいかな?長老方。」
その言葉に三つの光が風の長老竜を見つめる。他にはもう蛍の光のようなものはない。
風の長老竜は一度だけ頷いて、竜に姿を転じ口を開く。
「それでは始めましょう。世界を分ける為の諸々を取り決めるために。」




「全く、お前はまた何を言ったんだ?」
プシニーツァの後宮で、ミェースチが声を上げる。
「今度は生きたままの猫を送って頂戴って言っただけよ。」
天蓋付の広々としたベッドの上から光の女神のような美しい女性が答えた。
「…。まさか。」
きつい瞳の美人ミェースチが、顔に手を置いて青ざめる。
「うん、死んだ猫が送られてきたから、いらないって返したの。」
「それで悲鳴を上げたわけか…。気の毒にな。」
実は先刻、この光の女神級美女のディスールが、誰かから貰った差出人不明の箱を後宮に住まう女の侍女一人に手渡したのだ。
侍女は戸惑いながらもその箱を受け取り、おずおずとディスールを見上げた。
彼女の主人である、後宮の女の一人がディスールに文句をつけ、ディスールはそれに何やら反論をした。
すると、後宮に住まう女である彼女は悲鳴を上げて、侍女に箱を捨てるように言うと、自分の部屋へと逃げていってしまったのである。
その様子を遠くから見ていたミェースチは、真実を知って頷いた。
そりゃぁ、猫の死体の入った箱を平然と送り返されたら誰だって悲鳴を上げる。それも、自分が出したとわからないように万全を期した箱ならば。
「だって、死んだ猫なんて食べないもの。贈り物は食べ物って相場が決まってるのに、食べ物じゃないならいらないわ。」
「それはお前の基準だろうが。」
ミェースチは生きた人間なり竜なりを送りつける光の竜の姿を思い描いて、小さな吐き気に見舞われた。
「いいじゃない。あたしやあたしの仲間にとってはそれが普通だったんだから。」
その言葉にミェースチは深い深い溜息を吐く。
「はぁ…。ともかくだ、次は私に断りを入れろ。」
「はいはい。」
ディスールはつまらなさそうに答えると、枕にじゃれついた。
それから急に雨が降り出した。
「うわっ、雨だ!!」
ミェースチは外にいた侍女に声を掛けて、部屋中の窓を閉めさせる。
窓が閉め終わったのを確認すると、侍女達を外に追い払う。
「ねぇ、ミュー。戦争が始まるわね。」
閉め終わった窓に歩み寄ってディスールが呟く。その視線は雨を降らし続ける空に向かって伸びている。
「そうだな。」
ミェースチは長椅子に腰掛けて答える。彼女は雨が嫌いだ。特に、こういう外の音が聞こえないような雨の日は。だから、窓に背を向けて座っている。
「あたしも戦場に行きたい。今じゃないけど、そのうち。」
突然の言葉にミェースチは長椅子から飛び起きてディスールを見る。
今や黒々とした雨の降る窓の前にディスールが立っている。
「何故?」
「だって、待ってるんだもの。」
「誰が?」
ミェースチにはこの光の竜の化身が何を言いたいのかわからなかった。
いや、いつだって憶測によってしか理解できない部分は沢山あったのだが、それにしても今回は特別に意味がわからなかった。
プシニーツァ軍もまだ整わない。国境を護るべき将軍の一人が、国王に反旗を翻したばかりで、軍全体の士気が高まりきっていない。
ディスールはそんなミェースチの不安なぞ知らずに振り返って答える。
「総ての運命が待ってるの。」
雷を背景に、女神が笑った。



最終更新日 2005/06/28
感    想 剣龍さんから頂いた返答をそのまま利用。
        いやあ、さすが武士道。かっけええのお。
        ジェラの親友が再び出てきた回でした。