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闇を奏でる夜が色とりどりの宝石を縫いつけた天鵞絨の外套を着て空を歩く
続いて暁が薄紫の髪で夜の落とした宝石を絡みとるように走り去る
暁が掃除を終えると昼が顔を上げて表情豊かにあちらこちらに挨拶をしていく
やがて昼を急きたてる黄昏の後に夜がまた闇を歌って歩き出す
「すっかり表情が変わったね。」
草むらから小さな顔が飛び出す。その言葉はリズミカルだ。
「変わったね。」
もう一つ、最初の顔と良く似た顔が飛び出す。こちらも実にリズミカルに声を真似る。
「最初は怖い顔で隊長の後をウロウロしてた。」
最初に出てきた緑の服がキョロキョロと周りを見回す。
「ウロウロしてた。」
後に出てきた赤い服がやっぱりキョロキョロと周りを見回す。
「何もかもを知ったかぶりで、ちっとも笑わなかった。」
緑の服は草むらから飛び出して走り出す。
「笑わなかった。」
赤い服も草むらから飛び出して走り出す。
「涙も零しはしなかった。」
緑の服がゾロゾロと歩く一団を見つけてにんまり笑う。
「しなかった。」
赤い服もその一団を見つけるとにんまり笑った。
「だけど、見てみろあいつの顔を。」
緑の服が一団の先頭を指差す。
「あいつの顔を。」
赤い服も一団の先頭を指差す。もう一団はすぐ目の前で、彼等も二人に気付いたようだ。
「隊長の隣であんなに笑って怒っているのがクロなのさ。」
緑の服がクケケと笑いながら口元を両手で隠し、一団の前で止まる。
「そしてこれからご挨拶。やぁやぁ隊長、副隊長、クロ、調子はどうだい?」
赤い服が両手を振って、やっぱり一団の前で止まる。
「おぉ、お前等、最近顔を見せなかったから死んだのかと思ってたぜ。俺の調子はそこそこだな。」
一団の隊長ノーミルこと愛称ナムが忙しない二人に手を上げて笑顔で挨拶する。
「ローシ、スルーヒ、久しぶりだね。と言っても、君達にとってはそうでもないかな?」
副団長のカールタが苦笑いをして挨拶する。
「何故、俺の名前を知っている?」
クロがナムの服の裾を握りながらいぶかしげに二人を見た。
「そうか、しまったぞスルーヒ。僕等はクロを知ってるが、クロは僕等を知らなかった!」
緑の服が赤い服を見る。その顔はわざとらしく驚いている。
「ほんとだ、困ったぞローシ。それでは一つ挨拶しなきゃ、さぁ挨拶挨拶!!」
赤い服が緑の服を見る。こちらはおかしそうにキヒヒと笑いながら口元を隠している。
彼等の自己紹介の前に、彼等の外見について少々形容しておいた方がよろしい事は、偉大な領主も知っていることだ。
緑の服のローシも、赤い服のスルーヒも、顔にはいつもわざとらしい表情がこびりついていて、背丈はナムの腰骨ほどでクロよりも頭一つ小さい。どちらも良く似た形の服をしており、やたら長い緑色の(あるいは真っ赤な)上着の袖がラッパのように広がって、彼等の小さな手を隠している。足首できゅっとつぼまった真っ白なパンツと、広い布の帯。頭には自分達の顔よりも大きな緑色の(あるいは真っ赤な)帽子を被っている。ピエロと形容して差し障り無い服装なのだ。
緑の服のローシと、赤い服のスルーヒがお辞儀をして歌いだす。
「ちょっと他では見かけない 緑の嘘と赤い噂の双子のピエロ♪」
緑のローシが手を叩きリズムを取る。
「いつもどこからか現れて どこへともなく消えていく♪」
赤のスルーヒも手を叩きリズムを取る。
「ワタクシ緑の嘘のローシが歌えば すっかり誰もが真実から遠ざかり♪」
緑のローシがその場で地に足をつけてくるりとまわると、服の裾という裾が長い事波打つ。
「ワタクシ赤の噂のスルーヒが駆ければ たっぷり誰もが頭を抱える♪」
赤いスルーヒがその場で地を蹴って宙返りをすると、服の裾という裾が宙を長々と舞う。
緑のローシが右手を、赤いスルーヒが左手を出してお互いに手を合わせる。
『僕等は緑の噂と赤い噂の双子のピエロ♪ ローシとスルーヒさ♪♪』
歌い終わると丁寧にお辞儀をした。
それを見たクロは一言で片付けた。
「つまり、五月蝿い連中ということだろう?ナム。」
軽口を叩いたクロだったが、そのどこかで得体の知れない彼等に注意の目を見開いていた。
なんというか、一見しただけでは子供のようにも見えるのだが、緑のローシも赤のスルーヒもよくよく見ると立派な大人だった。いや、大人のように見えるが老人のようでもあり、はたまた胎児のようでもある。
表情豊かな者特有の深いしわのせいかもしれないが、いいや、子供と大人の顔はパーツもそのバランスも全く違うのだが、この二人は子供のパーツを大人のバランスで並べているような、あるいはその反対のような奇妙な顔なのである。
クロの内側で、彼等に類する情報が浮かんでこない。
とにかく普通の人間ではないことだけはわかったので、彼はナムにぴたりとくっついて見つめていた。
ナムも、十日の間寝食を共にしてすっかり丸くなったクロが、初めの頃よりも顕著に不安を露にしている事に気付いて、小さな黒い頭を護るように小脇に挟んだ。
「一応、補足説明って奴だが、こいつ等は一応この部隊の隊員だ。っつーても、普段から姿を見せる事は滅多にないし、勝手にどこかへ行っちまったりってぇ言う問題児二人組みかな。」
「問題児とは酷い!隊長酷い!」
「隊長酷い!」
そう言って二人は長い袖で顔を覆って泣きまねをする。緑の服のローシが先に言うのが決まりごとのようだ。
「それで、何か急用があって顔を出したのでしょう?」
副隊長は小さく咳払いしてから二人に尋ねる。
すると二人は顔を上げて、わざと驚いた顔をして答える。
「そうそう、大変なんです副隊長殿。ここからは隊を分けて変装してくださいな。僕等はソレを進言します。」
緑のローシが両手を広げて答える。
「恐ろしい関所があるのさ副隊長。このまま進むとプシニーツァへ入る傭兵は全員足止めを喰らって立ち往生。僕等はソレを知ってます。」
赤のスルーヒが両手を腰に当てて答える。
二人の言葉にどよめきが起こったので、ナムは「黙れっ!」と一喝して緑と赤のピエロを見下ろす。
「他には?」
ナムの顔に笑いは無い。あるのは仕事に忠実な男の顔だけだ。
「誰かが子供を浚ったから虎が吼えて暴れてる。優しい虎が腹を立てて、お山の大将に背中を向けた。」
緑のローシが笑う。哀れみと侮蔑を合わせた汚い笑顔だ。
「ウミウシの鈍間な足が地に着いた。波の下では渦が巻く。田舎ヒトデが背中を押されて立ち上がった。」
赤のスルーヒも笑う。皮肉と残酷を合わせた嫌な笑顔だ。
『海はもうすぐそこだよ!!』
二人が見え隠れする関所の方を指差して笑った。
それから緑のローシと赤のスルーヒは、「クケケ!」「キシシ!」と笑いながら深い森へと消え去った。
「ちっ、頭のイカレた野郎共が。」
二人の気配がすっかり消えるとナムが苦々しそうに呟いた。
彼等がもたらす情報が、部隊にとって有意義なものでなければ、ナムは二人を何千回切らなければいけないことだろう。それほどナムは二人の事を嫌っていた。勿論、二人の前ではお愛想程度に笑いはするが。部隊の他の者達も彼等を嫌っていたのだが、ナムの機嫌が悪くなるのを知っているので彼等の悪口はあまりしなかった。
「でも、潮風が届いて良かったじゃないか。」
副隊長も不機嫌そうな顔だったが、ナム程ではない。
「カーク、適当に役を分けてくれ。今の俺に考えさせたら何もかもぶち壊しそうだから。」
ナムはそう言って歩き出す。クロも付いていこうとしたが、副隊長がその首根っこを掴んだ。
おかげでクロはナムに置いていかれてしまい、副隊長を睨み付ける。
「今だけは行かないほうが良いよ。ここにいた方が、少なくとも怪我はしないから。」
カールタはそう言ってクロを離す。
クロは不機嫌そうに一度頷いて、副隊長の隣に立つ。
「さっきの奴等嫌いだ。」
「安心して。この部隊で彼等の事を好きな奴はいないから。」
副隊長はそう言うと、全員に役割分担を始めた。
まずは、20余名からなるこの部隊を5〜6人で1チームとし、ナム隊、カールタ隊、チャコ隊、トライール隊の四つに分ける。
次に、関所を通る時間間隔を決める。
今日はもうすぐ夕暮れだったので、それを利用する事にした。
夕暮れ時には慌てて関所を通る旅人がいる。それに紛れてトライール隊を通す。この隊はもっぱら若い連中で固まっていたので、他の見知らぬ旅人達と関所を通ったほうが自然だった。何分、血の気が多い奴と女ったらしばかりなので。
残りは明日関所を通る。
最初に通るのはカールタ隊で、わざと朝早くに関所を叩く事にする。カールタ隊は女性や細面が多いので、「急病人なんです!」とでも言って関所を通れば、それだけで印象が強くなり後の隊の印象を薄める事ができる。
次に通るのは関所の正しい開門時間を少し過ぎたぐらいに、チャコ隊がいく。素朴な顔立ちのチャコは愛想が良くいかにも"普通のお兄ちゃん"というオーラが滲んでいるので(それもどうかと思うっす。と本人は言うが)、カールタ隊の後では余計に印象が弱められるはずだ。
最後に通るのはナム隊で、この隊がある意味では一番旅人っぽいかもしれない。というか、旅の一家という感じだ。ナムが父親で、ナムの父親と言えそうな老人と、ナムの妹(ナムと同じ髪と瞳の色の女性)と、ナムの息子が二人。一人は、ナムの妹役(?)の女性の弟で、もう一人はクロだ。
そうやって時間もバラバラに関所を通るので、合流はその夕方、近くの村の出入り口でという事になった。
最後に、各隊武装を解き、それぞれ商人になったり詩人になったりと念入りに化ける。もはや4つの隊は傭兵とは別の色で染まっていた。すっかり支度を済ませると、トライール隊が出発する。
トライールが出発した後、チャコ隊も出発した。同じ場所で夜を過ごしているのを誰かに見られたら、仲間だとばれる可能性があったからだ。
本当はここでカールタ隊も別行動に入るはずだったが、ナムがまだ森から出てこなかったし、もう一つ問題が残っていたので、カールタが離れるわけにはいかなかった。
問題というのは、クロの事である。
「プティ、クロに服を貸してやってくれないか?」
カールタがプティと呼ばれた15,6の少年に声をかける。
プティはナムの息子役(?)の一人で、クロとは外見上5つ以上の差が開いているようには見えないほど童顔だ。
「いらない。」
プティが答える前にクロが答えたものだから、プティは気を悪くする。
カールタは慌ててクロをいさめる。こんな所で兄弟喧嘩…もとい、隊員同士で喧嘩をされては困る。
「そんな事を言っても、化けないと駄目だ。特にクロは珍しい黒い髪と瞳だし目立つんだから。せめて騎士のような格好だけはやめてくれ。」
そう言われたクロはプティを指差しながら問う。
「そいつと似た服なら良いのか?」
「あぁ。勿論。」
カールタはプティが怒らないかどうかを気にしながら答える。
するとクロは小首を傾げてから、小さく溜息を吐く。
「夜になったら着替える。それまで待ってくれないか?」
「本当に夜になったら着替えてくれるんだね?」
カールタが念を押すと、クロは大きく頷く。
カールタはそこでふと思い出した。
クロが仲間に入って今日で十日。初夏と言っても夜は寒いし、昼間は反対に汗ばむ陽気だ。時には雨だって降る。
だが、クロは一度も水浴びをしなかった。水浴びどころか、服を着替えている姿を見たものがいない。ナムだけが知っているのかもしれないが、それにしたっておかしい。
カールタは頭を悩ませて、考えるのをやめた。
クロが人ならぬ何かであることは間違いなかったのだから、下手に詮索しても答えが見つかるはずも無いからである。
「わかった。」
カールタは頷き、この隊でただ一人の老人の前に立つ。
「ペールさんナムが来るまでカデットとプティとクロの事よろしくお願いします。」
ゆっくりとした口調で言うと、ペールと呼ばれた老人は大きく頷いて"まかせなさい"と答えた。
それを確認したカールタは自分の部隊に号令をかけて歩き出す。
プティとプティの姉カデットとペールがカールタ隊に手を振った。
カールタ隊が見えなくなると、4人はすっかり無口になってしまった。
何せクロは相変わらずナム以外には愛想がなかったし、守り立て役のナムが未だに森から出てこない。ともすれば話題の乏しい4人が無口になるのも仕方なかった。
「テントを立てるのではないか?」
クロが問うと、カデットはハッとしたように顔を上げる。
「そうだった。テントを立てなきゃ眠れない!!」
カデットは短く切った髪を掻き揚げて、テントの詰まった大き目のバックを開く。5〜6人で詰まって寝るための大き目のテントだ。
カデットは女性にしては筋肉質で、一見するだけでは男と見紛う程の剛毅な女性だが、テント設営にはもう一人ぐらい力のある者が欲しかった。しかし、事情があってペールとは意思疎通に苦労するし、弟のプティは弱い。頼りの綱のナムもいない。となると、残るはクロただ一人だ。
カデットが小さな少年を見て悩んでいると、クロの方が答える。
「さっさと立てるぞ。そうしないと、俺とナムのテントを立てられない。」
その言葉にカデットは先が思いやられるといわんばかりの顔をしながら答える。
「じゃあ手伝って頂戴。」
その言葉にクロは頷き、テントの骨組みを広げる。
それからテント張りは簡単に終わった。というのも、面倒な力の要る作業をクロがいともあっさり終わらせた為だ。硬い地面に杭を打つとか、少し錆びたネジを回すとか、骨組みの組み立てとかだ。
「さ、あんたと隊長のテントも立てなきゃね。」
「一人で十分だ。」
「二人の方がなお早いわ。」
その言葉にクロは不満そうにそっぽを向いたが、カデットが手伝うのを止めたりはしなかった。いや、むしろ止めても勝手に手伝ってきたので、クロの方が折れたのだ。
「いやぁ、こんな短時間でテントを二つも立てられるなんて、クロは本当に力持ちね。」
クロに手伝ってもらったおかげでカデットは普段よりも楽をできたので、彼の事を見直した。
だが、クロといえば相変わらずの不貞腐れ顔で金槌などを道具箱にしまっている。
カデットは片付けの終わったクロの前に立って笑う。
「ありがとうクロ!それにしても、あんた手は大丈夫?」
女性陣のテント設営でネジを回したり地面に杭を打つのは彼女の仕事だったので、いつも手が痛かったし、運が悪いとネジを回している間に皮をむくこともあったのだ。
だから、彼女はクロの手を強引に引っ張って見る。
「け、怪我してるじゃない!」
彼女は驚いた。何せ、平然とした顔で頷くしかしない少年の指の何本かが、あらぬ方向へと曲がっていたのである。
「さっき間違って打った。」
クロは、痛みを感じていないらしく苦痛に顔を歪めてはいなかったのだが、突然引っ張られた事が気に食わなかったらしい。手を振り解こうとするが、カデットは許さない。
「プティ、ちょっと添え木になりそうな木を取ってきて!クロ、あんたはちょっと座りなさい!」
プティは言われた通り、添え木になりそうな枝を捜して木の下辺りを探す。
クロは仕方なく座り、カデットは荷物から救急箱を取り出した。
「全く、痛みが無くてもこれじゃ酷いわ。軟膏を塗って添え木をして包帯で巻きつけなきゃ。」
「軟膏はいらない。包帯も。」
「駄目!」
カデットはクロの言葉を一蹴し、戻ってきたプティから受け取った枝を適当な長さに削り、上手い具合に治療した。
「はい、完成。」
カデットが手を離したので、クロは勢いよく手を引いて、丁寧に包帯を巻かれた己の指を見て困ったような顔をする。
それから、相変わらずの不貞腐れ顔で小さく言葉を発する。
「ありがとう。」
その姿にカデットとプティが固まる。それからお互いを見つめ、手を握り合う。
「姉ちゃん、今すごいもんを聞いたよ!!ボクさぁ、今、素朴に感動してるよ!!」
「プティ、あたしもよ!!クロがちゃんとお礼を言ったわ!!」
その反応にクロは顔を赤くする。こんな些細な事を取り立たされる事への怒りと、純粋に喜ばれた事への恥ずかしさのどちらが先かは本人にもわからないが。
「クロ、あんたもやっと人間らしくなってきたのね。」
プティがやたら頷きながらクロの背中をバシンと叩いた。
「ところで姉ちゃん、夕飯どうする?隊長来ないんだけど。」
「そうね、とりあえず作ろっか。きっと良い匂いがすれば隊長も出てくるだろうし。」
プティの横槍に頷くカデット。
「調理はあたしがやるから、プティは水汲み、クロは薪拾ってきて。」
カデットの言葉にすぐさま水汲みに行くプティ。だが、クロは納得しないという顔で小首を傾げる。そして、少し離れた所で地面から顔を覗かせる石の上に座っている老人を見た。
「彼は良いのか?」
クロがペールを指差すとカデットは苦笑いをする。
「え、あ、うん。ちょっと意思疎通が困難だから…えっと。」
カデットは髪を掻きながらどうしたものかという顔をする。その様子を見ていた老人は、見た目よりも若々しい動きで近づいてきて"私の事は気にしなくて良い"と言った。
クロはそんな老人の言葉に反論する。
「良くは無い。意思疎通が難しいからと言って仕事を回さないのは酷い事だ。能力のあるものがそれ相応の仕事に付かないというのは許せない。」
すると、老人は"もう一度、こちらをむいてゆっくりと喋れ"と言った。
その言葉にクロは首を傾げ、そして瞬時に悟った。ペールの耳が聞こえていない事に。
クロはペールに向き直ると、今度は手話で話した。
すると、ペールもカデットも驚いた表情をしてクロを凝視したが、クロは気にせずに言葉を表し続けた。
クロの手話が終わるとペールは嬉しそうに手話で返す。カデットは疎外感を覚えてクロに聞いた。
「なんて言ってるの?」
その言葉にクロは振り向かずにゆっくりと答える。
「さっきの言葉を話したら、彼が"確かにその通りだ。それにしても自分達の言葉を使えるとは思わなかった"と言った。」
ペールがクロの唇の動きを読み取って頷き、また何か話す。
「次は何だって?」
「"クロはやさしい。口の動きも読みやすいし、こちらを向いて喋ってくれるから何を言われているのかわかる。おかげで安心できる。"」
「安心?」
カデットが首をひねるとペールはまた何かを話す。
「"時々、手話通訳をする者もいるが、別の誰かに対して喋られる音がどんなものかわからない。もしかしたら悪口を言われているかもしれなくて怖い時もある。"」
その言葉にカデットはショックを受けた。
確かに、音の聞こえないペールにとって、誰かの悪口が聞こえない事は良い事のようにも見えるが、実際は他人が何を言っているのかわからない不安感でいっぱいになるのだ。例え意味がわからなくても、音としてのトーンによって微妙な気持ちや考えは伝わってくるが、ペールにはそれがない。
集団の中にいても、彼はとても孤独であり、時として恐怖ですらあるのだ。
「ねぇ、クロ伝えて頂戴。今まで何も理解していなかったから、夕食が終わってからでも是非色々な話が聞きたいって。」
クロは頷く。
「カデットが、是非理解をしたいから夕飯の後話しをしたいと言っている。」
ペールが答えて、クロが言う。
「"私でよければお話します。私達の世界の事を。"」
それからクロはペールと共に薪を拾い集めに行った。
夕食を終えてもナムは帰ってこなかったので、ナムの分を残して片付けを終えると、四人は小さな炎を取り囲んで話始めた。
「ペールさんは、その、耳がいつから聞こえないの?」
プティが問う。それをクロが伝え、ペールが答えた事をクロが答える。
「"生まれた時から。だから、音というのがどんなものかわからない。"」
「音が無い世界ってどんな感じ?」
プティが質問する。
「"音がわからないから、どう違うかは答えようもない。"」
「じゃぁ、隊長とかが歌を歌ってる時になんで一緒に手を叩いてるの?」
プティがまたも問う。
「"音はわからなくても振動はわかる。肌で感じるから。そのリズムが楽しいし、後でカールタ殿に意味を聞いたり、唇を読んで意味を知るのも楽しい。"」
「へぇ、音楽って音を楽しむって言うけど、別の楽しみ方もあったんだね!」
プティが驚く。
「"そうだ。君達の世界と私たちの世界は違うだろうが、人はそれぞれの感じる世界をそれぞれの考え方で楽しめる。"」
「つまり、あたし達は音を知っているけど手話を知らないし、ペールさんは音を知らない、クロは痛みを感じない、だけど皆、確かに世界を感じてるって事…かな?えっと、捉え方の問題ってやつ…?うーん…。」
「カデットは迷っている。カデットやプティが手話を知らず、ペールが音を知らず、俺が痛みを感じない事と同じなのかと。それが、個々の捉え方の違い程度のものでしかないのかと。」
クロがカデットの言葉を意訳をして伝えると、ペールは大きく頷く。
「"そうだ。本当はたったそれだけの事なんだ。問題はその違いがあまりにも顕著で相手に伝わりにくいという事だ。"」
それからクロを解して様々な会話がされた。
カデットとプティがどうして二人きりで旅をしていたのかペールが問うと、二人は寂しそうに答えた。「親に売られて逃げてきた。」
なんでも、彼等の生まれた土地はそれほど豊かではなかった上に、プティが8つの年には酷い飢饉に襲われて、どの家でも子供を売ったらしい。カデットとプティも他の村の子供達と共に買われたのだが、途中で馬車が事故にあい上手い事逃げ出して、ストリートチルドレンとして明日の知れない日々を過ごしたが、街で名前を知られるようになり終われる身となってしまったので、旅をする事になった矢先にナムに会ったらしい。
ペールは涙しながら二人を優しく抱きしめた。
カデットとプティが、何故?と問うと、彼には昔妻がいて、その女性との間にカデットとプティのような姉弟がいたのだが、流行り病で三人とも亡くなってしまい、今ではすっかり流浪の身に落ちたのだと語った。
だから三人は、孤独を分かつ良き相手に巡り会い、抱き合ってただ泣いた。
だが、クロはちっとも嬉しくなかった。むしろ、除け者状態になった彼は小さな孤独を感じて俯いた。
誰も、無表情の彼が孤独を感じている事に気付かなかった。
「クロ、どうしたんだ?珍しく皆と一緒に座るなんて。」
その声にクロは顔を上げ、すぐさま立ち上がって走り出すと、彼に抱きついた。
「ぐはっ!」
鳩尾にもろに入ったらしくナムは咳き込んだが、抱きついて離れないクロを抱きしめ返した。
「寂しかったのか?」
「煩い。」
クロは頬を膨らませて睨み返す。だが、そこに安堵の色が浮かんでいる事をナムは見逃さなかった。
「ただいま。」
ナムがクロの頭を撫でると、クロは暫く考えてからナムを見上げて答えた。
「おかえり。」
ナムは冷めた料理に文句を言ったが、逆に「だったら早く帰ってきなさいよ!」とカデットに怒られてしまい、「はい、すみません。」とすごすごと引き下がった。
クロはその様子をペールに伝え、ペールが笑うとナムも笑ってクロの頭を撫でる。「お前、手話もできるんだな。すごいぞ!」と満面の笑みを浮かべながら。
それからぺティは歌を歌った。お世辞にも上手いとは言えなかったが、いつのまにかカデットもナムも一緒になって歌い始め、ペールも楽しそうに手拍子をした。クロは手拍子もしなかったので、ナムに「んじゃクロのオンステージ!!なんか歌えや。」と勝手な事を言われ、乗りに乗った他の三人からも囃し立てられ、仕方なく歌を歌う。例の哀愁漂う歌だ。
ペールは手話を使って歌うクロの手話を真似て、一緒に歌った。人生で初めて歌を歌うという事に挑戦した彼は、気恥ずかしそうながらも楽しそうだった。
クロが歌い終わると、ナムが落ち着いた顔で全員を見て言った。
「俺達は色んな所からやってきて、お互いに足りないことばかりだ。だが、今は同じ部隊にいて、同じ飯食って、同じ歌を楽しめる。俺はこんな家族みたいな一時も嫌いじゃない。」
その言葉にプティは涙目で頷き、カデットは大泣きしてペールに抱きつき、ペールも目頭に浮かんだ涙を服の袖で拭う。クロは「家族…」と不思議そうな顔をしていた。
「まぁ、家族って事は、勿論俺が親父な。あ、ペール、絶対に親父の座は譲らねーから。お前は俺の親父な。
なんせ、俺は色男だし、腕っ節も強いから絶対に親父。
んで、カデットが俺の娘で、プティが俺の長男で、クロが俺の次男な。」
と、勝手に配役を決めたものだから、皆は涙と一緒に笑った。プティが「自分で色男とか言っちゃ駄目だよ隊長。」と茶々を入れたので、ナムは「うるせぇよ!」と笑いながらプティの額にでこピンしたので、プティは本気で(しかし地味に)痛がった。
それから夜も更けた事を知ってカデットとプティとペールはテントの中へと引き上げた。
まだ傭兵スタイルだったナムとクロはテントから離れて着替える事にした。テントの中では少々狭かったのだ。
「それにしてもクロ、プティから服を借りなくて良いのか?」
ナムの心配にクロは首を振る。
「なんとなくわかるんだ。俺は自分の姿を変えられる。今はまだ夜でなければ無理だが。この服も剣も俺自身の形の一つだ。」
ナムはその言葉に眼を細める。
「お前、記憶が戻ったのか?」
「………いいや。ただ、直感みたいなものだ。」
そう言って、クロが深く眼を閉ざすと、その姿が闇色に染まり、ゆっくりと形を変える。
ナムは息を呑んだ。
クロが人間ではないとよく理解していたが、触れた感触も、声のトーンも、何もかもが人間の子供に良く似ていたからだ。だが、今目の前にあるのは闇そのものである。人智を超える何かなのだ。
やがて闇は姿を整え、色を取り戻す。
そこには、クロサイズになったプティの服(色も形も模様さえも同じ)を着たクロが、鞘に収まった剣を持って立っていた。
「この剣だけはしまえないみたいだ。」
そう言って、クロが困ったような顔をする。
「まぁ、それくらいなら布で巻けば良いさ。俺の剣は護身用って事で持つがな。」
「ずるい!」
「仕方ないだろ、その剣は立派すぎて服に合わんし。」
言われたクロは剣を見る。確かに、漆黒の剣と鞘は全体に装飾がされており、観賞用としても十分に耐えうるものだった。
「君は着替えないのか?」
クロが諦めたような顔で話題を逸らす。
「あぁ、今着替えるよ。あ、こっち見んなよ。クロのすーけーべー♪」
言った方はノリの問題だから良いのだろうが、クロの方はすっかり幻滅したような顔をして、背中を向けて座り込んだ。
「なぁ、クロ。俺の事父さんって呼んで良いぜ?」
着替えながらナムが言う。
「父さん…?」
クロが首を傾げて問い返す。
「そ。親子って通した方がいい感じだろ?関所でも家族って言っても信じてもらえそうなほど良い感じだし。」
ナムは関所を通る時の事を考える。
運よくペールは白髪だし、プティとカデットはナムと髪も眼の色も同じだから大丈夫だろう。何だったら歳の離れた兄妹にしても良い。それからクロは、(実在もしていないが)家出した妻の残した忘れ形見とでもすれば良いだろう。年齢的にもギリギリ誤魔化せる。
そんな事を考えるナムはやっぱり隊長なのだ。
「…父さん?」
「どうだ?クロ。俺が父親ってのは?」
小さな沈黙の後、クロが答える。
「俺を作ったのは母でも父でもない。そんな固体を要さなかったと思う。俺はもっと大きな流れから生まれたんだ。」
「はぁ?」
ナムは本気でクロの方を振り返る。クロは体育座りで空を見ていた。
「でも、人間に化けている間は居てもいいかもしれない。答えに窮するよりかマシだし。」
「結局、OKって事だろ?」
ナムは苦笑しながら問い返す。着替えもすっかり終わった。
「…うん。」
クロが小さく頷く姿が、なんとも微笑ましかったのでナムは後ろから抱きしめて頭を撫でた。
「はは、素直になったな!!ほら、ナム父さんって言ってみろ。」
振り返ったクロは、実に不思議そうな顔をする。ナムは何が不思議なのかと思って、着替え終わった自分の姿に驚いているのだと思い当たる。
すくっと立ち上がり、クロにその姿を見せる。
「どうだー、父さんの服装は。カッコイイだろ?」
旅人らしい着古し服だったが、元が良いだけに月明かりの下でも十分見るに耐える姿だった。
クロは暫くぽかんとした顔をしていたが、やがて恥ずかしそうに頬を染めてそっぽを向く。
「悪趣味だぞ、…ナム…父さん。」
そのなんともわかりにくい表情から「(服も父の件も)まんざらでもない。」という本心を汲み取ったナムは、嬉しそうにクロの頭を撫でて、その手を引いてテントに戻った。
最終更新日 2005/06/27
感 想 双子が結構好きでした。 悪役なんだけど、妙にテンションが高い。 そういう道化師って好きです。
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