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海が歌い空が奏でる虹の音色を越える故郷を忘れた悲しい鳥
やがて海の終わりに陸へと上がり歌うだろう
忘れられぬ故郷のぬくもりに身を寄せ沈みゆく己の心を知らずに
そして打ち鳴らすのだ別れの鐘を弔いの丘で
水の竜の棲家を後にした2匹と2人は、ただただ世界の終わりに落窪む海沿いを飛んでいる。
というのも、地の竜には世界を廻って来るように言われたためだし、水の長老竜がこっそり伝えてくれた「風の竜が会いたがっていた」という言葉に従う事もできなかったからだ。
風の竜の住処は謎に秘められた場所で、地上よりも地上に近く、空よりも高い場所にあって、誰にも近づけず総ての者の傍らにあるというのだ。まるで答えの無い謎解きのような場所である。
「風の竜に会うって言っても、どうやって会う気なんですか?」
ヴィスが心配そうに問うと、ジェラーニヤは静かに答える。
「向こうに会う気があればすぐにでも会えるさ。」
その言葉には諦めの色が大きい。つまり、ジェラーニヤも自分からは会えないし、行けないということだ。
「ねぇ、風の竜に会うのってそんなに大変なの?」
リベルテが問うとヴィスが大きく頷く。
「風の竜の棲家は、いつも動いていて、竜でも見つけるのは無理なんだ。見つけたとしても、逃げてしまう事もあるし。本当に気まぐれなんだよ。」
「まるで風みたいね。」
「そう、まさに風なんだよ風の竜は。」
その言葉に突風が吹く。
リベルテは小さな悲鳴を上げてヴィスにしがみつき、凰火も飛ばされないように体に力を入れる。
というのも、突風はヴィスを揺らし、快適な旅を約束するヴィスの背中の上で暴れまわった為だ。
「風の竜よ、おふざけも大概にしていただきたい。」
ジェラーニヤの言葉に突風は竜巻へと姿を変え、ジェラーニヤ含めヴィスとその背に乗る二人を掴んで雲の中へと消えていった。
「手荒いお招き痛み入ります。」
ジェラーニヤは乱れた鬣を整えるように首を左右に振りながら、風に言った。
「ここどぉこ?」
目を回しながらリベルテが問う。
「さぁ?でもきらきらぁーしてるよぉ。」
ヴィスもすっかり目を回して、首をぐるんぐるんと振り回している。
「その竜巻が…っ…風の竜か?」
頭を抑えながら問う凰火。視線は安定しないが、ヴィスやリベルテよりもロレツはしっかりしている。
「そうさ。私が風の竜の長老竜だ。君達の旅は一部始終見てきたが、実に楽しかったよ。」
くすくすと笑う竜巻。
「その姿ではリベルテやヴィスがまた目を回してしまう。どうか、何かしら落ち着いた姿に化けてはくれませんか?」
ジェラーニヤの言葉に、竜巻は大笑いして突風を起こす。
「はは、そうかそうか。たまには他人をいたわるのだね、ジェラーニヤ。よし、気が向いたから人間に化けてあげよう。闇の竜も炎の竜も人間に化けなさい。その方が首が痛くないだろうから。」
竜巻は凰火の方にくすくす笑いを飛ばす。
凰火にはその笑いの意味がすぐには理解できなかったが、ふと思い出して嫌そうな顔をした。
ジェラーニヤと会った当初、あまりの身長差に首が痛くなると言った事を思い出したのだ。そして、それを知っているという事は、この竜が最初から旅を見てきたということになる。だから凰火は嫌そうな顔をしたのだ。
人が苦労をしているのに高みの見物をしている奴がいた事が腹立たしかった。
「わひゃりましたぁ。」
ヴィスが答えつつリベルテと凰火を背中から下ろして人間に化けるが、ヨロヨロとして安定しない。人間に化けたジェラーニヤがヴィスを支え(支えというより肩を力任せに掴み)、リベルテを凰火が優しく支える。
「では、私も失礼するよ。」
竜巻はそう言うと、轟っと風を強め瞬時に内側へと向かって縮小し、一人の男に変わった。闇の竜と炎の竜が騎士のような姿なのに対し、彼は優美な容を幾重にも繻子を重ねた豪奢な衣服を着こなしている。だが、この美丈夫の姿に異を唱える声が上がった。
「何でサリュ兄さんがここにいるの!?」
リベルテは驚いて、目が廻っている事さえ忘れて傍に寄った。
そこに立つ男は、リベルテの一番上の兄とそっくりの顔をしていた。
「サリュ兄さんって誰っすか?」
ヴィスが凰火に聞く。何せ、ジェラーニヤは水の竜に会った時よりも何倍も嫌そうな顔をしていたからだ。
「リベルテの一番上の兄だ。」
凰火も驚きながら答える。
ほんの少し言葉を交わしただけだが、サリュはどう見ても人間だった。しかし、今目の前にいるのは、そのサリュにそっくりな男である。これが人間だったなら、そっくりさんとして話しは終わるのだが、相手は竜だった。しかも直前までは竜巻であり突風だったのだ。
「おや、まだ気付いていなかったのかい?アレは私の弟だ。人間に化けているが正真正銘風の竜だよ。」
サリュよりもイヤミっぽい笑いの風の竜が言うと、リベルテが目が飛び出すのではないかというほど大きく開けて叫んだ。
「うそぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!?」
気持ちはわからなくも無い。
今まで人間の兄だと思っていた男が、実は風の竜で、しかも風の長老竜の弟といわれれば、全うな心の持ち主ならば驚くだろう。
「嘘ではないよ。弟からリベルテの事はよく聞いてきたんだ。例えば、ベッドで寝る時は絶対にお気に入りの人形を抱きしめるとかね。」
「うわーん、言っちゃ駄目、駄目、駄目。」
風の竜の言葉に顔を真っ赤にして、彼を叩くリベルテ。
そりゃ、16歳にもなって人形抱っこして寝てますなんてバラされたら、いくら根の可愛い女の子でも怒るだろう。とてつもない嫌がらせだ。
だが、そんなぶっちゃけ話を聞いたほうも十分な被害を被る。とりあえず、反応に困るのだ。
「16で…人形…。」
遠い目をしてジェラーニヤは呟き、最後に鼻で笑う。
「…人それぞれだからな。」
凰火は眉間を摩りながらフォローするが、それはフォローではない。
そんな二人をキッと睨み付けるリベルテ。だが、彼女の機嫌は一気に直る事になる。
天然バカの満面の笑みから発せられた一言によって。
「そんなリベルテも可愛いよ。」
(お前が可愛いよ。違う意味で。)その場にいたヴィス以外の全員がそう思わずにはいられなかった。
「ところで、百歩譲って貴方がサリュ兄さんの兄だって認めるわ。だけど、どうしてサリュ兄さんは人間に化けてるの?」
その言葉に長老竜が苦笑いをする。
「風の竜はね、リベルテ。本当に気まぐれなんだ。だから、他の竜のように決まりごとで自分と仲間を縛ったりはしない。地上が好きならば、地上を吹けば良いし、太陽が好きならば太陽と追いかけっこをしても良い。」
肩膝をつき、リベルテと目の高さを合わせて答える。
「自由なのね…。なのにどうしてサリュ兄さんは風から人になってしまったの?どうして自由を捨てたの!?」
リベルテはドワーフの血を持つ人間の子供だ。
彼女の口から語られる事はないが、古い時代に滅んだドワーフの血を受け継ぐ者は、人間によって地下に幽閉され、金銀財宝を掘り出すように強要される。彼女の母は運よくリベルテの父たるネゴシアシオン氏の後妻に収まったので、そのような労働はしなくなったが、ネゴシアシオンの屋敷の底では、今でもドワーフの血を継ぐ者達が苦痛と孤独に絶えながら金銀を掘っている。
だからこそ、彼女は"自由"を求める。仲間の変わりに。
仲間がつけてくれた"自由"という意味の"リベルテ"の名にかけて。
「そうだね、リベルテからしてみれば許せないだろうね。でも、人間になることも自由なんだよ。自由の形は色々あるんだ。」
涙を浮かべ、暗い地下を掘り続けているだろう仲間を思って泣くリベルテに微笑む長老竜。
「わかって欲しい。そして理解しておくれ。自由も幸福も総ての事柄は、感じる己自身の尺度でしかないことを。空を行く鳥が、必ずしも幸福を歌ってばかりではない事を。」
その言葉はリベルテだけに向けられたものではなかった。
風の長老竜は総ての事柄の問いと答えを聞いてきたが、そのどれもが正しくて、他人から見たら嘘でしか無い事に気づいていた。
「私は長い時を駆けて、世界中を飛び回った。そこで耳にした囁かれる答えも、叫ばれる答えも、どれも等しく発した者にとっての真実であり幸福であり苦しみであり答えだった。だけど、そのどれもが他人にとっては嘘になり憎しみになり語弊を招くものでしかなかった。」
リベルテは顔を上げる。風の竜はリベルテを見つめ、ヴィスを見つめ、凰火を見つめ、ジェラーニヤを見つめ、そして己の内側を見つめて話しを続ける。
「コミュニティからの解放が自由だという者もあるだろう、愛こそが生命の尊き部分だと思う者もあるだろう、義侠心を貫く事が己を高めると信じる者もあるだろう、使命を持って旅に出る事が生きる事かもしれないし、一族を案じる事が大切な者もいるだろう。誰もが己の尺度で世界を見ている。なのに、誰かを責められるのだろうか?相手を理解もせずに。」
長い沈黙が生まれた。
リベルテにとって、家を出る事が自由を手に入れる方法だった。だから、家や人間に繋がれるサリュの気持ちなんて理解できなかった。
ヴィスにとって、リベルテへの愛も地上総てへの愛も大切な生きる要素だった。だから、故郷に残った両親や古い仲間の気持ちを考えた事もなかった。
凰火にとって、誰かのため正義のために剣を振るう事は、己を高めより強い者になるために必要な事だった。だが、その為に妻と娘を残し、多くの仲間と別れてきた。
ジェラーニヤにとって、使命は自分を導く光であり自分の命をはっきりとさせる悪意であったから、それに従ってきた。だが、使命という巨大な世界しか見ておらず、救うべき世界の個々を見落としていた。
風の長老竜には護るべき眷族がいたし地上の風に当たり続ける事は、もはや不可能に近かったから、地上で暮らす事を望む眷族の言葉と衝突していた。
誰もが、自分の思いの届かないところにいる人々を知っていた。
「しかし、俺は置いてきたものを忘れたりはしない。その心のうちを決して見なかったわけではない。」
凰火が声を上げた。
「私は例を言ったまでだ。決して誰かの誹謗中傷を言ったわけではないよ。」
長老竜は凰火を見つめて静かに笑った。瞳だけは笑みを浮かべずに。
「罪深き身とでも言うのかな。はは。まぁ、そんなわけで、弟は地上で暮らす事が自由であり幸福であり生であり愛なのだよ。リベルテ。」
そう言って風の長老竜は空気に腰掛けた。
「ところでジェラーニヤ。私の望みはわかるだろう?光の竜の殺し方の代わりに教えておくれ。」
「地上を離れる方法か。それはもう聞いたと思っていたが。」
「残念。私は長老竜の住処にだけは入れないんだよ。」
風の長老竜はひらひらと手を振って笑う。
「地上を離れる方法は教えるが、それは後だ。先に光の竜の殺し方を教えてくれ。」
「駄目だ。今すぐ聞かなければいけない。」
風の長老竜は一歩も引かない。
「だが…人間と若い竜が…。」
ジェラーニヤが三人を見る。
「安心しなさい。私は風の長老竜だよ。ジェラーニヤが大声で騒いでも、彼らには聞こえないようにできる。」
その言葉に諦めきったジェラーニヤが口を開く。
確かに、声は聞こえない。
三人は口パク会話を続ける闇の竜と風の竜を見ながら、小さな疎外感を感じた。
丁度、友人が外国語をペラペラと喋って、外国人と楽しげに会話している時の気分だった。
小一時間もしないうちに、会話は終わった。
「さぁ、光の竜の殺し方を教えろ。」
「ジェラーニヤは本当にせっかちだね。そう思わないか?コウクァ。」
突然、耳慣れない言葉で会話を振られた凰火が眉をひそめる。
「俺の名前は凰火だ。」
その言葉に風の竜はにこりと笑って答える。
「すまない。オゥクァ。」
さっきより幾分かマシなのか、どっこいどっこいなのか、ともかく酷い発音であることは確かだ。
凰火はいよいよ眉根を寄せて睨み付ける。
「わざと名前を間違えているのかっ。」
「いいや。これでも私は発音は良い方なんだ。少なくとも、ここにいる他の三人よりも。」
その言葉に凰火は周りを見回す。リベルテは冷や汗をかきながら必死に視線を逸らしているし、ヴィスはごめんなさいの仕草を何度もしているし、ジェラーニヤに至っては物凄い勢いで睨み返してくる。
「オゥクァという発音はこの世界の者にとって難しいのだよ。」
その言葉に凰火はふと今までの会話を思い出す。
「そう言えば、お前達。俺の名前を呼んだ事は一度も無かったな。たまには名前で呼んでくれないか?リベルテ、ヴィス、ジェラーニヤ。」
凰火の顔に笑いはなかったが、確実に楽しんでいる。
「えっと、うっとぉ…オォウルカァ…?…」
顔を真っ赤にするリベルテ。その場にしゃがみ込み、「恥ずかしい!」と何度も連呼している。
その姿を哀れに見ているヴィスに凰火は顔を向ける。
「ヴィス。」
自分の番が回ってきた事に大きなため息を吐きつつ答えるヴィス。
「コォークルァ。あはは、僕って人間よりも発音わるいってよく言われるからごめん!!マジでごめんなさい!!」
凰火の視線が怖かったらしく、半泣きしながら許しを請う。
そして最後に凰火の視線が行った先には、不機嫌大爆発のジェラーニヤが立っている。
「ジェラーニヤ。勿論お前も言うよな。」
爽やかに笑う凰火。だが、目は笑っていない。許す気はないという色だ。
ジェラーニヤは何かを呟いた後、小さく答える。
「…オーゥクァ。」
この時、この世界にやってきて始めてくだらない事で勝った凰火といえば、実に不服そうな顔だった。
「さぁ、もういいだろ!?さっさと光の竜の殺し方を教えろ!!」
「わかったわかった。そんな怖い顔をしないでくれ。」
あの後、暫くの間凰火に小馬鹿にされたジェラーニヤの機嫌は、勿論よろしくない。
「光の竜は普通の生き物のように、心臓が止まれば死ぬんだ。」
あっさりといった言葉に、全員が落胆した。
「そんな、当たり前の事を聞くために、俺は天から落ちて、人間を背中に乗せて、水の竜に水をぶっかけられて、炎の竜にはとことん文句を言われ、水の竜にも散々な目に合わされ、説教をされ、人間にまで発音の事で笑われてきたのか?」
早口言葉で言ったジェラーニヤの言葉に、同情をするものはヴィスしかいなかったが、リベルテも凰火も納得した。
何故、水の竜や炎の竜に地上から離れる方法を教えるだけでやたら長い間喋っていたのかを。
「一生なんて道化師の歌う喜劇よりもくだらないものだよ。今更悔やんだって世界は止まっちゃくれない。」
カラカラ笑う風の長老竜。
「だが、それならば簡単に殺せる。」
なんとか立ち直ったジェラーニヤの呟きを跳ね除ける長老竜。
「光の竜は心を読めるから、殺そうとしている奴が近づいたら、その命の光を食べて逆に殺してしまうよ。まず側に寄る事もできないのさ。あははは。」
「笑っていう事じゃないぞ。」
またも落胆するジェラーニヤ。
「いや、もう一つ方法はある。」
「先に言え。」
ジェラーニヤの態度は悪い。
「それは、闇の竜が名前を捧げる事。そうすれば彼女はまた岩牢に戻るだろうさ。」
その言葉に、ジェラーニヤは嵐よりも激しく怒鳴った。
「誰が真実の名前を危険な竜に教えるものか!!」
だが、風の竜は立ち上がりジェラーニヤを見つめて笑った。
「それが、光の竜を封じる方法だ。そうやって一匹の闇の竜が岩牢で風化した。彼女に名前を捧げ、彼女の空腹を癒すために命を差し出したから。」
「愚かなっ!!」
ジェラーニヤが頭を振る。ありえない事だったから。
彼も友に軽口程度に恋をしろと言った事もあるが、闇の竜は恋愛をしない。そもそも、誰か一人に特別な感情を抱くという回路がないのだ。
ただ忠実に世界の摂理や理を図るために。
「ジェラーニヤにとっては愚かだろうが、彼にとっては至福だったようだよ。愛しい光の竜に食べられて。」
「愛しいだと…?…では、その愚かな闇は光の竜を愛していたと!?」
ジェラーニヤが風の竜に詰め寄るが、風の竜は情け容赦なく答える。
「勿論。」
「なんて愚かなんだ!!」
「でも、今の君や、他の闇の竜よりも十分賢い。」
「何を言うっ!!」
ジェラーニヤに胸倉を掴まれた風の竜は、その手を払いのけて怒鳴った。
「だってそうじゃないか。光の竜を嫌っているのは、光の竜が闇の竜を殺す唯一の力だからだろう。闇の竜は己の命を護る為に光の竜を陥れたんだ!!」
突然、闇が湧いた。
ジェラーニヤの暗い影から闇が落ちてきた。
鮮明な恐怖と共に。
「いやだぁっ!!いやだいやだいやだいやだいやだ!!」
叫びながらリベルテと凰火を引っつかみ竜へと変じて逃げるヴィス。
竜の長老も顔を真っ青にして何かを叫んだ。
突然、ジェラーニヤの足元に穴が開き、彼はどことも知れない険しい崖の下へと落ちていく。
凰火は形容しがたい恐怖に体中の毛が逆立つのを感じながら、堕ちていくジェラーニヤを見て絶句した。
今やジェラーニヤを包み込んだ闇から、いつか彼が影に食わせた女や男が顔を覗かせ、影を伝って這い上がってくる。
決して生きている者ではない腐り落ちた皮膚とこびりついた笑いを浮かべた彼らは、闇と共に這い上がってきたが、間一髪の所で穴が閉じた。
「あれはなんだったんだ?」
部屋の床に足を着いた凰火が問う。その顔には脂汗が浮かんでいた。
その後ろで、ガタガタと震えて人間に戻る事すらままならないヴィスと、恐怖で気を失ったリベルテが居る。
「闇さ。そして、闇の竜の本性さ。」
笑みを浮かべて答える長老竜だが、笑みは凍りつき体が僅かに震えている事を凰火は見逃さなかった。
「闇の竜の本性?あんなものが?」
「そう。総ての事象と混沌を内包した虚構の空間にして存在。それが闇の竜。」
その言葉に「ヒィッ」とヴィスが悲鳴をあげて頬を引掻き始めた。感覚がおかしくなってしまったらしい。
「やめなさい。」
長老竜はヴィスの首に手を当て、優しい子守唄のような旋律で包み込む。
すると、ヴィスの手はだらりと下がり、すっかり眠りの底に落ちてしまった。
「何をした?」
「眠ってもらっただけだよ。若い竜には耐え難い衝撃だっただろうからね。」
「何故?」
「竜は自分の真実の名前に触れた時、己のやってきた総ての行いを思い出し恐怖する。竜は自分の信念に忠実だから、それに反する行いを思い出させられれば、狂ってしまいそうになることもある。あの闇にはそういう記録さえ含まれているのだよ。」
言いながら、長老竜は涙をこぼしていた。引きつった笑いから零れる涙が霧散する。
「ジェラーニヤはどうなったんだ?」
まだ体の芯がざわついているが、いつまでも怯えていられない凰火が問う。
「確か、ああなった闇の竜は記憶を無くすんだ。人に姿を変え、人に紛れてしまう。自分が闇の竜であることさえ忘れて。」
「居場所はわかるのか?」
凰火は驚きながら問う。そんな状態のジェラーニヤを地上に置いておく事は危険だと、頭のどこかで叫んでいたからだ。
「残念ながら、先ほどの場所がどこだったかは正確にはわからない。ここは絶え間なく動き続けているから。」
外の様子は見えないし外からもこの部屋は見えないが、確かにこの巨大な部屋は今でも空を飛び続けていた。
「闇の竜の気配をたどれないのか?」
「さっき、闇の竜であることさえ忘れてしまうと言っただろう。残念な事に、そうなるともはや同属の長老でもわからない。」
お手上げの仕草をして、風の竜は目を瞑った。
雨が降る。閉じた漆黒の瞳に。やがて漆黒の髪は濡れ、体中が雨に凍えた。
最終更新日 2005/06/25
感 想 ジェラーニヤの陰から出てきたあの女。 リベルテの屋敷で飲み込まれちゃった女です。
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