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闇を照らす無数の炎は色とりどりに輝き漂う。
見ろ、海と空の狭間に浮かぶ太陽の生まれる島を。
跡絶える事の無い炎の群れが皓々と輝き、
海の深みさえも照らし出して、夜を火炙りに処すだろう。
炎の竜の故郷にして、太陽の旅立つ場所にやってきた三人は、その更に東側にある切り立った世界の終わりに立っている。
正確には世界の終わりにある特別な塔の中に。
特別な塔は世界の終わりに達した海とマグマが落ち込む闇の中に立ち尽くし、流れ落ちるマグマから太陽を長老竜が拾い、
塔の上から打ち上げ台に載せるために使うトンネルとしても使われていた。
だから、円筒形の塔の中には長老竜の大きな体以外は何も無く、急ごしらえの岩石棚に三人は立っており、その後ろの出入り口付近に金の鳥と鴉頭が立っている。
「レディを待たすのは男のやることじゃないと思わない?」
皮肉交じりの軽快な声が響く。
凰火にとっては、現況を生み出した声だ。
「確かにそうかもしれないが、生憎と俺に騎士道や紳士な態度を望まれるな。地上に降りたこの身は、もはや穢れきっているのだから。」
闇の竜ジェラーニヤが、塔の中を漂う炎の長老竜に言う。その瞳には、地上に降り立った頃の覇気もない。
「あら、酷い話ね。でも、いいわ。あたくしも時間がないから。」
そう言ってちらりと下を見る炎の竜。塔の底なぞわからないほどの闇が広がっている。
「まず、闇の竜に聞きたいのだけれど、最後の光の竜を殺してしまう、資格があなたにはあるのかしら?」
炎の竜の瞳は、冷酷な恐怖さえ色あせる程の鋭さでジェラーニヤを見つめた。
「資格なぞいらないだろう?世界の終焉がかかっているのだから。光の竜は今も世界を壊そうと企んでいる。それを止める事に資格を求められるのは間違いだ。」
「そういう意味ではないの。貴方、光の竜が世界を壊そうとした理由を知らないの?」
呆れたと言わんばかりの顔で問いかえす炎の竜。
「あぁ、闇の竜が地上から離れた時に、多くの記録が失われ、今ではその記録は天に無いと聞いている。」
「闇の竜なのに無知なのね。いえ、闇の竜だからこそ無知なのかしら?」
「どういう事だ。」
ジェラーニヤはあからさまにバカにした口調の長老竜を睨み付ける。
「これは、あたくしの口から語られるべき事柄ではないわ。」
「知っているならば答えろ。」
イライラと尾で床を叩きながらジェラーニヤが問う。
「いいえ。今の貴方に語っても無意味だから。何故なら、貴方はまだ心を持っていないから。」
小馬鹿にした口調の長老竜の言葉に、以外な所から声が上がった。
「心を持っていない?どういう事?」
リベルテだった。長老竜はジェラーニヤに対するよりも幾分か優しげに答える。
「闇の竜に心はないの。いいえ、誇りとか、知識欲と言った心はあるかしら?
だけど、誰かを慈しみ育てる心、いたわる心はないの。」
「それがどうした?無用の長物でしかないだろう?」
ジェラーニヤが言い放つ。
「あの時も闇の竜はみな口を揃えてそう言ったけど、その無用の長物こそ地上に生きる証ではないかしら?ねぇ、生きていない竜よ。」
「生きていない?死んでいるって事?」
またもリベルテが口をはさむ。これに冷や汗を流したのは以外にも後ろに立っていた鴉頭と凰火だけだった。
「違うわ、お嬢ちゃん。死ぬ為にはその前に生きていなければいけないけど、闇の竜は生き物として生きていないの。だから、どんなに傷ついても痛みを感じないの。」
「黙れ。」
ジェラーニヤの鋭い声が塔の中に響いた。
「でも、真実でしょう?若い闇の竜よ。」
「俺が聞きたいのはそんな事ではない。光の竜を滅する方法を、さもなくば封じる方法を教えろ。」
バシンッと尾で床を叩くジェラーニヤ。
「そうね。でも、それを教えるには条件がある。」
「何だ?」
「あたくし達の仕事である太陽を打ち上げる別の方法と、炎の竜が地上から離れる方法を教えて頂戴。」
その言葉にジェラーニヤの漆黒の鬣がざわつく。
「自分達の仕事を放棄するつもりか?」
「あら?それなら、昔地上を去った闇の竜はどうかしら?」
「くっ…。」
言葉につまるジェラーニヤ。
そうなのだ、闇の竜だけは生きながら地上から去る術を心得ていて、今や彼等は誰にも触れられない天の高みにいるのだ。言い返す言葉があるはずもない。
「これ以上地上にいても、あたくし達は生きていけない。人間は大きな船でこの地にやってこようとしている。竜の体は不老不死の妙薬だと声高に叫んで。」
「酷い。」
リベルテが悲しげに呟くと、長老竜は深く頷き、自嘲気味に笑った。
「そう、酷い話。だけど、そんな風に愚かな事を考えなければ、人間は今でもエルフやドワーフと生きていられたと思わない?侵略ではなく、共存を。」
短い沈黙の後、ジェラーニヤが口を開く。
「太陽の秘密と、地上から逃れる術を教えよう。だが、できるだけ人間にも、若い竜にも聞かれたくは無い。それだけの秘密だ。」
その瞳に、凰火もリベルテも映ってはいない。どこまでも深く沈む塔の中に浮かぶ炎の竜さえも、彼の暗い瞳には映っていないかもしれなかった。
「わかったわ。そこの二人、どちらでも構わないから小さな客人二人の相手をしていて頂戴。残った方は、太陽を打ち上げる技術者連中を連れてきて、他の者が決して塔に近づかないように見張って頂戴。」
『わかりました!!』
炎の長老竜の言葉に胸を張る金の鳥と鴉頭。
正当なるじゃんけんの結果、鴉頭が凰火とリベルテの相手をする事になった。
「街の観光に行ってくるね。」
出入り口から外に出る前に、リベルテはジェラーニヤに声をかけたが、ジェラーニヤはその声に全く気付いていないようだった。
「ジェラーニヤ、全然機嫌直らないね。」
外に出たリベルテはため息をついてしまう。
リベルテとしては旅は楽しく快適な方が良かったものだから、努力が報われないと少し悲しい気分になってしまうのである。
「仕方ない事だよ。彼にだって思う事はいっぱいあるだろうし。」
リベルテと凰火を背中に乗せながら鴉頭が答える。
「そう言えば、貴方の名前をまだ聞いていなかったよ。あたしはリベルテ。リベルテ・ネゴシアシオンって言うの。よろしくね。」
背中に乗ったリベルテは元気に挨拶した。
「へぇ、良い名前だね。僕はヴィスヨールイ。皆、ヴィスって呼ぶよ。」
翼を広げながら鴉頭のヴィスが答える。
「陽気な名前だね。貴方にぴったりだわ、ヴィス!」
「ありがとう。そうだ、どこへ行く?」
名前を誉められて二人とも上機嫌だ。ヴィスは翼を何度か開いたり閉じたりして、飛ぶ前の柔軟体操をする。
「うーん、とりあえず島を一周してみたいな。良い?」
リベルテは後ろを向いて、彼女を抱えるように座っている凰火に問う。
「あ?あぁ。」
凰火は突然言葉を振られて、曖昧な返事を返すに留まった。
「むぅ、ジェラーニヤも酷いけど、貴方もさっきからずっとだんまりだね。」
リベルテが頬を膨らませる。凰火は肩を上下させて、口を開く。
「少し考え事をしていたからな。」
「何を?」
リベルテが小首を傾げる。
「先程の長老竜が言っていた、闇の竜についての色々だ。」
「あぁ!!あれにはあたしもびっくりしちゃったよ。心がないなんて普通じゃないもん。でも、言われてみるとそうかもしれないってちょっと思っちゃった…。」
凰火は静かに頷いてみせるが、それ以外にも思うところは多々あったようで、表情は決して明朗ではない。
「確かに、あれは僕も驚きだったよ。」
突然、鴉頭のヴィスが口を挟んできたので、リベルテはヴィスの顔を見上げる。
「え?ヴィスも?」
「うん。闇の竜の事はあまり知らないんだ。それに、僕はまだ若いから、どうも知らないことが多いらしくて、長老竜にはよく怒られるよ。」
「竜って、皆物知りだと思ってた。」
リベルテは驚きにほぅと息を吐く。
「それは闇の竜達と、長老竜達だけ。僕みたいに地上育ちの若造には知らないことは沢山あるんだ。」
ヴィスの首が左右に揺れる。
「へぇ。」
色のないリベルテの問いを聞き終わったヴィスが飛び立とうとすると、突然熱砂が吹いてきた。
ヴィスは慌てて翼をしまい、熱砂の流れてくる方向を見る。
「…葬列だ。」
大きな箱を運ぶ竜の一段が、こちら側にやってくる。
「え?」
リベルテもそちらを見る。誰もが暗い顔で涙し、何人かは大声で何事かを怒鳴っている。
「葬列が過ぎるまで口を閉じていて。でないと声を焼かれるよ。」
「うん。」
ヴィスの言葉にリベルテと凰火は口を閉ざした。
「どうして死んじゃったの?どうして!」
若く華奢な竜が叫ぶ。しかし、葬列の主である箱の中の竜は何も語らない。
「もう泣くな。仕方ない事だって言っただろ。」
その隣で、がたいの良い竜がいさめる。
「でもでも!!」
「一ヶ月もすればわかるって言った意味が、わかっただろう?」
皮肉交じりの言葉には、諦めと、それさえも飲み込む苦しみが滲んでいる。
「わかったけど、こんなのないよ!!だって彼は昨日まで僕と一緒に笑ってたんだよ?こんな事ないよ!!」
「仕方ないさ。これが、俺達太陽の打ち上げ台の下っ端の仕事なんだから。」
葬列が遠ざかっていく。華奢な竜の悲しみにくれる叫びが、熱砂の残り香と共にしばらく漂った。
「太陽の打ち上げ台って聞こえたわ。」
ヴィスがもういいよと合図を出したとたん、リベルテが口を開く。
「うん。」
ヴィスが頷く。
「どうして死んじゃったの?」
その言葉にヴィスは首を二度三度回して、切ない声で答える。
「太陽の打ち上げ台は一ヶ月に一度、月の終わりに大掃除をしなければいけないんだ。
太陽を浮かべる台の底に、太陽の涙が溜まって溢れてしまうからね。溢れれば島中が大変な事になる。
何せ太陽の涙はマグマよりも熱く燃えていて、大抵の炎の竜はその涙に触れると焼け死んでしまう。
だから、溜まった涙を長老竜が世界の終わりに捨てるんだけど、それでもまだちょっとだけ残ってしまうんだ。
残った涙を、彼等のように若い太陽の打ち上げ台に働く竜が掃除をする。とっても危険な仕事さ。
僕も長老竜に言われて何度か手伝ったけれど、運の悪い竜が涙に焼かれて死んでしまうのを何度も見たよ。」
遠くに消えていく葬列を見つめるヴィス。
「だから、太陽の打ち上げ方を変えたいの?」
「それもある。もうこれ以上、仲間が些細なミスで死ぬのは、長老竜にとって悲しいばかりだから。」
「悲しいね。」
リベルテはヴィスの首をぎゅっと抱きしめる。
「うん。」
ヴィスは悲しそうに首をもたげた。
「そう言えば、どうして光の竜が世界を壊そうとしたのか知ってる?」
「あ、え、あぁ…。」
突然の質問に、ヴィスは言葉に悩んでしまう。
内容が突然に変わったのも問題だったが、何よりも問題なのは、その質問の内容である。
「教えて。」
ヴィスが何かを知っていると直感したリベルテは、強い口調で言う。
暫くヴィスは悩んで、首を回して言う。
「僕が教えたなんて内緒だよ?」
「うん。」
「闇の竜と光の竜が大喧嘩をして、闇の竜が光の竜に酷い恥じをかかせたからだって。」
「どんな恥じ?」
「僕はその先を教えてもらえなかった。」
「そっか。」
リベルテが実に残念だといわんばかりの態度をとったものだから、ヴィスは顔を赤くして恥ずかしそうに空を見上げた。
結局、島を一周した後は、ジェラーニヤが塔から出てくる気配を見せないので、凰火とリベルテは、ヴィスの家で寝る事にした。
何せ凰火もリベルテも、ここ数日は全うな睡眠をとっていなかったのである。元来旅に慣れているといっても、これだけ忙しく緊張し続けるのは体にも心にも悪い。
ヴィスの両親が、人間用にと水を張った桶の上に板を張り、即席のベッドを作ってくれた。
何分、寝ている時の炎の竜は、寝言代わりに炎を吐くのである。家中暑くなるし、人間の身では燃やされかねない。
だから、すぐに飛び込むための水を張ってくれたのだ。
おかげで、二人は快適な夜を過ごすことができた。猛暑の夏の夜程度には。
朝が始まる少し前にヴィスは二人の客人を起こして家を出た。
「どこへ行くの?」
眠そうなリベルテの問いに、ヴィスはにっこりと笑って、公共施設の並ぶ高さへとやってきた。
「そろそろ太陽が塔を昇ってきて、空へと打ち上げられるよ。」
その言葉にリベルテの意識ははっきりした。
太陽の昇る瞬間を見られる。
それはとても魅力的な事だった。何せ、人間にはこの島に来る事さえまだまだ難しかったのだから…。
「太陽が昇る直前に、世界は一瞬凍えるんだけど、それは恐怖に震えるからなんだ。」
ヴィスが言った直後、大気が振るえ、ヴィスもリベルテも凰火も、体をブルルと振るわせた。
世界の終わりに断つ塔から、真っ白な太陽が長老竜によって持ち上げられ、その傍らに立つ打ち上げ台へと収められる。
真っ白な太陽の下で、誰かが特別な呪文を唱えているようだった。
次の瞬間、太陽は勢いよく空へと旅立ち、世界が突如明るさと暖かさを取り戻す。
「太陽が上がったわ!!」
リベルテが興奮し、凰火も頷いて目を細める。
ヴィスにいたっては、白い太陽から降り注ぐ光にグルグルと喉を鳴らす。
「嬉しいの?」
リベルテが問うと、ヴィスは嬉しそうに答える。
「お腹いっぱいだから嬉しいよ。炎の竜の食事は2種類あって、一つはマグマ、一つは朝日からこぼれる真っ白な光なんだ。
って言っても、お腹に溜まるからマグマの方が主食なんだけどね。」
唐突にリベルテは気づいた。
だから、炎の竜はこんな辺鄙な島にいるのだと。
世界の終わりに落ち込むマグマを、簡単に手に入れられる、この白い石の島に住んでいるのだと。
太陽の打ち上げを見終わった二人と一匹は、白い塔へと向かった。勿論、長老竜と闇の竜に会うためだ。
白い塔の上に、長老竜と闇の竜がとまっている。
「おはようございます!!今日も見事な太陽でしたね!!」
ヴィスの言葉に長老竜は優しく微笑む。
「そうね。今日も上々の出来だったわ。」
「おはよう、ジェラーニヤ。調子はどう?」
リベルテの言葉に、まぁまぁだ。とだけ答える。まだ機嫌はよくないようだった。
「さぁ、朝食をとりましょう。健康な一日は朝食から始まるものよ。」
と言って、長老竜はマグマの滝へと飛んでいってしまった。
ジェラーニヤもその後についていく。
「僕はお腹いっぱいだから、昨日飛び立った塔のでっぱりで食事をしてくれないかな?」
ヴィスの言葉にリベルテと凰火は頷くしかなかった。
ここは炎の竜の島。何もかもが人間にとっては大きすぎて高すぎる。
食事の後、長老竜と闇の竜が戻ってきて、三匹の竜と二人の人間はまだ少し熱い塔の中へと入る。
「闇の竜には話したけれど、光の竜を倒す方法をあたくしは何一つ知らないわ。封じる方法も知らない。
あたくしが知るのは、光の竜を倒す方法を風の竜が、封じる方法を地の竜が、
そして、光の竜の秘められた秘密は水の竜が知るという事だけ。」
長いレクチャーの報酬がこれでは、さぞジェラーニヤは怒っただろうとリベルテは思ったが、実の所そうではなかった。
光の竜に対する事柄について、より詳しい事を知るための方法が見つかった事に、ジェラーニヤはそれなりに満足していたのだ。
勿論、倒す方法をすぐさま教わる事ができれば、それに越した事はないのだが、何分知らないことを憶測で言われるよりかは、
どこに何があるかだけ教えてもらう方がよっぽどありがたかったのである。
「それと、水の竜の棲家へと続く虹を、今日の昼に作るからそろそろ出発した方がよくってよ。」
その言葉にリベルテは、「なんでそんなハードな事してるんですか。ってか勝手に決めんな。」と呟いたが、あえて誰も聞いていない振りをした。
「あたくしの話しはこれでおしまい。それでは、各々好きなように生きなさい。」
長老竜は白い塔の深みへともぐってしまった。実にあっさりした分かれである。
「短い間だったけど、ありがとう。とっても楽しかったよ。」
長老竜がすっかり見えなくなった頃、リベルテがヴィスに声を掛ける。その傍らを過ぎてジェラーニヤが出入り口から外へと出て行った。
「僕もだよ。」
ヴィスはジェラーニヤに小さく礼をしながら、リベルテに答える。
「そろそろ僕も仕事に戻るね。旅、頑張ってね。」
そう言って、ヴィスは長老竜のもぐった闇へと落ちていった。
「ねぇ、ヴィス。闇の竜は人を乗せて地上の空を飛ぶのが下手みたいね。」
闇の底に行く途中で、長老竜が問う。
「はい。」
ヴィスは涙に潤む瞳を何度も瞬かせ答える。
「もしも、人の心配をせずに飛んだら、闇の竜はもっと早く世界を回れると思う?」
「はい。」
嗚咽交じりに答えながらも、その声はどこか希望にあてられている。
彼は、この女長老が暗に言うところに気付いていた。彼らと旅をしてはどうかという、含みの部分に。
「…闇の竜が地の竜の長老竜を尋ねて、太陽の秘密を教えたら、あたくし達は地上から離れます。わかっているわね?」
長老竜が振り向きもしないで問う。
「…はい。覚悟はできています。」
「まったく、お前は生まれた時から地上も人間も大好きなのね。」
長老竜の笑い声が闇の底へと落ちる。
「だって、僕は地上生まれの若い竜だから。」
ヴィスは翼の向きを変え、塔の中を昇り始める。そこには満面の笑顔があった。
「そうだったわ。お前の家族も友達も、皆よく知っている事だったわね。」
振り返りもせず、世界の終わりのその根っこへと落ち続ける長老竜が、諦めにも似た呟きをもらした。
「リベルテー!!」
突然名前を呼ばれたリベルテは、白い塔のでっぱりから、塔の中を振り返る。
「ヴィス!!どうしたの!?」
塔の中から鴉頭の竜が飛び出してきた。
「闇の竜の旅について行く事にしたんだ!!」
その言葉にジェラーニヤが小さく振り返る。
「もはやこの地に戻れぬ旅だぞ?」
「僕は地上も人間も好きだから、もともと地上に残るつもりだったんです。家族や友人ともよく話し合ったから大丈夫。ただ別れが早まっただけのことです。誰ももう反対しません。」
ヴィスが胸を張って答えると、ジェラーニヤは長い鼻の先をひくつかせる。
己の旅立ちを思い出して空を見上げると、そこにはもう太陽が燦々と輝き、夜空へと帰る事ができないのだと歌っているように見えた。
「それは故郷を捨てる事だぞ?」
「決心はついています。長老竜に人間に化ける術を教わりました。食事も、マグマ断ちをとっくにしているから大丈夫。それに…」
そう言って、突然ヴィスの体が炎に包まれ、あっという間に小さくなる。
白銀の甲冑に身を包んだ黒い髪の幼さの残る青年騎士は、そのルビー色の瞳をリベルテに向け、リベルテの前に方膝をつき、彼女の手をとる。
「騎士は乙女の清らかさに忠誠を誓い、その身を護ると聞いていますから。」
と、彼女の小さな手に口づける。
リベルテが頬を染める。その横で、複雑な顔をする凰火。
リベルテの姿に娘の姿を重ねがちな彼としては当然の気持ちかもしれない。
「その誓い、破らぬというなら、二人を背に俺に続け。その誓い、破るというなら、太陽に飛び込みその涙を呑んで死ね。」
ジェラーニヤの鋭い声が響く。
「勿論です。」
ヴィスは立ち上がってジェラーニヤを見つめる。
ジェラーニヤは安堵とも呆れともとれるため息を吐いて、すっかり闇の竜に姿を変えると、空へと舞い上がった。
ヴィスもそれに習って竜へと戻る。と、リベルテが声を上げた。
「どうしてあたしに…?」
「それはまだ秘密。」
にっこりと笑ってヴィスは背中を向けた。
ジェラーニヤを先頭に、二匹の竜が空に舞い上がると、長い沈黙を護っていた凰火が口を開いた。
「この世界の竜は、どうにも自分の気持ちに素直すぎて困る。」
ジェラーニヤは地上蔑視の方向を貫いているし、炎の竜の長老は自分の用事を優先しがちだし、ヴィスは地上への深い愛情から故郷と縁を切ってしまった。
凰火から見れば、思い切りが良いというよりも、自分勝手すぎるようにしか思えなかったのだ。
「いいじゃん。あたしはそんな竜が好きだよ。思い切りが良いし、何より楽しいもの。」
リベルテが背後の凰火に寄りかかるようにして答える。
別れの緊張が、旅の友を得る安心感に変わったおかげで、眠気がこみ上げてきたようだ。
「もう、故郷の事は良いのか?」
凰火はリベルテの小さな体を支えながら優しく問う。
「うん。大丈夫。時々は泣いちゃうかもしれないけど。」
リベルテは悲しみの残る顔でにこりと笑った。
「そうか。」
凰火はリベルテを後ろからそっと抱きしめる。優しく、いとおしそうに。今はまだ戻れない、娘と妻への愛情を思い出しながら。
「ありがとう。」
リベルテは一言呟くと、暖かな胸の中で可愛い寝息を立て始めた。
空が広がる、どこまでも。
青く、悲しく、尊く、地上の総ての生き物の上に広がる。
まるで優しさも悲しみも抱きしめる父のように。
最終更新日 2005/05/24
感 想 ヴィスの甘い台詞に大きな反響があった回。 ヴィスの似非騎士道っぷりが炸裂した最初の回でもある。
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