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死というものが、そこにあると誰が知っている?
何故、死の訪れた体が醜く朽ちていくといえる?
何故、生きていない事を死んでいえると言えるのだ?
鼓動が聞こえるか?魂の声は?頭の中で心は死んでいないか?
朝焼けが映り、鏡よりもなお美しく空を映す湖を飛ぶジェラーニヤ。
その背には凰火とリベルテがあり、ジェラーニヤの手にはリベルテの荷が抱えられている。
ジェラーニヤはリベルテが落ち着いた事をちらと後ろを見て確認すると、轟々と問う。
「まだトロルの血は絶えていなかったのか。」
その言葉にリベルテが顔を上げる。
「知ってたの!?」
「ドワーフの血を宿した人間を屋敷の中で何度も見たし、地下から特別な音が聞こえていたからな。察しはつく。あの金庫の奥にドワーフの坑道があるんだろう?」
ジェラーニヤは軽口を叩くように言う。別段気にしている様子はない。
だが、リベルテの顔は真っ青だ。
「ドワーフの坑道は、妖精の王が秘める千里眼でさえ見通せず、地の竜でさえ迷うという不思議な術で掘られたものだから、闇の竜の誰も気付かなくてもおかしくはないか。」
そう言って、また一つ新しい事を知って意気揚々とするジェラーニヤの鬣を、リベルテはおもいっきりひっぱる。
だが、ジェラーニヤは全く気付かない。
この態度にリベルテは冷たい空気を肺いっぱいに吸い込んで叫ぶという手段に出た。
「だったらどうして仲間を助けてくれなかったのさ!?それだけの力があるのに!!」
突然、ジェラーニヤの翼が揺らぐ。
沈黙が白い太陽を向かえ、鳥がジェラーニヤの代わりに声を立てる。
「答えてよ!!」
懐で暴れるリベルテに凰火は手を焼く。
「腹が減ったな。もう岸に着く。朝食にしよう。」
ジェラーニヤはリベルテの問いに答えなかった。
やがて湖は途切れ、岸辺の街を超え、小さな森へと降り立つと、仕方ないという顔で誰もが朝食を取ることとなった。
凰火は森の陰で戻ってきた衣服に着替えなおし、その間にリベルテは己と凰火の食事をサッと作った。
凰火としては世話になるようで、複雑な顔をしたが、「有難く頂こう。」とそれを食べた。
人に化けたジェラーニヤは相変わらずシェーマの煙をたらふく食べている。
各々の食事を終えると、ジェラーニヤはヶホンと紫の煙を吐いた。(どうやらげっぷらしい。)
「ふぅ、腹も膨れたし、また今日も頑張って飛ぶか。」
ジェラーニヤは伸びをして立ち上がると、己の使った即席かまどを壊し、それとなく周りの土と混ぜる。
凰火も同じように土と混ぜ、荷物を整えた。
だが、リベルテは納得しきらないという顔でジェラーニヤの前に立つ。
「ねぇ、さっきの質問に答えてよ。」
その問いに、ジェラーニヤはため息を吐いてから答える。
「よく聞け、ドワーフの血をひく娘よ。俺にとっては人間の行いなぞどうでも良いんだ。口出しをする気も無い。他人に頼る方がおかしいのさ。」
その言葉にリベルテは顔を真っ赤にして怒鳴ろうとしたが、怒鳴れなかった。
ジェラーニヤの頬を凰火の拳が抉ったからだ。
「何をする!!」
ジェラーニヤが怒鳴ると、凰火は静かに怒りを込めて答える。
「我が剣の露とならなかっただけ有難いと思え。」
凰火はそう言ってジェラーニヤを睨み付けた。
「わからないな。何故殴る?何故君は怒るんだ?怒れる旅人よ!」
ジェラーニヤも凰火を睨み付ける。
しかし、二人の怒りはあまりにも本質が違ったし、論じる点はかみ合いそうに無かった。
「人の命は何があろうとも簡単に見捨てるべきものではないだろう。例えお前が“世界”を救ったとして、一人の命も救えなければ意味の無い事ではないか。
独り善がりも大概にせんか!!」
凰火の言葉にジェラーニヤは顔を真っ赤にして怒鳴り返す。
「そんな大層な事を言える資格があるのか?お前の手に、どれほどの人の血がこびり付いていることか!!悪を断つ剣に偽りはないと言えるのか!?」
その言葉に凰火は唇を噛む。
今は悪を断つ剣であり、善行の下にある凰火だが、その過去には悪しき事実が秘められている。
雷鳴轟く黒雲の中よりも激しい睨み合いの後、ジェラーニヤは一言怒鳴る。
「暫くは歩きで行く。今、この背に誰かを乗せたら振り落としかねんからな!!」
そう言って二人に背を向けると、太陽へと向かって歩き出す。
「奇遇だな。俺も今、その背に乗ったならば、我が愛剣でその首を刈るところだ!!」
それからは酷いもので、ジェラーニヤが見えなくならない程度に距離を取って、凰火とリベルテは歩く事になったのだが、
どちらも歩み寄る気はないらしく、闇の竜は長い足を素早く動かして歩くし、凰火も沈黙を守っていた。
そんな空気の中でいたたまれないのはリベルテである。
実際、一番に怒り哀しむべき彼女が、一番悩ましげな顔で凰火の傍らを歩いているのだ。
暫く歩いたリベルテは、あまりの殺気立った空気に負けて、凰火に声を掛けた。
「ねぇ、どうしてさっき怒ったの?」
すると、凰火の頑固な表情の中に、困ったような、恥ずかしそうな風が浮かぶ。
凰火は言葉を慎重に選んで答える。
「ジェラーニヤの人の命に対する薄情な部分に対して怒りを抱いていいたからだが、きっかけは多分…リベルテが俺の娘に少し似ていたからだ。」
そう話す凰火の顔にはどことなく優しげな表情が滲んでいる。
「あは、嬉しいな。貴方みたいに強い人の娘さんと似てるなんて、すごい名誉よ!」
リベルテが顔いっぱいに笑うと、凰火は照れながら話をしはじめる。
「髪も瞳の色も違うが、俺の娘…岬というのだが、リベルテのように利発で活発な娘だ。実の娘というべきかは難しい出自だが、それでも俺と妻は岬を愛している。」
父親としての優しく力強い微笑みを浮かべる凰火に、リベルテは顔を真っ赤にした。
―――この人、お父様と肩を並べられるくらいのロマンチストだ!―――と思いながら。
だが、心のどこかでは凰火の娘を思いやる気持ちが心地よいと感じている事も事実だった。
それはリベルテにとって、もはや戻らない過去となってしまった場所でもあったから。
昼になり、太陽が頭上で燦々と輝き出すと、いつの間に森を抜けて食事を取り終わったジェラーニヤと距離を置きながら、凰火達は食事の支度に取り掛かる。
あれから、まぁ…妻と娘を思い出したようにポツリポツリと自慢していった凰火の方は機嫌を直していたので、
本当ならばジェラーニヤと仲直りをしても良さそうなものだが、そうはいかない。
ジェラーニヤの方は、あまりにも怒っていて、人の頭から真っ黒な角を、腰から真っ黒な尾を生やして怒っているのだ。
到底、近寄れる状態ではない。
凰火達が食事を追え、ジェラーニヤが歩き出そうとした瞬間、太陽から何かがまっすぐに落ちてきた。
三人はとっさに巨大な影から逃げる。次の瞬間、ドスンという物凄い地響きが二回起きた。
三人の視線の先には、大地に堂々と降り立った二匹の炎の竜がいる。
「我等が炎の長老竜殿が、あまりにも遅いとお怒りなのでお迎えに上がりました。」
金の羽根を持つ鳥に良く似た顔の方が言うと、隣にいる鴉のような顔の竜が胸を張る。
「それは、悪い事をしたな。」
ジェラーニヤが答えると、竜達は顔を見合わせてジェラーニヤをジロジロと見る。
「失礼だが、貴方は闇の竜か?闇の竜とは人に良く似ているのだな。」
「コレは人間に化けているだけだ。いくら若いと言っても、人間に化けているかどうかぐらい見抜いてくれ。」
ジェラーニヤの刺々しい言葉に、二匹の竜は「失礼しました!」と答える。
「俺は自分の翼で行く。悪いが、そこの二人をその背に乗せてくれまいか?」
ジェラーニヤは顎で凰火とリベルテを示す。
「わかりました。その為にコレが使わされたんです。」
金の鳥が、鴉顔を示す。
「こう見えても、竜の速さのまま人間を運ぶ事に長けています。若いながら筋が良い。風の竜以外で、ここまで風と中の良い竜も少ないはずです。」
金の鳥が、鴉顔の自慢をするが、ジェラーニヤは知ったことかという顔をしている。普段の愛想は全く無い。それほど無視の居所が悪いのだ。
受けが良くない事に気付いた金の鳥は、慌てて鴉顔に凰火達を乗せるように言うと、さっと空へと飛び上がる。案内役を務めるらしい。
ジェラーニヤも闇の竜へと姿を変えて、その後を追うように空へと舞い上がる。
その姿に、鴉顔の竜は「さすが闇の竜だ。僕なんかより綺麗な黒だな!しかも大きい!」と仕切りに興奮していた。
ジェラーニヤは二匹の竜よりもかなり大きく逞しかった。
凰火は、この世界にやってきて以来、初めて心地よい空の旅をする事になった。
ジェラーニヤの背の上では、振り落とされないよう鬣を必死に掴む必要があったのだが、
鴉顔の背の上ではその必要はなかった。
反対に、その黒い炎で出来た鬣を掴もうとすると怒られたほどだ。
「鬣を掴まれると痛いし、吹き飛ばすような最低な飛び方はしませんよ!」
鴉顔の言葉通り、ジェラーニヤには負けるがかなりの速さで飛んでいるにも関わらず、凰火達は空気の圧迫に顔をしかめる事は一度も無かった。
だが、ここでふと凰火は疑問に思う。
―――どうしてジェラーニヤは己から“鬣を掴め”と言ったのか?―――
空の旅は、ジェラーニヤに乗って飛ぶよりも早く順調に進み、夕暮れ時には東の大地の終わりへとやってきていた。
目指す先には夜の気配が海と空の狭間より押し寄せてきている。
「ここからは暫く海の上を飛ぶので、潮風が傷に染みるかもしれませんが簡便してくださいね。」
鴉顔が、頬に大きな脱脂綿と傷テープをつけたリベルテに言う。以外とフレンドリーかつ優しい竜だ。
リベルテは、ジェラーニヤを見て思う。
―――何故、同じ竜でもこんなに性格が違うのだろう?―――
海とは不思議なもので、実に楽しい事がいくつもあった。
珊瑚礁も美しかったし、沖合いでは飛魚が跳ねているのも見かけた。
だが、一番はイルカの群れである。
珊瑚のモザイク柄にうっとりとしていたリベルテに気を利かせて、鴉顔が水面近くを飛んでいると、
気の良いイルカの群れがその傍らをついて泳いできたのである。
結局、竜との競争についてこれるものでもなかったのだが、一番近づいた所で、彼等は三回転半のお見事なジャンプをしてくれた。
リベルテは満面の笑みを浮かべて、彼等にありがとうを連呼した。
海はすっかり夜に染まり、水平線だけがぼんやりと光っている。
「どうして水平線が光っているの?」
リベルテが問うと、鴉顔が答える。
「僕達の島が、海と空の間、世界の東の終わりにあるからだよ。島は色んな炎の竜の炎でいつだって明るいし、
何よりも、長老竜の体が世界とその向こうの狭間に浮かんで、流れ落ちるマグマの河を照らしているから、そのせいさ。」
鴉頭は嬉々として説明し、実に誇らしそうに一度だけ頭を振った。
「ふーん、初めて知った。」
「それはそうさ。だいぶ前から地上とは海を隔てているからね。」
先頭の金の鳥が声高々に吼える。
とうとう彼等の故郷にして、炎の竜の都、太陽の生まれる東の終わりまでやってきたのだ。
リベルテの住んでいた島も実にきらびやかではあったが、竜の街はそれを遥かに上回る巨大さと実用性に富んでいた。
何分、巨大な体の持ち主ばかりだから、人間の住宅よりも遥かに広くて高い。
建造物は翼があるおかげで、公共の物は空の近く、住宅地は下と、高さごとに分けられている。
「うわぁ、翼がないとお買い物に苦労しちゃうね。」
リベルテの見つめる先には、建物を飛び交う竜、竜、竜!
「いやぁ、竜の社会はもっと効率的だから買い物する場所すらないよ。」
「へ?」
鴉顔の言葉に驚くリベルテ。
「竜は各種族によって違うけど、一箇所に集まって暮らす竜は皆、高度な文明社会をとっくの昔に気付いているからね。それに、他の生き物みたいな欲求も少ない。
おかげで、長老をはじめとしてお偉いさんが、皆に仕事を分けて毎日の糧をくばればおしまい。
ね、効率的でしょ?」
鴉顔の言葉にリベルテはため息を吐く。
「それじゃ、あたしみたいな商人にはやってられないわ。」
「さぁ、もうすぐ長老竜の住処だ。」
鴉顔が声を上げ、減速を始めた前方の先輩竜と闇の竜に習って、速度を緩める。
「長老竜かぁ。やっぱり大きいのかな。」
「大きいよ。竜は歳の分だけ体が大きくなるけど、特に長老竜は誰よりも長命だから、僕達じゃ見上げなきゃいけないんだよ。首が痛くなるほど。」
鴉顔の言葉にリベルテはジェラーニヤを見た。
「ねぇ、それじゃぁジェラーニヤは貴方達よりも年上になるの?」
「そうだね。闇の竜は特に歳をとるのが遅いから、見た目よりだいぶ長く生きているんじゃないかな。彼は。」
「へぇ。」
リベルテはあえて、竜の年齢について問う事はしなかった。
ドワーフの血が流れていようと、所詮人間でしかない自分には、想像もできない時間であることだけは漠然と予想がついていたためだ。
「打ち上げ台の隣を横切るみたいだ。」
鴉顔は先頭の二匹の軌道を見て声を上げる。
「打ち上げ台?」
リベルテが問う。
「太陽を毎日打ち上げる為に使っている台さ。酷く大きい上に、あの辺りは風が薄くて困るんだ。悪いけど、ちょっと荒っぽくなるよ。」
鴉顔の言葉通り、巨大な打ち上げ台の傍を通る瞬間、まるで熱砂の吹き付ける風を受けているような体験をしたリベルテは、
砂漠の事を思い出してほんの一寸目を潤ませたが、色とりどりの炎が飾る街を見下ろして踏みとどまる。
―――自由の中で楽しく生きるんだ。―――
リベルテは硬くそう決意した。
最終更新日 2005/06/23
感 想 剣龍さん曰く、凰火さんはマジギレしないタイプらしい。 書いてから知った事実って怖いよね。 ちなみにこの鴉顔が後々大きな役目を担うらしいよ。
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