ある世界の物語

 

鳥籠に収められた美姫達がその額を透明な大理石に押し当てる。
尊き主を迎える絨毯は猫よりも毛足が長く、生娘の指先で綿密に織られた血色が栄える。
賢き臣下が立ち並んで、荘厳なる王の成すべき事柄を挙げ連ねる。
どこか遠くのほうで、悲鳴にも似た金の銅鑼の響きが彼の来たことを告げた。


後宮にディスールがやってきて、一日も経たずに王と謁見する事となった。
何せ、ディスールときたら、この国のどんな占い師よりも占い師らしい物言いをして、それがことごとく当たってしまったのだから、
この美しい占い師の真偽を王とその臣下が問わずにいられなかったのである。
王が誰の頭よりも高い所にゆったりと腰掛、己のよく知る老いた臣下に目配せすると、
その翁はこくりと頷いてディスールを連れてくるようにと声高々に叫ぶ。
待つ暇もなく王の正面にある高い扉が重々しく開かれると、誰もが感嘆のため息と美への恐怖で口を閉ざす。
今や美しく飾られたディスールの姿は、その傍らで彼女を先導するミェースチの美しさを消しやり、
まるで名も知らない侍女のように見せている。
美を司る女神が微笑むようには微笑まなかったが、死を謳う神よりは幾分か優しげに、
されどその銀髪に挿された花が色あせてしまうように微笑んでいる。
ビロードの敷かれた大理石の上を初夏の風よりも颯爽と歩き、ディスールとミェースチは王の眼下に頭を垂れた。
「お前がディスールか。」
歳若く、まだ王妃を持たぬ王がお尋ねになると、ディスールは静かに頷く。
それから二、三の事柄をそれとなしにお尋ねになられた後、若き王はディスールに己を占わせることになされた。
何せ、この臆病な猫よりも物静かな女神に、だいぶ惹かれる所があったからだ。
もしもその力が本物であるならば、大手を振って彼女を傍らに置くことができる為である。
ディスールはすくっと立ち上がる。
誰もがはっとした。何故なら、王の許しなく立つ事は許されない行いだったからだ。
傍らでミェースチが冷や汗をかいている。
彼女は、ディスールの行動を咎めることよりも好き勝手にやらせるほうが物事が上手く転がるのを感じていたが、
さすがに今回は王の怒りに満ちた顔を想像したのである。
「讃えるべき黄金の国の王君よ。その采配のあるところ、臣下に豊かさを与え民に平安を与えるが、
されどその安堵に陰りあり。
何故なら、お前は己の影なる罪悪感に怯え、決して武の勇ましきことを認めたりはしないためだ。」
それからディスールは何事もなかったようにその場に座り込み、静かに頭を垂れる。
傍らのミェースチは、断罪の覚悟で王の言葉を待つ。
「なれば占い師よ、我はどうすれば良い?」
長い沈黙の後に王がお尋ねになる。
ディスールは額をビロードに押し付けたままで答える。
「お心のままに。山を砕く者の吹き鳴らす角笛に乗じて。」
「戦を告げる鐘を鳴らせと?」
王がまたお尋ねになる。誰もが騒然となった。
実はこのプシニーツァ国王は、ほんの一握りの頼れる臣下との間で、隣国に戦を仕掛けるかどうか思い悩んでいた最中だった。
つまり、戦という言葉は決して王宮に広がってはいなかったし、ましてや迷い込んだオウムだとて聞いては居ない事実だったのだ。
「総ては吟遊詩人が唄う神話と共に。」
ディスールがなんとも曖昧に答える。静かに微笑みながら。
されど、その人間らしい微笑の下に、竜らしい無情の笑みを浮かべながら。






闇の竜ジェラーニヤの背で、生乾きの凰火がため息を吐く。
「何度目だ?ジェラーニヤ。」
その声には憎憎しいといわんばかりの棘がある。
「これで5つ目の国を過ぎたところだ。」
動揺しながら答えるジェラーニヤ。
明朝に来訪(?)した水の竜のおかげでずぶ濡れになってしまった二人だが、空を飛んでいる間にジェラーニヤはすっかり乾いてしまったのだが、
凰火の方は、頑丈な衣がちっとも乾かない上に、荷物がどれも甚大な被害を受けていた。
だから、多少予定が狂ってしまうが、全うな宿屋にでも入って身を整え、町で駄目になった荷物の買い足しをしようという事になったのである。
しかし、地上の空に慣れないジェラーニヤは、その翼を緩めるのが遅くなりがちで、何度も町や国の上を過ぎ去ってしまっていた。
「次に国が見えたら全力で止まれ。それができないのならばその翼を切ってやろう。」
愛剣の鍔を指でなぞる凰火。
「わかった。次は必ず止まろう。」
引きつった声で答えるジェラーニヤ。
二人の言い合いからそれほど立たずに、巨大な湖に差しかかる。
見上げれば空はすっかり昼時だ。
湖の中央に浮かぶ島の中央で、昼を告げる大砲が上がる。
「国だ。」
ジェラーニヤが慌てて翼の方向を曲げて、湖に降り立つぐらいの高度まで急降下すると、湖の上に不思議な船団を見つける。
「あれはなんだろう?」
黒字に黄色い髑髏を飾った旗を掲げる船団が、湖から海へと繋がる大河を下ろうとする大きな商船を囲みつつあった。
「海賊に襲われているんだ。」
凰火が呟くと、ジェラーニヤは目を見開く。
「あれが海賊か!なんて無駄な事をするのだろう!!今すぐ辞めさせなければ!!」
元来、使命と己の信じる正義にどこまでも忠実なジェラーニヤは、その漆黒の翼をうまく使って船団に近づく。
船団は黒く巨大な竜が現れた事に驚いて、大砲を高々と放つ。
ジェラーニヤがその大砲を避けて、今や海賊が乗り移った商船の帆柱に降り立つと、凰火が颯爽とその背から飛び降りて、海賊達を蹴散らしていく。
ジェラーニヤも巨大な竜の姿から、漆黒の騎士ぜんとした鎧姿に化け、その深い陰から身の丈ほどある奇妙な形の漆黒の刃を取り出して、
悠然と帆柱から飛び降りると、海賊らしい者達を切り倒していく。
あっという間に商船に乗り移った海賊達が、あっという間に殺され、今や彼等の船団は船長を商船に置き去りに逃げていく。
「ジェラーニヤ、あの船を捕まえろ!!できなければ壊せ!!」
「わかった!」
凰火の言葉に頷き、甲板から水面へと飛び込むと、水しぶきを上げるよりも素早く竜の姿に戻ったジェラーニヤが、海賊の船団の正面に立って吼える。
「このまま湖の底で永遠を生きるか、大人しく従うかを選べ。大砲を鳴らせば良い。それだけでお前達の船はその黒々とした妄執と共に沈むのだ!」
ジェラーニヤの言葉に、どの船もすっかり海賊旗を降ろして従うことにした。
海賊の船長を縛り上げた凰火を乗せる商船を筆頭に、海賊船の全隻がその後につき、後ろからジェラーニヤが睨みを聞かせながら水面を滑走する。
半刻ばかり進んで、湖の中央にある国の港に入った頃には、もはや海賊達はすっかりやる気をなくしてしまい、
闇の竜に驚きながらも海賊達を牢屋へと引きずる兵士達。
一人残さず海賊達が船から下ろされた事を確認したジェラーニヤが、商船の甲板で感謝され続けるジェラーニヤの傍らへと、人間へと化けながら降り立つ。
「全く、一人だけ賞賛されるとは!実に羨ましい!」
ジェラーニヤが文句をつけると、凰火は知らん顔をする。
「それよりも、さっさと宿屋へと行くぞ。空腹とずぶ濡れと血臭とで、鼻も胃もどうしようもない。」
その言葉に、商船の船長らしき男が口を挟む。
「それでしたら、どうぞ我が屋敷へと来ては頂けませんか?是非ともお礼をしたいのです。」
若い商人は人懐こい笑みを浮かべ二人を見つめる。
「どうする?」
凰火が問う。
「それは俺の決める事じゃない。俺は今まさに飛び立つ事もできるのだから。」
底意地悪く答えるのを聞いて、凰火はジェラーニヤの足を踏みつけつつ頷く。
「それでは貴殿の言葉に甘える事にしよう。」


若い商人はバトー・ネゴシアシオンと名乗った。
なんでも、この世界最大の塩湖(実際には海だという説もある)ポワッソン湖に浮かぶ島、フロッテ国では名のある豪商の家の次男だそうだ。
彼はもっぱら大河を行き来して、大河の岸沿いあるいはその向こうに広がる海の沿岸と、水辺に栄える国々との交易手広く行う役目にあるらしい。
おかげで兄弟一死にそうな目にあってきたと自慢したが、今日のように最後の最後で絶体絶命の状況に会った事なぞ初めてで、
今生きている事に大変感謝していると、大げさに付け加えた。
「ここが私の実家です。」
荷卸は港在中の兄弟に任せたバトーは、二人を馬車に乗せて屋敷へと連れてきたのだ。
「ほぉ。」
凰火が小さく感嘆する。
確かに豪商だと言うだけの事はある広々とした屋敷が目の前に座っている。
「人間の家とは、本当に大小さまざまなんだな。」
ジェラーニヤの呟きを無視して、凰火はバトーについて屋敷へと入る。
慌ててジェラーニヤもその後を追う。
誰かが血まみれの若者達を見て、小さく悲鳴を上げた。



最終更新日 2005/05/28
感    想 とうとう、人の街へ来たわけですが、初っ端から海賊船かよ。
        この辺りから、ロード・ダンセイニの影響が色濃くなってきます。
        いや、海賊船とかは全然関係ありませんけどね。