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天から太陽が転げ落ち始める頃、闇色の翼が中空を駆ける。
鳥を追い越し、大地に黒い影を這わせ、
風が悲鳴をあげる程の速さで駆けていく。
青い空を切り裂くためか、白い旗を蹴散らして水に還す為か。駆けていく。
「いささか速くないかっ…!!」
凰火が苦しそうな顔で問う。
「これでも太陽より遅い。何せ太陽が半日で飛ぶ距離を三日で駆けるのだ。贅沢な言葉はきかんぞ。」
ジェラーニヤがあっさりと言う。
現在の凰火は、太陽と大地の間を飛ぶ闇の竜ジェラーニヤの背に跨り、鬣をしっかりと握り締めて振り落とされないようにしている。
その顔は少し…いや、かなり苦しそうだ。
何故こんな状況になったか少し前に戻ろう。
太陽が真上を過ぎたかどうかという頃、闇の竜ジェラーニヤが森から帰ってきた。
もちろん、彼は怒りを腹の底に押し込んで、悠然とした表情で戻ってきたわけだ。
何故なら、彼を怒らせた凰火に酷い災難をけしかけるつもりでいたから、事の性急さにそぐわないほどの余裕を手に入れていたわけである。
だが、残念な事にジェラーニヤは吐くべき言葉を変えなければならなかった。
荷物を整えていた凰火の隣、即席のかまどを作る石が溶けている。
石が溶けるほどの火力というのは、特殊な事情(魔法や異界人の特性)でもない限り簡単に作れるものではない。
少なくとも、ジェラーニヤには凰火が特別な炎を使うとは思えなかった。
となれば彼の中でいきつく答えは一つである。
「炎の竜が姿を飛ばしたのか?」
ジェラーニヤの問いに凰火は静かに頷き顔を上げる。
「早急にお前を連れて太陽の生まれる地へと来いと言って失せた。」
「炎の竜もかっ?」
ジェラーニヤはやや興奮気味に問い返す。
先ほど森の中で出会った地の竜の使いが、彼へと言付けた事も良く似た内容だったのだ。
しかも、ほぼ同じ時刻に…。
「“も”…?つまり、森の中で他に誰かが似たような事を言ったと?」
凰火の問いに頷き、それから目を瞑る。
―――地の竜が世界の端を廻れと言った。つまり、“地上の竜の領域”を廻れという事だ。
しかも、同じ頃合で炎の竜も“早急”に来るようにと言った。
こんな湿った枯れ木の火に姿を映すとなれば、それこそ急いでいたという事になる。
もしかしたら、何か恐ろしい事が地上の竜の間に起こっているのではないだろうか?
しかもそれは、光の竜に関係している可能性がある…。―――
ジェラーニヤは一呼吸置いて考えをまとめると、瞼を上げ凰火を見つめる。
「時間が無い。早速旅立つ。勿論来るだろう?」
ジェラーニヤの問いに凰火はなんのためらいも無く頷く。
「いい…のか?」
反論が来ると思ったジェラーニヤ(勿論、凰火を嫌な気分にさせるために言ったのだが)は、少し戸惑ってしまう。
「何故戸惑う必要がある?俺はもう炎の竜と約束してしまったし、話を聞いて去るなぞ俺の性に合わん。」
その言葉にジェラーニヤは衝撃を受ける。
当たり前だ。闇の竜という奴は、他人事だろうが自分の気になったことは“なぜ?”が尽きるまで問い詰める癖に、決して手伝うことが無い。
答える事は己の成果やこれからやる事の難しさを照明する…つまり己を誇らしげに吹聴するものなのだ。
にも関わらず、他人の手を煩わせるなんて事になったら、それこそ落ちこぼれである。
だから、ジェラーニヤは酷く驚いたし、凰火という人間の考えに困惑してしまったのだ。
「何もいう事がないのならば、早速出発してはどうだ?俺の方は身支度も済んだしな。」
凰火のきっぱりとした言葉に、目下行うべきことを思い出すジェラーニヤ。
「そ、そうだな。ここからなら空を飛べば3日といったところだろう。何分急がねばならない。俺が背中を貸すから、しっかりと鬣につかまれ。」
と、言うか言わないかの間にジェラーニヤは歪み、聳え、闇と化し、竜へと変貌する。
体を屈め凰火に背を向ける。
「乗れ。全速力で行くから振り落とされるな。」
「うむ。」
颯爽と竜の背に飛び乗った凰火は、その漆黒の鬣を握り締める。
ジェラーニヤは長い首を曲げ、凰火が乗ったことを確かめると、蝙蝠よりも暗い翼を中空に広げ飛び立つ。
高度を上げつつ太陽に背を向け、その始まりへと指針を取る。
常人には耐えられない速さへと加速しながら…。
「とりあえず、これだけは守って欲しい事を先に言っておく。」
一見魅力的な女性ミェースチが、白い竜の化けた人間ディスールに視線を向ける。
ディスールもおとなしくミューの方を見る。
「王宮…というかこの馬車から降りたら、絶対にがに股で歩くな。」
その言葉に、ディスールが頬を膨らます。
実はディスール、人間に化けた経験が少ない為に、人間に化けると超絶美女であるにもかかわらず、ひどいがに股なのだ。
何も喋らずに座っていれば、どこのお姫様か、聖女か、という按配の美しさで“がに股”は犯罪だろう。
というか、特殊なマニアが許したとしても、格式高い王宮で許す可能性は皆無だ。
勿論、そういう理屈をミューがディスールに言うつもりはさらさらない。
何せこの銀髪碧眼の美女(というよりは美少女と形容してもいいかもしれない)竜は、あまりにも人間について無知だからだ。
「王宮についたら、私以外とは決して口をきかないこと。いや、私と話す時も周囲に人がいたら決して口を開いてはいけない。」
「どうして?」
小首をかしげるディスール。
「この国の常識はディスールの常識と違うという事さ。」
「ふーん…。人間って変なのね。」
ディスールが面白くないという顔をする。だが、そんな彼女に対してミューは厳しい顔をして言葉を続ける。
「そして一番守って欲しいことは、“人間って変”とか、自分が人間ではないような言動は避けること。
万が一にも変な噂が立ったら、王宮を追われかねん。」
一応馬車の中にはミューとディスールしかいないのだが、勿論壁一枚向こうでは、御者が馬車馬をさばいているし、
馬車の上にはタイガー…御者の役割を担う可愛らしい少年がちょこんと座っている。
彼等は王宮の持ち物であるから、滅多な事を聞かれればどうなるかは…あまり考えたくは無い。
「あぁ、そっか。わかったわ。私の正体が人間の占い師じゃないって思われたら大変だって事ね。」
白い竜ディスールは、とぼけた事ばかりを言うが、頭の回転が止まっているわけではない。
むしろ、人間の悪行は、人間以上に知っているほどだ。
その中でも一番恐ろしい、迫害…という奴は。
だから、彼女は彼女なりの考えから力強く頷く。
その様子を見て、真意を理解していない事をしっかりと見抜いているミューが深いため息を吐く。
「ここが王宮?キラキラしているわ。きっとドワーフから巻き上げたのね。」
ディスールが驚く。
彼女が幽閉される以前の時代では、人間はとても弱い生き物で、黄金をちりばめた外壁の城を建てるだけの力も金もなかった。
眠り姫が目覚めた世界は、一層様変わりしていたのだが、それでもお姫様は気丈にも歩き出すしかないのだ。死ぬ時まで。
ミェースチが苦々しい顔をして答える。その声は静かな怒りを讃えて震える。
「違う…、ドワーフはもういないんだ。」
「え?どういう事?」
「ディスールが眠っている間に…ドワーフは死んだんだ。一人残らず。」
その言葉にディスールは言葉を失った。
「ドワーフだけじゃない、エルフも、ニンフも、巨人も、小人も、多くの種族が滅んだんだ。」
―――誰のせいで?―――
ディスールの瞳が問う。
「…人間に滅ぼされた。」
ミェースチは俯いて呟いた。
それから、馬車が止まるまで顔をあげられなかった。
顔を上げたら、たぶん生きてはいられないと直感していたのだ。
わずかに視界に入ってくるディスールの、白い白い腕が醜く捩れていたから。
「ミェースチ様、ディスール様のおなーり!」
間の抜けた声が響くと、近くにいた女中達が玄関に並ぶ。
タイガーの少年がひょいっと馬車の上から降りてきて、馬車の中で優雅に座っているご婦人達の降りる為の段を用意する。
それからこほんっと可愛らしく咳払いをして、もったいぶった態度で扉を開ける。
最初に降りてきたのは、緩く波打つ金髪をなびかせる翡翠の瞳の美女ミェースチだ。
その顔は引きつった笑顔がはりついていて、どうにも様子がおかしい。
次に降りてきたのは勿論、銀髪碧眼の占い師ディスール。だが、こちらはもっとおかしい。
顔を絹地のヴェールで隠してはいるが、どう見ても泣いている。
だが、こういう場面は王宮の…特に後宮で勤める者ならば何度も見ているので、誰もが無関心を装っていた。
「さぁ、行こう。」
いたわるように、ディスールの肩に手を置こうとしたミェースチだが、その手は赤く腫れる程強く跳ね除けられる。
ミェースチの手を払ったディスールは、服の袖で涙を拭い絹のヴェールをとって王宮を睨みつけて叫んだ。
「あたしを怒らせるのは彼以来だわ!!」
人離れした美しき女神の登場に誰もが驚き、そして、女神のただならぬ怒りに怯える。
美しい姿とは裏腹に、醜い内情を孕む王宮がディスールを見下ろす。
運命は我の中にあり…と無言で語りながら。
最終更新日 2005/05/28
感 想 絶滅危惧種のお話し。 死んでいく生き物を見ながら無力に打ち震えるか 愛しい生き物の訃報を後になって聞くのか どちらの方が人の心を惑わせるかなあ……w
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