ある世界の物語

 

風が吹き真昼を歌う鐘が響く。
人間達が血と汗と夢と情熱と憎しみと重圧と、
様々な思いをかけて作った町並みが呼吸している。
もっとも、それは己のためにであって誰かの為にではない。


「ミュー…。」
ラス…改め、光に仕える占い師(!)ディスールは、目の前を映りすぎていく町並みに釘付けである。
光の竜が封じられていた山を下ったミューとディスールは、
そこに待っていた馬車に乗って応急へと向かっている真っ最中だ。
「どうした?ディスール。」
「昔とすっかり変わってしまったのね。」
呆然とした声で言うディスールに、ミューはふと思う。
―――彼女の生きた時代とはすっかり違う現代で、彼女はちゃんと暮らす事ができるのだろうか?―――と。
勿論、元来地上の、特に人間のことなぞ子供のように無知なのが竜というものだ。
だから、そんな機具を今更するのも少しおかしいが、何分、人間であるミューも竜の事はよくわからないのだ。
お互い様という奴である。
「ねぇ、お昼の鐘も鳴ったのだし、あたし何か食べたいわ。」
「王城まで我慢してくれ。お前の食べるものはその…生…なんだろう?」
ミューは自分で言って落ち込む。
光の竜は命の光を食べて生きている。だから、光の竜が人間に化けたモノであるディスールの食事ももちろん…
「そうね。できれば人間とか竜とか、食べ応えのある者がいいのだけど。仕方ないからウサギとかでも良いわよ?」
ミューが躊躇った言葉をさらりと言うディスール。
むしろ、"あたし、白パンにはイチゴジャムって決めてるけど、ないならマーマレードでもOKよ。"と言っている少女の乗りだ。
全く罪悪感とか嫌悪感を感じていない。
まぁ、そういう食生活なのだから仕方ないといえば仕方ないかもしれないが、
いくら世界を壊したいなんて言っているミューでも想像に耐えられない食事内容である。




「そろそろ昼だな。」
そう言ったジェラーニヤは凰火に目配せを送る。
実は、ジェラーニヤの使命を聞いた凰火が、人間の体に慣れる為にもと言って、剣術を仕込んでいる真っ最中だったりする。
もちろん、世界が異なる為かジェラーニヤの構えも戦い方も教えたモノとはすっかり変わってしまって、凰火は実に不満そうであるが。
ともかくそんなわけで、凰火のキツイ鍛錬に励むジェラーニヤは、この修行の鬼のような男に空腹であることを暗に伝えようとしたわけだ。
「昼だな。まだ夕方まで時間はある。喜べ。」
さすがは凰火。歴戦の勇者にして最強の師匠である。短期間とはいえ、弟子となった者に容赦はない。
だが、相手はジェラーニヤだ。使命には熱いが、ド根性とかスポ根にちょっと縁の無い青年である。
「異界からの来訪者にして剣術の師よ、実は天から美味な食事を持ってきたのだが…。休憩しないか?」
まず内容の提示。
「スポーツに限らず戦においても休息や栄養補給は実に重要だ。それは歴史を見るまでもない。
 兵糧の尽きた城に未来はなかったし、脱水症状を起こした選手が試合中に倒れたのはもはや論外だ。」
次に怪しげなうんちく。
「つまりここで休憩をとる事は、今後の活動水準を高める事であり、実に有意義かと存ずるが…どうだろう?」
そして最後にまとめを言って問い返す。
このディベート戦法は、ジェラーニヤの十八番であり、彼が空にある故郷にいた頃もよく使っていた。
実に性質の悪い部分である。
「そうだな…。仕方ない、一時休憩をとるか。」
ジェラーニヤのディベート戦法をこれ以上受けたくないと言った表情で、凰火はため息混じりに頷く。
その言葉に喜んだジェラーニヤは、両手を挙げて喜ぶ。
「やった!昨日から何も食べてなかったんだ!!」
その言葉に凰火は内心でつっこむ。"旅立つ前に食え。"と…。


「さぁ、食べよう!!」
満面の笑みで言うジェラーニヤ。炎の向こうにいる凰火の顔は引きつっている。
彼等は今、即席のかまどに火を入れ、手には何やら幾何学模様や数式がびっしりと描かれた羊皮紙を持っている。
「もしや、この…紙を喰えと?」
「紙じゃなくてシェーマの煙を食べるんだ。」
ジェラーニヤは満面の笑みを浮かべ、羊皮紙を炎にくべる。
羊皮紙はあっという間に燃え上がり、炎から立つ煙をジェーラニヤは思い切り吸い込む。
「あぁ、おいしい。これだけ美味しいのに量もあるなんて、さすが長老直筆のシェーマだな。」
その言葉を最後まで聞かず、凰火は荷物から道具を出して人間の食べられる料理を作った。



「まさか、人間がシェーマの煙を食べないとは思わなかったんだ。本当にすまない!」
ジェラーニヤは心底申し訳なさそうに凰火に謝る。
「無知にも程があるぞ!?何故世界の運行や光の竜の事には詳しい癖に、こういう普通の事を理解しておらんのだ!?」
いくらクールな凰火でもさすがに切れる。
「いや、だって、人間どころか闇の竜以外は俺の故郷にいなかったし…。知る必要もなかったし…。」
その言葉に鼻で笑う凰火。
「世界の理は素晴らしい、空の運行も実に有意義な行為だろう。
 だが、自分達こそが絶対だという態度でやっているならば、それは自己満足でしかない。
 いつか決定的な失敗を犯すぞ。」
ジェラーニヤは反論しようとしたが、凰火が言葉を続ける。
「お前の剣術もそうだ。そこに心がないんだ。確かに感情を封じなければいけない戦いもある。
 だが、そんな戦いの中でさえ、信じる者、守るべき者への思いは何者よりも己を強くする。
 にも関わらず、お前の剣には心がない。はっきり言って論外だな。」
そう言って料理から視線を上げる凰火。そこには、苛立ちで顔を染めるジェラーニヤがいる。
「しかも、自分の考えに反する者に対してすぐ攻撃的になる。そんな事では、心からの忠告も届きはしないだろう。」
「黙れっ!!」
ジェラーニヤの言葉を待たず喋っていた凰火に、とうとう声を上げる。
「ほら、図星だ。」
冷静にジェラーニヤの顔見つめ返す凰火。
「俺は、俺の思うべき所によって動いているのだ!!世界の為に動いているのだ!!誰かの為に砕く心なぞ無駄なだけだ!!
 非効率的なのだ!!そんな愚行はヘドロに練りこんで人間が喰っていれば良い!!」
そう早口に叫んでから、ジェラーニヤは口を押さえ顔を真っ青にする。
「愚かなのは誰か、それを問う気はない。」
食事を済ませ、片付けをしながら凰火は言う。
ジェラーニヤは竜のソレには劣る人間の声帯で彷徨し、森へと走っていった。
「我は刀耀 凰火。我は悪を断つ剣なり。されど、我は愚かさを断つにはまだ…。」
凰火の呟きは、かまどからの来訪者によって途切れる。


「あぁ、俺はどうしてしまったのだろう!?
 空にいる友よ答えてくれ、風にこの気持ちを届けさせ、君に伝えたい…。
 このドロドロとした気持ちを!!」
内側に広がる邪悪な思いに怯えているわけではない。
この他者を卑下する思いに急き立てられてはいけないと知っているからこそ、
内側から崩れていく苦しみを、別れを惜しんだ友に八つ当たりするのだ。
「何故こんなにドロドロとした醜い気持ちが俺の中にある?故郷にあった俺はどうだ?違う!!こんな苦い思いで身を焦がしたりはしなかった!!」
力任せに木を蹴ると、木はあっさりと折れた。
人に姿を映しても、そこにいるのは竜なのである。
闇の竜に脆弱な人間を思いやることなどできないのだ。
「あ、あのぉ…あんさん闇の竜でっか?」
「確かに私は闇の竜だが…貴殿は?」
独特の訛りを持つ声がどこから響いたのか、辺りを見回すジェラーニヤ。
「へぇ、ワテは地の竜の使いをやっとります、モグラです。」
その言葉に驚いたジェラーニヤは、今しがた声が響いた場所―――己の足元に目をやる。
「地面の中から失礼しますで。地ぃの竜はんからあんさんに伝言があるんや。」
きつい訛りにジェラーニヤは困惑しつつも、肩膝をついて地面の声に問い返す。
「地の竜からの伝言とは?」
「言いますで?
 "わたくし、地の竜は貴方に進言いたします。世界を廻る事を。
  それが貴方に答えを与えるものだから。
  そして同時に総ての真実を伝えるはずだから。"」
暫くジェラーニヤは何も言えなかった。
その流暢な言葉は、ジェラーニヤの砕けたプライドに火をつけるものだったからだ。
唯一の救いである"光の竜を倒す方法"を探す術が見つかったのだから。
「もう一度言った方がええでっしゃろか?」
「いや、結構。」
長いこと沈黙していたジェラーニヤに不安を覚えて問うモグラの言葉を一蹴する。
「地の竜に伝えてくれ。"闇の竜、ジェラーニヤは世界を廻る。そして光の竜を倒す"と。」
「わかりました。地ぃの竜にそう伝えときますわ。ほな、さいなら。」
モグラはそう言って、もう返事も何も返さなかった。
ジェラーニヤは立ち上がり、後ろを振り返る。
凰火の事を思い出す。
「俺を怒らせたんだ。もう少し付き合ってもらう。」
闇の竜はにやりと笑った。


「お前は誰だ?」
火を消していなかった即席のかまどから現れた竜に、凰火は問う。
「驚かないとは、人間にしては度胸があるわね。」
淑女の声で笑う竜を、凰火は呆れた顔で見つめる。
「どうでも良いが、この世界の竜とは礼儀知らずか自信過剰しかおらんのか?」
「それはレディに対しての言葉じゃないわね、異界の坊や。
 あたくし、これでも礼儀は知っているつもりですもの。
 ただ、今日はちょっと急ぎだったから、貴方達の焚いた炎に姿を映しているだけなの。
 それを考慮してくれないかしら?」
凰火の言葉を笑いながらたしなめる炎の竜。
「そんな事、俺にはわからん事情だ。」
全くもってその通りだ。凰火は異界からの訪問者でしかないのだから、礼儀がどうのと言う方がおかしいのだ。
「冷たいのね。さすが闇の竜と食事のできる人間だわ。」
含む所のある物言いで、かまどの炎が喋る。
「用件は何だ?」
凰火だってバカじゃない。
この小さな炎の竜が、闇の竜に関係する、あるいは光の竜や世界の滅びに関する事を伝えようとしている事を察する。
「あら、物分りは良いのね。」
「話を先に進めろ。」
凰火の鋭い視線に、炎の竜は不機嫌な顔をするが、すぐに神妙な面持ちで口を開く。
「単刀直入に言うわ。闇の竜を今すぐ太陽の生まれる地に連れて来て。」
「断ると言ったら?」
「そうね…今この場で貴方を焼き殺してさしあげるわ。いくら小さな火に姿を映していると言っても、それぐらいはできるのよ?」
炎の竜がぽんっと口から炎を吐き出す。
「勿論、貴方にはこんな脅し通じないでしょうから、もっと深刻な脅しを考えたかったのだけど…。
 残念、あたしは脅しがそれほど好きじゃないから他に浮かばなかったの。」
そう言ってにっこりと笑う炎の竜。
凰火はつくづく思った。"どうしてこの世界の竜は、遠まわしでモノを言うのだ…"と。
凰火は深く目を瞑り、ほんのひと時過去を思い出す。
そこに答えがないのを知りながら。
それからふっと目を開けた。




最終更新日 2005/05/20
感    想 。
        まだ台詞の最後に句点がついているので恥ずかしい。
        背景を書くのが楽しかったようで、無駄に細かいなと思う。