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ジェラーニヤの若く力に満ちた翼が中空を打つ。
緑の大海が切れ、まばらに平野が広がり始め、
太陽は総てを照らし貫く勢いで天上を行く。
薫風が彼の周りを笑いながら踊っている。
「あぁ、なんて気持ちいいのだろう?風の竜はいつだって風に乗るという。なんて羨ましいのだろう。」
ジェラーニヤがうっとりとした表情で咆哮すると、風達が驚いてジェラーニヤの顔を覗き込む。
「すまない。俺はこんなに気持ちの良い風に乗った事がないのだ。」
純粋な眼差しを返すジェラーニヤに、風の方が恥ずかしくなってしまう。
闇の竜は空の一等高みに住まう為、竜族一"普通"を知らない。
いや、知る術がないと言ったほうが良いだろう。
何せ、闇の竜の住まう場所には、風も水も火も土も、地上にあるほぼ総ての当たり前の事象がないのだから。
世界中の何もかもがキラキラと映るジェラーニヤの瞳に、不思議な光景が入ってきた。
眼下に広がる森と平野の狭間で大勢の人間が一人の人間を囲んでいるのである。
「人間があんなにいる。よし、降りて光の竜の事を教えよう。それに、何の儀式をしているのかを聞いてみるのもいいな。」
ジェラーニヤは使命感と好奇心を引きずって急降下する。
「我名は刀耀 凰火!!我は悪を断つ剣なり!!!」
中央で細身の剣を翳した人間が叫び、取り囲んでいた人間達を切り裂いていく。
ジェラーニヤは驚いて、大気を砕くほどの声で叫んだ。
「止めろっ!!」
すると、人間達が一斉にジェラーニヤを見上げる。誰もが一瞬目を疑い、沈黙した。ただ一人、奇妙な衣服に身を包んだ男を除いて。
「何故人が人を殺す!?今はそんな事をしている時ではないだろう!!」
ジェラーニヤの怒声に、人間達は我に戻り悲鳴を上げた。
「竜だ!」「!恐ろしい、悪魔の使いだ!!」「逃げろ!!」「闇を纏った化け物が降ってきた!!」「皆、逃げるんだ!!」
人間達は蜘蛛の仔を散らすように逃げていった。
ジェラーニヤは彼等の吐いた言葉に酷いショックを受けて、人間達がいた平野に力なく降り立った。
「どうして?俺は教えただけなのに…。」
―――もはや地上は人間の手の内。その中を行き来するには、その姿ではかえって嫌われてしまう。
人間は闇を酷く恐れるからな。だから、人間に姿を変え、人間と共に旅をするのだ。―――
森で出会った老木の言葉を思い出す。
「そうか、かの老君が言ったのはこういう事だったのか…。」
闇の竜は地上世界に疎いが愚かではない。
地上に住む総ての精霊や妖精、そして竜の善き友としてあった人間達が滅んだことを理解する。
ジェラーニヤは人間に対する希望的観測を総て胃袋へと詰め込んでしまおうと決める。
そんな落胆気味のジェラーニヤに声をかける者があった。
「おい、お前は何のつもりで邪魔をした?」
先ほど人間達を切り裂いていた男だ。
鴉のように真っ黒な髪と瞳を持つ男は、奇妙な服装に身を包んでおり、ジェラーニヤの知りうる限りの人間の衣装とは一線を画している。
「人間同士で殺し合っている場合ではないからだ。小さな人間よ。光の竜が目覚め、世界は滅びへと時代の歯車を進めているのに、人間同士で無益な争いをしているのを見て、それに口を挟んだ事はいけないだろうか?」
ジェラーニヤは首を曲げて男を見つめる。
「されど、奴等はこの辺りに住む盗賊だ。倒すべき悪だ。」
「それは関心できないな。生きる為の道理を自分達で組み替えておいて、その道理さえ守れないとは…。人間はなんて悲しいんだ。」
ジェラーニヤはまた落胆し、大きくため息をつく。おかげで凰火の髪がぼさぼさになる。
「俺は刀耀 凰火。異世界からやって来た旅人だ。よければ、光の竜と世界の滅びの関係を聞こう。」
その言葉に、ジェラーニヤは言葉を失う。
彼にとって認知できる世界は、闇の竜の住む天のドームだけだったのだ。
それが、地上に落ちて彼の認知できる世界が広がった。
木々のざわめきも、薫り立つ大地も、鬣を濡らす風も…、
色とりどりの生命に満ち溢れる地上をやっと知ったのだ。
だから、突然"異世界"と言われても直ぐには把握できなかったのだ。
「異世界…。こことは違う次元ということか。それはすごい。実にすごい!!」
堂々と名乗った凰火にジェラーニヤは釘付けになった。
「何故そんな人間の体で世界と世界の狭間を渡れる?どうして旅をしている?いや、それよりもその体の構造はこちらの人間と違うのだろうか?変わった服装だが、それはどういう気候帯によって現れる文化だ?その奇妙に細長い剣は何だ?そちらの世界とこちらの世界はどう違う?闇の竜はやはり月と星を管理しているのか?地上と竜の国は別々にあるのか?それとも竜はいないのか?神がいるのか?」
子供が親に"なぜ?"を山ほど繰り返すように、ジェラーニヤも凰火にたっぷりと質問する。
いや、質問というよりかは、自分への謎掛けのように呟いているようにも見えるが。
「待て。首が…いたい。」
凰火が肩に手を置いて首を回す。
当たり前だ、ジェラーニヤの体は三階建ての建物を悠に上回るものである。
見上げて喋るには人間の体では少々苦しいものがあるのだ。
勿論、それだけではなく、際限なく質問をしてくるジェラーニヤを止める為でもある。
「あ、あぁ、すまない。ちょっと待ってくれ。人間に化けよう。」
そう言ってチョコチョコ(?)とつま先歩きをして森の中に入るジェラーニヤ。
ジェラーニヤが森の中で屈み、その巨体がすっかり木々に隠れて見えなくなった瞬間、人間には到底発音できない声が響いた。
同時に闇が天から伸び降りて、ジェラーニヤの屈んだ辺りに突き刺さる。
闇がすっかり跡形もなくなり、空がいつもの青い海に白い雲の旗を立てると、森の中から一人の男が歩いてきた。
「すまない。人間の姿をとるのは初めてで、どうも大事になってしまった。」
苦笑する男は、凰火よりも更に深い黒い髪と瞳を持つ美青年と言ってよかった。
だ、凰火はそんな事よりも言及すべき点をわかっていた。
「…服を着ろ。」
顔を歪める凰火に、男は首を傾げる?
「何故だ?」
「全裸だと、変質者に間違われるからだ。」
「む、そうなのか?人間とは面倒だな。」
男は飽きれたように肩を上下するが、それ以上に凰火は呆れ顔である。
男はその場に屈み、草の輪郭さえわからない己の陰を掴み、布を纏うように陰を纏う。
陰は男の体に張り付き、次第に輪郭を得、最後には漆黒の衣装を生み出し、また地面と男の足の間に戻った。
「こんなものでどうだろう?」
「まぁ、あえて追求はしないが…。」
「何か言いたげだな。」
「いや、別に。」
凰火は、"それでは別の意味で変質者だ"というつっこみを喉の奥に止め置く。
実は男が陰から作り出した服、どう良心的に見ても"漆黒の騎士様"とか"暗黒の魔剣士"ってな按配の、…つまり黒で統一されたアレなモノなのである。
「ところで異界の旅人よ、俺は名前を名乗っただろうか?」
「名乗っておらんな。」
両者共に"そういえば、そうだった"という感じで顔を見合わせる。
「俺の名前はジェラーニヤ。と言ってもこの世界の竜は本名を名乗らないから、ただの愛称でしかないから、どう呼んでくれても構わない。」
「何故だ?」
「竜にとって名前は偉大なる術なのだ。千の方式と万の図式を集めても決して明かされず、月の光も陽の光も見透かす事の出来ない謎でさえある。だから、真の名も呼び名も曖昧であることが大切なのさ。晦に咲く真実のように、輪郭さえ悟られてはいけないのだ。」
「面倒な事をするな。この世界の竜はお前のように謎掛けのような喋り方が好きなのか?」
「いいや。俺は闇の竜だからさ。闇の竜は月と星の運行を司る一族だから、世界中の何者よりも理屈と道理が好きなんだ。」
ジェラーニヤが笑う。凰火はまたまた呆れてしまう。
「話は変わるが、先ほど言っていた"光の竜"と"世界の滅び"とはなんだ?」
凰火の何の気なしの言葉に、ジェラーニヤの笑みが凍る。
「光の竜が目覚めたんだ…。」
短い沈黙の後、ジェラーニヤが呟く。
「この世界には遥か昔、光の竜の一族がいた。命の光を食べ生きる彼等は、地上の管理をしてたと聞く。だが、ある時、光の竜が世界を滅ぼそうとしたんだ。何故かは誰も知らない。ともかく、それ以来、光の竜は世界を滅ぼす者になった。」
遠い目をして過去を語るジェラーニヤ。しかし、そこには語り部としての物言いしかない。
「竜族の戦士の多くが地上へ降り、人間や力ある生き物達と光の竜を殲滅したが…、最後の一匹だけは殺せなかった。彼女はたった一匹で世界の半分を壊すほどの力を持った竜だったから。だから、封じた。地の竜が闇の竜の名前と引き換えに岩の牢へと彼女を封じたとも伝えられている。」
最後までジェラーニヤの瞳は、当事者の持つ憤慨も喜びも悲しみも映してはいなかった。
当たり前だ、ジェラーニヤにとってもそれは遥か昔の出来事であったのだから。
「で、その光の竜が牢から出てきたのか?」
凰火の鋭い問いに、ジェラーニヤは強い意志を込めて凰火を見つめ答える。
「そうだ。誰かは知らないが、人間が光の竜を解き放った。」
そこには語り部としての単調な虚ろは無く、当事者として己を自覚した者の覇気が立っている。
「何故わかる?」
「感じるんだ―――あの真っ青な瞳を!!」
ジェラーニヤが空を見上げる。まるで、光の竜の青い瞳に気付いたように。
「どうかした?空に何かあるのか?」
ミューが問うと、ラスは慌てて空からミューへと視線を移す。
「いいえ!…ただ、黒い瞳を感じたの。」
「ラスを封じる唯一の竜?」
不安気にまた空を見上げるラスを茶化すように言う。
「さぁ?わからないわ。でも、彼が生きているはずないわ。」
「どうして?」
「彼の亡骸をあたしはよく知っているから。」
ミューはラスの言葉に背筋のざわつきを感じて話をそらす。
「ところでラス。呼び名を聞いたすぐ後で悪いのだが、偽名を名乗ってもらいたい。」
「は?」
突然の告白にラスは驚いてミューを見返す。ミューは困ったような可笑しいような、なんとも言いがたい笑いを浮かべている。
「とりあえず、王には"光に仕える占い師ディスール"と紹介してしまったのだ。」
「…ちょっと待って。」
ラスはミューの目の前に右手を出して、待ての仕草をする。左手は額に置き痙攣する眉間を隠している。
「あたし占いできないし、というかディスールって何?誇大妄想もいい加減にしろって感じの悪趣味な名前わ!!」
切れた。
竜という生き物は、本名を明かさない。
だから呼び名を沢山持っているし、それがさも本名のように振舞うのだが、ネーミングセンスは高くない。
例えばラスという愛称だって"夜明け"という意味の"ラスヴェート"を短くして言っているだけなのだ。
とは言え、ミューのネーミングセンスはそれを上回る悪趣味さだ。
"ディスール"とは"占い師"という意味なのである。
占い師が"あたしの名前は占い師よん♪あは☆"と言っていると想像してほしい。
その占い師はどこまでも胡散臭いだろうし、そんな奴の占いを信じる者は少数派だろう。
「大丈夫、占いに関しては腕の良い占い師を見つけてきたからな。そいつに占わせればいい事だ。」
そう言って親指を立てるミュー。それは立派な詐欺だ。
「名前に関しては、この国の人間に言葉の意味なんてわからないから問題なしだ。実際、私の名前に異論を唱えた奴は誰もいないしな。」
そう言って嘲り笑うミェースチ。
「あ、ありえない。どうせそれも偽名なんでしょうけど、"復讐"なんて名前…おかしいと思わないわけ?人間。ってか国王!!一番偉いんじゃないの!?気付きなさいよ!!」
一呼吸のうちに叫んだラスの傍らで、ミューは遠い目をして笑うだけだった。
彼女はきっぱりと人間に愛想を尽かしていた。
だからもう、人間の愚かさに絶望も怒りも抱けなかったのだ。
最終更新日 2005/05/19
感 想 鳳鳥 剣龍さんにお借りした刀耀 凰火さん登場の回。 カッコいい台詞回しは剣さんの作品から引用してみたり。 この頃から、ラスはおてんばなお姉ちゃんになりはじめた。
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