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朝日は悲しく光っている。いつだって。
山を貫くその日差しを、小鳥達が騒ぎ立てる。
光は幾種類もの色を重ねて白く輝くというけれど。
何故だろう、真っ白な朝日はこんなに悲しい。
「ミュー、こんな感じでいいのかしら?あたし、人間に化けるのなんて久しぶりなの。」
岩陰から現れた女性は、しきりに身なりを気にする。
「思った以上の出来だな。一瞬、どこの女神が現れたのかと思ったぞ。ラス。」
ミューはそう言って、ほうっとため息を吐く。
それもそのはずだ。
陶磁器のように白く透き通った肌に、最上のサファイアのような瞳がはめ込まれ、魅力的なボディラインに銀の髪がまとわりついているのである。
この姿を女神の光臨と思ったミューの気持ちを少しはわかっていただけるのではないだろうか?
「良かった。どこかおかしなところがあったら、計画が台無しになってしまうものね。」
光の竜の姿から一変、美しい人間の女性と化したラスは、くすりと笑う。
「では山を降りよう。下に向かえが来ているはずだ。」
ミューが山の裾野を指し示す。それほど遠いわけではないが、どう見ても朝の散歩よりかは距離があるし、その数倍はきつそうな道だ。
「あたしがミューを背に乗せて降りた方が早かったんじゃないの?」
「それではラスが竜だとばれてしまうだろう。それはいけない。」
「どうして?」
ラスが実に不思議そうに首を傾げる。
「人間というのは欲の深い生き物なんだ。目の前に“力”があれば手に入れようとする。手に入らなければいっそ壊してしまおうとするぐらいに、“力”に憧れるのさ。私自身、ラスが頷かなかった場合の手段は色々と考えていたしな。」
そう言って、銀髪の美女に対して狂気の浮かんだ瞳を向ける。
暗に、逆らうなという言葉を混ぜて。
「あら怖い。でも、私をどうにかできるのは闇の竜だけよ。それも、特別な闇の竜だけ。」
ミューが言葉に含む所なぞお構いなし喋るラス。だが、最後の“特別な闇の竜”という下りには、底知れない怒りが込められている。
彼女を封じた竜の姿を思い出しているのだろう。
「まぁ、いいさ。こんな所で怪談話は止めておこう。私はちと空腹なんだ。」
雲行きの怪しくなったラスの顔を見計らって、ミューは話を逸らす。
徹夜明けでもあるため、実の所、空腹をどうにかしたいという気持ちも十分にある。
「あたしもよ。」
ラスが顔をあげる。
「ところで、ラスは何を食べるんだ?色々と調べたが、光の竜の食物だけは世界中どこの文献にも載っていなかったぞ。」
「当たり前よ。あたしは食べ残しはしないもの。」
意味深なラスの言葉に、ミューは寒々としたものを感じつつも話の先を待つ。
「光の竜は、命の光を食べるの。だから、食事風景を書き残せる奴なんてこの世にいるはずもないわ。」
そう言ってラスが高々と笑った。
闇が落ちてくる。闇というにはあまりにも力強く、覇気のある黒い竜の青年だ。
中空まで来ると、体を起こし翼を広げゆっくりと森へと降下していく。
地上にある森の中で一番古い、太古の森の末裔だ。
「あぁ、森っていうのも実に気持ち良いね。地の竜が森を好むのもわかる気がする。」
闇の竜ジェラーニヤは森に降り立つと、翼の膜から尾の先まで全てをぐんっと伸ばし、緑と土の匂いを体いっぱいに吸い込む。
すると、どこからともなく笑い声が聞こえてきて、それはジェラーニヤをすっかり取り囲んだ。
「おや、笑い声だ。誰かいるのかい?」
ジェラーニヤが長い首で周囲を大きく見渡すと、
人間の少女のような姿をした者たちが、木々の後ろや枝葉の上、とにかくそこら中から顔を出して、くすくすと笑っている。
森の妖精の一種だ。
「こんにちは、小さな森の住人達。失礼だけど、何がそんなにおかしいんだい?」
ジェラーニヤは実に紳士的な面持ちで少女達に挨拶したものだから、妖精達はひどく驚いたような表情をしてジェラーニヤをじっとりと眺める。
「貴方って不思議ね。言葉を話す生き物は、大抵礼儀知らずなんだと思っていたわ。」
ジェラーニヤの長い鼻先にある枝の上から妖精達の一人がそう言うと、他の妖精もしきりに頷く。
「それはきっとめぐり合わせの問題だ。きっとこんなに森の奥にやってくるのは、迷子ぐらいだったんだろう。迷子というのはいつだってそうだ。大人でも子供でも心細くなって、つい礼儀を忘れてしまうものなんだ。」
ジェラーニヤはお得意の説教口調でそう言ってから、ぽんっと手を叩く。
「いけない、いけない。俺はすっかり目的を忘れてしまうところだった。小さな森の仔達よ、人間の長老に会うにはどうすれば良いのかわかるかい?俺は地上に不慣れだから、道さえもわからないんだ。」
肩を上下するジェラーニヤの巨大な姿が、どうにも愛らしく思えて、妖精達はフゥッと花の香りたっぷりのため息を吐く。
「そういう難しい事は森の長老様に聞くと良いわよ、大きな真っ黒さん。長老はね、この森が生まれる前からずっと森の中心に生きているそうだから、きっと貴方の質問にも答えてくれるはずよ。」
さっき喋った妖精が、そう言って森の中心を指し示す。
「ありがとう、可愛い森の女性よ。」
ジェラーニヤは目の前の枝から手を振る妖精に特大の口付けをして森の中心へと飛び立つ。
ジェラーニヤの飛び立った後には、「貴方キスされたの?」「なんてステキなの!」とジェラーニヤに口付けされた妖精が仲間達に茶化されている。
ジェラーニヤはあっという間に大きな森の中央へとやってきた。
いくらジェラーニヤが地上に疎くても、中空に上がれば巨大な森の中央に一本だけその老体を誇示する木を見つけるのは容易いことなのだ。
ましてやジェラーニヤは竜である。
目標を見つければ、突風のように素早く空を駆けて、あっという間にその傍らへと降り立つなど朝飯前だ。
「古き森の長老よ、私は天の運行を司る闇の竜のジェラーニヤだ。時間を頂けないか?」
ジェラーニヤの巨体でもさらに見上げなければいけないほどの巨木が答える。
「よかろう、闇の竜ジェラーニヤよ。そなたの問いに答えよう。」
巨木がざわめき、低い声が響く。
「ありがたい。実は昨晩、星の運行の最中に酷い暗示を見つけてしまったのだ。」
「それは天よりも古い恐怖で、海よりもなお深い悪意が、長い眠りから目覚めて世界を壊そうとしているというものだった。」
もったいぶる様な物言いで話すジェラーニヤ。
「ふむ。」
しかし、巨木は静かにその先を待つ。
「今朝、俺は天の底から地上に降りてきたが、その暗示は正しかったのだ。この地上のどこかで、光の竜が目を覚ました!!それも人間の力によって!!」
「なんと恐ろしい!」
ジェラーニヤの言葉に、巨木がブルルと振るえ、色濃い緑の葉がジェラーニヤの頭上に何枚も落ちてきた。
「だから教えておくれ、古き森の善き賢者よ。人間の長に今すぐにあって、俺は光の竜の眠りまで彼等に力を貸さねばならないんだ。」
そう言ったジェラーニヤの瞳は真剣そのものだった。だが、巨木は答えない。
「駄目だろうか?」
ジェラーニヤは沈黙を続ける巨木にそっと問いかける。
巨木は深く大地と空を呼吸してから、ゆっくりと返答した。
「よく聞け、若い闇の竜よ。神話の時代は遥か昔に終わったのだ。今は地上も荒れ果てて、人間達が我が者顔で歩いている。もはや人間の長なぞ役には立たないほど、身勝手に生きているのだよ。」
その言葉にジェラーニヤは憤慨して尻尾をピリリと立てる。
「なんだって!?それでは世界が光の竜に壊されるのを地上で見ているしかないのか!?」
ジェラーニヤの声が、空を割る落雷のように森中に響き渡る。
お陰で、森の住人達は酷く不安そうな悲鳴を上げた。
「そう急くな、お若いの。何も方法を一つとは限らないだろう?」
「確かに。」
巨木に諭されて、ジェラーニヤは深呼吸して気を落ち着ける。
「光の竜と人間が手を組んだとしても、一昼夜にして世界は滅びない。神話の時代もそうであった通り、世界というのは酷く頑丈にできているのだ。」
ジェラーニヤはじっと巨木を見つめる。
「探せ、若い闇の竜よ。かつて光の竜を滅ぼした力を、光の竜を封じた力を、そして、旅の善き仲間を。」
「仲間はいらない。その力のある場所を教えて欲しい。」
きっぱりと言い放つジェラーニヤ。
「駄目だ。力は全ての竜によって隠され、もはや知る術はない。」
「ならば俺一人で探す。」
「駄目だ。仲間を持つのだ、勇ましき若者よ。」
「何故だ?」
闇の竜の中でもジェラーニヤは特別頑固者である。だから、地上で一人頑張ろうと決意した以上、引き下がる気は毛頭無かったのだ。
「もはや地上は人間の手の内。その中を行き来するには、その姿ではかえって嫌われてしまう。人間は闇を酷く恐れるからな。だから、人間に姿を変え、人間と共に旅をするのだ。彼等は愚かで貪欲だが、それでいて実に純真なのだから。」
「人間とは実に複雑怪奇なのだな。俺にしてみれば空の運行の方が遥かに誠実だ。」
ジェラーニヤは心底不思議そうに首をひねる。
「そうかもしれない。だが、空の運行には心がない。心を理解しない闇の竜よ、人間と旅をして心を知れ。そして、“力”の意味を知るが良い。」
巨木のきつい言葉をジェラーニヤは真剣に受け止めはしなかった。
何故なら闇の竜は力強く、巨大で、そして聡明な生き物だったから、心を理解する事なぞ必要ないと思っていたのである。
例えば恋にしたって、特別予測不可能なゲームぐらいにしか思っていないのである。
ジェラーニヤは翼を広げ飛び立つ準備をする。
「ありがとう、森の老君。貴方にギアミェートリヤのご加護を。」
「ギアミェートリア?」
巨木が不思議そうに問う。
「あぁ、闇の竜が崇める法則の敬称です。地上では幾何学というのだったかな。」
「ははは、確かに闇の竜らしい。お前にもギアミェートリヤのご加護を。」
巨木が見送る中、巨大な闇が朝焼けの終わった空へと飛び立つ。
日差しは良好、風も朗らかで、新緑の薫る時期を一層心地良く演出している。
緑の海を眼下に、若く使命に燃える竜が旅立った。
最終更新日 2005/05/19
感 想 童話とか、英雄譚とか、少女漫画とか、そういうものを感じる。 メルヘンと少女趣味を合わせたような雰囲気の回。 それはともかく……妖精ってこの世界に居たんだ。
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