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暗い岩牢の中に闇がうずくまっている。
誰も訪れず、牢番さえもなく、ただ時間が過ぎ去るのにまかせているとしか思えない。
そんな岩牢に、不思議な音がした。
誰かが牢の外にある、地上と繋がる階段を下りてくるのだ。
牢の中でうずくまっていた闇が重たそうに首を上げる。
牢の前で止まった何者かに、闇が問う。
「何者だ?」
牢の前に立っているらしい者は、低く笑ってこういった。
「世界を壊すのを手伝ってくれないか?」
太陽の打ち上げ台の下で、炎の竜が仲間達と夕日を眺めている。
「見てみろよ。大地へと俺等が上げた太陽が落ちていく。」
背の高い竜が地平線を指差した。
「本当だ、僕達が打ち上げた太陽が大地に飲み込まれていく。」
細身の竜が、沈み行く太陽を感慨深げに見つめる。
「俺たちは毎日、地の底を走るマグマから太陽を持ち上げて、それを空に打ち上げる…当たり前のことじゃないか。」
「そしてこの世の果てに沈んだ太陽を、地の竜がマグマへと乗せるんだ。普通のことだよね。」
別の仲間が二匹、口を揃えて言う。その顔には疲れが滲んでいる。
「あーもう夢がないよ!!考えてもみなよ!!世界中を照らす太陽を自分達の力で打ち上げてるんだよ?もっと感動しようよ!!」
細身の竜は、雄にしては甲高い声で叫ぶ。
「…お前はまだこの仕事について浅いからそんな事を言えるんだよ。」
「どういうこと?もしかして、こういう作業がめんどくさいから、とか言わないでよ?」
そう言って細身の竜がデッキブラシを掲げる。
太陽は毎日20匹の竜によって空に上げられるが、彼等のように下っ端の竜は、太陽が上がった後の打ち上げ台の掃除をしなければならない。少ない人数の為もあるが、毎日、太陽が上がってから夕暮れまでかかる大掃除なのである。
細身の竜もこの仕事について一週間、さすがに疲れてはいたが、それでも太陽を打ち上げる瞬間の幻想的な光景に励まされて頑張っている。
「まぁ、1ヶ月後にはわかるって。」
疲れた顔の竜がそう言って、モップとバケツを片手に打ち上げ台から飛び立った。
「ねぇ、ママ。どうして太陽は沈むのに、お月様は空をぐるぐる回るの?」
湖の底から夜空を眺めていた水の竜の少女の言葉に、母親は苦笑する。
「何故ってお前、太陽は炎の竜と地の竜が管理しているからよ。」
「お月様は?」
長い尾ひれで月を指し示す少女。
「闇の竜よ。夜空に住んでいる竜達で、彼等が月と星を上手いこと動かすから、誰も田植えの時期を間違えないし、夜でも海の真ん中で迷ったりしないのよ。」
「そうなんだ。とっても不思議!」
興奮して胸びれを叩き、水中でクルクル回る少女。
「でも、お母さんにはもっと不思議な事があるわ。」
クルクル回る少女の首ねっこをくわえて、水の底にある洞窟へとひっぱっていく母親。
「なぁに?」
少女は運ばれる事さえ楽しそうに“キュッキュ”と鳴く。
「貴方がいつ眠ってくれるのかよ。」
「うにゃぁ。」
ため息交じりの母親の言葉に、少女は知らん顔をした。
珊瑚の欠片で出来た砂浜を歩く二匹の仔竜。
「ねぇ、兄さん。父さんってあの海の向こうにいるのかな?」
小さい仔竜が指差した先には、空との境目を無くした真っ暗な海が広がっている。
「そうだよ。海の向こうにある島にいて、夜に陸へと風を送るんだ。」
そう言って大きい仔竜が気持ちよさそうに潮風を受けて翼をはためかせる。
「波作りって大変だね。」
小さい仔竜も、兄の真似をして翼をはためかせる。
「そうだとも。だから父さんみたいに強い風の竜じゃなきゃ、風送りの島までいけないんだ。」
「でも、たまには帰ってきてほしいな。」
小さな仔竜が消え入りそうな声で呟き、その場にしゃがみこむ。
「わがままを言うなよ。一番会いたがってるのは母さんなんだからさ!」
小さな仔竜の背中を叩く兄。その顔にもやはり寂しさは滲んでいる。
「うん。」
「さ、そろそろ帰ろう。早くしないと、母さんに“夜遊びはいけません!!”ってたっぷり怒られちゃうからな。」
苦笑いを浮かべて、小さな仔竜の手を掴む。
「だね!」
小さな仔竜は母親の怒鳴り声を思い出して、大きく首を振った。
「見て、ダディ。緑の竜しゃんが飛んでるの。」
地の竜の子供が空を指差す。
「本当だ。よく見つけたね。」
父親は空の高みを見つめて、内心ドギマギした。
(あの仔達、夜の空の飛び方をちゃんとわかっているのかな?あんまり高く飛ぶと星に頭をぶつけるぞ。)
そんな父親の不安なぞ、小さな子供には通用しない。
「えらゃい?」
父親へと期待に満ちた瞳を向ける子供。
「うん、凄い凄い。」
父親は子供を抱き上げて肩車する。子供は満足げに父親の角に掴まる。
「えへへ。ねぇ、ダディ、昨日は闇の竜しゃんのお話をしてくれたでしょ?」
「そうだね。」
「じゃぁ、光の竜しゃんもいるの?」
「あ゛!?」
一瞬、わが子を振り落としそうな勢いで体を震わせる。
「ダディ怖い!!」
「あ、あぁ、ごめんごめん。あんまり驚いたものだから。」
今にも泣きそうなわが子を肩から下ろし、抱きかかえる。
「光の竜しゃんはいないの?」
涙をこすりながら、小首をかしげる子供。
「うん…それはダディにもわからないよ。」
「どーして?」
更に小首をかしげる子供。
「光の竜の話はしちゃいけないからだよ。」
父親は口元を手で覆い隠して、“静かに”のジェスチャーをした。
「変なの!」
子供にとっては、こんなお話の終わり方は不満でしかなかった。
「鐘が鳴る。」
闇の竜の一匹が、静かに目を開く。
「どうしたんだ?急に目を開けて。」
隣に座っていた竜が、何事かと首を上げる。
「時代が回り始める。」
「時代なんていつも回ってるじゃないか。時間の女神の約束どおり。」
隣に座っていた竜は、突然声を立てられたので、星の運行に小さな誤差ができてしまった事に腹を立てている。
「違うんだ、違うんだ。あぁ、起きなければ!!!」
しかし、声を立てた竜は、同僚の機嫌も己の行っている星の運行も全て忘れて持ち場を離れてしまった。
「お、おい、ちょっと!!俺に星の軌道を任せっぱなしでどこに行っちまう気だよ!!」
二匹分の星の運行を強いられて、激怒する竜の声が届かない。
「長老、俺は今から地上に降ります。時代が回り始めた。不吉な者が目覚めて世界を壊そうとしている!!」
先ほど叫んだ闇の竜が、幾何学模様の部屋の中央で瞑想する長老竜に叫ぶ。
「ふむ、ならば行きなさい。我々竜族が地上に関わるのはあまりよくないことだが…それも運命なのだろう。」
長老竜は全てを悟るような口調で答える。
「ありがとうございます。ギアミェートリヤのご加護を!!」
「お前にもな。」
長老の言葉を待たず、竜は部屋を飛び出した。
「さぁ、殺しに行こう。地上の運行を司る竜達にも腹が立っていたんだ。一緒に全てを壊そう。」
白いマントがお似合いの美しい人間の女性が笑う。
岩牢から出てきた、光の竜が頷く。
「あたしは人間も嫌いだけど、貴女とは気が合いそうだわ。」
「それはありがとう。さぁ、壊しに行きましょう、全てを!!」
世界が転がり始める―――
最終更新日 2005/05/19
感 想 2004年に「竜の寄り道」で連載したものをそのまま再録。 この物語のきっかけは「若いもんに負けない」でした。 何も作り込まずに書き始めたので、早速破綻してます。
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