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「来たか…」
未だ建設途中の、工場となる予定の建物が並ぶ区画の鉄塔に登り、クードは身を潜めていた。
手には暗視スコープを装着した狙撃銃が握られている。
今回の任務は暗殺だった。
最近、減少したはずの麻薬に関する事件が再び多発し始めていた。
この街に関わる大半の麻薬組織は既に壊滅しているはずなのだが、外国を本拠地とする大規模組織が手を伸ばしてきたらしい。
そして今夜この場所で、この国での活動を取り仕切る幹部が麻薬取引に直接顔を出しに来るという情報を、クードは信頼できる筋から仕入れていた。
さらに、クード自身には一つ気にかかることがあった。
件の幹部の名前こそ分からないが、その容姿は黒髪の白竜人である、と。
「まさか……まさか、な」
果たして、人影が足音を忍ばせながら建物(おそらく倉庫になる予定なのだろう)に入っていった。無論クードがそれを見過ごすはずも無かった。
しかし様子がおかしい。人影はたったの一人なのだ。
取引というからには複数人数がいなければ何にもならないし、あの建物にあらかじめ誰かがいたというわけでもない。
そして自分の仕入れた情報の信頼性は確かなものであり、間違っているはずもないのだ。
「(どういうことだ…?)」
鉄塔に上っているので、クードは建物を見下ろす形になる。
長い銃身の影を悟られないように注意しながら狙撃体勢をとり、暗視スコープを覗き込む。
建物の天窓越しに先ほどの人影が見えた。倍率を調整し、人影の頭部をアップで捉える。
「(そんな…バカな!?)」
暗視スコープであるため体色は判断しづらいが、その顔は確かに竜人であり、自分の知っている顔であった。
黒髪の白竜人と聞いて自分が思い浮かべた三人の知っている顔のうちの一つだった。
直後、その竜人はクードに気付いているかのように、スコープの方へ微笑みかけた。
あまりの出来事に、銃を保持する手が思わず震え、照準がぶれる。
信じたくは無かったことと、予想すらできず信じられないようなことが同時に起きている。
ふと、竜人が何かを言っているのに気がついた。
再び照準を合わせ、その口の動きを読む。
竜人はハッキリした口の動きで、何度も同じ一言を繰り返した。
「こっちに来いよ、クー=ヴァン=ジ・エアリス」と。
もう何年も前のことである。
家から逃亡した春龍は放浪を続け、さまざまな街を通り過ぎていった。
ある人物から貰った金は既にかなり使ってしまっていた所に、トドメとばかりにスリに遭ってしまった。
こんなことなら一つの街に定住してコツコツと路銀を稼いだ方がマシだったかもしれない、という後悔すらも、
いつ追いつかれるかも分からない追っ手の存在への恐怖に打ち消されていた。
ようやく手に入れた自由ではあるが、結局はそんな感情に縛られ、ただ一方向に身体を動かすしか出来なかった。
街や村といった纏まりから外れた部分は、ほとんどが人の手を付けられていない自然のままで、そこでは法など意味を成していなかった。
以前有り金をはたいて買った武器を使って獣を狩り、布に包まって寝る。
雨風さえ上手く凌げば、野宿というのも牢の中で寝るのと大差は無く、慣れたものだった。
そして放浪を続けて次の街にたどり着けば、自然と人気の無い通りの方へと向かっていった。
真っ当な戸籍を持たずその日限りでも雇ってくれてなおかつ金額の入る仕事を、様々な街を通った経験で知っていた。
まともに人前で話すことなど到底出来そうに無い、夜の仕事。糧を得るため売るものは自身の身体。
当たり前のようにそれを行い、慣れてしまった自分に春龍は人知れず苦笑した。
「私…何がしたいんだろう?」
かつて純粋だと呼ばれたが既に自分自身そうだとは思えず、それでもまだ幼い思考で思い悩むが、答えは出ることなく、ただ必死に生きている。
そんな放浪生活も一年を過ぎた頃だった。
徐々に切り詰められる生活費、心身ともに増し続ける疲労、耐え続けていたが所詮は16歳の少女。ついに限界が来た。
次の街にたどり着くことなく、人気の無い山道で倒れた。
(私、ここで死ぬのかな…。姉様たちのことだから、『どこかで死んでくれれば嬉しい』と思っているんだろうな…。
悔しいけれど、その通りだな。小狼や飛牙は、どう考えているんだろう…)
結論を出すことなく薄れてゆく思考。次第に身体から抜けてゆく力を、春龍は取り戻そうともせずに身を任せた。
視界が狭まり、やがて真っ黒になる。そして思考も中断し、ようやく苦しみから開放された。
………はずなのだが、
気がついたら、春龍は木製のベッドの上にいて、毛布に包まっていた。
生きているのか、それともここがあの世という奴なのか、疑問符が大量発生する。
とりあえず自分の身体や周囲を見回して状況を確認しようとした。
木で組まれた家のようで、それほど広くは無いようだが、小屋と呼ぶには大きすぎる。
窓の外の風景を見る限りは、先程の山の中のように見える。
室内はいくつかの家具が小奇麗にまとめられていて、奥の扉の向こうからは調理をしているような音が聞こえる。
そして春龍自身の身体には特に異変は見られず、ただ着ている服は見慣れぬもので、全身の傷には手当てがされていた。
自分の荷物(といってもたいした量ではないが)はベッドの脇に置かれている。汚れきった衣類は洗濯されていた。
「助けられた…のかな」
いつのまにか綺麗に手入れされている自分のナイフを手に取り、軽く呟いた。
ふと、視界がぼやけ、姿勢が崩れた。
まだ体調は回復しきってはいないようだ。そのままベッドに倒れこむ。
奥の部屋から、足音が聞こえた。ドアノブが回り、扉が開く。
未だにぼやけてピントの合わない視界に飛び込んできた男の姿を見て、春龍の意識は吹き飛んだ。
長い黒髪の、白竜人だった。
牢に繋がれ、殴られ、蹴られ、穢された。恐怖と憎悪の対象である、兄の姿。
「あ……いやぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁっ!!」
手にしたままのナイフを、まだ上手く力が入らないが限界まで強く握り締め、床を蹴って竜人に向かって突き進み、
「お、おい! どうした!」
竜人が何か言うのも聞き取れず、
我に返った時には、春龍の目の前には、ナイフの柄を胸から生やした竜人が血塗れで仰向けに倒れていた。瞳孔は開き、呼吸は止まっている。
その光景を見て呆然と立ち尽くす。
確かに白い竜人ではあったが、それは体毛ではなく、瞳も緑色である。春龍が恐れていた獣毛竜人ではなかった。
ここまで手当てされているのに、追っ手というわけでも無いだろう。
「あ…あぁ……」
関係の無い者を、有無も言わさずいきなり殺してしまったのだ。
取り返しの付かないことをしてしまった。
「そんな…」
「あ〜、死んだかと思った…」
いきなり声が聞こえた。
即死のはずの竜人が起き上がっていた。
「……え?」
自分の方がショック死するかと思った、と後に春龍は語った。
「いきなりご挨拶だな……って、勝手に服着替えさせたりした俺も悪いか。すまねぇ」
なんでも無いかのようにしゃべり続ける竜人の胸に傷らしきものは見えず、ナイフは竜人の右手に握られていた。
「お〜い、聞いてるか〜? ………聞いてねぇな、こりゃ」
作りたての料理にがっつく春龍を見ながら、白竜人は先程まで着ていた服を洗濯機に放り込む。
「しっかし、たまげたぜ。たった一人で道端に倒れてたんだからよ。……悪いたぁ思ったけど、身体を見せてもらったぜ」
その言葉に春龍はピクリと反応し、手を止める。
「おっと、妙な真似はしちゃいねーよ。傷の手当てだけだぜ。まぁ色々あったみてぇだけど詮索はしない。話したくねぇなら黙ってていいぜ」
安堵のため息をつく春龍。どうやら、自分に危害を加える気は無いように見える。
しかし、希望は持つものではない、優しさには裏がある。
それがこの十六年間生きてきてもっとも強く感じた教訓である。
何より、自分はこの竜人に対していきなり刃を向けるという、殺意丸出しの行動をとってしまったのだ。
何をされても文句は言えない。
そこまで考えて、ふと疑問に思う。
確かに、刃を向けたはずのだ。
「あの……大丈夫、なんですか? 確かに刺してしまった感触があったんですけど…」
「おう、ギリギリで止めたから怪我一つねぇぜ。まぁオレにも非があったんだから、気にすんなよ」
白竜人はアッサリとそう言う。
「まぁ衝撃までは抑えきれなかったから倒れちまったのは本当だけどな。それ以外は、刺しちまったって言う暗示が強すぎて幻でも見たんだろ」
「でも…」
確かに傷は無いように見えるが、それならば先程洗濯機に入れた赤く染まった服は何なのかと、尋ねようとした。
直後、白竜人の目つきが険しくなる。
これ以上は聞くな、そう言いたいのだろう。
本能的にそれを察した春龍は、言葉を区切り口を閉じた。
「ま、必要ならしばらくここに居ていいぜ。ここはオレの家だからな」
「……いいんですか?」
「随分とほったらかしにされて荒れ果ててたのを、格安買い取っただ。気にすんなよ」
そう言って自分の分の料理を平らげる白竜人。
「ゆっくり食べな。しばらくしたらまた来るぜ」
そう言い残して、食器を持って扉の向こうに消えた。
「おっと、」
直後、もう一度顔を出す。
「名前だけ教えてくれねぇか? 本名じゃなくてもいいからさ。…ちなみに、オレはアイゼン。アイゼン・R・シュミットだ」
「私は……」
そこから先を言葉に出来ず、言いよどむ。
さすがに本名を使うわけには行かない。というか、使いたくはない。しかし良い名が思いつくわけでもない。
「名前はありません。好きに呼んでください」
「……オッケー。名前、考えといてやるぜ」
そしてアイゼンと名乗る竜人は顔を引っ込め、再び扉が閉じられた。
私は何をやってるんだろう…。
完全に警戒心を解き、身体の欲求に逆らわず料理を口に運ぶ春龍は、ふと自分の行動に疑問を投げつける。
希望は持つものではないと思っておきながら、何故かこの竜人の言うことには逆らえない、むしろ身体が逆らわない。
殺してしまったはずなのに生きているのに驚いて、警戒心が吹き飛んでしまったのだろうか。
心の底から安心できるのは、何故だろうか。
「なんで、助けたんですか…?」
「お前さん、ホントに助けられたと思ってんの?」
いきなり扉の向こうから声がした。
いつのまにか口に出していたらしい。
「傷の治療をしたのも、信用させるためだったら? そのメシに睡眠薬や毒薬でも入ってたら? お前さんはどうするつもりだったんだ?」
「……」
考え付きもしなかった。ただひたすら喰らいついていた。
普段ならば気にしないはずが無いのに。
「私は…貴方を信用してません。してないはずなんです…。してない、はずなのに……」
先の言葉が紡げず、俯く春龍。
「ま、ぶっちゃけ言っちまうなら、オレはお前さんとは赤の他人だ。後悔しようと死んじまおうと、オレには関係ねぇ。
…だけどな、なーんか…放っとけなかったんだよ。目の前に倒れられてちゃ、気になっちまうだろーが」
「…あ、そうだったんですか。すみません」
直後、ドアの向こうでブッと噴出す音がした。
「どうかしましたか?」
「お前さんって……純粋っつーか天然っつーか…馬鹿なんだな」
どこかで聞いたことのあるような事を言われ、春龍はほんの少し顔を赤らめる。
「ハハハ、気に入ったぜ、クー!」
大きく笑う声が聞こえ、少し恥ずかしくなると同時に、また疑問が増えた。
「…クー?」
「お前さんの名前だぜ。気にいらねぇんなら、自分で決めな」
…面白い人だ。
互いが互いををそう思った。
「いえ…私は、クーです」
何の警戒も無く全て食べ終え、春龍は…クーはベッドに横になった。
「久しぶりだなァ、元気だったか?」
手にしたライターに火をつけ明かり代わりにして、倉庫の入り口付近に来た人影を見る。
アイゼンは、ごく普通に街中で友人に会ったかのように明るく言った。
「…元気ですよ。少なくとも、初めて貴方にあった頃よりは」
明かりに照らされたクードが僅かに苦笑する。しかし瞳は笑っていない。 <
数年間、自分の保護者代わりとして都市での生き方を教えてくれた竜人。
自分の素性も一切聞かず、戸籍を作り仕事を回し、やがて去っていった人。
その相手が目の前にいた。自分の暗殺対象として。麻薬組織の幹部として。
「オレを狙撃しろって依頼が来るくらいだからなァ、結構な腕前なんだろうな。それともただの捨て駒か?」
「さぁ、分かりませんね。それよりも…」
背負っていたライフルを手にして、少しずつアイゼンに歩み寄った。
「何故、貴方が…?」
「おっとストップ」
クードの疑問を掌で止めて、アイゼンはふと周りを見回した。
「…よし、誰もいねぇな」
それだけで何故分かるのかどうかも疑問だったが、それは置いておいた方がいいな、とクードはどうでもいいことを思う。
「ま、その話は置いとこうぜ。今夜ここで取引なんてねぇんだから」
「…え?」
自分が信用している情報をすべて打ち壊すようなその言葉。
あまりの事に思考回路の処理能力が追いつかなくなり、パニックを起こしそうになる。
「さて、と……突然でわりぃけど、お前のことはちょいと調べさせてもらったぜ」
ピクリと一瞬クードの足が震え、そして止まる。
「案外簡単に忍び込めたぜ。まぁ、まだ馬なんて使ってる地域もあるくらいだからなァ。…そうだろ、春龍」
「………」
俯き、口を閉ざすクード。
「…どうした?」
「その名を…」
ライフルを握る手に、力が入る。
「その名を…呼ぶなぁぁぁぁぁっ!!」
大声で叫び、ライフルを腰だめに構えてアイゼンにまっすぐ向ける。
しかし、銃口の狙いがアイゼンに定まった瞬間、ライフルはクードの手から弾け飛んだ。
「…オレには銃口は向けないほうがいいぜ。死にたくなかったらな」
先程まで胸元にあったはずのサイレンサー付き拳銃を左手に持ったアイゼンが言った。
アイゼンはその銃口をほんの一瞬だけ春龍に向け、すぐに胸元にしまった。
「…すみません」
興奮し激しく鳴る鼓動を鎮めつつ、春龍は素直に謝った。
「気にすんなよ。それより…」
アイゼンの方から、ゆっくりと春龍に歩み寄る。
「言いたくねぇのは分かるが、教えてくれねぇか? 昔のことをな…」
「あ…ぅ…」
そっと、優しげな瞳で春龍を見つめるアイゼン。
話すことで何かが解決しそうだという考えと、張り詰めていた緊張の糸が耐えきれずに切れてしまったためか、
「うあああぁぁぁぁぁぁ!!」
クードは、まるで子供のように大声で泣きながらアイゼンに抱きついていた。
何故話してしまっているのだろうか?
それすらも分からないが自然と口からは言葉が漏れ、気付けば過去の全てを話そうとしていた。
「…陽 飛牙か……」
その場に座り込み、クードのライフルを整備しながら、アイゼンは話を聞いた。
時折、アイゼンの身体にすがり付くようにして泣きながらも、クードは全てを語り終えた。
「そうか……オレは随分とマシなほうだったんだな」
アイゼンは、ただそう呟いた。
ふとクードのほうを見る。
だいぶ落ち着いてきた所を見計らって、
「アイゼン・ヴァイス・フォン・グランツ」
「…え?」
「オレの、生まれた時の名前だ」
まるでクードの話のお返しとでもいう風に、自らも語り始めた。
「50年以上も前の話だ…。こことは違う別の大陸に、陽家みてぇな名家があったんだが、遺産の相続争いで本家は崩壊した。
それがグランツ家だ。オレは、その家の生き残りだ。…血の上ではな」
僅かに苦笑しながら、続ける。
「そこはな、代々青竜人が続く家系なんだが、末っ子のオレだけは違った。お前さんと似たようなもんだ。
オレの場合は生まれてすぐに捨てられた。そのまま死んだものだと、家の誰もが思ったらしいがな」
クード自身も初めて聞く、アイゼンの過去。
初めてのはずなのに、何故か懐かしく聞こえた。
「幸運と呼ぶべきかどうかはわからねぇが…オレは獅子獣人に拾われ、育てられた。それが俺の親父さ。
…だがなぁ、その後すぐに、国中巻き込んで内戦が始まりやがったんだ」
オレの親父は、反政府軍のリーダーになってた。当然、激戦区のど真ん中になるよな…。
慢性的な人員不足だぜ。親父は泣く泣くオレに戦い方を教えた…。
物心ついた頃には、オレは銃を握ってた…。
初めて人を殺したのは何歳の時だったか、もう覚えてねぇや…。
戦争で人を殺した子供ってな…その後は大きく二つに分けられるんだぜ…。
精神が潰されて、もう何も出来ずに死ぬか…、それを乗り越えちまって、また人を殺せるようになるかだ…。
オレは、ただ自分が死なない手段として殺して殺して殺し続けて…そのうち、人を殺すことなんてなんにも思わなくなっちまってた…。
十年近く経って、内戦は反政府軍の勝利で終わった。けど、革命実現を夢見た親父はその前に戦死してた…。
あれからもう半世紀が経った。その間にまた戦争もあった。オレはそこでも、敵を殺し続けた…。
そして戦争を終わらせるために、両軍の上層部を丸ごと壊滅させた。勿論、躊躇いなんて無かったぜ…。
「戦いの中でのみ、存在意義を見出せるし、見出される。オレはそんな奴なんだよ…」
整備を終えたライフルをクードに手渡しながら、そう言ってまとめた。
「この家の名前を使って、陽家に堂々と入ることが出来た。隙だらけだったから、お前のことをこっそりと調べることも出来た」
「そうだったんですか…」
クードはそれだけしか言わなかった。言葉がまとまらず、それ以上のことは言えなかった。
「この大陸に来たのはただの気まぐれ。お前さんを見つけたのも偶然だ。だけどな…」
右手をクードの頭に置き、撫でる。
遠目に見れば歳の離れた兄妹のようにも見えるだけあって、頭一つ分以上の身長差はあった。
「初めて見た瞬間、なんかほっとけないって思ったんだ…」
そのまま抱き寄せ、右腕で抱きしめた。
クードは、ほとんど意識もせずに両腕でしっかりと抱き返す。
「ありがとう…兄さん……」
出てきた言葉もまた無意識であった。
「兄貴扱いかよ…。ま、オレも妹みてぇに思えてたから同じか。まぁ、そういうわけで…こんなこともやってるってワケなんだぜ」
右腕はそのままに、左手で拳銃を抜き横に放つ。
直後、爆音と爆風が場の空気に突然の変化をもたらした。
投げ込まれそうになったグレネードを撃ち落したのだ。
「…!?」
慌ててアイゼンから離れるクード。
その顔を見つめて、アイゼンは落ち着いたまま話した。
「今夜取引があるって情報なァ…オレが流したデマなんだぜ。もっともデマだと知ってるのは本物の組織とオレ自身ぐらいだ」
サイレンサーによってほとんど消され、至近距離でなければ聞こえない銃声がいくつも走る。
「要するに、組織にとっちゃオレは正体不明の邪魔者ってワケだ」
「ですが、一体何故こんな真似を…?」
自身もライフルを構え、周囲に注意を配り始めるクードが尋ねた。
「こうしときゃあ、オレん所に何人も組織の連中がやってくるはずだ。それを纏めて返り討ちにしてやるためだぜ!
ついでに本部の場所を聞き出せれば、そこもまとめて潰せるしな!」
倉庫の入り口や天窓からこちらを狙っていた男たちが全員倒れるのに、二十秒とかからなかった。
「まだ来るぜ。おおおそで北20人、西から15ってとこだな。手伝ってくれるんなら気ぃ抜くなよ!」
「…はい」
置かれていたコンテナを踏み台に天窓まで上り、狙撃姿勢をとる。
「西は頼むぜ。距離おおよそ800m。近いぜ!」
何故そこまで分かるのか、という質問は後にしようとクードは決めた。
距離と方角が分かればこちらのものだ。
幸いにも西方向は開けた場所が多く、敵が建物の影から顔を出した瞬間を狙うのは容易なことだった。
「…東からは、来ないのですか?」
あらかたを迎撃し終えた後に、ふとクードは疑問を口にした。
クード自身、この周辺の下調べはあらかた済ませているため、どの方向からなら攻めやすいかなども把握している。
最も攻めやすいはずの方向から誰も来ていないのは不自然そのものであった。
「あぁ、そっちか。心配いらねぇよ」
瞬く間に北からの敵を全て片付けたパンツァーがアッサリと言う。
「東側だけは大丈夫だ。オレが世界で一番信用できる味方を控えさせといたからな」
「…お別れですか?」
「ああ、コレを片付けたら、すぐに帰ると思うしな」
アイゼンはそう言って手に持った紙切れを見せた。
息の残っていた男から聞き出した本部の場所のメモだった。
「デマ流して悪かったな。縁があったら、また会おうぜ」
立ち去ろうとするアイゼン。
ふと、その腕をクードが掴んだ。
「……これは私の我儘ですが。また会いに来てくださいね。縁があったらではなく。……兄さん」
しばらく悩んだ後、アイゼンはクードを見つめた。
緑の瞳と赤い瞳、互いに互いが映る。
「…分かったぜ。そのうちまた来るから、死んでんじゃねぇぞ。…クー」
ほんの僅かに赤面したのを感づかれないように足早に立ち去るアイゼンの後姿を見て、クードは軽く笑った。
「貴方と会えるなんて、光栄でしたよ。『最強の傭兵』さん」
そしてクード自身も、倉庫から姿を消した。
その日の明け方、クードが自分の住むボロアパートに戻った頃、丁度アイゼンも旅館の客室の扉を開けていた。
既に二組の布団が敷かれていて、片方には青い竜人が潜り込んでいた。
「…次の夜に行くのか?」
布団の中から男の声がした。
「なんでぇ、起きてたのかよ」
上着を脱いでハンガーにかけたアイゼンが、布団の上に座り込み、疲れたようなため息をつく。
「あぁ、夜になったら真正面から乗り込んでカタつけとくぜ。手伝ってくれっか?」
「私にその気がなくとも無理やり引っ張って連れてゆく気であろう」
青い竜人が冗談交じりに言うと、アイゼンも軽く笑った。
「ハハハ…。わりぃな、オレの勝手な事につき合わせちまって」
既に洗っておいた身体からは硝煙の匂いは一切せず、アイゼンは遠慮なくそのまま布団に潜り込んだ。
「良いのか? それを終わらせてからすぐに行ってしまって」
「…そのつもりだぜ。アイツはもう、オレなんかいなくてもやってける。それに、あんまし長く居るとオレがここを離れられなくなっちまう」
そう言ってアイゼンは苦笑した。
「ふわぁぁ…っ」
盛大な欠伸をして、さらに深く布団に潜る。
それほど大したことはやっていないはずであるが、やけに疲れた。
安旅館とは思えないほど質の良い布団もあって、急な眠気がアイゼンを襲う。
「しかし、あのクーという竜人…」
「んぁ…?」
青い竜人が真剣な口調で言うが、既にアイゼンの頭の回転は急速に鈍り始めていた。
「何処かで見た覚えがある…。何十年も前、私がまだ"生きていた"頃に…。それが何時どのような状況だったかが、まったく思い出せぬのだが…」
そこまで言った所で、青い竜人は背後から聞こえる息遣いの変化にふと嫌な予感がして、身体を逆方向に向ける。
視界の中央に入っているアイゼンは、しっかりと寝息をたてていた。
「人が話をしている最中に……」
僅かに怒りを込めた口調で、青い竜人が呟く。
「ふん、覚えていろ」
呆れて文句も言えなくなった竜人は、再び反対側を向いて深く布団に潜り込み、視界を閉じた。
最終更新日 2006/05/28
三 言 クーちゃんの過去話の一つ。
なんだか気になる言葉を残す青い竜人も居たりと、美味しい話。
この頃の設定ではアイゼンさんの瞳が緑だったのですが、
aliothはよく"赤"と間違って落書きしていて注意受けまくってましたw
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