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やめろ・・・・・
ヤメロ・・・・・・・・
止めてくれ!!
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
彼女自身の叫び声で、彼女は目覚めた。
これだけは、何度経験しても慣れることは無かった。
ベッドの上で上半身を起こし、荒い呼吸を繰り返しながら彼女は周りを見渡した。
そこが自分の部屋だと確認するのに数秒、呼吸を整えるのに数十秒を要した。
時計は午前四時を指していた。
たまに、このように悪夢でたたき起こされることがある。
それが『裏の仕事』をやった日の夜ともなると、きついことこの上ない。
熟睡できないと『表の仕事』に響くからだ。
とにかく少しでも寝た方がいい。
そう判断して、彼女は再びベッドに潜り込んだ。
そして朝五時半。
二度寝防止型目覚まし時計のおかげでなんとか起き上がった彼女は、
いつもの通りに軽い朝食をとり、コートを羽織って外出の準備をした。
洗面台に備え付けられた鏡を覗き込む。
やや青混じりの灰色の毛皮の、ごく普通の獣毛竜人(と言っても獣毛竜人自体が極めて珍しいのだが)の顔が映り込む。
短く削られた黒い角一対に、赤い瞳と寝癖ボサボサの白い髪。そしてその背には翼は…無い。
家族に嘲られ続けたこの顔、幼い頃に何度呪ったことだろう。
汗でべたつき、ごわごわとしたこの体毛、ろくに身じろぎの出来ぬ夜に何度呪ったことだろう。
「気にするな。所詮過去の事だ」
あえて声に出し、鏡に映る自分に言い聞かせた。
そしていつも通りに少々乱暴に髪を梳かして、やや老朽化しつつある玄関のドアを開けた。
「クーちゃん、おはよっ!」
夕食は何にしようかなどと考えながら、まだ人の少ない通りを歩いていると、突然声を掛けられ、肩を叩かれた。
反射的に肘打ちを出しそうになった右腕を押さえながら振り向くと、そこには見慣れた顔があった。
「シホか…驚かすな」
竜人女性、クーが呆れながら言う。その口調に女性らしさは無く、声も低い。
「え〜、普通はこんなんじゃ驚かないでしょ?」
人間女性、シホがかなり幼い口調で言った。こちらも女性にしてはやや低い声だが、クーとはまた違うトーンである。
クーとシホは同じ場所で働くバイト仲間で、有名チェーンのレストランで一日中バイトをしている。
店ではほとんど正規職員のような扱いを受けていて、経営上の都合でバイトとされているだけのようなものだ。
付け加えておくが、まったく正反対な印象のこの二人は長い付き合いと言うわけではなく、バイトを始めてからである。
年齢はクーが21、シホが18。と言ってもバイトは同期ゆえに先輩後輩と呼び合う仲ではない。
またレストランのバイトと言ってもクーは倉庫の荷物運び等をおこなう裏方。シホはウエイトレスである。
「ねぇ、今日はバイト終わったら何かある?」
「少し用事がな」
「…ちぇっ、つれないなぁ。でもそ〜ゆクーちゃん大好きだよ♪ クールなクーちゃん!」
洒落か? とクーが思った瞬間に、
「愛してるよぉっ!」
シホが抱きついてきた。
「やれやれ…」
などと言っているうちに当のレストランに到着するのが、毎朝おなじみとなっていた。
「おっはようございまーす」
「おはようございます、店長」
「あぁ、おはよう。今日も二人とも早いね」
一人で店の準備をしていた熊獣人の男が愛想よく答えた。
親しみやすく、それでいて真面目で、誰からも慕われそうな性格である。
「おっ、エアリスちゃん、それ新しい髪飾り?」
店長が、クーの髪の方を指差した。
同時にシホもそちらを見る。
「ええ、まぁ…」
「クーちゃん、そんなのいつの間に?!」
どうやらシホは気付いていなかったようだ。
薄い青銀色のシンプルな髪飾りが、クーの白い髪にとまっていた。
「………」
「何か?」
「…いや、こうしてみるとエアリスちゃんも女なんだな〜と思って…」
「店長ひど〜い! それじゃクーちゃんが男に見えるみたいじゃないですか!」
「かまわないよシホ。私は気にしてないから」
職員用の休憩室に歩を進めながら、クーが軽く苦笑を見せる。
「それに、女に見えないのは事実だからな」
「では、お疲れ様でした」
日も沈みかけてきた黄昏時にクーは店を離れた。
夜も任意選択で仕事に出られるので、そちらも出れば当然もらえる額は増えるが、今夜はキャンセルした。
『裏の仕事』を終えた日の翌日だからだ。
クーは家には帰らず、そのまま人気の少ない裏通りへと行く。
普通に歩いていたら見逃してしまいそうな位置に、酒場があった。
看板には『Free wings』という、意味が有るのか無いのかよく分からない店名が掲げられている。
何も言わずに店に入り、クーはカウンター側の席に座った。
店内で飲み食いしている人々の一部は、その竜人の姿を視認して思わず手を止めた。
いつものことだ、と、クーは軽いため息をつく。
「ご注文は?」
男の声がかかった。
「アイスコーヒー。ブラックで」
相手の顔を見ずにクーは答えた。
「クード、お疲れ様だったね」
一分後、男はコーヒーと小さな木箱を持って再び現れた。
「いつもとそれほど変わらんさ、マスター」
その時になってようやくクー、もとい『クード』は相手の方を見る。
『マスター』と呼ばれたその男は、酒場のマスターにしてはかなり若い方だと思える狼獣人だ。
マスターからコーヒーと木箱を受け取ったクードは、右手でカップを持ちコーヒーを飲みながら、左手で木箱を開けた。
中身の札束がすべて本物であることを確認して、懐に収めた。
裏の仕事を終えた次の日は、仲介人であるマスターが預かっている報酬をこうして取りに来る。
マスターはいつも木箱を使う。何故かは不明だが、敢えて聞く程の必要も無かった。
ふとヒソヒソ話が耳に入り、もっとよく聞こうとコーヒーを堪能するフリをしながら耳を傾ける。
「おい、誰なんだよあの竜人? 有名な奴なのか?」
二つ向こうのテーブルに座る虎獣人が尋ね、
「バカ、知らないのか? あいつが『掃除屋』のクードだぞ」
虎人の隣に座る中年の人間が答えた。
「なんだよ、すました顔してやがるけど、思いっきりひ弱そうじゃねぇか」
虎人が急に立ち上がった。
「おい、どこ行くんだよ?!」
「ちょっとナンパだよ、ナンパ」
約一分後、頭上に星を回した虎人が店の前に転がっていた、とだけ記しておこう。
警察では手が出ない、裏社会の何でも屋。
調査、捜索、護衛、暗殺……ありとあらゆる依頼をこなし、戦闘力においても一目置かれている。
『スイーパー(掃除屋)』と呼ばれる彼等の中には、一癖も二癖もある者も多い。
そして、クードもその一人だった。
依頼を受ける基準は金でも難易度でもなく、依頼の動機。
それが、クード自身の正義に外れるようであれば、たとえ札束を積まれようとあっさりと拒否する。
所詮やっていることは犯罪。いくら正義と言えど、それは偽善。
それでも、クードは己の人道主義を曲げる気はなかった。
コーヒーを飲みながら、クードは深いため息を一つついた。
虎人を華麗な右ストレートでノックアウトした直後だが、何事も無かったかのように平然としている。
「それで、結局奴らは何だったんだい?」
マスターも、やはり平然としている。手には、虎人の連れの人間が手渡した酒の代金を握っている。
「昨日の仕事のことか。いつものことだ。あの手のパターンはたいていが政治家だ」
「やれやれ、世も末だねぇ…」
「我々もそう言える立場では無いがな」
クードが軽く苦笑し……直後、いきなり伏せる。
手に持っていたコーヒーカップが砕け散った。そしてテーブルに、鉛の塊が食い込む。
「…狙撃か。当たったのかい?」
マスターが、先ほどまでとはうって変わって真剣な表情で聞いてきた。
「いや、大丈夫だ。…咄嗟に避けたが、カップに直撃したようだな」
姿勢を低く保ちながら、何人かが騒ぎ出している店内を見て、開かれている窓を見て、テーブルの弾痕を見て、そして言う。
「事を荒立ててしまってすまない。一時間で戻ってこなかったらコーヒー代はツケにしておいてくれ」
そのまま店の外へ出ようとするが、
「ちょっと待って。これ持っていくといい」
マスターが手渡したのは、黒い金属製の直方体のようなもの二つ。周囲の客に見られないように、服のすそで隠しながら。
「……余計なお世話だ」
そうは言いながらも受け取り、律儀にドアまできちんと閉じて、クードは店外に出た。
「やれやれ、感謝すればいいものを。素直じゃないねぇ…」
店を出た瞬間に飛んできた一発を避け、すぐ脇のダストボックスの影に隠れる。
先程のテーブルの弾痕位置や開いていた窓の位置から、おおよそどの角度で狙撃をしていたのかは予測していたが、あまり当てにはならない。
多くのビルが立ち並び、影から狙える所は多い。さらには潜伏できそうな廃ビルまで少なくはないのだ。
唯一の救いは月光の明るい月夜であることくらいだろう。
着弾点に気を配りつつ、クードは懐から愛用の拳銃を取り出した。
先端部にサイレンサーを取り付け、安全装置を解除する。
マスターからもらった二本の予備マガジンは、手持ちのマガジンと共にコートの裏に押し込んだ。
ダストボックスの影から一瞬だけ顔を出す。一射が来る頃にはすぐに顔を引っ込めていた。
0.5秒にも満たない時間で、百数十メートル先のビルの窓で、細長い棒のようなものが動くのが見えた。
この辺りの地理は既にクードの頭に入っている。撃って来たのは、廃ビルの五階か六階辺りから。
「(一射目からほとんど動いていないな。経験値は少なめと見ていいのだろうか……)」
影から身を出し、一気に駆け出す。
ジグザグ移動をしたり、そばのビルに隠れたりと、不規則な移動をしつつ、しかし確実に距離を詰める。
今のところ被弾はゼロ。
未だ正体不明の狙撃手は、先程からあまり動かず、せいぜい階層を変える程度。
「(スナイパーは囮か? ならば他のビルの影に本命がいてもおかしくは無いのだが…)」
本当にただのマヌケが一人だけなのであれば楽なのだが…、などと考え、軽く笑う。
目標の廃ビルは既に目と鼻の先に来ていた。
狙撃手は動く気配は無い。
「(待ち伏せのつもりか? …これは、賭けだな)」
手持ちのまともな武器は拳銃一挺+α程度。この廃ビルに正面入り口以外に入れそうなところは無い。
「(やることはただ一つ。正面突破のみ!)」
全方位に注意を配りながら、鍵の壊された正面入り口を抜け、内部に忍び込む。
内部は造りこまれる前に廃されたらしく、部屋分けすらされていない、柱が何本かと枠すらできていない窓があるだけの空間。
埃だらけの中に、隠そうとしてはいたらしいが誰かが侵入した痕跡があった。
妙な物音も臭いも、人の気配も無い。
待ち伏せやガスなどのトラップも無いようだった。
「(行って……良いのか?)」
警戒しつつ、次の階へ上がる。
それが三回ほど繰り返されただろうか。
僅かな物音が耳に入った。
「(反響の仕方から考えて、次の階だな)」
階段の下から、上の階を見つめる。
わざと足音をたてて、銃を構え、一発放つ。と同時に階段から身を引く。
反撃はすぐに飛んできた。何発もの銃弾が床を穿つ。
しかしこちら側の姿は見えていないらしく、ただ闇雲に撃つだけのように見えた。
「(反応が遅い!)」
柱の影から腕だけを出して、クードも銃弾を乱射する。
直後、悲鳴が聞こえ、相手側からの銃撃が止んだ。
その悲鳴がフェイクである可能性は否めないし、相手が一人だけではない可能性はもっと高い。
隙無く銃を構えながら(勿論たった今歩いて来た後方への警戒も忘れずに)ゆっくりと階段を上る。
果たして上の階には、ごく普通の人間の男がいた。
血まみれの右肩を左手で押さえ、右足を引きずりながら床を這い回っている。
その顔には恐怖の二文字しか見られない。
「た、頼む…命ばかりは助けてくれ…!!」
痛みに呻きながら命乞いをする男をクードは無視した。
クードはまずその階全体を見渡し、次に床に落ちている狙撃銃に目を向けた。
「……素人だな」
「えっ…?」
「確かに射撃そのものは上手いが、それ以外はまるでなっていない。実戦経験は無いな。
競技射撃経験者か?」
「あ、ああ…そうだ! 俺は雇われただけなんだ!! 頼む、助けてくれ・・・・!」
無表情な、冷徹な視線でクードは男を見下ろす。
銃口を向け、冷ややかに言う。
「口車に乗せられたか。思えば貴様も哀れな男だな…」
「じ、じゃあ…」
男が何か言いかけた瞬間、その顔の3センチ横を銃弾がめり込んだ。
「貴様にそれを頼んだのは誰だ? 本名か組織名は?」
銃口から男の頭まで1メートルと無い距離。加えて感情のかけらも感じさせない口調と視線。
競技しか経験していない男にとって、威圧効果は充分すぎた。
「それは……」
言いかけた直後、
男の頭が吹き飛んだ。
さらにしつこいほど、連弾が飛んでくる。
「(しまった! 最初からこの男は捨て駒だったのか!?)」
上の階から飛び出してくる数人の男たち。
自分の方にも飛んでくる弾丸を避けながら、後ろに飛びのくが、
狙ったように後ろに回っていた大柄な獅子獣人の男に羽交い絞めにされた。
「なッ…」
取り落とした拳銃が音を立てて床を転がった。
獅子は姿勢を変え、クードの両手首を掴んで押し倒した。
「ひぁっ、や……やめ、て…!」
「フン、お堅い顔の割にはなかなかいい声で啼いてくれるじゃねぇか」
クードの脳裏に思い返されるのは、忘れようとしてもできない過去。
あの頃の純粋な恐怖心と同じものが、ひたすら抵抗を促す。
しかしいくら種族基本能力に差があるとはいえ、女性が筋骨隆々の男から逃れられるはずも無かった。
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!」
獅子のいやらしい笑みが視界を覆いつくし、
次の瞬間には、真っ赤に染まった。
「えっ……?」
獅子は、表情をまったく変えずに、脳の破片を撒き散らしながら倒れた。
そしてクードの耳に届く、かすかな銃声。
「狙撃だ!」
男たちのうちの誰かが叫び、次の瞬間には断末魔の悲鳴をあげて倒れた。
その後から聞こえる銃声。
「(着弾より銃声が後。超長距離狙撃か!?)」
クードが正気を取り戻した時には既に四人が倒れていた。残りは、視界に入る限りは二人。
立ち上がると同時に姿勢を低くし、近くにいた黒服の狼獣人に肉薄する。
「こいつ、まだ…」
狼人が銃を向けるより早く、クードは髪から飾りを引き抜く。
五寸釘程度の太さと長さを持つ毒針が、内部に折りたたまれていた。
一気に狼人の喉元を刺し貫く。
同時に、謎の狙撃によって最後の男も倒れていた。
「………終わった、のか?」
既に呼吸も止まっている狼人の身体を盾にしながら辺りに注意を向けるが、
他に増援が来る様子も、謎の狙撃が自分を狙うことも無かった。
「いったい、誰だったのだ……?」
「クーちゃん、今日はちょっと相手が悪かったのかな。でもアタシがいてよかったね♪」
件の廃ビルから1キロ以上も離れたマンションの屋上で、狙撃銃を構えながら独り言を言う影があった。
狙撃銃を抱えている以外、普段とまったく変わらぬ様子の、シホだった。
そして翌日、また何事も無かったかのように朝が来る。
それが彼女たちの日常。
…変わるはずは無かったのだ。
最終更新日 2006/05/28
二 言 『鈴の音と共に連れ去って』のクーちゃんのお話。
レーネさんは銃撃戦の描写が上手いなあ……。
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