|
僕は……このために生きていたのかな。
「……これで任務完了ですね」
「あ、あぁ…。お疲れ様」
僕は刃に付いた血を払って、マチェットを鞘に収めた。
硝煙の匂いにまみれてやって来た小隊長はそんな僕を少し唖然としながら見ている。
多分、僕の傍らで山積みになっている敵の死体を見たんだろう。
でもそんなに凄いことじゃないと思う。僕はそんなに特別なことなんてしていないんだから。
「それじゃあ、一旦戻りましょう。増援に見つかりでもしたら厄介ですからね」
今、この国は内戦の最中だ。既に四年目に突入している。
国中が戦場になっているようなものだから、もちろん慢性的な人手不足。
まだ11歳の僕も、その戦力を買われて…それと、僕自身が志願したこともあって反政府軍の少年兵をやっている。
その戦果は…もちろん大人である隊長たちも舌を巻いているそうだけど、うぬぼれるつもりは無い。
「よぉ、ご苦労さん」
狼獣人の中隊長さんが、帰還してきた僕たちに声をかけてくれた。
主に作戦指揮をしているのだけれど、実戦でもその銃の腕はかなりのものと聞いている。
敬礼をして、小隊長が事務的な口調で言う。
「第三小隊、帰還しました。戦闘結果は後ほど報告します」
「了解した。次の命令があるまで待機だ。ゆっくり休んでくれ。…あぁそれと、身体洗っとけよ、ドラッヘン」
そう言って中隊長はタオルを渡してくれた。
ドラッヘン。今の僕の名前……というわけでは無いが、皆からそう呼ばれている。
その言葉は竜を意味している。僕が青竜人であることに由来している。
本名はとっくに捨てた。名乗りたがらない僕を怪しむこともなく、皆は僕にこの名をつけて、受け入れてくれた。
もっとも、みんな僕の素性には気付いているのだろう。この辺りで青竜人の家といったら、『あそこ』だけだから。
水に浸けたタオルで顔を拭くと、一気にタオルが真っ赤に染まった。全身に返り血を浴びていたが不快には感じていなかった。
随分と慣れてしまったんだなと思うと同時に、だんだん自分がおかしくなっていくんじゃないかとも思う。
「僕は……このために生きていたのかな」
思わず声に出てしまう。
元々僕は、この辺りでも有名な青竜人の家系の出身だ。
長男次男は、当主を継ぐ者とその補佐として相当な将来が期待されているが、三男である僕は英才教育よりも少々の武術も習っていた。
…三男に生まれたことは幸運だったのか、不幸だったのか。
当主である父が病により急死すると、大人たちの間で遺産の相続争いが勃発した。
父が逝った三週間後に長男が、さらに三日後には次男が事故で父の後を追った。
家の中の誰もが、それが血縁の誰かに殺されたのだと察する頃には、争いは徐々に表面化を始めていた。
生まれたころからずっと一緒に居た執事たちの協力によって僕と、僕の双子の妹は少々の金を持って家から逃れた。
最後に生き残ったのは父の従兄弟にあたる人物らしいが、燃え崩れてゆく屋敷の中で果てたと、風の噂で聞いた。
頼れる者はもう誰もいない。自分たちだけで生きていこうと決めた。…ちょうどその頃だった。
僕らが適当な仕事の手伝いで食いつなぎ、住んでいた街。そこが…軍の空襲により、一晩にして真っ黒な焼け跡になった。
他国の戦争などではない。本当に、この国の政府が街を焼いたのだ。
その理由はただ一つ『不審な行動が多いから』
もともと独裁色の強い元首であり、反政府的活動も各地で起こっていたが、こんなことをやってしまうとは誰も予想していなかった。
お兄ちゃん…お兄ちゃん……と、
堅苦しい家の中では猫を被って『お兄様』と呼んでいたが、その家を離れてからは生来の純粋な性格を出した妹。
僕を信頼し慕ってくれた妹は、もう居ない。
空襲を受けたあの日、爆風で飛ばされて壁に叩きつけられた僕の足元に転がってきたのは、妹だった。
…首から上と、右肘から先だけの。
泣いたのは、物心ついてからはアレが初めてだったと思う。
その後、反政府軍が正式に結成され、内戦が勃発。僕は反政府軍に拾われ、自ら戦うことを志願した。そして今に至る。
「…大丈夫か?」
質素だが充分に快適な寝室で、小隊長が僕に話しかけたのが、覚醒しきっていない頭でも理解できた。
どうやらいつの間にか寝ていて、うなされていたらしい。あの空襲の日の夢を見たことを微かに覚えている。
「…大丈夫です。心配かけてすみません」
時計のほうに目をやれば、まだ当分の間は寝ていていいらしいことが分かる。
しかし眠れそうに無い。どうしても、さっきの夢の続きを見てしまいそうで。
結局、ろくに眠れないまま見張りの交代の時間が来た。
この拠点は、以前焼かれた街のうちの一つの中にある。案外目をつけられないものだ。
いつもの装備品を身につけて、周辺の警戒のために街の中を歩く。
これでも、個人の感情と任務とはきちんと区別しているつもりだ。…自信は無いけれど。
「………!!」
ふと、瓦礫の影に身を隠す。
…敵だ。直感がそう言い切った。
規模で言えば二個分隊。一応隠れながら動いてはいるようだけど、スニーキングに長けている部隊というわけでもなさそうだ。
人数差は大きいが……その分、機動性も隠密性も小柄な僕の方が圧倒的に上だ。
拠点までの距離もそう遠くない。攻め込まれたら少々危ない。
もしかしたら、後で中隊長にどやされるかもしれないが……今、ここで仕留める。そう判断した。
とにかく気付かれないように、距離を保ちながら、身を潜めながら敵部隊に回り込むように移動する。。
「……(今だ!)」
やや高い位置で敵を見下ろした状態の瓦礫から身を出し、一気に降下した。翼は使わずに重力任せで。
まず、隊列の中央に居た者の首を飛ばした。
周囲の兵が硬直した。驚いて声も出ないといった感じだ。
「敵だ!!」
そう叫んだ兵が居たが、叫び終わる頃にはその首元に僕の投げたナイフが刺さっていた。
後方警戒担当と思われる数人がライフルを構えるのが見えた。でも遅い。
「爆塵破!!」
僕がマチェットを振ると同時に、30mは離れていたであろう兵達が爆発に呑まれて吹き飛んだ。
……何か妙な感じがする。
…よく分からないけれど、こうしているのがとても楽しい。
「このガキ!!」
そう叫んでいる暇があるなら狙いを定めるのに集中すれば良いのだろう、とも思ったが、今はその大きな隙に感謝しよう。
拳銃を向けてトリガーを引こうとしている相手に向けて、左手で短銃身ショットガンを吼えさせる。
轟音。はじき出される空薬莢と硝煙の臭い。
悲鳴を上げ、鮮血を飛び散らして倒れる敵兵。
…分からない。こんなことをして、何故僕は楽しいんだろう?
次々と首を飛ばしてゆく。何人か手ごたえのある敵もいたが、それを相手に戦うことがさらに僕を高揚させていく。
…肉を切り裂く感触が、刃を通してこの手に伝わってくる。とても気持ちのいい感触だ。
……そう思うようになったのは、いつからだろうか。
やがて僕以外に動くものは居なくなった。
あちこちに倒れている身体から噴き出す鮮血が僕に降りかかり、全身を濡らしていく。
温かい…心地よい……。
「あぁ…………………」
喜びに満ちた声が僕の口から漏れた。
戦っている時が……肉を切り裂く感触が……全身に浴びる鮮血の温かさが………
何よりも気持ちよくて……
その気持ちよさが楽しくて、嬉しくて……
思わず笑い声が溢れる。
「ハハ…アハハ………アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!! ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!」
あぁ…どうやら僕は、壊れてしまったみたいだ…
この身体は、血と争いを求めている…。
でもそれでいいのかもしれない。敵を減らせば、皆が喜んでくれるから…。
そう、内戦が終わるまでは。
…しかし、終わった後はどうすればいいんだろうか?
もし内戦に勝ち、僕自身も生き残ったら、まともな生活に戻れるのだろうか…?
この壊れた感覚の身体は治せるのだろうか…?
最悪、僕は自分の首を自分で落とさなくてはならないかもしれない。
でも、そんなことを自分の手でやれる自身は…無い………。
僕は………。
最終更新日 2006/05/28
二 言 『鈴の音と共に連れ去って』のドラッヘンの過去話。
血に恍惚とした笑みを浮かべる姿とか、かなりお気に入りです。
|